正体不明の妖怪(になった男)、情緒不安定な百獣の腹心になる   作:黒岩

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砂漠の王

 ──その事件は数ヶ月前に起きた。

 

「さあて……これで終いだな」

 

「ウウ……くそ……!」

 

 船の上でその男は得物である長い包丁にも似た片刃の剣を納めた。

 男の名はサッチ。

 泣く子も黙る“四皇”白ひげ海賊団4番隊隊長──白ひげ海賊団の台所を預かる隊の隊長を務める男だ。

 彼は今この新世界の海……白ひげ海賊団のナワバリの外れに入ってきた海賊団をその力で黙らせたところだった。

 彼らは傘下に入ることをも拒否し、無謀にも白ひげの首を取ろうと考えたルーキー海賊団。

 ナワバリの島を荒らし、カタギにも迷惑をかけたその海賊達を、直参である隊長達の1人であるサッチが潰しに来るのは当然のことだった。

 

「それじゃあ積荷を適当に奪って……ん?」

 

 倒れた海賊達を跨いで積荷でも運ぼうかと甲板を行くサッチの目に、1つの宝箱が目に入った。

 

「! やめてくれ!! その宝は……!!」

 

「へえ、大事なものか」

 

 辛うじて意識を保っていた海賊が手を出さないでくれと懇願する。

 だがサッチはその言葉には耳を貸さず、宝箱に手をかけた。

 

「だが悪いな。さすがに命も取らず、積荷も奪わず……って訳にはいかねェんだ。命は拾わせてやるから諦めてくれ」

 

「……!!」

 

 その言葉に海賊は苦渋の表情を浮かべた。ぐうの音も出なかった。

 白ひげ海賊団は善良な海賊……海賊に良いも悪いもないだろうが、少なくともそのナワバリの島々に住む領民にとっては良い海賊だった。

 カタギには決して手を出さず、薬物や奴隷などの悪どい商売にも手を出さない。ナワバリの島を他の海賊達から守り、みかじめ料も人が人らしい生活を営めなくなるような量を取らない。

 四皇を始めとする凶悪な海賊達が跋扈し、海軍の影響力が薄い新世界において、白ひげ海賊団は多くの人々を”仁義”の下に守る王道の海賊だった。

 挑みかかってくる他の海賊もよっぽど相手が強かったり、悪どい相手でもなければ殺しもしない……だが、それでも挑みかかってきた以上はタダで帰す訳にはいかない。

 死なない程度に叩き潰し、物資を略奪する。賞金首であれば取次人を通じて海軍に引き渡したりもするが、今回の相手は物資だけで許されたのだ。これ以上は望めない。でないとシメシがつかない。

 

「! こいつは……」

 

 だからサッチはその宝を持ち帰ろうと中身を確かめた。そして……その中身を見て驚いた。

 

「悪魔の実じゃねェか……」

 

 特徴的な唐草模様を持つその果実はまさしくこの海の秘宝である“悪魔の実”だった。

 

「ビビったな……さすがに実物を見るのは初めてだ」

 

 紫色をしたその不気味な果実を手に取り、立ち上がる。白ひげ海賊団に所属して10年以上経つが、そんなサッチでも悪魔の実の実物を見るのは初めてだった。単に能力者であれば白ひげ海賊団にも何人もいるし、この偉大なる航路(グランドライン)ではそれほど珍しくもないのだが……。

 

「どうしたものかねェ……」

 

 その実を片手で眺めながら息をつく。白ひげ海賊団では宝は基本、一旦は収めてから分配するのだが、悪魔の実に関しては見つけた者がそのまま口にしていいルールとなっている。

 これは海の秘宝とも呼ばれ、売れば最低でも1億ベリーは下らず、食べればどんな能力であっても弱くなることはないその実の扱いで揉めないために作られたルールだ。

 ゆえにサッチはこの悪魔の実を食べる権利を持っていた。

 だが悩みどころでもあった。食べれば海に嫌われるためカナヅチになってしまう。海賊にとって、そしてコックとしての職務もある彼にとっては少なからず痛手ではあるのだ。

 しかしそれでも食べる者が後を絶たないのは、それによって得る能力が戦闘能力の向上に繋がる可能性が高いからだろう。

 何と言おうがこの海では力がない者が死ぬ。力なき者は己を通すことの出来ない海だ。

 力を得るために悪魔の実というのはまさに天からの賜り物。手っ取り早く力を得るためにもってこいの代物だった。

 

「……とりあえず帰ってからだな」

 

 だが……一先ずサッチはその選択を先送りにした。

 気持ちとしてはせっかく見つけたのだ。食べても良いか……という風に気持ちが僅かに揺れ動いているが、そこまで積極的に食いたいとは思っていなかったのだ。

 火力が自由自在なメラメラの実や冷蔵庫いらずのヒエヒエの実……あるいは男のロマンの塊であるスケスケの実とかであれば食べたいと思うが、前者は最近入った仲間と海軍本部大将が既に食べている。

 スケスケの実であればいいな、と思い、一先ずサッチは本船に持ち帰ってこの実を話のネタにでもしようと思った。見せびらかし、それから食べるか食べないか……どっちを選ぶかはまだわからないが、それからでも遅くはないだろうと。

 

「──ゼハハハハ!! おいサッチ!! こっちは終わったぞ!!」

 

「っと……来たか。うるさい男が」

 

 そんな時だった。船内からバカ笑いをしながら大柄な男が現れる。

 白ひげ海賊団の2番隊の隊員であるティーチだ。その姿を見てサッチは苦笑する。ガサツかつ下品な男ではあるが、ティーチは白ひげ海賊団にもう20年以上も在籍する古株であり……そして友達であった。

 だから呼び捨てにされることも気にしてはいない。良く一緒に下品な話をする仲でもある。最近では新しく入ってきた新人達の面倒を一緒に見たりもした。

 そしてその時のことを思い出す。そういえば、悪魔の実の話で盛り上がったなと思い、サッチは手に入れた物を見せながらそのことを話題に出そうと口を開いた。

 

「ようティーチ。終わったか。後は積荷を運ぶだけだが……その前にこれを見ろ」

 

「!!! お、おおい……そいつは……!!?」

 

 ティーチに悪魔の実を見せる。すると今までに見たことない程にティーチは驚く様子を見せた。

 

「ハハ、さすがのお前でもビビったか」

 

「あ……悪魔の実……!!!」

 

「すごいだろ。さっきそこの宝箱から出てきてな」

 

 サッチは自慢気にそれを見せつける。ティーチの驚きっぷりが予想以上であったため、悪戯が成功した時のような気分になり、思わず笑みが漏れた。

 

「…………サッチ。そいつを……食うのか?」

 

「ん? あー」

 

 しばらく無言になったティーチが落ち着きを取り戻して質問してくる。そう改めて聞かれるとまた迷う。だがサッチは軽い気持ちで──

 

「──ま、食べてみるのもアリかもな。ほら、この間お前とエースとムサシとで悪魔の実の話したろ? メラメラとかはもう無理だけどよ……スケスケだったら良いよなァ……ハハハ!!」

 

「……ゼハハハハ……ああ……まァな」

 

 そう言ってサッチは笑った。対するティーチも笑う。その額には汗が垂れていた。

 

「もしそうだったらお前も誘ってやるよ、ティーチ。スケスケって触れたものもスケスケに出来るらしいぜ? 人は出来るかどうかわかんねェけどな」

 

「…………ああ、そりゃあ楽しみだ」

 

「おう。それじゃまずは船に帰ろうぜ。オヤジ達にも見せてやろう」

 

「…………そうだな」

 

 サッチがその実を手にしたままティーチに背を向ける。その瞬間、ティーチは甲板に転がってる物を一瞥し、1つの物に目をつけた。

 それは……海賊の装備であった鋭利な短剣。

 サッチの強さに為す術もなかったのだろう、短剣は綺麗で鋼の光沢がいっそ怪しいほどに光輝いていた。

 ティーチはサッチの後に続くように歩きながら……その短剣を手に取る。

 

「ああ、そうだ。この間良いチェリーが入ったんだ。帰ったらチェリーパイ焼いてやるよ。お前好きだろ? ちょっと色々試すから試食してくれ」

 

「……おお……そいつは楽しみだ」

 

 サッチはティーチを全く警戒していない。もしこれが敵であれば、背後で短剣を取ろうが何をしようが察知することが出来ていただろう。見聞色の覇気は相手の攻撃の意を読み取ることが出来る。

 集中し、警戒していれば背後からの攻撃も避けることは難しいことではないが……信頼する友人しかいないこの場で見聞色を発揮することはない。

 ──だからこそサッチは気づかなかった。

 

「……ん? どうしたティーチ。急に黙っ──」

 

「!!」

 

「…………あ…………?」

 

 ──サッチの左胸から……赤い()()が迸る。

 サッチは何が起こったのか分からなかった。

 自分の胸に熱いものを感じる。口から血が漏れ出る。

 だが理解出来ない。

 背後から刺された──なぜ? 

 

「……ティー……チ……」

 

 ゆっくりと倒れていく。

 背後に居たのは自分の友人で、自分を刺したのも彼だった。

 

「なんで…………」

 

 ──それが最期の言葉だった。

 甲板に倒れ、血の海に沈むサッチの表情は困惑に満ちていた。

 だがあるいは、それが救いだったのかもしれない。友人に裏切られたことを知ることがなかったのだから。

 

「……ゼハハ……悪ィな……サッチ……!!」

 

 ティーチは短剣から手を離し、返り血を浴びたまま代わりに甲板に転がったそれに手を伸ばす。

 血溜まりの上に転がっていたのは──サッチが手に入れた悪魔の実だ。

 

「ゼハハハハハ……!!」

 

 ティーチはそれを手に取り笑うと、血が付着しているのにも拘わらずその実に齧り付く。

 

「ゼハハ……不味い……死ぬほど不味いなァ……!!!」

 

 悪魔の実は不味い。そう聞いていたが、想像を上回る不味さだ。

 だがティーチは笑いが止まらなかった。悪魔の実は不味いし、親友を殺したのだ。後味が悪いに決まっている。

 だがそれを上回るほどに……ティーチは今、絶頂していた。

 

「ゼハハ……ゼハハハハ……ゼハハハハハハ!!!」

 

 体の内側から湧き上がってくる力。己の体が変異した不気味な感覚。

 それに酔いしれ、彼は笑った。

 

「遂に手に入れたぞ……!!! これでおれァ……最強になれる!!!」

 

 ──海賊になって30年近く。

 昔見た悪魔の実図鑑。そこに載っていた悪魔の実の歴史上、最も凶悪とされる能力。

 最強種、自然系(ロギア)の中でも異質なその能力を得るため。そのためだけに白ひげの船に乗っていた。

 

「運命はおれを選んだんだ!!!」

 

 運が無ければこのまま白ひげの船の名もなき船員として骨を埋めることも覚悟していた。

 白ひげという偉大なる男を尊敬していたし、慕ってもいた。サッチも紛れもなく親友だった。それらは全て事実。

 ──ただそれは“野望”に代えられるものではないというだけ。

 

「ゼハハハハ……さァ……成り上がってやるぜ……!!」

 

「ウ……なんだ……あいつは……!?」

 

 その一部始終を見ていた海賊達はティーチの狂気に恐れを抱く。

 そしてティーチもまた、海賊達がまだ生きていることを知っていた。

 

「ゼハハ……それじゃあまずは時間を稼いで姿を隠すためにも……目撃者を消さねェとなァ……!!!」

 

「!! やめ──」

 

 断末魔と血飛沫が上がる。

 白ひげ海賊団において何よりも犯してはならない“仲間殺し”という大罪。その裏切りを始まりとし、新たに海賊として産声を上げた男の名は“黒ひげ”マーシャル・D・ティーチ。

 この後に始まる大事件の引き金となった男である。

 

 

 

 

 

 その国は“偉大なる航路(グランドライン)”でも有数の文明大国だ。

 偉大なる航路(グランドライン)“楽園”にある夏島“サンディ島”。

 東西南北1000Km以上もある巨大な島であり、この島全体を領地とする“アラバスタ王国”は世界政府発足当時からの加盟国でもある。

 有名なのは砂漠。そして──()()()()()だ。

 

「へぇ……“火拳のエース”が白ひげの船から仲間を殺して脱走した黒ひげを追跡中ねぇ……あ、この香水良い!! おばさんこれちょうだい!!」

 

『ええ。それでムサシお嬢様も火拳のエースを追って海に出たみたいね』

 

「あー、そうなんだ。あっ、こっちの洋服もいい!! 貰ってこ~♪」

 

『フフ、随分とアラバスタをお楽しみのようね、ぬえさん』

 

 電伝虫を手に持ちながら、私は市場でお買い物をする。場所はアラバスタ王国の港町ナノハナ。香水で有名な町だ。

 そして電話の相手はウチの大看板“戦災のジョーカー”ことステューシーだ。

 普通はこんな遠方で電伝虫の会話なんて海軍やCPに盗聴されちゃう危険性があるけど、生憎とこっちにはCPの総監のステューシーがいるし、その伝手で盗聴妨害用の念波を出す希少種の白電伝虫もある。情報を取られることはない……まあそれはそれとして渡す必要性はあるんだけどね。

 

『それで、今なら捕まえることも難しくはないけど……追手を出してもいいのかしら?』

 

「ん~それはいいんじゃない? 場所さえ分かってればどうにでもなるしね♪ それより、カイドウはどうしてる?」

 

『カイドウさんなら海軍の艦隊を沈めて帰ってきてまた飲み直してるわ』

 

「いつも通りだねぇ……」

 

『ええ。でもぬえさんがドラゴンと戦ったことはまだ伝わってない筈だから、聞いたらまた怒りそうよ』

 

「だって戦いたかったんだもん。もし怒ってもその時はその時だね!!」

 

 カイドウの方は相変わらずのようだ。まあ酔ってない時は真面目だし、私がドラゴンと戦ったことを聞いたら“何してんだ”と軽く怒るだろう。怒るというか注意だろうけどね。私や大看板や飛び六胞などが独自に動いても後で説明しておけば問題ない。実力と地位があれば細かいところはどうだっていいのが私達だ。

 

『しかしぬえさん。さすがにドラゴンとの戦いで政府にもぬえさんが東の海にいたことがバレてるわ』

 

「政府も頑張ってるみたいでいいんじゃない? よっぽどのことがなければ私に手を出すことはないと思うし。良くて牽制かなー」

 

『ええ。こちらでも動きがあったらまた知らせますわ。それと……ぬえさんは今から、そこで何をするつもりで?』

 

「あー、それはね──」

 

 私は町の外れの方へ、ここで買った踊り子の衣装を身に纏いながらルンルン気分で歩いていく。

 そうすると、周囲からドタバタとこちらに駆け寄ってくる雑魚の声が聞こえた。

 

「お、おい!! マジでやるのか!? あの“百獣”の副総督に勝てんのかよ!!」

 

「ならお前は降りろよ!! 仕留めれば昇格は間違いねェぜ!!」

 

「ああ! それに見たところ、弱っちそうなガキだった!! あれなら勝てる!! 全員で仕留めるぞ!!」

 

『あら……フフフ♡ もしかして、またゲリラライブでも?』

 

 受話器から声が聞こえたのだろう、ジョーカーが愉快そうに笑い声を漏らす。それに私も笑顔で答えた。

 

「見つけたぞ!! “妖獣のぬえ”!!! てめェの首に懸けられた何十億って賞金、おれ達が貰い受けてやる!!!」

 

「そうそう♪ ちょっとゲリラライブでもしつつこの国の裏社会見学……あの()()()の顔でも見てみよっかなーってね♡」

 

『! それはそれは……あのワニさんもお気の毒ね』

 

「おいてめェ!! 聞こえてんのか!!? 無視してんじゃねェよ!!」

 

 私はジョーカーにこれからやることを説明して会話を楽しむ。もっと色々話しておくこともなくはないが……周囲の雑魚がそろそろうるさくなってきたので相手をしてあげよっかなと私は彼らを見て嘲笑する。

 

「あはははは♪ 私を仕留めるって聞こえたけど……それって独断でしょ? あなた達、すっごいバカだねぇ♡」

 

「あァ!!?」

 

「独断……って独断に決まってんだろうが!! おれ達は賞金稼ぎなんだからな!!」

 

 一瞬、彼らは動揺しかける。特にボロを出すことはなく教育が行き届いてはいるみたいだけど……残念。私の見聞色は誤魔化せないし、そもそも私は彼らの素性を知っているのだ。

 だからこそ独断だと決定付ける。彼らのボスが、私を狙うなんてバカなこと、する筈がないからだ。

 

「……ねぇ、“ちぎっては投げ”って言葉知ってる?」

 

「おいバカにしてんのか!!」

 

「いいからやっちまおうぜ!! 油断してるなら今がチャンスだ!!」

 

 そう言って自称賞金稼ぎ達が武器を構えて今にも飛びかかってきそうになる。……それを私に全力で当てたところで傷なんて負わないんだけどなぁ。でもそれがわかってるなら最初から私に挑んでこないだろうし、挑んできてくれたからこそ遊べるんだから良しとする。

 

「──それじゃ今からあなた達を……ちぎって投げるね♡」

 

「え……」

 

 最初に私の近くまで到達した男の手を掴み取り──そのままちぎってやる。

 そしてそのまま地面にポイと投げ捨てた。空気が死ぬと同時に男の絶叫が響く。

 

「ぎゃああああああああああ!!!」

 

「っ……!!?」

 

「あ……あ……!」

 

「ウソ……だろ……!!?」

 

 男たちが絶句し、言葉を失っている。

 せっかくなので私も彼らに一度だけチャンスを上げたのだ。攻撃を一度だけ、当てさせてあげた。

 だが彼らの攻撃は何も通じない。

 私の柔らかくてすべすべの肌には刃も銃弾も何も通じない。

 それを見て得体の知れない恐怖で染まった彼らの心に、改めて絶望と死の恐怖をあげるために私は可愛らしく小首を傾げ宣告する。

 

「あなた達1人1人の手足を……一本一本、丁寧にちぎって投げてあげる♡」

 

「うっ……うわああああああ!!!」

 

「く、くるな化け物ォ~~~!!!」

 

「う、ウソだ……おれは……おれ達は……もう少しで()()()()()()()()()()になれる筈で──」

 

 ──そして私は、彼らの手足を宣言通り一本一本ちぎり捨ててあげた。良い感じの恐怖で気分は良かったが……やっぱりドラゴンの後だと少し退屈だね、と私は飛び上がって目的地である北へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 世界政府加盟国であるアラバスタ王国には海兵が配置されていない。精々がアラバスタ付近の海を見回るだけである。

 その理由は簡単だった。この国には政府からの信頼に厚いある男がいるからである。

 発足当時から名を連ね、20年間この海で海賊を狩り続け、一切の問題を起こさない男。

 ダンスパウダー使用疑惑によって国民からの信頼を失いかけているアラバスタ王国国王──ネフェルタリ・コブラよりも、今では民衆から人気のある男。

 英雄とまで称されるその男は──海賊であった。

 

「あっ!! クロコダイルさんだ!!」

 

「クロコダイルさま!!」

 

「サー・クロコダイル!!」

 

 アラバスタ王国北西のオアシスに建てられた町──レインベース。

 その町は巨大なカジノを中心とした歓楽街として有名であり、国を悩ませている水不足からもほぼ無縁の町であった。

 その町のカジノ、レインディナーズの室内へと顔を現したのは顔に傷のある風格のある男。

 悪人面と言って差し支えのない顔つきだが、その人気は店内にいる客が一斉にその名を呼び、コールを続けるほどだ。

 だがその人気に不自然さはない。何しろ彼こそが、このアラバスタ王国を海賊の手から守る海賊なのだ

 

『“王下七武海”海賊 サー・クロコダイル 元懸賞金8100万ベリー』

 

「フン……」

 

 彼はカジノの中を通り、室内へと戻っていく。

 今しがた、町で暴れた海賊を潰し、戻ってきたところであった。

 そのことも含めて、日頃から海賊を狩ってくれていることに感謝し、民衆は喝采をあげる──が、クロコダイルは鼻を鳴らしながら内心でこう思う──「バカな愚民共だ」と。

 それは嘲笑であり彼らを見下しているものだったが、バカでいてくれて助かるとも彼は思っている。何しろ彼の計画は民衆がバカであればあるほど成就までの時間に近づくのだ。

 ──アラバスタ王国の乗っ取り。それを成し遂げるために4年もの月日を使って資金と社員を集め、裏工作を続け、国民を煽る秘密犯罪会社“バロックワークス”の社長Mr.0。

 それは彼の裏の顔であり、表の顔である七武海としての顔は、ただの人気取りであり素性を隠すためのカモフラージュに過ぎなかった。

 このカジノの経営も資金作りの一環である。社員を使うためにも計画を動かすためにも金は必要だった。

 そしてその計画も終わりが近く、そのためにも社員を動かして障害の排除を命令する。

 そのための地下へとクロコダイルは向かおうとした。だが──

 

「すっごい人気だね♪」

 

「!」

 

 ホールではなく地下室へと帰っていく途中──クロコダイルは背後から話しかけられた。それに反応し、すぐさま対応をするべく振り向く。

 だがその瞬間に彼は顔の色を変えた。それもその筈。そこにいたのはこの前半の海にいるはずのない怪物だったから。

 

「てめェは…………ぬえ!!!」

 

「ま、私の方が人気だけどね♡ ──ってことでお初だね~~~砂ワニくん♪」

 

『百獣海賊団副総督“妖獣のぬえ”』

 

 “四皇”で最も危険と言われる百獣海賊団の二番手である化け物。

 その登場にクロコダイルは身を低くして一瞬で警戒を最大限に高める。

 

「あらあら、どうしたの? そんなにビビっちゃってさ♪ 私がそんなに怖いの?」

 

「貴様……何をしにきた……!!?」

 

「何ってただの観光よ観光♡ この島には来たことがなかったし、暇だから観光しようと思って町を見て回っててね~。だからこの町でも遊ぼうと思ってカジノに来て……それで観光ついでにワニ野郎くんの顔でも拝んでおこうかなーってね♪」

 

 右目でウィンクをしながらそんなふざけたことを宣う怪物に、クロコダイルは歯をギリギリと噛み締める。そんな訳がないだろうと。

 

「ただの観光だと……? そんな与太話をおれが信じるとでも思ってるのか?」

 

「そうね、ただの観光♡ だからほら、せっかくだしもてなしてよ。VIPルームがあるんでしょ? 美味しいご飯でも出してくれない?」

 

 クロコダイルはその要求に頭を働かせて考える。

 この場で戦うことなどありえないため、どうにかして追い返すしかないが……このイカれてるという噂の怪物には話が通じない。妖獣は予想もつかないようなことをして人を苦しめる愉快犯だと聞く。この要求が本当であればさっさと観光をして帰ってもらうのが1番良いが、嘘をついている可能性も十分にある。

 だが機嫌を損ねるのもマズい。ゆえにクロコダイルは様子見を兼ねて会話を行った。

 

「……七武海と四皇は敵同士だ。お前がおれと接触していると政府に知れると問題になる」

 

「え~? そんなもの、バレなければいいじゃない。私はへーきよ?」

 

「…………」

 

 ぬえの言葉は尤もではある。バレなければ問題はない。

 実際クロコダイルは政府にバレないように問題行為を行っているのだ。

 それにクロコダイルは政府から信用されている。四皇の勢力が……それもたった1人でこの国にやってきたことくらい、幾らでも誤魔化しが利く。

 そう考えるともてなすくらいは問題ないのかもしれないが……それはぬえが嘘を言っていなければの話だ。

 ゆえに意を決してクロコダイルは質問を口にした。

 

「……てめェはおれを消しに来たのか?」

 

 それは1番危惧されるものだった。

 無論、戦えばただで負けるつもりはないし、勝つつもりではある。あるが……勝つことが難しいこともクロコダイルはわかっていた。

 だからこそ、何らかの目的で自分を消しに来たのならそれは危うい。元より四皇と七武海は敵同士なのだし、百獣海賊団はそもそも暴れることに理由をつけない蛮族のような集団でもある。

 ただ殺し合いがしたいという気まぐれな理由で殺しに来ても不思議ではなかった。

 ──だがその推測は的外れなものだった。

 

「……え? そんなつもりはないけど?」

 

「……!」

 

 クロコダイルのその質問に……ぬえは心底不思議そうに首を傾げ、頭に疑問符を浮かべた。

 その反応にクロコダイルもまた困惑してしまうが、再度理由と共に質問を重ねる。

 

「……さっきも言ったが、四皇と七武海は敵同士だ。てめェがおれを消しに来ることは十分にあり得る。ましてや()()()()はイカれてるからな……!! おれと戦いに来た訳じゃねェって言うなら、てめェは何をしに来た!?」

 

「えー戦う? 戦ってどうするの? あなたみたいな雑魚ワニと私が戦っても弱い者いじめにしかならないと思うけど」

 

「っ……そんなに死にてェなら試してみるか?」

 

「──はぁ?」

 

 一瞬、ほんの少し言い返したところで、ぬえの圧が増す。クロコダイルの身体は一瞬にして強張った。

 だがそこからぬえはクロコダイルの恐怖を読み取ったのだろう。それを感じ取ったぬえは笑みを深め、そのまま大笑いしてしまった。

 

「あはははははは!!! あはは……!! そんなに虚勢張っちゃって……あなたみたいな雑魚が私を殺せるわけないじゃない……!! あっはっはっはっは!!! 強がっちゃって……ワニガキくんってば可愛いでちゅね~♡」

 

「……!! てめェ……!!」

 

 その子供扱いのような煽りに我慢がならず、クロコダイルは青筋を立ててぬえを睨んだ。敵意と殺意をぶつける。

 だが戦意を剥き出しに出来たのはそこまでだった。

 

「──私を誰だと思ってるの?」

 

「!!!」

 

 大笑いをやめたぬえが不敵な表情のまま威圧感が増した。

 それは数百万人に1人の王の資質──覇王色の覇気。

 その圧力にクロコダイルは怯む、怯んでしまう。

 それを見たぬえが愉快そうに口端を少し吊り上げた。

 

「あんまり意地張って虚勢を張るものじゃないわよワニガキくん? 私とあなたじゃ、海賊の格が違うんだからさ。楯突く相手を間違えると痛い目を見ることになる……!! ふふ♡ 自分でもわかってるんでしょ?」

 

「く……!!」

 

 ゆっくりと近づいてきてぬえは挑発する。

 クロコダイルは動けなかった。相手はただ歩いてるだけ。攻撃のチャンスだ。

 右手で相手を掴むだけで、クロコダイルのスナスナの実の能力は相手の体から水分を奪い、干からびさせることが出来る。

 だがどうしても、どうしても──勝てるビジョンが浮かばなかった。

 

「あなたみたいな態度がデカいだけの雑魚海賊なんて──この海には幾らでもいるんだから♡」

 

「……!!」

 

 ぬえはクロコダイルの真横を通る瞬間にそう言った。そう言って威圧し……クロコダイルを見下し笑う。

 

「あはは♡ ほんと、あなたって口先だけで弱いんだね? ──この腰抜け野郎

 

「! 何だと……!!?」

 

 コケにされれば怒りを見せることは出来る。

 しかしそれ以上行動に移すことが出来ないのだ。

 そしてそれを見抜いているからこそ、ぬえはクロコダイルを腰抜けと評する。

 

「あれあれ怒った? でもさぁ……海賊ならここで挑みかかってきても良いはずだよね~?」

 

「!」

 

「ふふ……でもそれなのに、あなたは私に何もしない。それはつまり──あなたが心の底から負け犬だからよ」

 

「っ、黙れ……!!」

 

「あはは♡ 海賊王を目指そうって海賊なら、ここまでコケにされて黙ってる理由はないと思うんだけどねぇ♡ 私だったら絶対黙ってないし……でも黙ってるってことは、あなたは私に勝てないって自分で自分を諦めてるんでしょ?」

 

「っ……!!」

 

 ぬえの煽りに殺意を持って睨み返す。

 だがそれをしてもぬえは煽ることをやめない。むしろより一層楽しそうに言葉を紡ぎ出す。

 

「あはははは!! いやーほんと面白いね~♡ やっぱり会いに来てみて正解だったかな?」

 

 見世物や玩具でも眺めるようにぬえはクロコダイルを見て嘲笑する。

 クロコダイルの心の傷を更に傷つけようと悪意を持って。

 

「20年ず~~~っと()()()()()()()にいる砂ワニくんをついでにからかいに来てみたんだけど……予想以上に面白い反応を見せてくれたねぇ♡」

 

 ──だからありがとう♡

 ぬえはそう言って、踵を返した。

 食事を取ることも、カジノで遊ぶことも、ましてや命を獲ることもない。

 ぬえは……クロコダイルをからかうために、ここにやってきたと言った。

 それが真実ならば……ここまで酷い侮辱はない。

 

「まあでも……ここまで煽っといてなんだけど、私ってばあなたのこと嫌いじゃないのよ? 根性なしで弱くても頭は良いみたいだし見どころはあるしさ♪ だからその賢さと恐怖に免じてあなたが今1番気になる事を答えてあげる♡」

 

 と、ぬえは顔だけを軽くクロコダイルの方に向け、その赤い目を光らせて告げた。

 

「──私は、喧嘩でも売られない限りは()()()()()をわざわざ潰すつもりはない。だから安心して、これからも上を目指して頑張っていってね~♡」

 

「っ……」

 

「あっ、後、もし部下にでもなりたくなったらいつでも言ってね!! 百獣海賊団は即戦力となり、世界を壊すための人材をいつでも募集してまーす♡」

 

 ぬえはそう言って手を振りながらその場を立ち去っていく。

 後に残されたクロコダイルはその怪物が去っていくのをただ歯を食いしばりながら見守ることしか出来ない。

 必死に自分に言い聞かせるしかなかった。挑んでも無駄死にするだけ。

 これはどうしようもないことなのだ。だから仕方ない。

 海賊の格が違うのだ。この海の頂点にも近い存在に、無謀にも挑んでも何もかも失うだけ。

 

「あの野郎……フザケやがって……!!!」

 

 チンピラのようにただ悪態をつくことしか出来ない。

 だが……そう、だからこそだ。

 

「今に見ていろ……!! 次に会う時は……!!」

 

 計画を成功させ、世界最強の軍事力を手に入れれば……全てを捻じ伏せることが出来る。

 そのために何年も忍んできたのだ。今は苦汁をなめても、いずれそれを何倍にも返してやると。

 

「クハハハハ……!!!」

 

 このままじゃ終わらない。

 怒りを呑み込み、クロコダイルは笑ってみせる。奴の様な怪物が何もせず帰ったことを、むしろ僥倖に思うべきだと。

 苦難が去った今、やるべきことは引き続きの警戒と、計画の障害の排除だ。

 クロコダイルの正体を……バロックワークスの社長の正体を知ったこの国の王女ビビと“麦わらのルフィ”という小物率いる弱小海賊団を抹殺すること。

 既に刺客は放っている。その報告を受けるためにも、クロコダイルは警戒を続けながら地下へと歩みを進めた。

 

 

 

 

 

「さーて、次はどうしよっかなー?」

 

 クロコダイルを煽りに煽ってみてその屈辱と怒りに濡れた表情を堪能した後、私は砂漠の空を飛行して再び港町へ戻る。

 そうして考えるのは次にやることだ。

 

「砂ワニ小僧はあれだけ言って威圧すればかかってくるかと思ったけど本当に心折れてたしなぁ……う~ん、このままアラバスタで騒動を見物して行くか……それとも別の場所にでも行くか……迷うなぁ」

 

 別にまだ砂漠の国に滞在し続けるのもそれはそれで楽しいとは思うが、1人だと暇というか退屈なのだ。踊り子の衣装や香水も買ったし、美味しいご飯を食べてお買い物をして観光地を巡ってってのも悪くはないが……どうせなら誰か1人くらい連れてくればよかったかな。

 

「誰かをもっと驚かせたいなぁ~……」

 

 とにかく楽しいことがしたい。

 そう思い少し考えた末に……私は結論を出した。

 

「よし、今のうちに人を呼んで……ふふふ~……面白いこと思いついちゃった~♪」

 

 悩んだ末に人を呼ぼうと電伝虫を掛けることにする。

 

「あ、もしもしキング? 今から速達で──」

 

 ──そして約10日後。

 

「……なあぬえさん……これ、本当におれがやらねェとダメか? 気が進まねェんだが……出来れば他の連れてきた部下共に──」

 

「何言ってるの!! このために呼んだんだからね!! それに私とペアが組めるなんて最高に幸せでしょ? だから頼むわよ、ぺーたん♡」

 

「ああ……まァ……やれと言われりゃやるけどよォ……」

 

 アラバスタ王国の港。

 そこにある秘密結社の船の近くで2つの屍を撤去し終えると、私達2人はその組織の部下達の前に躍り出た。

 

「? あれ……あの人達、どこに行ったんだ……?」

 

「──ここよ!!」

 

「!」

 

 賞金稼ぎの集団であり、その秘密犯罪会社の社員達の前で私達は名乗りをあげる。

 そう、今の私達は──

 

「………………Mr.6」

 

「そう!! 私こそバロックワークスのキュートなアイドル!! ミス・マザーズデーよ!!!」

 

 ──秘密犯罪会社の……()()()()()()()()()()()()だ。




黒ひげ→始動。
サッチ→黒ひげのお友達。小説版読む限り、ぶっちゃけ黒ひげは頼めば譲って貰えたと思う。
エース→船の速度や時系列がよくわからなくなる原因。黒ひげがドラム王国を滅ぼしたのがルフィ達がやってきた数ヶ月前。なのにエースはルフィの手配書が出た時はまだ白ひげの船にいて白ひげに弟の手配書を見せていた。でも黒ひげはルフィがエースの弟とは知らなかったので、黒ひげはサッチとどこかに遠征に行ってる時に悪魔の実を見つけて殺し、犯行がバレるまでの時間を稼いで仲間を集めながら新世界から出た。そして、犯行がバレたのがルフィがローグタウンについた後くらい。それから黒ひげを探しに行くが、ルフィ達がドラムにつく一週間前にはエースは先についていた。ルフィ達がローグタウンを出てからドラムにつくまでの時間もちょうど一週間くらい。でもこれだと、エースは新世界の白ひげの船から一日でドラムに到達したことになるのでヤバい。こんなのから逃げられる黒ひげすげぇ。どんなに長く見積もっても一週間はかかる。こうなってくると新世界から前半の海まで行くのは、寄り道しなければ意外と速いのかなと思った。まあ海がほとんどの世界で帆船がすごい(エースの船がすごい)と思っておくことにして、おれは考えるのをやめた。
ムサシ→エースを追いかけた。エースと一緒ではない。
ワニ王→あざとい砂おじ。ルフィに言ってた言葉が自分に言ってるように聞こえてあざとい。後、策略家ではあるけど騙されやすくもある。心が折れてるし計画に支障が出るので喧嘩を買わない。ぬえちゃんにいじめられた。
ビリオンズ→白ひげ海賊団の二番隊隊長がいたから首獲るぞ! とか言ってるような連中なのでこうなった。本当に首獲ってたらワニ死んでたよね……ワニ可哀想
Mr.6&ミスマザーズデー→原作未登場の筈だが……一体誰なんだろうなー()

あとがき長くてすみません。という訳でアラバスタ編です。次回はぬえちゃんは出ません。Mr.6とミスマザーズデーのお話になります(棒)

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