鷲尾須美にとって、高嶋優希は習うべきお手本である。
それは何故か、という話の前にまず彼女に少し触れよう。
第一前提に鷲尾須美という少女は、『堅物』と周りから称されている。規則をきっちり守り、楽単的な考えを断ち切る。旧暦時代を思い浮かべる堅物少女だ。
我々第三者からすれば、彼女の魅力はその堅物さと年の割に発育がいい身体、そして素直になった時の表情なのだが、第二者からすれば口煩い女の子。何より、本人にそこまでの社交性があるわけではないため、話しかけられても最低限の事を話せば後は無言の間が入る。話しかけた方も、話しかけられた方も、そして本人も、思わずごめんなさいと内心謝るのだ。とどのつまりシャイな一面もある。
せいぜい自分からするのは挨拶程度だろう。挨拶はきちっとするわっしーは可愛いのである。
話を戻すが、鷲尾須美は高嶋優希をお手本として見ている。
この理由は一つ。彼の行動は彼女が求める自分の姿であるからだ。
高嶋優希というのは年長者である。中学生とは言え、名家である高嶋の長男。礼儀作法やしきたりに厳しい家柄の一つでもある高嶋家で教養を受ければ、例え中学生だろうと立派な男児となるが、高嶋優希はそれ以上に鷲尾須美を虜にするものを持っていた。
例えば彼の周りには大抵人が集まっている。人徳があるからか、御家から言いつけられて関わっているのかは定かではないが、彼の周りには必ず大人数が集まる。話の中心にいるのも彼で、話も彼がどんどん話を進めていく。社交性があり、秀でたカリスマ性も持っている。
また頭の回転も早く、公私分けて物事を的確に判断する事に長けている。それでいて運動神経、学力共に学内最上位に位置する。欠点を探す方がよっぽど大変な作業だと言わせるばかりの完璧中学生だ。
そんな彼をお手本として見るのは、当然というものだろう。特に見ているのは彼の考え方だ。
彼女は堅物と称されるほど頭が堅い。小学生に柔軟な考え方を求めようとするのは中々に難しい話だが、鷲尾須美はまだ成長期とは言え自身の頭の中ではしっかりとした公私の区別がついている。
堅物少女が悪い訳では無い。だが、自分の意見を曲げられないのは欠点である。反論されれば何がなんでも自分の気持ちを曲げず押し付けていく。自分では満足しても、他人からは巫山戯るなと言われるのが至極当然。公私の区別が出来るからこそ、突発的に出た自分の考えが正しいと思ってしまう思春期前になると現れる、ごく当たり前な思考。周りと考え方が違うのではなく、ズレが生じているとでも言った方がいい。
だから彼女はそれを見習うべく高嶋優希を見ている。
こういう内面的な考え方を指導する事も、親や学校の先生達のような大人から影響を受けて自然と形として纏まるのだが、鷲尾須美は高嶋優希を選んだ。
鷲尾須美は自分の堅物さを自覚している訳では無いが、自分の事で悩む事は多々ある。他人に相談する事は基本しない為、自分の中で溜め込んでしまうが、彼女なりにどうすればいいのか葛藤し続けている。彼を手本としようとしたのも、その葛藤の中から浮かんだ考えだ。きっと無意識に歳が多少なりと近く、お手本にしやすそうだったからかもしれない。
自分の短所引っ括めて、高嶋優希の行動には惹かれるものがある。見るものがある。それ故に、彼女は高嶋優希をお手本として自分の姿を改めて行こうと考えたのである。
努力家である、鷲尾須美らしい考え方である。
であるからして、まるで
時は駆けて1週間。初陣となったあの日から数えて丁度7日目となった今日。
1週間経ったからどうこう言う話では無いのだが、御役目を果たした4人はより肝が据わったような心の持ち方を身に付けていた。
訓練を怠っていたわけではない。だが、どうにも自分達には何か足りないのだとそれぞれが認識していた。
1+1+1+1を、4ではなく無限大にする。数学的には中々にハードな考え方かもしれないが、『根性論で言えば計算は所詮計算。そこに個々の努力と思いがあれば覆す事だって出来る』、みたいな事だろうか。
人は可能性の塊だと誰が言った。まさにその通りだと、人類の文化を見ればそう思えてしまうほどに、人は可能性を持って生まれて死んでいく。
計算では見い出せない、愛と友情、そして絆があれば何とかなるとだと。天高々と拳を突き上げてそう叫んでやりたい。
とまぁ、そんな痛い考えは置いておくとして、小学生組は初陣の出来事がふとした時にフラッシュバックしていた。
動き、思考、周りの把握、敵、時間、何より相性。一つ一つがどうすればよかったのか、ああすればよかったのかと思考してはいや違うと否定し、また考えて違うと切り捨てる。
言うなれば反省会。しかし、参加者はそれぞれ自分のみといった本当に反省会する気があるのか分からないものを3人はやっていた。
園子は考えるとすぐ他のことをしてしまうので別として、須美と銀は普段よりもどんよりとした雰囲気で思考を巡らせていた。銀の普段とは違う雰囲気にクラス全体が震えた。
とは言え、流石に何も掴めないでいるのでは不味いと感じた2人。園子の腕を掴み、放課後イネスにてプチ反省会を開くのであった。
「ーーーとまぁ、あたしはこんな事を考えてたわけなんですが、お2人さんはどう思います?」
イネスのフードコートを会場として使い、無料のお水を3つ汲んで椅子に腰を下ろした3人。取り敢えずと、そう切り出したのは三ノ輪銀であった。
「……やっぱり、三ノ輪さんもそう感じてたのね」
銀の話を聞き自分が感じていた事と照らし合わせ、ほぼ同じ考えだと理解した須美は、表情重くそう呟いた。
2人が悩む事は2つ。
1つ目は連携。敵であるバーテックスを倒した際は連携して倒す事が出来た。
今回はそこまで影響は出ていなかったので一安心だが、連携がうまくできていればもっと危険な状態にならず、もっとスムーズにバーテックスを倒す事が出来た筈だと。
2つ目はお互いの理解。4人は最近までそこまで顔を合わせる間柄でもなかった。唯一理解が深いのは園子と高嶋優希だろう。実の兄のように慕う彼女の姿や、妹のように可愛がる優希の姿を見れば、関係は深いものだと理解出来る。
だが銀と須美はと考えるが、関係は薄い。しかも須美にとっては苦手とする対象かもしれない。方や通称堅物。方や遅刻及び忘れ物常習犯。規則をしっかり守る方と、規則を破ってくる方。相そぐわないのは見ていてわかる。
まぁ須美の場合、園子のマイペースさにもどうしていいのか分からないという点で、苦手意識があるかもしれない。
須美が自身の考え方と相反するから深く関わりたくないと思っているように、銀も堅い頭を持つ口煩い目の前の少女に苦手意識を持っているかは定かではないが、2人は今の関係では駄目と理解していた。
「……私としては、こう……なんて言うのかしら。もっと2人のことを知れたらなぁって思うのだけれど……」
「っ、あっ、あたしも2人のこともっと知りたいと思ってたんだ」
「勿論私もなんよ〜。2人だけでお話なんてずるいよ〜」
だからこそ、銀は須美がそう言う事を言ってくれるとは予想外であった。こういう切り出し方は銀がするんだと自分でも思っていたが、予想しなかった相手からの申し出。自分だけじゃなくて相手も自分の事を知りたいと思って口にしてくれた事に、銀は自然と笑顔が浮かんでいた。
今までぬいぐるみを抱きしめて寝ていた園子も、ぱっちり目を開いて輪に入ってくる。須美も無意識に笑みを浮かべていた。
「……それを踏まえてなんだけど、私達……、友達にならない?」
俯き、そして恥ずかしそうにモジモジしながら須美はそう呟いた。
これにもまた、銀は驚きを隠せなかった。園子もおお〜と嬉しそうにニコニコしている。
「当たり前だぜマイフレンド!私は最初から友達だと思ってたけどな」
「勿論私もなんよ〜」
「2人とも……ありがとう。じゃあ早速なのだけれど、2人をなんて呼んだらいいかしら?ほら、友達同士ってよく親しい呼び方するじゃない?あれを、やってみたくて……」
「おっ、呼び方か。あたしは銀でいいぜ。その代わり須美って呼ばせてもらうけどな」
「私は渾名がいいんよ〜」
「分かったわ。じゃあ改めて銀と、………乃木さんは、そのっち、なんてどうかしら?」
「おお〜、いいよいいよ。とっても素敵なんよ〜」
「ありがとう。銀、そのっち、これからよろしく」
「よろしくな、須美、園子!」
「よろしくなんよ〜、ミノさん、
「ちょっと待ってその呼び方に異議を唱えるわ」
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小学生組はそれからというもの、時間を見つけては3人で集まって交流を深めた。
学校の休み時間は3人でお互いの事を話し、放課後はイネスでジェラートを食べ、暗くなる前にそれぞれ帰宅する。
1週間前までは知らなかったを知る事が出来、知れば知る程嬉しくなるし楽しくなる。須美にとって友達とこうも話すというのは初めての事だったので、新鮮さが余計に須美に刺激を与えてくれている。
そんな感じで金曜日の放課後を迎えた3人だが、ふとある事に気付く。
高嶋優希とどう親しくなればいいのかと。
須美は彼との接点は無きにしも非ずだが、繋がりはとても薄い。お互いが養子として名家に引き取られた事と、多少家の関わりで数回話した程度。
元々異性と会話する事に抵抗がある須美には少し難易度が高い相手であった。
「……2人は高嶋さんとは仲がいいの?」
銀は下の名前で。園子は渾名で呼んでいる。
園子はなんにでもあだ名をつけて呼ぶので親しいのか判断するのは難しい。須美にも最初のあだ名がつけられたが、須美は他のあだ名を指定。園子は『わっしー』と呼ぶ事になった。園子のあだ名付けは斜め上になる傾向があるらしい。
「あたしは普通だと思うけど。何回か弟達と遊んでもらった事ある程度」
「それ親しい分類に入ると思うのだけれど?」
「私はどうかな〜。あ〜、ゆーにぃの作るおにぎりは美味しいよ?」
「食事を共にする仲じゃない。それを親しくないなんて言えないわよ、そのっち」
須美からすれば、2人とも条件が合えば自分から仲良くなりに行くのが目に見えていた為、本人達が否定してもそんな訳ないだろと異議を申せる。
案の定2人は須美のお目目に引っかかる結果になった。
「2人からすれば、私が1番関わりが無いじゃない……」
「あはは。けどあたしだってまだ全然知らないこと多いぜ?」
「私も多いよ〜。まだ好きな事とか、好きな食べ物とかしか知らないよ〜」
「はーい、園子。ちょっとお口チャックね」
須美の心を掠める発言にドナドナされていく園子。須美は気付いてなないのでセーフだが、聞かれていたら更に落ち込む事案となった筈だ。
「大丈夫だって、すぐに親しくなれるよ。優希さん、とっても優しいからさ」
「お料理上手だし、背が高いから肩車してくれるんよ〜」
「完全に親子ね。……でも、そうね。私も早く親しくなれればいいのだけれど」
イマイチピンと来てないのか、銀と園子の励ます言葉が違ったのか。対して変わった様子は見られない。2人はお互いに顔を見合わせる。
「ねぇ、わっしー。なんか焦ってる?」
ふと浮かび上がった言葉。園子はそう問いかけ、不安げな顔に亀裂が入る。
うっ、と声を吐き、シナシナと萎れながら机に突っ伏した。
「……焦ってるわけじゃ、ないのだけれど。……まぁいいわ、これは私情も混じったものだからあまり気にはしないで」
「……ほほぅ、そう言われちゃうと、気になりますなぁ須美さんや」
「茶化さないで。……でも、そうね。私、焦ってるのかもしれない」
「えらく素直だな。そんなに気にしてる?」
「……まぁさっきの私情と、これから協力して戦って行くのに私だけ仲間外れなのは少し……」
もじっと恥ずかしそうにそう呟く須美に、銀と園子は可愛い何かを見たような感じがして、何かやる気が湧いてくるような気がした。
「よっしゃー、じゃあ明日優希さんを尾行するぞ!!」
「へっ?尾行?」
「おぉ〜、スパイミッションなんよ〜」
「と、突然過ぎるわ銀。それに、何もそこまでしなきゃ行けない理由なんて……」
「うっさいうっさい。お胸はあるのに度胸はねぇのか」
「何を言ってるのか分からないわ」
突然の発言に異議を申し立てる須美。しかし銀は聞く耳持たず。
「じゃあ明日朝7時イネス集合な。遅刻すんなよ」
「ちょっと、話を進めないで。というか、1番遅刻しそうなのは銀じゃない」
「うぐっ、痛いとこをついてきますな須美さんや。しかし、明日のあたしは違うぞ。遅刻せず一番に到着してやる!!」
「……もう、何を言っても聞かないのね。分かったわ。でもその変わり、バレたら銀のせいにするから」
「ちょっ、そこは連帯責任なのでは?」
「面白そうだから私も行っきまーす」
端末を使って誰かに連絡を入れている園子に気付かずに、3人は高嶋優希尾行作戦を明日、決行するのであった。
そのちゃん>:明日尾行する事になったんよ〜
そのちゃん>:お昼ご飯はお饂飩が食べたーい( ˙꒳˙ )
タオルの上に置いた端末がピコンと連絡を受け取り、ロック画面に2つの通知を確認した。
「……了解っ、と」
簡潔に連絡を返し、再び端末をタオルの上に置く。足を翻し、体を解しながらゆっくりと歩みを進める。
その先にあるのは、砕け散った瓦の山だけだった。
次はいつになるのやら
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