正体不明の妖怪(になった男)、情緒不安定な百獣の腹心になる 作:黒岩
──頂上戦争から2週間。
「ギャーハッハッハ!! 今日からこの島はおれ達のもんだ!!」
「ありったけの積荷を寄越せ!! 加盟国だろうがなんだろうが知ったこっちゃねえ!!」
世界政府が倒れた影響が大きく、世界各地、あらゆる海で海賊の被害が急増していた。
だがその無辜の人々に被害を与えるのは海賊に限ったことではない。
「海軍だ!! 助かったぞ!!」
「海賊を追っ払ってくれた!!」
4つの海にある海軍支部──海軍本部が崩壊し、本部の名だたる海兵、多くの精兵が死んでも支部への被害はない。
ゆえに多くの支部は担当している町を守り、正義の名の下に秩序を維持する──
「ありがとうございます!! 大佐!!」
「ああ……どうということはない。当然のことをしたまでだ──おい」
「はっ」
「!? え……海兵さん、何を……ウッ!!」
──筈だった。
平和と普段通りの日常を愛する民の願いは無残にも、時代の流れに打ち砕かれる。
「本部が滅び、政府も倒れた……そのおかげで今我々は困っていてね」
「な、なぜこっちに銃を向けて……?」
「う、嘘だろ……!!?」
支部には、本部のように意志が強く、何がなんでも平和を守り、正義に殉じようとする者は決して多くはない。
「このままでは食うに食えないだけではなく後ろ盾もない……そこで我々は考えた」
それどころか……“
「戦力を持つ我々が直接この島を支配してやればいいとね……!!」
「そんな……!!」
「今日から我々が……いや、私がこの島の支配者だ……!!!」
「う……うわあああああ!!!」
強い野心や欲望を持つ者、心が弱い者は誰もが流された。
時代の狂気──暴力が絶対となる世界の流れに乗じて、自ら上に立とうとする。
「すまない……家族を食べさせるためには仕方ないんだ……!!」
「畜生……!! それはこっちも同じなんだ……!! 奪おうとするってんなら……相手になってやる!!」
寄る辺を失い、大切な者を守るために手を汚す者達も現れる。
そしてその流れはやがてより大きなものを巻き込む。
「海賊の被害がバカにならない……!!」
「近くの海軍支部が隣国に吸収されました……!! 海賊の対処に幾つも条件を出して来ています……!!」
「如何しましょう……国王様……!!」
「ご決断を……!!」
「……!! やむを得ん……!! 兵を増やし、軍備を強化しろ!!!」
「はっ!!」
「黙って奪われてたまるものか……!! 奪われるくらいなら奪ってやろう……!! これは国を守るための大義である!!!」
世界政府という看板の下に、仮初の平和と協調を維持していた国々は海賊や無法者によって生まれた被害を争い、奪うことで解決しようとする。
「国王様!! 港が奇襲を受けました!!」
「海賊か!! それとも──」
「──海賊が引き起こした“暴力の世界”……品がなく野蛮ではあるが……我々にとってこの混乱は好都合だ……!!」
「……!!? 誰だ貴様らは……!!」
「我らは──“ジェルマ66”!!! 祖先の野望を叶えるため……この国を征服しに来た……!!!」
そして、この動乱によってより大きな力を持とうと動き出す国々は少なくない。
争いの連鎖は止まることなく膨れ上がっていき……徐々に世界中を飲み込んで行く。
「バカな!! こんな法外な金額、払える筈がない……!! “天上金”の3倍の金額など……!!」
「ハハハ……払えないのであればどうぞ、お帰りください。これは強制ではないのです」
そして、それを悪意を持って広げようとする者達もいる。
「世界政府や白ひげ海賊団の庇護を失った今、この荒れ狂う“新世界”で自らの財産を守るためには“四皇”という絶対的な力による後ろ盾を得るのが一番でしょう。それを私が幾ばくかの金で仲介してあげようと言うのです」
「う……だがこの金額は……余りにも……!!」
「融資のご相談も受け付けております。よろしければどうぞ♪ それともギャンブルで一勝負していかれますか?」
「スルルルル……!! 既に幾つもの海賊団が動き始めていますので決断は早い方がよろしいかと」
「んんん……!! 弱者から金を搾り取るのも……キモティー!!!」
「部下達の言う通りです。足りないのであれば弱者を……貧乏人からさらに奪えばいいでしょう。貧乏人に価値などないのだから……!!」
「……!!」
力を得る者はその力を以て、更なる力を得ていく。
弱者が全てを奪われ、強者だけが生き残る真の海賊時代。
──だがそんな中にも。
「何とか撃退しました。国中の警備を強化していますが……」
「今はまだ対処は出来ますが、このまま行くと……」
「うむ。
「──失礼します!! コブラ様!!」
「! イガラム……落ち着け。どうしたと言うのだ。そんなに慌てて」
「ハァ……ハァ……ええ、すみません。ですが至急お取次ぎしたい相手がございまして……」
「……電伝虫?」
「一体誰からの連絡ですか?」
抗う者達は存在する。
どれだけ困難な道であろうとも、弱者が弱者のまま虐げられる世界であれば──
「…………革命軍のリーダー……モンキー・D・ドラゴンだと……!!」
「!!!? 何だと……!!?」
「! ルフィさんの……お父さん……!?」
──彼らは決して……自由の意志を失いはしない。
──“
そこは島全体が白い土で構成され、常に風が吹いている空の広い島だ。
世界政府も長年発見することが出来ない、未だ秘密に守られたその島に──戦争から帰還した革命軍とその生き残りである客人が訪れていた。
「──被害状況は?」
「はい。……死者、重傷者が約7000名。軽傷者も合わせれば2万強の人員に被害が出ました」
「甚大だな……各地の状況はどうだ?」
「ええ、そちらも報告が各支部よりあがって来ていますが……一言で言えば、悲惨と言う他ありません」
革命軍の総本部となる高い建物。その中の広い一室、司令部となるその部屋で顔に入墨のある世界最悪の犯罪者と呼ばれる男は部下からの報告を険しい表情で聞く。
建物の中にある医務室では収まらず、多くの負傷者は広い部屋に敷かれた簡易的なベッドに横になり治療を受け、それでも入り切らない負傷者達が建物の外にテントを立ててその中で治療を受けている。
司令部にいる者でさえ、その多くはどこかしらに怪我を負って包帯を巻いている。それだけを見ても革命軍は今回の戦いでそれなりの痛手を負ったと分かるが……それよりも、深刻なのは世界中のことだった。
「既に世界政府と海軍の崩壊は世界中に伝わっており、世界中で海賊達の被害が増えています。そしてそれを取り締まる筈の海軍支部でさえ、正義を建前とした幾つかの町や島での圧政や徴収が行われ……更には国同士でも争いの機運が高まっています。このままでは隣国同士の戦争や無法者達による島々の支配が相次ぐでしょう……」
「既に“
「……!! やはり止まらないか……!!」
ドラゴンはその報告を聞いて表情を歪める。
世界中の革命家達のリーダーであり、圧政を敷く世界政府加盟国への戦争を行ってきた革命家とはいえ、無辜の民達が苦しむような現状を是とは出来ない。
ドラゴンはすぐに司令部にいる幹部達と緊急の会議を始めた。
『事態は深刻だな……』
「天竜人はいなくなったとはいえ……これじゃあ前よりも酷い世の中になっちまってる!!」
「どうにか助けたいけど……でもどうするの!?」
「とりあえず私らは……今後の方針を決めないとね」
「ああ……サボ。赤髪海賊団と白ひげ海賊団からの連絡は?」
「ええ、ドラゴンさん。さっき連絡がありました。白ひげ本隊は何とか連れて逃げ出すことが出来たと……」
司令部の椅子に座る革命軍の幹部。軍隊長達が民を憂いた表情で、しかし冷静に今後の方針を決めようと頷く。
ドラゴンは状況を整理しようと参謀総長を務める革命軍のNo.2、サボにも声を掛け、返ってきた報告に安堵と気遣いの色を見せた。
「そうか……すまないな、サボ。出来ればちゃんとした再会の場を設けてやりたかったが……」
「……お気遣いありがとうございます、ドラゴンさん。でも大丈夫ですよ、おれは」
と、ドラゴンの気遣いにサボは僅かに下を向き、帽子の鍔で目元を隠す。
そうして昔のことを──つい先日、戦争へ向かう途中に見た戦争の中継映像と思い出した過去のことを頭に浮かべた。
『酷い……!!』
『“白ひげ”は……海軍は大丈夫なのか?』
『このままじゃ辿り着く前に戦争が終わっちまうぞ!!』
『ドラゴンさんの息子にイワさんも心配だな……』
頂上戦争の開戦前。
革命軍は戦争に百獣海賊団や他の勢力の不穏な動きや情報を入手し、海軍本部へと向かっていた。
その船の中で、サボも含めた彼らは周囲の島々に発信される映像電伝虫の電波を受信し、戦争の映像を確認することが出来た。
だがその映像を見る中で──サボは忘れていた全てを思い出すことになった。
『……あいつら、は……』
『? どうしたの、サボ君』
『ハァ……ハァ……』
記憶を失い、それからずっと革命軍で生きてきた。
今までずっとその記憶は呼び起こされることはなかったが……戦争という世界の命運を決める舞台。その中心にいる2人の義兄弟の姿を見て、サボはとうとうそれを思い出した。
『エース……!! ルフィ……!!』
『えっ、大丈夫!? サボ君!!』
それは最悪ではなかった。
ルフィとエースが生きてそこにいる。その光景を見て、サボは記憶を取り戻し、そして今が窮地であることをすぐに理解した。
──ルフィとエースが危ない。
そう思い、幸いにも自分は戦場へと向かうところだった。
ルフィとは間一髪ですれ違い、エースは僅かに言葉を交わしただけ。
だがサボは……不安もあり、今までのことも話したい思いもありながらも……信じていた。
「……ルフィもエースも……そう簡単に死ぬようなタマじゃない」
「!」
兄弟揃って……また会えることを。
「会議を進めましょう、ドラゴンさん。生きてるなら……また会える。今はこの混乱する世界を少しでもどうにかするのが先決です」
「サボ……ああ、そうだな」
「当然よ!! あの麦わらボーイが簡単にくたばるとは思えない!! かなり無理していたのは確かだけど……とてつもない生命力の持ち主ッキャブルよ!!」
「ああ、そうだ!! アイツはすげェ!! 兄貴を助けたい一心で地獄から生還したんだ!!」
「その兄貴も白ひげ海賊団の本隊と共に逃げたんだろ!? だったら安心な筈だ!!」
サボの信頼にイワンコフやその部下達も同意する。麦わらのルフィの常識外れの生命力や底力を見てきた者達として。
「──ルフィは……死にはせんわい」
「ちょっと!! 安静に……!!」
そして、司令部へと遠慮なく入ってくる1人の老兵もまたそれに同意する。
治療や看護をしていたであろう看護師に引き止められながらもそれを無視して部屋に入ってくるのは“正義”の二文字を背負っていた海軍の英雄であり、ドラゴンの父親、ルフィの祖父であった。
「……親父……寝ていた方がいい。死んでしまうぞ」
「やかましい……!! 寝れる訳ないじゃろう……!!」
息子であるドラゴンの声にも、海軍の英雄──モンキー・D・ガープは耳を傾けない。
未だ重傷で全身に包帯を巻いている男は息を荒くしながらも部屋の隅にどかっと座り、居並ぶ革命軍の幹部や息子に責任を感じた様子で口を開く。
「センゴクは意識不明……クザンの奴も今はまだ立ち直る時間が必要じゃ……ならばここにいる海軍の生き残り、その代表としてわしが参加しなくてどうする……!!」
「ガープ中将……!! ここは自分が……!!」
革命軍の幹部が並ぶ席の一つに座り、海軍の代表として会議に参加していたモモンガ中将は今にも倒れてしまいそうな様子のガープを心配して立ち上がる。こうなるまで必死に、少しでも多くの海兵を逃がすために死力を尽くして戦った海軍の英雄だ。
ここで無理をして大事になってしまうことを考えると無理はさせられない。だからこそ、モモンガは看護師と協力してガープを病室へ帰そうとするが、
「とにかく黙っとれ……!! 話を聞くぐらいなんとでもないわい……!!」
「っ……ですが……」
「……変わらんな、親父」
「ふん……お前も……変わっとらんわい……」
そしてそんなガープを見てドラゴンはやや呆れるように息を吐くと、ガープもまた仏頂面のドラゴンを見て鼻を鳴らした。
イワンコフなどはルフィも知っているため、この一族はやはり常識外れだとそれこそ呆れながらも感心し、頼もしくも思う。
何しろ2人共……この絶望的な状況でも目が死んでいない。
「これからどうするつもりじゃ」
「……世界政府が崩壊し、白ひげ海賊団もいなくなった。奴ら海賊同盟の台頭により、世界中が奴らの言う暴力の渦に巻き込まれる……それは時間の問題だろう」
「海軍の支部は……保たんじゃろうな。元々戦争のために精兵を集めておった。今各支部に残ってる兵では各地の海賊の被害を抑えきれん。潰されるか、それとも堕ちるか……どちらにせよ、それも時間の問題じゃ」
「ああ、時間を掛けるほど状況は悪くなる。今はまだこちらも準備が整っていないが……それでも動くしかない」
と、ドラゴンはガープと現在の世界情勢についての情報を共有しつつ、同様の判斷を下す。革命軍の幹部達も同じだ。
手をこまねいている時間はない。早急にこの暴力の渦を少しでも止めなければ、世界中が無法の荒野となる──その引き金は既に引かれているのだ。
ゆえにこそ、ドラゴンは改めて覚悟を決めた。
「今ならまだ崩壊を遅らせることだけは出来る……!! そのためには、どれだけの国が賛同してくれるか分からないが……協力を頼む他ない」
本来のドラゴンの思想や計画とは少し違うものの……それでも行う必要がある。
バラバラになった各国を繋ぎ止め、海を荒らす無法者や海賊達に対抗するためには、新たな組織を作り上げ、秩序を敷く他ない。
「細かい話し合いの場を設けてのすり合わせが必要になるが……それを行っている時間もあまりない。賛同する国の代表と協議を行い、体制を作り上げる」
広すぎる世界の秩序を改めて作り出すには革命軍の手だけでは足りない。
「軍も新たに再編する。……その辺りは各国、そして海軍とも協議を行わなければならないが……」
「……海軍の……次のリーダーはクザンじゃ。後で話しておくわい」
「ああ、頼む」
無法者による暴力から身を守り、対抗するためには力も必要不可欠。
海軍にも協力を仰ぎ、組織を再編する。今までの軍よりも規模が小さくなったとしても、それがあるのとないのとでは救われる命の数が大きく変わる。
「ドラゴンさん。“サイファーポール”の方はどうします?」
「──無視する他ない。世界政府が滅んだ今、いつまでも体制側で居続けるとは考え難い。政府の情報が海賊同盟側に漏れていることから考えても……奴らもまた、既に海賊側に寝返っている可能性が高い」
「本部の場所が知られれば終わりですもんね……」
「そういうことだ。秘密保持のため、賛同してくれる各国にもバルティゴの場所は教えず、通信での会議を行うように調整しろ」
「はい」
そして海賊同盟に叩き潰されないためにも、総本部の場所は徹底して隠す。
今、自分達の力は奴らに及ばない。奴らは白ひげに海軍、世界政府を滅ぼした時点で名実共に世界最強の戦力を持つ組織になった。
本部の場所を知られれば攻め込んでこないとも限らない。そのため、情報の管理には今まで以上に気を配る。
「……それでも、我々が守れるのはほんの一部で、世界を再生することは出来ないだろう」
だが、それらを行ったとしても既に世界は崩壊し、争いの連鎖は止まることはない。
暴力の世界は始まった。これから行うのは少しでも被害を減らし、奴らに対抗するための大きな流れを作り出す布石に過ぎない。
「だがそれでも……やらなければならない」
たとえその末に自分達が滅ぼされることになろうとも。
人々が自由になるその時まで、意志を持ち、戦い続ける。
「我々は、賛同する国家、組織、同志、あらゆる種族達と共に──」
滅びゆく世界を僅かでも延命するために。
世界最悪の犯罪者。今となっては最悪とも言えない、革命家のリーダーである男は新たな革命の旗を掲げ、宣言する。
──それは後に、海賊達に対抗するため、連盟とも言うべき共同体に賛同した幾つかの国と島を中心に誕生した、新たな秩序を敷く組織。
その名を、このほんの少し後に“代表”として采配を執ることになる男は、各国のリーダー達の前で歴史となる一言を紡ぎ出すこととなる。
「荒れ狂う嵐から人々の自由を守り、支配から抗うために──“新政府”の樹立を……!!! 今ここに宣言する!!!」
「!!!」
その宣言と新たな勢力の誕生は海を超え、いずれ世界中に知れ渡る。
たとえそれが以前の世界政府や、四皇同盟に遥かに劣り、世界の秩序を守るには力不足な組織だったとしても……それは自由を謳い、弱者を守る意志を掲げる……彼らにとって、確かな抵抗であった。
世界政府の敗北と共に崩壊した聖地マリージョアで、膝を突く男は怒りに満ちた瞳で目の前の怪物達を見上げ、声をあげた。
「おめェら……おれを嵌めやがったな……!!!」
「嵌める? ──いやいやいや、そんなことしてないよ。ただ私達は協力を求めてるの。そして、それを断ったから殺すってだけよ♡」
血を流し、既に満身創痍といった様子の男はこの戦争の勝者、海賊同盟を構成する3つの海賊団の代表の1人であるはずの“金獅子のシキ”。
そしてそんな彼を正面から叩き潰した相手は2人の四皇に四皇と同程度の強さを持つ少女である。
「マ~マママハハハ!! そうさ!! シキ、お前が断るからこうなっただけで、おれ達は裏切っても嵌めてもいねェよ!!」
「もっとも、おれとリンリンは最初からてめェを戦争が終わった後に殺すつもりだったがな。それをぬえがどうしてもと言うからチャンスをくれてやったが……それをお前はフイにしやがった!!」
「……!! クソ共が……!!」
ビッグ・マムにカイドウの2人もまたシキを見下ろして告げる。ビッグ・マムは笑いながら、カイドウは真面目な表情で、最初からこうなる計画だったと。
シキは悪態をつくが、それ以上に出来ることはない。傘下になるように告げられ、それをすげなく断った瞬間、シキはぬえによって叩きのめされ、このザマだ。
おまけに周囲には百獣海賊団とビッグマム海賊団の猛者達が囲み、目の前には元仲間である怪物が3人。逃げることも勝つことも出来ない。
「ねーねー。ほら、今ならまだ許してあげるよ? 傘下にならない? シキの強さなら高待遇で迎えてあげるよ? 私達より下ではあるけど、海賊同盟の大幹部ってことで良い余生が過ごせると思うんだけどなぁ」
「……! ふざけんじゃねェよ……!! ハァ……誰がそんなこと……」
そして傘下に格下げされるのもシキのプライドが許さなかった。
彼は自身を大海賊、今のミーハーな宝目当ての海賊とは違う本物の海賊と位置づけており、それに見合う実力と計画性、野心があると思っている。
ただ彼にとって誤算だったのは、己の衰えが想像以上に酷かったことだ。
そしてそれをぬえやカイドウ、リンリンはとっくに見抜いていた。ぬえは優しさなのか煽りなのか、肩を竦めてやれやれと言うようにシキに告げる。
「はぁ……いい加減認めなって。シキは、そりゃあ昔は強かったけど……今はもうただのお爺ちゃんだよ? フワフワの能力は相変わらず極まってるけど……地力や覇気、素の身体能力だけで言うならウチの大看板にも劣るよ。それなのに、どうして私らやリンリンと同格になりえると思えるの?」
「ナメんじゃねェよ……!! おれは、まだ……!!」
「ナメてもないし、ただ事実を言ってるんだけどなぁ……本当は自分でもとっくに気づいてるんでしょ? 自覚あるでしょ? 今回の戦争でわかってると思うんだけど」
「……!」
そしてシキはぬえの言葉に反論が出来なかった。
今回の戦争でシキは確かに、昔よりも思うようにいかないことを自覚していた。
余裕もある。慢心もしていた。それが理由だと思っていた。
だが結果的には、シキは求めていたロジャーの息子を逃し、思うような成果を得られず、戦いに於いても相対した相手を倒せずに苛立ちを募らせていた。
シキはそれらを、無自覚に心に蓋をして気づかないようにしていた。
「ママママ……諦めな、ぬえ!! こいつはおれ達の傘下になんかなりゃしないよ!!」
「こいつにも意地ってもんがあるだろう。楽にしてやれ!! ぬえ!!」
「……しょうがないなぁ……それじゃ、恨まないでよ?」
「ウ……!!」
ぬえによって上から頭を踏みつけられる。シキを逃さず、確実に処刑するためにだ。
シキは自身のフワフワの実の能力で浮いて逃げることを試みるが、それも出来ない。ぬえの怪力がシキを完全に押さえつけている。
そして仮にそれでどうにかなったとしても……この状況は既に詰みだ。
金獅子海賊団の部下達も──
「シキ……様……」
「ウゥ……」
「ぬえ様~~~♡ 任務完了したでごんす♡」
「おい、なんだその語尾は!! また変なブームかよ、やめろよ姉貴!!」
「や・め・ろ~~~~!!?」
「金獅子海賊団と聞いてどれほどのモンかと思ったが……歯ごたえのねェ連中だったぜ」
「つまらない仕事だったねェ」
「衰えってのは残酷だな」
「……
「皆も金獅子海賊団の制圧、お疲れ様~~!!」
──既に百獣海賊団の“飛び六胞”率いる部隊に制圧されてしまっている。
Dr.インディゴ、スカーレット隊長なども同様であり、その研究成果もまた、既に百獣海賊団とビッグマム海賊団の手の内にあった。
「ハ~ハハマママママ!! 安心しなよシキ!! お前が20年で作り上げた珍しい動物達はおれにとっちゃあ宝の山さ♡ 全部きちんとおれのコレクションに加えてあげるよ♡」
「ウォロロロ……!! この“S・I・Q”とかいう薬品も上手くいけばウチのギフターズの強化に使えるかもしれねェ。そうなりゃお前の20年も無駄にはならねェぞ。おれ達が世界を獲る助けとして、お前の功績も讃えてやる!!!」
「既に世界中が動き出してる……“暴力の世界”を生き抜くために、誰もが準備してるの。私達だってうかうかしてられない。あなたを殺し、全てを貰って……私達はまた一歩、“海賊王”に近づくよ!!!」
全ては最初から決まっていたこと。
シキの衰えと油断が招いたこと。
「……最期に何か、言い残すことは?」
抵抗も出来ない。
これが“老い”かとシキはそこで初めて思い知る。
“白ひげ”や“ロジャー”が、なぜああもあっさり死ぬことを呑み込めたのかを知る。
自分の役目はここで終わったのだと……納得したのだ。
怒り、失意、屈辱、悔しさ、虚しさ──様々な感情が渦巻く。
それら全てを噛み締め、その上でシキは覚悟を決め、ほんの僅かに感心を浮かばせる。
──あのガキ共が
そうしてほんの少しだけ、シキは自分を超えた元仲間である彼らを認め、その上で彼は最期に吐き捨てた。
「──ジハハハ…………おめェら……地獄に堕ちろ」
「──もちろん♡ 天国なんて……こっちから願い下げよ。
言ってぬえが満面の笑みを浮かべた直後──シキの首が刎ねられ、宙に飛ぶ。
戦争を終えたこの日、聖地マリージョアにて死んだ最後の戦死者は……金獅子海賊団大親分“金獅子のシキ”。
かつてこの海で“海賊王”ゴールド・ロジャーや“白ひげ”エドワード・ニューゲートらと肩を並べた伝説の海賊もまた……一つの時代の終わりと共に──その一生に幕を下ろした。
──戦争から2週間後、“新世界”のとある島。
「……どうやら革命軍と海軍の生き残りは結託して新たな組織を作るようだな」
「ああ。おまけにあの海賊同盟は……“金獅子”が死に、その傘下の海賊団はそれぞれ百獣海賊団とビッグマム海賊団に吸収。シキが死んでも勢力は増してる」
「……これはぼちぼち、おれ達も動かなきゃならねェな……」
海賊の世界で知らない者はいない赤い髪の男は相棒や他の幹部達と共に頷きあう。
頂上戦争が終結し、彼ら──赤髪海賊団は何とか勢力を保ったまま生き残り、何とか新世界へと帰還していた。
そして、つい先程ちょっとした仕事を終えて、話し合いのために離れたところで彼らは集まっている。
赤髪海賊団だけではない──シャンクスにとって、縁のある者と一緒に。
「ぼちぼち、おれ達も動かなきゃならねェな──じゃねェよ!!! おいシャンクス!! てめェ、今がどれほどヤバい状況か分かってんのか!!?」
「ん? ……ああ、まあそうだな」
「話聞いてんのかてめェ!! おれァお前がどうしても話してェことがあると言うから嫌々付き合ってやってんだ!! そこんとこ忘れんじゃねェぞ!!!」
「はは……わかってるっての。そうカリカリすんな。ほら、飲むか? 注いでやるよ」
「! おお……悪いな。そうそう、再会を祝して酒の一杯でも飲んでパーッと…………騒ぐかボケェ!!! だから今の状況分かってんのかってんだよォ!!! 宴会なんてやってる場合か!!!」
その部外者──それはシャンクスの兄弟分である赤い鼻を持つこの男。
インペルダウンの脱獄囚を束ね、ノリで赤髪海賊団と革命軍に加勢し、海賊同盟相手にドンパチしたことで今更今後のことを心配している男“道化のバギー”である。
彼は今、シャンクスによって自分を崇拝する囚人達と共に、ちょっとした林の中で宴という名の話し合いの席に招かれていた。
だが気の抜けた返事をしたり、バギーを無視して幹部らと真面目な顔で話し合うのを見て、バギーはシャンクスの胸ぐらを掴んで怒声を浴びせる。
その行動にシャンクスは気にしておらず、バギーもまた何とも思っていない様子だが……バギーの背後にいる囚人達は、それを見て再び忠誠心を上昇させる。
「お、おい……やっぱすげェな……!!」
「ああ、世界広しとはいえ、“四皇”赤髪にあんな態度を取れるのは他の四皇か、キャプテン・バギーだけだぜ……!!」
「……兄弟分とは聞いていたが……よくそんな態度が取れるもんだガネ……」
少年の様に目をキラキラとさせてバギーの振る舞いに盛り上がる囚人達に、やや呆れながらそれを見るMr.3ことギャルディーノが並ぶ。
だがバギーはその背後の連中のことを気にしてはいない。今は何よりも、今後のことが重要なのだ。
その懸念を、バギーはひそひそとシャンクスにだけ聞こえるように必死に問いかける。
「どうすんだよてめェ……このままじゃおれァあの怪物共に的掛けられちまうし……!!! おまけに革命軍と海軍が手を組んで“新政府”がどうこうとか言ってんだろ……!?」
「! ……ああ、そうだな。カイドウとビッグ・マムの台頭は当然危険だが……革命軍も、今回は手を組めたとはいえ、海賊を取り締まらざるを得ない立場になる。そうなりゃあ手は組めねェだろうなァ……」
「だ~か~ら~!! おれァどうすりゃあいいんだよ!! あんな化け物共と戦争なんてまっぴら御免だぜ!! てめェ責任取りやがれ!!」
バギーは顔を恐怖で染めてシャンクスに向かって必死にどうにかしろと声を飛ばす。
実際、赤髪海賊団にとって……そして海賊同盟と敵対したバギーにとって、今後どうするかというのは正しく死活問題だ。
彼らはこれから世界の支配に向けて──“ひとつなぎの大秘宝”を手に入れるために動き出す。
その過程で赤髪海賊団や革命軍。そしてバギーらを叩き潰そうとするだろう。
そうなればバギーはどうしようもない。幾ら囚人達がそれなりに強くて数がいようとも、四皇と戦争などして勝てるはずもないのだ。
革命軍とまた手を組むという手もなくはないが、そう単純にはいかない。
革命軍は海軍や幾つかの国家と連携し、新たな秩序を敷いて海賊の支配に抗おうとしている。
その動きの中で、彼らは世界中の海を荒らす海賊達もまた取り締まる対象にするだろうが……そうなるとやはり、協力した赤髪海賊団やバギー達を特別扱いすることは出来ないだろうとシャンクスは見ていた。
無論、秘密裏に裏で手を結ぶことは出来るかもしれないが……それでも“新政府”は、海賊の支配と暴力の世界に抗う、民主的な理念を掲げる以上──海賊と手を組むという行為に安々とは臨めない。
もしそれを行い、それが露見してしまえば……海賊の支配ではない世界を求めていた人々の人心は離れ、新政府という秩序は容易く瓦解する。
不用意には手を組めない。ましてや、頼りには出来ない。
ゆえに革命軍は海軍や幾つかの国と手を組むことで、以前の世界政府までとはいかずとも……四皇の一角程度には相当するような勢力を作ろうとしている──全ては海賊同盟に、“暴力の世界”に抗うため。
そんな世界情勢の中で、赤髪海賊団もまた、滅びから抗うために何らかの対抗策を講じる必要があった。
「クソ……!! こうなったら、今からでも海賊同盟に擦り寄って──」
「──バギー」
「何だシャンクス。ちょっと黙ってろ。おれァ今、どうやって許してもらうかを考えて──」
そしてだからこそ、“赤髪のシャンクス”は一先ずの策として、この義兄弟を話し合いの席に招いた。
先の戦争で、バギー率いる囚人達は一定の実力を見せつけ……更にはバギーの名は世間に驚くほど広がっている。
世間の海賊達の中には、バギーに付こうとしている者達もそれなりに多く見られているという。
ならばこの名声と、求心力を使わない手はないと、シャンクスはそう思い──
「──おれ達も……組むか」
「…………あァ!!?」
──暴力の世界が始まり、世界の勢力図は……予測不可能な方向に変化していく。
「おれが……おれのせいだ……!!! オヤジ……皆……!!!」
「……エース……」
戦争で傷つき、足を止めた者達を無情にも──置き去りにして。
世界中→メチャクチャ
ジェルマ66→北の海侵略を開始。
黄金帝→詳細はまた今後のグラン・テゾーロ編にでも。暴力の世界を作り上げるために金の力で暗躍。
新政府→革命軍と海軍本部の残党と幾つかの国が合わさった海賊同盟に抗うための連盟。詳細はまた今後に少しずつ。
金獅子→研究成果や傘下が百獣海賊団とビッグマム海賊団に吸収。マリージョアにてシキ死亡。
赤髪と赤鼻→こっちはロジャー同盟。なお、詳しくは今後に書くけどこれによりバギー船長の名声がかつてないほどに高まり……。
エース→自責の念に囚われ。
ぬえちゃん→昔シキに言われた部下にならなきゃ死ぬのみを実行した。可愛い。
と、今回はこんなところで。戦争編が毎話2万文字くらいで大体2話分詰め込んでたけど今回からは普通の分量なので短く感じてしまう。でもこれでも1万2千文字あります。
次回は挫折した者達。ムサシ、ルフィ、そしてエース。何気にエース生存ルート。再起の為に無力さを思い知らされた彼らの進むべき道は如何に。次はもう書けているので早めに更新します。
後何気に本作も一周年ですね。いつも感想や評価をくれたり誤字報告してくれたりして応援してくれてる皆様、ありがとうございます。これからもぬえちゃんをどうぞよろしくね!
感想、評価、良ければお待ちしております。