第二種目の騎馬戦にて発生したハプニングにより、お茶子を筆頭としたクラスメイトの女子達に付き添われながら一足先に更衣室へと引っ込んだ狐白は。
予備のジャージに着替え、先ほどまで羽織っていた幼馴染である出久の汗のにおいが沁み込んだジャージを左手で胸元に抱き抱えながら。
ぼーっとした表情でベンチに座り、SMASH!な栄養補給に最適と書かれたゼリー飲料を吸い込んでいた。
「大丈夫?」
「うん、大丈夫だよー」
若干やつれ気味だった狐白がゼリー飲料を吸いきる度に少しずつ元に戻っていく様子を、まるで水を吸った乾燥椎茸みたいだと思いつつお茶子は心配そうに声をかけ。
声をかけられた狐白は、上の空な様子で大丈夫だと返事をする。なおどう見ても大丈夫な様子ではない。
「ま、まぁほら。ポロリしちゃったわけじゃないんだしさ!」
「そ、そうだよ玉藻! 葉隠は少し大胆すぎだけどさ」
上着を着直した葉隠がワタワタと衣服の生地をはためかせながら狐白を励まし、彼女の言葉に耳郎も同意を示しながら先の競技でトップレス状態で挑んでいたクラスメイトに苦言を口にする。
耳郎としては持てる者である狐白の胸は羨ましい存在だが、しかし女性として同情に値する案件であったから、普段のような豊満な胸へ時折向ける剣呑な視線は鳴りを潜めている。
「大丈夫だよー、うん、僕は大丈夫ー」
「欠片も大丈夫そうに見えませんわ……」
発育の暴力仲間であり色々と話す事が多い八百万がどう慰めたら良いモノかと考えあぐねる中。
思考と感情の整理が追い付いていない狐白は、クラスメイト女子達の普段からの気安さから普段なら口にしない言葉をぽつりと呟いてしまう。
「不思議だね、僕はもともと男の子だったのに。あんな中で下着を晒した事が凄い恥ずかしくて衝撃的で、その事が理解できないんだ」
「そりゃあんな事あったら……って、え゛?!」
「え?」
「はぁ!?」
「…………あ」
ひとしきりゼリー飲料を吸い終えた狐白は空の容器をゴミ箱へ投げ捨て、両手で持ち直した出久から借りたままのジャージを抱き締めて。
先ほどの事件による衝撃が抜けきっていないせいか、普段は出久相手にぐらいしか見せない無防備な内心を、思うままに呟いた。
突然の狐白の言葉に仰天したのはクラスメイト達、そして漸く狐白は己がやらかした事に気付く。
「え、えぇと……ごめんね隠すつもりは無かったんだけどさ、こう、言うタイミングが……」
「……いえ、漸く玉藻さんの不思議な性への感覚に納得がいきましたわ」
「だよねー、玉藻さんって女子って言うよりのんびりした男子に近い雰囲気だったもん!」
曖昧に誤魔化すような笑みを気まずさから浮かべ、忙しなく尻尾を動かして弁明に走る狐白。
しかしクラスメイト達は嫌悪感や忌避感を出すような事はなく、むしろ納得がいったとばかりの発言をし始めた。
「ねーねー玉藻さん、性転換したのっていつ頃なの?」
「え? ええっと……中学二年に上がってすぐぐらい、かな」
「けろ……とてもデリケートな時期に女の子になっちゃったのね、狐白ちゃん」
気まずそうにしている狐白に近付き、衣服の形状から覗き込んでるかのような姿勢を取っているであろう葉隠が狐白へ問いかけ。
問われた内容に素直に答えた狐白の言葉に、蛙水は少女を労わるように声をかける。
気味悪がられたり、元男なのに何度も共に更衣室を使っていた事から排斥されるとばかりに思っていた狐白は、思っていた事態からは遠く離れた現状に目をぱちくりとさせて硬直する。
無論彼女は……元々女子への性的な興味が極端に薄い性質もあった事から、同級生女子にその手のいやらしい視線を向けた事は一度も無かったのだが……。
其の事は今まで何度も更衣室を使ったり、時に下着について意見を交わし合ったりしていた事も合わさった事で。
クラスメイト女子達は、狐白が元男だったとしても今はもう関係ないよね。という結論に至ったのである。
「……これからも、仲良くしてくれる?」
「勿論だよ!玉藻さん!」
俯き自らの尻尾を弄りながら呟かれた狐白の言葉に、お茶子はその苗字に恥じない麗らかな笑顔を浮かべて応じる。
その言葉に顔を上げた狐白は不安そうに顔を上げてクラスメイト達を見回し、クラスメイト達は思い思いの笑顔や仕草で狐白を改めて歓迎する意思を表明した。
「……ありがとう、みんな。 あらためて、これからもよろしくね」
普段から出久や家族へは良く見せるも、それ以外には滅多に見せない笑顔を浮かべた狐白は。
ベンチから立ち上がると、上品な頭を下げて謝意をクラスメイト達へ示し……お礼としてモフモフさせろー!と叫びながら芦戸が飛びついてきた事を皮切りに、クラスメイト女子達にもみくちゃにされるのであった。
そんなこんなで着替えが終わりお昼休憩の時間。
いつも頼むメニューである、たっぷりと煮汁を吸った厚揚げが絶品な煮物を含めたお昼ご飯をトレイに載せ、お茶子達と席につこうとした狐白であったが。
「玉藻女史! 先ほどは本当に申し訳ない事をしたぁ!!」
食堂に響き渡る勢いで声をかけられ、狐耳をビクゥと立てながらそちらへ顔を向けた狐白が見たものは。
美事と表現するに相応しい古来から伝わって来た伝説の謝罪方法、土下座をしている飯田の姿がそこにあった。
突然の飯田の行動を発言に、1-Bの生徒であるアメリカからやってきている女生徒がOh!DOGEZA!とはしゃいだりしているが、狐白にとっては何が何やらと言った具合である。
飯田の行動と発言からして先の騎馬戦でのハプニングである事は想像に難くないのだが、しかし彼が悪意を持っていたならともかく……強いて言うなれば運命の悪戯、ファンブルと言うべき事故なのだ。
直接はだけさせた轟には今度、祖父仕込みの個性が無くても使える関節技の奥義を叩き込むという意思はあれども、飯田に直接どうこうしようという気持ちは狐白にはなかった。
「え、ええっと……飯田君。顔を上げなよ、僕は気にして……ないとは言わないけど事故だったしさ」
「しかし!それでは僕の気が!」
「いいから!もういいからさ!」
トレイをテーブルへ置き、土下座を続ける飯田へ手を差し伸べる狐白であるが飯田は急に止まれない。
謝罪精神のアクセルをベタ踏みと言わんばかりに謝罪を続ける飯田に、注目を集めてしまった恥ずかしさに狐白は顔を赤くして声を荒げて飯田の手を取り強引に立ち上がらせた。
なんせ周囲からひそひそと、さっきのハプニングについて話してる野次馬の声が狐白の狐耳に届いているのだ。
「だったらさ、一つ貸しにしといてよ? その内請求するからさ」
「う、うむ……わかった。僕、いや俺に出来る事ならなんでもすると約束するよ」
だから今は御飯食べよう?と恥ずかしそうにしながら微笑んだ狐白の顔に飯田は一瞬見とれてしまいながらも、顔を勢いよく左右へ振るとズレた眼鏡を指で押し上げて。
力強い笑みと共に親指を立てて、すぐにでも駆け付けるからな!などと言いつつ狐白に約束した。
「これはアレかなー? 緑谷と狐白と飯田の三角関係かなー?」
「ちょっと芦戸ー、趣味悪いよ?」
そんな二人を遠巻きに眺めていた芦戸がにまにまと笑みを浮かべながら昼食を頬張り、隣に座っている耳郎は芦戸の言葉にジト目をむけながら食事を続ける。
しかしふと耳郎は一つ疑問を感じた。
「そう言えばさ、玉藻って緑谷と距離近いけど……中学二年生からにしては気安いどころじゃないよね」
「幼馴染と仰られてましたし、幼少の頃から友誼を結んでらしたのでは?」
「……男の子の頃、から?」
ぼそり、と呟いた耳郎の言葉に何も不思議な事はないと言わんばかりの声音で八百万は食後の紅茶を上品に口へ運びながら反応し。
八百万の言葉に、蛙吹がいつもの表情の中に若干何とも形容しがたい感情を滲ませながら呟いた。
1-A女子陣の間に流れる何とも言えない重たい空気。
とりあえず、気になるけどデリケートな話題だから無理に聞き出したりはしないでおこう、という方向に1-A女子陣(玉藻除く)の心は一つとなった。
「どうしたの皆?」
「「「いやなんでもない」」」
飯田からの謝罪攻勢が落ち着き戻って来た狐白が不思議そうに首を傾げクラスメイト女子達へ問うも、異口同音に返った来た言葉にただ頭にハテナを浮かべる。
そんな微妙な空気の女子陣に、音もなく忍びよる二つの影……そう、峰田と上鳴が胡散臭いいやらしい笑みを浮かべながらやってきた。
「なぁなぁ!午後は女子全員ああやって応援合戦しなきゃいけねえんだって!」
そうやって峰田が指差したのは、窓から見えるチアガール達が応援している姿。
担任である相澤からは一切そんな通達が来ていない女子陣は当然、疑いの眼差しを峰田へ向ける。
狐白に至っては、嘘だと確信してると言わんばかりの剣呑な表情すら浮かべていた。
しかし、そうやって疑う女子達から追及が来る前に上鳴は畳みかけるように担任からの言伝だと口にすると片手を上げて立ち去ろうとし。
丁度遅れて食事にやってきた出久を見つけると、近付き肩を組んで困惑する出久へと語り掛け始めた。
「なぁ緑谷も玉藻のチアガール姿……見てぇよな?」
「えっ?」
食事前に出久は轟に呼び止められて衝撃的な彼の家庭環境、そして深い憎悪に裏打ちされた決意を聞かされており。
同級生が抱えていた悩みと苦しみに、出久は考え込んでいたのであるが……そんなところに持ちかけられたこの話。
突然の流れに出久が目を白黒させるのも無理はない話である。
だが上鳴は……先の騎馬戦で出久が狐白と密着する度に赤面していた事から出久の中に男の本能がある事を確信しており。
出久が冷静な判断をするよりも早く、即座に電撃戦とばかりに畳み込む。
「見たいのか見たくないのか、どっちだ?」
「え、えぇぇっと…………う、うん」
「よし皆、張り切ってやろうね!」
「けろけろ……狐白ちゃん、お手軽すぎないかしら?」
躊躇いながらも見たいと意思表示した出久の様子に、狐白の顔は花開いたかのように明るくなり。
つい先ほどまで乗り気じゃないにもほどがあった様子を投げ捨て、クラスメイトの女子達へ語り掛けた。
思わずツッコミを入れた蛙吹、彼女の言葉は女子達全員の心からの本音を代弁していたのは言うまでもない。
さっきのハプニングもあって恥ずかしいけど、しかしいずちゃんが望むなら頑張るよ!
そんな気持ちの狐白、こいつチョロすぎやしないだろうか。
なお恋愛感情t系なモノは理解できていないものとする。