「ようこそ。遠くはるばる前線基地に足を運んでいただき視察の機会を貰えるとは、私も嬉しいです。」
鉄血の包囲網が崩壊し、散発的な会敵のみが確認されるようになったここ一帯。
まさに前線基地そのものではあるのだが、ここには良からぬ噂も多い。
鉄血が彷徨いてる、それだけでもイメージは悪いのだが全てそれが原因、という訳でも無いようだ。
現に、最寄(それでも遠いが)の居住区では様々な奇怪な事件が発生し、基地自体の内部事情も地理ゆえに上手く行っていない。
しかも過酷な立地でもあるので、今回それらに警戒した本社が寄越した視察団さえも、全て人形で構成されていた。
「ど、どうも......」
基地入り口へと到着するなり現れた、優しげな声ながらも見た目が怪しい真っ黒な存在に気圧されるMP5。
彼女も今回の視察員の一体だ。
小柄で子供っぽく見える見た目通り、小心者で気弱でもある。
「君が案内人?それじゃ、今日はよろしく~!」
うってかわって、ひたすら明るく元気のよい返事を返すUMP9。彼女の型番は大抵このような底抜けにフレンドリーなメンタル設計をしている。
「遊びじゃないんですよ、UMP9。
......では、よろしくお願いします。」
二人のバランサーとしてあてがわれたのは誰が見ても明らかだろう生真面目且つ冷静なKSGが、既に無意味にはしゃぎだすUMP9を諫めつつ、その黒い何かに向き合って挨拶の言葉を機械的に述べる。
「いえいえ、そこまで固くならなくても。我々も楽しんでやっている仕事ですし、皆様にも同じくらいの感動をお届けしたい。ここの研究は、あなた方の助けもあり非常に進んでいるのです。では、早速案内させてもらいますね。」
不気味な見た目に、UMP9に負けず劣らず上向きなその声は、なんとなくミスマッチな印象を受ける。
けれどもどこか優しくて、それを聞いたMP5はどこか、心地よい人だな、と少しだけ緊張を解くのであった。
「ところで、君は人間なの?ウチの人形は何故だか知らないけど上層部の意向で大抵女性型なのに、どうきいても男声に聞こえるなぁ~。」
基地内の道すがら、早速視察員としての質問を繰り出すUMP9。
確かに怪しく、企業の意向に逆らうような存在というのはキッチリと詳細を明らかにしておくべきだろう。
だがおそらく、彼女は単純な興味で質問しただけなのだが。
「私は......そうですねぇ、最新の人形でもあるM4A1さん、それに近い存在かと自分のことを分類させて頂いています。
ですが、細かく定義するならば......やはり、人間のつもりです。」
「ふーん。なんか難しいや。哲学とか好きなの?」
難しいことは好かない、そのような態度を全面に押し出すUMP9。
事実大してメモリはそれらにさいていない。
仮にコイツがどのような産まれ、種族だろうと「警戒すべき在り方」をしているのは間違いないと、笑顔の裏では断定しているからだ。
KSGも同様に_____彼女はより理論的な観点からだが_____なんとなく含みを持たせた言い方に疑念を持った。
「哲学は大好きですよ。色々な考え方があり興味深い。宗教なども、調べたりしてるんですよ。土着の信仰というのは、何時になっても我々の支えになる。」
「おや?もうつきましたね。私はどうやら、話すことが好きなようです。ここは、戦場近くで活動していた人たちを保護した施設ですよ。ああ、扉は今は閉めておいて下さい。非常に気難しい方もいらっしゃるので、刺激しない方がよろしいと思います。」
この基地では慈善事業もしているのか?
そうKSGとUMP9は感心した。
だが次の瞬間過ったのは行方不明者の案件だ。
ここの指揮官や他の人形の様子を見るまでは確定できない。
ほんとに慈善事業なのか?はたまたブラフか?あるいはもっ良くないものなのか......
人形は基本人の下につくものだから、指揮官の人がらや言動を見れば基地全体の行動方針が手に取るようにわかる。
人には逆らえない、それが当たり前で、そして普通で、悲観的になるようなことではないのだ。
次の目的地へと歩き出しながら、反芻する。
「あの......どうしてそんなに黒い格好をしてるんですか?今までそんなに着込んだ人形を見たことがなくて......」
次に恐る恐る質問をしたのはMP5だ。
見た目相応の幼い頭脳が気になったのは、人柄や行動、中身よりもまず外見だったらしい。
確かに、暗黒かと見違えるような前身鎧に黒いコート、背には何かよく分からないランドセルのような物さえ背負い、極めつけは縦一文字、紫に輝くその仮面。
「ああ、これですか。これは私たちが独自で開発した特殊装備です。我々はこれを「暁に至る天蓋」、と名付けています。」
「「暁に至る天蓋」......?なんか、かっこいいですね!」
「そうですか。気に入っていただけて嬉しいですね。私も、これらは好きなんです。よければ、装甲の製作過程も是非視察して、見てください。」
両者子供っぽく。
聞くMP5と、そして話すボンドルド。
その後展開された難しい理論を語る姿は、風貌はそのままにまるであどけない少年のように嬉々としていて、MP5と大きさは違えども同年代としてデザインされたのかも、とすら思えてくる。
なんとなく、MP5は彼を悪い人とは思えなかった。
「おやおや、どうやら散歩もおしまいのようです。それではどうぞ執務室へ。」
長く歩いてきた気もするが、会話が彼女らの暇を潰したのか、彼女らの体感的には案外早くついたように思えた。
「ん?ああ、視察の方ですか。いらっしゃいませ、我が基地へ。歓迎しますよ。」
執務室の重苦しい扉を開け、そして一番に飛び込んできたその風貌、声。
第一印象は、あまりにも地味であった。
平凡、凡庸、つまらない普通の人間。
むしろ何故、このようなどこにでもいそうな青年がこのようなところにいるのか。
悪い人間ではないのは確かで、むしろお人好しにさえ思える顔つきは逆にこのグリフィンでは珍しい。
「私どもの指揮官です。彼はとても優秀でして、私たちを何時も良くしてくださっています。」
戦術人形からの信用も篤い。
戦術指揮官というのは、機械を扱うエンジニアで、尚且つ戦闘指揮もとらなければならないのだが、人形は自ら考え、感じて、そして行動できる。
彼は所謂自由意思を助けるタイプの指揮官なのだろう。
そう視察員達は感じた。
「思ってたよりも優しそうだね~!鉄血をバシバシ殲滅してるからもっと厳めしい人かと。」
のほほんとした、直球な感想を述べる9。
横からジトーッ、とでも聞こえてきそうなほど目を細めたKSGがにらんでいるが、彼女は全く気にしていない。
「いや~、自分はそんなに頼りないですかね?」
それに対して、指揮官も笑いながら返事をして来た。
腐っても、仮に女性型人形しか運用しない奇特な組織だろうと、グリフィンはPMCだが、その硝煙香る内部に似つかわしくない会話が繰り広げられていた。
探ってみても、そこがつかめないな。
だけど腹のそこは、やはり探りあいだ。
9は緊張を解きつつも、しかし警戒は解かずにおくことにした。
「ええ、貴方は本当に優しいですよ。
そういえば、まだ技術面の視察を終えていませんでしたね。是非とも、今からでも見に行きませんか?」
早く見せびらかしたくてしかたがない、そんな様子のボンドルドが声をかけ、暗に急かす。
「あ!もしかしてそのかっこよくて大きい鎧ももっと見れるんですか?」
「もちろん。先程いった通り、製造過程も公開しますとも。更に、これには様々なタイプがあるんですよ。貴方の体に合う型のものも、確かあったような気がします。」
見ない理由もないので、MP5はそれに快く頷く。
最後に付け加えられたその「自らにも合うような」鎧は、非常に魅力的で、尚且つ抗いがたい誘惑だった。
どこかその大きさと見た目の圧の無さに悩んでいたMP5にとって、外付けそれらは喉から出が出るほどほしかったし、興味があった。
「そうですねぇ。ここらにはそれ以外大したものもないですし、自分達の技術を先に見てもらった方がいい。
案内はそこのボンドルドがしてくれるから、貴方がたが望むのであればすぐにでも。」
「......そうですね、お願いします。」
なんとなくリーダー気質のKSGは、それを呑み、ボンドルドの背を追うのだった。
それを見送る指揮官は、先程のにこやかな顔を崩し、なんとも言えない表情でぼやく。
彼の本性は、わりかし残酷で共感力が無い。
「......ボンドルドさん、また何か仕出かすだろうな。
まあ、俺もそれが楽しみでここまでついてきたわけだけども。」
心配する言葉とは全く逆のことを期待するその口調と目は、やはりこの前線基地の住人であることの証左である。
「あ、足元に気を付けてください。急造なものでして、すこしばかり一般のかたに優しくない作りになっているので。これらはまだまだ発展途上なんです。」
明るく雰囲気の良い宿舎を抜け、強固なプロテクトに守られたゲートを潜り、いつまで潜った頃だろうか。
中々長い間エレベーターに乗っていた。
外に出てみればエレベーターの狭苦しい空気感から解放されるかと思ったが、しかし出てもその閉塞気味な通路は相変わらず陰鬱な大気を湛えていた。
「うへぇ......私ここやだなぁ......」
「同感です。ですがまだ、彼らはボロを出していません。MP5は懐柔役として連れてきましたが故に、彼女は彼らの怪しげな噂をインプットされてません。私たちが見て、確かめなければ。」
へらへら、そのような顔を保ちつつも目は据わったような風に変貌した9、そして何時も戦場で見せるようなしかめっ面を浮かべるKSG。
どう考えても不穏な、元正規軍だったが何らかの方法で、しかも事故に乗じて抜け出してきたという経歴。
そしてあの劣悪な戦場でのずば抜けた戦果。
この視察というのは、むしろ内部警視といった方が近い。
それだけ警戒されているのだ。
「ここは分かりやすく言えば紡績場です。」
フッ、とボンドルドが腕を上げ指し示せば、省エネルギーのために低出力にされてい照明の輝度が上昇し、吊り橋のようになっていた通路の両側に広がる膨大な設備の山が姿を露にした。
「う、わぁ~!」
「この機械はコーラップスを遮断するための繊維を作っておりまして、更に奥の階層で事故が起きたときでもここらの設備の使用上地上へと被害が出ないようになっています。」
ほらきた。
そうMP5以外の二人は思った。
事故、だとかコーラップスだとか、これらの設備が明らかに一個人、下部組織が手を出して良いものではないないの火を見るよりも明らかだ。
関係なく目を輝かせているMP5を尻目に、今後どうするかを本部に連絡しなければと考えるKSG。
そこまでした所で、彼女は頭痛に襲われた。
「___っ!」
頭痛。そんなもの、普通は人形に存在しない。
ふらふらと手すりにもたれ掛かった彼女を見て、ボンドルドは焦ったようにあわてて声をかける。
「大丈夫ですか、ここに落ちればまず高さから助かりません。
ハッキング防止のためにここから上との通信は無条件でファイアウォールに阻まれてしまいます。貴方の安全のためにも、ここではネットワークに繋がないようにしてくださいね。」
さも当然のように通信ができない、ということをあと出しにしたボンドルド。本気で心配しているのであろうが、だけれどもどこからどうみても計画していたかのようにしか思えなかった。
それを聞いた彼女は、先程の頭痛のためか、あるいはその狡猾さに恐怖したのか、ますます顔を青くする。
「わかり......ました。」
9も、一旦緩めた緊張感を持ち直しているようだ。
視察員を取り囲む様相は、加速度的に悪くなっていた。