古手梨花が語る内容は、本当に突拍子も無く。
されど、やけに悪魔の紡いだ遡行と似通っていて。
けれど、悪魔とは決定的に違う事が在り。
彼女は運命に打ち勝っている。
…世界を捻じ曲げた悪魔とは違って。
彼女が歩んだ千年以上の廻廊は如何に苦痛だったか想像だに出来ないけど。
彼女の眼がとてつもない因果を示す理由として、これでもかと言わんばかりに説得力に満ちていた。
語らう時間は余りにも早く過ぎた。
風呂場から脱衣場まで。廊下でも、エレベータでも。
そして、部屋へ戻っても。
ずっと、ずっと、彼女の話に耳を傾けた。
時折余談を交える彼女の瞳は活き活きとしている。
まるで無垢な子供の様に。
過酷な死や、仲間の発症を語る彼女の表情は苦悶に眉を顰める。
まるで腹を裂かれたかの様に。
勝利を手にした武勇伝を誇る彼女の声色はいつに無く明るい。
まるで気丈な英雄の様に。
其れに応えるように。
私も暁美ほむらが悪魔になった経緯を語らう。
彼女がまどかに救われたこと。
まどかは救われなかったこと。
ほむらが頑張って頑張って
とてつもなく、頑張った事。
其の結果。
まどかは魔法少女への救済を願い、女神となった事。
そして、其の女神を引き裂き
悪魔が此の歪な世界を作り上げた事。
あたしも人の事は言えないな。
こんなにも突拍子の無い話を口走っている時点で、気狂いだと思われても仕方ない。
其れでも。
古手梨花は真摯に私を見つめ
聞き入ってくれていた。
自分と重なるところがあるから、だろうか。
其れとも、此の世界への興味だろうか。
「…で、問題は。」
「…そうね。」
「…粗方、あんたが1983年から年を取る事もなく未来に来ちゃったって事。そして…其の未来の世界線、つまりは此処が…あんたが運命に打ち勝った未来では無くなっている。って事だね。」
「えぇ。…私が死んだ世界の、未来ね。」
「…皮肉。」
「とてもね。…未来に飛ばされてしまったキッカケは、ほむらの世界改編。何故私が…と、言いたいところだけれど…暁美ほむらと似たような時間の遡行を経験した人間なんて、私と彼女以外に居ないもの…きっと。…選ばれるべくして選ばれた、と言っても過言では無いかしら。」
「…流石に其の現象の詳細は分かんないけど。キッカケについては多分、其れで合ってる。」
状況が整理できた。…だけど。
「それで。私が元の世界に戻る方法は。」
「分からない、と。」
溜息交じりに梨花は呆けた。
「どれだけ、過酷なのかしらね。私の運命は。」
遂にはベッドに向かいその小柄な身体をぼんっ、と放り投げてクッションに弾む。
疲れているだろうし、気が滅入っているだろう。
途方も無い戦いを終え、勝ち取った未来が無かったことになっている未来。
正気を保っていろ、と言う方が無理がありそうだ。
それでも彼女は一度取り乱したものの、今はこうして冷静に盤面を整理している。
…流石は千年の魔女。
「まぁまぁ、此の世界の居心地が悪いのはあんただけじゃないよ?…あたしも同じ。」
「…私の過去は知れたでしょう?…此れ以上、私には何もできないわ。」
嫌気が指しているのか投げやりに呟く梨花に向けて。
「…暁美ほむら次第かな。あんたの目的も、あたしの目的も。」
切り出した私の顔を見て目を細める梨花は怪訝そうに
「あの腹立だしい悪魔と戦えと言うの?」
と、馬鹿馬鹿しいとでも言わんばかりだ。
「…強要はしないよ。」
暗に伝える。何も魔法少女になれとは言わない。
共に立ち回って欲しい、其れだけ。
「此処までされておいて、断れる訳が無いでしょう。駄馬の騎士様。」
何故だろう。静かに、ぶっきら棒に言い放って梨花は背中を向けた。
「…ありがとう。…あんたの大好きな騎士様みたいに…きっと、手助けになってみせる。だからあんたも…少しだけ、手伝って。」
不機嫌そうな梨花は背を向けたまま
「えぇ。」
と。淡白な即答を吐いた。
…彼女の"願い"を使えば暁美ほむらを倒せるかもしれない。
けれど、梨花には。
…元の"勝ち取った"未来へ戻って欲しい。
そう、切実に思う。
其れ程に彼女の努力が尊い事。
彼女の仲間が尊い事。
彼女の勝利が尊い事。
全てがひしひしと、私には伝わっている。
…悪魔を救おうとした時と同様に。
あいつの努力は尊い。
あいつの想いは尊い。
でも。
あいつの選んだ選択肢は、余りにも。
……………。
あいつの気持ちが、分からないワケ、無い。
寧ろ、間違ってない。
……………。
それでも。
女神が選んだ決意もまた。
畏敬なる程に。
尊い。
時々、見失いそうになる。
悪魔の残酷な改編は
宇宙すら崩壊させかねない世界を築き上げたけど。
…もしかしたら、彼女には。
世界を壊す権利があるんじゃないかと。
そう思わせる程に。
ほむらは苦しんだ。
円環を経て彼女の全てを観測できた私には
身を焦がす程に、伝わっている。
女神の尊さも
悪魔の尊さも。
天秤にかけられずに居る心が
片隅にこびりついている。
固形化した血塊の様に。
剥がそうとすれば傷口を開き
血を垂れ流して、再び固形化する。
…あぁ、痛い、痛い。
…未だに頭の何処かで
断頭台に向かう彼女を見掛けたら
命に替えてでも、止めるだろう…と。
想う。
其れ程に悪魔の"愛"の力は
深い。
…梨花の"仲間を信じる"力は
其れ程に深いだろうか。
私の"正義"の力は
其れ程に…強いだろうか。
抱き締めた千年の魔女は
小さく、小さく
震えていた。