多少の混乱はあれども抱えていた事情を話してスッキリした狐白。
そのままのんびりと出久と共に家路につこうとしたところで、祖母からメールで出久と共にいつも合流していた駐車場へ来るように呼び出された結果。
乗車する事に慣れてきてしまった黒塗りの高級車の中で、出久と共に生きた心地がしない空気に包まれていた。
やっぱりコレ、試合で負けちゃったことが原因かな?と狐白が出久へ視線で問えば……出久もまた多分、と言いたいかのように頷く。
目線だけで会話が出来る以心伝心な二人であった。
「ふふふ、そんなに怯えなくてもいいわよ?狐白ちゃんに出久ちゃん」
「は、はい!」
「う、うん……」
そんな子供二人の様子に狐白の祖母、血桜は鈴を転がしたかのような声音で口元を着物の袖で隠して上品に笑いながら言い聞かせ。
狐白はと言えば……祖母の言葉の中で、今まで出久のことを苗字で呼んでいた祖母が幼馴染を名前で呼んだことに違和感を感じて首を傾げた。
「不思議でしょうがなさそうね?狐白ちゃん」
「うん、何でなの?」
「……短い期間鍛えただけでアレだけ弟子がやり遂げたんだ、他人行儀な呼び方は失礼だろうよ」
「もう旦那様ったら、私が言いたかったのに」
そして祖母は孫娘の様子から彼女が感じた疑問を寸分違わず当ててみせ、勘が鋭い祖母だから気付かれて当然かと思いつつ狐白が問い返してみれば。
今まで腕を組み黙っていた祖父が、静かな口調で心変わりの理由を説明した。
二人の言葉の内容に、自分の闘いが師匠筋である二人に認められたことに出久は目を見開いて驚愕した後、その身を感激に震わせている。
一方で狐白は、相変わらず一見年の差夫婦にしか見えない仲の良い祖父母の様子に渇いた笑いを浮かべていた。
そして血桜がたおやかに微笑みながら口から紡いだ言葉に、狐白と出久の二人は石のように固まる事となる。
「その上で、ちょっとお小言を言わせてもらいますね」
この時二人の少年少女の脳裏には同じ言葉が浮かんでいた、やっぱりやるんだ反省会。と。
しかし、問答無用のダメだしの嵐が出されるかと思えばそう言うワケでもなく……。
「まず狐白ちゃん、貴方は無自覚に相手の戦力を過小評価する傾向があります。実力が伴わない自信は滑稽である事を理解しなさいな」
「うぐっ……はい……」
「一度見たからと言ってソレを基準にするのは言語道断ですよ? それが見せ札ではない保証なんてどこにもないのですからね……ですが、障害物走と騎馬戦の立ち回りは見事でしたよ」
実戦ではない場で学べた事を糧としなさいな、と血桜は微笑んで孫娘へ言い聞かせながら……狐白が体育祭で見せた優秀な個所もしっかりと認め褒める。
血桜としては孫娘の身体能力や立ち回りはまだまだ発展途上でしかなく、これからだという認識であるからこその優しめの採点であった。
一方出久の方はと言うと。
「出久、まずは良くやったな。お前さんは儂らが叩き込んだ技術をしっかりと昇華してめぇ自身のモノにしていた、足りない技術は追々仕上げてけばいい」
「あ、ありがとうございます!」
狐白の祖父は腕を組みぶっきらぼうな物言いをしながら、彼の奮闘を称えていた。
正直なところ彼は轟との試合で出久は、その相性差からくらいつきはするが敗北は免れないと考えており……その予想を覆して勝利を掴んだ瞬間を見た時は、妻に呆れられるぐらいはしゃいだぐらいだ。
まだまだ仕上げてやる必要はあれども、あそこまでやれるのなら孫娘の連れ合いに相応しいとまで考えていた程である。
だからこそ、彼は一つだけどうしても見逃す事が出来ず、ここで弟子の考えを矯正する必要があるところを見つけてしまっていた。
「だけどな出久、お前さん……決勝戦の最後、『ここで相討ちになっても良い』って思っていやせんだか?」
「っ……!!」
人に向けてその拳を振るう事への躊躇は、技術を叩き込む中で既に取り去っていた。
だが、あの最後の攻防の一瞬……狐白の祖父には出久の拳がブレたように見えたが故に問いかければ、出久は声に出すことなく体を大きく震わせて彼の言葉を肯定する。
「……やっぱりか、まぁ話に聞いた因縁の相手ともなれば多少は理解できんでもないがな」
「すいません……」
「いいか出久、自分が倒れたらシマイとなる状況での相討ちは負けだと思え。儂も家内もそうやって死んでいった奴らを知っている」
儂からはそれだけだよ、と一方的に告げて口を閉じた狐白の祖父の言葉に、出久は絆創膏まみれな自身の右手を見下ろしながら俯く。
狐白の祖父はと言えばそんな弟子の様子を横目に見つつどうしたものかと考えれば、ジト目で自分に抗議の視線を送ってくる孫娘の視線に気づいて大きく溜息を吐くと。
「まぁ、なんだ。相討ちなんて考えなくても良いぐらい鍛えてやる、そろそろ足技も仕込んでよい頃合いだしな」
「! あ、ありがとうございます!!」
狐白の祖父にとって出久は、糸関係や相手を縛れるような個性を持っていたなら自分の全てを教え込んでも惜しくない、そう思う程度に気に入っている弟子なのは間違いなく。
孫娘の視線の効果もあるとはいえ、弟子を凹ませるだけではなく多少の飴を与えるのであった。
そんな夫の姿に血桜は愉快そうに微笑みを浮かべながら、そう言えばと呟いて口を開く。
「うふふ……ああそう言えば出久ちゃん、決勝戦で手刀で居合の真似事やってたけどアレってもしかして私の技かしら?」
「え、あ、はい! あの……まずかったですか……」
「気にする必要はないわぁ、むしろ無手でアレを成し遂げた事を誇りなさい? 出久ちゃんが刃物に興味あったら私の全てを教えたのですけどね」
「カカカカ! 家内がここまで弟子に入れ込む事などそうないぞ出久!」
自分だけではなく伴侶である血桜も出久の成長にぞっこんである事を改めて知った狐白の祖父は愉快そうに哄笑を上げ、誇らしげに出久のもさもさした頭を乱暴に撫でつける。
彼は決して口に出すつもりはないが、もう孫娘の婿同然の扱いである。なお出久の意思はあまり考慮していないらしい、酷い話だ。
そんな具合に反省会はほどなくして終わるが、車は家とは違う方向へ走り続けており。
やがて、一つの豪奢な佇まいの料亭の前に車が停まった。
「あ、あの……ここは?」
「ああ、儂らがこっちに来た時に贔屓にしとる店だよ」
「今日は孫娘と愛弟子のお祝いですからね」
人生で一度たりとも来たことがないような、控えめに言ってお値段が高そうな料理が出てくる雰囲気の店に出久の腰は引けており。
そんな少年の様子に狐白の祖父母は笑みを浮かべると、狐白の祖父は出久の肩へ腕を回して半ば強引に出迎えに来た馴染みの従業員に片手を上げながら中へと入っていく。
「お爺様、いずちゃんの事凄い気に入ってる……」
「旦那様にとっては、教え甲斐がある弟子ですからねぇ」
男同士で妙に仲が良い様子の祖父と出久の様子に、狐白は複雑な感情を持ちながら尻尾をゆらゆらと振り。
孫娘の様子に血桜はコロコロと笑うと、孫娘の手を引いて料亭の中へと入っていく。
そして、案内されたお座敷へ通された出久が見たものは……。
「あ、お母さん!?」
「いずくぅぅぅ!がんばったね、すごかったね!」
感無量と言わんばかりに涙を流しながら、お座敷で先ほどまで狐白の母と談笑していたらしい彼の母親が出久へ抱き着き。
怪我まみれな我が子の様子に気付いて心配し始めるが、幼馴染や幼馴染の家族の前で恥ずかしさを感じた出久は顔を真っ赤にしながら大丈夫だと母である引子を必死に宥める。
「母さん、もしかして今日のコレって根回ししてたの?」
「言い出したのはお母様よ? 表彰式が始まった辺りで、引子さんにも声かけなさいってね」
「うふふ、今日の主役は狐白ちゃんと出久ちゃんですもの。彼のご家族にも声をかけて然るべきですから」
こそこそと自身の母に狐白が問いかければ、ネタバラシをする母の糺狐。
そんな娘と孫娘の様子に、血桜は己の尻尾をゆらゆらと振りながら楽しそうに微笑むのであった。
一方狐白の祖父はと言うと。
「おうちょっと良いか、カツ煮込みとか出せるか?」
「ええ大丈夫ですよ……そちらの彼向けにですね?」
「わかってるじゃねぇか、上等なヤツ頼むぜ」
こそこそと小声で、顔なじみの仲居に弟子の好物を頼んでいた。
いややっぱりカツ丼の方が良いか?などと考えつつも、ここの料理は絶品だしなぁそこにカツ丼合わせるのもなぁなどと呟いている辺り、一見偏屈な老人にしか見えない狐白の祖父は……。
大分、愛弟子である出久のことを気に入ったらしい。
なお気に入ったが故に、狐白の祖父からの出久くんへの特訓は更に激しくなる模様。
実はオチとして、別室にて息子を労うべく予約を取ったは良いが見事にすっぽかされて、一人で悶々とするエンデヴァーとかやろうとしたのですが。
さすがに不憫すぎるという事でオミットしました。
出久くんからの狐白ちゃんへのお願い(勝った方が言う事を聞く奴)は、次回やります。お楽しみに!