飛ばされた大雨暴風エリアから、ほぼ最短距離で駆け抜けてきた狐白達がその目に見たモノは。
単身でヴィランの集団へ飛び込み、注意を引き付けてくれた恩師の無残な姿であった。
「なんだ、アイツら使えないなぁ……子供も殺せないなんて」
立ち竦む狐白達に気付いた、手を象ったマスクを着けた男がゆらりと狐白達へ向き直りながら、手の隙間から少年少女達を睨みつける。
口田は両手を己の手に当てて怯えて竦み、気丈に視線に立ち向かっている常闇や狐白もまた震えを隠し切れないほどの、眼光と悪意。
しかし次の瞬間、手状のマスクをつけた青年の背後に黒い靄が現れて青年、死柄木弔の名を呼びながら生徒を一人逃がした事が告げられる。
その内容に死柄木は不機嫌そうに自らの首を両手で掻き毟り、ゲームオーバーだと……帰ろうか、と口にする。
唐突に告げられたその言葉に狐白達は言うに及ばず、彼女達に遅れ水辺から様子を窺っていた出久と蛙吹と峰田の三人もまた、予断を許さない中に安堵を滲ませた。
そう、安堵を滲ませてしまった……そしてその代償は。
瞬きの合間に狐白へ肉薄し、少女の顔へ片手を伸ばしてきた死柄木の行動を見落とすという最悪の形で訪れる。
ほんの一瞬気を緩めた隙に起きたその光景に、狐白は身をよじる事すら叶わず、隣に立つ常闇と口田もまた動けなくて。
水辺に隠れていた出久は、共に隠れていた蛙吹と峰田の制止を振り払い、叫び声を上げながら死柄木へ突進しようとするが絶望的なまでにその距離は離れていた。
そして、出久の目の前で触れたモノ全てをボロボロに崩壊させる死柄木の手の指が五本とも狐白の顔に触れる。
だがしかし、出久が恐れていたような光景は訪れる事は無く死柄木が望んでいた効果も、発揮される事はなかった。
「……本っ当かっこいいぜ、イレイザーヘッド」
そう、死柄木が己の個性によって狐白の顔を崩壊させようとしたその瞬間、イレイザーヘッド……担任の相澤は発動させたのだ。
脳をむき出しにした異形のヴィランである脳無に抑えつけられて尚、その眼で見る事で相手の個性を消す事が出来る己の個性を。
「はな、せぇ!」
「こーちゃんから、その手を放せぇぇぇっ!!」
そしてその相澤が死力を振り絞って作った僅かな一瞬は、少女と少年を動かすには十分過ぎる時間を稼ぐ事に成功する。
我に返った狐白は至近距離から死柄木の手首を、真下から長巻を持っていない方の手でカチあげる事でその拘束を振り解いて後方へ飛びのくと共に。
出久が咆哮を上げながら、怒りをその目に宿して死柄木へその拳を今にも叩きつけられそうな距離尾へと肉薄する。
だが、ワンフォーオールを発動させた出久の一撃が、死柄木の体に突き刺さる事は無かった。
ただ一言だけ死柄木が名前を呼んだ脳無が、相澤の上から一足飛びの動きで死柄木と出久の間に滑り込んだ事で防がれてしまったのだ。
「効いて、ない?!」
「いい動きをするなぁ、愛しのガールフレンドの為ならってヤツかい?」
自壊寸前になるまでワンフォーオールを発動させて打ち込んだ一撃が効いていない事に、出久は戦慄するが脳無に腕を掴まれる前にその拳を引き戻すと。
一歩飛びのいた地点で構えを取り、その瞳に折れそうな戦意をぎらつかせて脳無と対峙する。
「こーちゃん!口田君!イレイザーヘッドを診て!」
「でもいずちゃん、一人じゃ……!」
「イレイザーヘッドが死んじゃう前に!早く!!」
今この瞬間も感じている死の恐怖に耐えながら、出久は声を張り上げて狐白へ指示を出す。
先ほど狐白を死柄木の手から救う為に個性を発動した相澤は、その直後に脳無によって顔面を掴まれ地面に叩きつけられてからピクリとも動いていなかった。
その状況から出久は、今この場で自分達を守る為に単身で闘い力尽きたヒーローの命を繋ぐためにも、狐白の力を相手に悟られないよう必死に思考を巡らせながら叫んだのだ。
「かっこいいねぇ、ヒーローの真似か? むかつくなぁ、ああむかつくよお前……そいつを殺せ、脳無」
瞳に隠し切れない怯えを浮かべながらも、立ち向かおうとする出久の姿に死柄木は一際不快そうに首筋を掻き毟りながら脳無へと指示を出し。
殺意を込めた指令を下された脳無は、その巨腕で出久を叩き潰そうと巨体に似つかわしくない俊敏さで叩きつけようとする。
その動きに水辺から見守っていた峰田は、出久が無残に叩き潰される事を予感し思わず目を瞑ってしまうが……。
恐れながらも脳無の動きを観察し続けていた出久は、脳無の体の動きから攻撃を予測し紙一重で回避に成功しながら脳無の脇をすり抜け、真横からその巨木のような膝へ全力で蹴りを叩き込む。
今この瞬間、出久は生命の危機と退く事の許されない危機に晒されていた事で、その思考が極限レベルに研ぎ澄まされていたのだ。
脳無の攻撃を回避しながら、相手へ攻撃を加えるという動作を……意識せず全身にワンフォーオールを巡らせながら行える程に。
「っ……加勢するぞ、緑谷!」
級友の奮闘は恐怖に身を竦ませていた常闇の心に闘志を燃やすには、十分であった。
彼は脳無がその腕で巻き起こす致死の暴風に踏み込む必要のない己の個性を活用し、ダークシャドウによって決定打を与えられないにせよ出久と脳無の闘いへ加勢し始める。
そしてその間も狐白と口田は倒れ伏す相澤へ駆け寄ろうとするが、彼女達の前に黒い靄と共にまだ健在であるヴィラン達が立ち塞がる。
先の状況からも一刻の猶予もない事に歯噛みし、焦りを浮かべる狐白達であるが……次の瞬間立ち塞がったヴィラン達が、狐白と口田を避けるように発生した氷によって氷像と化した。
「悪い、遅れた」
「ありがとう!行こう口田君!」
そう言って場へ現れたのは、クラス内でも積極的に交友を広めようとしないクラスメイトで、顔の火傷が印象的な轟である。
戦闘訓練以来の圧倒的なその力に狐白は目を丸くするが、すぐに我に返ると足元の氷で滑らないよう留意しながら走り出す。
そして漸く意識を失くしたまま倒れている相澤の下へ辿り着いた狐白と口田は、担任の惨状に言葉を失いつつも……。
「……っ! 口田君、この包帯を先生の両腕や怪我の酷い所へ巻き付けて!」
うつ伏せに倒れている担任を揺らさないよう、慎重に狐白は口田に指示を出しつつ仰向けの姿勢へと直し。
口田へ腰から取り出した特製包帯を手渡すと、正座の姿勢を取りながら狐白は相澤の頭を自身の膝へと乗せる。
「ここまで酷いなんて……」
口田が目に涙を浮かべながら、相澤へ負荷をかけないよう包帯を丁寧に巻いていく中。
狐白は自身が血で汚れるのも厭わず、個性を発動しながら相澤の顔面へと包帯を巻いては緊急性の高い症状を治していく。
中学三年生の時、毎日のように八木の体内の不調を治すべく個性を使用し続けていた事が、図らずも外傷だけではなく体内の負傷にまで対応する力を狐白へ与えていた。
相澤の顔色が若干良くなるのと引き換えに、若干ふらつく狐白へ口田が心配そうにしてくるが、狐白は空になったポーチを枕代わりに相澤の頭部の下へ敷きながら大丈夫だと口田へ返す。
個性の代償は強烈な空腹感と、狐白が体に蓄えていた脂肪で……袴のような戦闘服と胸甲で隠れているが、狐白の体は少しやせた事で轟が放った氷塊の寒さに震えており。
発育の良いクラスメイトの八百万に匹敵していた胸は、少し小さくなりクラスメイトの芦戸以上八百万未満なサイズへと縮んでいた。
「それよりも、いずちゃん達の方は……」
立ち上がろうとしてフラついたところを口田に支えられた狐白は、気のせいか途中から爆破音が聞こえるようになった出久が闘っていた方向へ視線を向ける。
彼女の視線の先にあったもの、それは……。
「爆豪、あまり爆破を繰り返すな!視界が塞がる!」
「うるせぇ!むしろ視界を遮らねぇと不利だろが!!」
「それもそうだね……かっちゃん危ない!」
怒鳴り合いながらも、必死に連携して戦う出久と常闇と勝己の姿であった。
途中から参戦したらしい爆豪は、戦意をその顔に滾らせながら脳無の顔面中心に爆破を繰り返す事で絶えず注意を逸らしており、更にそこを常闇が個性によって攪乱する事で生まれた脳無の隙を。
拳から貫手に攻撃手段を変えた出久が、今この瞬間は躊躇いを消してワンフォーオールを発動しながら脳無の脇腹へ一撃を加え、時に相手が踏み込む瞬間に膝へ蹴撃を加えている。
そのような状況に当然死柄木は苛立ちを隠すことなく、黒霧と呼ばれた黒い靄のヴィランに何とかしろと叫んでいるも……。
肝心の黒霧もまた、ヴィラン達を凍結させた轟と途中から参戦した切島のコンビを前に攻めあぐねており、個性を発動しようとすれば即座に轟の個性で牽制されていた。
一進一退と言える状況、だがしかしその実態はヴィランの最大戦力である脳無を出久達三人が釘付けにしている事で、何とか成り立っている状態。
脳無を釘付けにしている所が崩れれば、次々と生徒達は虐殺されるしかなく……黒霧が自由になれば、その個性によって自由に動けるようになる脳無に蹂躙されるしかない。
そんな緊張感に満ちた状況に、とうとう破滅的なほころびが生じる。
「うぁっ…………!」
「ッチ! ボサボサしてんじゃねぇぞデク!!」
とうとう体に限界が来た出久が、脳無の一撃を辛くも躱した瞬間に膝から崩れ落ちるように失速したのだ。
当然その隙を脳無が見逃す事はなく、薙ぎ払うように腕を出久へと振り回し……出久の状況に勝己は激しく舌打ちをしながら、己の個性によって出久を吹き飛ばして間一髪のところで出久を致死圏から弾き飛ばした。
「あ、ありがとうかっちゃん!」
「うるせぇ死ぬなら最後まで囮やりぬいてから死ねや!殺すぞ!!」
「……随分と手間かけたが、ゲームオーバーだな」
予定外に予定外が重なったものの、脳無が自由に動けるようになるのならチャラだと死柄木は呟き。
粘着質な笑みを浮かべながら、脳無へ指示を出そうとしたが……結果から先に言うならば。
生徒達は勝利をもぎ取り、ヴィラン達は後一歩のところで敗北に沈む事となる。
何故ならば……。
「もう大丈夫だ、諸君」
「私が……来た!!」
平和の象徴、絶対正義の化身、ナチュラルボーンヒーロー……数々の称号と賞賛を一身に受けたナンバーワンヒーロー。
オールマイトが、降臨したのだから。
Q.前回の狐白、中々に危険な攻撃してたけど大丈夫なの?アレ
A.彼女は師匠である祖母より、「(敵の命は)死ななきゃ安い」という精神を叩き込まれているので大丈夫です(大丈夫とは言ってない)
Q.デク君今回、割と覚悟完了早くない?
A.幼馴染が危機に晒された事もあり、今回に限って言えば人に向けて個性を向ける事を割と躊躇ってないようです。
でも多分、落ち着いたら後悔すると思う。オールマイトから受け継いだ力を怒りのままに振るったとかで。
とりあえずUSJ襲撃の山場は超えられたかなぁ、飯田くんよ済まない。見せ場を殆ど省いて。
前回狐白がどこにも飛ばされないというダイス目が出てたら、きっと君は輝いてた……。