職場体験三日目の朝。
狐白は担任である相澤が運転する車に、リカバリーガールと共に乗車してとある病院へと向かっていた。
車の後部座席で泰然自若とした様子を見せているリカバリーガールとは対照的に、狐白はどこか尻尾を忙しなく動かしておりどこか落ち着かない様子を見せている。
「薬師稲荷、そんなに緊張する必要はないさね。人の命に関わる事だから弛んではいけないけども、必要以上に固くなっては治せるものも治せないよ?」
「う、うぅ……昨日あれだけ脅かしたのリカバリーガールじゃないですかぁ」
「それはそれ、これはこれさ」
何故狐白がここまで緊張しているのか。
ソレは昨日病院から職場体験の生徒同伴の許可をリカバリーガールがとった事により、中途半端な仕上がりで狐白を同行させることを嫌ったリカバリーガールが徹底的に昨日技術や知識を詰め込んだのみで留まらず。
臨床試験が済んでいない狐白由来の素材で治療をする際の万が一のリスクが考えられた為、超特急でサポート科も巻き込んだ実験やらなんやらをした事にある。
「それにアレは絶対に必要だったからねぇ」
「……正直、強く修復の個性を使ったら麻酔すら治しちゃうのは想定外でした」
「あたしもだよ、根津の手前もあって動物実験が出来てないのだけが心残りだけどね」
狐白は自身の膝の上に載せている、サポート科の薬物に詳しいプロヒーローが徹夜で拵えた……狐白由来の回復キットが詰められたケースを見下ろしながらリカバリーガールの言葉に応じ。
少女の言葉に、老婆もまた溜息を吐きながらも出来る事は急ぎであるが済ませたのだから、後はなるようにしかならないと少女を元気づける。
そんな二人の会話を聞きながらハンドルを握る相澤は、視線を前から動かすことなく運転を続け。
気怠そうにその口を開いた。
「しかしリカバリーガール、玉藻はまだ学生の立場です。重症患者の治療へ連れ出すのは早計では?」
「何言ってんのさ相澤、PlusUltra……この娘が自身が選んだ道を突き進もうとするならば、避けては通れない道だよ」
「そこは否定しませんがね」
何かあれば自分が責任を取ると言い切ったリカバリーガールの言葉を思い出しつつ、相澤は運転へ集中し。
やがて車は目的の病院の前へと到着する。
「終わる時間が見えたら連絡してください、迎えに来ますんで」
「足代わりに使って悪かったねぇ」
「ありがとうございます、相澤先生」
病院の前で二人を下ろすと、手短に言葉を交わして相澤は車で走り去り。
リカバリーガールと狐白の二人は医師の案内で消毒された衣服へ着替え、インゲニウム……飯田天晴の病室へ足を踏み入れる。
狐白が初めて足を踏み入れたその病室は、何故か既視感を少女へと与えていた。
幾つもの並べられ患者であるインゲニウムに繋げられたモニター、病室内に響く無機質な電子音。
そして、ベッドの上で目を閉じている患者の手を労わるように握る彼の母親らしき女性。
何故か狐白は、この光景を知っている気がした。
「この度は無茶なお願いを聞き入れて下さり、ありがとうございます……」
「気にするんじゃないよ、それにこの子は雄英高校に通ってる時に何度か面倒を見た事もあったからね……ほら薬師稲荷、挨拶しな」
「あ、はい。僕は薬師稲荷と申します、この度はインゲニウムの治療のサポートをすべく同行させてもらいました」
我が子の惨状にやつれ目の下に隈を作った女性が、我が子から手を離すことなく椅子に座ったままリカバリーガールへと頭を下げ。
女性の様子にリカバリーガールは気の毒そうな表情を浮かべながらも、伴って入った狐白を女性へ紹介し少女は慌てて頭を下げる。
「お話は聞いております、リカバリーガールの個性では天晴の治療は難しいとも……」
「体力が残っていたのなら望みはあったがね、カルテの内容や今の状況から見るにあたしの個性でインゲニウムの脊椎を治そうとしたら、治る前に彼の体力が尽きてしまうね」
「そう、ですか……わかっては、いたんです。後ほんの僅かでも遅れていたら、天晴の命は無かったほどの状況だったそうですから……」
一抹の望みをかけてリカバリーガールへ問いかけるインゲニウムの母であるが、返って来た残酷な言葉に目尻に浮かんだ涙をハンカチで拭いながら母は呟いて俯き。
リカバリーガールが続けて口にした内容に、その顔を上げる。
「だけど、医者からも話は聞いてるかもしれないが一つだけ可能性はあるよ」
「ほ、本当ですか?!」
「この薬師稲荷の個性で出来た薬品等を使えば、もしかするとというレベルだけどね。臨床試験は疎か動物実験も不十分だけどもさ」
「それ、は……」
僅かでも治り我が子がまた歩けるようになるのならば、という想いがインゲニウムの母の胸中を駆け巡る。
しかし同時に、実験が不十分な薬品を使う事への不安と躊躇いがあるのもまた当然であり、激しい葛藤を見せる。
だがその時、三人とは別の声……言葉なく話の流れを見守っていた医師のものとも違う声が、弱々しく病室の中に木霊した。
「かあ、さん……俺、その治療を……受けたい……」
「っ! 天晴! だけど!」
「もう歩けないなんて、俺……いやだ……! 天哉には、つよがったけど……俺はまた、自分の脚で……走り、たい……!」
口元につけられた呼吸器でくぐもり弱々しくも、目に涙を浮かべその顔に悔しさを滲ませて想いを吐露した我が子の姿に。
母は胸を締め付けられるような苦しみと痛みを覚え、今も握っていた我が子の手を両手で強く握りしめると、強い決意を瞳に浮かべてリカバリーガールと狐白へその顔を向けた。
「リカバリーガールと薬師稲荷……どうか、この子の母親として、治療をお願いさせて下さい。もう一度、天晴を歩けるようにして下さい……!}
「全力を尽くす事を約束するさね」
「菲才の身でありますが、最善を尽くさせて頂きます」
頭を下げるインゲニウムの母へ、二人の医療系ヒーローが力強く頷いて言葉を返す。
リカバリーガールは己の矜持に賭けて、そして狐白は……朧げな忘れかけていながら想起された記憶に向かい合う為に。
その後、狐白が持参したケースの中身がインゲニウムにアレルギー反応を起こさないか、病院が検査して結果が出るまでの間。
リカバリーガールと狐白の二人は、自分達以外誰も居ない待合室で言葉を交わす。
「なぁ薬師稲荷、さっき病室に入った時少しだけ息を呑んでたけど……彼の状況に怯えたワケじゃないね?」
「……やっぱり、わかっちゃいますか」
「あんたは見た目の割に、色々と感情が分り易いからねぇ」
リカバリーガールの言葉に、狐白は力なく笑いながら尻尾をゆらりと振り。
ゆっくりと、その口を開いて言葉を紡ぎ始める。
「……僕の父さんがヴィラン犯罪に巻き込まれて、命を落としたってのは資料で見ましたよね?」
「入学する生徒の家族関係は目を通さざるを得ないからねぇ」
ゆらりゆらりと、まる言葉に出来ない感情を発露するかのように揺れる狐白の尻尾、そして紡がれる少女の言葉にリカバリーガールは頷いて言葉を返し。
何となく待合室の天井を、狐白は見上げて言葉を続ける。
「殆ど記憶に残ってないんですけど、父さんが病室で息を引き取った時の光景を思い出してしまいました」
「……そうかい」
「インゲニウムが父さんに似てるとかそんなんじゃないんですけどね、自分でも不思議だと思います」
一度口にしてしまった狐白の言葉は止まる事がなく。
リカバリーガールが聞いてくれるままに、言葉を重ね紡いでいく。
狐白の脳裏に与えていた、初めて見る光景であるにも関わらず病室で感じた既視感の正体。
ソレは、幼少期に死別した父親がゆっくりと息を引き取った時の光景に酷似していた事が起因していた。
「ならば、あんたがすべき事は何さね?」
「勿論、インゲニウムへの治療に最善を尽くす事ですよ。出来るからとか友達の家族だからとかじゃない、僕自身の意志で」
「良い顔になったじゃないか、だけど気負い過ぎるんじゃないよ?」
待合室の天井へ向けていた視線をリカバリーガールへ向け、決意を込めて応じた狐白の言葉に老婆は嬉しそうに微笑むと。
その皺だらけの手で、少女の背中を勇気づけるかのように優しく叩き……。
待合室へ足を踏み入れてきた医師が、持参した薬品の検査結果に問題はなくインゲニウムの治療に使用可能だと告げ、二人は互いに視線を合わせて頷き合うと椅子から立ち上がり。
治療を施す為に、歩みを進めるのであった。
病院や治療関係についての知識がにわかなので、突っ込みどころ満載かもしれないがそこは許してほしい!
そもそもヒーローとはいえ、重症状態の患者に職場体験の学生を連れてくって事が前代未聞だと思うから……!
ちなみにリカバリーガールが狐白の同行を強硬した理由の一つに。
彼女の重要性を高める事で、狐白の護衛体勢を整えようとしているのもあったりします。
ベテランの治療系ヒーローだからこそ、狐白が悪い事考える輩に狙われ易い事を理解した動きなのですね。