その日、俺の機嫌は著しく悪かった。
アンセル先生による節酒契約、プロヴァンスが持つ至高の宝物をもふもふしたのがエイヤフィヤトラにバレてお説教を頂戴した件、当然の様に艦内でネタにされて顔を合わせた相手に失笑された回数。これでも歴戦の傭兵である俺は自認する己の力量と周囲から受ける扱いのギャップに苦悩した。
酒は確かにアンセルと約束したから昨日の今日で飲むわけにもいかない。となれば、懐の内ポケットに残されたものに手を伸ばすのは当然だろう。
「あーー畜生、なんで俺はこんな」
即ち、煙草。
健康を損なうという理由で医師たちから嫌われているそれは、俺にとっては落ち着きたい時に手を伸ばす相棒のような存在。特に高所から街や自然を見下ろして吸う煙草は別格の味であり、ナントカと煙は高いところが好きと言われてなおその癖を直すことはなかった。
「おーにーいーちゃーん! 何度言えばわかるんですか!」
「げえっ! スズラン!」
しかし、ロドスアイランド本艦の甲板でのんびり煙草を吸って至福のひと時に浸っていた俺を邪魔だてしてくる存在がいた。
他の同族と違って尾が九つもあるヴァルポ族の少女は、俺を兄と呼ぶオペレーターの一人だ。金色のショートヘアーは前面と横に伸びているものは先が白くなっている。少女の純真さを表すようなフリルエプロンとコートのようなオプションを腕に付けていて少女が腕を振る度に揺れ動く。その上から付けるロドス支給のタクティカルベストがアンバランスさを際立たせているが、それが逆にマッチしているように見える。
そんな少女に後ろから声をかけられて、座っていた姿勢から慌てて立ち上がって吸っていた煙草を携帯灰皿へと押し込んだ。
「なんですかその反応は? そ・れ・よ・り! まーた煙草吸ってたんですか!」
「別にいいだろ煙草くらい」
「駄目ですよ! お兄さんが長生きするためには、必要ないどころか害になるものですっ」
「今を生きるのに必要なんだよ!」
「そう言って一日何本も吸ってるじゃないですか! メイリィお姉ちゃんが教えてくれましたよ!」
「あのポンコツ
スズランとの関係はそんなに長くない。
だが、ロドスアイランドの艦内でおろおろしていたスズランを最初に見つけたのが俺で、それからスズランが迷わないようにと案内を繰り返すようになったおかげでちょっと懐かれた。その結果、煙草を吸っている場面を見かけると止めてくるようになったのが災難。唯一幸いなのは、まだ幼い事とアーミヤや他のオペレーターをお兄さんお姉ちゃんと呼んで慕っているためにメイリィとは状況が違った事か。それでも、一部のオペレーターからは呆れた目を向けられるが。
「まあ待てよスズラン」
「何をですか? そう言ってこの前は私が眠くなってうとうとするまで関係ない事を喋りましたよね?」
「長生きしてほしいって気持ちは嬉しい。けど、今日を生きるのに煙草が必要なんだよ」
「普通は要りませんよね?」
「いや、気苦労が絶えないからな。メイリィ……カーディの不始末を押し付けられる事があるし、オーキッドさんにはミッドナイトのやらかしを止めなかった事を咎められるし、ドクターは何かと俺を作戦に出したがる。心身ともに疲労が溜まってる中、昨日アンセルにせめて酒は控えろと言われた」
そうですか。熱弁を振るった結果はスズランの平坦な声という残念なものだった。ぱしん、と携帯灰皿を引っ手繰った後は近付いてきて背伸びしながら俺の上着へと手を伸ばし、がさごそと弄って内ポケットに入れておいた箱を目ざとく見つけると握りつぶす。
くしゃくしゃになったそれを、ベストに突っ込んで得意気な表情。これが例えば男だったら代金を取り立てているところだが、スズランは俺と比べて40cm近く小さい少女である。そんな子供の仕草にいちいち腹を立てる程狭量な人間ではない──ロドスに来てからは自然と大きくならざるを得なかったとも言う──
「あ、じゃあ私のしっぽ、もふもふしますか?」
「なん……だと?」
俺は即座に周囲を見渡し、この幼気な少女に余計な知識を植え付けた下手人を引き摺りだしてやろうと目を尖らせた。
なるほど確かにスズランの尾はもふもふだ。他のヴァルポと違って九つもあってプロヴァンスの地位を脅かしていると言っても過言ではない。大きさこそ敵わないものの、上質な金色の大地が九つに別れて優しくしてくるであろう事実、あれに包まれれば誰しもが
だが、非常に残念なことに、スズランはまだ子供であり俺のような男がはいそうですかと触ってよいものでもない。
事は重大だ。慎重に動かねば数日後に俺を待っているのはアーミヤ社長からの解雇通告であり、ロドスから退艦した後に謎の将軍斬によって荒れた大地に無慚な姿を晒す未来だ。
「フォリニックお姉ちゃんも疲れた時は私のしっぽに抱きつくんです。『ないんてーるぅ~~……私は今生きてる』って」
「何やってんだあの人……」
いや何も言うまい。普段の研究と合わせてオペレーター訓練も欠かさない戦う医師を尊敬こそすれど本人同意の元で行われている事に関して呆れたりはしない。
両手を肩の高さまであげ、腰を捻って自分の九尾を見るスズランに「ありがたい申し出だが」と断る。
「他のオペレーターさんのはもふもふしてたって聞きましたけど」
「もうちょっと大人になってからで頼む」
俺とスズランは40cm近い身長差だ。絵面がやべえだろ、プロヴァンスの時より言い訳が利かないし俺だって同じ光景を見かけたら通報する。
「でもでも、そうしないとエインウルズお兄さんは煙草吸っちゃいますよね?」
「そうしても吸うけどな。無駄無駄、俺は酒煙草と結婚してるんだ」
「むー……」
「心配してくれる気持ちは嬉しいけどな」
ぽんぽん、と丁度良い位置にあるスズランの頭を軽く撫でる。悪い気はしなさそうなのか、片眼を瞑りつつもされるがままで、上目遣いに俺を見て不満気な表情。
「それにな、煙草は美味しいんだ」
「美味しい……?」
「大きくなったら……いやスズランにゃいらねえか」
「……やっぱり私のしっぽをもふもふさせるしか」
「どうしてそうなるんだ」
何か決意しかけている眼下の少女に呆れ、懇切丁寧に煙草の前にオペレーター辞める事になる理由を説明する。
「まずな、スズランの尻尾を触りたいと俺が言うだろ?」
「触りたいんですか?」
「仮定の話だ。それを聞きつけるとまずエフィが突撃してくる」
「あ、私それ知ってます! この間もプロヴァンスお姉ちゃんの件で怒られたって!」
知っているならその賢明な頭で後々を想像してくれれば俺も説明しなくて良いんだが。
まあ、俺からも言われた方が納得はするだろうと自分に言い聞かせて話を続ける。
「二日か三日すればロドス全体に話が行き渡るだろうな。で、相手はお前だと知るとロドスの半分が怒りだすんだ」
「なんでですか?」
「それだけお前が好かれてるってことだよ」
純粋でひたむき、何事にも真剣に取り組んで教えた事はどんどん吸収する優等生。周囲への気配りも欠かさずわがままも言わないとなれば、嫌いになる奴の方が少ない。もうちょっと我儘を言ってくれてもいいのにと困った顔をする職員もいる程度には皆スズランを好ましく思っている。
「次に艦内放送でアーミヤに呼ばれる。噂についての裏付けは終わらせてて、真顔のアーミヤに罪状を言い渡されるのさ。『エインウルズさん、いくらなんでもスズランちゃんに手を出すのは駄目です……』ってな」
「そ、そんな……私のせいで……」
「仮定の話だからな??」
服の端をぎゅっと握り、目じりを下げて悲しそうにしていたので改めて念押し。そんな反応されると、今度は俺が泣かしたって話が出てきて結局残念な事になる。
「ドクターは処置無しと首を振り、ロドスの地下にある小部屋に放り込まれて適当な都市で俺は艦を降ろされる。そしたらもうバイバイだ、会う事もない」
「私は……お兄さんと会えなくなる、嫌です……」
「俺だってスズランの成長していくところ見れなくなるのは嫌さ。な、わかっただろ?」
「ううう……わかりました……」
よし、なんとか乗り切った。スズランにバレないように息を吐く。本音を言えばそりゃあ俺だってもふもふしたい。尻尾に年齢は関係ないが、様相にはめちゃくちゃ関係してくる。俺が遠慮なくもふもふするには、せめてあと十年くらいは必要だろう。
ところが、俺が安堵するにはまだ早かったらしい。
「じゃあ、誰にも内緒でやればいいんですね! 私のお部屋ならどうでしょうか!」
「違うそうじゃない」
なお悪いわ。両手で拳を作り名案ですねと明るい笑顔で別方向に振りきれたスズランに、俺は今日にでもフォリニックさんと話をすることを決めた。お前のせいで俺は破滅しそうだと教えて、ただちにスズランへ自分の言った事の意味を教える義務を果たせと詰め寄るつもりだった。
スズランは確かに優しいオペレーターなのだが、それがこうして悪い方向に発揮されるのだけは勘弁してほしい。本人に悪気は毛頭なく、善意100%なのでタチが悪い。
「じゃあどうすれば煙草を止めてくれるんですかっ」
「何をしても止めねぇよ。尻尾を使って篭絡したかったら十年後にまた来い!」
「どうせ十年後に言ったらまた十年って言うに決まってます!」
いやほんとうに、職員達はスズランを可愛がるのはいいんだがもうちっと情操教育をやるべきだと思う。任務で街に出て、悪い大人とかに騙されたりしないか不安になってきた。
ちょっと、聞いてるんですか! と下から聞こえてくる幼い声を意図的に無視して、いっそドクターにそれとなく言っておくべきかどうか悩んで、改めて溜息を心の底から吐き出した。
大陸版で実装されているがこっちでは未実装のオペレーターを出したくなったのでオペレーターのネタバレ上等で出しても良いですか?
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いいよ
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どちらでも構わない
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駄目です
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結果を見たい人用