今回は、すまっしゅ!的な短編集というか設定保管も兼ねた小ネタ短編集となっております。
【彼と彼のバレンタインデー】
唐突であるが、緑谷出久と言う少年は産まれてこの方母親以外の女性からチョコレートを貰った事がない。
彼自身にも女子からチョコレートを貰うというイベントについて、期待がないわけではない。しかしそれ以上に諦めの感情が強いのだ。
しかし、その寂しそうな幼馴染の様子を見た玉藻狐太郎は、彼がチョコレートを欲しがってる事の詳細を理解せずに素直に受け止めてしまった。
その結果何が起きたかと言うと。
「いずちゃん、チョコレートあげるね!」
「ファッ!?」
この時、出久と狐太郎は小学校4年生である。
狐太郎に変な意図はなかった欠片もなかったと断言できる、しかし出久はその時真面目に思考を巡らせていた。
もしかしてこの幼馴染、僕の事を友人としてではない方向性で好いているのではなかろうかと。
思わず問いかけようとする出久少年、しかし純粋に気遣った様子で首を傾げてくる幼馴染の表情に少年は、まぁ良いかと受け入れた。
とりあえず甘いお菓子を貰えた、それで良しとしておこうと考えたのである。
そのまま、出久から狐太郎への意図の確認はされる事無く時は流れて毎年のように彼は幼馴染の少年から、年々手が込んでくるチョコレートを受け取る事となった。
この辺りの関係性が、その事実を知っているもう一人の幼馴染である勝己からホモ臭いと呼ばれる原因なのは言うまでもない。
【彼と彼女のバレンタインデー】
少年だった出久に狐太郎は毎年、当たり前のようにチョコレートを贈っていたのだが……。
その風習は、狐太郎が女体化し狐白となった中学二年生になった年も同様であった。
そして例年通りならば、適当にどちらかの家で出久講師のヒーロー談義に花を咲かせている際に……当時はまだ男子だった狐白がチョコレートを渡していたのだけども。
この年は出久がオールマイトこと八木から授けられた特訓メニューに沿って肉体を鍛えていた関係で、互いの家で遊ぶという時間が取れていなかった。
なればこそ今年はまぁ見送りとでも狐白が判断していればよかったのだが、その判断をする前に例年通り結構な気合を入れてチョコレートを作ってしまったものだから、作ったからには渡したくなると言うのが人情というモノで。
「あ、いずちゃん。コレ今年のチョコだよ」
「ありがとう、こーちゃん」
二月の半ば、授業を終えてまだクラスメイトが教室に疎らに残っている状況下だというのに、狐白は特に何も考えずに出久へとチョコレートが入った包みを手渡し。
手渡された出久も特に何も考えず例年通り受け取り、次の瞬間周囲からの視線に異常事態を悟る。
ここでもう一度狐白について説明しよう。
彼女は中学二年生になった辺りで、『稲荷』の個性が発現し男子から女子へと性転換をしている。
そしてその外見は、狐のような糸目に背丈こそ性転換前から変わっていないのだが……元々見た目は良かった彼はそのまま彼の母を小さくしたような美貌を持つ狐耳尻尾を生やした美少女なのだ。
そう、元男と知りながら告白する男子が現れるほどの。
「緑谷、てめぇぇぇぇぇ!」
「え?え? ……あ」
嫉妬にかられ自身に殺到するクラスの男子の様子に、出久は状況を理解すると一目散に逃げ出した。
結論から言えば彼は無事逃げ切ったのだが、クラスの中で二人が出来ているという認識が持たれたのは言うまでもない。
ついでに、狐白は相変わらず例年通り親友へチョコを渡しただけという認識であった、チョコを作る時に昨年までよりも気持ちが浮ついていた気がしないでもないが彼女は気のせいだと思っている。
【緑谷引子から見た玉藻狐太郎】
緑谷引子にとって、玉藻狐太郎と言う少年は……無個性だと言う現実を突きつけられた息子にとっての大事な友達である。
「こーちゃん!はやくはやく!」
「う、うん……えっと、おじゃまします」
時々体のあちこちに擦り傷を作り、目に涙を溜めて帰ってくる事のあった息子がはち切れんばかりの笑顔を浮かべながら、家へと連れてきた少年。
白銀色の髪の毛を持つその少年はどこか遠慮がちに、出迎えてくれた引子へ行儀よく頭を下げると脱いだ靴を揃えて、我が子に手を引かれて部屋へと入っていった。
そして後に挨拶に来たその子の母親である、狐の耳と尻尾を生やした女性から彼女の子供もまた無個性であると教えられ、引子は無意識に安堵してしまったのだ。
子供を無個性で産んでしまった母親は、自分だけではないと。
だが彼女は善良な精神を持っており、また深い愛情を持つ女性であった事から己が感じた安堵を一人恥じ入り、そして己の心に誓った。
引っ越してきたばかりで、同じ苦悩を抱えているだけではなく最愛の夫を亡くして落ち込んでいるこの女性の友達になり、そして彼女の息子を我が子と同様見守っていこうと。
しかし、彼女はその時思いもよらなかった。
まさか息子の親友が個性を発現するどころか、女体化するという事件を引き起こす事など。
【緑谷引子から見た玉藻狐白】
まず緑谷引子が彼女の息子である出久が、玉藻狐白を家に連れてきたときは目を見開き仰天した。
母の贔屓目を入れてもモテとは無縁と言える息子が、美少女を家に連れてきたのだから。
無論彼女は長い付き合いであるママ友の狐白の母から、息子であった狐太郎が女体化したという話は聞いていたし息子である出久からも聞いている。
だがしかし、その前情報を一撃で脳味噌からSMAAAASH!!される程の衝撃だったのだ。
「い、いらっしゃい。息子がいつもお世話になっております」
「何言ってんの母さん!? この子こーちゃんだよ!知ってるでしょ!!」
思わず息子が初めて彼女を家に連れてきたかのように震えながら、引子は思わず他所行きのママさんスマイルを浮かべながら狐白へとあいさつ。
そんな母の様子に、出久は全力でツッコミを入れるのであった。
その後は我に返った引子は今まで通り少女と化した狐白へと接するのだが……彼女には一つ懸念事項が存在した。
息子の彼女へ接するかのように接された時、あの子満更でもない雰囲気じゃなかったかしら?と、そしてそもそも男の子の時から出久と距離近くなかったかな?という事にも気付く。
暫し考える引子であったが、しばらく考えた後に額の汗を腕で拭い明後日の方向を見上げながら爽やかな笑みを浮かべた。
現時点で女の子だから、細かい事は考えないでおこう! と。
【今昔玉藻家昔話】
とある地方の、とある豪奢な日本家屋の中にて。
小学校の夏休みに母と共に、母の実家へと遊びにきていた幼き頃の狐太郎が一人の狐耳尻尾を持った女性の膝の上で甘えていた。
「おばあちゃーん、また昔話してー!」
「あらあら、うふふ……良いですわよこたちゃん」
孫がいるにしては若々しすぎる女性が、膝の上に孫息子を抱き抱えると自らの尻尾を動かして狐太郎をあやしはじめ……。
大好きな祖母の尻尾の毛並みに、狐太郎は満面の笑みを浮かべる。
「こたちゃんは、どんなお話が聞きたい?」
「えーっとねー……そらをびゅんびゅんとぶ人達と、おばあちゃんとおじいちゃんがいっしょにたたかったお話!」
無邪気に話を強請ってくる孫息子に、女性は眦を下げて孫息子の頭を優しく撫でながら語り始める。
かつては悪者、ヴィランと呼ばれる者達が闊歩する中……夫や仲間達と共に駆け抜けた時代の話を。
そんな仲睦まじい自身の母と息子の様子を眺めていた、狐太郎の母が煙管から紫煙を燻らせている己の父へとふと思った疑問を問いかける。
「そう言えばお父さん、お母さんの話だと完全無欠の正義の味方って感じに話してるけど実際はどうだったのかしら?」
「あー、あれなー……実際は悪党を死なない程度に腕や脚斬り飛ばそうとした家内を、儂と酉野……グラントリノで必死におさえてたんだよな」
一度血を見ると、満足いくまで狂騒が止まらなくなる妻の難儀な性質に苦笑いを浮かべながら、とんでもない事を暴露した己の父の言葉に狐太郎の母は絶句し。
こんな血生臭い真実、あの子に聞かせられないわね……などと呟くのであった。
なお、更に真実を付け加えるとするならば。
割と狐太郎の祖父も意見としては祖母よりであった為、一番苦労させられていたのがグラントリノだったそうな。
【今昔玉藻家来客話】
狐太郎が女体化し狐白となった中学二年生の夏休み、彼女の提案により一週間ほど幼馴染である出久は狐白の祖母の手ほどきを受ける事となったのだが……。
「え、えーっと……こーちゃん、ここがそうなの?」
「うん、そうだよいずちゃん」
着替えやら何やらを詰め込んだ、愛用の大きなリュックを背負った出久が狐白の母の運転する車で辿り着いた、彼女の母の実家である豪奢な日本家屋の門を見上げて茫然と呟く。
彼の目の前にある邸宅は、歴史深く由緒正しそうなどこに出しても恥ずかしくない、立派な名家な感じのお屋敷であった。
その後彼は戸惑いながら狐白に案内されて出久は、玉藻家の敷居を跨ぎ。
屋敷の主人の孫息子の親友だからと、物凄いもてなしを受けた末に……広い御座敷にて二人の老人と相まみえる事となる。
なお、出久の目から見ても狐白の祖母だという女性は中学二年生の孫がいるとは思えない程に若々しく、彼女の母の姉か何かと勘違いしかねない見た目をしていた。
「緑谷君だったかしら? 遠い所から良く来ましたねぇ、我が家だと思って寛いで下さいな」
「は、はい!」
狐白によく似た狐のような目の眦を下げ、上品に微笑む彼女の祖母の言葉に出久は緊張しながら元気よく返事をする。
彼が何故緊張しているのか、ソレは幼馴染の母の実家に来ているという事ももちろん関係しているが……それ以上に。
彼女の祖母の夫と思われる、顔に深い皺を刻み込んだ老人が険しい顔付きで己を見てきていたからである。
「ほら、旦那様もそんな睨みつけては緑谷君が怯えてしまいますよ」
「……お前さんが狐太郎、いや今は狐白か……孫に良くしてくれたのは感謝しとる。じゃが孫の連れあ」
「もう旦那様ったら、気が早いですわよ?」
妻である狐白の祖母の言葉に、老人は重々しく溜息を吐きながら苦渋に満ちた貌で何かを言いかけるも。
一瞬手先をぶれさせた彼の妻による一撃が、良い具合に顎に突き刺さった事で一撃で昏倒させられた。
その後も出久に対して若干刺々しい対応を続ける狐白の祖父であったが、彼女の祖母から施された地獄とも言える扱きを弱音一つ吐くことなく耐え抜いた時には少しだけ態度が軟化したらしい。
【もしも狐白がナチュラルボーン女子だったら】
桜舞い散る春、朝日が差し込む住宅地にて。
『緑谷』と書かれた表札の提げられた家の呼び鈴を、白銀色の艶やかな髪の毛を腰まで伸ばした……狐耳と尻尾が生えた少女がその細い指先で押し、暫くして玄関の扉が内側から開けられた。
「あら狐白ちゃん、ごめんなさいね出久急がせるから」
「気にしないで下さいおばさま、いずちゃんとは昨日も夜遅くまで電話でお話しちゃってましたし」
「相変わらず仲良しねぇ」
玄関先で談笑に勤しむ女性二人、やがて家の中からバタバタと忙しない足音が響くと共に、トレードマークとも言えるもさもさ頭のもさもさっぷりがいつもより二割増しな少年が玄関へと姿を現す。
「ごめんこーちゃん!」
「気にしないでいずちゃん、ああもう髪の毛が凄い事になってるよ?」
慌てて支度したと思しき幼馴染の少年の様子に、狐白は柔らかく微笑むと腕を伸ばしその手で修復の個性をほんのちょっぴり発動させながら、少年の頭を押さえつけるように撫でて髪の毛をいつもの調子に直していく。
そんな二人の様子を少年の母である引子は微笑ましそうに見つめ、出久は恥ずかしそうにしながらも幼馴染の行動をおとなしく受け入れる。
恥ずかしい事この上ないのだが、断った時に狐耳をペタンと倒し尻尾をしゅんと垂らす姿を一度見てから、断れなくなった出久なのであった。
「さ、直ったし行こういずちゃん!」
「う、うん。行ってきます!」
そして二人は、引子に見送られながら二人並んで……腕を組んで中学へと向かい始める。
昔から距離が近い上に、今も肘にあたる幼馴染の大きな胸に毎朝の事であるがドギマギする出久であったが、この日常に彼は満足していた。
これは、もしかするとあったかもしれない世界の話。
Q.狐白のばーちゃんってどのぐらいヤバイ人?
A.きちんと止血すれば腕や脚の一本斬り飛ばしても死にはしないから、無力化の為にもどんどん斬っていこうって人
Q.狐白のじーちゃんもヤバイ人?
A.必殺仕事人ばりに操り糸で吊ってきたり、遠慮なく拘束したヴィランをそのまま振り回して鈍器にする人
Q.も、もしかして狐白のかーちゃんもヤバイ人?
A.いいえ、彼女は物騒な両親みたいになりたくないからと、若い頃家を出た一般的な感性の持ち主でジャンクなフードが好物な人です。
こんな感じでたまーに短編集を挟んでいきたい所存。