交差点の信号を待つ最中。
人々の喧騒と大モニターから流れる喧しい広告がやけに賑やか。
パーカーのポケットに入れたカイロを握り締めて寒気を凌ぐ両手。
冷たい街中の時折吹く風の冷たさに鳥肌を立てるけれど、ぎゅっとカイロを握り締めて暖を取ればスマートフォンの操作も難無く。
油断すると指が悴む。此の動作の重要性をしかと思い知り乍ら私はバッグからスマートフォンを取り出した。
此の世界も案外、悪くない…そう思わせる程に人々と文化の進化を感じる。
まるで私が二人居るようで。
昭和の刻を経た本当の私と
改編に巻き込まれた即席の私が
二重に思いを有し、そして共存する。
「美味しそうね。」
舌を疼かせるケーキの画像を見つけては、パリティミラーにてさやかに映し出す。
空中に投影されたケーキの立体画像を見て彼女は
「おー?行こっか。食べに。」
あいも変わらず爽やかに、眉を上げ乍ら笑みを浮かべた。
交差点の信号が青に変わる。
ざわざわと人々の話し声が交わり合う中、私達は歩みを進めつつ。
「行きましょう。」
日がとうに暮れた街を。
歩き、耽る。
「素敵ね。此の世界。」
私にとって、余りにも突拍子の無い世界だけれど、此の世界が悪いとも決して思えない。
無論、私も…そして、愛しい仲間も。
雛見沢が滅び、亡くなった世界を好きになれる訳では無いけれど。
記憶を失っていた私を扱う人々の安直さや。
あの気持ちの悪い悪魔が此の世界の決定権の一部を握っている事や。
…私だけが、極めて異質に感じる事、が。
とても、居心地悪いけれど。
…彼女のように。
私を知ろうとしてくれる人が居る事。
"両親"やなぎさの様に。
無条件に私を受け入れてくれる人が居る事。
其れが例え
悪魔の改編によるものだとしても。
其れは、きっと。
「素敵、かぁ。」
気まずそうに。
正義の魔法少女は眉を下げて困惑を浮かべつつ、大モニターに目を向けた。
「…確かにそうかもね?…素敵過ぎる程。」
其の言葉の真意を知りたいと思っても。
其れ以上に、私は。
今彼女が思考を巡らせた"何か"をそっとしておこうと、判断した。
禁煙区域だと言うのに、柄の悪い女性の煙草が頭の真上を掠める。
「悪ィ!」
肩から垣間見える刺青の目立つ其の女性は一言、大きな声で心の籠らぬ謝罪を告げた。
「…撤回するわ。」
「あたしも。」
美樹さやかは屈託無く笑った。
私は溜息交じりに。
思わず、口角を上げた。
眩しい程にショップの灯りがギラギラと辺りを点灯させたり、照らしたり。
低音が痛い程に響く楽曲が鼓動の様に鳴らされる。
宣伝車のジャカジャカと愉快なBGMが通り過ぎ、其の楽曲をぐちゃぐちゃに散らかす。
私のどの記憶を辿っても、此の経験は無くて。
美樹さやかと過ごす時間を、新鮮に染める。
スカートがふわりと風に靡いて膝を擽るのが肌寒い。
「此の人達も、悪魔に改編されているのかしら。」
暁美ほむらがしでかした事柄は知っているものの、具体的には把握していなくて。
唐突で脈絡ない問い掛けかとは承知なものの。
ふと気になった私はさやかに告げる。
「あはは、あいつが担っているのは…此の世界の理の一部だけ。人や事象を変化させる力は無いよ。あんただって、あいつの意思には関係なく巻き込まれたんだしさ?」
「…其の理、って。何なのかしら。」
何処か清々しく。
彼女は眉を顰め乍ら、思いの外中々開かない自動ドアを前に、背を伸ばして身体を左右に傾ける。
「…女神の力の半分。…魔法少女の救い、其のもの…かな。」
「…よく、分からないわ。」
魔法少女の事を認識しているとは言え、余りにも抽象的で理解できない。
「…魔法少女はさ、元々…魔女になるもんだったの。…あぁ、魔女ってのは…ま、魔獣みたいなもの。」
…。
其の言葉の意味を整理した時。
途端に息が詰まる。
「…其れって…」
「酷い話だよね。敵を倒してたら、いつのまにか自分が"敵"になるんだもん。…其の理から魔法少女を救う為に。女神様は"願いを叶えた"。」
…計り知れない。
想像だにできなかった。
…自らの運命と戦って、仲間に縋ってようやく勝ち得た時間は
余りにも、貴重で。
其の経験を以ってして考える私の主観では
其の判断は余りにも。
狂気的な程に、神聖で恐ろしい判断だ。
「其の救済ごと女神様の力をもぎ取って…女神様の日常と笑顔だけを望んだのが、悪魔。…此の世界はどの理にも反した、不安定で不成立な世界ってワケ。」
…理解こそできないものの、想像は済む。
そして尚更。
悪魔の事が。
気味が悪くさえ感じる。
仲間の死、狂う様。
日常を失う工程。
何度も何度も見た私だけど。
何度目だって、苦しかった。
辛かった。
怖かった。
…嫌だった。
頭が、はち切れそうな程に。
だからこそ。
悪魔の行動がまるで。
輪廻に閉じこもっていた頃の私のようで。
気味が悪い。
「8階だっけ?」
…あぁ、ふと思い出す。
ケーキが食べたいのだったと。
「えぇ。」
重力に逆らう瞬間のふわりとした感触と共に。
エレベータの上昇が進む。
中から伺える街並みはやはり、煌びやかで派手に輝いている。
隣で背を凭れたさやかがスキニーパンツの際立つ脚を組み合わせ乍らスマートフォンを弄ぶ。
「正義なんて、無いのかもね。意思の強さが物を言うってだけなんだわー、きっと。」
涼しい顔で告げる彼女は。
女神の片棒を担いで何を何処まで見たのだろう。
世界の何処迄を、知っているのだろう。
「SS引いた!」
唐突に目を見開いては、スマートフォンの画面に彼女は嬉々としていた。
…まるで無知な少女の様に。
彼女の頭の中をもし覗けたら。
私は其の時、発狂してしまいそうだ。
…其れ程に彼女は
繊細で 優しくて 慈愛に満ちて 正義に満ちていて
図太くて 乾いていて 前向きで
格好良い。
まるで、私と違う。
「…だからこそ、あたし達は負けない筈だよ。」
「…そう、ね。」
「任せて。あたしもそうだけど…梨花が強い事。あたしは気付いてる。」
「…そう。けれど、頼りにさせて頂戴?駄馬の騎士様。」
エレベータのドアが開く。
「仰せのままに。」
私の手を取り先に一歩。
エレベータからフロアへと脚を踏み出した彼女は
振り返りつつ私の手を引いて。
あぁ、また。
相変わらずの笑みで私をフロアへと引き込んだ。
「甘いケーキは奢りかしら?」
「勿論!」
あぁ。
彼女も嬉しそう。