ボンドルドールズフロントライン   作:pilot

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逃げ場は無い

降下。

降下、降下、降下。

 

大量の紡績機械の原を抜け、またもや狭く息苦しいエレベーターに乗り込む一行。

人形は呼吸をしないと言うが、精神は人に近い故に苦しさは襲い掛かる。逃れられないのだ。

 

相当先程のファイアウォールでメンタルモデルにダメージを受けてしまったのか、憔悴しきった様子が続いていた。

 

「大丈夫~?」

 

「う......大丈夫......です......」

 

明らかに「大丈夫」ではない状態を呈しながらも、うわ言のように自らは無事だ、といい続けるKSG。

無理はしない方がいいし、なんなら今からでも帰るべきだ、と9は耳打ちしたが、しかし彼女は引かなかった。

人形だから、壊されたとしてもその事実が証拠となるのであれば、そうせざるをえないのだ、と。

残酷な話だ。

MP5はそれを露知らず、9も確かに、人形に命のかえがあることを理解はしてるが辛いのは嫌いだ。

 

「君が大丈夫でも私はそうは思えないなぁ~。

......絶対、無事に家族で帰ろう。約束だよ?」

 

「大丈夫です......元より、そのつもりですから......」

 

あ~あ、ダメだこりゃ。

私が、守らなきゃ。そう9は決意をした。へらへらした顔は、いつの間にか消えてしまっていた。笑ってはいるが、真剣そのものである。

 

「先に言っておくべきでしたね。後程ここの施設で治療を受けた方がよろしいのでは?」

 

「残念だけど、君みたいな人にKSGは任せられないかな~。ついうっかり、気の向くまま壊しちゃいそうだもん。」

 

「おや、手厳しい。」

 

へら、へら。

表面上穏やかな冗談の応酬、実態はナイフのように鋭い言葉の差し合い。

ボロを出した、いや出していない、格闘技にも引けをとらないような読みあいが二人の間で繰り広げられていた。

 

「9......さん?」

 

いい加減にこれがただの視察ではなく、そしてさらに自らのみがそれに気づいてなかったと言う事実を認識し始めたMP5。不安で仕方ない、というような瞳を9に向けている。

 

「フュンフは心配しなくていいよ。存分に楽しんで(やつの本性を暴け)。」

 

「でも......」

 

「自分にできることを、しよう。フュンフは、そういう役割なんだよ。」

 

何時もよりも元気の無い顔で笑った9に、MP5は少しだけ悲しい気分になった。

そしてそれ以上に、自らに期待された役割の幼稚さに嫌悪感を抱いた。だけれど、そこまでの覚悟をもって行動していた二人には何も言えなかった。

ただ首を縦に振るしか、人形には許されないのだ。

 

「ここは高度な科学技術を扱う区画です。紡績用の原料もここで作っております。ご覧ください。」

 

またあのポーズだ。まるで英雄のように腕を広げて、本当に嬉しそうにおぞましいものを語る。

前回はコーラップス、この世界では核にならんで、いやそれ以上に危険、禁忌とも言っていい物質を一人で何とかしている、という概要を見せつけたのだ。

 

そして次に目に入ったのは、より直接的な「残酷」さだった。

 

目。瞳がこちらを覗いている。

沈鬱そうな、泣いている顔をしている。

でもそれは人ではなかった。

どちらかというと、化け物だった。でも明らかに理性の残った顔をしている。そのように見える。事実そうなのだろう。全てを諦めてしまっているけれど。

 

「彼の名前はアレクセイ。最寄りのスラムで見つけた私たちの協力者です。

毎日の食事に、非常に少量のコーラップスを混ぜ込みゆっくりとELID化症状を進行させました。

そうすることで、周囲のコーラップス液を能動的に吸い込む高分子崩壊セルロース繊維の材料となってくれるのです。今から解体作業が始まりますから、是非。」

 

音は聞こえない。

密閉されてしまったガラス越しだからか、悲しそうだったが、怒りは伝わってこなかった。

むしろその悲しみは、どこかボンドルドのために発せられているようにも思えた。

 

「え......えっ......黒服の人形さん......ぼ、ボンドルドさん。あれ、まさか、え」

 

吊り下げられた怪物のような男、ボンドルド曰くアレクセイは、死んだ。

周囲に現れた高精度のアームが、体の至るところにレーザーを照射し、バラバラにしたからだ。

 

しかし、血はでない。

人としてはとっくに死んでいたが、目は未だにぐるぐるしていた。

 

「う、うそ、嘘ですよね......」

 

「......」「......MP5......」

 

「何が、嘘なんでしょうか。」

 

「だって、だって今、人が」

 

その先を言おうとして、口を紡ぐ。

当たり前ではある。

今現在も、進行形でアレクセイの解体はつづいている。

傷口が出来ぬように、丁寧に丁寧に引き剥がされていく。

鉱石のような表皮をすべてめくりあげ、パーツごとに区分けされたアレクセイの体が次なる行程に進む。

 

「普段は崩壊振幅制御を簡単にするために光は当てないのですが、今回は皆様にも見えやすいようにと思いまして。」

 

ああ、確かによく見える。

陰惨たる、化学の進歩が。

まだ新しく、ともすればピクピクひきつる筋繊維を一つ一つ引き抜いていく。

皮は薬品に浸され、さまざまな試薬の反応を駆使して、素材としての完成度を高めていく。

 

顔面は唇に切り目が入れられたかと思えば、むしろ何故いままで張り付いていたのか不思議な位簡単に取れてしまった。

眼球を傷つけないように、見せつけるようにゆっくりと取り出すと、その間から視神経のひとつに至るまでを取り分け、製作仮定での効率化のために小分けにされていく。

 

「彼は元々ホームレスでした。人形を憎み、そして世間を憎む。ですから私は、彼らに役目と生活を与えてあげたかった。そしてそれは、彼自身の努力もあり実現したのです。」

 

「何が......」

 

「私のために飲み込んでくれたのです。あのコーラップスを。新たなる可能性と黎明のために。」

 

脳が取り出された。

そして無慈悲に細切れにされた。

多分もう、意識の方も死んでいるだろう。

 

「さて、MP5さん。」

 

「ヒッ......」

 

この惨状すべてを主宰するものに、見られたという恐怖。

声をあげるのも無理はなかった。

 

「貴方のサイズに合うもの、実は特注で作ってあったんです。視察にくる方の面子は事前に教えてもらえましたからね。

「暁に至る天蓋」、どうか受け取ってください。()()()からの、贈り物です。」

 

がらがらがら、と音を立てながら現れる、十人十色の意匠の仮面と、おそらく命が犠牲にされているであろう衣服をまとった基地職員たち。

美しくカッチリ仕立てられたMP5用の暁に至る天蓋と、なにやら大きな土台のような物が、目の前に大きくスペースを取る。

 

「こ、これも、もしかして」

 

そして、気付く。これだって、何か、誰かがあのような行程を経て変貌した何かかもしれないのだ、と。

知りたくはなかったが、知らないまま終われなかった。

もちろんボンドルドは隠し事などしない。

さも当然のように、教えてくれる。

 

「ああ、これの素材になったのは女の子でしたね。若くして苦労していました。あの子の名前は____」

 

教えてあげようとした。

だが、名前までは言うことができなかった。

忘れたわけでは断じてない。

そんなことをするはずがない。

何故言えなかったのか。

 

「ボンドルドさん......これ以上、彼女に対して悪趣味な真似はやめていただきたいですね......、貴方はやり過ぎてます。ホームレスとはいえ、居住区の人間を数多殺すというのは、見逃し難い犯罪行為です。」

 

物理的に邪魔されたからだ。

放たれた散弾は装甲に弾かれたとはいえ、彼のからだに大きな衝撃をもたらすのは容易なことだった。

肺の中の空気が一息で吐かれ、会話の中断がなされたのだ。

 

「コホッ......確かに、見せているだけでは悪趣味ですよね。貴重な機会の視察ですから、もうすこし踏み込んだところまで実行せねばなりません。」

 

肩で息を、正しくは排熱をし、それでも毅然とボンドルドに向かい立ち、そしていい放ったKSG。

 

それに対してボンドルドは、またもや何かを運んできた部下らしき人形から、その大きな荷物を受け取ろうとした。

人形のオブジェのようで、何らかの装置が大量についている、前衛芸術のようなものだった。

 

「それはなんですか。」

 

「実験器具です。傘体験装置、とでも言うのが適切でしょうか。」

 

「貴方、何を」

 

「言うだけでは、つまらない。聞くだけというのも、やはりつまらない。ならば、実感してみるのが一番でしょう。」

 

その次の瞬間、発砲音が響いた。

 

ショットガン、数秒前に出たKSGの銃声と同じだ。

しかしボンドルドは平然としている。

部下、祈手の誰にも弾は届いていない。

 

「KSG......?どう......して......」

 

「え......あ......あ ......?」

 

血にまみれ、腹を抑え倒れ伏すのは、他でもないUMP9だった。

 

「この鉄血ハイエンドから抜き出した情報で、例の大作戦における鉄血の厄介な性質を再現することができたんです。それが、これです。」

 

「あれ、あれ、どうして、どうして!?」

 

パニックに陥るKSG。

その表情と体は釣り合っておらず、狼狽えている顔とは裏腹に先程9を撃った体制のまま固まっている。

 

MP5は、あまりにものショックに電脳がオーバーフローを起こしたのか動かなくなってしまった。何も、言わなくなった。

 

「これは、エクスキューショナーです。あなた方には分かりにくいかもしれませんが、こういう乗っ取りを一機体で行うのは少しばかり大変な仕事のようなので、磨耗してこうなってしまいました。ここでいうのもなんですが、お疲れさまです、エクスキューショナー。」

 

「ギ......ギギ......ギ......。」

 

前衛芸術に変えられたかつての武人は、ただひたすら関節をやかましく鳴らすことしかできなかった。

無理矢理に脳のリソースを奪われ、焼ききられるような苦しみを延々感じるだけの存在に堕ちてしまった彼女はかつての強気な自信家とは程遠い。

 

「それでは最後の体験といきましょう。記憶の改編、新しい自我の生まれる瞬間。是非とも、見てみたいですよね。これが成功すれば、カートリッジの生産効率と汎用性が大幅に改善されます。」

 

さあ。

またあの手だ。

さあ。さあ。

祈手もまた、それに倣う。

さあ、さあ、さあ。

共に夜明けを見ようと、誘惑してくるのだ。

先程人が解体されていた部屋はすっかりきれいに掃除されていて、また人形用であろう電子器具も用意されていた。

 

KSGは泣き叫びたかった。

けれども、あの忌まわしき前衛芸術のようなエクスキューショナーが火花を発したかと思うと、そのうち顔すら自分のものではなくなった。

 

 

 

 

 

 

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