成す術もなく過ぎ往く時間はやがて、己の無力さを際立たせるばかりで。
かつて女神の片棒を担いだ"人魚の魔女"は、今やただ一人の著しく一般的な魔法少女に過ぎない。
…魔法少女を一般的、と形容するのもまた、滑稽なんだけど。
そう僻んでも仕方ないよ、私。
等と自分に言い聞かせるけど、あの"女神を引き裂いた悪魔"に抗う手段は未だに見つかっていなくて。
一向に進まない戦局は次第に、私を沼のようなまやかしの平穏に浸からせるばかりだった。
…けれど。
「どうしたのですか、さやか。浮かない顔をしていますのですよ?にぱー☆」
深い青みがかった長い髪、私達の中では誰よりも幼く、その緑色のワンピースに赤いランドセルが際立つ。
屈託のない可愛らしい、あどけない笑みを宿す少女。
彼女は古手梨花、という。
ベベ…いや、百江なぎさの親戚らしく、彼女と一緒に暮らしている。
話し方も二人はどこか似ていて…というよりほぼ、瓜二つといっても良い。
だけど、時折見せる…やけに大人びた妖艶さすら漂わせる口調が、裏腹と黒さを感じさせる。
「あぁ…梨花。だいじょーぶなのだ!さやかちゃんは少し考え事でぼーっとしちゃいましたー…はいはいにぱー!にぱー!」
余りにも煌びやかなその笑顔が、お前も笑えと言わんばかりだったので。
私はあからさまに取り繕った笑顔で、彼女に応じた。
「引き攣ってんぞー、さやか。ッたく、ガキの相手もろくにできねーのー?」
杏子が私の頬を指先でぐりっと、軽く捏ねてから。
吊り目がちなその眼差しを私に向けて茶化す。
「なんだよー!じゃあアンタがやってみたら!」
と、特に不愉快に感じたわけでもないけど。
負けじと言い返せるのは、二人の間にある絶対的な信頼のお陰であり、ささいな喧嘩を装った単なる茶番劇。
「にぱー!梨花はさやかを慰めてやろーとしたのに、ツレねーよな!よしよし、お菓子買ってやろーかい?」
…経験があるからだろうか、はたまた…妹が居たからだろうか。
やけに子供相手が上手なものだから、私の対応を指摘してきた事に…妙に説得力を帯びた。
「お菓子ですか?嬉しいのです!キムチにするのです。」
キムチ。
変わった子だ。
…古手梨花。
私が知る世界線において…彼女は見た事も聞いた事もなかった。
魔法少女でもないのに私達の中にいつの間にか入り込み、仲良く和気藹々と日常を共にしている。
…それどころか、私達が魔法少女であることも認識しているし、
杏子やマミさんも"認識されている事を認識している"。
改編後、幾日を過ごしたけど…彼女が一体何者なのか。はたまた…ただの何でもない少女がたまたま、私達のコミュニティに紛れ込んでいるのか。
それすらイマイチ掴めていない。
正義の味方、美樹さやかこと私は…梨花に底知れない、得体の知れなさを感じていた。
「痛ッ…。ごめ…。…………。」
唐突に肩に走った、少々の衝撃。
誰かの肩にぶつかってしまったのだと、歩めていた脚を止めて…咄嗟に謝ろうとしたけど。
あぁ、その必要は感じない。
真横を通り過ぎるその横顔は目尻に影を宿し…艶やかとでも思っているのだろうか、気味の悪い口角は嘲笑を浮かべ。
耳には重たそうにぶら下がるひし形紫のアクセサリー。
ローズマリーな香りをふわりと漂わせて靡く、黒髪のストレートなロングヘア。
「あら…ごめんなさい、美樹さやか。」
私を執拗なまでに…小馬鹿にしきった、その声色。
…悪魔。魔なる者。叛逆者。
…暁美ほむら。
「…ッ。」
かつてまどかの為に何度も世界を遡行し、その果てにまどかが望んだ救済の選択肢を…引き裂き、破り捨て、閉じ込めた悪魔。
女神すら蹂躙してしまった、叛逆者。
私は彼女に打ち勝たなくてはいけない。
彼女は…敵だ。
けれど…彼女が蹂躙するこの世界の中で唯一、私だけが暁美ほむらの事を悪魔なのだと…知っているのに。
…何も。少しも…覆す事ができていない。
そしてその事実を、ほむらは嘲笑っている。
執拗に。しつこく。異常なまでの執念で。
口に出さなくても分かる。彼女はやたらと不必要な一言や、卑下の眼差し、侮蔑の表情を無力な私に手向けてくるんだから。
…絶対に許さない。
けれど、私は…弱くて、情けない。
…黒い感情がまた。
これ以上ほむらを呪っても、私には何の得もない。
寧ろあいつの思う壺だ。
「…ほむらとは仲が悪いのですか?さやか…。」
梨花の目つきは目尻を下げてうるうると。
ずるいってーの…。そんな顔を子供にされちゃあ、さやかちゃんも流石に誤魔化すしかないよね。
「ううん、気にしないで!オトナの事情ってやつ。」
「ほむらちゃんは悪い人ではない…と思うんだけどなぁ…」
「…変わった子だけどね。彼女。」
「んま、ほっとけば?なーんか、気味悪ぃし。あたしらが関わんなくても、アイツは十分強いしさー。」
「なぎさは嫌いじゃないのです!」
まどか、マミさん、杏子、なぎさ…皆が咄嗟にフォローするように各々言葉を紡いだ。
気を遣わせただろうか、申し訳ない。
皆には"仲が悪いだけ"と通しているけど、これじゃあ時間の問題かな。
"せめてあの子の前では仲良くしましょうね…"
所詮、悪魔。
自分が言った事も実行できないワケ?
…やっぱり気分が優れない。
先程から、梨花の事がやけに気になったり…ほむらにムカついてばかりだ。
「ごめん、さやかちゃん今日調子悪いかも!お茶会は一旦パスさせてもらおっかなー!」
「はぁー!?なんだよさやか!!」
「怒らないの、佐倉さん。…気分が乗ったら後からでも来ていいからね?」
「大丈夫?さやかちゃん…元気出して欲しいなって…」
マミさんの家で毎日のように紅茶をいただいているけど、今日はやめておこう。
…少し、自分を改めたい。
何を考えるべきか、どう戦うべきか…。
何を知るべきか。
一頻り皆に弁解と…後で行くかも、という保険をかけて。
私は帰路を辿る事にした。
…前方に見えるのは、憎たらしい黒髪。