重装傭兵ロドス入り   作:まむれ

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Ep.02-意気自如-


 

Ep.02-意気自如-

 


 

「やあ色男、実際に相まみえるのは初めてだな」

「断じて言うがそんな関係ではない」

 

 ニヤニヤと楽しそうに自分の前に立っているのは、自前であろうワンピースの上から魔改造されたロドスの制服を羽織る女性だ。会社の中でも結構上の方に位置する重役であり、鉱石病患者の経過観察等を行う医者でもあった。その隣には副官であろう女性が申し訳なさそうに、しかし好奇心を隠そうともせずにこちらを見ている。

 ケルシー、と名乗った白髪の医者の台詞にはきちんと理由がある。護衛任務から既に一週間、毎日のように見られる光景ともなればもはや基地内に置いて知らぬ職員はほとんどおらず、しかし全く不本意なので自然と表情が硬くなる。

 

「嫌がる割には大層構っていたようだが」

「俺達のせいでああなっちまったのだからな、尻拭いくらいはやるさ」

「なるほど、なるほど。傭兵も存外律儀らしい」

 

 少女──エイヤフィヤトラは出くわすたびに一緒に働きましょう! と勧誘をかけてくる。最初は生返事やだんまりを決め込んでいたが、任務中と比べて動きが悪くなっている事に気付いた。問い詰めてみれば諦めたように「目が、少し悪くなっちゃいまして」と、吐き出してくれた。

 悪者がどちらかなど問いかける必要もない。一丁前に罪悪感を抱いたから、それを解消するために動いただけの事。仕事外でそんなことをするのはほとんど無く、ましてや一週間も続けば若干の情も沸くものだ。そんなのだから傭兵たちから『甘い』と言われるのだが。

 

「それよりも、だ。なあどうなってやがる?」

 

 こういう時は話を逸らすに限る。丁度良く、聞きたいこともあった。

 

「どうなってる、とは?」

「チェルノボーグ都市が壊滅したこととロドスは、無関係じゃないだろ?」

「……感染者の集団が、暴動を起こした。政府と軍は連絡網が寸断され、対処出来ぬうちに天災が降り注いだ結果、人の住める場所ではなくなったよ」

「おいおい……いや、あー、はいはい、なるほどな」

 

 ちょっと待ってくれ、と額に手を当てて息を吐く。規模が大きすぎて逆に衝撃が来ないパターンだ。チェルノボーグと言えばウルサス帝国の主要都市、そしてウルサス帝国と言えば鉱石病患者への苛烈な弾圧だ。起こるべくして起こった事だと言えばその通り、ウルサス帝国は憎しみから更に感染者を差別し使い潰し、感染者もまたウルサスに憎悪を抱く。正に地獄だ。

 他の国にもそれは波及するかもしれない。人権などとうになくなった感染者に今更何かしたところで大多数は何とも思わないのだから。

 

「とはいえ、ロドスがそこにどう関わってるかは教えてもらっていないな」

「回収任務によって多数のチームを派遣していた。無論、極秘裏に」

「だろうな、ウルサス帝国はロドスにゃ敷居を跨がせないだろうよ」

「だから、すまないが多くは言えなくてね」

「ヤバい事は聞かなかったことにするのが、傭兵にとっての長生きのコツなんでね。安心してくれ」

 

 まあつまり、ロドスは巻き込まれた。運悪く、チェルノボーグでの蜂起に、それはもう大変に。無論、それをただの偶然と片付けるのであれば一週間もまたされはしなかっただろう。

 横にいる女性に何事かを指示し、それを受けた女性が足早に部屋を去る。残されたのは自分と、ケルシーのみ。特に話す事もなしと部屋を出ようとすれば、待てと呼び止められた。

 

「なんでしょう」

「機密に関わる案件だ」

「それでは麗しのケルシー嬢、どうか体調にお気を付けください」

 

 判断は迅速だった。この時の事を後年何度思い返しても間違いではないと断言する程、自身の勘が警鐘を鳴らしたからである。

 しかし、振り返って数歩先にある自動ドアは無情なベルを鳴らして行く手を塞いでいた。点灯する赤いランプ、先ほど立ち去った女性が、外からロックしたのであろう。誰の指示かは言うまでもなく。

 

ここ(ロドス)で『嬢』など付けられたのは初めてだよ」

「意図せず初体験を奪ってしまうとは、失礼いたしました」

 

 あまりにもあんまりだと、露骨な言い回しをしてしまったのがいけなかったのだろう、これでもかと言わんばかりに口角を釣り上げ、次いで素晴らしい笑顔を向けてきた。

 

「なるほどなるほど、では責任を取ってもらわねば」

「……」

 

 女狐が、と言わなかっただけ自分を誉めたいところである。

 

「我々が回収した『荷物』なのだがね」

「聞きたくないが?」

「ドクターだ」

「聞きたくないと言ったが!?」

「学者であり医者であり指揮官でもあり、つまりロドスにとって必要な人材でな。負傷して昏睡状態だったが先日目覚め、ロドスへ帰還したのだが」

 

 声を荒げる。その「ドクター」と言われる存在がどれ程なのかは、ロドスに在籍していない自分がその価値を正しく理解できはしないだろうが、それでもこれ程厳重な情報統制をかけるのだから余程だろう。

 知った事ではないと言わんばかりに現状説明を続けるケルシー。

 

「記憶のほぼ全てを失っているため現状では使い物にならん、故に補助のための人員が山ほど必要なのだ。……チェルノボーグでかなり損耗してしまったのもある」

「道理で強引な勧誘をするわけだ」

「何、悪い話ではないぞ? 君はエイヤフィヤトラのご機嫌が取れるし、そのままロドスに雇われれば衣食住の全てが保障されて馬鹿げた給金が出る。非感染者である君のデメリットは感染者と仕事をすることと、命の危険があることぐらいか」

「……やれば、いいんだろうやれば」

 

 提示されたそれ、デメリットに関して後者はともかく前者は建前的なものであろう。少なくとも金を積まれれば感染者の護衛契約をする傭兵には。

 

「実にありがたい! これで私も彼女に顔向け出来るというものだよ」

 

 両手を腕の前に合わせて喜ぶケルシーを横目に、先ほどより長く溜息を吐く。また一つ、幸せが逃げてしまった。

 

 

 

 

「ロドスに入るって本当ですか!?」

「そこまでは行ってねえ」

 

 翌日、食堂で朝食を取ろうとした瞬間にエイヤフィヤトラが開口一番これである。こういうことに関してはやたらと耳が早いのは何故なのだろう。注文した品をカウンター向こうから持ってきたおばちゃんも「良かったねえ」などと慈愛の笑みを浮かべてベーコンを一枚、余計に乗せてきた。これは有難く頂いておく。

 

「それならいい加減、名前を教えてくれてもいいんじゃないですか?」

「あー……まあ、そうだな」

「私だけ名前を知られてるなんて不公平ですよ?」

 

 どうせ基地にいる間だけで長い付き合いではないのだからとのらりくらり躱していた。何故、と言われると理由など特にない、強いて言うならば後戻り出来なさそうだとかロドス勤務の外堀埋められそうとかそんな感じである。

 何せ連日並んで歩いているのだから、最初こそ戸惑っていた職員も後半になると慣れたもので「オペレーターになりたいなら早く言え」だの「フィールドワークの護衛役は決まりだな」だの、酷い時には「君らは仲の良い兄妹のようだ」なんて言う輩も現れる始末。エイヤフィヤトラもノリノリで「お兄さんと呼んでもいいですか?」というものだから堪らない。

 これでは些細なところで抵抗してやろうという気概も沸く。半分、いや、三割くらいは自業自得だとしても。

 

「おやおやおや! それはいけないねえ! あれだけべったりなのに名乗ってすらいないのかい!」

「そーぉなんですよ! おばさんも酷いと思いませんか!?」

「食堂を敵に回すようなもんだと心得な。全く、礼儀一式を叩きこんでもらう必要があるのかねぇ」

「俺が悪かったから盛り上がるのを止めてくれ……」

 

 大仰な身振りで可哀想だとエイヤの味方をするおばちゃん、その向こう側からもそうだそうだと声が飛んでくる。オマケのベーコンを没収せんとしたところで両手を挙げた。

 エイヤフィヤトラは忘れているようだがここはカウンター、お腹を減らした職員が押し寄せる場所であり、現に後ろで黒のセーラー服を着た少女が、困ったようにこちらを見ている。

 それを指摘してやれば、やっと気付いたとばかりに慌てて頭を下げ、二人分の食事が乗ったトレーを持つ自分の背中をぐいぐいと押してくる。

 にしても今のは学生のような雰囲気だったが、あれもロドスに在籍しているのだろうか。服装からして酒が飲めるとは思えない少女だったが。

 

「……ねえ、聞いてます?」

「あ、ああすまん少し考え事をな」

「そーゆーところですからね! 本当に!」

 

 何がだ。

 そのまま手近な席へ座って食べ始めたは良いが、先ほどの少女や周囲の人達を見ているうちに会話の方が疎かになってしまい、それが向かいに座る彼女の機嫌を損ねてしまった。

 キャプリニーという種族は頭頂部に双角が生えていて、目の前には怒れるエイヤフィヤトラ。一瞬、いつから鬼族になったんだなどと言いかけ、誤魔化すように朝食を口に入れる。本日の朝食はトーストされたパンにスクランブルエッグとベーコン、オマケでヨーグルト。傭兵時代には頓着しなかったためにこんな典型的な朝ごはんなど取る機会の方が少なかった。

 

「そう言えば他の傭兵さん達はどうしたんですか?」

「あー、あいつらなあ……あいつらだけさっさと完了報告してどっか行っちまったよ」

 

 これは本当に理解できないのだが、彼らは三日前にここを発ったらしい。らしいと言うのは、前日に散々飲まされて昼までダウンしていたからだ。思い返せば、あの時飲み食いした分を支払っていない。つまり、何かしらの意味があってなのだが……女の子が好きそうな嗜好品の詰められたバッグまであるとなるともう、確定であろう。粗雑で不器用な彼らなりの、精いっぱいの気遣いと言う訳だ。

 だからと言って押し付けられた方が納得するかは別であるが。依頼に引き続き、二回連続ともなれば尚更に。

 

「で?」

「ん?」

「名前ですよ、名前。道中は『我々はただの盾ですので名乗るほどではございません』なんて格式ばった態度で言ってくれなかったじゃないですか」

「ヨークトルとでも名乗ろうかなあ」

「ふざけてます?」

「まあ割と」

 

 それはさておき名前となると難しいところだ。どうせロドスで働くならば今までの名前は使わない方が良いだろう。傭兵に悪い感情を持つ存在は大勢いる、表向き製薬会社のロドスで働くならば別名義の方がいらぬリスクを排除できる。

 

「そうだなあ、エインウルズ、とでも名乗っておこうか」

「……それ、本名です?」

「まあ、コードネームみたいなもんだよ。それでいいんだろ、ロドスじゃ」

「そうですけどぉ……」

 

 納得していなさそう──事実納得してませんと言い切る苦情は聞かない。それでよいのならばそうあるべきだし、わざわざ傭兵なんてやっていた自分の過去語りを朝からする必要はどこにもないのだから。

 

 

 

 

 


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