「私もセイロン様と一緒にロドスに行くことになりました」
「そうかそうか。俺はな、同僚のせいで肉を食い損ねた不幸に遭ったばかりなんだ、これ以上災難に遭いたくない」
「セイロン様の居るところに私は居るのです」
「それはいいな感動すべき友情だ。ならば今すぐ辞表を書かせてお父様と今までの埋め合わせをするべきじゃないのか?」
そうすれば俺もお前も、互いに嫌な思いをせずに済むだろ? と問いかければ、正面に立ったフェリーン族の女はこくりと頷いた。
「ですが私は考えました、これはお嬢様にとってチャンスだと」
「紅茶に砂糖を入れるしか知らないお嬢様に、コーヒーを教える良い機会だとでも?」
「いえ、紅茶の正しい入れ方と砂糖の適切な量です」
「…………」
俺はそっと目を逸らした。敵として相対した時よりずっと適切に感情を排した女の声に掛けるべき言葉が見つからない。確かに、ビーチではお嬢様ではなくこいつがティーポッドを持っていた。いつボウガンの矢が飛んでこないか警戒してずっと二人のいる方を意識していたからわかる、セイロンお嬢様は確かに一度も紅茶を淹れていなかった。
「そして旦那様にも許可は得ています。ドクターも二つ返事で喜んでくれましたよ」
「俺はその求人票をシュレッダーに掛けた後、塵一つ残らないように焼いてくれと他のオペレーターに頼みに行くだろうな」
……なんだか様子がおかしい。俺の命を常々狙い、平和と友好が大好きな俺をして『世の中には言葉で解決できない事もある』と言わしめたこの女が、言い返すことすらせずに俺と会話をしている。こんな事は天災が直撃した都市で死者が一人も出ませんでしたと報告を受けるより信じられない事態であり、俺の危機感知センサーが窓を割らんとする勢いで警報を発するきっかけになった。
「今回の事は…………感謝しているのです」
「たっぷり間があったな、シエスタの海で潜水でもした? それとも良心が咎めたのか?」
「シエスタもセイロン様も、私にとっては宝物なんです。それを守って」
「俺はなんもしてねぇよ。ドクターとうちのオペレーター、何よりセイロンお嬢様の行動力あってこそだろ」
俺が今年学んだ事で一番有益だと思ったのは、因縁のある相手から本心の籠った感謝を貰うと身体が拒否反応を示すことだ。火山へ赴く時のこいつの顔を未だに覚えているから尚更鳥肌が酷い。言葉を遮り、バルコニーの手すりへ両腕を預けて温かい夜風に当たる。さっきから本能がさっさと逃げるべきだと伝えてくるが、戦場ならいざ知らず平和なここでこいつから尻尾撒いて逃げるなどありえない。
「私が貴方に感謝する光景が気持ち悪いのは事実」
「よくわかってんじゃねえか」
「ですが、それをしても良いと思えるくらいには大事だったのです。貴方にもそういう存在があったりはしないのですか?」
「……ああ、そうだな」
思い当たる事は、ある。例えばオリジムシと同じだと言われて機嫌が悪くなっている術師オペレーターだったり、ずっと一人だった狩人だったり、チーム全員で絡んでくる予備隊だったり。人の事を言えないくらいには俺も変わっていた。
「だがそれとこれとは別問題、そうだろ?」
「貴方がそれでいいなら、そうしますが」
「ああそうしてくれ。お前が俺の立場だったらと考えればわかるだろう」
「その仮定だけで虫唾が走りますね」
即答だった。元に戻ったようで変な安心感がある。それでも先ほどから止まらないこの悪寒、もしかしたら風邪かもしれないなと思い始める。
「えぇ、それとこれとは別問題です」
「ん?」
流れが変わる。『らしい』顔に戻った女は感謝の言葉を出したその口で悪態をつく。
「貴方がセイロン様と火山に向かう時のこの世の悪意を全て煮詰めた顔を私は忘れていません」
「おいおい、街で避難誘導するために行けないお前のために俺は頑張ったんだぜ? 心外だ」
「よくもそんな心ない事をすらすらと言えますね、クローニンではなく貴方が同じ計画を企てたら間違いなく成功していたでしょう」
「俺はそんなことしねえ。きちんと無関係な人間は避難させて、しっかりシエスタの山をお前だけの墓標にしてやるさ」
「そうなる前に火山へ貴方を投げ込みますよ。話を最初に戻しましょうか、私はセイロン様と共にロドスに所属する事になります」
「ああそうだな、それが何か?」
意図がいまいち読めない。
「はあ、つまりです。その」
「何が言いたい」
「少し覚悟を決めさせてください」
「?」
胸に手をあて、数度の深呼吸。ぶつぶつと何かを呟いたかと思うと、だいぶ頑張ったであろう引き攣った笑顔で宣った。
「つまり貴方は先輩になるわけです、よろしくお願いしますね先輩」
……なんだって? あまりにも理解できない言葉が聞こえてきた。
「あー……なんだって? 聞き間違いか? もう一度頼む」
「先輩、よろしくお願いしますと言ったのです」
足元がぐらりと揺らぐ感覚、遅れて全身が粟立ち嫌悪感が全身を駆け巡る。鉱石病より重篤なアレルギー反応だ。世界の理の埒外にある別世界の力が働いてるに違いない。
「お、お前……解って言ってるだろそれ! や、やめろ……!」
「く、く、私にも結構来ますねこれは……」
「じゃあなんでこんなバクダンムシ紛いな自爆をしたんだよ……!」
「この間の仕返しとして貴方の酷くなった顔を見たかったんです」
「あんまりだろ、こんな、やっていいことと悪い事があるだろ……?」
「先輩、今回のは貴方の、自業自得では」
「ああ、ああ、悪意100%でそれを言っているのがよーくわかる! 先輩なんて言うんじゃねえ!!」
息が苦しく、呼吸をするのが難しい。確かに俺の命を奪うためには手段を選ばないような奴だと思っていたが、まさか自分の身を犠牲にしてまで攻撃してくるとは想像していなかった。霞む視界で睨み付ければ、向こうも胸を掻くように掴んでいて顔には苦痛が浮かんでいる。それでも、俺の身体を支配する吐き気には遠く及びまい。
ワインの入ったグラスを落とさないよう慎重にテーブルへ置こうとするが、拒絶反応からか酷く震えて中々上手くいかない。変な汗が指からも分泌され、そのせいでグラスを落としかけてしっかりと持ち直す。
「俺が、俺が悪かった……」
「なんの、ことですか?」
「こ、こいつ」
カジミエージュの上層部より腐った根性を発揮し、ハガネガニよりも硬い意思で俺への仕返しを遂行しやがった。他の誰かが見ても俺が苦しんでいる理由はわからないだろう。正真正銘、俺だけを狙った精神攻撃だった。やたらと脳裏で鳴っていた警鐘は正しかった。が、どうせならもっと激しく鳴ってくれれば俺は一時の恥と同時に心の安寧を保つことが出来ただろう。
立つことが困難になり、膝を屈して這いつくばる態勢になる。綺麗だったシエスタの夜空とビーチは消え失せ、無機質な地面と灯り、そして影だけが視界を占めていた。
「どうやら気分が優れないご様子ですね、運びましょう」
「やめ……」
最後に俺が見たのは、血の気が失せたのかと思う程白い殺し屋の手だった。
目覚めた時、視界は白一色だった。いや、天井にある見覚えのある傷は、確かミッドナイトが酔っぱらった時に一芸をやると言って武器がすっぽ抜けた時に出来たやつだ。つまりここはシエスタで借りてる俺の部屋なんだが、どうにもベッドに入る前の記憶が思い出せない。なにかこう、とてつもなく酷い目にあったような気がしなくもないが、深く考えると頭が酷く痛む。
「起きた?」
「あー……ドクターか……」
「意識ははっきりしてるようでなによりだよ、特に身体に異常もなさそうだしよかった」
天井から左右へ視線を移せば、相も変わらず素顔を見せない人間の姿。声でドクターだとわかるが新入りには中々区別がつかないだろう。
肘を立てて身体を持ち上げ、ヘッドボードに背中を預ける。何かないかと頼めば、ドクターはボトルに入った水を差しだしてくれた。
「昨夜、君がバルコニーで倒れてるのを他のオペレーターが発見してね、大慌てさ」
「疲れてたのかもしれねえ……まったく、自分の身体の管理も出来ないなんて全員から笑われる」
「頑張ったってことだろう? いいじゃないか」
「そりゃあ戦わなきゃ駄目な時に倒れるのはいいけど、今回はそうでもないだろ。ブレイズ達にドヤされる」
「そう言えば情けないなーって言ってた。もっと訓練付けてあげようって」
「だよなぁ……」
こうしてぶっ倒れて寝込んだんだ、あの炎属性のゴリラならきっとそう言うだろう。ロドス本艦を使った走り込み、その後肉体労働に駆り出されて重量物の運搬をこなしたあと、やっと体術や武器を使った訓練を始める。下手をすれば貴重な休日すらも首を掴んで訓練を課すのがブレイズだ。
「もう少し寝る事にする。出発はもう少し先だったよな?」
「うん、まだまだシエスタにはいるつもりだから今日はゆっくりするといいよ」
ドクターが退室し、部屋で一人になった俺は何をするでもなく大人しくベッドへ潜りこむ。
シエスタでしばらく過ごして休暇が終われば、またロドスでの日常に戻るだろう。ブレイズや他のオペレーターとの訓練は激しくなりそうだが、今日の俺を鑑みれば渡りに船と言ってもいいかもしれない。
ただ今は、シエスタを楽しむために全力で寝る事にするのだった。
大陸版で実装されているがこっちでは未実装のオペレーターを出したくなったのでオペレーターのネタバレ上等で出しても良いですか?
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いいよ
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どちらでも構わない
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駄目です
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結果を見たい人用