二人の間を吹き抜ける風は真冬の冷感を肌に当てがう。
嫌いな貴女への、冷めきった印象の様に。
愚かな貴女を、茶化す様に。
「想い出の場所だもんね。…此処。」
「知った口を利かないで頂戴。」
今更、何を話せば良いと言うのかしら。
塞ぎ込むように、私は丘上にて膝を抱え込み座り込んだ。
顔の下半分を埋め乍ら、眺めるは街灯り。
…あの辺りで、いつの日か。
貴女を殺そうとした記憶を思い出す。
何も知らずに
何も信じずに
何も気付かずに。
私を愚弄した貴女へ殺意を抱いた日を。
「…何をしに来たの?」
「さぁ?あたしだって、分かんないよ。」
そっと顔を傾けて彼女を見遣る。
横目に。
盗み見る様に。
…貴女は、相変わらず。
無垢に。
笑みを見せていた。
誰よりも眩く、愚かな心で。
「ただ、あんたと話がしたくて。」
「何の話をすると言うの?」
「…さぁ?想い出でも語り合おっか。」
「何も無いわ。貴女との想い出なんて。」
駆け巡る貴女の表情は。
嫌悪に満ちていて。
軽蔑に満ちていて。
…そして。
慈愛に、満ちていて。
月の灯りは半月を示す。
見上げる其れが満ちる頃、私は。
…どう、変わっているのだろう。
それとも、変わらないのかしら。
「あたしは、諦めてないよ。」
美樹さやかが切り出す言葉の真意を探り私は
「…何を、かしら。」
…そう、呟いてしまう。
「あんたを。」
「救う事。」
…美樹さやかの救済が指すのは。
私が導かれ鹿目まどかという名の円環と共に過ごす未来。
…私にとって、其れは。
「要らない未来だわ。」
「そうだね。」
やけに物分かりの良い相槌は相変わらず
私を突き刺すように。
「其れは、あんたの願いじゃなくて。
あたしの願いだからさ。」
背中に寄せられた彼女の背は。
少し筋肉質で、熱い。
「あんたに裏切られた事も。」
「あんたに嫌われた事も。」
「全部、どうだっていいんだわ。あたし。」
「知らないわ。貴女の思考回路なんて。興味が無いもの。」
「あんたを救いたくて。
あんたが、安らかに過ごせる場所を
作りたくて。
…ただ、その為に。"覚えてる"。」
嫌い。
嫌い。
嫌い。
「あんたを助ける為に。
あんたを倒すんだ、あたし。」
窺い知れない彼女の表情はきっと。
悪魔を相手に晴れ晴れと語っているのだろう。
愚直な正義を振り翳して。
身勝手な善意を振り撒いて。
独善的な感情を押し付けて。
「重たいわ。退けて。」
「悪魔を背凭れにするのも、悪くないじゃん?」
「…話にならないわ。」
貴女はどうして。
誰かの為に
其処までするの。
二人の吐息が夜空に舞い込み、混じり合う。
白く濁った、吐息。
彼女の髪の香りが、微かに鼻につく。
甘くもなく、苦くもなく。
ただただ、"美樹さやか"である事を思い知らせてくる。
「…梨花は、あんたに無い力を持ってるんだって。」
「其れは、仲間を信じる力なんだってさ?」
「あはは、胡散臭いよね。あの子。」
「でも、羨ましいんだ。」
一人で続ける彼女の声が、静かな丘にて小さく鳴る。
「あんたがあたしを信じない理由も、
あたしを殺そうとした理由も。
知ってる。」
「全部、見てきたから。」
女神の片棒を担った彼女は、そう呟いた。
「だからこそ。
あんたの理解を得ようだなんて、思わないよ。」
「あたしは、あんたを倒して。
無理矢理にでも連れてく。」
衣服の擦れる音。
背中に重たくかけられていた圧が離れる。
「…きっと、もうすぐだね。」
「あんたと戦うの。」
「…そう。貴女達に何が出来ると言うの。」
「さぁね。…でも。」
「全力で、殺し合おう。」
「悔いの無いように。」
胸元に走る鼓動。
目を見開いて彼女の姿を追うべく、振り返った先には
彼女は既に姿を消していた。
夜風は私の頬を、冷たく撫でる。
びゅう、と一際強く。