正体不明の妖怪(になった男)、情緒不安定な百獣の腹心になる   作:黒岩

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 ゾロの娘──そう名乗った少女はサニー号の甲板の上で皆の前で仁王立ちをし、堂々と挨拶をした。

 

『自称“ゾロの娘” ムサシ』

 

「我はムサシ!! ワノ国の侍で……そこのロロノア・ゾロの娘だ!!」

 

「おい!! どこで子供なんて拵えて来やがったんだクソマリモ!!」

 

「知るかアホコック!!! 身に覚えがねェよ!!!」

 

「ゾロ……白状するなら今のうちよ」

 

「お前までふざけんな!!」

 

 仲間達が集まり、サンジとナミがまずゾロに追及する。サンジは怒りを覚えている一方、ナミはまだ冗談のような冷たい感じで、ゾロは全力で否定を続けている。

 だが他の仲間達も半ばそれを信じている者はいた。特に一味の船長、ルフィなどは割と信じている様子で、

 

「へぇ~~ゾロの娘か。似てねェんだな。髪も緑じゃねェし……」

 

「母親似だ」

 

「おい適当言ってんじゃねェ!! ルフィも乗るな!!」

 

「……ハッ!! まさかてめェ……あのケムリ野郎のとこの黒髪剣士ちゃんと……!!! ぐ……ぬぬぬ……許さん!! 死ね!! クソマリモ野郎!!!」

 

「てめェはてめェで何ありえねェ勘違いしてやがんだ!!! あァ!!?」

 

 ムサシの髪色を見てとある女海兵の顔を思い浮かべたサンジは、その女海兵とゾロのあれやこれやを想像すると怒りの炎を纏わせてゾロに蹴りかかる。今までで1番力の入った蹴りを、ゾロはこちらも怒り、ツッコミをしながら刀で受け止めた。そして他の仲間もまたムサシを見て所見を述べる。

 

「でも娘にしては少し大きくないかしら」

 

「そうだろよく見ろ!! おいてめェ!! おれの娘って言うならてめェは幾つなんだ!!?」

 

「にじゅ…………ご、5歳だ」

 

「なんだ5歳か」

 

「生まれたのは5年前か……東の海(イーストブルー)生まれか?」

 

「へェ~~おれより歳下だな!」

 

「今20って言いかけたよな!!?」

 

 ロビンが良い疑問を提示し、ゾロが問いかけたがとんでもない誤魔化しをルフィやウソップ、チョッパーが信じたことで再び怒りのツッコミを入れるゾロ。

 だが言うまでもなく、ゾロの娘にしては大きすぎることは確かで、ロビンやフランキー、ナミなどはとっくにゾロの娘ではないことは理解していたが、怒りに震えて冷静ではないサンジとルフィウソップチョッパーの4人は段々と打ち解け始めていた。

 

「そういやお前、どこから来たんだ?」

 

「我か? 我は新世界のワノ国から来た侍で……ああいや……どうやってここにという意味か?」

 

「……!(ワノ国? 侍?)」

 

「そうだ! 周りに船はねェぞ? いきなり飛んできて……」

 

「ああ、我は動物(ゾオン)系の能力者だからな!! その能力で飛ぶことが出来るのだ!!」

 

「へェ~!! そうなのか!! おれも動物(ゾオン)系なんだ!!」

 

「そうなのか? ……なるほど、たぬきの能力者だな!!」

 

「トナカイだよ!! いや、能力は人だけど!!」

 

「普通に仲良く会話してんじゃねェよお前ら!!」

 

「おいおい、そんなに怒るでないわ──パパ」

 

「誰がパパだ!!!」

 

「ふむ、パパは恥ずかしがり屋だな……それより──麦わらのルフィ」

 

「ん? なんだ?」

 

 ゾロのツッコミを無視し、ムサシはルフィを見て告げる。──なぜならルフィのことを、ムサシはある相手から聞いて知っていたからだ。

 その相手は──

 

「エースから聞いていたが……なるほど。中々良い面構えだな!! 覇気も悪くない!!」

 

「エース!!? お前、エースのこと知ってんのか!?」

 

「ああ、同じ船に乗っていてな。お前の話はよく聞かされた」

 

「へ~~~~!! そうなのか!!」

 

「エース?」

 

「ルフィのお兄さん。前に会ったの。海賊やっててね」

 

「ってことはお前も白ひげ海賊団なのか!?」

 

 仲間になったばかりでエースのことを知らないフランキーが首をひねりながら問うとナミが説明する。以前、アラバスタで出会ったルフィの兄。白ひげ海賊団で隊長を務めている兄のことを、他の者達も思い出す。そしてウソップが軽く驚きながらもそれを聞いた。するとムサシは頷き、

 

「まぁ……世話になっている。白ひげは我の…………そう、お祖父ちゃんだからな!!」

 

「へぇ~~~じゃあゾロの親ってその白ひげって奴なのか」

 

「アホかァ!! んなワケねェだろ!!」

 

「えっ、違うのか?」

 

 ムサシの胸を張った発言に、ルフィやチョッパーが完全にそういう前提で話を進めるが、ゾロが再び全力で否定。そのことにチョッパーが驚く。一連の流れにナミが頭を抱えると、話を正常な物に戻そうと一度息を吐いた。

 

「はぁ……まぁ、とにかくエースさんの仲間ってことね」

 

「ええ、ナミさん……そして……ムサシさん。あなたのその可憐さ……ウチのマリモヘッドには勿体ないその美しさにお目にかかれたこと感謝します……!! 紅茶をどうぞ」

 

「アホ。勝手に言ってろ……」

 

「おう気が利くな!! 紅茶は好きだ!!」

 

 もはやゾロは諦めたのか、くだらないと言わんばかりに腕を組んで壁にもたれ掛かる。サンジが紅茶をムサシに振る舞うが、ムサシの方はお礼を言いつつもゾロの方を向いてまだ話を続けるつもりで口を開こうとする──が、何気ないルフィの質問がそれを差し止めた。

 

「なァ、母親は誰なんだ?」

 

「! ……それは」

 

「? どうした?」

 

 僅かに逡巡し、答えを迷ったかのように腕を組んで唸るムサシ。ルフィが首を捻っており、仲間も何かあるのかと頭に疑問符を浮かべる。

 だがややあって、ムサシは別の答えでお茶を濁した。

 

「……ああ、そうだ。我には他にも親がいてな……そう、例えばあの世界一の剣豪、“鷹の目”ジュラキュール・ミホークとか……」

 

「え~~~~~!!? お前ってミホークとゾロの子供なのかァ!!?」

 

「アホかァ!!! どんな早とちりだ!!!」

 

 ルフィの勘違いを、ゾロが更に限界を超えて否定する。そのやり取りを見つつ、ムサシは紅茶を飲むとそのまま立ち上がり、

 

「ご馳走様!! 美味かった!! ……さて、我はそろそろ行かなくてはな!!」

 

「ええっ!!? もう行っちゃうの~~!!? せめてデザートでも……」

 

「ふはは、一緒してパパから噂の三刀流を教わってみたいのは山々だがな……我はエースを探している途中だ。ここに立ち寄ったのは偶然パパになる資格を持つ奴を……そしてエースの弟の船を見つけたからに過ぎない」

 

「パパになる資格ってなんだ……?」

 

「えっ、ムサシはゾロの娘じゃないのか?」

 

「最初からそう言ってんだろ……」

 

 サンジに紅茶の礼を言うと、ムサシはあっさりともう行くと船の縁に足を掛ける。その発言にウソップがツッコミ、チョッパーはまだ首を傾げていたが、ゾロが呆れたように息を吐いて否定する。

 そしてもう行くと言ったムサシに対して、ルフィが軽い調子でエースを探す用事について問いかける。

 

「なんでエースを探してんだ?」

 

「確か……誰かを追いかけてるのよね?」

 

「ああ、そうだった。確か“黒ひげ”……だったか」

 

「…………ああ、そうだ。それを一人で始末をつけに行ったエースを見て、どうにも嫌な予感がしてな……我もエースを追いかけてこの海を逆走してるんだ」

 

「そうなのか。でもエースは強ェし、頼りになるし、きっと大丈夫だ!!」

 

 ナミやウソップが思い出して告げると、ムサシも少し真面目な表情になってそれを首肯する。ルフィはその答えに頷き、そして根拠なくエースなら大丈夫だとあっけらかんに笑う。それを見て、ムサシも口元を笑みの形にした。

 

「ふっ……まあそうだな!! ふはははは!!」

 

「ああ、そうだ!! あっはっはっはっは!!」

 

「なにを急に笑い合ってんだ……」

 

 フランキーがよくわからない2人の大笑いに静かにツッコミを入れる。どうやら性格的に近いものがあるのか、ムサシの方も割と大雑把な性格の様だ。

 

「それではな!! 麦わらのルフィとその仲間!! そしてパパ!! 次会った時はもっとゆっくりエースのことや剣術のことを話そうではないか!!」

 

「おう!! また会おうな!!!」

 

「おれは二度と会いたくねェよ!!!」

 

「はいはい……どうどう……」

 

 そして正反対の別れの挨拶をするルフィとゾロ。ゾロの方をナミが宥める。ムサシは手を振りながら船の外へ跳躍すると、不思議にも風が発生し、そのまま風に乗るように飛んでいく。

 

「うおっ!! 風か!?」

 

「あっという間に飛んでいったな……一体どういう能力なんだ? 結局」

 

動物(ゾオン)系って言ってたが、変型しなかったな……」

 

「何でもいいだろ……とにかく、おれはちょっと寝てくる……疲れた」

 

「ところでゾロ。結局母親って誰なんだ?」

 

「話聞いてたか!!?」

 

 ルフィのとぼけた発言にゾロが最後のツッコミを入れる。ゾロにとっては、短時間ながらとても気が滅入る時間となった。

 だが……彼にとっては、僅かに気になることもある。考えるのも癪だが、先程のムサシの発言とその実力のことだ。

 

(ワノ国の侍……それに、あの女の実力……只者じゃなかった)

 

 ゾロは険しい表情で考え込む。思い出すのは最初、ムサシが襲いかかってきた時のことだ。

 たった数合とはいえ、剣を合わせれば相手の実力がどれほどのものか理解出来る。

 ゆえにゾロは理解したのだ。最初の一太刀で。

 ムサシの実力は、自分より遥かに──

 

(クソ……!!)

 

 ゾロは内心で自分へ毒づくと、サニー号の船内に入りそのままトレーニング室へと向かう。

 

「もっと強くならねェとな……!!」

 

 焦りではないが、格上の剣士を見てしまっては身体の熱が収まらない。

 上を脱ぎ、巨大なダンベルを手にすると熱を鎮めるためにゾロは自らを高める修行の時間へと入った。

 

 

 

 

 

 ──新世界“万国(トットランド)”。

 

 様々な人種が差別なく対等に、そして平和に暮らすその海域は海賊によって運営される独立国家だ。

 “ビッグ・マム海賊団”といえば知らない人の方が少ないだろう。新世界の海を支配する大海賊“四皇”の一角に数えられる大勢力だ。

 “万国(トットランド)”に属する34の島々とその海域はビッグ・マム海賊団のナワバリであり、領土でもある。世界政府には属していないが各島々はビッグ・マム海賊団の小隊の支部があり、その島と支部を各大臣が治め、指揮している。

 そして何よりも特筆すべきは、その大臣を含めたビッグ・マム海賊団の幹部の殆どがビッグ・マムの実子であることだ。

 ビッグ・マム海賊団は本物の家族を中心に構成され、大臣は皆その46人の息子と39人の娘の中から選ばれている他、外様の海賊や組織の有力者と子供達を結婚させ、血縁を結びながら傘下を増やし、組織を大きくしている。

 そのため強固な“組織力”を誇り、防衛戦においてはナワバリウミウシの警戒網もあってか無類の強さを誇っている上、情報力においても業界トップクラスと定評がある。

 ゆえに国民は海賊や無法者に脅かされることもなく、十全に平和を謳歌していた。

 何しろビッグ・マムの夢は“世界中の全ての種族が差別されることのない理想郷を建国すること”であり、ビジネスとはいえ国民は不当に脅かされることもない。半年に一度、一ヶ月分の寿命を税で徴収するが、それ以外は精々、甘いお菓子を納めればいいというもの。問題はなくはないが、やはり他の新世界の国々に比べれば平和には違いなかった。

 そしてそれは、この万国(トットランド)の首都。ビッグ・マム海賊団の本拠地、“ホールケーキアイランド”でも当然変わりない──筈だった。

 

「ん……? なんだ、空に急に雲が……」

 

「雨でも降るのかねェ?」

 

 ホールケーキアイランドに在住する人々は、空が曇り始めてきたことを気にして上を見上げる。

 だが、それほど気にすることではない。幾ら島では気候は安定しているとはいえ、天気が急に変わるくらいのことはあるものだし、新世界ともなれば不思議な現象は多々あるもの。急に天気が曇りになるくらいはただの日常だ。

 しかし……今回はそうではない。それは、ビッグ・マムの居城でもあるホールケーキ城の屋上にビッグ・マム海賊団の猛者達が集まっていることからも明らかであった。

 

「……ママの言う通り、か……おい、もう来るぞ……」

 

「どうやらそのようだ……」

 

「本当に来るってのか……!!」

 

「百獣に妖獣か……」

 

 屋上に集まる──否、集められたビッグ・マムの実子達。その中心にいるのはビッグ・マム海賊団の最高幹部“スイート四将星”だ。

 

『ビッグ・マム海賊団“四将星”(シャーロット家25男) シャーロット・スナック 懸賞金6億ベリー』

 

「それで、結局どんな奴なんだ? クラッカーの兄貴」

 

『ビッグ・マム海賊団“四将星”(シャーロット家10男) シャーロット・クラッカー 懸賞金8億6000万ベリー』

 

「おれに聞くな!! ()()()のことなど……話したくもねェ!!」

 

『ビッグ・マム海賊団“四将星”(シャーロット家14女) シャーロット・スムージー 懸賞金9億3200万ベリー』

 

「落ち着いてクラッカー兄さん!! こっちは全員揃ってるんだ。やり合うようなことになっても問題ない。──だよね、カタクリ兄さん」

 

『ビッグ・マム海賊団“四将星”(シャーロット家次男)シャーロット・カタクリ 懸賞金10億5700万ベリー』

 

「……ああ、優勢なのは当然こちらだ」

 

 いつもはお茶会や結婚式に使うその屋上で、空を見上げて呟く彼らはその到来を感じ取り、各々緊張や不安を感じている──特に、上の兄弟達はいつもより落ち着きがなく、クラッカーなどはビスケット兵の姿のまま苛立ちを隠せていなかった。

 

「ならやってきたらママも含めた全員で掛かればその首も取れるんじゃない?」

 

「そうだな。態々少ない数でやってくるならこれほどの好機はないだろう」

 

「フルボッコにしてやれば余裕そうゆ!!」

 

 だが反対に下の子供達は普段とそれほど変わりなく、これからやってくる相手に対して不遜な言葉を吐いたりもする。……しかし、やはり上の子供達は苦い顔のまま冷や汗を掻いたり、不安で落ち着かなそうにしているようで、

 

「……なァ、ママはまだ来ないのか?」

 

「さっきまでおやつの時間だったからな……もう来るだろうが……ああ、そうだ。私が様子を見てこよう。奴らがやってきたら相手を頼むぞ!! ペロリン♪」

 

「は!? おいペロス兄!! そう言って逃げる気だろう!! それはずるいぞ!!」

 

「……あっ、おれは少しトイレに行ってくる。紅茶を飲みすぎたかな……」

 

てめェ汚ェぞダイフク!! …………ああ、いや、だがおれも急用を思い出した。途中まで一緒に行こう。──後は任せたぞ、カタクリ」

 

「そんな未来は用意していない……!!! 誰一人逃さねェぞ……!!! 流れモチ”!!!」

 

「あっ!!? クソ!! モチで足を固めるとは卑怯だぞカタクリ!!」

 

「そうだ!! 何しやがる!!? おれ達を逃がせ!!」

 

「やめるファ!! やめるファ!!」

 

(お兄ちゃん達が必死だ……!?)

 

(兄貴達が必死だ……!!)

 

 ……と、この場から逃げ出したい、逃さないと争いを勃発させたシャーロット家の男兄弟達。

 そんな初めて見る兄達の必死過ぎる姿に、下の子供達が無言のまま驚いた。シャーロット家の最高傑作、カタクリまで能力を用いて全力で逃げようとする兄弟達を止めようとしていたのだから驚きだ。それほどヤバいのか……と姉達に聞いてみようと視線を向けると、姉の方は何とも言えない顔で争う男兄弟達を見ている。どうやら事情は知っているが、姉妹からすると逃げるほどでもないようだ。

 一体これから来る相手と兄達の間に、どんな関係性が……? と事情を知らぬ下の子供達が頭に疑問符を浮かべていると──

 

「……!! 急に襲って来るな……!!」

 

「──あはははは!!! 相変わらず、賑やかだね!! ってことで私も交ーぜて!!」

 

「くっ……!!」

 

「!!!?」

 

 不意にカタクリが顔を青ざめさせ、それから兄弟達を襲うのをやめて防御の構えを取り、悪態をついた──その直後にその影は不意に現れた。

 それは黒い髪の美少女。不思議な赤と青の羽を持った、手配書や新世界では流通している写真集でも見たことのある顔。

 それが不意にカタクリを蹴りつけ、カタクリを後退させた。彼女を知る兄弟達が一斉に顔を青ざめさせ嫌そうな顔をして争いを止める。

 

「来やがったな……!! ぬえ……!!!」

 

「ふふふ、久し振り~♡ でも来たのは私だけじゃないから私に見惚れるのもいいけど、上を見なよ──ほら」

 

「……!!!」

 

 名前を呼んだペロスペローに対し、少女が上を指差してそちらにも注目するように伝えれば、直後に厚い雲をかき分けて巨大な龍が姿を現した。

 

「また随分と増えてやがるな……!! リンリンのガキ共……!!!」

 

「……!!!」

 

「な……なにあれ……!!?」

 

「カイドウだ……!!!」

 

 曇天となった雲間に渦を作り、その中から現れるのは体長数百メートルはあろうかという水色の巨大な龍。

 大型の海王類にも匹敵するその巨体から放たれる威圧感に多くの人々が目を見開く。知らない者は特に驚いたが、知っている者は表情を硬くして告げた──あれがカイドウだと。

 万国(トットランド)の住民とビッグ・マム海賊団、マムの実子ですらビッグ・マムを恐れるが……そのビッグ・マムと肩を並べる“四皇”の一人。最強生物と称され、一対一であれば最強とまで言われる男。それが“百獣のカイドウ”だ。

 

「ちょっとカイドウー。町の人脅かしてないでさっさと降りて来なさいよ。せっかくここまで隠れて来たのに、あんた今相当目立ってるわよ?」

 

「わかってるさ……今降りる……!!」

 

 そしてそのカイドウの兄姉分、こちらは最恐生物と称される見た目は少女の得体の知れない女こそが“妖獣のぬえ”。

 百獣海賊団において唯一カイドウと対等に接することが出来る相手であり、シャーロット家の上の子供達を恐れさせる相手でもある。そのぬえの呼びかけに反応し、カイドウが屋上へと近づき、その姿を龍から人の物に変えたが……その姿もまた恐ろしい巨体で強面の角の生えた魔人の様な風貌だった。

 

「リンリンの奴はまだいねェのか」

 

「もうすぐ来るっぽいけどねー。ま、それまでは子供達とお話でもしてよっか。良い感じの()()が渦巻いてることだしね~♡」

 

 人の姿に戻ったカイドウの左肩にぬえが乗る。その2人を見て、ビッグ・マムを見慣れている子供達ですら恐れを抱く。

 カイドウからは分かりやすい暴力の恐怖を。ぬえからは得体の知れない恐怖を感じる。その2人が子供達に視線を向けた。それも“将星”達にだ。彼らもそれに気づく。

 

「あれ? クラッカーってば、あんた何でそんなもの着てるの?」

 

「!!! ……べ、別にいいだろう!! おれの勝手だ!!」

 

「勝手? ……あはは♪ あんた、いつから顔隠したまま私に挨拶出来るほど偉くなったの? ちゃんと顔見せなさいよ

 

「っ……!! それは……」

 

「ん~? それは? なに? もしかして、私のことそんなに恐いの? 鎧から出れないくらい?」

 

「~~~っ!! わかった、わかったよ!!」

 

 ビスケットの鎧。兵士の中に隠れていたクラッカーだったが、ぬえの煽りにも聞こえるその言葉に歯を噛み締め、鎧を解除して姿を現す。冷や汗を掻きながらも、憎々しげな表情がぬえを見つめていた。

 

「あっ、やっと泣き虫クラッカーくんの顔が見れた♡ お土産のお菓子持ってきたけど食べる?」

 

「いらねェよ!! ……言っとくがなァ!! おれはお前なんてもう怖くねェぞ!!」

 

「あはは♡ 怖くないなら一々そんなこと言わないし、ここから逃げ出そうともしないんじゃない? ねぇ? 他の子達もさ♪」

 

「っ……ただ苦手なだけだ!!」

 

 今はもう怖くない──その発言は過去は怖がっていたと白状しているようなものであった。

 しかもぬえは先程のやり取りもどうやら見ていたか、聞いていたようで見透かしたようにけらけらと笑う。クラッカーも含めた他の男兄弟達の顔が一瞬怯んだ。やはり過去の関係性、苦手意識は払拭出来ていないらしい。

 だがそんな中、ぐっと堪えて前に進み出た者もいた。

 

「ぬえ……あまり弟達をイジメないで貰おうか」

 

「お、カタクリも久し振り~!! どうやら未来視も出来るようになったみたいだね!! さすが!!」

 

「……悪いが、()()()()()()()()はいらん」

 

「って、会話の中で未来視使うのつまらなくない? 覇気の無駄だと思うんだけど……あと、そう言われたら会話を変えるよ──だったらドーナツと熱いラーメン食いなさい!!

 

「会話の面白味のためにやってるんじゃない……不測の事態に備えるためには必要だ……あと、一々苦手な食べ物を食べさせようとするな……!! そもそもどこからどうやって持ってきた!!?」

 

「どこからかな~♡ そんなことより……ほら、熱いうちにおあがり!!」

 

「──誰が食うか!!」

 

 見れば右手にドーナツ。左手に湯気が昇る熱そうなラーメンを持っていたぬえにカタクリがこめかみをピクピクさせながら疑問と否定を口にする。ぬえは相変わらずの気の抜けた調子で、カタクリが食べないと言うと「え~、せっかく持ってきたのになぁ……」と、ドーナツだけをカタクリに投げ、残念そうに自分でラーメンを啜り始めた──どこまで本気なんだとぬえとカタクリのやりとりを初めて見る子供達が呆れと驚きを恐れが混ざった複雑な表情を浮かべる。カタクリはつい受け取ってしまったドーナツを手に、どうすべきかと久し振りの頭痛に眉間に皺を寄せていたが──

 

「ほう……カタクリお前、前よりも強くなってるな……!! あんなババアの部下なんてやめて、ウチの海賊団に来ねェか? 歓迎するぞ」

 

「! ……悪いが、断らせてもらう……」

 

「ウォロロロ……!!! 残念だ。ウチのぬえもお前を気に入ってるってのによ」

 

「…………」

 

 カタクリは不意に、カイドウから話しかけられる。不敵な笑みを浮かべたカイドウがカタクリを勧誘したのだ。

 それに対し、カタクリは素気なく断ったが、カイドウは特に不機嫌になるでもなく、笑い声を響かせて残念だと告げる。冗談……ではないが、このくらいの勧誘で寝返るとも思っていない様だった。ゆえにそこまで残念そうでもない。

 そしてカタクリは無言のまま警戒を続ける。2人だけとはいえ、甘く見ることは出来ない相手だ。そう思っていると──背後からズシン、という足音と共に気配を感じ、未来を見た。遂にやってきたのだ。

 

「──ハ~ハハハマママママ……本当に来たね……カイドウ……!!! それに、ぬえ……!!!」

 

「! ママ……!!」

 

 子供達が自然と開けた道を通ってやってくるのは、この“万国(トットランド)”の絶対支配者。この新世界の海を統べる4人の皇帝の内の一人……ビッグ・マム海賊団の船長──シャーロット・リンリン、その人だ。

 

「久し振りだな……リンリン……!!!」

 

「あーほんと久し振りだね~。何年……いや、何十年振りかな。どう? 最近甘いもの食べてる?」

 

 そしてカイドウとぬえが対峙する。ぬえは違うが、四皇同士の対面など滅多にあることではないし、特にカイドウとリンリンは犬猿の仲なのだ。出逢えば殺し合いは不可避。それほどに仲が悪い。

 しかし、間に入ったのはカイドウの兄姉分であり、2人と同じくかつて仲間だったぬえだ。このぬえこそが、2人が出会うこの場をセッティングした……それが出来た唯一の存在である。

 

「ママママ……ああ、ついさっきも三時のおやつに食べてきたとこだよ」

 

「相変わらず食欲旺盛だね。──そんなリンリンに手土産があるよ。はい、珍しいお菓子。その名も“どら焼き”!! いっぱい食べていいよ!!」

 

「あら~~~♡ マ~ママママ……相変わらず、カイドウと違ってぬえは気が利くねェ~~~♡ 食べていいのかい?」

 

「いいよ!! いっぱい食べて!! マムえもん!!」

 

「マムえ……? ──まあ食べていいなら貰うよ」

 

「チッ……」

 

 ぬえとリンリンの会話──ちなみにぬえはいつの間にかラーメンを食べ終えて容器もなくなっていた──が始まり、ぬえはまず手土産と言って再びどこからか大量のお菓子、どら焼きなる物をプレゼントだと言ってUFOの上に載せてリンリンに渡す。若干、UFOを見たことで一部の子供達が嫌な顔をしていたが、リンリンの方はどら焼きという香ばしい匂いのするお菓子に目をハートマークにさせて喜んでいた。なにやらぬえが訳の判らない呼び名でリンリンを呼ぶが、気にせずリンリンは受け取る。そして、カイドウがそれを見て舌打ちをした。どうやらリンリンが呑気に菓子を食うことも、こちらが手土産を渡したことも気に食わないようだ。

 だがその手土産に嫌な反応を返したのはカイドウだけではない。長男であるペロスペローが進み出てマムに忠言した。

 

「待ってくれママ!! そいつから貰った菓子を食べるのか!?」

 

「……? そうだけど、何か問題があるのかい?」

 

「大ありだぜママ!! 毒が入ってるかもしれねェ!!」

 

 それは当然の懸念であり警戒だった。ビッグ・マム海賊団に百獣海賊団。どちらも互いに四皇と呼ばれる敵同士であり、幾らリンリン、カイドウ、ぬえの三人がかつての仲間であり、リンリンとシャーロット家が昔ぬえに世話になっていようとも敵は敵。隙あらば命を狙う関係だ。

 だからペロスペローは、せめて食べる前に毒があるかどうかを調べた方がいいし、もっと言うなら食べてほしくもなかった。それは他の子供達も概ね同じ思いだろう。

 だがリンリンもぬえもカイドウもそれには反論した。

 

「ハ~ハハハ、心配するこたァねェよ。こいつらはそんなつまらねェやり方でおれの命を獲ろうとはしねェ──そうだろ?」

 

「そうだよ。ペロスペローってば失礼だなぁ。そこらの雑魚ならともかく、リンリンを殺るなら毒なんて使わず、()()()()ぶち殺すわよ。──ね、カイドウ?」

 

「ああ。毒なんざ使う必要ねェ」

 

「っ……そうか……それならいいが……」

 

 リンリンに毒なんて使わないと3人とも……それもリンリン自身も断言する。その謎の信頼なのか何なのか、とにかくペロスペローにはわからない謎の説得をされたため、ペロスペローも引き下がる他ない。そもそも見知らぬお菓子を前にしたママを止められないとペロスペローは当然わかっていた。

 

「ん~~~~♡ 美味しいねェ~~~~♡」

 

「よかった。それじゃ、話は聞いてくれるよね?」

 

「ああ、構わないよ♡ 聞くだけ聞いてやるから言ってみな」

 

 ……だがペロスペローや子供達の懸念は杞憂であったようだ。ママが美味しそうにどら焼きを口に運んでいくのを見てホッとする。見たことも聞いたこともないお菓子だが、どうやら口にも合うらしい。気に入っているのは見て取れたし、機嫌が良くなったため、リンリンはぬえに話を促す。

 

「それじゃ話すけど、その前に確認!! ……政府が()()()()()()()()について、そっちは情報は掴んでるかな?

 

「! …………マ~マママ。そうだね、随分と耳が早いじゃないか……この島まで来たことといい……優秀な情報源がいるようだね。どこで知った?」

 

「ウォロロロ……そっちにスパイでもいるのかもな。気になるなら自分で探したらどうだ? ババア……」

 

「……!! カイドウ……てめェ……」

 

 意味深な会話。どこから情報を得たのかという探り。カイドウの挑発。それらでその場の空気ががらっと変わる。もはや先程までお菓子を食べて少し緩んでいた空気はなかった。

 リンリンが睨み、カイドウが不敵に煽る。その間に立ったぬえが、カイドウに向かって眉を立てて注意する。

 

「こらこら。まだいがみ合わないでよ。そういうのは後で。……ま、早い話が……そっちはどう動くつもりなのかなってね」

 

 そしてぬえは肩を竦めながらさっさと話を進める……というのも、カイドウとリンリンがもういきなり一触即発な雰囲気になってきたからだ。これは長くは保たない──そう判断したぬえがさっさと話を進めるためにまず最初の問いを投げた。

 するとリンリンはニヤリと笑みを浮かべる。老獪な、それでいて凶悪な女海賊の笑みだ。

 

「ハハハマママママ……それをお前達に言う義理があんのかい? なあぬえ……それを知りてェなら、まず先にそっちが答えな!!

 

「あはは、まあそりゃそうだよねぇ。とはいえ、もう言っちゃうのはちょっとつまらないなぁ……さて、どうしたものか──」

 

「──もういい、ぬえ」

 

「!」

 

 リンリンの威圧感のある返答を受け、軽い調子で頷きつつどう話を進めようかと首をひねったぬえ。

 だがその言葉を……途中でカイドウが差し止める。

 カイドウもまた凶悪な表情でリンリンを睨みつけ、言いたいことを告げた。

 

「要するにだ!! おれ達に協力するかしねェかだリンリン!! 断るなら……ここで死ね」

 

「!!?」

 

 何を……!!? とカイドウの突然の脅しにビッグ・マム海賊団の面々が驚き身構える。明らかに戦う構え。子供達はその圧倒的な暴威とも言える覇気に怯える者も多いが、将星を中心に戦意を見せる者達もいる。彼らとて四皇の幹部、長年新世界で覇を競ってきたビッグ・マム海賊団の猛者達だ。ママと同じ四皇と言えど、戦う気はある──その姿勢を見せつけた。

 だがその威勢は、他ならぬママによって止められる。

 

「手ェ出すんじゃないよ!!!」

 

「!! ママ……しかし」

 

「出しゃばることは許さねェよスムージー。全員大人しくしてな」

 

「……!! …………わかった」

 

「ぬえ。お前も手ェ出すんじゃねェぞ」

 

「はいはい、頑張ってね~。私は久し振りに子供達と遊んでるからさ」

 

 将星の一人、スムージーが複数で当たらないのかと意見しようとするが、リンリンによってそれは拒否される。出しゃばるなと言われてしまえば頷く他ない。返答はカタクリが行った。

 そしてカイドウもまたぬえに注意するが、ぬえは予めそうなるだろうと分かっていたのか、手をひらひらと振って苦笑気味にそれを了承する。

 

「出番だよ……“ナポレオン”!!」

 

『はいママ!!』

 

 そしてリンリンは二角帽“ナポレオン”──ソルソルの実の能力で直接分け与えたマムの魂、帽子を剣に変形させて構える。

 対するカイドウも自慢の巨大な金棒を手に構えた。互いに覇気を込め、意志を言葉にもする。

 

「ここに来たんだ……墓場に入る覚悟は、当然終わってるんだろうねェ!!!」

 

「そう言っておれを殺せたことがあったか!!? やれるもんならやってみろ!!! 先に死ぬのはてめェの方だ!!!」

 

 互いの得物が激突する──その瞬間。

 

「!!!?」

 

 覇王色の覇気が激突し──天が割れた。

 

「あはははは!! いいなぁ……たまには私もカイドウ以外と()()をしたいもんだよね♡」

 

「うお~~!? 屋上から退避しろォ!!!」

 

「……!! とりあえず、中に……!!」

 

「ねぇねぇ。せっかくだしさ、カタクリやクラッカー……そっちの新顔達もこっちはこっちで遊ぶ? どうせ戦い長引くし、食事の後にでもさ」

 

「呑気か!!!」

 

「冗談じゃねェ!! おれは逃げるぞ!!」

 

 四皇“ビッグ・マム”シャーロット・リンリン。

 同じく四皇“百獣のカイドウ”。

 その両者の殺し合いが勃発し──シャーロット家の子供達は室内にぬえと共に避難しながらもツッコミを入れ……そしてしばらくぬえがこの場に留まり、こちらも監視しなければならないことに気づいて、誰もが頭を抱えた。




BRAND NEW WORLD→新世界。良い曲。OP映像好き。走り出せ(早く逃げろ)
ムサシ→1億超えた時点でゾロを父親認定しました。エースを追いかけてる途中
ゾロ→新世界のワノ国と侍の強さを認識
ビッグ・マム海賊団→トラウマは消えてません(上の子達)
将星→懸賞金はまだ2年前だけど、既に2年後の懸賞金。つまり……?
マムえもん↓
の○た「マムえも~ん! ジャ○アンにイジメられたよ~!」
マムえもん「マママ……それは大変だね。そういう時はこれだよ。はい、“魂への言葉(ソウルボーカス)”~~~!!」
モルガンズ「“魂への言葉”だ! 寿命を取られるぞスクープだ! 人間が必ず持つ生への執着に話しかける!」
―完―
カイドウ→リンリンとは当然、まだ仲が悪い
ぬえちゃん→この後メチャクチャ子供達と遊んだ。かわいい

という訳でこんなところで。裏ではエースが捕まりました。
次回からは戦争準備!

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