正体不明の妖怪(になった男)、情緒不安定な百獣の腹心になる   作:黒岩

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世界最悪の犯罪者

 

 “東の海(イーストブルー)”のその町は別名“始まりと終わりの町”とも呼ばれている。

 ローグタウン。

 かつてあの“海賊王”ゴールド・ロジャーが生まれ……そして、死んだ町。

 

『おれの財宝か? 欲しけりゃくれてやる──探せ!! この世の全てをそこに置いてきた!!』

 

 その言葉により大海賊時代は始まり、世界中で“ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)”を手に入れんとする海賊達が次々と“偉大なる航路(グランドライン)”へと船を漕ぎ出した。

 そして東の海(イーストブルー)のこの町もまた、偉大なる航路(グランドライン)の入り口に最も近い町として多くの海賊たちが訪れるようになったのだ。

 

「わーい!! 3段アイスだーっ!!」

 

「こっちは5段~!!」

 

「おいおい走るとおっことしちゃうぞ」

 

 だが町は平和そのものである。

 

「あっ」

 

 それもその筈、このローグタウンには支部の海兵に比べると化け物扱いされる程の強さを持つ本部の海兵が駐在していた。

 その男は今、海賊達の目撃情報を受けて駐屯所から広場へと向かい──その途中でアイスを持って走ってきた幼女にズボンを汚されてしまった。

 だが男はアイスをぶつけてしまった幼女2人を見て屈むと、その頭に手を置いて懐から硬貨を取り出して言う。

 

「……悪ィな。おれのズボンがアイス食っちまった。次ァ5段と10段を買うといい」

 

 アイスを駄目にしてしまい、涙目になった幼女に謝罪する海兵。強面だが、民間人に対する優しさはきちんと持ち合わせていた。

 だがそれを終えるとすぐに表情を一変させる。遅れてきた部下を叱責し、海賊を容赦なく捕らえる“野犬”としての顔だ。

 

「スモーカーさん!! 遅くなりました!!」

 

「たしぎィ!!! てめェ、トロトロと何やってた!!!」

 

 刀を持って遅れてきたことを謝罪する女性は男と同じく海軍本部の海兵。階級は曹長だ。

 だがそれでも支部の海兵よりは強い。偉大なる航路(グランドライン)の支部を除き、4つの海にある支部と本部では、階級に3つ程の差がある。

 支部の大佐なら本部の大尉程度。本部の少尉なら支部の少佐クラスの実力を持つ。

 ゆえにこの2人の強さは東の海(イーストブルー)においては際立っていた。特に、男の方は悪魔の実の力を持ち、この町に赴任してからただ1人の海賊も逃したことのない凄腕の海兵。

 

『海軍本部大佐“白猟のスモーカー”』

 

『海軍本部曹長たしぎ』

 

「ついて来い。もう広場で事は起きてる!!」

 

「はいっ」

 

 部下の海兵達も連れて広場へと向かう頼もしい彼らの姿を、善良な町の人達は安心して見送った。

 先程、アイスをぶつけてしまった親子も──

 

「お父さん!! お金貰った!!」

 

「ははは、それじゃあもう一度アイスクリーム屋さんに寄ろうか。──そっちのお友達も、もう一度一緒に来るかい?」

 

「一緒に行こー!」

 

 金髪のわが子の喜ぶ姿を見て、そして娘がアイス屋に行く途中で知り合いお友達になったという黒髪の幼女にも一緒に声を掛ける。

 するとその幼女はしばらく海兵達を見ていたが、声を掛けられたことで振り向き、ニッコリと笑った。

 

「……うん! それじゃアイス屋さんにレッツゴー!!」

 

 その赤い目を持つ少女は幼女の姿のまま幼女と手を繋ぎ、仲良くすぐ近くにあるアイスクリーム屋へと戻っていった。

 そして2人して貰ったお金で5段のアイスを買うと、少女は空をチラッと見た後に幼女とその親に声を掛ける。

 

「あっ、私そろそろ行かなきゃ」

 

「え~!! もう行っちゃうの~?」

 

「娘と遊んでくれてありがとね」

 

「うん! それじゃあまたね~♪ おじさんもありがと~!!」

 

「また遊ぼうね!!」

 

 そうして手を振って別れを告げると、少女は路地裏へと小走りで駆けていった。

 そしてそれを見た親は自分の娘へと笑顔で尋ねる。感心した様子で、

 

「……歳は同じくらいなのに1人で……しかもあんなにしっかりしてるなんて……お前も見習わないとな」

 

「え~! 違うよ! 私よりも()()()お姉ちゃんだったよ!」

 

「あれ? そうだったのかい? 大佐もそうだけど、人は見かけに寄らないもんだなぁ……」

 

 娘の言葉を聞いて首をひねった父親だったが、多分先に歳を聞いていたのだろう、多分1つか2つ年上なのだと当たりをつけ、そのことに疑問を持つことはなかった。

 

 

 

 

 

「これよりハデ死刑を公開執行する!!!!」

 

 ローグタウンの広場は観光地としても有名だ。

 何しろそこにあるのは“海賊王”が死んだ場所。世界政府の管理下にある特別な処刑台がある。

 その広場と処刑台が一望出来る建物の屋根の上に腰掛け、私は5段アイスを舐めながら町の人と同じ様にそれを見物する。

 

「……この町も変わらないなぁ」

 

 訪れたのは二度目だ。

 前に初めて来たのは、それこそロジャーが死んだ時。

 22年前のあの日、私は今のように屋根の上でその男の終わりと新たな時代の始まりを見届けた。

 

「最期に一言何か言っとくか? せっかく大勢の見物人がいる」

 

「…………」

 

「まーいいさ。言うことがあろうがなかろうが、どうせ誰も興味など……」

 

「──おれは!!!!」

 

 そして今──

 

「海賊王になる男だ!!!!」

 

「!!!?」

 

 また新たな男が、この場所で死に往こうとしている。

 海賊王になる宣言と共にだ。

 だがまだまだ無名に近い尻の青い若造のその宣言を、真面目に捉える者はまだ誰もいない。

 

「か……海賊王だと……!!?」

 

「……よりによってこの町で」

 

「なんて大それたことを……」

 

「いいたいことは……それだけだなクソゴム!!!」

 

「……ぐ!! ぎぎ…………!!!」

 

 しかも今はその男の絶体絶命の窮地。

 奇遇にもその海賊王の船に乗っていた男の持つ冷たい鉄の刃が今にも振り下ろされんとしている。

 彼の仲間も助けに向かおうとするが、広場にいる敵の数も多く、すぐには辿り着けない。

 

「ぎゃはははははは!! そこでじっくり見物しやがれっ!!! てめェらの船長はこれにて終了だァ!!!!」

 

 誰がどう見ても彼が助かる道はない。

 数秒後に訪れる死という未来を、私以外の誰もが見る。

 

「ゾロ!! サンジ!! ウソップ!! ナミ!!」

 

 それはその男でさえ──

 

「わりい──おれ死んだ」

 

 だが……()()()()()

 未来が見えている訳ではない。生き残るとわかっていた訳でもない。

 自らの死を受け入れ、人生の終わりを覚悟し、受け入れてなお……笑った。

 

「!!!」

 

 大気を叩く轟音。曇天の空から突然の大雨。

 そして広場に……処刑台に雷が落ちる。

 男を地獄へと送る鉄の刃は──天によって阻止された。

 

「──あはっ♪」

 

 処刑台が崩れ、麦わら帽子がひらひらと地面へ落ちる。

 

「なははは!! やっぱ生きてた。もうけっ」

 

 男はそれを拾い、屈託のない笑みを浮かべた。

 そうして仲間達と共に広場から西へ逃げていく彼を見て……私はアイスを口の中に放り込む。

 

「……あはははははは!!!」

 

 そして耐えきれず笑ってしまう。

 本当に生き残ったその男──モンキー・D・ルフィ。

 

「あはははは……はーっ……あー、笑った笑った」

 

 ──なるほど。これは確かに……伝説の幕開けだ。

 これを見れば確かに、男には何かがあると思わせる。

 私達から見ればまだひよっこで、いつでも潰せる相手には違いない。

 しかし私がここで彼らを潰す選択肢を取らないことも含めて……やはり彼らには天運があるのだろう。

 

「……さてと」

 

 立ち上がり、私もまた騒々しい広場から離れて西へ向かう。

 観光と見物は終わった。見たいものは見終わった。

 

「次は私の楽しみの時間ね♡」

 

 本命の目的を前に戦意を昂ぶらせながら、私はその存在を待ち構えた──楽しい戦いの時間だ。

 

 

 

 

 

「──“ホワイト・ブロー”!!!」

 

「“ゴムゴムの(ピストル)”!!!」

 

 西の港へ向けての道を先回りした海軍。

 麦わらの一味の内、ナミとウソップは既に自分達の船“ゴーイング・メリー号”で出航の準備を整え、ゾロはたしぎを足止めすることに成功する。

 だが待ち構えていた海軍本部大佐“白猟のスモーカー”を前に、サンジは吹き飛ばされ、それを見たルフィは腕を伸ばし、スモーカーの身体を殴りつける。

 だが……その拳はスモーカーの身体をすり抜ける。

 

「ん?」

 

 辺りに舞う白い煙。

 ルフィの背後に集まったそれがスモーカーの身体に変わった。

 

「お前が3千万ベリーだと?」

 

「!?」

 

 ──自然(ロギア)系悪魔の実“モクモクの実”の煙人間。

 この世界においても最強種と称され、4つの海と偉大なる航路(グランドライン)前半においては無敵にも思える力の前には、東の海(イーストブルー)の大物海賊達を尽く薙ぎ倒してきた“麦わらのルフィ”もあっさり捕らえられてしまう。

 

「フン、悪運尽きたな」

 

 物理攻撃を完全に無効化し、自らの身体でルフィを地面に押さえつけたスモーカーは背中の十手に手をかけ、とどめを刺そうとする。

 だがその時だった。

 

「そうでもなさそうだが……!?」

 

「!!」

 

 スモーカーの十手に誰かが背後から更に手で抑え込んでくる。

 その声と行動に振り向いたスモーカーはその姿を見て……思わず瞠目した。

 

「てめェは…………!!!」

 

 そこにいたのはフードを被った男だ。

 全身をコートで覆っているが、海兵であるスモーカーがその顔に刺青のある男を知らない筈はない。

 頭を押さえられ、顔を動かすことが出来ずに困惑するルフィを無視してスモーカーは男に話しかける。

 

「政府はてめェの首を欲しがってるぜ」

 

「世界は我々の答えを待っている……!!!」

 

 男は不敵な笑みを浮かべてそう言った。そしてその直後──

 

「突風だァ!!!!」

 

「!!?」

 

 海賊も海兵も──そこにあるものを全て吹き飛ばしてしまうかのような強烈な突風が巻き起こり、スモーカーの体勢も崩れ、ルフィも近くの仲間の元へ吹き飛ばされる。

 その場において立っていられたのは刺青の男だけだ。

 彼は仲間と共に港へ、海へと向かうルフィを見送り、嵐の中で笑う。

 

「フフ……行って来い!!! それがお前のやり方ならな!!!」

 

「なぜあの男に手を貸す!!! ()()()()!!!」

 

「──男の船出を邪魔する理由がどこにある」

 

 稲光が町を照らし、ドラゴンと呼ばれた男は再び手をかざす。

 スモーカーが苦い顔でそれを止めようとしたその瞬間──

 

「──用事が終わったなら次は私の相手をしてもらおうかな?」

 

「!!」

 

「!?」

 

 ドラゴンの目の前、スモーカーの背後からまた別の声が響いた。

 しかもそれは若い女の声であり、見た目もこの場に似つかわしくない少女であった。

 だがその姿を目にした2人の表情がまた一変する。

 黒い髪に赤い目……赤と青の変わった形の羽を持つ小柄な少女だ。

 一見可愛らしいただの女の子にも思えるが、その手にある長い三叉槍と羽の異様さが際立っており、得体の知れない雰囲気を醸し出している。

 そしてこの少女もまた、とてつもない有名人だった。ドラゴンに匹敵するほどに。

 

「てめェは…………!!」

 

「──雑魚には用はないよ」

 

「!!? ウガ!!!」

 

 ──そしてその強さも……圧倒的に格上だった。

 

「す……スモーカー大佐!!?」

 

「大佐も風に吹き飛ばされて来たんですか!?」

 

「ぐ……ハァ……くそ……煙のおれに……攻撃……!!」

 

 まるで路傍の石を蹴飛ばすように軽く足を当ててスモーカーの身体を吹き飛ばす。

 それだけで距離にして100メートルは吹き飛ばされたスモーカーは口から血を吐き、近くにいた海兵に介抱される。

 だがそれを為した少女の方はスモーカーを見てすらいなかった。眼中にない。その目はドラゴンだけを見つめている。

 

「……まさかこの海に、身の丈に合わない怪物が居ようとはな──“妖獣のぬえ”」

 

「それはあなただってそうでしょ──“世界最悪の犯罪者”さん♡」

 

「災害の様に被害を撒き散らすお前達程ではない……」

 

「あはは、いやいや政府は民間人の被害なんて気にしないし、政府からしたらあなたの方が“最悪”ってことになるんじゃないかな? 残念だけどね!!」

 

「……違いないな」

 

 先程まで不敵な表情を浮かべ続けていたドラゴンでさえ、その“ぬえ”という名の少女が現れたことで打って変わって険しい表情を浮かべている。

 世界最悪の犯罪者……革命軍の最高司令官であるドラゴンにとっても、この少女は危険な存在だった。

 

「それにしてもやっと会えて嬉しいな♪ こっちは何年も前から探してるってのに、全然見つからないんだもん。あなた達、中々の防諜力よね。褒めてあげる♪」

 

「……お前達が我々を探しているのはわかっていた。だが、こちらはお前達に何の用もない上、お前達は危険だ。情報にはより一層気を使っていた」

 

「うんうん♪ そうじゃないと世界政府を相手取るなんて難しいもんね!! でも──ここで会っちゃったのは想定外だったんじゃない?」

 

「…………そうだな」

 

 ドラゴンは顔に動揺を出さず、声を返しながらも考え込む。

 なぜバレたのか、単なる偶然なのか。それともどこからか情報を得てきた? だとしたらどこから? 内部にスパイがいるのか? なら一体誰が? 

 様々な考えが浮かんでは消える。世界政府を相手取るドラゴンにとって、情報の取り扱いは最も気をつけるべきものだ。敵は世界。CPという諜報機関とやり合うことだってあるが、情報は決して漏らさない。居場所がバレれば不利となることは明白だ。

 だがどういう訳か、政府の手の者ではないにしろ、居場所が漏れてしまった──となれば今後同じことが起きる前に迅速に対策を講じなければならない。

 すぐに帰って情報がどこから漏れたのか、偶然だったとしても念の為、また注意をしなければならない。

 だがそのためには──まずはこの場から……この得体の知れない相手から逃げる必要があった。

 

「ん~……やっぱり、こうして直に見るといいね。中々風格があって強そう♡」

 

「……直で見ると得体の知れ無さが増すな。見た目だけならとてもあの13年前の事件の主犯とは思えん……」

 

「あはは、やっぱ知ってる人は知ってるんだね~? でも手配書より可愛いでしょ♡ 感謝してもいいわよ。私に出会えたことと……あなた達の敵である天竜人をブチ殺してあげたことについて♡」

 

 あっさりと13年前の事件の真相を認め、ウィンクして見せるぬえ。そんなことは大したことじゃないと言わんばかりだ。

 やはり人を殺すことに忌避感などない、評判通り、むしろ楽しんでやるタイプなのだろう。見た目との違いも含めて危険な相手だった。

 

「……それで何の用だ?」

 

「強いと噂のあなた達と遊ぼうと思ってね♪」

 

「! 戦争でもする気か!?」

 

「ん~今日のところは一対一で遊ぶつもりだけど……いずれ私達が“世界の大戦”を起こしたら、あなた達とも覇権争いをすることになるかもだし……それも面白そうだよねっ♡」

 

「……我々の敵は天竜人であって海軍でも海賊でもない」

 

 革命軍最高司令官であるドラゴンと百獣海賊団の副総督のぬえ。立場ある者同士の戦いは戦争にすら繋がる。

 それを知るからこそ不用意な戦いは起こさない。革命軍の敵はあくまでも世界を支配し、罪なき弱者を虐げる天竜人だ。

 天竜人の戦力であるゆえ、世界政府とも海軍とも戦うが、本命はその支配層である。

 敵は強大である。ゆえに海賊など……ましてや“四皇”を相手にしている余裕はない。

 だからドラゴンは戦わずに逃げることを考えた──が、ドラゴンはそこで相手の悪意を思い知った。

 

「あ、逃げるんだ。……でも今逃げたら……大変なことになるからね?」

 

「……! 何をする気だ?」

 

 ぬえが言う。西の港、そして町並みを眺め、口を弓形に変えて笑った。

 

「あはは!! そりゃあまあ……せっかく暴れるつもりで来たのに暴れられないなんて嫌だしね。その分の負債はさっき逃げた海賊たちとか……後は()()()に払ってもらおうかな♡」

 

「!! 貴様……!!」

 

 ドラゴンの顔が険しく歪み、そしてぬえを睨む。

 その相手を睨み殺さんとするその視線には、ドラゴンの“覇気”が乗っていた。それを感じ取り、ぬえがけらけらとより楽しそうな様子を見せる。

 

「いいねぇその視線!! あはは!! ほらほら、逃げたいなら逃げればいいよ~!! 私はしょうがないから、飽きるまでここで暴れとくからさ!!!」

 

「……!!」

 

「まあ明日以降の新聞で確かめればいいんじゃない? 可愛い私が行う東の海(イーストブルー)でのゲリラショーの……その結果をさ……!!!」

 

「…………」

 

 それを聞き、ドラゴンは動いた。

 黒い外套と豪雨と強風。薄暗い町の中に紛れ、ドラゴンはぬえの斜め上へと移動する。

 

「どうやらすぐに逃げることは出来ないようだな……!!!」

 

「!」

 

 突然ドラゴンの身体が消え、強風を超えた突風がぬえの身体を襲う。それを見たぬえは上空へと飛び上がった。

 だがそれと同時にドラゴンの身体がぬえの前で再び形を成し、その手が不思議な形を取った。

 

「“竜爪拳”……“竜の”……」

 

「! あはっ♡」

 

 手の小指と薬指、そして中指と人差し指をそれぞれ合わせる。

 まるで竜の爪を思わせる形を取り、そこに武装色の覇気を込めた打撃をぬえへと見舞い、対するぬえも三叉槍に武装色の覇気を込めて迎撃した。

 

「“鉤爪”!!!」

 

「!!!」

 

 瞬間──黒い稲光にも似た衝撃波が発生する。

 覇気の激突。それも、ただの覇気使い同士の激突ではない。

 

「……あはははは!! やっぱり、あなたも持ってるんだね!!!」

 

「っ……!! 正面からの力比べは不利か……!!」

 

 ──覇王色の覇気の激突。

 数百万人に1人の王の資質を持つ者同士の戦いが、この始まりと終わりの町で勃発した。

 

「楽しい戦いになりそうだね!!!」

 

 

 

 

 

 突然の巨大な嵐が巻き起こったローグタウンでは、住民達が屋内に急いで避難し、海兵や海賊達もどういう訳か海に漕ぎ出す事態となっていた。

 

「すごい……すごい……すごかったっぺ!!!」

 

 ──そんな中。

 嵐の中で感動し、思わず屋内への避難に遅れた者がいた。

 

「さっきの海賊……!! たしかモンキー・D・ルフィって言ってだっぺか……!!」

 

 彼の脳裏には先程の広場での出来事……突然の落雷で絶体絶命の窮地を生き延びた男の顔が浮かんでいた。

 

「天の奇跡だっぺ……!! もしやあの方は神……!? いや、もしかしたら本当に“海賊王”になるために生まれてきたお方かもしれないっぺ!!」

 

 彼は地元の町150を締める暗黒街のボス。地元ではそれなりに恐れられている男だった。

 しかしそんなものはちっぽけなものだと今思い知った。衝撃を受け、感動した。

 あんなこと、自分には出来やしない。

 だからこそ憧れた。そう、“憧れ”だ。彼が初めて知った感情。初めて尊敬出来る相手。

 奇跡に打ち震え続けるその男は嵐の中など物ともせずに先程の映像を頭の中で何度も繰り返す。

 

「すごいものを見てしまったっぺ……!! 海賊……手配書ももしかしたらあるんでねーか? 帰ったらすぐに確認──」

 

 そして避難が遅れたからこそ──予期せぬ危険にも遭遇してしまった。

 

「!!!」

 ──巨大な瓦礫。

 否、何かが飛来し、それによって建物の1つが倒壊した。

 その男は不運にも、凄まじいスピードで飛んできた何かに当たってしまったのだ。

 威力は十分に人が死ねるものである。だが彼は──

 

「あ……あぶねえっぺ~~!!?」

 

 ──無傷だった。

 傷一つなく、その場から吹き飛ばされるようなこともない。

 どういう訳か彼はその凄まじい威力の何かを受け止めきっていた。

 

「凄まじい嵐だべ……さすがに避難しねェと危なそうだっぺ。もっと感動を噛み締めてェが……ここは帰ってからゆっくりと振り返るっぺ!!」

 

 嵐の勢いに危険なものを感じたその男は急いでその場から離れていく。

 そして、彼には知る由もないが……結果的に、その判断はこの場において何よりも正しいものだった。

 

 

 

 

 

 その戦いは視界の悪い嵐の空の中で、人知れず行われていた。

 

「……!!」

 

「アハハハハ!!! 中々やるじゃん!!!」

 

 人々は知らない。

 今この町の空で起きている戦いは、仮に地上で起きたのならば町が更地になりかねない程の規模の戦いだということを。

 

自然(ロギア)系……“カゼカゼの実”の風人間……!!! 中々厄介じゃない……!!!」

 

「それならさっさと倒れてほしいものだな……!!」

 

 百獣海賊団副総督“妖獣のぬえ”と革命軍総司令官ドラゴン。

 空を飛ぶことの出来る両者の戦いはドラゴンが民間人や町への被害を避けるために宙に浮いた状態で戦闘に入ったことで、ぬえの方もそれに付き合う形になった。

 

「“烈風”!!!」

 

「!!」

 

 そしてその天候はドラゴンに味方していた。

 大嵐はドラゴンの力を助ける。ただでさえ強いカゼカゼの実の能力は周囲の天候を変えうる程である。

 だがそれは容易には使えないものだ。ゆえに偶然の大嵐はドラゴンにとって周囲の被害を少なくしながらも自らの力を増幅させる絶好の天候なのである。

 ドラゴンに圧倒的有利な天候での戦い。この状況でドラゴンに太刀打ち出来る存在は世界広しと言えどそれほど多くはない。

 だが……今相手にしているのはその数少ない“例外”だった。

 

「あはは!!! いいねいいね!! それじゃあこっちも弾幕行くよ!!!」

 

「!」

 

 ドラゴンの質量を持つ風を躱して、ぬえは弾幕を放つ。

 

「“正体不明”……“厠の花子さん”!!!」

 

「!! っ……!!」

 

 青い玉と途中で枝分かれをする赤いレーザーが放たれる。

 それも自然(ロギア)系のドラゴンにも通じるように覇気の込められたものだった。物理攻撃を無効化してしまう無敵に近い自然(ロギア)系の能力も、新世界レベルの戦闘では覇気によって実体を捉えられ、ダメージを受け流すことも難しい。

 より高度な流動変化……見聞色の覇気を用いた先読みによる回避など、工夫をする必要がある。

 ドラゴンは覇気もまた極まっていたため、それは容易ではあるが……相手が相手だ。

 怪物“四皇”の二番手。それも戦闘力は四皇にも匹敵するという“妖獣”が相手ではさすがのドラゴンも無傷とはいかず、頬に傷を作りながらも対抗している。

 

「“風竜の”……!!」

 

「おっと!! 背後が安全だと思ったら大間違いだよ!!! “正体不明”──」

 

 ドラゴンは雨の様に降り注ぐ弾幕を躱し、身体を風へと変えてぬえの背後へと移動する。

 その時、ぬえの背中の赤と青の羽が動いたが──構わない。傷を負わせるべくそのまま同時に技を放つ。

 

「“息吹”!!!」

 

「“赤マント青マント”!!!」

 

 ぬえの背中の羽から赤と青の光の玉が高速で射出される。

 それらは途中で赤と青のナイフへと変わり、ドラゴンの身体を傷つけた。

 だがドラゴンの方もただでは済まさない。覇気を拳の外部にまで通し、内部破壊を可能とする打撃を放った。

 

「!!」

 

 ぬえの羽にもまた覇気が通っており、そのドラゴンの攻撃を受け止める。

 だが意外な一撃ではあったのだろう。ぬえはその攻撃によって吹き飛んだ。

 それは常人なら身体を粉々に粉砕してしまうほどの威力を持った一撃だ。普通ならこれで倒せる。

 

「!」

 

 ……硬い!! 

 ドラゴンは手応えを感じたが、それは非常に鈍いものだった。

 当たりはしたが、鋼鉄を遥かに超える強度の肉体を破壊するには至らない。

 

「……あはははは……!!!  やるねぇ……!!!」

 

「! やはり怪物か……!!」

 

 宙に突如としてUFOを生み出し、自らの身体を受け止めさせたぬえはすぐに体勢を立て直しながら獣にも似た目を浮かばせ、不敵な笑みをこちらに向けていた。

 

「カイドウ以外で痛みを与えてきた相手は久しぶりだよ……!! 最近、めっきりやれる相手が少なくて退屈だったけど……あなたは良い感じね♡」

 

 その姿を見てドラゴンは思い知る。

 やはりこの少女は、見た目が少女なだけで、その強さと中身は恐るべき獣なのだと。

 恐ろしい妖獣としての本性を可愛い少女の皮で覆い隠している。

 それゆえに人はその姿に騙され、あるいは本性を知ってなおも得体の知れない恐怖を覚える。まさに妖怪であり妖獣だ。

 少女としてはありえないほどのパワーに耐久力、身体能力。覇気の強さ。

 それでいてその能力は未だどの情報筋でも全容が明らかになっておらず、性格も行動も気まぐれで予測が難しいのだから……なるほど。政府も対応に苦慮し、恐れる訳だと。

 

「“竜の鉤爪”……!!!」

 

 力量を鑑みてこの場で倒し切ることは難しいと判断する。

 どうにか動けなくするか、気絶でもしてくれるのが最良だが、それも難しいだろう。

 やはりタイミングを見て戦いを終わらせるしかない──そう思い、ドラゴンは更なる追い打ちを掛ける。

 

「あはははは!!! 竜の爪を模した武術もさすが!!! 中々の威力ね!!!」

 

「……!!」

 

 だがぬえはその攻撃を正面から受け止める。痛みもあるはず──だがぬえは不敵かつ悪魔の様な笑みを崩さなかった。

 

「でも生憎と……こっちは()()を受け慣れててさ……!!!」

 

 ──来る……!! 

 ぬえの力が増した。そして攻撃の気配が強くなる。

 ドラゴンは最大限の警戒と注意を払って、なおかつこちらも攻撃の手を休めないように努めた。

 

「──本物の竜の爪に比べたら大したことないんだよね!!!」

 

「っ……!!」

 

 ぬえがドラゴンの手を弾き飛ばし、そのまま能力を使う──同時にドラゴンもまた能力での攻撃を選んだ。

 

「“正体不明”……“恐怖の虹色UFO襲来”!!!」

 

「“太刀風”……!!!」

 

 嵐の空に虹色の未確認飛行物体が次々と現れる。

 ぬえの代名詞とも言えるUFOだ。偉大なる航路(グランドライン)……特に新世界では、UFOが飛んでいたらそこは百獣海賊団のナワバリか、あるいは近くにぬえがいる可能性が高いと言われている。

 そのため海軍ではUFOに遭遇した時のマニュアルが作られている他、革命軍でもその対応は共有されている。海賊の世界においてもUFOを見たら逃げるのが半ば常識。撃ち落とすという選択も取れるが、それは百獣海賊団に弓引く行為とも取れるため、その選択肢を選べる者は恐れを知らぬ強者か勘違いをしてしまっている弱者。あるいはUFOが何なのかを知らない無知な者だけだ。

 実際、独立して動いているUFOを落とすのは一定の実力があれば難しくはない。大砲でも数発当てれば落とせるし、飛来する弾幕もそれほど激しくはない。

 ──だがぬえが近くにいて直接動かしているものは例外だった。

 

「……!! なるほど……厄介な弾幕だ……!!」

 

 ぬえが次々と生み出す虹色のUFOとそこから生み出される玉の羅列は、ほんの少し玉を切り裂き、UFOを破壊してもきりがないものだった。

 一機一機を破壊することは難しいことじゃない。

 だが弾幕の激しさは段違いであり、UFOの動きもぬえが動かしているせいか攻撃を躱したり、的確にこちらを追い詰めるような動きをしてくる。

 その上弾幕には当然の様に覇気を纏わせてくるのだ。当たればやはり傷を負う。払うなら一斉でなければ駄目だとドラゴンは再び風を生み出した。

 

「“風車”!!!」

 

 風の嵐。いわゆる竜巻の様に回転する風がUFOとそこから来る弾幕を打ち払おうとする。

 だがそれでもなお──ぬえは止まらなかった。

 

「ほらほら!! 革命したいならもっと“力”を見せてみなよ!!! この町が滅ぶくらいの力、あなたなら出せるでしょ!!!」

 

「……!! 弱者を切り捨てて得る勝利など欲しくはない……!!」

 

 ぬえは暴風の中に躊躇なく突っ込み、覇気を込めた槍を振るう。UFOを倒すのに十分な風だがぬえに攻撃を躊躇させるほどには及ばない──ドラゴンが本気にならないなら、それは不可能だ。

 しかしローグタウンの上空でドラゴンが本気の本気を出せば、町は吹き飛ぶ。この大嵐の比ではない、天候を変えるほどに能力を使えばぬえとの戦いもまた少し有利になるが、その代わりに尋常ではない被害が出てしまう。

 それをドラゴンは良しとしなかった。ゆえにぬえの方は僅かに苛立つ。

 

「わかってないなぁ……弱い奴は私達の食い物でしかない……!! 生かすも殺すも私達次第……!! そんなつまらないことに拘ってちゃいつまで経っても私達には勝てないよ!!!」

 

「弱者を切り捨てて勝利を得ても、世界は変わらない……!! 支配する者を変えることが目的ではないのだ……!!!」

 

 ドラゴンの意志が覇気となり、相手を打ち倒す力となる。

 だが相手もまた強い意志を持つ。ぬえの覇気は一切揺るがない。

 この海で信念の旗を掲げる者達の戦闘は、決して言葉では解決しない。どれだけ話し合っても平行線で交わることがない。相手の言葉や社会のルールに説き伏せられるような信念ならば、最初から海に出ることはない。

 ゆえに戦いの場で交わす言葉は自己の意思表示であり、相手を説得するものではない。

 そして善良な意志も邪悪な意志も戦いの場においては平等だ。善悪の区別などさして意味はない。

 ──勝った方が正義なのだから。

 

「“遊星よりの弾幕X”!!!」

 

「!!」

 

 記号の形をした細かい弾幕がドラゴンに襲いかかる。

 ドラゴンはそれを躱しながらも、やはり同時に近距離で攻めてくるぬえの攻撃を何とか防御していた。

 形勢は不利。だが、ドラゴンの意志はここでの敗北を許していない。

 

「…………いずれにせよ、世界は変わるだろう」

 

「変わるんじゃなくて変えるのよ!! 私達──百獣海賊団がね!!!」

 

 赤い羽と青い羽がそれぞれドラゴンに向かって伸びる。当たれば人間の1人や2人は容易に串刺しになる威力だ。

 その凶悪な意志の籠もった殺意を受けながらも、ドラゴンは紙一重でそれを避けて肉薄する。

 

「時代のうねりは止まらない。変革の時はすぐそこまでやってきている」

 

「あはは!! さすが!! よくわかってるね!! もうすぐ世界を舞台にした最高の戦争が起きるんだよ!!! 予告するまでもなかったかな!!?」

 

「……先程は、我々の敵は天竜人であって海軍でも海賊でもないと言ったが……」

 

「?」

 

 ドラゴンは言う。

 

「お前達がその支配を広げ、人々から自由を奪い、弱者を切り捨てる世界を作り上げるならば──」

 

 答えを待つ世界と目の前の怪物に、己の意志を。

 

「おれはお前達を……絶対に許さん!!!」

 

「!」

 

 絶対に折れることのない確固たる信念。

 海賊ではないドラゴンもまた、それを持ち合わせている。

 それを知ったぬえは、予想以上に骨のある相手だと喜悦の色を濃くした。

 

「……いいねぇ!! なら、是非止めてみてよ!!!」

 

 殺し合いは、強い相手がいてこそ楽しい。

 弱い者いじめなど二の次だ。満足の行く相手でなかった時の妥協点に過ぎない。

 

「世界を獲るのは私達で、“海賊王”になるのはカイドウよ!!!」

 

「世界を変えるのは我々だ……!!!」

 

 互いの覇気が天を割る程に高まっていく。

 ドラゴンが己の拳を竜の鉤爪へと構え、ぬえが三叉槍を振りかぶった。

 

「“風天”……!!!」

 

「“スピア・ザ”……!!!」

 

 ──そして互いに至近距離で激突する。

 

「“竜王”!!!!」

 

「“グングニル”!!!!」

 

 ──“東の海(イーストブルー)”ローグタウンの空はこの日……真っ二つに割れた。

 後に世界政府へと報告され、代わりも兼ねて派遣された海軍本部の海兵が訪れた時には両者の姿は当然見られず。

 そして人知れず行われた世界を震撼させる竜と妖の戦いは一度、幕を下ろすこととなった。




アイスの幼女→3段アイスに武装色の覇気を込めてスモーカーのズボンを汚した幼女。彼女曰く「格上の覇気使い相手に煙となり体積を増やせば“的”になるだけ」……らしい。
アイスの幼女(真)→3段アイスの幼女の上位互換、通称“5段アイス”の幼女。スモーカーの左膝を汚した。彼女曰く「私の武装色を纏えば、この5段アイスがどれほどの凶器に変わるか……知らぬ訳でもなし」……らしい。その正体は不明。
バギー→後の五皇を死ぬ直前まで追い詰めた伝説の男。雷を受けてもすぐに立ち上がったし、監獄弾のことも知ってた。経歴を考えるとスモーカーにも勝てる。
ルフィ→とにかく運がいい。今のところはまだ運が良いだけ
スモーカー→今日も負け越し
たしぎ→似てるだけの人。最近は本当にただ似てるだけなんじゃないかと思ってきた。
古参ファン→ワンチャンバリバリ食ってたら今だとルフィより強いまでもある。
ドラゴン→世界最悪の犯罪者(政府にとって)。本作だとカゼカゼの実です。個人的に考察した結果の独自設定ということでご了承ください。
ぬえちゃん→世界で1番可愛い犯罪者。久しぶりに結構本気で戦って楽しそうなぬえちゃんかわいい。

ということで麦わらの一味の伝説の始まりと裏でドラゴンとの戦いでした。次回はまた観光したり新世界で色々起きてたり。
それとワンピース97巻で飛び六胞の年齢が判明しましたので、過去の回を幾つか編集しました。大きな変更点としては、“飛び六胞”と“小人族”の話を後の方に移動させたことです。後、フーズ・フーの初登場であったり、出てくる飛び六胞の年齢によって多少口調や役職が変わっていたりしますが、既にここまで読んでくれてる人は見なくても問題ないかもです。気になるよって人は多少面倒でお手数をかけるかもしれませんが、過去回を見てみるといいかもしれません。
という訳で次回をお楽しみに。

感想、評価、良ければお待ちしております。

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