重装傭兵ロドス入り   作:まむれ

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気が付いたらスカジの事を書いていた、なんでや


Ep.04-英雄欺人-

「あ、姐御! 姐御ですよね!」

 

 外に出て買い物でもしようかと基地を出る直前、エントランスでふと見知った姿を見つけた。何事かと周囲が目を向けてくるが、それに構わず目的の人物へと追いすがる。

 少し振り向いた彼女は、嫌そうに眉を顰めると足を止める事なく──心なしか速度を上げた気もする──視界外へと消えそうだったからだ。

 

「ちょっと姐御、無視ってのは酷くねえですか?」

「私はあなたの姉になった覚えはないのだけれど」

「姉ではないですけど、力あるものには敬意を払う。それが俺ですんで」

「ここが基地の中であることに感謝しなさい……」

「そりゃあもう」

 

 そうでなければ、こうして真後ろについていた時点でその体躯からは考えられないような剛力で、投げ飛ばされていただろう。今自分の身体が何らダメージを負うことなく彼女の後ろにいられるのは好意のおかげである。

 もちろんそれを解っているからこそ近づいたのだが、それを知ってか知らずか、長めの嘆息が彼女から漏れ出ていた。常に被っているテンガロンハットの先端も、ちょっとしんなりしているように見える。

 

「用件はなに?」

「いえ、特にはないんですが見かけたので挨拶でも、と」

「そう」

「ロドスにいる間はエインウルズと名乗ってるんで、よろしくお願いします姐御」

「スカジ、よ。ここにいる間はそう呼びなさい」

「わかりました、スカジの姐御!」

「私の話を聞いていたのかしらね……」

 

 


 

Ep.04-英雄欺人-

 


 

 

 このスカジと名乗る女性との縁は友人と言えるようなものではない。片や傭兵片や賞金稼ぎ、なんだったら敵対する事もある職業だ。それでもこうして会話をするくらいの仲であるのは、過去の腕試しで戦ったことがあるからだろう。

 当時、化け物のような強さの賞金稼ぎがいるという話は傭兵にまで届き、面白そうだからと数人が徒党を組んで腕試しへと向かったのだ。傭兵の中で堅さに関しては一目置かれていたから、俺も乗っかった。「山を崩した」だの「洞窟を崩落させた」だの地形を変えるなんてとても信じられない噂ではあったが、それほどの噂が立つならば元々持つ力が強力な事の裏返しでもある。何より、それ程の相手の一撃を受け止めたとあらば、自分の名前にも箔がつく。

 

 とは言え、いざ対面してみればとてもそんな力を持っているとは思えないような矮躯の女だったから、俺達は騙されたと憤った。憤って、まず一人が突撃してきた彼女の一閃で近くの大岩に叩きつけられて意識を失った。

 

「殺しは、しないわ。そういう話だから、お金分は戦う」

 

 絶句する俺達を前に、身の丈程もある剣を鞘に入れたまま女が面倒くさそうに呟いた。

 後はもうお決まりの蹂躙劇だ。黒いコートと銀糸のような髪が視界の端に揺れれば、誰かの意識が刈り取られる。大盾を持った俺の前に、防御力の低い他の相手から悉く打ち取っていく様を、見ている事しか出来なかった。根本的な速度が違いすぎるし、下手に割り込めば踏ん張りがつかず一緒に吹き飛ばされるのがオチだと見るだけでわかったからだ。

 

「あとは、あなただけ」

 

 本能的に盾を動かし、腰を落として構える。直後、甲高い金属音と共に衝撃が襲い掛かってきた。

 

「ぐ、おおお!?」

 

 体感時間が引き伸ばされるのがわかる程キツい衝撃は、しかして間を置かずに離れていく。地面には引き摺られたような跡が二つ程、数メートルに渡ってついているのを見るに押されはしたが空を舞う事はしなかったようである。

 大盾から顔を覗かせれば、理解できないというように首を傾ける彼女の姿。

 

「取ったと思ったのだけれど」

「そりゃ、俺の堅さを過小評価してたんじゃないか?」

「なるほど」

 

 次に、彼女はその大剣を片手で持ったまま、空いた方の手でテンガロンハットの向きを調整した。筋力を見せつけるような動作だが、それを行う彼女の腕は白磁のような白さだし、筋肉が隆起しているような様子も伺えない。本当に力の出所が謎なのである。

 そんなことを考えているうちに、丁度良い方向を見つけたのか軽く頷くと、その深紅の瞳で真っ直ぐに見抜いてきた。その瞬間にかかる精神的重圧は今までの比ではなく。

 

「ちょっと本気で」

「……嘘だろ?」

 

 次は防げなかった。というか、構えた盾が粉々になって一緒に空中遊泳することになった。薄れゆく意識の中、一撃防いだ事を喜ぶべきか仕事道具がなくなって悲しむべきか、最後まで悩んだまま答えは出なかった。

 

 

 どれほどの時間眠っていたのかはわからない。目を覚ました時には彼女の姿はどこにもなく、場所も山の麓ではなく直前まで滞在していた小さな村。どうやら先に目覚めた仲間が運んでくれていたらしく、各々が村人と話していたり傷の回復に努めていた。

 意識を失っている間の事を聞くと、彼女は最初の一人が目覚めるまで律儀に待っていたらしく、指を俺に向けて一撃を耐えられたのは彼だけだったと言い残して去っていったらしい。身を以てその破壊力を知る傭兵達は、たった一回でも受け止めた俺の事をやたらと持ち上げ、新しい装備の足しにしてくれとささやかながら金銭すら寄越してきたのだから、一瞬彼らを偽物か疑った程である。

 

 『化け物』に挑んだ無知な傭兵の話はこれで終わり、のはずだがどうしてかこの日以降やたらとその『化け物』と、依頼に向かった先や拠点移動の度に顔を合わせるものだから不思議な縁だ。

 毎回毎回会うたびに挑んでは吹き飛ばされを繰り返し、数えるのが億劫になるほど続けて、近づいた瞬間武器を構えてくる頃になれば彼女の事を姐御と呼んでいた。嫌そうな顔をしていようと構わず呼び続けたのは、単に勝てなさ過ぎてちょっとした憂さ晴らしの要素も含んでいた事は言えないが。

 少なくとも、今日まで生き残れた要因の一つに彼女との交流があった事はいなめない。どんな強敵であろうと、盾にかかる圧力は彼女と比べてあまりにも小さかったのだから。

 

 

 

「だから、姐御はいらないのよ」

「ですが今までずっと呼んでいたのに今更っつーのも」

「……ドクターかアーミヤに言って辞めさせるべきかしらね」

「勘弁してくだせえ。アーミヤは特にお酒の飲みすぎだーって小言振りまいてくるんですよ」

 

 ロドス基地内、無機質な廊下を連れ立って歩く。思えば、こんな世間話を姐御とする事はほとんどなかった。会えば一撃話せば戦闘技術、傭兵仲間にも『化け物』と時折絡んでいると言えば怖いもの知らずとよく呆れられていた。しかし注意深く見ていれば、姐御は決して粗雑で全て薙ぎ払えば解決する思考の持ち主でないことはよくわかる。

 そもそもからして腕試しに挑んできた傭兵達に重傷を負わせることなく意識を刈り取るなど、実力と共に一定の配慮すらして見せるし、今もこうして世間話に付き合ってくれている。本当に嫌なのであればさっさと振り切れるだけの能力が姐御にはある。

 

「わかったわ」

「何を?」

「今後姐御と呼んだら一目散に逃げるようにするわ、それで解決ね」

「……そりゃまたご無体な」

 

 こちらへ振り返らないまま、名案だと言う声色で宣う姐御にがしがしと頭を掻いて足を止める。

 

「わかりましたよスカジさん、これでいいんでしょう」

「えぇ、それで結構よ。ところで、あなたはどうしてロドスに?」

「ちょっとした縁でロドスまで護送任務に。その後ケルシーに勧誘されまして」

「ケルシーに……それは災難だったわね」

「解ってくれますか……」

 

 それはもう、なんて返事を聞けば何がしかの因縁があるんだなと察するにあまりある。声色もどこか忌々しそうなものが含まれていて、深く聞かないようにしようと決めた。

 

「スカジさんこそ、何故?」

「ドクターから熱心に勧誘されて。まるであなたみたいにしつこかったわよ」

「えっ」

「普通の人は酒場で朝一から出待ちを一ヶ月もしないわ」

「いやだなあ、朝から飲んでたらそこにスカジさんが来ただけですよ」

「まあいいわ。それより、あなたの事は耳に入ってきてた。だから会わないようにしてたのに……」

「ひでぇ。で、予想は付きますけど、例えばどんな話です?」

「小娘一人に振り回される元傭兵って」

 

 それは至って予想通りであり、一つ付け加えるならば過去の話だった。いや、元々その類いまれなる知識と才能から小娘と言うには些か役不足であったが……先日の静かな決意は正しく、エイヤフィヤトラが一端の大人になった証左であろう。もはや守られるだけの子供は過去のものとなり、自分だって仲間を守ると息巻く気概の良い女性。

 

「間違っちゃいないですけど、もうエイヤフィヤトラは戦う覚悟の出来た大人です」

「そうなの?」

「出撃する時は俺も一緒なので、その時が来たらよろしくお願いします」

「それは、楽しみね」

 

 一瞬きょとんとした表情の姐御──スカジさんがとても珍しく、次いで楽しみだと言ってくれた事がとても意外だった。何せロドスに来る前は終ぞ誰かと一緒にいたところを見た事がないのである。酒場でも、宿屋でも、武具屋でも、武具屋でも、その他ありとあらゆる場面で、仲間の影を見なかったのだから。

 

「熱でもあるんですか?」

「……どうしてその結論に至ったのか、とても興味があるわ」

「だって昔は依頼に誘ってもきてくれなかったじゃないですか!」

「稼ぎが悪いものばかりだったじゃない。私は賞金稼ぎだったのよ」

「確かに」

「それよりあなた、基地を出てどこかに行こうとしていたみたいだけど、そちらはいいの?」

「ん、ん~~~」

 

 そう言い淀みながら時計に目を落とせば、先ほどに比べると余り時間は経ってない。

 スカジさんが周囲と明確な距離を取っているのは昔からよく知っていたが、露骨に冷たくなった声を鑑みるにロドスでもそれは変わらないのかもしれない。

 尊敬しているからこそ、距離は適度に控えめに。いや大分パーソナルスペースを浸食している自覚はあるが、だからこそ引き際はキッチリと弁えなければならない。無理矢理にでも詰める時が来たら、そうすれば良いだけ。

 

「わかりました、俺は俺の用事を済ませる事にします。今度時間空いた時にでもまた一撃、お願いしますね」

「いやだと言ったら?」

「ロドスで鬼ごっこが始まりますね。それも毎日」

「本当に、うんざりだわ……」

 

 スカジさんに背を向けて歩いてきた道を戻る最中、そんな感情を殺したような声をしなくてもいいんじゃないかなとだけは言いたかった。

 

 




Q.このスカジさんなんか柔らかくない?
A.エインウルズ相手には妥協しました

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