眠りに身を賭す貴女は、どんな夢を見ているのかしら。
其れとも、何も見ずに只々暗闇の中で身体の治癒を進めているのかしら。
悪魔にやられた傷は、貴女の信頼する彼女の手によって塞がれている。
「何かあるとは勘づいてたけどさ?…アイツが敵で、さやかとあんたは共闘関係で。…そんだけしか教えてくんねェの?」
…話せば長くなる。其れに、突拍子もない内容だ。
…端的に伝える事なんて、出来そうにない。
ぶっきら棒に見えて杏子は、不満そうに眉を吊り上げて機嫌を損ねたように表情を変えるも…其れ以上は言及してこない。
静かなさやかの部屋の中に、静かな寝息を微かに立てる彼女と棒付きの飴を咥えて私から目を逸らす杏子。
…彼女に打ち明けたとして、信じてくれるだろうか。
…彼女を巻き込んでしまって構わないのだろうか。
そう思慮が巡ると胸が締め付けられるような、覚えのある鬱屈が閉塞感を呼び寄せる。
「さやかとも梨花とも、ある程度付き合いは長い筈なんだよ。」
窓に視線を向ける彼女が突然、呟くように切り出した。
其の真っ赤な髪は艶やかで、頬はきめ細やか。
けれど、彼女がどんな眼差しでそう告げたのかは私からは伺えない。
「でもさ。」
「…さやかとはずっっっと昔から居たような気がするのに。」
「お前は違うんだわ。」
漸く確認できた彼女の面持ちは、疑念を示すのかと思ったけれど…やけに慈愛を含んだ微笑だった。
「上手く話せなくて御免なさい。」
ありのままにそう告げる他無かった。
優しいんだ。
杏子の事なんて、よくは知らない。
けれど、ふと投げ掛けた冗談に対するレスポンスも、彼女を揶揄うように告げた皮肉に対する反応も、稀に送るメッセージに対する返信も。
そして、今まさしく私が上手く言葉を紡げないのを見兼ねる態度も。
彼女は、私に優しい。
理由さえ分からない。さやかに対する其れとは違った優しさは、信頼度の大小によるのか、其れすらも解らないけれど。
「…いいよ。理由があるんだろ。」
夜の曇天の間を差す月光を見つめつつ彼女は、寛容を示した。
「貴女は、私に優しいのね。」
安直に思った事を告げる。
貴女は一見、感情的でガサツな癖に利己的で、残酷な人に思えるけれど。
誰より優しくて、慈愛に満ちている。
そして自惚れで無ければ…其れは特に私に対して顕著だ。
「…どうにも、年下の女の子には弱くてさ。」
窓に目を向ける彼女の表情はやはり窺い知れない。
何かを回想しているのだろうか、暫く…其の飴を舐める口内の動きを止めているようで。
…私が年下である事が、彼女の優しさの原因。
彼女の事を深く知らない私にとって、貴重な一つの情報となった。
其処から何を予想できるわけでも無いけれど、きっと魔法少女たるもの…何かを抱えてはいるのだろう。
彼女が私に深く問い詰めないのだから、私もそうするべきだと感じた。
だから二人は共に唇を閉ざす。沈黙と、時折びゅうと吹く風の音が外で微かに聞こえる。
さやかの眠りを妨げぬように、橙色の微かな灯りのみで照らされる室内にて。
静かさの中、二人で其の眠れる騎士様へと視線を向ける。
深い傷を負った癖に、呑気な笑みを浮かべながら睡眠に耽る彼女が余りに無頓着で滑稽で。
「なんで笑ってんだ?こいつ。」
くすくすと二人で笑い合った。
丁度同じ事を考えていたものだから。
そして、其れに杏子も気付いたようで…さやかを起こさないように息を殺しながら、悪巧みのように笑みを零し合う。
図太いものね。
喉を裂かれておきながら、こうしてすやすやと幸せそうに寝息を立てられるのだから。
…其の共感覚的な愉快が、私の心の張り詰めを少しだけ緩和してくれた。
頬から力が少し抜けて、楽になったような。
一息深く吐いて、私は口を開いてみる。
「…何十年も前からやってきたの。」
「………?………お前がか?」
「そう。」
ぽかんと口を縦に開きながら、暫し眉を下げた後に…彼女は私に問いかけた。
端的に、肯定の一言を告げると…神妙そうに彼女は眉を顰めつつ…
「で?」
と、続きを催促した。
彼女の立場になればきっと、私も同じ様に反応するだろうか。
良く分からないし、その話の信憑性すら計り知れないけれど、一旦はその全貌を聞き出したい。
…きっと、そんな反応。
「…私は…」
美樹さやかから聞いたことはなるべく伏せつつ。
私が私である事を忘れていた事。
私が私である事を思い出した事。
そのために私がした事。
私の正体と、其の経験。そして…其れに伴う私の"因果"の大きさ。
そして…私が目指す"帰還"。
私に関しての事を彼女に打ち明ける。
言葉が足りないかもしれないし、きっと受け入れ難い内容だとは思う。
…けれど、慈愛の深い彼女はきっと。
私が言葉を紡ぐ度に彼女はやっぱりぶっきら棒に、
「はぁ?」
「へぇ?」
「ふーん?」
等とガサツに相槌を打っていたけれど、話が進むにつれて真摯に私を見つめたり、時折視線を落として伏し目がちになったりと。
半信半疑の眼差しというよりは…困惑のような、それと同情のような。
分かり易い反応を示していた。
「…その為に、ほむらと戦わなくちゃいけないワケ?」
「…えぇ、全ては私からは話せないけれど、きっとそうなるわ。その辺りはさやかに聞いて頂戴。…ほむらのことに関しては、私よりもさやかの方が知っているのだから。」
さやかの許可なく、彼女の目的や過去を明かす訳にもいかなくて。
…杏子が何処まで聞かされていて、何処まで知っているのか解らないけれど、きっと彼女は"此の世界の事"しか知らないと思うから。
私から話すのはやめておいた。
「…にしたって。"本当のお前"の話し方…」
「…ほむらに似てんだな。」
唐突に紡ぐ彼女の言葉にきょとんと目を見開いた。
そういえば、こうして素の私で貴女と話すのは確かに初めての事だけれど、脈絡なくそう言われるとは思わなくて。
…そして、ほむらの遡行を知らない筈の彼女に似てると言われてしまった事に…彼女の第六感的洞察力の優れを感じてしまった。
やっぱり第三者から見ても私達は似ているのだろうかと。
複雑な気持ちに苛まれてしまう。
けれど、杏子はニヤリと口角を上げつつ其の八重歯を際立たせながら。
「食いなー?」
と、スティック状の駄菓子を私に放り投げた。
其の行動が瞬間的に理解できずに彼女を見据えたけれど、彼女の満面の悪戯な笑みが…眩くて、粋なものに見えて…真実の一部を曝け出した私の実態を歓迎してくれている、ように感じられる。
「いただきます。」
お腹が空いていたので、私は遠慮なく…其の封を開けた。
…あぁ、投げたりするから、端がほろほろと砕けている。
けれど。
只の駄菓子がやけに美味しく感じられた。
「もも。」
「…?これはめんたい味…」
「…あぁ。そうだね。」
……………?
……………。