いつ眺めても綺麗。
イチリンソウの咲く丘の上にて、私は今日も夜景を背に。
愛しい彼女の平穏を頭に浮かべて、ひとときの愉悦に浸る。
ああ、私は此の為に。
今こそ私の愛情は満たされている。
彼女を取り戻した感触を今も思い出す度に、涙さえ出そうな程。
見滝原の街並みは今日も鮮やか。
真っ暗闇を人々の暮らしが眩く光源として彩る。
夜風の香りは花々と草木と、人工的な排気の微かな香りだろうか。
冷たく吹く其れも今は心地良い。
白く濁る吐息を夜空に向けてふぅ、と吹いてみる。
サァ、と木々が其の葉を揺らしたであろう音が微かに耳を掠めた。
無限の様な時間を経て得た私の蹂躙は。
誰よりも、何よりも、尊い。
誰の邪魔も入らず、許さない。
私は悪魔であり、世界。
崇高な女神様も、私の愛には敵わない。
喩え。
彼女が逃げようと。
喩え。
彼女の意思さえ、奪おうと。
私は悪魔として。
彼女を"生かし"続ける。
其の崇高なる悪業こそ、私の正義。
「古手、梨花。」
…煙たい。
使い魔達が仕入れた情報も、雑多に断片的であった。
けれど、古手梨花に纏わりつく因果の原因は理解できる程度には、彼らも役に立つみたい。
幾十年も前の時間軸から、世界改編に巻き込まれたかつての遡行者。
…私以外にも遡行の経験がある人が居ただなんて。其れも…魔法少女でもないのに。
其の事実こそ荒唐無稽だけれど。
彼女にとってもきっと、私の存在…いえ、此の世界其の物が。
まさしく荒唐無稽、奇想天外かしら。
無垢な少女を装って、世界を恨むような眼差しで、まるで人ですら無いかの様な達観した俯瞰と卑下の笑みと声で。
此の悪魔に楯突く彼女は、余りにも
…目立ち過ぎる。
あの面倒な正義の味方とつるむくらいだもの。
…私には到底理解できない何かを持っていると考えてしまえば、何故かしら、苛立ちと憎悪さえ湧いてくるの。
…美樹さやかと、同様に。
…どうしてかしらね。
一番、貴女が嫌いな筈なのに。
貴女は、一番私を嫌っている筈なのに。
…貴女だけがはっきり、私を覚えているのは。
…誰かの為に願いを賭して、破滅へ向かう貴女が誰よりも嫌いだった。
…まるで、私の末路の様で。
…其の癖に、私の産んだ悪夢では。
誰よりも、早くて。
誰よりも、私に近くて。
誰よりも、理解していた。
其れまでは私の言葉に耳も傾けなかった癖に。
…嫌い、嫌い、嫌い。
貴女の独善的な救済なんて。
私には必要ない。
…見返りを望んだ己を憎む程。
彼女は無垢で穢れが無いのだもの。
見返りを望む事なんて、当然の事なのに。
…其れでいて尚。
今度は見返りすら求めずに
私に手を差し出した貴女が
憎い。
憎い。
安直だわ。
愚直だわ。
無知だわ。
気紛れが過ぎる。
…美しくなんて、ない。
理解、できない。
私には、無い。
私は、"其れ"を知らない。
疲労だろうか。
気付けば私は地にぺたりと座り込み膝に手を置き、空を眺めていた。
…私は。
見返りを求めていた。
鹿目まどかに愛されたいと。
…いや。
求めている。
けれど、諦めている。
今は何より、彼女が平穏を過ごせるだけで
幸せだから。
けれど。
もし見返りを得る事ができるのなら。
…世界が其れを許すのなら。
私は、こんな事をしなかったでしょう。
…滑稽な、世界。
悪魔の報復を受けた世界。
世界の罪、世界の罰。
私は征服者であり
裁きを下す者。
それでも貴女は。
未だ、私を救いたいのかしら。
…愛に狂って世界を壊した悪魔を。
それとも、殺したいかしら。
星が見える。
微かながら、点々と煌めく。
鈍いスパンコールの様で、薄汚れたような。
…今となっては特に深く関わる事もない、まどかの声を思い出しながら。
自然と上がる口角を奥歯で感じ。
星空を。
宇宙を。
粒子を。
真っ黒の中に浮く銀の庭を。
見据えた。
これで、良い。
これで、良い。
誰も私の側になんて
居なくて良い。
誰も私の事など
知らなくて良い。
まどかが笑顔になれるのなら。
…其れで良い。
「…そっか。あんたって、いつも此処に居るんだ。」
後方から澄ました声色。
…相変わらずね。
「転校生。」
今や其の立場では無くなった筈の呼称にて。
貴女は私に声を掛ける。
不思議と今は。
其れが貴重にさえ
感じる。