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言葉に出来ないモヤモヤを抱えた狐白、そしてそれを慌てて追いかける出久。
何も知らない人間から見たら果てしない嫉妬を抱くか、甘酸っぱい青春的な雰囲気に何とも言えない顔を浮かべるかするような空気を醸し出していたが……。
入学試験ガイダンスが始まった時には、まぁそれなりに出久と狐白のぎくしゃく感は緩和されていた。
これは狐白が機嫌を直したからというよりも、出久を挟んだ反対側にいる勝己とガンを付け合って牽制をするのに忙しくなったからである。
なお、周囲の人間が若干隙間を空けるかのような空気の中心にいる形となっている出久はと言えば。
「ボイスヒーロー『プレゼント・マイク』だ、凄い……!ラジオ毎週聴いてるよ感激だなぁ、雄英の講師は皆プロのヒーローなんだ」
入学試験のガイダンスを行っている、一際声量の多い男性の姿に感激し左右の人物が放つ険悪な空気どころではなかった。
周囲の受験生は、アイツうるせーなぁなどと思いながらも同時に、あの空気の中であんな状態で入れるなんて只者じゃねぇ……などと出久の事を勘違いしているのはご愛敬と言ったところか。
その後も説明は続き、持ち込み自由という言葉に予め読んでいたパンフレットと情報の相違がない事に狐白が若干ホッと胸を撫でおろし。
出久、狐白、勝己と同じ中学校の出身者はそれぞれ別の会場での試験となる事に、狐白は心配そうに出久へと視線を送り……。
出久を潰せない事を悔しがり舌打ちした勝己へ、狐白が剣呑な視線を送ったりもしたが凡そトラブルもなく説明は進んでいく。
途中ざわざわと喧しい出久の周囲について、角ばった印象の眼鏡少年に出久と狐白が注意を受けたりしたが、それでもまぁ滞りなくガイダンスも終了。
そして各々が指定された試験会場へ向かう前に、緊張でガチガチに固まっている出久の手を狐白の白く細い手が優しく掴みとる。
「こーちゃん?」
「大丈夫だよいずちゃん、だっていずちゃんはあんなに頑張って来たじゃない? だからさ、一緒に合格しよう!」
掴んだ出久の右手に自らの両手を重ね、出久へ狐白は優しく微笑みかける。
狐白は自身の美貌について割と無頓着であり、ただ親友である出久を勇気づけたいだけであった。
出久もまたその想いを素直に受け取り、大きく深呼吸すると強く頷いて気合の籠った返事を返したのだが……周囲の男子からの視線は若干嫉妬混じりであったのは言うまでもない。
そんなこんなで試験会場、出久とも勝己とも違う市街地を模した試験会場で狐白は模造長巻を包んでいた包みをはぎ取り、軽く畳んでサイドポーチへと仕舞う。
彼女の持ち込み装備は模造長巻に包みを仕舞う空のサイドポーチ、そしてもう片方の腰には特製包帯と応急処置器材入りのポーチのみというシンプルなモノであった。
そして彼女は、物々しい得物にどよめく周囲を一切気にすることなく瞑目し、精神を集中して開始の合図を待ち侘び……。
『はいスタート―!』
拡声器から響いたガイダンスを案内していた教師、プレゼント・マイクの合図の声に狐耳をピクリと反応させた次の瞬間。
長巻を片手に身を低く屈めた姿勢で、カウントダウンが無かった事に戸惑う他の受験生達を尻目に、まるで弓で引き絞られ放たれた矢のような勢いで飛び出して行く。
『どうしたぁ!実戦じゃカウントなんざねぇんだよ走れ走れぇ! 賽は投げられてんぞ!?』
戸惑っている受験生達を叱咤するかのような教師の声が響くと共に、自身の目の前に飛び出してきたロボットの胴中央めがけ短い吐息を吐き出すと共に狐白は長巻を鋭く突き刺した。
見た目以上に脆いとされているロボットの、装甲の継ぎ目を狙うかのような一撃は致命的な命中を引き起こし、動力部を損傷した事で何もすることなくその動きを停止させる。
「まず、一つ!」
自身へ殴りかかってくるロボットの一撃を身を翻しながら狐白は躱して長巻を引き抜き、筋骨隆々の受験生が己へ襲い掛かって来たロボットを一撃で殴りひしゃげさせたのを見ると、彼女は少年へ目礼し。
己が破壊したロボットを足場にして近場の街灯へと飛び移ると、そのまま軽やかな足取りでビルとビルの間をまるで忍者のように蹴り飛び上がりながら、手近なビルの屋上へと陣取った。
「音や気配だけ、だと破壊音や他の人の気配で探り切れない、だったら……!」
己の耳を忙しなく動かしながら、眼下に分布しているロボット達の配置を即座に視界に捉えた狐白は、自身の真似をしようと動き始めた受験生らよりも先んじて動き始める。
彼女が得た個性は、何もない人間に比べて高い身体能力こそあるが、突き抜けた戦闘能力には至ってはいない。
なればこそ、狐白は思考を回し神経を尖らせて試験へと臨む。
親友の試験状況が心配なのもまた事実であるが、同時に彼ならば……自身のヒーローである出久ならばこんな苦難乗り越えてくれると信じて、彼女は試験会場を舞うように突き進む。
そして、試験用ロボットに追い詰められていた他の受験生を見つけた時に、彼女の脳裏に一つの思考が閃く。
他の十把一絡げの学校ならともかく、国内最高峰と呼ばれている高校の試験が果たして力だけがモノを言う試験なのかと。
その思考に至ってからの、彼女の行動方針変更は早かった。
「わ、悪い……」
「無理に動かないで、すぐに処置するから!」
自身の膂力や長巻では2ポイント以上のロボットの撃破には時間がかかってしまう、ならば一撃で仕留められる1ポイントのロボットの撃破を優先しつつ。
戦闘や事故で負傷した受験生達への、救護活動を狐白は選択したのだ。
今も瓦礫が額にあたったのか、頭から流血している試験開始直後に自分を襲ってきたロボットを撃破してくれた、厚い唇が特徴的な筋骨隆々の少年を止血して頭に特製包帯を巻いていく。
「ありがとよ!そっちも合格できればいいな!」
「そっちこそね!」
互いに激励し合い、長巻を構えた狐白は時に治療を行ったりロボットから不意打ちを受けそうになっている受験生へ声をかけて注意喚起しては、時には共同撃破で試験を乗り越えていく。
「この場合ポイントってどうなるんだろうな?」
「わからないけど、さすがにどっちかにポイントなしってのはないと思うよ」
武術を嗜んでいると思しき太い尻尾が特徴的な少年と共に、火器類を放ってくるロボットを撃破した狐白は一息つきながら互いに軽く言葉を交わす。
そして他の受験生達と同様に、互いに激励しながら別れようとしたその時。
激しい地響きと共に、ビルよりも大きな巨大ロボットが会場に出現した。
「……やりすぎじゃないかなぁ、雄英」
「俺もさすがにそう思う……って言ってる場合じゃない、逃げるぞ!」
尻尾をしんなりさせながら、冷や汗を流して呟く狐白の言葉に尻尾少年は同意しながらも、狐白の手を取って巨大すぎる脅威から一緒に逃げようとし始める。
自然な仕草で手を取られた事に狐白は、他者に気取られない程度に眉毛をぴくりと動かしつつも善意しかない少年の動きにまで目くじらを立てる事はなく、さすがにアレは無理だと尻尾少年と共に撤退を試みる。
しかし、その時視界の隅で彼女は見つけてしまった。
「け、ケロっ?!」
ビルからビルへ飛び移り逃げようとしていた蛙っぽい女子の受験生が、為す術もなく地面へと落ちそうになっている光景を見てしまう。
どうやら、巨大ロボの振るった腕によってビルが連鎖倒壊し……その時に生じた瓦礫によって、怪我を負っているらしい。
他の受験生は気付いてはいない、むしろ狐白が気付いたこと自体が奇跡的と言える状況で彼女が真っ先に考えたモノ。
ソレは、大事な幼馴染で親友の彼ならばきっと、何も考えずに助けるべく飛び出すだろうと言うモノだった。
「手伝って!」
「え? お、おう!!」
脅威が迫る中身を翻し、掴まれた手を解いて走り出した少女の様子に尻尾少年は驚愕するも、狐白が指差しながら叫んだ内容に状況を理解して恐怖を堪えながら共に走り始める。
狐白は今も落ちようとしている蛙少女の救助、そして尻尾少年が走りながら考え行動は……。
「おい、あの巨大ロボ足止めするぞ!なんか使えそうな個性持ってるヤツいるか!?」
「ハァ?!お前何言ってんだよ、逃げねぇと危ないじゃん!」
「救助活動ほっぽって逃げたら、ヒーローじゃないだろ!!」
腹から声を出し、更に助けを求める事……それが尻尾少年の選択だった。
当然、我先にと逃げ出そうとしていた受験生達は尻尾少年の言葉を一笑にふそうとするも、狐白が何とか飛び込みながら蛙少女を救助した光景に一部の受験生達は考えを改める。
色んな欲望を抱えてはいるものの、少なくとも少女達を放り出して逃げるのはヒーローではないという想いが、彼ら彼女らの中には確かに輝きを発していたのだ。
その後、受験生達が時に悲鳴を上げ時に絶叫を上げながらも巨大ロボを僅かながらにでも足止めすることに成功し、その僅かな時間の間に蛙少女を救助した狐白は少女を背負いながら全速力で逃げ出し……。
少女達の退避を確認した受験生達は、最後のポイント稼ぎの時間が失われたと思いながらもどこか晴れやかな表情を浮かべて、少女達同様一目散に逃げ始めた。
そして、試験終了のアナウンスが流れると共に巨大ロボもまた活動を停止し……圧倒的な脅威を乗り切った受験生達は、拳を突き上げながら雄叫びを上げる。
その中で、愛用の模造長巻を放り出す形になったことを狐白は若干惜しく思いつつも、まぁ今はそれよりも救助優先だとばかりに蛙少女への応急処置を続けていた。
そんなこんなで、波乱塗れだった国立雄英高等学校の入学試験から一週間後。
全身をボロボロにしつつも、何とか頑張れたと誇らしげに笑った出久の様子に、幼馴染の合格は大丈夫だと狐白は信じていながらも。
自室にて、尻尾をせわしなく振りながら幼馴染からの合格報告が来ることを今か今かと待ち侘びていた。
「いずちゃん大丈夫かなぁ」
狐白自身は、自分が受かるかどうかは後は運命を天に委ねるのみという心境だったため、そんなに動揺していなかった。
仮に出久が受かり自分が落ちたとしても、その時はその時だと開き直っていたともいう。
なお万が一であるが、自分が受かり出久が落ちてしまった場合はどうしようか考えていたかと言うと……。
「御婆様が気に入ってたし、うん……頼み込んで御婆様の息が強くかかっている高校に入ってもらうのもいいかもね。そうすればいずちゃんが無理しないか、すぐに連絡もらえるし」
あ、なんかそっちの方が良いかもしれない、治された形跡あったけど右腕がボロボロになるどころか全身がガタガタになってたし、などと狐白は狐耳をピコピコと動かして考える。
彼女自身は気付いてなかったが、その顔は若干だらしない貌を浮かべていた。
「こ、狐白!雄英から通知が届いたわ!」
「ほんと? 母さん」
「……なんで当事者のあなたが、一番のんびりしてるのよ」
息せき切って部屋の戸を開いた母が包みを持ってきたときの声と音で我に返った狐白が、耳をピクリと動かしつつのんびりとした調子で母から包みを受け取る。
思った以上に平常運転だった我が子の様子に彼女の母は溜息を吐くと、後で結果聞かせてねという言葉を残して部屋から出ていった。
「はてさて…………うわっ?!」
『私が投影された!!』
のんびりと学習机の椅子に座り、包みを開いた事で出てきた機械から……狐白の目の前で半透明のホログラフィックが投影されると。
ヘドロ型ヴィランの時以来の、中々に濃い外見の大男ことオールマイトがその存在を主張した。
色々と語られたものの、結論から言えば狐白は合格した。
撃破によって得たポイントだけでは怪しいモノこそあったが、治療や救助に動いたことが高く評価された結果であった。
そして、合格が投影されたオールマイトから告げられた狐白は出久も合格できていると良いのだけど、と考えたその時。
彼女のスマートフォンから着信音が鳴り響き、そのディスプレイ上には『いずちゃん』と表示されていた。
その表示に気付いた彼女は、恐らく人生でも五本の指に入る俊敏さでスマートフォンを手に取り、通話ボタンを押した。
『こーちゃん、こーちゃん……僕、受かった……雄英に、受かれたよ!!』
「良かったねぇいずちゃん、ほんとによかったよぉ……僕も合格できたからさ、一緒に通えるね」
『ほんと?! 凄い嬉しいよ!一緒に、頑張ろうねこーちゃん!』
嗚咽交りに合格を報告してくれた親友の言葉に、狐白は安堵の溜息を漏らしながら優しく親友へと自身も合格した事を告げれば……。
狐白も受かっていたという報告に出久は自分の事のように喜んでくれる様子に、狐白はじんわりと胸が暖かくなるのを感じながら夢が膨らむ高校生活について親友と語り合う。
今まさに、彼と彼女のヒーローアカデミアがここから始まるのだ。
唇の熱い筋骨隆々少年(砂藤)、尻尾少年(尾白)、蛙少女(梅雨ちゃん)と試験会場でエンカウントしていた狐白であった。
彼ら彼女らの入学試験情報があいまいだったのを良い事に、ここで捏造するのであった。
しかし私は謝らない!
あ、それと本作ではヒーロー科の定員はA組B組共に21人です。
原作通り20人の方が色々と楽なのはわかってたんですけども、あのメンバーを一人も減らしたくなかったのだ……。
砂藤スマン、ナチュラルに名前間違えた……!!(2020/2/24)