輪廻と遡行【魔法少女ふるで☆りか】   作:夢遊の残骸

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静か 【視点-古手梨花】

 

ろくに睡りを得られずに私は早朝にて目を覚ます。

 

冷気の際立つ朝の香りがいつも味わう其れよりも凍てつく。

 

例えば、朝食の香りやシャワーの香り。

 

其れらが混じる事もなく、ただただ、室内の空気を鼻腔にて感じた。

 

勘の良い悪魔は私の起床すら察知しているだろうか。

虚ろなレムを繰り返したに過ぎない私の頭はぼんやりと、世界に繭をかけたかのようにしか、認識できない。

 

暫くは寝起きの夢現と戦うのだろう、未だ家族の誰も起きていない家の中を…ゆっくりと、徐に。物音をなるべく立てないように歩む。

 

卵を焼く"母"の調理の音が聞こえない、キッチンにて。

 

トースターに食パンを差し込む日常と呼ぶべき非日常が、何処か今日は特別な気がして。

 

不安と、杞憂と、少しの感傷に。

 

私は笑みを浮かべた。

 

 

 

奔放な貴女は今頃、未だ未だ寝ているかしら。

 

正義を翳す寝坊助さんの顔を思い浮かべる。

 

静かに。

 

静かに。

 

バターをパンに塗り付ける。

 

静かに。

 

静かに。

 

誰も気付かないように。

 

家の中で気を遣ってこそこそと過ごすのも癪に触る。

スマホの数字が示す未だ登校の刻では無い事実が胸を詰めた。

 

故郷を想い、貴方を想い。

 

そして貴女を想い。

 

早朝、すぐに膨れたお腹を一撫でして私は

 

玄関へと向かった。

 

 

 

雪と自然に囲まれたあの場所も

 

コンクリートと電子に囲まれた此の場所も

 

鳥のさえずる音色は変わらず心地良いみたい。

 

翼を強くバサバサと羽ばたかせる音。

 

ちゅん、ちゅん、と可愛らしく鳴き喚く音。

 

車の通りも少なく。

 

静かに。

 

静かに。

 

糸口の見つからない袋小路の中で。

 

頼れる貴女が寝ている時間の中で。

 

私はただ、彷徨う。

 

…憎むべき悪魔に、何かを馳せながら。

 

…同情だろうか。

 

…敵意だろうか。

 

…共感だろうか。

 

よく働かない頭の中は、やっぱり静かに。

 

 

 

 

 

辿り着いた交差点は登校に関係のない場所。

 

時間は未だ余裕がある。

 

…彼女と歩いた場所に来れば。

 

彼女と居た時間を思い出せば。

 

…何かを思い出せるような気がして。

 

…何かを、解いてくれるような気がして。

 

 

 

けれど、誰も居ない交差点にて。

 

ケーキの画像をパリティミラーに浮かべる。

 

また、食べたいと。

 

そんな思考に時間を委ねてみるのも、今はきっと悪くはない。

 

其れ程に。

 

思考回路はぐちゃぐちゃに散らかされて。

 

戻りたい、信じたい、助けたい、助かりたい、

勝ちたい、許したい、知りたい、憎みたい、

 

話したい。

 

願望と失望に脳を食い荒らされるような

混乱。

 

千年の魔女に突き付けられた未経験は、余りにも希少で…そして途方も無い程に、難解だ。

 

…私は。

 

勝ち得た世界へ、戻りたいだけだと言うのに。

 

 

 

 

 

交差点の信号が青を示すけれど、横断歩道を前に私は立ち竦むばかりで。

 

其の先には何の用も無く、ただただ交差点の中心へと眼差しを向けていた。

 

 

 

かつ、かつ。

 

時折人の歩行が聞こえていたけれど、其の中で一際目立つ足音が鳴り響く。

 

…其れは、聞き覚えがある音。

 

気怠く思いながら。

 

眉を顰めて振り向く。

 

嫌味な程に細く綺麗でしなやかな彼女の黒髪が。

軽快にふわりと靡いて、華奢な肩をすとんと撫でている。

 

二つに分ける癖のついた特徴的な後ろ髪が胸の脇から覗いた。

 

「イレギュラーの割に、やたらと私の邪魔をするのね。古手梨花。貴女に其の心算が無くても…悪魔の眼には目障りなのだけれど。」

 

一方的な言い草に鼻で笑って見せる。

嘲笑。其れは自分を取り繕う為に有効な、性悪な手段。

 

「貴女に巻き込まれたようなもの。…私は元の居場所に戻りたいだけ。目障りなのは貴女だわ。ほむら。」

 

無口な癖に、真意は真っ黒に饒舌。

 

私以外の全てを知った悪魔の卑下と侮蔑は相変わらず。

 

「申し訳無いけれど。」

 

そう、悪魔は切り出しながら。

 

 

 

カチャ。

 

 

無機質に鳴る金属音には聞き覚えがあった。

 

人の命を奪うに適した、鉛を放つ為の口を

 

コッキングする音。

 

"あの時"も、こうして突き付けられたかしら。

 

…私が何度目かは分からない死を突き付けられた時の、音。

 

やっぱり、貴女も同じね。

 

"アイツ"と。

 

 

 

「美樹さやかはともかく。貴女には何の愛着も無いの。…貴女が死んだって、消えたって…全くの躊躇も罪悪感も無いわ。…きっと。」

 

 

 

身近に死の可能性が迫っているのに。

 

どうして。

 

何も怖くないのだろう。

 

…慣れているの、かしらね。

 

皮肉な事に。

 

 

 

それとも。

 

 

 

 

ばさり、ばさり。

 

羽音の様な音が聞こえる。

 

 

 

「引き金を引いたって。私は負けないわ。」

 

「…?そう。死後に其の言葉を訂正して貰おうかしら。」

 

「貴女の愛が其の程度なら。私の勝ち。」

 

「…。抗う手段を持たない癖に、随分と勝ち気ね。」

 

側頭部に銃口が向けられる。

 

けれど、やはり怖くない。

 

「…だって、貴女。」

 

 

 

 

 

「殺意じゃないわ。其の眼。」

 

 

 

 

不思議と。

 

彼女の眼差しはかつて私に死を強いたアイツの眼差しとは

 

違ったから。

 

 

 

 

 

 

サーベルの剣先がほむらの銃口へと突き刺さる。

 

ばさっ、ばさっ。

 

マントが空を靡く音が遠方から私の元へと辿り着いた。

 

 

 

此れが私の力かしらね。

 

貴女が来てくれるような気がしてたの。

 

…信じていたの。

 

 

 

そんな貴女に微笑みかけるけれど。

 

貴女は怒りを露わに…悪魔を只管、睨みつけていた。

 

其の横顔は、冷気のように。

 

 

 

 

 

「…相変わらず。一々、突拍子が無いんだわー。…ムカつく悪魔さんの行動は。」

 

「そっくりそのままお返しするわね、愚かな正義の味方さん。」

 

睨みと嘲笑が交差する中、私は。

 

 

 

「待ってたわ。」

 

そう、"仲間"の横顔に微笑みかけた。

 

 

 

「…頼り過ぎ。」

 

怒っているような、其の声色とは裏腹に。

 

駄馬の騎士の口角は、上がっている。

 

 

 

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