「大変やりやすかったわ。貴方は私の力を過不足なく把握してくれているのね」
「ま、慣れてるからな」
ロドスに就職──というかはさておき──して一年が経った。未だレユニオンとの抗争は絶えず、他にも野良の感染者が起こした事件に駆り出されるものの、依然と変わらない生活を送ることが出来ている。
そんな中、エフィの体調不良による出撃不可により初めて他の術師とツーマンセルで任務に当たることになった。レユニオンの末端による小さな騒ぎ、複数人を器用に守れる重装オペレーターと生半可な防具などものともしないアーツ使いの組み合わせならば、たった二人でもある程度の人数なら余裕で対処出来た。
故に、この生意気そうな女とコンビを組んだことがないのに二人組で駆り出されたのである。
結果は上々だ。彼女の攻撃は高威力故に着弾地点の近距離を焼き尽くすため、下手な位置に当てれば
「そっちこそ誰も殺さず撃破とはよく加減出来てんな」
「一息に燃やし尽くすことは出来るけれど、レユニオンの情報は少しでも必要ですわ」
「なるほど……」
基地へ帰還し──出撃する前はやたらと急ぐ彼女の後ろを慌てて走る時と違って横に並びながら──あれこれと話しつつドクターがいる執務室へ向かう。
ロドスの要であるドクターは基地内において最も深い場所に執務室が設けてあり、辿り着くまでに時間がかなりある。何故今回に限ってわざわざ直接報告してくれと言われたのか疑問であるが、
「貴方こそ、私とは初めて組むのに良く連携出来ていましたわね」
「ま、普段から術師とは組んでるからなあ」
「それにしては、私の術の威力まで把握できていたようですけど?」
「傭兵時代に培った勘の良さってところだ。それに、褒めるならスカイフレアの繊細な術制御の方だろ。俺に一回の誤爆もないとは恐れ入ったぞ」
出撃前に聞いていた人物評価よりは大分柔らかな物腰、己の考えをなんとか伝えようとする姿勢、更には戦闘能力の高さ。手放しで褒めれば
「よろしければ今後も良いお付き合いをしたいものですわ」
「いいぞと言いたいが、俺も優先はエフィだからな……」
「あなた……本当にあの子を大事にしていますのねぇ」
誘いを袖にされたにも関わらず、解っていたかのような呆れる声。ツーマンセル任務を受ける場合ほとんどがエフィと組んでいるというのはロドス内でも広く知られている事だ。故に、今回も出撃前はドクターから非常に申し訳なさそうな顔で謝られてしまった。俺個人としてはエフィ以外と組むのは別に構わないし、そもそも狙撃役や回復役との二人組は何度かあったのだからそのような反応が出てくるのがおかしい。
「相棒みたいなものだからな」
「それにしては、最近彼女とあまり出たがらないじゃない」
「……まあ、わかるか」
「ドクターの采配を抜きにしても、貴方達の活躍は素晴らしいものがありましたから皆、良く見ていましてよ」
スカイフレアの言うそれは、純粋な興味だろう。加入当初からめきめきと腕を伸ばすエフィと、それに追随してより堅固な守りを得ていく自分。ロドス内でも頼られる事が多くなったが、そのコンビネーションを披露することが最近は少なくなってきた。
個人的にとても痛いところを突かれ、空いている手で頭を乱雑に掻く。
「それに、一部では貴方と彼女が喧嘩しているところを見たなんて話も出ていまして?」
「あー……ちょっとした意見の相違だ」
「だいぶ大声が出ていましたわよね?」
「俺が悪いのはわかってんだよ……でもなぁ……」
「いったいどんな理由で喧嘩を?」
「くだらんことだよ」
「それは」
「ほら、ドクターの執務室着いたから報告するぞ」
なおも根掘り葉掘り聞こうとしてくるスカイフレアを遮るように、視界に入ってきたドアを指す。少し顔に出ていたのだろうか、小さく謝罪の声が聞こえた。
喧嘩の話はやはりドクターにも届いていたようで、報告が終わった後の退室間際に早く仲直りするようにと一言添えられてしまった。
わかってはいる。エフィは一年でより技術を磨き、その卓越した能力を遺憾なく発揮してるのだからロドスには必要だ。が、定期検査の結果を隠すようになった辺りから疑惑が浮かび、より注意深く目を掛けてみれば一年前以上に悪くなっている五感、詰め寄ってなんとか最新の検査結果を見て、目の前が暗くなった。
処方された薬を飲んでも進行をある程度止めるか遅らせるのみで治すことは出来ない。一度悪化したものは元に戻らないというのに、それを知っていてなおエフィの言うままに出撃してきたツケが、その用紙には記されていた。だから、もう戦うなと厳しい声色で諭そうとして、エフィの否定から大喧嘩だ。
深夜の誰もいない喫煙者御用達のラウンジで、安物の煙草を吸うがその気は晴れない。エフィが何故そこまで戦いに拘るのか、もしあの時無理にでも留めておけば少女の鉱石病は悪化しなかったのではないかと考えれば、喧嘩の時に感じた憤りは己自身へのもので、早い話が八つ当たりだったのだと言える。
「なっさけねぇ……」
荒事経験者が、少女に自分の感情を処理しきれず当たったなんて笑いものだ。
「ここにいたんですね」
「……エフィか」
「はい」
背後から声をかけられ、振り返ればそこには口喧嘩以降会話をしなくなったエフィの姿があった。慌てて灰皿にまだ長い煙草を擦りつけ、ゴミへと変える。
それから何かを言おうとして、けれど悩んでいるのか口を開いては閉じてを繰り返す。こっちはこっちで直前まで考えていた事のせいで尚更気まずいから声をかけることが出来ない。
「立ったままってのもあれだろ、こっち来い」
とんとんと自分の座るソファを叩いてから、向かい側のソファへ指を向ける。こくり、と頷いたエフィを先導するために立ち上がり、手を繋いで座らせた。
「悪かったな」
相手が悩んでいるならば、こちらから言い出すべきだろうと口火を切った。
「俺は、お前に負担を強いてた。だからもうお前はオペレーターを辞めて良いんだぞって、きちんと言うべきだった」
膝に両手を置いて、今度はきちんと考えを言葉にして座ったまま頭を下げる。
「わ、私は……エインの役に立ちたいんです! ずっと助けてくれてるのに何も返せていない!」
「助けるって……俺はなんもしてねぇだろ」
「してます! さっきみたいにあれこれ、私にとっては大事な事を何度も何度も!」
堰を切ったようにエフィが叫ぶ。自分としては出会った日からなし崩し的に続けてきたことの延長でしかなかったのに、エフィには大切な思い出にまでなっているようだった。
「一緒に戦うことでしか私は恩を返せないのに、それすら出来なくなったら私はどうすれば良いんですか?」
「いやそんな重く考えなくても……」
「私にとっては大事なんです!」
「お、おうそうか……」
あ、あれ? こんなスカジさんの一撃並に重い事考えていたのか? そんな疑問が頭の中に浮かんでくる。それとも、性格にまで影響することがあるという鉱石病のせいなのだろうか。
「俺は、お前を大事に思ってるからこれ以上は戦ってほしくないんだよ」
「そ、それは、その、ありがとうございます……」
「俺もエフィも優秀だから、強敵との戦いに駆り出される事がある」
「それは、そう、ですね」
「そこで強力なアーツを使い続けた結果が今なんだ。お前に死んでほしくないんだ」
八つ当たりなんて恥ずかしい真似をした後ならば、恥ずかしい事も目を合わせて言える。仲の良い奴に死んでほしくないと思うのは誰だって同じで、エフィはその仲の良いより更に上の存在だ。同時期にオペレーターになり、任務はほとんど一緒にこなし、週に最低五回は食堂で一緒になるし休日に散歩をしたりもする。
親友で相棒、肩を並べて戦えなくなるのは俺だって残念だ。でも、命と引き換えには出来ない。
懇々と思いの丈をぶちまければ、エフィは目を逸らしたあと、顔に手を当てて耳を赤くしていた。エフィよりマシだろうが似たような顔を自分もしているだろう。
「ズルいです、そんなの」
「エフィが生きてくれるなら、ずるくて結構」
「……わかりましたよ、もぅ」
「そ、そうか!」
「でも、普段の任務は通常のアーツでも対処出来ますからね? あくまで強い相手が出てきたら許可を得て撤退するってだけですよ?」
「それで充分だ!」
落としどころとしてはここが精いっぱいだろう。そもそも、通常の感染者相手などはアーツを使うまでもないし、その程度が三十人ぐらいなら充分に対処が可能だ。
「ふふ、まあエインさんと一番連携出来るのは私ですからね」
「そりゃ、否定出来ねえな」
数日ぶりに見るエフィの笑顔に、釣られて顔が緩む。ふふんと胸を張っているがその言葉自体は一年の期間があるから当然だ。やれない事はないが、やっぱりエフィが一番楽なのは間違いない。
だが、それに肩を並べはせずともすぐ後ろを走るような実力の持ち主がいるのもまた事実。スカイフレアは初めてながらにその才覚を俺に刻み込んできた。
「どうかしたんですか?」
「ん? ああ、今日の任務をちょっと思い返してな、二人で出たんだけどな」
「へー、珍しいですね」
「俺が二人組の仕事やる時は大体エフィと一緒だったからな」
「確かにそうですね。それで、どなたと一緒だったんですか?」
「スカイフレアとだったよ。威力の高い範囲術師だったけど、俺に誤射しなかったのはすげぇ」
「はい?」
「元から名前と実力は聞き及んでたけどあそこまでとはなあ……やりやすかったしまた一緒に出てみてぇなああれは」
「組んだのですか? 私以外の術師と」
そのおどろおどろしい声でやっと異変に気付いた。眼から光が消えている。さっきまであった照れて恥ずかしがる年頃の少女だったエフィはもういないのだと言うかのように、声も底冷えするような低いものへと変わっていた。
なんだこれは。一年の月日の中でもこんな側面がエフィにあるなんて知らなかった、それはまだいい。たかだか一年で全てを知れる程浅くないし、知ろうとする間に成長してまた新たな一面を作るのがエフィという少女なのだ。
だが、だ。
相対して身の危険を感じさせるような『これ』はなんだ……?
「どうやらエインは疲れているみたいですね」
「あ、ああ……任務の後だからそりゃ疲れてるが」
「そうではありません、他の術師と組みたいなんて言葉は出てこないはずです」
「いやいや、え? ちょっとエフィさん?」
「あ! 最近良いお茶が手に入ったので、私の部屋で飲みましょう?」
満面の笑みを浮かべながらの提案は悪くない。喧嘩の後、会話をしていなかったのだからそれを埋めるためにもコミュニケーションは大事だ。
だから言わせてくれ、何故小さな火球を横に浮かべているんだい? と。
「だから、少しの間おやすみです……」
「や、やめろおおおお────────」
「ぬおわああああ!!!」
余りにも現実離れした光景、誰か助けを呼ぼうと大声をあげて──ここが布団の上だと気付く。
乱雑に飛ばされた掛け布団、冷や汗の止まらない身体、時計に目をやれば朝ごはんのために待ち合わせる時間まであと少し。ベッドの上を片づけるのも後回しにして部屋の中を走る。
「ゆ、夢か……」
思い返してみれば確かに不自然である。そもそもロドスでの活動は半月程度、スカイフレアというオペレーターがいるのは知っているが会話しているのを盗み聞きした程度で実際に話した事は一度もない。
夢を見ている間は欠片の違和感もないが、起きて内容を覚えているうちに反芻すると穴だらけでいっそ笑えてくる。
「いやでも俺本当に疲れてんのかね……」
ここまで変な夢を見るとは肉体的にではなく精神的に疲れているのかもしれない。ロドスの基地は至れり尽くせりだが、それが却ってなんとなく過ごしづらい雰囲気が自分の中にはある。
いっそ一日休みを申請して近くの都市には羽を伸ばしに行くのもありかもしれないな、などと考えながら朝の支度を済ませる。
シャワーを浴び、服を着替えて朝食のために食堂へ。しかし、ここに至る間にも夢の内容がこびり付いて離れない。
特に、戦い続けた結果鉱石病が悪化しましたというのは大変よろしくない。幸いにも、エイヤフィヤトラは出撃条件に俺を必ず同行させることを盛り込んでいるから、要は俺が他の人と出撃すれば自動的にエイヤフィヤトラは待機になる。
「おはようございます、エインさん」
「お、おう、おはよう」
そしていつものように、エイヤフィヤトラとテーブルを共にする。夢に引き摺られて挨拶が若干おかしくなったが、特に気付かれた様子はない。
「あー、それで今度の任務なんだけどな」
「あれ? 何かドクターから仕事振られたんですか?」
「いや、まだなんだが次は別の奴と行こうかと思って」
「へぇ、誰とですか?」
「あー、そうだなあ……メイリィが同じ部隊に友人の術師がいるって言ってたから紹介してもらおうかなと」
その時だった。向かいに座るエイヤフィヤトラが、朝食を食べる手を止めてこちらをジッと見つめてきたのは。
「私がいるのに他の術師と組むんですか?」
夢で聞いたのと同じような意味の台詞、もしかしてこのまま進めば有り得たかもしれない未来だったのではないか? そんな疑念が頭を支配する。
いや、まずすべきなのはその疑念について考える事ではない。
「──なぁーんて……ってエインさん!? ちょっと! なんで逃げるんですかー! ちょっとぉー!!」
そう、『お茶』を飲むために意識を刈り取られる前に、逃げる事である。
朝食を中断し、席から立って脱兎のごとく走り出す俺と座ったまま呆然、直後に意味が解らないと叫ぶエイヤフィヤトラ。好奇の視線を浴びせられるが知った事ではなかった。
この後エイヤフィヤトラに滅茶苦茶謝ったし、経緯を盗み聞きしていた輩のせいでしばらく不名誉な目に遭うのだがそれは余談である。