「私達はここの家を探る、お前たちは周囲の警戒だ」
「Sir!」
やがて、近衛局は一つの家に到達した。周囲にレユニオンの姿を見つけるも、こちらが攻撃を仕掛けると途端に撤退していった。その様子にチェンとホシグマさんは訝しんでいたが、自分としては戦闘しない方が都合が良い。
人っ子一人居ない通り道、チェンが豪華そうな屋敷のドアを斬り捨てて中へと侵入していく。さりげなく住民の財産を破壊しているのだがそれは良いのだろうか。
「なああんた」
「……俺か?」
「そうだよ、あんた以外に誰がいるってんだ」
「驚いただけだよ」
「そうか?」
何を驚くことがあるんだと首を傾ける局員だが、こんな敵地のど真ん中で周囲を警戒している最中にお喋りを持ち掛けてくるなんて考えていなかったのである。困難な任務に当たる精鋭、種族的な鬼と性格的な鬼の二人を上司に持っているにしては、『軽い』感じがしたのだ。
それを伝えれば、装着した防具を揺らして局員が笑った。
「俺達の偵察隊は本物さ、だからそいつらから連絡がない限りは安全だ」
「なるほど、仲間への信頼か」
「そういうこった。で、声をかけたのはまあ聞きたい事があってな」
「あん?」
「今でも語り草になってるぜ、日中の太古プラザで堂々と100万もするバイオリンを叩き割ったヤツがいるってな」
「あー……」
それは数年前、龍門で警察の厄介になった件だった。
「あの時追いすがる警察に付かず離れずの位置を走って、挑発しまくってプライドずたずたにしたって話、少し聞かせてほしい」
「人違いだろ」
「隊長のお世話になった、ホシグマさんとも戦った事があるような口ぶり、そして大きな盾持ち」
「なるほど」
確かにそうかもしれない。龍門で起きる事件の内訳は知らないが、当時はホシグマさんとチェンが文字通り『鬼』の形相で追ってきたのだから依頼という形で自分を亡き者にしたいのかと本気で疑ったレベルだった。
ただし、この話は誇張混じりなのは言っておくべきだろう。
「先輩達は訓練でサボってる奴がいる度にその話をする。実践で腑抜けた姿を見せると死ぬ寸前まで鍛え直されるぞってな」
「楽しそうにしてるところ悪いが、壊したバイオリンは偽物だ。事前にすり替えてるって依頼主は言ってたが」
「そうなのか?」
「そもそもその依頼の時は太古プラザは人払いされていたし、本来は警察隊の実力を測るためだったんだよな」
「……訓練ってことか」
「ああ。ただ余りにもアレだったからついあれこれ嫌がらせをしてたらな……」
何せ連携のれの字もない。バラバラに追いかけてきたと思ったら階段で転び掛け、ちょっと投げた閃光手榴弾をマジの手榴弾と勘違いして背中を向けて逃げる、狙撃班は陽光が反射して簡単に位置バレする、術師は攻撃されないと思っているのか後方で姿を晒して突っ立っている。
仮にも市民を守るべき立場でありながらお粗末と呼ぶことすら憚られる練度ではこちらも煽り倒してやろうと思うものだ。
「ただ、チェンとかホシグマさんが出てきた挙句、牢屋に突っ込まれたのは納得行かねぇ……」
「ははは! まあ、推測だが、やり過ぎたんじゃないか?」
「やり過ぎたって言っても重傷者は出してねぇが」
「ま、しつこいぐらい先輩達が語るって事は相当だったろう。んで、依頼した傭兵からその実情が漏れればどうなるかとか心配したんじゃないか」
「なるほどな? お陰で俺は冷や飯食わされて二人の鬼に殺されかけたと」
「災難だったな」
「良い根性持ってるぜ龍門は」
死にかけた事をたった一言で片づけた局員もそうだが、仕掛けてきた当時の二人の様子からして詳細を伝えていない可能性が高い。
あれのおかげで龍門で行う依頼はどれ程美味しいものであろうと受けないようにしている。
「……っと、どうやら敵さんが来たようだな、数は40。全部ドローンだ」
「40?」
「奴さん、もしかしたら家ごと俺達を爆破するつもりかもしれん」
「そりゃまた、爆弾でも持って突っ込んでくるってのか?」
「ああ、腹にドデカい一物抱えてる。あれがバラバラに来たら流石に迎撃が間に合わない」
局員が通信機に手を当て、どうしたものかと深刻そうにしているのは訳がある。
この突入部隊、術師や狙撃の数が極端に少ないのである。道中まで隠密する必要があった事と、それ以降は強行軍の予定だったこと。更に気を引くための陽動部隊へ解りやすい脅威の術師を集中させていた事。それらを勘案し、付いていける術師を選抜した結果が術師タイプと狙撃タイプが合わせて五名で他が全て前衛なのである。
無論、先鋒の隊員も遠距離アーツが使えない訳ではないが、この後の事を考えれば消耗は出来るだけ避けるべきだった。
「なるほど……じゃ、俺らの出番だな」
「何?」
「俺の相方に任せな……エフィ!」
「はい!」
何もない空の向こう側へ視線を向けていたエフィを、こちらへ呼び寄せる。
「敵のドローンが接近してくる。それの迎撃を頼みたいんだが」
「数はどれくらいですか?」
「約40。向こうだが……見えるか?」
「……少しですけど、反応がありますね」
ドローンが見えた方向へ指せば、エフィが難しそうな顔で首を振る。
「流石に全部は無理です……」
「そりゃあわかってる。出来るだけでいい」
「頑張ってみますけど……」
「相手は爆弾を持ってるから、反応が見えたらほんの少し下を狙えば誘爆で勝手に墜ちる」
顔を横に振っているが、狙撃タイプ程連射の利かない術師一人で40ものドローンを撃墜しろなどは俺でも無理だとわかる。だから、味方の消耗を避けるために出来るだけ数を減らしてほしいのが狙いだ。
最近練習していた威力を弱めて発射間隔を短縮する戦法、今のままでは活用が難しいと言われていたが可燃物を抱えた相手ならば違う。
「訓練通りやればいいさ。出来るだけ早く撃て。優先すべき目標がいたら指示するからよ」
「……もし失敗したら?」
「なんのために俺がいるってんだ。爆弾程度なら守ってやる」
「わかりました、頼りにしますね?」
任せろ、と大盾を構え、エフィの横へ陣取る。俺達の後ろには近衛局の隊員が各々の武器を空へと構え、小粒程度のドローンを睨み付けている。
チェンとホシグマさんが家探し中の襲来、目的は取り巻き局員とロドス組である俺達の掃除か、もしくは家ごと爆破して二人を生き埋めにしようとしているのか。どちらにせよ阻止しなければならない。
「攻撃開始のタイミングはエフィに任せる」
「はい!」
雨こそ止んでいるが雲が垂れこめており、そこに数こそ少ないが龍門から吹き上がる黒煙のせいで気が滅入るような空。
やがてドローンがはっきりと見えるようになった頃、エフィが自前の杖を空へと向けた。真ん中からやや先の方から二つに分かれ、円形を象りつつ交差して種族の角を模しているかのように伸びているそこから更に二つ、鋭く伸びたものを見れば二又槍のように見えなくもない。
ドローンも攻撃態勢に入ったのか、四つのグループに分かれてそれぞれが別の角度から攻撃を仕掛けるように動く。あるグループは低空から、あるグループは更に上昇し、残った二つはそのまま突っ込んでくる。
「先頭にいる術師一人に、何が出来る。なんてお相手は思ってそうだが……」
「いきますよー!」
「エフィはただの術師じゃあねぇんだよなあ」
瞬間、杖の先端である二又から火球が勢いよく空へと放たれる。いつもの戦闘時に飛ばすものよりややコンパクトだが、その分次の発射までラグが短い。
まず狙われたのは密集して突撃してきたドローン達だ。数発が左右をすり抜けて外れたが、戦闘を飛ぶ一機が直撃を受けて花火に変わった後、更に二機三機と撃墜され次に中心に位置するドローンが撃墜された瞬間、周りのドローンも巻き込んで大爆発を引き起こす。
「なんだありゃあ!」
「改良型らしき存在も混じってるみたいですね……」
「エフィ、出来るだけ中心にいる相手を狙ってくれ」
「はい、やってみますね」
たかだか爆弾一つが誘爆したには有り得ない大きな花火を見て叫んだ俺に、横の近衛局員が冷静に分析する。あれをそのまま投下された時点で、負けが確定しているのに大分冷静だ。
とは言え、やること自体は変わりない。例え外見で区別出来る機体だろうと、エフィに伝えたところで鉱石病のせいで活かしきれない。
そのまま残った数機を地面に叩き落とし、数秒で一つのドローン群を葬ったエフィは次へと狙いを移した。
次に狙ったのは正面から来る二つの集団だ。先の大爆発で、心なしか動きに乱れが見えるドローン達に、エフィは容赦なくアーツを放っていく。「上方から来るドローン達は任せましたよ!」エフィの鋭い声を聞くまでもなく、既に近衛局員はそれらへ向けて攻撃を始めている。狙いが自分達ではなく、自分達の隊長が入っている家の方だと気付いたからだろう。
局員が手早く片づける頃には、エフィの方も集団の一つを減らしている。密集体勢から散開し、一矢でも報いようとする相手へ向けて、炎弾をはきだす度に一機また一機と容赦なく叩き落とすエフィの技術には舌を巻く程であり、残り一つのドローン群も投弾体勢に入った時には全てが終わっていた。それを近衛局が手早く撃ち落として戦闘終了、怪我人なし。強いて言うならばドローン撃墜のせいで壊れた道路や家屋だが、これは龍門を守るための致し方ない犠牲なのでしょうがない。
「初の実戦おつかれさんエフィ」
「ありがとうございます! 本当に訓練通りやれば出来ましたよっ」
「機械が相手とはいえ完璧だ、よくやったなあ」
「でも緊張したから結構疲れました……」
「だろうな、次の移動は背負ってやるからゆっくり休め」
訓練と実践は違う。自分の命が掛っている以上に、仲間の命も背負わなければならない。相手がドローンで命を奪う覚悟が必要ない事を差し引いていても、エフィの実践は満点をつけても問題がないものであった。
「あの若さで素晴らしい才能ですね、未来が楽しみです」
「……そうだな」
戦闘音を聞きつけ、家の中から出てきたチェンが部隊を纏めている中、同じ術師として尊敬の念を隠せないであろう近衛局員の一人が喜色で染めた声を出す。全く同意見だ。誘導性能があるとは言え、的確にドローンの爆弾を狙ってアーツを当てるエフィの才能は素晴らしいものがある。視界にハンデを持っているのならば尚更に。
ただし局員の言葉は頷けない部分もあって、その『才能』とやらだって本来ならば必要なかったし、そもそも持っていなかったかもしれない。
「未来か……あってほしいな、本当に」
「? ……なるほど、失礼しました」
「別にいい」
俺の口ぶりから察したのであろう、局員が頭を軽く下げて口を閉じる。
厳しい訓練を乗り越え、エリートに分類される正規隊員から賞賛の眼を向けられる代償が不治の病では、釣り合いが取れない。ちらりと少し離れた場所で休息を取るエフィに目を向けて、今回の任務で何も起こらないようにと祈った。