重装傭兵ロドス入り   作:まむれ

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前章-傭兵がロドスに馴染むまで-
Ep.01-合縁奇縁-


 周りは敵だらけだった。円形で地を這う醜悪な虫と凶暴化したクソッタレ野犬。何より白一色の服とこれまた白の仮面で顔を隠す多数の人の群れ。

 どうしてこうなったと嘆きたくなるが敵は待ってくれず、護衛対象を守るべく奮闘する傭兵がまた一人凶弾に倒れる。特に交友があったわけではないが、酒場で見かけた時はいつも愛用しているロングソードとどれだけ苦楽を共にしてきたか吹聴するお調子者で、視界から逸らすまで彼の手には武器が握られたままだった。

 危機的状況だが手立てがないわけではない。ちらりと後ろにいる少女を見やる。

 

「すみません、私が何の制約もなければ……」

「気にするなとは言いません、けれど鉱石病の進行度合いを考えれば当然でしょう」

「……」

「しかしそうも言ってられないようです。このままでは全滅してしまう」

「はい」

 

 努めて平坦な口調を出すのに対し、護衛対象である少女はブラウンの髪を揺らして優しく了承してくれた。

 道中で戦闘は何度もあった。危うくなる度に「私も戦います」と杖を持ち出した少女を前に、頑として首を縦に振らず宥めすかしてきた。本当にあと少しのところだったのに。

 今までそれを許されず、守られる事を強制された少女は、顔に喜色を浮かべながら初めて傭兵たちの前で自分の持つ能力を発揮した。

 

「これでどうです!」

 

 少女の持つ杖が一度向けられれば、火球が正確な軌道を以て敵を粉砕する。そこに昆虫か動物か人かなどは些細な問題だ。皆等しく砕け、身体の欠片を燃やし、命を散らす。

 その前で盾を構え、敵を足止めするだけで後ろから一撃必殺の魔弾が、誤射の危険なく脅威を葬っていく。せめてと出来るだけ人はこちらで引き受けようと思っても、全てを引き受けられる程の余裕はなかった。

 護衛のいらなさそうなこの少女に自分達がついていたのは、間違いなくアーツを使わせないためだったのに、剰え人殺しをさせている。最悪の気分である。

 

「……終わり、ですかね?」

 

 益体もないことを考えていた思考とは裏腹に身体はよく動いていたようである。横を通り過ぎんとする相手にちょっかいをかけ、こちらへ意識を向いている間に少女がアーツで一撃の下に屠る。時々相手を抱えすぎて手が出せなくとも、それを即座に理解して抜けようとした敵を叩く状況判断能力の高さには舌を巻くほかない。同時に、『最初から少女が戦えれば』というあるまじき感情も沸き出てくる。

 

「はい、敵性対象は存在しません、一応は安心です」

 

 言い切ると同時に、少女は大きく息を吐いた。顔色が悪いのは鉱石病ではなく、そして杖を持つ手が震えている事もきっと。

 全て自分達のせいだ、最初から正当防衛だと割り切れるのはどこか心がイカれている存在だけ。

 

「ありがとうございます、貴女がいなければ我々は全滅していました」

 

 数少ない生き残りである仲間が頭を下げる。しかし、下げた頭で見えなくなった表情には苦汁のそれが貼り付けられているのを一瞬見た。

 額面通りの意味では、もちろんない。少女が最初から戦闘に参加すれば死ななくて済んだ相手がいるのは確かだが、それを是としなかったのは全員の総意であり、それ故に死んだ仲間は任務に殉じたのだから必要な犠牲だった。傭兵は決して褒められた身分ではないが、金を積まれればそれに見合った仕事を必ずやり遂げると誇りを持っている。もちろん俺自身も。

 そんな俺達にとって、護衛対象を守れないばかりか、逆に守られるなどどれ程の屈辱だろうか、身の丈程もある盾の持ち手を砕かんばかりに握りしめる己と同じ気持ちをこの傭兵は抱いているだろう。

 だからせめて、少女の心が少しでも軽くなるようにと感謝する。君がいなければ死んでいた、だからしょうがない、悪いのは自分達であって君ではないのだと。だからどうか、そんな顔をしないでくれ。

 口々に感謝の言葉を述べる傭兵たちに、予想外だったのか少女は杖を持ったまま両手を振る。その手に震えはなく、むしろそこから容赦なく敵を焼いた炎球が俺達に向かって来やしないかとひやひやした。

 

「いえ、先ほども言いましたが……」

「すみません、それ以上はご勘弁を。いっそ悪し様に罵ってくれた方がやりやすいくらいですよ」

「そ、そんなことはしません!」

「しかし、アーツを使えば鉱石病は悪化する。ましてや、治療機関が目の前にあるのに、です」

 

 心外だとなお言い募ろうとした少女を手で制し、歩みを再開する。いくら目と鼻の先に目的地があろうと、ここは敵地、実際に今襲撃を受けたのだからまた新たな敵が来ないとも限らない。ましてや、先ほどから大声で会話をしているともなれば余計に。

 ちらりと仲間だったものへ視線をやる。本当ならば手ずからに墓を掘り、石に名を刻んで遺体を埋めてから手を合わせたかった。だがそれは叶わない。帰還してから、中身の無い小さな棺桶を共同墓地に入れ、御終い。それが傭兵という存在の末路だ。

 

 


 

Ep.01-合縁奇縁-

 


 

 

「最後に名前を聞いてもいいか?」

 

 目的地の入り口をくぐった瞬間、緊張の糸を全て解いて少女に話しかける。任務は終わったのだから、敬語も辞めて、だ。

 しかし、振り返った少女は口を開かない。隣に居た職員が、彼女へ二回か三回繰り返して伝えて、やっと声を出した。

 

「名前……名前ですか?」

「ああ、そうだ」

 

 唇に指を当て、不思議そうにする少女。彼女の名前は確かに任務で知っていた。しかし、それだけだ。挨拶もそこそこに出発した結果、彼女の口から名前を聞いてはいない。

 だから、今聞く。墓地に行った後、少女の名前を告げて貴様らは彼女を守って死んだ、よくやったなと言うために。

 

「エイヤ、エイヤフィヤトラです。あの、ここまでありがとうございました」

「礼には及ばねえよ、仕事だったからな」

 

 自分の頭と同じくらいの高さで、ひらひらと腕を振る。どうせもう会わない身である。

 

「鉱石病と知ってなお変わらずに接してくれましたから」

「依頼主から聞いてたから、当たり前だろうが」

「それでも、です。特に貴方にはお世話になりました」

「世話なんかしてねえ、押し付けられたんだよ」

 

 そう、最初に少女──エイヤフィヤトラに話しかけたのが俺だったからこそ、これ幸いと諸々の雑務をこなすことになっただけだ。

 別に鉱石病がどうだの護衛対象と喋りたくないだのではない。単純に、いくら顔がよくとも年端もいかなそうな少女相手は面倒だと思うくらいに大雑把な奴しかいなかった。これがあと五年ぐらい成長していれば、誰が横に付くかで泥沼の戦いが起こっていただろうに。

 もちろんその集団に混じっているのだから、俺がどのような思いでエイヤフィヤトラの世話をしていたかは語るまでもない。それを悟られまいと表情を作るのに苦心していたことも。

 とは言えもう終わった話であり、それよりも今後の方が気になった。依頼主への報告に、彼女を戦わせてしまった故の減額交渉。はっきり言って苦労に見合った金額が貰えるとは思わないが、それもまた自身達の失敗故。きちんと索敵をしていれば、目的地が見えたからと一瞬と言えど気を緩めてしまったのが今の結果だ。

 

「あーとりあえず、終了報告はどうすれば?」

 

 隣の職員へ問いかけるが、その表情は何故か芳しくない。やはり、彼女に戦闘させたことが響いているのだろうかと思ったがそれにしては険しい。

 

「実は今色々と厄介な出来事がありまして、傭兵の方々には少し滞在してもらおうかと」

「それは依頼か?」

「はい。我々ロドスアイランドからの正式な依頼と捉えてくださって結構です」

 

 少し思案する。後ろでは生き残った傭兵たちが受ける受けないと相談事を始め、正面ではエイヤフィヤトラが期待の籠った目でこちらを……こちらを……

 

「貴方が受けてくれれば、私も嬉しいです!」

 

 誤魔化すのは止めよう、明らかに俺を見てそう宣った。これには後ろの傭兵どもも口笛を鳴らし、ただ酒を前にした時の様に囃し立てる。当人としては何故そうなったのかさっぱりわからない。

 モテ男だの受けなければ甲斐性なしだの持っている盾はお飾りかだの、散々な言いようだ。名誉のために言っておくが、俺が扱う巨大な盾は小娘一人を守るためではなく、己の命と、生活を守るためにある。

 職員の方も、おや? という顔でこちらを見てくる、勘弁してくれ。

 

「基地の中も案内しますから!」

「エイヤフィヤトラ、君もここは初めてだと思うが」

「一度案内されれば覚えますので!」

 

 それは二度手間では?

 

「報酬は弾みますよ?」

 

 見かねてなのかどうなのかはわからないが、職員が口を挟んでくる。しかし、ただ滞在するだけでお金が貰えるなどとはどうにも胡散臭い話だ。ましてや、報酬が弾むなどと文言が出てくれば尚更に。

 当然、後ろに控えていた傭兵も嘘のように口を閉じ、お互いの顔色を窺っていた。美しい薔薇に棘があるように、幼い少女がその手に過ぎたる力を持つように、旨い話には裏がある。

 

「やりたくねえ……」

「な、なんでですか!?」

「なんでもクソもねえ……」

「あー、エイヤ嬢? 俺達も決して虐めで言ってるんじゃねーんだ、俺達傭兵は金も大事だがそれより命が大事、一度引き受ければその限りじゃねーがな」

「せやせや、受ければ命より依頼を優先するちゅー事は当然依頼は厳選するんよぉ」

 

 げんなりとする俺と驚愕するエイヤフィヤトラ、どちらが可哀想になったのか定かではないが、後ろから説明が飛んでくる。正しくその通り。今回の護衛任務は、対象が鉱石病であるという注意書きがあってなお魅力的な金額と条件だったから人数が揃えられた訳で。内容が不透明ではいくら金額を積まれようと首を縦に振るわけにはいかない。

 職員とてそれは理解しているだろう、エイヤフィヤトラとは対照的に落ち着き払った雰囲気で待っている。

 

「どっちにしろ完遂報告を出してない。返事はその後だ」

「恐らく、その時には色々話せるようになるかと思いますので」

 

 すみません、と頭を下げる職員に、気にするなと言っておく。

 

「で、いつそれが出来るようになる?」

「状況が落ち着きましたらこちらから招集をかけますので、それまで当基地で待機していただければ」

「あいよ」

 

 この後、美味しい依頼に食いつく傭兵もかくやという勢いでエイヤフィヤトラに纏わりつかれ、説得を受ける事になるのだが……そこまで彼女に好意を持たれた理由がサッパリわからないので首を捻るばかりだった。

 

 

 

 




どれくらいの頻度で更新するかどうかはお察しください。

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