重装傭兵ロドス入り   作:まむれ

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Ep.09-捲土重来-

「つまりあの家には何もなかったと?」

「ああ、全く不気味な事だが」

 

 家探しの後、チェンは顔を歪めていた。いくら個々の力量が雑兵とは言え、その量と作戦でチェルノボーグを手中に収め、今も龍門を陥落させかけているのがレユニオンである。それが意味もなく一つの家に兵隊を割いていたなんてちぐはぐだ。

 だからチェンも『不気味』と表現したのだろう。財産を奪うつもりならば俺たちを片付けて完全に掌握してからでも良い、家屋の主を攫って人質などに使いたいのであれば、あれほどアッサリと引いた理由がわからない。

 

「もしくは」

「心当たりが?」

「……いや、そんなわけがない」

「?」

 

 チェンの横顔は珍しいものだった。仏頂面と阿修羅のような顔と、眉間に皺を寄せる難儀な顔しか見ていなかった俺にはとても珍しい、感傷をぎちぎちに詰め込んだようなものだった。

 

「まあわからん事を考えてても仕方ねぇ、次はどうすんだ?」

「このまま一息に局を奪取したいところだが……」

「その前に一つ、攻略すべきところがあります。エインウルズにとって因縁が深い場所ですよ」

 

 しかしその顔も一瞬の事で、瞬きした時には二十余名を指揮する顔に戻っていた。チェンの見据える先には一つの巨大な建物の上階がひょっこりと見える。道を進み、全容が明らかになればそれが何かわかった。当たり前と言えば当たり前だが数年前のと一切変わらない外観。地獄の鬼ごっこを繰り広げた思い出を持つため、巨大な監獄にも見えてしまう場所。

 いやあれを監獄だと言うならば、チェンとホシグマさんが出てきた時点で契約内容が違うと龍門の街に逃げ出したので脱獄犯になってしまうのだが。

 

「……解りやすい説明どーも」

「あ、それって太古、なんとか……でしたっけ?」

 

 背中から聞こえるのはエフィの声、文字通りの意味でだ。今の俺は大盾を片手に持ち、背中にエフィを乗せて無理矢理空いた手で支えているのだ。首にはエフィの両腕が回され、落ちないようにしっかり掴まっておけと言い含めて、なんとか形になっている。たまに杖が俺の身体に当たるのはご愛敬。

 あの戦闘の後、これからの進軍を考えれば少し休むべきだったがそれも叶わず、「言わんこっちゃない」「散々出発前に止めただろうが」と直前の出来事を棚に上げてエフィへ得意気に説教をした結果、大層機嫌が悪くなってしまった。人間、自分の意見が正しい事が証明されると気が大きくなってしまう失敗は大抵が体験するので、俺もその例に漏れなかった。当然見ていた全員から汚い言葉を浴びる事になった。

 エフィも少し休めば戦えると意欲的なこと、チェン達も戦力が欲しいこと、いくら掃討が順調だからと言って深くまで進軍したここから二人でロドスに戻るのは危険なこと等を考えたのが、今の俺の姿である。

 

「そろそろ下ろすぞ、乗り心地は良くなかっただろうが」

「とても悪かったですよ。要練習です」

「戦場でこんなことやらねぇよ。仮にもロドスからの戦力なのにこの体たらく、信用問題になりかねないんだぞ」

「先の戦いだけでも充分な働きだったと局員からの話では判断出来る、安心しろエインウルズ」

「お前は少し慎みを覚えるべきだ、チェン」

 

 とは言え、冗談抜きにして言えばエフィはきちんと解ってくれる存在だ。「帰ったら訓練します……」とすぐに反省するから俺としてもとやかく言わずに済む。エフィは独断専行で着いて来て、敵中のど真ん中で足手纏いになりかけている。これだけならばエフィが悪いのだが、裏を返せばきちんとそれらを説明しなかったことと強引にでも置いて来なかった俺が悪いわけで。帰ったらアーミヤ社長かドクターか、とにかく始末書モノなのは間違いない。ホシグマさんの後押しや状況を鑑みた結果であろうとそれは変わらない。

 

「しっかし室内戦だと場所によってはエフィが苦労するかもな」

「彼女、視力が良くないとお聞きしましたが……」

「うー、すみません」

 

 ホシグマさんの心配するような声、懸念と言えば確かにそれであろう。

 外とは違って建物内となると、通路の曲がり角や部屋の中など遭遇戦になりやすい場所が多い。エフィの温度を感知して索敵する強みも活かしきれず、勝手の違う戦場なのと相まって判断が遅れる事は多くなるかもしれず、援護に一瞬の遅れが生じるだろう。

 が──

 

「いや、なんの問題もない」

 

 チェンが首を振って否定する。

 

「というと?」

「龍門の市民が休日に押しかけても大丈夫なように通路は広くそして緩やかになっている、狭い場所や曲がり角というのはほとんどない」

「……そうなのか?」

「中身は昔と比べれば改善が施されている。更に言えば太古プラザは吹き抜けになっている部分もあって馬鹿正直に入口から入っても撃ち下ろされるのが関の山だ」

 

 つまるところ、エフィにとって問題はないがそれはレユニオンも同じ事だった。

 

「故に、我々は非常口から屋上まで登って外壁を伝う」

 

 なるほど。確かに理に叶った作戦ではあった。忌々しい建物の構造が過去と寸分違わないのであれば、それも可能だろう。非常口と銘打った割に各階に繋がるドアが存在せず、地上と屋上のみを繋いでいるものだからだ。見張りは置いてあるとしても地上と屋上のみ、近くには同じ高さの建物もあるから屋上に何人も配置されていなければ狙撃役を配置して同時に倒せば気付かれる可能性はかなり低くなる。

 

「随分都合が良い仕様は残しているんだな」

「……否定はしない」

 

 ともあれ、一応の作戦は決まった。太古プラザ周辺に到着し、周囲の建物へ杖や弓を構えた局員が護衛を連れて入っていく。

 

≪奴ら、申し訳程度の人員しか配置していませんな≫

「ほほう? 屋上はどうなってる?」

≪驚かないでください、なんと三人しかいません≫

「……本局が近い割にはザルだな」

≪やりますか?≫

「少し待て、我々がまだ位置についていない」

≪了解、いつでも出来ますのでその時は合図を≫

 


 

Ep.09-捲土重来-

 


 

 窓ガラスの割れる音が太古プラザに響きわたると同時に俺達も上階から支援を開始する。

 ホシグマさんと同じ様に突入した隊員が、手槍式源石術(けんじゅう)の引き金を引いて奇襲に狼狽えるレユニオンを一人ずつ刈り取っているであろう音が聞こえる。時折聞こえる一際大きな音は爆発物だろうか。

 俺達は頃合いを見計らって屋上からの侵入だ。階下での騒ぎに気を取られ、集中している敵を背後から叩き潰す。

 

(気張れよ、エフィ)

 

 ちらりと後ろを向けば、いつもより力を込めて握られているのか少し震える杖を携えたエフィが見える。今度こそドローンやチンピラ、自棄を起こした感染者達とは訳の違う、本物の犯罪者を相手にするのだから当然だろう。

 

「なんだ貴……ぐあ!」

 

 階段の踊り場を抜け、降りた先に居た白服の相手を盾で容赦なく殴り飛ばす。更にもう一人がこちらに気付くが、その時にはエフィが容赦なく炎弾を叩きこんでいた。そのまま昏倒した相手へのトドメは自分の役目としてキッチリとこなした。

 ふうと一息ついて周囲を見れば、階下の騒ぎに相当数が持っていかれているのがよくわかる。チェンとホシグマさんはレユニオンにとって最優先目標だと考えれば当然の話で、だからこそ悠々と俺達は背中を刺す事が出来る。

 

「敵は大分少ないみたいですね」

「チェンの奴め、もしかして要らん配慮でもしたか?」

 

 同じ様に上階から侵入する隊員は他にもいるため、どこかが少なくなるだろうと説明を聞きはしたがそれにしたって敵の姿が見えない。更に数メートル先の相手へ、エフィがアーツで狙いを定めるも一撃で倒しきることは出来ず、体躯の大きな相手が二人して俺の盾をガンガンと叩き始めた。

 

「女性の扱いとドアへのノックは優しく丁寧にって教わらなかったかぁ!」

「黙れ犬めぇ!」

 

 二人に攻撃されているが、実のところ攻撃そのものに脅威は感じていない。明らかに手を抜いているとわかるそれは、隙あらば後ろのエフィを先に殺してやろうという雰囲気がバレバレな程漂っている。

 仲間の盾となるためにはそれらを逃さず察知する嗅覚が必要だが、相手が全く隠す気がなく、油断を誘っているのではと疑ってしまう。

 

「そら!」

「ッ、チィ!」

 

 一人が攻撃すると同時にもう一人が横をすり抜けていくが、盾で受け流している間に相手の進路上にファルシオンの刃をそっと置いて防ぐ。

 突然現れた凶刃にたたらを踏んだ男が舌打ち混じりにこちらへと狙いを変えるが──男の命運は決まっていた。視界の端に映るオレンジ色が勢いを保ったまま男へと激突し、紅蓮の熱気が俺の頬を撫でる。それに気を取られて固まったもう一人は、力を込めて押してやれば、倒れまいと一歩二歩とどんどん後ろに下がっていき、すぐに欄干へ背が触れる。

 

「待っ」

「わりぃな」

 

 こちらの意図を察したのか、手すりを掴んで必死に抵抗してくるが構わず更に力を入れ、押し上げていけば欄干を越えて何もない空中へと相手は放り出された。悲鳴が少しだけ聞こえて、大きな落下音が続く。更に二度程の戦闘を交えたところで再び階段を下り、チェン達と合流を果たした。

 

「貴様らか、早かったな」

「抜かせ、これで遅かったら査定に響くだろ」

 

 局員がレユニオンとドンパチやっている間に一言二言と通信機で状況を説明していく。他の局員も続々とこの階へと集結しつつあり、掃討は間もなく終わるとチェンは言っていた。

 

「ところで貴様ら、きちんと施設への被害は出していないだろうな?」

「床とか壁くらいはいいよな? そもそも被害と言っても売り物はほとんどなかったが」

「そうなるようにしたのだから当然だろう」

「……の割にここは大層な有様だな」

 

 ぐるりと周囲を見渡して言葉を淀む。見える範囲でも、壁が粉砕されて風通しのよくなったテナントや、服かアクセサリーを飾るはずだったマネキンが死体役にジョブチェンジしていたり、ごっそりと抉り取られたり夥しい程の弾痕が付いた床、爆砕されて配管のぶら下がっている天井。事前に『なるべく無為な破壊はするな』と言っていた人物が指揮した戦場とは思えない。

 

「思いの外レユニオンが頑強だったのでな」

「一応はこのデカい建物を任されてるだけあるってわけか」

「ところで貴様はどこにいる?」

「丁度良い障害物があったんでそこに身を隠してる。随分と高価そうなもんだがこの大きさじゃあ持ってけねぇか」

 

 チェンへの疑問に答えながら、身を乗り出して銃の引き金を押し込む。攻勢に晒されている部隊の掩護として吐き出されたそれは、敵へのダメージこそ及ばないが気を引くことは出来たようで、数人のレユニオンが鉱石術の矛先をこちらへ向けているのがわかった。

 反対側からはエフィも杖先を空中で走らせて、数個の炎を打ち出している。俺の武器と違って確かにダメージを与えたが、それでもこちらへの攻撃を中断させる程ではなく、更に言えば怪我を負いながらもそのまま反撃してくる骨のある奴までいる。

 

 エフィの手を掴み、着弾の少し前に思いっきり飛び出して後ろへと下がる。全体が漆黒に塗られ、煌びやかな舞台で主役と共に観客を魅了するはずだったピアノが道具としての生命を終えた。放たれた鉱石術は全てが狙い違わずピアノ本体を打ちのめし、弦が引き千切れて鍵盤が空を舞い、職人の御業を無意味なものにした代わりに数人のピンチを救う。

 

「なあ、参考までに聞いておきたいんだが、ありゃいくらだったんだ?」

「ホシグマが言うには龍門幣換算で180万らしい」

「……俺にとっちゃ一生縁がない数字だな」

「持ち主との縁は出来そうだぞ。一応、説明義務が私にはあるからな」

 

 まあ流石に弁償してくれとはならんだろうがとチェンは笑っているが、俺にとっては笑えない冗談である。無残な姿になったピアノを見ながら、その通りになることを祈った。

 

 


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