「お母さん、聞きたい事があるの。」
私の真剣で硬い表情を見て、台所にてテレビの音声に笑みを浮かべつつお皿を洗っていた"母"が…その手を止め、蛇口を捻って水を止めた。
「どうしたの。」
その面持ちは不安げと呼ぶべきか…危機感を得ていると言うべきか。
私の傍になぎさもわざわざ寄り添ってくれている為か、目を丸くしながら…只事ではないと感じているようで。
タオルで手を拭きつつ、私の目線に合わせて腰を屈めてくれる。
「私の事について、はっきり教えて欲しい。もっと…知っている全ての事を。」
ただならぬ雰囲気を察したのか。母は私達をつれてリビングへと向かった。
長くなりそうだし…と、ココアと、ぶどう酒モチーフのノンアルコールを両手に抱えて。
…優しい。
「先ず梨花のお家の話でもしようかな。」
…息を飲む。"母"の表情は朗らかないつもの性格らしくない、どこか覚悟を決めたような清々しさを漂わせる。
「あたしも然程、詳しくないけど。古手のお家は代々、巫女だか女王だかの家系だなんだってね。それは神聖なものとして扱われていたみたいで。あたし達も本家と繋がっていないもんだから、よくわからないんだけどさ。ほんとに。」
なんとなく聞いた話ではある。御三家と呼ばれていた…だとか、"両親"もよく分かっていないようだから、断片的ではあるけれど。
「っていうのもさ。梨花の…本当の両親も、直接的には繋がっていない筈なんだよ。あたしらが聞いた話だとね。」
…? 古手、と名がついていても…そういうものなのだろうか?
複雑だとは聞いていたけれど、いまいちピンと来ずに首を傾げていると。
「…だってね、古手の本家は約70年前に、災害だかなんだかで滅びてるらしいのさ。」
「…何?なぞなぞ…みたいだけれど…。」
滅びている家系の子…にしては私は余りにも幼い。
複雑とは言え、難解すぎる。
じゃあ、私は一体。
「…そうだねぇ…だから、古手という苗の家系はいない筈なんだよ。あ、関係ない古手さんならどこかに居るだろうけど。」
………遂には居ない筈の存在だと言うの?
…私は確かに、此処に居るのに。
「その辺がねぇ、曖昧なんだよ。…辛かったらごめんね。言いづらかったもんだからさ、中々言えなくて…それも、ごめん。先に謝っておくよ。」
「…何?…私は、覚悟…できてる。」
言葉が詰まる。得体の知れない動揺は段々と、私の手を汗で湿らせる。
なぎさが優しく…その手を握ってくれた。
息を飲んだ私の動揺に気付いたのだろうか。
「…梨花の両親も含めてさ。梨花の家系は皆…早死にしてるんだよ。…つまり梨花のおじいちゃん達も。…ひいおばあちゃんが、さっき言った災害で亡くなったんじゃないか…って言われてるんだけど、どうにも親戚もはっきりわかんないみたいでさ。ってのも語り継ぐ前に…若くしてお亡くなりになっちゃってるからだと思うんだ。何十年も経ってるし、風化するとは思うけど。」
淡々と語る母は、そこまで話すと…大丈夫?とだけ、問い掛けてくれた。
私は…無言で頷く事しか出来ずにいた。
「梨花の両親についてはね…悪い人達ではなかったよ。上品な人達で。…でも、梨花には当たりが厳しかったみたい。特に…そのお母さんはね。だからあたし達はなるべく、特に優しくしようって思って暮らしてるよ。…まぁ、元々優しいんだけどさ。ね、なぎさ。」
先程与えたシュークリームを頬張りながら、頷くなぎさ。
「ご両親が亡くなった子が居るって親戚中で連絡があってさ。近い家系とは言え、年に一回顔を合わせる程度さ。見舞いにだけは行っておこうって…行事がてら、梨花の入院する病院に向かった訳。…そしたら…記憶がないって言うし…引き取る家も決まってないだなんて言うんだよ。大人達は醜いもんさ。…それで梨花に何度も何度も会いに行くようになって…情かもしれないねぇ…私達は梨花を引き取りたい、って…思うようになった。周りからはかなり反対されたけどね。」
…今だけは、改めて感謝しなければならないと思った。
申し訳ない程に…私はこの"両親"に恩を着ている。
「だって話せば話す程、可愛いんだもの。…それに、やっぱり古手の血かねぇ。…とても神聖に思えたのさ。なんだかよく分からないけど、それはお父さんも感じていた。哀れな目に合わせてはいけない、って…不思議だよねぇ。」
…照れ臭い、けれど。涙が目頭から浮かび上がるのがわかる。
血も繋がっていない私を受け入れ、そして愛でてくれる事の希少さ、情の深さ。
私は幸運なんだと、改めて実感させられる。
「結果、梨花は良い子…ちょっと変な子だけど。賢くて賢くて。なぎさとも仲良くしてくれて。平穏ながら刺激的な毎日だよ。ね、なぎさ。」
「はいなのです!」
「だから。…ま、もっと慣れた頃にはちゃんとお母さんって呼んで。ちょっと気を使ってるの分かってんだよ?梨花!」
と…相変わらず清々しく名前を呼ぶ"母"はとても格好良かった。
「大した事は教えてあげられなかったけど。こんなもんだよ。気になる事はある?」
恩と感謝に満ちる私は…しばらく目を擦りながら。
「…私が住んでいた場所は…どこ?」
とだけ。聞いておいた。
「詳しい場所はわからないよ、直接家に行った事はないからさ。…ただ、鹿骨って言ってたよ。旧興宮?だったかね。」
「ありがとう。」
その後…"母"の想い出話や馴れ初め…なぎさとの思い出等を。時に談笑を交えながら…私は、どこか胸を締め付けられるような。
慈悲深い愛情に身を委ね…そして。
そろそろ寝る準備をしなくちゃね、と席を立った"母"に向かって
「ありがとうございます。」
と、深々と。今だけは敬意を前面に頭を下げた。
「…それが"ありがとうお母さぁん♡すきすき♡"になるまで、梨花をしっかり面倒みなくちゃね。」
そう告げる"母"は満面の笑みだった。
ーーー私はなぎさとの部屋に戻ると…すぐにスマホ内のメモに清書を始めた。
家系
女王
鹿骨
旧興宮
病院
災害
気になったワードの一覧だ。
…女王か何かと言われている家系。
何より大きな手掛かりは鹿骨、旧興宮という地名。
そして…家系を滅ぼした筈の、災害。
そこで本当に滅びたのなら、私は一体どの家系の者だと言うのだろう。
…そもそもそんな事を調べても、私が何者なのか…具体的にわかるのだろうか。
…例えその先に成果がなかったとしても。私は私の正体を知るために…動かない訳にはいかなかった。
そんな私を見てなぎさは
「程々にするのですよ!」
心配そうに…されど慰めるように。眉を下げながら案じてくれた。
「えぇ。…忘れないうちに書き留めておいただけ。少し調べたらすぐに寝るわ。おやすみなさい。」
きっと今の私の笑顔は…晴れやかだ。