さやかの眼差しは、話すにつれて…鋭く、熱意のこもった其れだった。
抽象的ではあったけれど。何かを成し遂げようと模索するその口ぶりと、私にも関係している話…と聞かされた事。
そして、私の事が知りたいと…距離を詰めて来てくれた事。
彼女は真摯だ。
分かりやすいようで繊細。
単純なようで気難しい。
生真面目で、愛に深い。
特に彼女を深く知る訳でもないけれど、其れは日常から分かっていたことだ。
何をしようとしているのかは分からない。
だけど、自分を知ろうとする私にとって
彼女の告げる内容は、何処と無く魅力的だった。
何か得られるものがあるかもしれない。
何か知っているのかもしれない。
そんな希望と好奇心を与える言葉。
今の私は、私の関わる全ての話に貪欲で。
ギラギラとその探求欲を滾らせている。
彼女の張り詰めた空気感はきっと、その内容こそぼかしてはいるものの…魔法少女間の何かを指しているのだろう。
彼女達は私の因果とやらを把握しているのだろうか。
それもまた、不明瞭。
だけど…。もし魔法少女と私に、何かしらの結びつきがあるのだとしたら。…そもそもそんな奇特な存在に関わっている時点で、私には何か…魔法的な、異常事態が関わっているのではないかとすら思わざるを得ない。
私は不審な存在だ。記憶もなく、年齢不相応に不自然な精神構造。
…もしかしたら。と、さやかの面持ちを見て…期待をただただ煽られた。
それに、未だ魔法少女の皆には私の事情を話していなかった。
色眼鏡をかけられて、居場所を失うのは嫌だったから。
けれど、その浅はかで稚拙な思考回路は
彼女にはきっと無いだろう、そう…感じる。
「私には記憶がないの。」
「両親を亡くして。そのショックで記憶を無くしただなんて、診断されているわ。」
「解離性健忘。心因性記憶喪失。」
「だから、私も分からないの。」
彼女は目を丸くしたり、言葉の合間に息を飲んだり。
目を細めて、視線を泳がせたり。
「今も自分の事を調べているの。昨日の調べ物も其れね。…教えられる事なんて些細よ。」
「貴女達ももしかしたら、気付いているかもしれないけれど。"まるで子供じゃない"こと。記憶がないこと。なぎさの家に引き取られたこと。そこで大した不自由なく、生活していること。」
「…そのくらい。ごめんなさい、さやか。何も分からないの。」
「いや、ありがとう。辛い事を聞いたね。」
「気にしないで頂戴。自分から話したようなもの。」
さやかの表情は分かりやすい。
驚愕に始まり、動揺。
そして…何かを頻りに考えて、またいつものように呆然と。
思考に耽っているみたい。
申し訳なさそうに告げたその唇は物思いを示してぎゅっと、硬く閉じられている。
何を長々と考えているのだろう。
その身振りは、私の事情を聞いて困惑している訳では無さそうで。
まるで探偵よろしく、バニラフラペチーノへと視線を落とし、その容器の側面を指先でとんとん、と小刻みに叩いている。
「記憶は。」
唐突に。さやかが切り出す。
「何?」
急かす。彼女の口から何が告げられるのか、気になる。
「記憶は…いつから、無いの?両親を亡くした瞬間?」
私は思考を巡らせた。
私は病院で目が覚めて。
…うん、そうだ。
此処までは記憶はない。
病院で…えっと。
私は…
今の"両親"と何度か…
話した筈。
…話した記憶はある?
…この時点の記憶は?
…?
私は…退院した筈。
その時の記憶は?
…?
…どうやって百江家に?
引っ越しは?
どんな経路?
…。
此処も記憶に無いみたい。
正確に…記憶を開始したのはいつ?
…?
…なぎさの家。
なぎさの家で…百江家で。
宜しくお願いします、と。
そして…"両親"に迎え入れられた、記憶。
そこが私のスタート地点だ。
「…なぎさの家に来た瞬間、の筈。…でも、これ…」
「…それ、梨花の両親が亡くなってから時間が経ってる…よね?」
「…そうね。結構。…病院で目を覚ました筈なの。でも…記憶は、見滝原に来てからの記憶しか。」
「……………。」
それから二人は沈黙を続けた。
そういうもの、と言われれば仕方ない。
所謂、心因性記憶喪失の状態がじわじわと戻るのであれば。
…けれど。
「梨花が記憶を失った理由って。」
そう告げられて…ハッと息を呑む。
頭に強い衝撃を受けたかのよう。
胸に針が刺さったかのよう。
全身に電気を流されたかのよう。
「…本当に、両親を亡くしたせい?」
その通りに。
記憶を失ったキッカケと、私の記憶のスタート地点が…違う。
私の不審点だ。
ただただ平凡に暮らしていた。
記憶を失ったと、嘆いていた。
霧がかかったかのように、病院での出来事やその間の出来事が思い出せない自分が居た。
確かにその経験を経ている筈なのに。
両親を亡くした事が記憶喪失の原因ではない可能性。
其処に私は…非常に興味をそそられた。
何かの手掛かりのような気がしてならなかった。
そして…何より。
さやかの面持ちは…慈愛に満ちた、俯瞰の眼差しだった。
だが其処には多少の、困惑だろうか。
眉を下げ苦笑を交えるぎこちなさも伺える。
「…ねぇ、私の何かを知っているの?…これは…一体何だと言うの?」
「今はまだ、言わないでおくよ。…あ、梨花の事は何も分からないよ。でも、記憶を無くした原因は…もしかしたら。」
「教えて!お願い!」
私は必死だった。店内の喧騒に紛れてはいるものの、周囲の客は子供が騒いでいるなと言わんばかりに冷ややかな眼差しを此方へ向けた。
「…待って。…まだ、説明できない。説明できる頃に…ちゃんと言うから。」
…焦れったい!何を隠す事があると言うのだろうか。
そう言いたかったけれど、さやかの表情は真剣で…思い詰めていて、真っ直ぐで。
頑なだな、と感じさせられた私は…とりあえず落ち着く事にした。
かなり、不服だけれど。
「…待つわ。いつまで待ったらいいの。」
「うーん、多分あたし次第。」
腹が立つ。
「何か、魔法に関係する事?魔獣の仕業?」
「しーっ!違うからあんまり魔法だとか言わないでよ!」
せめてヒントでも。
そう焦る私にさやかが大人の対応。
確かに大声で魔法がなんだと真剣な顔で話していたら…私は気狂いだと思われるだろう。
「大丈夫。焦らないで。いつか教えなきゃいけないと、思うから。」
「…?…わかったわ…。」
何やら意味深な口ぶり。…彼女の問題と、私の問題はどこかで交差しているのだろうか。
教えてくれない理由すらも不明瞭で…もやもやとした気持ちは晴れなかったけれど。
新しい可能性を感じられただけで、一歩…進めた気がした。
きっと不満露わであろう私を見兼ねて…
「そろそろ行きますか。マミさんの家。」
そう告げながらさやかが席を立とうとした時。
「珍しい組み合わせね。」
さやかと同じ制服を着た、長い黒髪の女。
その耳元には紫に光沢を帯びたアクセサリー。
不気味に吊り上がった、口角。
…暁美ほむら。
彼女の目は、猟奇的だ。