正体不明の妖怪(になった男)、情緒不安定な百獣の腹心になる   作:黒岩

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借り

 彼が思い出す幼少の記憶の殆どは悪態をつく大人の姿だった。

 

 ──ゴールド・ロジャーってのは今この世の中が荒れてる元凶。史上最低のクズ野郎だ。

 

 ──あんな奴は生まれてこなけりゃ良かったのさ。生きてても死んでても大迷惑なゴミなんだからよ。

 

 ──もしロジャーにガキがいたら? ハッ、そんなもん打ち首だろ。

 

 ──なんなら殺させてほしいくれェだ。

 

 ただ生きてるだけで出会う人間の全てが自分を否定してくるような気がする。

 食い物と愛情に飢え、恨みを募らせる。彼にとって、父親という存在は“呪い”そのものだ。生きてる限り付きまわる最悪の縁。

 それは彼がかけがえのない相手……盃を交わした義兄弟を得た後も変わらない。

 多少は前向きになり、出会う人全てに敵意を見せるようなことはなくなった。

 だがそれでも彼の目標は変わらない。”くい”のないように生きる。父親の呪縛から解き放たれるために父親以上の名声を手に入れる。そのために立ち塞がる全てを破壊する。

 負ける訳にはいかない。どんな困難があろうと高みへと昇る。

 そうしてポートガス・D・エースは意識を失った。

 

 

 

 

 

 冷たく硬い場所から動けない。

 全身が痛み、腹の中から血と胃液がせり上がってくる。鎖の音がすぐ近くから聞こえる。

 意識を回復させた時、最初に感じたのはその不自由さだ。身体が言うことを聞かない。完全に囚われている。

 

「──あ、もう起きたかな?」

 

「……!! お前は……ッ……!! ゲホッ……ハァ……ハァ……」

 

 誰かいる。背中から赤と青の不思議な羽のような何かが生えている少女だ。

 それを見た途端に咳き込む。腹からせり上がってきた血と胃液を目の前の地面に吐き出し、息を整えようとする。

 

「あはは!! ばっちいねぇ!! そんなに苦しかった?」

 

「うるせェ……!! お前は誰だ……?」

 

「え~知らないの? ショックだなぁ……私の顔を見ても私が誰かわからないなんて」

 

 自分のことを知らないと言われたのがそれほど萎えることだったのか、少女は残念そうに肩をすくめる。

 そしてエースの苛立ちの籠もった問いにも全く怯えることはない。エースがギロリと少女を睨んで急かしても怯まないし怖がらない。

 それどころかその様子を見て少女は笑った。楽しそうな笑み。今からイタズラでも仕掛けようとするように、目を細めて少女はエースに名を告げた。

 

「私の名は封獣ぬえ。新世界のアイドルで百獣海賊団の副総督よ♡ エース君♡」

 

「……!! お前が……!!?」

 

 その名を聞いたエースは目を見開いて驚く。まさかこんな少女があの“四皇”百獣海賊団の2番手で、カイドウの兄弟分、腹心なのかと。たちの悪い冗談か嘘のどちらかじゃないかと声を出そうとして──

 

「ふふふ、嘘じゃないわよ。ほら手配書」

 

「……! てめェ……今……!!」

 

「ふふ、手配書より可愛くてびっくりするでしょ♡」

 

 確かに……その少女はどうやら本当に“ぬえ”だった。手配書よりも小さく見えるが、顔つきは確かに同じ。

 だがエースはそれよりも、今しがた口にしようとした発言が読まれていたことに驚きを感じる。一体どういうことなのか。

 エースは見聞色の覇気が極まったらどうなるかを知らない。ゆえにぬえが今、数秒先の未来を見たという答えに到達することはなかった。ぬえは意味深に笑いながらも話を進める。

 

「ってことでここは鬼ヶ島の牢屋。キングに為す術なくボコられたあなたは気絶して捕まってここにいる訳ね」

 

「……!」

 

 そうだ。エースは負けたのだ。

 相手は百獣海賊団の大看板“火災のキング”。自らの能力も覇気も通じず、仲間と一緒に叩きのめされた。そのことを思い出し、歯を食いしばるエース。

 だがそこで更に思い出した。仲間たちは……? 同じ様に生きてここに捕まっているのか。それとも……と、悪い想像をする。

 

「あなたの仲間達も全員、五体満足で生きてるから安心していいよ♡」

 

「! な、に……?」

 

 そして再びぬえの言葉。仲間達は生きてここにいるというエースを安心させるような発言に、エースは訝しむ。

 自分達は負けた。負けて捕まった。それなのに生きているということは、やはりあのキングが言った様に生かされているのか。

 

「何でかって言うとキングが言ったように、ウチは戦力になるなら誰でも受け入れて勧誘するからね~♪ 強い奴ほど殺さないで捕らえるの♡ ──まあ雑魚だったら遊んで売って捌くか殺すかで酷いことになってたかもだけど、あなた達は割と見込みありそうだからね!! だから安心してね!!」

 

「!」

 

 笑顔で優しい言葉を掛けてくるぬえ。その発言には物騒なものはあれど、エースへの敵意や悪意はあまり見られない。危害を加える気もない様で、それにエースは憤慨した。

 何しろ舐められているのだ。自分達は敵となりえない。殺す程でもないと。

 法も仁義もない海賊同士の争いの中で相手を殺さないというのはそういうことだ。負ければ死。常に生き残りを賭けた戦い。それが海賊同士の争い。

 つまるところ百獣海賊団にとってエース達スペード海賊団の襲撃など争いでもなんでもない。ちょっとしたボヤ騒ぎ程度の脅威としか見られてないのだ。

 

「……フザけんじゃねェ!! 命を懸けた戦いだぞ……!! 負けたなら殺せ……!!」

 

「…………あはははははは!!!」

 

 エースの強い、海賊としての矜持を示すような発言に、ぬえは一瞬無言になって止まった後、腹を抱えて大笑いする。エースの発言に耐えきれないと言うように。

 明らかにバカにされているのを感じ取ったエースが歯をギリギリと噛み締めながらぬえを睨むが、やはりぬえの様子はそれで変わることはない。

 

「何笑ってやがんだ!!!」

 

「あはははは!!! あはは……!! はー……ごめんごめん!! ちょっとツボに入っちゃってさー。なんと言うか見てると思い出すよね~!! 性格は全然似てないけどさ!!」

 

「何を訳のわからねェこと言ってんだ……!!」

 

 馬鹿笑いをするぬえにエースは苛立ちを隠さない。……だが捕虜になってしまったのは自分の責任だ。どうにかしてここから逃げ出す算段をつけなければいけないが、火になることは出来ないし力も入らない。手には海楼石の手錠がついているのだ。これではどうにも──

 

「いやぁ懐かしいなぁ──あなたの()()()()と最後に喋ったのも牢屋だったからね♡」

 

「!!?」

 

 エースは息を呑み、絶句した。

 突然何気なく言い出したそのぬえの言葉は、一瞬でエースの頭を真っ白にさせた。なぜ、どうして。自分の父が誰であるかを知るのは自分を拾ったガープに世話になった山賊のダダンに仲間のデュース。そして弟だけだ。それ以外は誰も知らない筈だ。

 だがこいつは知っている。誰かが話したのか。デュースに拷問でもして聞き出したのか。話す筈がない。

 様々な思考が浮かんでは消え、その可能性を考える……が、やはりなぜバレたのかわからない。

 そもそも勘違いである可能性も考えて、エースは言葉を絞り出した。冷静であるように努めて。

 

「…………人違いじゃねェのか。おれには親父なんていねェ」

 

「あはははは!! あなた何言ってるの? 父親がいない人なんてこの世に存在しないよ。子供がどんなに嫌がろうと、死に別れようとも、血の繋がりは消えない。そう思わない? ──ゴール・D・エースくん♡」

 

「……!! てめェ……!! おれをその名で呼ぶんじゃねェよ!!!」

 

 瞬間、今度は激高する。

 エースにとって父の姓で呼ばれることはそれほどに我慢ならないことだった。海楼石の錠があることなど忘れて目の前のニヤついた女の顔に殴りかかろうとし、戒めに阻まれる。

 ガシャン、ガシャン、と鎖の音を牢の中で響かせ、エースはぬえを睨みつけた。その怒りの表情を見てぬえはまた笑う。

 

「あはは!! 怒った顔はそっくりだね!! もっとも性格は似つかないけどさ!!」

 

「黙れ!! おれは……!! おれは……!!」

 

「あーあー、海楼石の錠で繋がれてるってのにそんなに暴れちゃって。少し落ち着きなよ」

 

 どうどう、と怒りに震えるエースを宥めるように言うぬえ。そのせいではないが、エースは一度落ち着いてそのことを問いただすことにした。

 

「…………誰から聞いた?」

 

「ん~……強いて言うならあなたの父親かな♪ もう20年前になるけど……あなたのお父さんが死ぬ前日に私、会ってるのよね。新世界から東の海のローグタウンまで遥々と飛んでいって、海軍の監獄船に忍び込んで……いやぁ、あれは大変だったね~~♪」

 

「……態々あのクソ親父に会いに行ったってのか」

 

「まあね。“借り”もあったし……それに態々って言うけど、言うほど珍しいことでもないよ。当時、海賊も海兵も……今の名のある連中は挙ってあの処刑シーンを見に行った。この海を制した“海賊王”の最期の瞬間をね」

 

「…………」

 

 エースは無言でその話を聞いて、僅かに安堵した。と言ってもそれは父親が良いように語られていることに対してではなく、自分の素性が自分の知ってる人達から漏れたのではないことに対してだ。弟やダダンから漏れることはないとは思っていたが、ガープから漏れることはありえないことでもないとは思っていた。

 

「……そうかよ。そんな死んだ人間の話に興味はねェが……1つだけ聞かせろ」

 

「なに? 私の3サイズは残念ながら企業秘密だから教えられないよ♡」

 

「なぜあの野郎は……てめェにおれのことを教えた?」

 

「え~~~? そこは3サイズを聞くところでしょうに……聞かないなんてノリがわからない奴ね」

 

 戯けた言葉を無視してエースは問いかける。エースにとっては重要なことだ。

 もしかしたらエースの素性は海賊の世界では……そこらの木っ端海賊とかはともかく、大物には知れ渡っているかもしれない。

 もっともロジャーの船に乗っていた“赤髪”すら知らない様だったのでないとは思うが……ならなぜこの女には自分のことを教えたのか。それが気にかかった。

 ゆえにエースはぬえにそれを問い、ぬえは手品の種をバラすかのように楽しそうにそれに答えた。

 

「ん~~~……ロジャーが考えてたことなんて知らないけど、まあ強いて言うならさっき言った様に“借り”があるからかな?」

 

「……“借り”だと?」

 

「そうそう♪ 私は昔、ロジャーの船にちょっとお邪魔させてもらってたことがあるのよね♪」

 

「……! ならてめェも……“赤髪”と同じで、あの野郎の仲間だったってことか……?」

 

「あはは、違う違う。私は数ヶ月の間、私が乗ってた船の船長の頼みでロジャーの船に乗ってただけで、仲間ではないかなー。関係的にはむしろ宿敵だったし……後、赤髪とも当時に面識はないよ。私が乗船してたのは赤髪が生まれて船に乗る前……もう40年くらい昔の話だからね~♪」

 

 ぬえは手を振って自分は仲間ではなかったと語る。赤髪と面識はないとも。40年近く昔の話だと言うが、だったらこの女はそれ以上の年齢ということなのか。そうは見えないが、どうやら赤髪よりも年上らしい。

 

「……なら“借り”ってのは船に乗せてもらってた借りってことか」

 

「それも含めて、かな。命を助けてもらったこともあるしねぇ……ふふふ、思い出すなぁ。ロジャーはバカだから敵の私にすら面白がって近づいてきたし、何度も仲間に勧誘してきたのよね。私のUFOにいつも乗りたがってて乗せると子供みたいにはしゃいでたし……その癖、敵対した時は容赦なくてさ。カイドウと一緒にボコボコにされて──」

 

「ッ……そんな話はどうでもいい」

 

「……あらら、父親の話は嫌い? そんな苦い顔しちゃってさ♪ よっぽど父親がコンプレックスみたいね」

 

 エースは無言でぬえを睨みつける。父親の話などあまり聞きたい類の話ではない。

 もっとも、子供の頃と違って父親の話をする相手全てに殴り掛かる程ではないが、相手はそもそもの話、敵だ。思い出話に仲良く付き合う義理はない。

 

「ろくでもねェ父親の話なんてどうでもいい……それより、おれを……おれ達をどうするつもりだ?」

 

「……ふふふ」

 

「……? おい……」

 

 エースは再度声を掛ける。自分達をどうするつもりか、という問いに対し、ぬえは含んだような笑いでこちらを見るだけだった。答えるつもりがないのかとも思ったが、そういう風でもない。思い出し笑いや悪巧みでもしているかのような笑みでエースを見ていた。

 

「ふふ……ごめんごめん。何と言うか……それを教えた時のあなたの反応を想像して笑っちゃってさ」

 

「……なんだと?」

 

「くっ……ふふふ……でもまあ教えないと話が進まないからそろそろ教えてあげようかな♪」

 

 ぬえがその赤い瞳を煌めかせてそう言う。エースは途端に嫌な予感を感じとりながらも、その処遇を黙って聞く態勢を取った。

 だがぬえのその発言は、エースの心構えを一発で壊してしまう破壊力を秘めていたのだ。ぬえは口端を子供のように歪めながらとうとうそれを告げる。

 

「あなたもあなたの仲間達も──五体満足のまま、ここから逃してあげるつもりよ♡」

 

「なッ……!!?」

 

 予想外の答えだった。

 何しろエース達にとって都合の良すぎる発言。裏があると勘ぐってしまう程の答えだ。

 それともやはり、四皇にとって自分達など敵ですらない。そのまま逃してしまっても問題ないとでも言うつもりなのか。それはそれで業腹には違いないが……やはり理由がわからない。

 

「あ、でも条件が1つだけあって~~それをクリアしてくれればすぐにでも釈放かな♡ 一応言っとくけど、その条件がとんでもなく厳しかったり、あなたの仲間を傷つけるようなものでもないから安心していいよ!!」

 

「……どういうつもりだ?」

 

「どういうつもりも何も……ふふ、さっき言ったじゃない。──“借り”だって」

 

「!! ……“借り”……だと……?」

 

 エースの顔が再び驚きに染まる。そして、嫌な予感がこれまで以上に大きくなった。

 ぬえの言う借りとは、ロジャーへの借りのことだ。先程聞いたばかりだから間違いない。

 だが、ここに来て先程の話をよく思い出す。

 ……借りがあって死刑直前のロジャーに会いに行ったということは、その借りは生きてる内に果たされたのか? 

 ロジャーは既に故人だ。死んだ人間。この世にいない人間に借りを返すことなど出来ない。

 なら生きてる内に借りを返したと見るべきだが……もし、借りを残したまま相手が死んだら……どうなる? 

 その答えを思いつき、心がざわつく中、ぬえはエースを真っ直ぐに見て告げた。人の苦しむところを見て楽しむ、悪魔の様な笑みで──

 

「私のロジャーへの“借り”──あなたを生かして逃がす理由はそれで……条件は、あなたがロジャーの子供だってことを自分の口で認めることよ♡」

 

「……!!! ッ……フザけんなァ!!!」

 

 瞬間、頭が沸騰する。

 怒りで血が頭に上る。自分を子供扱いしているだけじゃない。あの男の子供として扱い、その縁で見逃そうというのだ。

 

「あはははははは!!! 怒ってる怒ってる!! でも……どうしてかなぁ~~? 嫌ってた父親が残した借りで生き残れるんだから喜ぶべきことじゃない♪ 怒ることなんてどこにもないし……あっ、これを機に父親のことを好きになってみるのはどうかな? あはははは!!」

 

「黙りやがれェ!!!」

 

 馬鹿にされている。見下されている。嘲り笑われている。ようやく理解した。

 このぬえという女はこちらを完全に馬鹿にしているし、こちらの嫌がることを理解した上でそう言っているのだと。

 ロジャーへの借りというのも嘘ではないように思えるが、エースのことをロジャーの子供として見ており、エース個人のことは全く見ていない。

 エースが忌み嫌う父親の呪縛。それを思い起こさせるようにぬえはこちらに条件を突きつけた。

 

「あははは!! 簡単でしょ? “自分は海賊王ゴールド・ロジャーの息子ですぅ~~ぶちゅぶちゅ♡ パパ大好き~♡”って言うだけであなたもあなたの仲間も生き残れるんだから♡ しかも私しか聞いてないからそこまで辱められる訳じゃないしね!! ほらほら、言ってみて~♪ エースくんのパパ大好き宣言、聞いてみたいなぁ~~♡」

 

「誰が言うか!!! バカにしやがって……!!! おれは……おれには親父なんていねェよ!!!」

 

「ぶぶー♪ あなたがなんて言おうとあなたの父親はロジャーよ。だから私はあなたを生かして逃がすの♡ 世話になったロジャーの子供だし、ちゃんと可愛がって優しく送り出してあげないとね♪」

 

「うるせェ!! それ以上言ったら……てめェを許さねェ……!!! 口を閉じろババア……!!!」

 

「……ん~? 許さない?」

 

「!」

 

 エースの顔のすぐ近くにぬえの顔が迫る。間近でぬえの目を見た。

 その目は……獣だ。海王類や肉食の獣が怒った時の目に似ている。瞳孔が薄く、縦に長い。

 そして威圧される。その圧力はキングの覇気を更に濃くした様な、本能的な恐怖を覚えるような威圧だった。

 

「許さなかったら……何になるって言うの? 私を殺せるの? あはは──あんまり笑わせないでよね♡」

 

「ッ……!!」

 

「親切で言ってあげるけど、あなたなんてロジャーの子供じゃなきゃただの弱っちいクソガキよ。前半の海で無双して勘違いしちゃったかもしれないけど……あなた程度の実力でこの海を制することは出来ない」

 

 ぬえがエースの胸に人差し指を当て、そのまま押し込んでくる。それだけで、エースは凄まじい圧迫感に胸が締め付けられた。少女の力じゃない。その気になれば、エースの胸を指で貫くことも容易いだろうし、力だけでエースの身体をバラバラに引き裂くこともできる。

 この海の頂点に与する獣の力だ。これで2番手ならカイドウは……とその強さを想像してしまう。

 

「何でも私とカイドウを討ち取ろうとして鬼ヶ島に来たみたいだけど……幾ら何でも私達を舐めすぎね。たった20人と一匹……その程度じゃ戦いにもならないし、こっちも虐めて楽しむくらいしか出来ないわ」

 

「……!! うる……せェ……!! おれ、は……ううぐ……!!」

 

「純粋に弱い。力が足りない。あなたはロジャーを超えたいみたいだけど、ぶっちゃけあなたの強さはロジャーの足元にも及ばない。……まあ無謀な特攻をしちゃうところとかは、私は嫌いじゃないけどね♡」

 

 ロジャーと比べられる。子供扱いされる。

 胸を押さえる力が強まるだけでエースは万力に締め付けられたかのような痛みと苦しみを受ける。抵抗することは出来ない。

 だが海楼石の手錠が仮になくても、この力は自分の何十倍も強いように思えた。

 

「弱い癖にプライドだけは高いあなたにこんな格言を教えてあげる。──“弱い奴は、死に方も選べない”」

 

「……!!」

 

「この海じゃ弱者には何の権利もない。ただ強者の食い物にされるだけよ。あなた達は……強者(わたしたち)の言うことを黙って聞いてればいい……!!」

 

 新世界は四皇の統べる海。

 全ての海賊は新世界にやってきて、四皇の支配下につくか否かを選ばされる。

 四皇に膝を折れば安全を買うことが出来るが、逆らえば全てを奪われることになる。残るのは屍だけだ。

 生き残るのは強者のみ。弱いままでは死ぬしかない。ぬえはそう言った上でエースの胸から指を離し、背を向けながらエースに告げる。

 

「──とは言ったけど、あなたには選ぶ権利がある」

 

「!」

 

 ぬえは少し距離を取るとこちらに向き直り、指を一本立てて、得意気にそれを説明する。

 

「1つは私達、百獣海賊団に入ること。何度も言うけど、ウチは戦力になるならどんなに生意気な奴でも大歓迎♡ どれだけ損害を被っていようが水に流してあげる──どう? すっごい寛大でしょ? 普通の海賊なら皆殺しにしてるんだから♪」

 

 1つは膝を折って、百獣海賊団に入ることだとぬえは言った。エースに向かって楽しそうな笑顔を見せて告げる。

 

「もしそれを選ぶなら歓迎してあげるし、なんなら鍛えてあげるわ♪ さっきは弱いとは言ったけど、あなたなら飛び六胞や……もしかしたら大看板にも手が届くかもしれないしね♪ 色々楽しいことになりそうだし……私のおすすめはこれ♡」

 

「……ありえねェな……お前らの仲間になるくらいなら死んだ方がマシだ……!!」

 

「ふ~ん……ま、それなら残念だけど2つ目の選択肢。ロジャーの息子ってことで逃してあげる。勿論、仲間も船も全部無事よ」

 

 ぬえは人差し指に続けて中指を立てて2つ目の選択を説明する。それはさっき告げたようにロジャーがぬえに貸した借りを使うものだった。

 

「……おれはそんな借り使わねェし、返される覚えもねェ……!!」

 

「あなたにはなくても、私の方にはある。だからまあ、もしあなたがそれを認めなくても、明日までにウチに入る選択をしなかったら強制的に釈放することにする。私的には残念だけど、まあ借りは返しとかないと気持ち悪いしね」

 

 ぬえが背を向けて歩き出す。牢屋から出ていくようだ。話も終わりだと言うように鍵を開けながら、

 

「明日になったらまた来るわ。それまではあなたもあなたの仲間にも手は出さない。……まあもしどっちの選択も意地でも選ばないようなら──その時は地獄を見ることになるかもね♡」

 

「……!!」

 

 そうならないように願ってるわ──そう言って、ぬえは去って行った。

 

 

 

 

 

 地下の牢屋なのか、日が差さないそこでは時間の感覚が麻痺してしまう。

 エースもまた、今の時間はわからない……が、起きてから既に数時間は経った。

 

「……ハァ……ハァ……!! くそ……!!」

 

 その間、エースは何1つ変わっていない。

 海楼石の手錠はやはり壊すことも抜け出すことも出来ない。ただでさえ硬いそれは能力者の身体から力を奪う。

 ただの鎖であったならエースはメラメラの実の能力で身体を炎に変化させ、この牢屋からすぐに脱出することが出来る。

 だが今のエースは何も出来ない。ただ藻掻くだけで時間だけが経っていく。

 抜け出すには仲間に助けてもらうか、他のイレギュラーを期待するしかない。もしくは──

 

「あいつらの仲間になるか……借りを使うかか……くそ……!!」

 

 ここから逃げるためにはその二択のどちらかを選ぶしかない。

 前者なら自分の航海はここで終わる。後者なら自分のプライドが傷つけられる。

 どちらも選ばないことも可能だが、その場合は自分の身だけではない、仲間もまた殺される。

 選択肢は3つだ。そして生き残るために選べるのは……やはりぬえの提示した二つの選択肢。

 ならやはり認めるしかないのだろうか。そうすれば、少なくとも自分も仲間も無事で、航海を続けることも出来る。

 自分の意地を貫いてきた。その意地に仲間も付き合わせ、危険な目にも遭わせてきた。

 だが仲間は大事だ。それはずっと変わらない。自分と仲間、どっちかが死ななければならないならエースは迷わず自分を選ぶ。

 なら選択は……既に決まっているのではないか。

 

「……おれは……」

 

 海賊王である父、ゴールド・ロジャーの残した借りなど受けないと拘り、自分と仲間に苦難を味わわせる。

 自ら呪縛を強いている……それを選ばないということはそういうことに他ならないだろう。

 多少辱められるだけ。それならさっさと済ませてまた海に出たほうがいいはずだ。

 このままではカイドウも白ひげも他の四皇も……誰も倒せない。何をするにもまずは抜け出して自由になる必要がある。エースは少し冷静になった頭でそう考えた。

 

「……ここか……!!」

 

「あ?」

 

 そんな時だった。エースが閉じ込められている牢の扉をゆっくりと開けて、中に入ってきた者がいる。

 それはエースの倍以上の身長を持つ角の生えた女で……エースには見覚えがあった。確かこいつは──

 

「ヤマト……だったか? お前、なんでここに……」

 

「……少し、話をしに来た」

 

 ヤマトはそう言って牢の扉を閉める──が、エースの頭には疑問符が浮かんでいた。

 

「……笑いものにでもしに来たか?」

 

「そういう訳じゃない。ただ……その……」

 

「? なんだ」

 

 ヤマトは言いづらそうにエースの前でまごつく。

 というかこいつは一体なんなのだ。百獣海賊団の一員……と思っていたが、確かヤマトはエースと一緒で追われていた。

 もしかするとエースと同じでカイドウの首を取りに来た海賊か、もしくはワノ国の住人なのか。

 そう思ったエースにヤマトは迷いながらもとうとう尋ねた。

 

「……エース、だったか。お前……ロジャーの……海賊王の息子だってのは本当か?」

 

「! ……聞いてたのか」

 

「偶然耳にしたんだ……すまない。ついさっき、僕の親が部屋でそのことを話していた」

 

「お前の親……?」

 

 ヤマトは謝りながらもエースの質問にも視線を逸らしながら答えた。同じ様に迷っていたが、諦めたようにため息を1つ吐き、

 

「……隠していても仕方ないし、フェアじゃないな。……僕の親は──あのカイドウだ」

 

「! お前……カイドウの娘なのか」

 

「娘じゃない!! 息子だ!!」

 

 ヤマトのその発言にエースは目を見開いて驚く。四皇カイドウの娘……本人は息子と言い張っているが、その実の子供であることは間違いないらしい。

 

「……でもお前、身体は女じゃねェか」

 

「う……これは……違う。その……か、身体のことは気にするな!! 僕はヤマト!! カイドウの息子で光月おでんだ!!」

 

「……よくわからねェが……そのカイドウの息子がおれに何の用がある? 親の命を狙ったおれに怒りでもぶつけに来たのか?」

 

「っ……そんな訳あるか!! 別にあいつがどうなろうと……僕は構わない」

 

 カイドウの息子と聞いてその命を狙った相手に怒りでもぶつけるのかとエースは思ったが、ヤマトはそれを声を大にして否定した。

 その様子にエースは誰かの姿を見る。それはまるで……昔の──いや、今の自分の様だった。

 

「……親父が嫌いなのか?」

 

「……ああ。僕はその……光月おでんという侍に憧れてて、光月おでんになりたい……そう言ったら父にぶっ飛ばされて……海に出たいのにずっとこの島に軟禁されてるんだ」

 

「……? その光月おでんってのは誰なんだ?」

 

「僕だ」

 

「お前はヤマトじゃねェのか」

 

「ヤマトだが、光月おでんでもあるんだ!! 光月おでんは僕の憧れで……ずっとおでんの様な男になりたいと──」

 

「……よくわからねェ。結局おでんじゃねェのか」

 

「これくらいわかってくれ!! しょうがないからわかりやすく言うが、今の僕は半分くらい……いや、三分の一くらいおでんだ!!」

 

「三分の一くらいおでんってなんだよ!!」

 

 ……話が掴めない。

 だがエースは少し考えて理解した。多分、おでんというのはワノ国の称号か何かで……ヤマトはそれに憧れているのだろうと。

 理解出来たのはそれくらいだ。細かいところはどうでもいい。とにかく、ヤマトはカイドウの息子で、親であるカイドウを嫌っている。それが分かれば十分だ。

 

「……それで、おれに話ってのは?」

 

「……いや、その……すまない。これと言って具体的な話はないんだが……この島までやってきた海賊なんて初めてだからな……話がしたいというよりは、話が聞きたいんだ」

 

「話が聞きたいって……海賊の話なら……その、お前の親や周りの連中にでも聞けばいいだろ」

 

「そうじゃない!! 僕が聞きたいのは……父が話すような誰が強くて誰を殺したとかそういう話じゃなくて……冒険の話なんだ!!」

 

 ヤマトはそう力説する。海賊の息子ならば親にでも聞けばいいだろうと至極当然の反応を返したエースだが、ヤマトの親であるカイドウはヤマトの聞きたいような話をするような人物ではないらしい。

 

「……おれは……海賊王の……親父の冒険譚なんて1つもわからねェぞ」

 

「いやロジャーの話じゃなくて構わない。君の話を聞かせてくれ」

 

「……ああ、それなら──」

 

 それを聞いてエースは別に話す必要も義理もなかったが……気づけば話を始めていた。

 

 

 

 

 

 楽しい時間というのはあっという間だ。

 1時間という時間はそれこそ一瞬で過ぎる。

 エースとヤマトが話し始めてちょうどそれくらいの時間が経った頃、気づけば2人は牢屋という場所を忘れて話に花を咲かせ、打ち解けあっていた。

 

「なんだそれは……海には凄い場所があるんだな……!!」

 

「ああ。お前も海に出ることがあったら確かめてみろよ」

 

 エースは自らの仲間達との冒険の話をヤマトに話す。

 ところどころ、ヤマトも知識の上で知っている場所もあった。おでんの冒険譚でも聞いたことのある場所。偉大なる航路の無数の島々には知らない場所も知っている場所も聞いたこともないような場所もある。

 エースの航海はまだ一年ちょっとではあるが、それでもヤマトにとっては目を輝かせるに十分なものだった。

 

「……無理だ」

 

「え?」

 

 だが……エースの自分で確かめてみろという発言にヤマトは明るかった顔を曇らせる。

 ヤマトにとってはそれが何よりも難しいことだった。

 

「僕はこの島から出ることは出来ない」

 

「……親が嫌いだってんなら……逃げ出せばいいだろ。無理なのか?」

 

 エースが言葉を選んでそう言うと、ヤマトは首を振る。そして両手首につけられた手枷を軽く見せつけた。

 

「この手錠は僕が島から出ると爆発する……らしい。嘘かもしれないけど……」

 

「……そうなのか」

 

 親によって軟禁されている。そう聞いて真っ先に思いついたのは今はこの世にいない義兄弟のことだ。

 子の自由を侵害する。子の気持ちを考えない。人を人とも思わない。

 そんな親が嫌いで家から逃げて自由を求めて……サボは死んだ。

 ヤマトの話を聞いて、そのことを思い出す。どこの海でも変わらない。親や血は……子にとっていつでもついて回る呪いの様なものだ。

 それが良いものであればいいが、悪いものであれば子は苦しむことになる。

 

「…………なァヤマト」

 

「?」

 

 そのことを思い出したからか、あるいはヤマトの境遇に同情でもしたのか……気づけばエースは口を開いていた。

 

「お前……おれをここから逃がせねェか?」

 

「えっ……あ、ああ……それはまあ……そもそも、話が終わればお前を逃がそうと思ってたところだが……」

 

 ヤマトが戸惑いながらも頷く。元よりヤマトはエース達を逃がそうとしていた。

 もし話してみて悪い奴らならどうかと思っていたが、その可能性は薄いと見ていたし、こうして話してみてやはりとヤマトは思う。エース達は、エースは悪い奴ではないと。

 だから逃してやることは問題なかった。鍵の場所も知っている。少し苦労はするかもしれないが、どうにか逃してみせるとヤマトは己に誓った。

 だがエースは助かる、と礼を言った上でヤマトに更に続けた。

 

「おれとおれの仲間達を解放したら……その次はヤマト。お前の手錠を外す方法を見つけるぞ」

 

「!」

 

「それで……お前が望むならおれの船に乗れ。そしたらお前は、自由だろ?」

 

 エースは自然とそう言ってのける。ヤマトはそれを聞いて面食らった。

 まさかそんなことを言うとは思わなかった。そして、その気持ちは嬉しい。だが──

 

「……そうなったら嬉しい……が……この手錠は鍵もないし、どれだけ力を込めても壊せないし……」

 

「どうにかして外すさ。そのためにもまず、おれの手錠を外してくれ」

 

「…………」

 

 ヤマトはそれを聞いて、思う。正直、そんなのは不可能だと。

 力ずくでは不可能。あるいはカイドウやぬえクラスの力があれば可能なのかもしれないが、あまり現実的ではない。

 それ以外で外す方法となると、やはりカイドウやぬえでもなければ知り得ないだろう。

 それはつまり、エースがまた危険な目に遭うということだ。

 大看板のキングに敗北を喫したエースがぬえやカイドウに敵う筈はない。

 だがそれでもヤマトは──

 

「……鍵を外す」

 

「ああ、ありがとうな」

 

「……礼には及ばない。それより……なぜ僕を助けようとするんだ……?」

 

 元々、エースだけは最初に解放しようと鍵を探し手に入れていた。その鍵を使い、エースの手錠を解こうとする。

 だがそうしながらも疑問を口にする。正直、ヤマトからすればなぜ助けるのかとそういう疑問が浮かんでいた。

 もしかしたら、助けてほしいが為にそんなことを言ったのかもしれない。そんな低い可能性を考えながらも、ヤマトはエースの真剣な顔つきを見た。ゆっくりとその口が開き、エースは語り始める。

 

「……兄弟のことを思い出したんだ」

 

「……兄弟?」

 

「ああ。と言っても本当の兄弟じゃない……ガキの頃に盃を交わした義兄弟なんだが……その1人のサボは、親に自由を奪われて……それから抜け出そうとして──死んだんだ」

 

「!! それは……」

 

 ヤマトは口を噤む。なんと声を掛けていいかわからないからだ。

 だがエースの口調は朗らかだった。親のことを語るエースは暗く、苦悩に満ちていたが、義兄弟のことを語るエースの表情は明るい。

 

「その時おれとルフィ……ああ、もう1人弱くて泣き虫の弟がいるんだけどよ……そいつと誓ったんだ。サボの分まで“くい”のないように生きるんだってな……」

 

「…………」

 

「そのことを思い出した……いや、忘れてた訳じゃねェけどよ……お前のその境遇を聞いてなんとなく、そうした方がいいって思ったんだ。だから……深い理由はねェ。強いて言うなら……お前のことが気に入ったからだな。助けてもくれるしよ……ならこっちからも助けるのが筋ってもんだ」

 

「……! そ、そうか……」

 

 真っ直ぐにそう言われ、ヤマトは思わず顔を逸らす。そしてエースの錠を外すことに集中した。

 

「……外れたぞ」

 

「お……よし。これで外に出れる」

 

 外れた手錠を見てエースは軽く指先を火に変える。海楼石の手錠さえなくなれば能力を行使出来るため、牢の外に出ることも出来る。

 もっとも、今はもうヤマトがエースのいる牢の扉を開けてしまっていたが、それでも仲間達を助けることには必要だろう。エースは立ち上がり、ヤマトを促した。

 

「仲間の場所、分かるか?」

 

「ああ──こっちだ。静かに付いてきてくれ」

 

「おう」

 

 ヤマトは静かにそれだけを告げてエースを先導する。余計なことは口にしなかった。

 エース達を逃がすためには、自分を諦めるのが最善──そう思っていたから。

 

 百獣海賊団の本拠地、鬼ヶ島の地下牢からスペード海賊団の仲間を助け出す。

 どういう訳か見張りは殆どいない。なにやら上からはどんちゃん騒ぎか聞こえることから、もしかしたら宴会でもしているのかもしれないとエース達は推測した。

 それでも僅かにいる見張りの海賊達の目を盗み、エース達はヤマトの案内を受けながら遂に入り口へと辿り着いた。湖の陰にはエース達の船“ピース・オブ・スパディル号”が停められている。仲間達が治療すら受けて無事なままであることから薄々わかっていたが、やはり“借り”というのは本当のことだったようだ。

 

「エース、急いで船を出すぞ!!」

 

「いや、その前にヤマトの手錠をどうにかするのが先だ!!」

 

「しかし旦那!! あんまりモタモタしてるとまた追手が……!!」

 

 逃げ出したことがバレて騒ぎになるのも時間の問題だ。

 そもそも鬼ヶ島から出たところでまだここはワノ国であり、百獣海賊団のナワバリの中心。

 そしてワノ国を出てもまたそこは百獣海賊団のナワバリだ。このナワバリを出るまでは安心してもし切れないし、追手が来る可能性も捨てきれない。

 だがエースはヤマトを自由にすると決めた。だからまだここから出ていく訳にはいかない。

 そう決心したエースを仲間達は止めることは出来ない。

 たとえこれから再び──百獣海賊団に挑みかかることになろうと、仲間を助けようとする船長を止めることは出来ない。

 だから彼女は自ら……その行動を止めた。

 

「行け、エース」

 

「! おい何言ってんだ。それじゃお前が──」

 

「僕のことなら大丈夫だ、エース。僕は別に……この島から出なくても死ぬ訳じゃない。これでも僕の家だからな……」

 

 ヤマトはエースの言葉を差し止めるように言う。船の前で、同じ様に決心した表情で。

 

「だが君は、君達は……このままここにいると死んでしまう!! だから……このまま行ってほしい」

 

「ヤマト……!!」

 

「エース……君の言葉は嬉しかった。だけど……やはり君達を犠牲にしてまで願いを遂げる訳にはいかない。これは……僕の問題。僕のわがままなんだ」

 

 だから、とヤマトは引き下がろうとしないエースに向かって伝えた。

 

「いつか僕は父達を説得し……海に出る!! その時になったらまた……僕を誘ってほしい」

 

 家の問題を解決しなければ、どの道海に出ても自分の呪縛は真の意味で解けたことにはならない。

 それにヤマトにはまだ、ここに残る理由があった。

 だからこそヤマトはエースの誘いを断った。本当はエース達と一緒に海に出たくても……それは出来ないのだ。

 

「……わかった。なら……約束だ」

 

 その決心を汲み取り、エースもまた伝える。それなら約束だ、と。

 

「──ああ、約束だ」

 

 ヤマトもまた、その約束を結ぶ。いつか必ず海に出る、と。

 その時にはエースもヤマトも戒めから解き放たれ、自由になっていることを願って──ヤマトは船を出すエース達を見送り、エースもまた鬼ヶ島に残ることを選んだヤマトを見送った。

 

 

 

 

 

 そして──スペード海賊団の船が鬼ヶ島から逃げ出し、ワノ国からも脱出を遂げた──その18時間後。

 

「ん……ふわぁぁぁ……」

 

「おはようございます、ぬえ様」

 

「おはよー……ん──」

 

 自分の部屋のベッドでぬえは目覚める。

 睡眠時間は24時間。エースと話してから丸一日、ずっと寝ていた。

 その理由はカイドウと一ヶ月近く喧嘩してしばらく寝ておらず、普通に眠かった──という理由もあるが、最も大きな理由はそれではない。ぬえの受けた借りが原因だ。

 その結果をぬえは起きるなり、報告を受ける。傍らにいた真打ちのソノから朝の挨拶と共に。

 

「スペード海賊団一行様は18時間程前にワノ国から脱出しました」

 

「あ、逃げたんだ。ってことはヤマト辺りに助けてもらった感じ?」

 

「はい。そのことで、ヤマト様はカイドウ様よりお叱りを受けて殴られました」

 

「あーあー、別に助けなくても私が起きたら助けてあげたのに……でもまあヤマトが助けたってことなら借りを返した上で角も立たないし、これで良かったかなー」

 

「はい。全てぬえ様の計算通りですね。お見逸れしました」

 

「ふふん、もっと褒めてもいいわよ」

 

「それはちょっと……就労規則に反するので」

 

「褒めるだけなのに!!? というかそんな規則ないんだけど!!」

 

 ぬえは相変わらず怠惰でいい加減なことを言うソノにツッコミながらも、今回の借りを返せたことを安堵する。言うまでもなく、エース達が無事に逃げ出せたのはぬえが見逃したからである。

 ただ自分から逃がすのはカイドウ相手に角が立ってまた喧嘩になりそうなので、ヤマトにその罪を被せられるなら被せよう。そしてそれを見逃すことでロジャーへの借りを返そう。──そう思い、ぬえは寝た。逃げても気づかないように。

 まあ見聞色でエース達だけを察知するというのは難しいが、それでも島から出る者は見ていれば気づく。そうなると捕まえないといけなくなるし、そうなると結局ロジャーへの借りをどう返していいかわからなくなるし、正直ぬえとしてはさっさと逃げてほしかった。

 とはいえ1番いいのは百獣海賊団に入ることだが、それはエースの性格上難しそうなので叶わずともしょうがないとも思っていた。

 

「はー、これでやっと肩の荷が下りた。いやーほんと、感謝の1つくらい欲しいところだよね。私がこんなに優しく気を使うなんて滅多にないんだからさ。もはや優しすぎて天使じゃない? 私って」

 

「そうですね。ぬえ様はお優しい。まさに天使。──だからもう今日は帰って休んでも?」

 

「ダメ♡ 優しい私の側に居られるんだから休むより嬉しいでしょ? 良かったね♡」

 

「なんとブラックな……過労で死んでしまいますよ?」

 

「どんだけ虚弱なのよあなた!!」

 

 再びツッコミを入れ、ぬえは息をつく。とにかく、借りを返せて肩の荷が1つ下りたのは確かだ。今日からは一々エースのことを気にかける必要はない。また会ったら次は今回みたいに手加減することなく本気で弄ったり遊んであげればいい。

 

「さーて、起きたしお風呂入って朝ごはん食べたら何しよっかなー? ──せっかくだし、たまにはヤマトかムサシの相手でも…………ん?」

 

「? どうかしました?」

 

 ぬえは今日は何しようかと考え、ヤマトかムサシの相手をしようかと思いつく。たまにはそういうのもありだ。毎日だとストレスが溜まるから嫌だが、たまになら構わない。

 そう思って見聞色でヤマトとムサシの位置を特定しようと少し意識を向けて──そこでぬえは固まった。

 

「…………ムサシの気配がない」

 

「……え?」

 

「…………まさか……!!」

 

 ぬえは鬼ヶ島と、ワノ国のその気配がないことに気づき──思考を停止させる。

 だがすぐに回復し、どこへ行ったのかと考えを巡らせて……そこで行き着いた答えにぬえは久しぶりに頭を抱えたくなった。

 

「……あの子……もしかしなくても……()()()に乗っていった……?」

 

 

 

 

 

 ──それはぬえが起きてから数時間後のこと。

 

「やっとナワバリを抜けたな……」

 

「今回はさすがに死ぬかと思ったぜい」

 

「全くだ……エース。これに懲りたら次はもうちょっと慎重に──」

 

「次は遂に“白ひげ”だな……さて、どうするか」

 

「少しは落ち着けバカ!! 四皇から逃げたところでまた四皇に喧嘩を売る奴があるか!!!」

 

 エース達、スペード海賊団は幸運にも誰一人欠けることなく百獣海賊団の領海(シマ)から逃げることが出来た。

 そうしてようやく落ち着き、甲板で普段通りの気の抜けたやり取りが出来るようになった頃──船室から伸びをしながら出てくる人影があった。

 

「ん~~~……やっとナワバリから出たのか──って、おお!! これが数多の剣豪ひしめく外の海か!! これは血沸く!! 血沸くぞ!!」

 

「え……?」

 

「は……?」

 

「お前……え?」

 

 甲板に出てきたその少女に、スペード海賊団の面々は目を点にして固まる。

 そして視線を向けられたままの少女は外の海の光景に目を輝かせた後、視線に気づいて表情を元に戻した。そして片手を軽く挙げ、

 

「あ、すまん。今日からお世話になるムサシだ。名前はもう名乗ったから省略するぞ。お前達の会ったヤマトの妹でもある──ってな訳でよろしく頼む」

 

「え──ヤマトの妹……?」

 

「ってことは、“四皇”カイドウの──」

 

 ──娘。それを知り、スペード海賊団は一斉に揃えて……大海原の上で声を上げた。

 

「え~~~~~~~~~!!?」




エース→父親嫌いだけど割と父親の話は気になるし、父親に似ている
ヤマト→父親嫌いだけど使う技は父譲り。なんかエースを主人公っぽく書いてるとヒロインに見えてきた
ムサシ→父親嫌いだけど母親も嫌い。というか複雑。エースの船に乗った。
百獣海賊団→この後大パニック。怪獣パニック映画的な
カイドウ→この後大暴れ
ぬえちゃん→エース相手に優しい天使なぬえちゃん可愛い。けどこの後色々あってカイドウと大暴れ。

エースへの借りを返しました……と同時にムサシがスペード海賊団に(強引に)加入しました。この後白ひげとも会います。カイドウとぬえちゃんが鬼電します。次回はそれに加えて遂にクズとギフターズ。そして最後に原作の始まり。

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