また、今回の話には少しだけデリケートな性別に纏わる障害の話が出てきますが、障害を抱えている方を差別する意図は一切ない事を宣言させて頂きます。
かつては漂着するゴミのせいで客足が遠のき、寂れる一方であった海浜公園。
しかし今は何者かがゴミを撤去した事により、市民や恋人たちの憩いの場としての役割を取り戻していた。
昼下がりの最中、海浜公園の中でも人があまり寄り付かない場所にあるベンチ。
そんなベンチに腰掛けて銀色の狐のような尻尾をゆらゆらと揺らして海を見詰めている少女へ、もさもさ頭の少年が駆け寄っていく。
「ごめんね、待った?」
「うんん、僕も今きたところだよ。いずちゃん」
まるで待ち合わせをしていた初々しい恋人のようなやり取りを二人はしつつ、少年は少女の隣に自然な仕草で腰掛け。
今朝方見た動画と自身が抱いた言葉に出来ない感情に突き動かされるように、少年……出久は口を開く。
「こーちゃん、体育祭お疲れ様」
「いずちゃんこそお疲れ様だよ、決勝戦は惜しかったよね」
そして、言葉に出来ない感情を抱いているのは狐耳と尻尾を持つ少女こと狐白もまた同じで。
いつもの調子で声をかけてくれる幼馴染に内心で感謝しながら、少女はいつもの笑みを浮かべて尻尾を揺らしながら少年を労う。
傍目にはいつも通りの二人、しかしその内面は変に互いを意識してしまっている事から実はいっぱいいっぱいな二人であった。
しかし、このまま何とも言えない空気と沈黙に包まれ続けるのもまたしんどいと二人は同時に判断し、これまた同時に口を開こうとする。
「「あっ、あのさ」」
異口同音に同じ内容同じタイミングでの会話の切り出しを始めた事で、二人はきまずい表情で顔を向かい合わせ。
視線でそっちから先にどうぞ、いやいやそちらからどうぞと謎の譲り合いを果たした末に……根負けした出久が改めて言葉を紡ぐ。
「い、いい天気だね。こーちゃん」
「う、うんそうだね。いずちゃん」
そして紡がれた言葉は当たり障りのないモノだった、もしここに賑やかな1-Aクラスメイトが居たら全力でツッコミを入れる事態である。
しかし、ここで一つ状況が動き始める。狐白が自ら出久の手に自身の手を重ねてきたのだ。
何度も繋いだり触れられた事のある、華奢ですべすべした少女の手の感触に出久は顔を赤くしつつ、暴れ始める心臓を必死になだめる。
「いずちゃん、少しだけ話を聞いてもらってもいいかな?」
「……うん、いいよ」
出久の手に重ねられた狐白の手に少しだけ力が籠められ、彼女の不安を何となく察した出久は少女の言葉に頷いて応え。
幼馴染の肯定に狐白はほっとした様子を見せると、その唇を開く。
「この街に母さんと引っ越してきてもう10年近く経つけどさ、いつもいずちゃんは隣にいてくれたよね」
「ううん、僕だって……いや、僕の方こそこーちゃんが居てくれたから今があるんだ」
ある意味で自分達の関係の原点、オリジンであるあの日の公園の情景を思い描きながら狐白は言葉を紡ぎ。
彼女が紡いだ隣にいてくれたという言葉に、出久は自分の方こそ狐太郎だった狐白が居てくれたからこそ今の自分がいるのだと言葉を返す。
「そう言ってくれると嬉しいよ……いずちゃん、僕は君に謝らないといけない事があるんだ」
「え?そうなの?」
出久の言葉に狐白は柔らかく微笑みながら出久へ振り返り、出久が少女のその笑顔に動悸が高まるのを感じる中。
突然告げられた言葉に、出久は頭の上にはてなを浮かべる。
「実は僕さ、ヒーローにそんなに興味は無かったんだ。楽しそうに話してくれるいずちゃんの傍に居たいから、興味があるフリしてたんだよ」
出久は最初、幼馴染のその言葉を理解する事が出来なかった。
何故なら幼稚園児の頃から今に至るまで、共にヒーロー動画を楽しそうに視聴したり自分のヒーロー蘊蓄を興味深そうに目の前にいる幼馴染は聞いていたのだから。
「ごめんねいずちゃん、コレは僕自身のケジメなんだ。決してヒーローが嫌いとかそう言う事じゃないんだ」
「じゃ、じゃあ一体……どういう事なの、こーちゃん?」
目を見開き固まる中幼馴染が語った言葉に、茫然とした声で出久は問いかける。
もしかして自分の機関銃のような蘊蓄や説明が、幼馴染を困らせていたのじゃないかと出久が思考を駆け巡らせる中……。
狐白は、どこか躊躇いがちにその頬を赤くしながら小さな声で呟いた。
「……ヒーロー達を見たりヒーローの話をしているいずちゃんが、僕は昔から好きだったんだ」
海から吹き抜けていく風にかき消えそうな少女の言葉は、出久の耳へ確かに届き。
少年の思考を真っ白にする衝撃を与えた後に、すぐに出久の思考は高速回転を始める。
昔からという狐白の言葉は即ち、男であったころからその気持ちが確かに存在したという事。
その時も自覚していたかどうかはさておいて、それでも表に決して出してこなかった気持ちを今告解した事。
今までの関係と狐白の告解、それらから導き出された一つの結論へと出久は至り。
驚愕の表情を浮かべている出久の顔に、狐白は何かを悟ったかのような様子で悲しそうに微笑むと。
「幻滅したし、気持ち悪いだろ? 僕はずっと君を騙してたんだ」
心から申し訳なさそうに尻尾を垂らしながら、言葉を紡いで狐白は押し黙る。
確かに出久は驚愕したが、騙されていた事に対しては不思議と憤りは感じていなかった。
故に出久は自身の両手を少女の肩へ乗せると、ベンチに座ったまま正面から向き直る。
「幻滅なんてしないし気持ち悪いなんて思うものか、何が起きてもこーちゃんは僕の大事な幼馴染で親友だ」
「いずちゃん……だけど、僕は男の子だった頃からそんな気持ちを持っていたんだよ? 気持ち悪くないの?」
真正面から力強く視線をぶつけてくる出久に、狐白は切れ長な瞳を大きく開いて茫然と幼馴染の名を呟くと。
言葉を震わせながら、自身が抱えていた不安を少年へと問いかける。
「ずっと考えていたんだけど、こーちゃん。君は『稲荷』の個性が発現して性別が変わったんじゃなく……『修復』の個性によって体が女性になって、その結果おばさんのように『稲荷』の個性が発現したんだろ?」
半ば確信をもって問いかけられた出久の言葉に、狐白は言葉を詰まらせてその顔を俯かせる。
様々な個性の知識を持っている事、そしてある日何かで見かけた先天的な性の問題を抱えた人達の記事から得た知啓は、ほぼ正解に近い形で狐白の体の事情を当てて見せた。
決して幼馴染へ明かしてこなかったのだが、狐白は女性へと変貌してすぐに一族が世話になっている医者に診察を受けて一つの事実を突きつけられている。
彼女は、男性として産まれてきた事自体が染色体に抱えてきた先天的障害であり、二次性徴を迎えると共に『修復』の個性によって本来あるべき姿へ直されたのだ。
どれだけ鍛えても力強い体つきにならない体、異性に対して興味を抱く事のなかった今までに狐白は強く納得をしたと共に。
自分自身と言う存在に対しての根幹が、そもそも揺らいだままだったという事を医学的に証明された事は狐白の心を追い詰めており……壊れそうな時を、出久が支えてくれて今の狐白が存在するのである。
「……うん、その通りだよいずちゃん。お笑いだよね?無個性だと思ってたらそもそも僕の体自身の問題だったなんてさ」
「笑わないし君の体に問題があったなんて、僕は思わないし誰にも言わせないよこーちゃん」
出久と向き合ったまま、自嘲するかのような笑みを浮かべて耳をペタンと倒す狐白に対して。
少年は力強い口調で少女の言葉を否定した上で、誰にも笑わせないと告げる。
狐白の瞳は出久の言葉に大きく揺らぎ、その目尻に涙が浮かぶ中。
出久は大きく深呼吸すると、両手を少女の肩から離して彼女の背中へ手を回すとその体を抱き寄せた。
「い、いずちゃん……?」
「こーちゃんは前は男の子だったけど今は女の子、ただそれだけじゃないか」
少女の柔らかさを全身に感じながら、出久は狐白が負い目を感じる必要などないと言い聞かせる。
同時に出久は今朝動画を見た時に感じた感情が、嫉妬や少女への執着だと自覚し……狐白を抱き締める腕に力を込める。
出久自身にとっても、無個性だと周囲がバカにしてくる中で唯一自分を笑うどころか、どんな時でも傍にいてくれた親友だったのだ。
当初こそはその親友が美しい少女へ変貌した事で面食らう事もあったけれども、その気持ちが変貌する事はなかったのである。
「こーちゃん、勝った方の言う事は何でも言う事を聞くって話……覚えてる?」
「……うん」
出久に抱きしめられたまま囁かれた狐白は、出久の体を抱き締め返しながら小さく頷く。
今、狐白は出久に何を頼まれ言われても受け入れようと、心から思っていた。
だからこそ、出久が告げた言葉に対して耳を疑う。
「こーちゃん自身を、嫌いにならないであげてほしい。何があっても君は僕を信じ続けてくれた大事な幼馴染なんだ」
出久が時折自分の体へ視線を向けてきていた事を知っていた狐白は、今まで騙していた負い目もあって出久が体を求めるなら捧げるつもりだった。
故に少女はどんな時でも自分を案じてくれる、強くて優しい幼馴染の言葉に耐え切れなかった涙をその瞳から零して出久の肩にその顔を埋める。
少女の嗚咽を聞いていたのは、心優しいヒーローの卵と海風だけであった。
なお出久くん、男の子の意地で嫉妬や独占心じみた執着は隠しきった模様。
最初の最初は、勝ったご褒美として狐白の耳をぞんぶんにもふってわしゃって彼女を蕩けさせるってネタだったのですが、デリケートな問題の話だけに茶化すのはアレだなと思ってこうなりました。
重ねて申し上げますが、本作に性別的な障害を抱えた方を差別する意図はない事を明言させて頂きたいと思います。