重装傭兵ロドス入り   作:まむれ

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エイヤフィヤトラピックアップめでてえなあ


Ep.03-有為転変-


 

Ep.03-有為転変-

 


 

「エインさんって、私の事必ず名前で呼びません?」

「んあ? あー、確かに」

 

 時刻は昼頃、今日は特に命じられたこともなく暇つぶしがてらカフェテラスでお洒落な時間を過ごしていた。日当たりの良い外側の席で、モダンな木製の椅子に体重を預けてコーヒーを賞味する、これが一銭もかからぬ無料とはなんと贅沢な事だろうか。感染者相手に感染者の職員と対応に当たるロドスは福利厚生がとてもしっかりしていると言えよう。

 そんな中で今日も今日とてエイヤフィヤトラの襲来だ。その職務から多忙の身であるはずなのだが……

 

「言いづらくありませんか? エイヤフィヤトラーって毎回毎回」

「こういうのはな、慣れだ慣れ」

「エフィ、と呼んでくれてもいいんですよ?」

 

 向かい側に座ったエイヤフィヤトラは、昨日と全く同じようなことを言った。ここ数日、毎日毎日会うたびに同じ事を言うものだから、流し方も完璧だ。

 

「ま、もうちょっと仲良くなってからな」

「それ、毎日聞いてます」

 

 こっちの台詞だよと苦笑い。やっぱり不服そうなエイヤフィヤトラに、なんだかこんな顔ばっか見ているなと思った。

 普段はこれで終わってまた別の話題に移るのだが、ここで別の人物が割って入ってきたものだから話がややこしくなる。

 

「あー! エインじゃーん!」

「メイリィか! その様子だと仕事終わりか?」

「うんうん、皆とこの後ご飯なんだー、そっちは……ああ、いつも通りか」

 

 白の制服に黒のアンダーウェア、おでこにかかるスノーゴーグル、明るい茶髪は腰まで長く、戦場で揺れるそれは手入れが行き届いているとわかるほど一本一本が激しく揺れる。そして、頭部と腰の後ろに種族を象徴するものがあった。

 ロドスでのコードネームはカーディ、行動予備隊A4所属。雪国生まれの重装オペレーターである彼女とは、自身と同じ職種ということもあってロドス内で最も仲を深めた相手と言えよう。

 最初はカーディ、エインウルズさんとお互いに他人行儀だった呼び方も、訓練や役割の話し合いなどを通じてすっかり砕けてしまい、本名であるメイリィ呼びの許可を頂いた。

 ロドスへ加入した経緯というのも素晴らしく、恐らく年下であろう彼女には尊敬の念を持っていた。重装クラスに関する思想の違いはともかくとして。

 

「全く、エイヤさんをあんまり困らせたらだめだよー?」

「どちらかと言えば困ってるのは俺なんだが」

「才色兼備な女性に言い寄られて困ってるなんて面白いね」

「俺なんて元傭兵だからな、美女と野獣ってやつだ」

 

 けらけらと楽しそうに話すメイリィ。同調するように肩を竦めれば、それがまた更に彼女の笑いを誘う。静かであるべきカフェテリアにおいてその声は実にミスマッチだ。

 

「ま、話はまた今度するとして、仲間待たせてんなら早く行ってやれ」

「っととそうだった! アンセルくんとメランサちゃんを待たせるのは私にとって罪だよーもう! またねエイン!」

「おーう、走るのはいいけど転ぶなよー」

 

 別れ際、手を挙げればそこに力強くハイタッチをかまされて少し身体がずれる。そのまま軽快な足音と共にメイリィは走り去っていく。

 元気いっぱいな彼女には、同じく横を並ぶ友人と手綱を握る隊長、決まって損な役回りをする医者がいる。それが少し、羨ましかった。

 

「エインさん?」

「すまねえなエイヤフィヤトラ。メイリィばっか構っちまったわ」

「子供扱いしないでくれません?」

 

 そうしてメイリィが去ったあと、静かな空間に残った少女が一人。笑みを浮かべてコーヒーを飲んでいた少女──というかエイヤフィヤトラはふくれっ面のまま別の方を向いていた。

 機嫌を損ねてしまった……のは最初から同じだったが、その原因は別。メイリィへの歓待具合からして普段流れるような普通さで会話に興じるエイヤフィヤトラには、それが面白くない、のであろう。多分。

 

「私が、なんでこんな顔してるかわかります?」

「エイヤフィヤトラ、頼むからそのめんどくさい女みたいな台詞を言うのはやめてくれないか……」

「めん……めんどくさいですか? 私」

「今の言葉だけはな。なあ誰に吹き込まれたんだ、シールドバッシュしてくるから」

 

 曖昧な表情、バッと振り返り不安げにする様に、次の声は強調して伝える。 

 自分の後ろをひょこひょこ歩いてくる少女に変な事を教えた相手がいたとすれば、これはもう一大事だ。少し前までは兄妹だなんだと言われれば違うと否定していたというのに、現金だと言われれば反論は出来ない。

 だがしかし、今のうちに不埒な輩を成敗しておかねば未来にどのような被害を受けるかわかったものではないから、これは仕方のない事なのだ。

 相手を聞きだしたあとは自室に戻り、大型のシールドを背負って行くつもりで前のめりに。いやその前にと自分のコーヒーを飲み干す。

 

「研究科の同僚にですけど。これを言えば面白い表情をする、と」

「それでエイヤフィヤトラが不安になっちゃ本末転倒だな、下手人の名前は?」

「研究職の人ですからエインさんの攻撃当たったら一日目覚めないですよぉ……」

 

 だから勘弁してあげてください、とエイヤフィヤトラは言う。本人が言うならば仕方がない。そのまま強行すればロドスで傷害事件発生として逆にしばかれるのは俺だ。

 浮かしかけていた腰をゆっくりと戻し、背もたれに全体重を預けてゆっくりと息を吐く。それはそれとして件の同僚殿にはいずれ何がしかの意趣返しをしてやろう。

 

「ってそうじゃなくて。さっきメイリィって呼んでいたのカーディさん、ですよね?」

「ああ、名前で呼んでいいって言われたからな」

「そうなんですか? 凄い仲が良いんですね」

 

 興味津々ならば聞かせよう、とは言え特段珍しい事はない。ロドスに疎い俺へのサポート役でよく任務を一緒にやったことがあるとか、仕事終わりに一緒に酒を飲んだら意外とイケる口だったとか。向こうも尻尾をパタパタさせて喜ぶから同じ職業の妹分に見えて可愛く見えるだとか、ああ見えて色々凄い奴だから自慢できる友人だよとか。

 途中にちょっと失礼と席を外し、コーヒーを補充。メイリィの仲間である四人の事も交えれば話は余計に広がり、都合三杯目を飲み終えてやっと語り尽くしたのであった。いや、大分省いている部分もあるから尽くしてはいないか。

 

「エインさんがそこまで一人の事喋るの初めて聞いた気がします」

「……確かにそうかもしれねえな。柄じゃねえって重々承知してるが、傭兵仲間にはあそこまで出来る重装もいなかったからなあ。」

 

 そもそも傭兵自体、特定の場所を持たず流れるままに都市から都市へと移動する存在だ。そんな奴らが両手もしくは背中がそれ一個で埋まる大きな盾を好んで持つ者などほとんどいなく、いたとしてもその場その場で盾を借りた上で扱う補助的な者ばかりであった。それでも一応の形になるのは、流石と言ったところだが。

 その中で俺はほぼ唯一の例外と言ってよく、そのせいでやたらめったらと強敵が出てくる依頼に駆り出されていた気がする。一番ひどかったのは『化け物』と呼ばれる賞金稼ぎに腕試しを挑んだことだろう。充分な報酬を払い、念書と遺書を携えて向かったのだが……いやこれは話がずれたか。

 

「それに、肩を並べて戦ったから尚更な、あの小さい身体と盾でよくやれると感心しっぱなしだ」

「私だってエインさんと一緒に戦いましたよ」

「は?」

 

 話題が、180度変わったような気がする。

 

「今後は私も訓練を経て術師オペレーターとして作戦に出る事もありますから、呼びやすいようにエフィって呼んでください」

 

 訂正、どうやら360度回って最初に戻っただけのようだ。いや、それより聞き捨てならない事実が聞こえた。

 

「ちょ、ちょっと待て! お前を戦わせるって……ロドスはおかしいんじゃねえか!?」

「んー、でも治療を受けてから鉱石病の進行はほぼ止まっているんです。威力を絞ればアーツを使っても問題ないですし」

 

 具体的に言えば、一緒に戦った時ぐらいなら問題ないですよとエイヤフィヤトラは澄ました顔で言うが、そういう話ではない。

 今までの話を聞く限り、彼女はロドスへ治療と、家族の研究を完成させるために来たはずである。その何がどうしたら血生臭い戦闘などという分野にまで駆り出されるのか。いや心当たりがあると言えば、ロドスの人員不足だろうが、それにしては、だ。

 

「強制はされてないんですよ? ただ私は、ロドスに何も返せていませんから」

「また、人間相手に戦うことになるぞ。レユニオンは今勢いづいてるからな」

「覚悟の上です。私の力は、仲間を守るためにあるんだって思います」

 

 いったい、この少女に何があったというのだろう。一月も経っていないのに、あの時とは見違えるような精神をしている。

 

「守られるだけというのは、本当に辛いんです。エインさん達に護衛されている時ですらそうでしたから」

「あれは、想定外の事だった」

「レユニオンは今勢いづいているんですよね? でしたら、いずれ私が戦う日も来ると思うんです」

 

 だからこれは、早いか遅いかの違いなんですよ。強い決意と裏腹に、ソーサーを鳴らす事なくカップを置いたエイヤフィヤトラは優雅に微笑んだ。

 参ったなと思う。これ程の強い意思ならば、ケルシーを問い詰める事は出来ないし、元々戦いを飯の種にしてきた人間としては子供扱いする事も失礼だと考えてしまう。

 

「わかったわかった、降参だよ」

「それに、きちんと条件もつけておきましたから」

「へぇ、なんて?」

「『エインウルズを必ず同行させること』です。ケルシー先生も先輩も、もちろんって言ってくれましたよ」

「そりゃまた、責任重大だな」

 

 そういうところはまだ我がままを残していたようで。ともあれ、慕ってくれている相手から頼りにされるのは悪い気分ではない、せいぜいエイヤフィヤトラに愛想を尽かされないように尽力しないといけないだろう。

 これから人員補充に従って、流れ者ではなく本職で盾を担いでいる人間だって山ほど入ってくるはずなのだから。

 

「なので任務の時はエフィって呼んでくださいね、エイヤフィヤトラでは長くて咄嗟の時に不便ですから」

「そうくるかあ……ま、今はオフだから関係ないな」

「むー……」

 

 もうその話題はしなくてもよくないか? なあ。

 ロドスアイランド、今日も平常運転である、

 

 

 

 

 

 

 


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