正体不明の妖怪(になった男)、情緒不安定な百獣の腹心になる 作:黒岩
生まれた時、物心がついた時から──そこは“暴力の世界”であった。
最初の記憶。最初に見て感じたのは、畳の上で自分をあやす少女の姿。
『ほらムサシちゃん♡ どっちの刀が良い? 私的には、こっちの黒い方が硬くて鋭くておすすめなんだけど……どうかな~?』
『……こっちがカッコいい!!』
『だよね~♡ それじゃ、これあげるね!! プレゼントだよ!! それじゃ、ご飯食べ終わったら素振りでもしてみる?』
『──うん、やる!!』
自分と同じ、黒い髪に紅い瞳の少女。それは自分の家族である人間という名の獣だ。
自分の生まれた家はとてつもなく大きい。一般的にかなり恵まれた家柄と言えるだろう。出会った誰もが自分に畏まり、時に頭を下げ、敬語を口にする。
『む、ムサシお嬢様!! そちらはダメです!! こっちは子供の行くようなところでは……!!』
『お嬢。カイドウさんとぬえさんが呼んでいます』
筋骨隆々な男も、危ない目をした女も、はたまた身長5メートルを優に超える巨漢や、背中から炎と黒い翼が生えた者まで、誰もが自分を大切にしている。
なぜこれほど大勢の人が家にいるのか。最初は漠然と家族と思ったがそうではないと説明される。
家業は“海賊”。屋号は“百獣海賊団”。世界でも指折りの、凶悪な無法者の一味だ。
父親はその親分。“百獣のカイドウ”。頭に角が生え、龍に変身することが出来る正真正銘の怪物。誰もが恐れている。自分達が拠点にしているワノ国の住民も外海の海賊も皆。
『おいムサシ。飯の前だぞ、何見てやがる?』
『……玩具が壊れた』
『何だと……おい!! 誰か持って来てやれ!!!』
『は、はっ!! すぐに!!』
『って、ちょっと!! そこはご飯中に遊ぶなって言うところでしょ!!』
『硬ェこと言うな。マナーなんてどうだっていいだろう』
『マナーの問題じゃないっての!! 私が作ったご飯の前で遊んでるのが気に入らないのよ!! ってことでダメだからね、ムサシ!!』
『えー……』
そして家には家族が自分を含めて4人いる。
カイドウにぬえ。2人の怪物。そしてもう1人。
『ほら、ムサシ!! 遊びに連れてってやろう!!』
『姉上……今はお勉強の時間ではないのですか? また父上に叱られても知りませんよ』
『む……い、いや、そんな……そんなの怖くともなんともない!! 何しろボクは……光月おでんだからな!!』
『……姉上の名前はヤマトでしょう?』
『……もう一つの名だ!!』
──ヤマト。それは3つ年上の姉だ。
物心がついた時には、自らを“光月おでん”と名乗り、よく問題行動を起こして父に殴られている。
正直言って姉だけどバカだと思っている。光月おでんの名を騙ることは、それを倒して国を乗っ取った自分達にとっても都合が悪いし、敵対する光月の残党からしても良い気持ちはしないだろう。
だから小さい頃から姉の気持ちが理解出来なかった。父に殴られ、怖い思いをしながらもおでんを名乗る意味が分からないし、そもそもおでんは……父に負けた敗北者だ。侍の中では別格に強かったとはいえ、おでんだけを尊敬してなりきるなど意味不明を通り越して狂気である。
そう、憧れるなら──強い剣士
『強い剣士の話をしてほしいの?』
『はい!!』
『ん~……強い剣士ねぇ……だったら“鷹の目”か“赤髪”か……まあウチの海賊団だと“キング”だけど……』
『じゃあ全員で!』
『欲張りだね……ま、今は暇だから良いけどね』
幼い頃から何となく剣士に憧れていた。明確な理由は分からない。生まれた時から侍や刀を見たり、あるいはぬえに武器を見せられたりしたからだろうか。それで試し斬りなんかもして……気づけば刀が好きになり、剣士も好きになった。
そうやって武器や戦う者に憧れ、家業がそもそも戦うことが多かったりして、家族も周囲の者も皆戦えるともなると、自然と自らも戦いが好きになる。そもそも家がそういう教育方針でもあったりする。
『あっ、ムサシ!! くたばれぺーたんの仇!!』
『や、やめてくれよ姉ちゃん!!』
『ふはは、昨日振りだな、アホうるティと弱虫ぺーたん!! またこのわた……我にやられにきたのか!?』
『うるさい!! 今日こそはお前の頭かち割ってやる!! ──まずはぺーたんからだ!! 行け!!』
『ええっ!? なんでおれから……!?』
百獣海賊団には子供だけの訓練がある。正確には見習いが行う訓練であり、ぬえがなんとなしに行わせているものだ。
というのもウチには子供が多い。それは孤児などを拾ったりしている……という訳ではなく、単純にウチで生まれる子供がそれなりにいるらしい。
何でも他の有力な海賊団は女性の入団を断っていたり、海賊のくせにルールが厳しくて堅苦しいところが多いらしい。
だが百獣海賊団は違う。男も多いが、女も多い。
戦力になるのなら性別はおろか、子供だろうが老人だろうが迎え入れる。だから色んな人がいるし、女も多いから子供も生まれるらしい。
そうやって誰かから生まれた子供や、外から入ってきた子供、はたまた何か別の事情がある子供がその修行場に、ぬえによって集められてくる。
『は~~~い!! 良い子のみんな、こんにちは~~~~~♪ 今日もお姉さんといっしょに強くて立派な海賊になるための訓練をしていこうね~~~~!!!』
『はい!!』
『良い返事をありがとう!! ──ってことで、はい。今日も始めていいよー♡』
明るい笑顔と声で開始を宣言するぬえ。
まるでピクニックかお遊戯が始められるかのような雰囲気だが、実際はそうではない。血生臭い戦いの訓練だ。
『やあっ!!』
『しねっ!!』
『てめェが死ね!!』
子供達は2人1組になって殴り合う。
刃物や銃は一応禁止。素手か木刀を使ってただただ相手をぶちのめす。
言ってしまえばそれだけの訓練であり、時間内で別の者を連続で相手しようが、動けなくなるまで痛めつけようが構わない。殺したり、後遺症が残るような怪我さえ負わせなければルール無用だし、なんだったらそのルールもぬえの気分によっては解禁される。
『っ……も……止め……て……』
『あれ? もう動けなくなっちゃったかな~?』
そんな適当でいい加減なルールだから、当然、もう助からない重傷者は出てくる。
『あー……可哀想に。これもう治療しても助からないね。しょうがない。……誰かやりたい人ー』
そしてそんな時、ぬえは瀕死の子供を前に気の抜けた声で誰かを募る。
そんな時、決まって声を上げる者がいた。
『おれがやります』
『あ、ジャック~♡ なに、昨日も3人殺したのに今日も殺りたいの? 欲張りさんだねぇ~♡』
『……ダメですか?』
『ううん、いいよいいよ♡ ジャックが良い子過ぎてちょっと感動しちゃっただけだからさ!! だから……はい!! ご褒美に好きに殺していいよ!!』
『──ありがとうございます』
『ひっ……』
百獣海賊団の見習いである子供達──その中に、1人の怪物がいた。
その名はジャック。姉上と同い年。見習いでありながら既に実戦に駆り出され、こういう場でも真っ先に声を上げ、許しを得ると凶暴な笑みを浮かべて同年代の子を嬲り殺しにするイカレた男だ。
『あいつには近づくなよ……ムサシ。あいつはイかれてる。毎日何人も殺してるんだ』
『…………』
ジャックは怪物だ。子供達の中では最も強い。同い年のヤマトですら敵わないし、その下の者達──小さい頃からそれなりに強さを見せつけているうるティやページワンでも敵わない。
そしてそんなジャックはだからこそ──ぬえに気に入られていた。
『よしよし、良い子だね~♡ ご褒美に、今日は好物のゾウ肉のステーキを食べさせてあげるね!!』
『……ありがとうございます』
『…………』
……そう、ぬえにとって、良い子というのは強い子だ。
ぬえは子供が好きだが、その中でも特に強い子が好きであり、気に入った子は自ら連れ回し、特別待遇で可愛がる。
『ぐぬぬ……ジャックの奴……羨ましい……!!』
そして、ぬえは子供達の人気者だ。
悔しがるうるティだけが特別という訳ではなく、親のいない彼らにとって、ぬえやカイドウという百獣海賊団を束ねる怪物2人は憧れである。
カイドウもあれで自分を慕う子供を態々理由もなく傷つけたりはしないし、ぬえに至っては元々子供に笑顔を振りまき、歌やダンスを踊ってみせるアイドルである。
親のいない子供達にとっては親代わりと言っても過言ではない。実際に、うるティなどは本物の親のように慕ってべったりしているし、強がっているページワンや感情の動きをあまり見せないジャックだって嫌がってはいないだけでも語るに落ちているだろう。
そしてそんな彼らを見ていると……自分もまた、思うのだ。
『君は良い子だね~~♡ 身体はまだ強くないけど、頭を使って罠に嵌めて相手をぶっ殺したんだね!! うんうん!! そういうのも確かに、強さの一つだよ!! まだ弱い子供のうちに取る行動としては悪くないね!!』
『あ、ありがとうございます……!!』
『…………』
──その時は確か……とある少年が別の相手を頭を使って……それで斬り殺したかなんかで褒められていた。
顔も憶えていないが、出来事だけは憶えている。何しろその日は、とても特別な日だった。
『……? ムサシちゃん、どうしたの?』
『……ムサシ……?』
『────死ね』
『え──?』
私は褒められていたその少年の首を……一刀で離れ離れにしてやった。
瞬間、部屋の空気が凍る。
『……あ』
そして気づく。自分の間違いに。
ぬえが褒めている相手を、気に入っている可能性のある相手を殺してしまった。
なんで、なんで、なんで──!?
自分の突然の行動に固まったままパニックになる。確かにイラッとした。ムカついた。弱い癖に褒められて。自分の方がもっとうまく殺れる。ずるい。雑魚のくせに調子に乗るな。
理由は幾つか思いついた──が、どれもこれも殺すほどの理由ではない。
自分がなんでそんな行動を取ったか、理解が出来ないまま、ぬえに怒られるか何かを言われるのを待つ。
──だがその心配は無駄に終わった。
『…………あはっ♡』
『!』
ぬえはその時──恐ろしいほどの笑みを浮かべていた。
本当に嬉しいことが、偶然目の前に降りてきたかのように──満面の笑みを浮かべ、そしてややあって歓喜の声をあげる。
『ムサシ……あなたって……ほんっっっと~~~に、良い子だね!!!』
『……え……?』
『ご褒美にちゅーしてあげる!! はい、ちゅ~~~~~♡』
『!!?』
突然、抱きしめられ頭をわしわしと何度も撫でられ、そのまま口に思い切りキスをされる。
『さすがだよね!! やっぱ血縁だけが全てじゃないけど血縁は裏切らないなぁ!! いえ~~~い!! ムサシちゃん最高!! 可能性の獣だ!!! 今日はカイドウも皆も呼んでパーティだね!!!』
『え、えっ……?』
それでも留まらないぬえの喜びに、理解が出来ずに何度も頭に疑問符を浮かべる。
周りの子供達も同じだっただろう。なぜ、褒めていたお気に入りの相手が殺されたのに喜ぶのかと。
もしかするとお気に入りでなかったのか。あるいは、そういった相手を殺す相手がより気に入るということなのか。
だが後者は後に否定されることになる──後に、子供が褒められている時に別の子供がその子供を殺したが……その時はぬえはあっさりと「気に入らない」という理由でその子供をキングに引き渡した。
結局、その日は……その時はぬえが喜んだ原因が分からず、家族どころか百獣海賊団総出での宴が催された。
ウチの宴は派手で規模が大きい。ぬえとクイーンのライブにショー。酒と料理も消費しきれないほどに振る舞われる。
『ヤマト、ムサシ。お前ら2人にこれをやる。悪魔の実だ──食え』
『私があなた達にぴったりの能力を選んであげたからね!! これでもっと強くなれるよ!! やったね!!』
そして、私とヤマトは良い機会だからと悪魔の実を渡され、能力者になった。
ヤマトはかなり嫌がっていたが、無理やり食べさせられた。私は特に抵抗もなく食べた。死ぬほど不味かったが、強くなれるのならばいいか、と泳げなくなることのデメリットも気にせず、その日は不可解を抱えながらも眠りについた。
──それからまた訓練の日々は続く。
生活には不自由がない。欲しいものは基本的に何でも手に入る。
そして悪魔の実を食べてからというもの、私は屋敷の中でかくれんぼをしたり、何となくワノ国の本土にまで出ていって冒険をしたりした。
『──何してやがるムサシ!! てめェもヤマトみたいにバカやるつもりか!!?』
『……別に外に出ていくくらい良いだろう!! 城の中だけだと退屈だ!!』
『何だと!!?』
──怒られた。殴られた。だがまあ……それも理屈ではわかる。
ワノ国はそこまで安全ではない。百獣海賊団の手で光月の残党もほぼいなくなったように思えるが……実際はまだ隠れて健気に活動をしている者達が大勢いる。
それにあの四皇“百獣のカイドウ”の一人娘ともなれば、攫われて利用される──などということも起こらないとはいえない。
それでカイドウとぬえがどうにかなるかどうかは置いておいて、それが百獣海賊団にとって不利益であることは言うまでもないことだ。
だからこんなことはやめるべきだと、理屈の上ではわかる。だが──
『んー? 外に出たいの? まあ……ワノ国の中でなら良いんじゃない? 好きにしたら?』
……外に出たこととカイドウに怒られたことをぬえに告げると、そんな答えが返ってきた。
他の家ではどうかわからないが、一般的には意外なのかどうなのか。とにかく、家ではカイドウが束縛しがちで、ぬえの方はどちらかと言うと放任主義であった。
そもそもぬえはよくわからない。カイドウは恐ろしいが真面目でわかりやすく、行動原理も読みやすいが、ぬえはいい歳してアイドル活動に精を出したり、よくわからない知識を持っていたり、残酷な癖に子供にだけは優しかったりと色々と不可解である。
だからだろうか。私はずっと昔から、密かに不満に思っていたことがある。それは──
『──なぜ
──私はぬえが、私を血を分けた実の娘であるということを人に話していているところを……一度も聞いたことがない。
そしてそれは周りも同じ。誰も私のことを、カイドウの1人娘とは言っても、ぬえの娘とは呼ばない。小さい頃は呼んでいたような気もするが、それも憶えていない。まるで頭に靄がかかったかのように思い出せないのだ。
ぬえはヤマトや私のことを娘のように可愛がってくれるが、一度足りとも“自分の娘だ”という風に言ったことがないし、カイドウや昔からいる大看板などの幹部もそのことを口にしたりしない。
だがぬえの接し方は娘に対するものには違いない。私にとっても、たとえぬえと血が繋がっていなかったとしても私を育てたのはぬえであり、私にとってもどうあってもぬえは母親だと思っていたし、そういう風に接していた。
だが、外に対してヤマトを男として扱うように、私はなぜか、カイドウの娘としては扱われても、ぬえの娘としては扱われない。ぬえに直接尋ねても──
『…………別にいいでしょ。とにかく、そのことは誰かに言ったらダメだからねっ!!』
と、煙に巻いてみせた。それも、理由が不明。カイドウとぬえの間に何らかの問題でもあるのか、それともまた別の理由なのか、あるいはやはり別に母親がいるのか、何かしらの予想がついたとしてもそれを決して確定はさせない。
百獣海賊団内では暗黙の了解として、私は常にカイドウの娘とだけ扱われた。
それからだ。なんてことのないことだと思うかもしれないが……私は言いようのない不満から反抗期が増して──敢えてそれを了解し、そのことに頓着せず、自分の追い求めるものに夢中になって、それを忘れるように努めた。
『キング!! 貴様は今日から我のパパだ!!!』
『ムサシお嬢様。カイドウさんとぬえさんが…………今なんて言った?』
──とりあえず、強い剣士をパパとママにしてより強くなろうとした。
『ふははは!! そんなものは効かん!! 我は遊びに行くぞ!!』
『えええ~~~~!!? 嘘だろ!! これ爆発したら手足とか簡単に吹き飛ぶ筈なんですけど!!?』
──島に留めおこうとするカイドウや百獣海賊団の面々に反抗し、より自由に行動した。
『は~い!! 今日は新しいお友達を紹介しま~~す!! はい、挨拶して!!』
『……ハンコックじゃ』
『サンダーソニアです……』
『マリーゴールド……』
そうしながらも、訓練には参加した。
『ふはは、ハンコックと言ったか!! その程度の強さで我に勝てると思うなよっ!!』
『ええい……面倒な奴め……!!』
その間に、新たな子供達が訓練に参加してきた。
今では七武海のハンコックにその妹達であるサンダーソニアにマリーゴールド。後は──
『小紫、です』
『ほほう……お前があの……』
小紫、と名乗る陰鬱な気配を漂わせる女──日和。
おでんの実の娘というのは中々唆られるルーツである。
『ほらほらどうした!!? その程度では仇討ちなど到底叶わんぞ!!!』
『っ……うるさい……人ですね……!!』
何度も戦ったが……私は強い。全勝して何度もボコボコにしてやった。
そもそも私が負けるのは同年代ではジャックくらいであり、姉であり年上のヤマトでさえ私はあっさりと追い抜いて勝ってしまった。
『クソ……ムサシ……!!』
『ふっ、その程度か姉上。前とあまり成長していないぞ、つまらん。……よし、次はジャック!! 貴様だ!! 今日こそ貴様を叩き斬ってやる!!!』
『……やれるもんならやってみろ……!!』
『よし、どっちも死ね!!! 死ねばぬえ様は私の独り占めウサ!!』
『……なんか語尾がおかしくねェか? 姉貴……おいハンコック。てめェ、何か知らねェか?』
『わらわが知る訳なかろう……それより、ソニア、マリー。今日のこの後の仕事は……』
『確か料理よ、姉様』
『最近料理の番多いわね、姉様に花嫁修業でもさせるつもりかしら』
『だとしたら無駄じゃな。わらわが男に気を許すなど、天地が崩壊してもありえん』
──そしてその日々は、確かに私を強くした。
生まれつきの強い見聞色の覇気に加え、剣術に体術。悪魔の実の能力を使った戦闘方法。より強い覇気など、戦いに繋がる技術は順調に習得していったし、打たれ強さも遥かに上がった。能力により身体能力の強化はあれど、元より自分はあまり恐怖という感情を覚えたことがなく、たまに酷いおいたをした時に受ける拷問も、全く苦にならなかった。
気がつけば私より明確に強いと言えるのは、百獣海賊団では一部の飛び六胞に大看板。そしてぬえとカイドウだけとなった。
──そうしてしばらく、何年もの月日が経ち……ある日、私はワノ国にやってきた
『…………あ、えーと、どうも。お邪魔しています』
エースという名の男は、百獣海賊団を、カイドウを倒すためにワノ国にやってきたという。
だがそんな海賊は今まで幾らでもいた。それだけでは私が興味を覚える理由にはならない……私が興味を憶えたのは、彼の血筋のこと。
『ゴール・D・ロジャーの子孫……』
ぬえとエースが会話をしているところを盗み聞きし、その情報を知った。
なるほど、と思う。エースが自分の親を気にしていた理由も何となくわかった。
あの海賊王ロジャーの実の息子。ウチの父や……母でさえ敵わなかった相手。
そしてふつふつと湧き上がっていた外の海に出てみたいという思い──スペード海賊団の船に密航することを決めるのに、時間はいらなかった。
……そうして私はスペード海賊団の仲間達と冒険し、白ひげ海賊団の一員になり……世界を知った。
エースはカイドウの娘である私を受け入れてくれたし、“白ひげ”も厄介者であるはずの私を快く受け入れた。
そして……世界を見せてくれた。
白ひげの船にはルールが沢山あり、そして海賊にしては甘いところがあった。
カタギには手を出さないし、薬や奴隷も御法度。弱者を虐めるようなこともなければ、仲間殺しは禁忌。筋を何よりも大事にする。
それは百獣海賊団しか知らなかった私にとっては新鮮で……そして、どうしようもなく酷い現実だった。
『……どうして弱ェ奴を虐げちゃならねェのか?』
『……ああ。だって……弱い奴は……何をされても仕方ない。海賊なら、自分の食い扶持のために弱者から奪うのは当然であろう?』
『…………』
私は白ひげにそんな問いを投げかけたことがあった。今思えば、そんな質問は殴られて当然だとも言えるが……白ひげは、それを聞いても私に怒ったりせず、ただ眉間に深い皺を作り、ゆっくりと私に語りかけるだけだった。
『おめェ……ウチの船員や……スペード海賊団、だったか……あの火の玉小僧の仲間とは上手くいってるのか?」
『? ああ、そんなの……当然だ!! 皆気が良くて良いやつだしな!!』
『そうか……だったらおめェ……
『…………え……』
『…………』
『あ……えっと……その……上手くいってるかという質問と、どういう関係が……』
私はその質問に、上手いこと言葉を返すことが出来なかった。
白ひげは私を責めるでもなく、ただ無言で見つめ続け、そしてこちらの答えを待たずに息を入れる。
『……そうか。変なことを聞いて悪かったな……』
『……い、いや……』
『だが、ルールはルールだ。ウチの船にいる間はおれのやり方に従ってもらう。……いいな?』
『……わ、わかった……』
『……なら行っていいぞ。今日は冷える……サッチから温かい飯でも貰ってきたらどうだ?』
『……そうする……』
白ひげに行っていいと言われ、私は頷きを返し、ただ機械的にそのように動きながら質問の答えについて考え続けた。
弱者を虐げることがなぜダメなのか。
その答えに、今の仲間を大切に思うことと……人の痛みの何が関係あるのか。
私は厨房でスープを貰うと、皿を持ったまま人気のない甲板に出て夜空でも見ながら考えることにした。
だがその途中──
『…………あ』
『──うおっ!!? ムサシか!! 悪い!!』
その時、私は見聞色を乱していて、角からやってくる1人の船員とぶつかった。
相手もよそ見をしていた様子であり、なおかつ約束か用事か、あるいは仕事でもあるのか急いでいる様子だった。
『急いでるんだ!! 悪いな!!』
『…………』
ゆえにその船員は衝撃で私が持っていたスープが零れ、私の服や持ち物が汚れたことを、謝りながらもそこから去っていく。
そんな時だ。いつもの調子で私は自然と腰の刀に手を掛けた。
そして何の変哲もない一動作を……まるで部屋に出た虫でも駆除するかのように振り下ろす──
『!!?』
──ことは出来なかった。
直前で私を引っ張り、甲板に引き倒した者がいた。それは、
『何やってんだお前……!!』
『……エース……』
焦りを憶えた様子のエースがそこにいた。
エースは私に対し、迫真の表情で問い詰める。
『お前……今仲間を殺すところだったんだぞ……!!』
『……あ……』
そこで私は気づく。いや、思い出す。
そういえば、そうだった──と。
さっき私にスープを零した──私より弱い──苛ついている私の前に偶然居た弱者は──あまり話したことはないとはいえ……仲間だった。
『一体何があった!? あいつと揉めたのか!? それとも……』
『…………ああ……』
『ああ、じゃなくてよ。仲間に向かって刀を抜くなんて……普通じゃねェだろう。お前、どうしたんだ? 本当にどうかしちまったのか?』
間の抜けた声を漏らす私に対して、エースは本気で心配し、それでいて翻意があるなら私を許さない──という真意を覗かせて私に質問を重ねた。
だが、私は答えられない。エースの言葉が、白ひげの言葉が耳に痛い。
──そこでようやく私は気づいたのだ。
……普通の人間は……ちょっと苛ついただけで……その相手を殺したりなんてしない。
それもエースの言うように、一応は仲間を殺すなんてよっぽどのことだ。
そう……
『は……はは……』
『……ムサシ?』
ようやく……あの時ぬえが喜んだ意味が分かった。
普通の人間なら……ああも簡単に人を殺したりしないのだ。
思い出す。ワノ国にいた時……私は多くの人間を苦しめてきたと。
強い侍は技を覚えてから殺し、弱い侍は邪魔だったから殺した。
特に意味もなく、能力を使ってみようと嵐を起こし、その被害にあった見知らぬ民を見て特に何の感情も湧かないまま言葉だけの謝罪を口にした──悪い、運が悪かったなと。
支配している国の民にいたずらに被害を与える私に、カイドウやオロチが怒っていたのも当然であり……愉快犯な気質があるぬえが、注意はしつつもそこまでは怒っていなかったのも当然だ。
なぜなら私は──
『……エース……』
『……お前……どうしたんだ?』
心配するエースに告げる。自嘲した笑みと、出ることもない涙に悲しみ──告げる。
『私は…………人の痛みがわからないんだ』
『! ……え……?』
──私は……“獣”なんだと。
『ずっと昔から……堕ちてたんだ……カイドウやぬえ……あいつらと同じ……“獣”に』
だから喜んだんだ。子供の成長を。自分達と同じようになったと。
人を容赦なく餌にし、踏み潰すことが出来る……獣になったと。
『一度も気にしたことがなかった……!!』
自分は恐怖も痛みも感じない。
弱者が虐げられるワノ国の惨状を見て、自分から加担もしなかったが何も思わなかった──弱者に興味なんてなかったから。
『私の中の常識は……最初からずっと……!!』
そう、あの時からずっと──
『“暴力の世界”だったんだ……!!!』
──私は、獣の子だった。
『それに……気づかないまま……私はお前達と……まるで同じ人間の様に振る舞っていた……』
『…………』
そう、本当は弱者に興味なんてないのを……彼らに合わせて、優しい善人面をしていただけだ。
『知ってるかエース……私の能力……』
『…………ああ。確か……風を起こす虎だろ?』
『ああ、そうだ……ネコネコの実の幻獣種……そのモデルとなった幻獣はな……善人を害する伝承を持つ……人食いトラなんだ……』
能力を与えられた時の言葉を思い出す。
『私にお似合いの……ぴったりな能力だな……』
『…………』
頭を膝ごと手で抱え込み、私は自分という存在を呪う。
『お前達の仲間になりたかった……だけど、私はそうなれない……』
居心地が良かった。たとえ考えが違っても、この場所は今までよりも自由で、もっと居たいと思わせてくれる居場所だった。
『私がいるべき場所はここじゃない……私がいるべき場所は──』
そう、最初からずっと……決まっていた。
ここにいては彼らに迷惑が掛かる。彼らの評判が悪くなる。私が禁忌を破り、彼らに大切な人が死んだ悲しみを感じさせる。
そうなるくらいなら……。
『──待てよ』
『! エース……』
その言葉の先を口に出そうとし……しかしそれは割って入って止められる。
エースは僅かに苛ついたような……何かを我慢するかのような不機嫌そうな表情でこちらを見ずに割って入った先の言葉を口にする。
『……なんか色々と思いつめてるみたいだけどよ……』
『…………だって、私は悪い獣で……』
『そう、そこだ。おれが思うに……そこの部分は……まあお前が悩んでるところ悪いけどよ……あまり思い詰める必要はねェと思う』
『え……?』
エースはこちらに指を向け、考えを整理するかのように呟く。こちらが戸惑うのを無視して続けて、
『だってよ……そもそも海賊なんて……誰かに迷惑掛けながら生きてる奴らで……無法者で悪人だ。お前の言い分だとお前らだけが獣で、おれ達は普通の人間みたいだが……そもそも普通の人間は悪いことなんてしねェ──違うか?』
『えっ……いや、それは……悪いことをすることが問題というか、考え方の問題というか……』
『……そうなのか?』
『……そうだと思うけど……』
……なんでそこで逆に質問なのだろうと私は困惑する。こちらをからかっているのだろうか?
だがエースは至って真剣な様子で、再び首を捻る。そしてややあって、再び指を折り曲げ、
『……それだったら、別に問題ねェだろ』
『……どうして? だって私は、人の痛みがわからないんだよ?』
そう、問題なのだ。
だって私は人を殺しても、弱者が虐げられてても何とも思わない最低な生き物で──
『──そうやって、自分のことを
『──え…………あっ……』
エースの言葉に、ややあってはっとする。
そういえば、そのことに気づいて……今自分は自己嫌悪に陥っている。
ありえないことだ。矛盾している。自分の考え方、主義、信念を理解し、実行しながらも……それを自分で嫌っているなんて。
どっちつかずでわからない。自分のことが。
『そうやって悩めてるんなら……自分の……考え方? 人の痛みがわからないってのも直せるんじゃねェか?』
『それは……でも……無理だよ。私にとってそれは当たり前のことで……常識。そんな簡単に変えられるものじゃないの』
エースの言うように、考え方を変えられるかを思考し、しかし無理だと断定する。
今だって自分の心の根底にある考えは変わってない──弱い奴が虐げられるのは、弱いから悪いんだという思い。
幼い頃からとっくにその理が染み付いているのだ。だから、それは無理だ。
『……だったらよ──ムサシ』
エースが何かを決断する時の顔をこちらに向ける。
自然と追い出されるのだろうかと思う。だって、仲間を危険には晒せない。
ましてや今のエースは部下を持つ隊長としての立場がある。ならば、上に立つ者として内の危険分子は排除するのが合理的な──
『仲間を──いや、おれを頼れよ!!!』
『!!! へ……?』
エースが自らを差して、言う。それこそ、さっきから続く苛ついた難しい顔のままで。
『お前が誰かを心なく傷つけそうになったら……そん時は、おれが止めてやる!!!』
『えっ、で、でも……』
『でもじゃねェ!! そもそもだ……自分の居場所を勝手に……屁理屈こいて去ろうとするんじゃねェ!!!』
『へ、屁理屈って……』
……もしかして、さっきから難しい顔をしてたのって、私の言ってる意味が解りにくかったからなんだろうか。
多少はその要素がありそうに見える。そんなに分かりにくかったかな……私の話……と、少し落ち込んでしまう。
だがエースはそれにも構わず、自分の言いたいことを口にした。
『お前は……もうとっくにおれ達の仲間なんだ!! 勝手に去ることなんておれが許さねェ!!』
『え、ええ~~~~~……!!? 凄い勝手な……!!』
『海賊ってのは勝手なんだ!! よくわかんねェ理由で仲間を取られてたまるか!! それで……そう、それでもだ。お前の戻りたくねェ居場所がカイドウ……百獣海賊団だって言うんなら──』
エースは言う。その握りしめた右手を、燃え盛る炎に変えて。
『──おれがその居場所、ぶっ壊して……!! それで、お前を改めて奪い取ってやる!!!』
『……!!!』
──その言葉は、私がいる闇の中で……唯一、光り輝く希望の炎だった。
ありえない……そう、あまりにも夢に満ちた言葉だった。
だからだろう。その時、私は照れ隠しにも言ってしまう。
『……私の親に勝てるかなぁ……いや、無理な気がする……』
『無理じゃねェ!!! おれは他の奴とも約束してんだ!!! お玉とか……後そうだ!! ヤマトの奴も船に乗せる約束してるからな!! カイドウとぬえをぶっ飛ばして全部解決してやる!!!』
『……ヤマトとも約束?』
『ああ!! ヤマトもいつか海に出る!! その時は仲間に誘ってやるってな!!』
『……へぇ~……あのヤマト姉上と……』
……この男、前々から薄々思ってたけど……人誑しというか……しかもその上でもしかすると女誑しか?
私はこの無謀で見積もりの甘い男の将来を憂う。……以前は白ひげを殺そうとし、今度はカイドウにぬえとか……どう転んでも死ぬ未来しか見えない。
『……はぁ……でも確かに……エースには私がついてないとダメかもね』
『そうだな……お前の作戦には結構助けられた……というか、お前、いつもの頭がおかしい変わった言動じゃなくて、なんか普通の女みてェな話し方になってねェか? もしかして、そっちが素か?』
『っ……! うるさいぞ、バカエース。わた……我の口調に文句をつけるな』
『はは……!! それだそれ!! その方がお前らしいぞムサシ!! それで誰彼構わずパパにするとか言うのがお決まりのパターンだ!!』
『……別に誰彼構わずという訳じゃないんだけどなぁ……』
『あれ、そうなのか?』
エースは首を傾げているが、勿論だ。強い剣士。それが条件。
……だが、そうだな、と。エースなら──
『……エースなら……パパにしてやってもよいぞ』
『!!? いやいやいや、この歳で子持ちなんてごめんだぜ!! 面倒見切れねェよ!!』
『ん、面倒……? …………! いや違う違う!! そういう意味じゃない!!』
『? どういうことだ? てっきり、お前は結婚したい相手でも探してんのかと思ってたんだが……違うのか?』
『っ……!! そ、そんな訳あるか!! バカエース!!!』
『痛ェ!! おい急に殴んなよ!! 人の痛みを知れ!!』
『知ってても殴るわ!!!』
『──グラララ……なんだ、騒がしいな』
──そして、そこからはおそらく、盗み聞きしていた“白ひげ”やらマルコやらサッチやらジョズやらイゾウやらビスタやらデュースやらティーチやら……白ひげ海賊団の船員達と夜中にも構わず大はしゃぎ。
それが数年前の……まだ平和だった頃の話。私はずっと勘違いをしていたエースをぶん殴り、他の船員に止められながらも思ったのだ。
この居場所に……居続けたいと。
私が私のまま自由でいられる場所。それがあの場所だったのだ。
だがそれは……今や、ほぼ無くなってしまった。
──私はあの戦争を終え……世界政府が陥落し……そして、家へ帰ってきた。
「──帰ってきたな……ムサシ」
「ああ……ただいま──クソ親父」
「いやーこれでムサシも戻ってきてとりあえず戦争の一件はめでたしめでたしかな!!」
ワノ国、“鬼ヶ島”の居城の一室。何十畳もの畳が敷かれた宴会や会議用の広間で、私は上座に座る父親──“百獣のカイドウ”に挨拶する。
その横には“妖獣のぬえ”。百獣海賊団の2トップがいて、そのカイドウとぬえの正面。横には対面するように百獣海賊団の幹部が勢揃いしている。
“大看板”に“飛び六胞”。比較的実力と立場を持つ真打ち連中──世界最強の戦力の中核を担う者達。
その誰もが無事でここにいることに眉をひそめる。白ひげ海賊団や海軍はあれだけの人が死んだというのに、百獣海賊団の主要幹部は全員生き残っているという事実に。
だがそれも理屈の上では納得出来る。戦争では終始海賊同盟側が優勢であったし、百獣海賊団の真打ち以上は軒並み
身体能力に加え、スタミナや回復力が上がる
そして姉であるヤマトもまたそこにいる。また反抗したのだろう、僅かに傷を負っている。
「お前ら……ご苦労だった」
そして百獣海賊団の主要人物が揃い、そこでようやくカイドウは皆に向かって労いの言葉を掛ける。
「今回の戦争はおれ達の勝利だ……!! 後でまた……祝いの“金色神楽”でも労い、説明もするが……まず先に、次の計画と動きについて言っておく──バオファン!!」
「あいよ~~~~~!!!」
カイドウに名を呼ばれ、カイドウやぬえの秘書を務め、情報処理や報告を担う子供ながらに優秀な人材。ギフターズの真打ちであるバオファンが天井から飛び出てくる。どうやらソノがいないため、今回は彼女に司会を任せるようであった。
「え~~~今回の戦争は!! 我々百獣海賊団とビッグ・マム海賊団、金獅子海賊団の同盟が~~~~~見事!! 海軍本部と白ひげ海賊団を蹴散らし!!! 勝利を収めました~~~~~!!!」
紙を片手に持ちながら手を上げて勝利を盛り上げ喜ぶ声を上げるバオファン。改めて言わずとも誰もが知っているその勝利の報告だが、それでも居並ぶ面々は満更でもない。誰もが不敵な表情を浮かべている。──自分達が覇者だ、と言わんばかりに。
「それは喜ばしいこと……で~~す~~が~~!! 未だカイドウ様に逆らう不届き者が幾つか!! いる!!」
バオファンは声を張り上げる。相変わらず表情は見えないが、彼女もまた子供ながらに“獣”だ。本気で百獣海賊団の思想に賛同している。
「革命軍と海軍が合併して出来た~~~~“新政府”!!! そして~~~赤髪海賊団と
そしてだからこそ、誰もが──今挙げられた邪魔者を倒し、本当の意味でこの世界を支配しようと目論む。
白ひげ海賊団の残党やエースの弟は挙げられていないが、名指しされていないことにさして意味はない。邪魔者であればどっちにしろ奪い、消すだけなのだ。
そして実際に今の百獣海賊団なら──その全ての戦力と戦争しても、勝ちうるだけの力がある。
「ゆえに!! 私達はこの邪魔者を潰さなきゃならない!! だからまず、そのための準備のために~~~~~これからまず!! やるべき動きが主に2つ!!!」
……だがさすがの百獣海賊団も、あれだけの戦争の後に連続で大きな動きをすることは厳しく、動いたとしても手痛い被害を受ける。
木っ端の海賊団であれば片手間に潰せるのは相変わらずだが、今挙げた勢力は謂わば、この世界中の勢力の中で数少ない、油断のならない──片手間では潰せない勢力だと認めているに等しい。
そのために準備が必要なのだ。
「まず一つは~~~~~新たな戦力を得るための動き!! “新鬼ヶ島計画”!!!」
「!!」
指を一本立ててバオファンは高らかに計画の名前を謳い上げる。“新鬼ヶ島計画”……計画の概要も知らないが、新たな戦力を得るためという言葉といい、ろくでもない計画であることだけは確かだ。ヤマトの表情が歪んでいることからも、それは確か。
「こちらについては、後に金色神楽でカイドウ様から説明がありますが~~~~~!!! 要は、少なからず減った戦力を元に戻し!! 更に戦力を増やして増やして増やしまくる計画となります!!!」
「──その通りだ。“新政府”やら“赤髪”の同盟やらはその場しのぎの策に見えるが……奴らはまだイカれた訳でもなければ諦めた訳でもねェ!! おれ達を牽制し、攻め立ててくるだろう!!! 確実に潰すための戦力を、まずは集める!!!」
「まあ
「ああ……ありゃあウチの技術者やワノ国の職人を使っても1年……いや、2年は掛かるぜぬえさん!! それまでは使っても、すぐにぶっ壊れちまう!!!」
「ってことなのよね~……だから、残念だけど試運転はお預けだし、大きな戦争はもうちょっと準備してからかなー」
カイドウとぬえが補足するように説明する。クイーンが修理中であるという何かの説明をすると、居並ぶ面々も僅かに表情が歪んだ。それが動けば苦労はしない──という類の僅かな苛立ちである。
「そう!! そしてもう一つが~~~~~“ビッグマム海賊団”との!! 同盟強化!!!」
そして、後で詳しい説明をするという新鬼ヶ島計画については飛ばし──今度はビッグマム海賊団との同盟強化という動きをバオファンは口にする。
「ビッグマム海賊団の戦力は、これから暴力の世界を作り上げていく中でより重要となり!! また向こうも百獣海賊団の戦力はなくてはならないものとして考えています!!! そ~~こ~~で~~!!」
バオファンは溜めを作り、そこで手を指す。相手は──私だ。
「“ビッグ・マム”から直々に提案がありました!! それは~~~~~ビッグ・マムの息子の誰かと!!! カイドウ様の娘である2人!!! そのどちらかの婚姻の計画です!!!」
「!!!」
──やはり。そういうことだったかと得心する。
ビッグマム海賊団が傘下や有力な組織、海賊と縁談を結び、血の繋がりをもって組織をデカくしていくというのは有名な話。
百獣海賊団とビッグマム海賊団が手を組むともなれば、そうなることは自然なことだ。
特に“ビッグ・マム”からすれば、今百獣海賊団と敵対するのは色々と困るだろう。それは避けたいため、組織的には一先ず同盟を継続するための手を打つだろう──そうなれば、真っ先に浮かぶ確実な手は婚姻。
ビッグ・マムの大事な息子と、カイドウのたった2人しかいない娘の婚姻は、本人達がどう思おうと、組織の繋がりを強くする一手になり得る。
そしてそれを了承したため──今この場所で話が出たのだ。
「ああ……リンリンの奴から話が持ち上がった。ヤマトかムサシ。どちらかにはリンリンのガキと結婚して貰うが……お前ら、構わねェな?」
「……!! どうせ……嫌だと言っても無理やりさせるんだろう!!」
「……我は……別に構わないが」
ヤマトは怒りや悔しさを滲ませてそう叫び、そして私の方は……別にいいとあっけからんと言ってみせる。
実際、婚姻を結ぶくらいなら何も問題はない。戻ってきた時点で、それくらいの覚悟は出来てる。
まあ強いて問題を言うなら……一つだけ、大きな問題があるのだが……まあそれは相手が了承するならば……という感じだ。私としては、問題は……ないはずだ。
「……ヤマトはともかく……ムサシ!! お前も良いんだな?」
「……ああ。構わない。……もっとも、ちょっと問題があるんだけども……」
「問題?」
「?」
カイドウの確認。こちらの答えが意外だったのだろう、改めて確認を取ってきたため、正直に構わないが問題があると答える。
するとカイドウやぬえも頭に疑問符を浮かべたので、私は思わず内心で笑ってしまう──これを口にしたら……どうなってしまうのかと。
彼らは一体どんな反応を寄越すのか。どれほど狼狽するのか──と、興味はそれに尽きる。
そして私が誰よりも、その余裕を崩したい相手は──大きな怪物よりも、小さな怪物の方だ。
「その前に……ぬえに言っておくことがある」
「……私に? 何を今更?」
ぬえが小首を傾げる。どうやら本当に分かっていない様子であり、そしてそれは珍しいことだ。
何しろぬえは得体の知れない怪物。知り得ない情報ですら知っている。どんなことでもまるで見てきたかのように語る──正体不明の妖怪であり、誰もが内心畏怖している化け物。外面がなまじ良いだけに、その得体の知れなさは年々増している。
家族としては……こんな怪物がアイドルをしているなど、ちゃんちゃら可笑しいことだ。
「……我は……いや、私は……この場所に戻ってきたし……百獣海賊団のために働く」
「……それで?」
言ってやる。エースと約束した──私達の夢と野望を叶えるために……その決意表明を。
「でもいずれ……私はあなたを……いや、敢えて人前で禁じられている“母上”と呼ばせて貰いますが……母上。我はあなたを──世界のアイドルという座から……最恐生物という座から、引きずり下ろす!!」
「!!?」
「…………へぇ?」
場が一瞬にしてざわつく。それもそうだろう。
今言ったことは、事実上の下剋上宣言に等しい。百獣海賊団の主要幹部しかいないとはいえ、禁忌を口にしたこともざわついている理由の一つだ。
だが気にしない。気にするべきでもない。これが正しい。
何しろこれは──“獣”の流儀だからだ。
「それを今ここで言うのね」
「……真相がどうあったとしても……私はあなたの娘でしょう母上。私はあなたに育てられたし、あなたは私を娘のように扱った。それは事実」
「……まあ、そうね」
そう、血の繋がりなど関係ない。その点はもはやもう、重要ではない。
とっくの昔から、血の繋がりがあろうがなかろうが、彼女に娘として育てられた時点で、私は2人の子供なのだ。
そしてだからこそ──私は獣だ。
「確かに、私はあなた達と同じだった。……でも、だからこそ……出来ることがある」
そう、エース達を、居場所を守るために──敢えて私は、この道で頂点を極めることを選んだ。
「私はここで力をつけて……いずれ、正面からあなたを倒す。そして……百獣海賊団を、この手で奪ってみせる」
「…………なるほど」
そしてそれが、彼らにとって正しい理だからこそ、ぬえはここで怒りではない──満面の笑みを浮かべ、
「……いいねいいね!! いいじゃないムサシ!! 私は嬉しいよ!! いやーそこまで言われちゃ私も応えてあげないとね!!」
言う。ぬえは、私への返しとして、自ら禁じている語句を用いて、
「褒美として……私も今回は人前で、ちゃんと親として褒めてあげる!! ──さすがは私の娘!!! 外に出て一回りも二回りも成長したね!!!」
──喜ぶ。歓喜する。褒め称える。
獣にとって、力で勝ち取るのは素晴らしいことなのだ。それが自分の家族……娘であれば、その喜びは一入だろう。
「……おれはどうするつもりだ?」
そして、残ったカイドウの方もこちらに問うてくる。
こっちはまだ笑みではないが、試すような真剣な眼差しで見てくる。到底信じ難い──そんなことが出来るとはまだ思っていない様子だ。
だからそんなカイドウに、私は言ってやる。
「父上……あなたを倒すのは私じゃない……いずれ、もっと相応しい相手に倒されればいい」
「……!! ほう……」
聞いて、カイドウは僅かに息を漏らした。聞いてなお、信じ切ってはいない様子だが、それでも実の娘の言葉はそれなりに思うところがあるのだろう。
「おれを倒せる奴か……もう戦える奴すら数えるほどしかいねェが……そんな奴が現れたなら──」
「……最高の死に様が得られて……満足すると?」
「殺せたらの話だ。おれと戦える程度で勝てる気になるような浅い奴なら……そいつはおれを満足させることは出来ねェ」
そして答え、口元に不敵な笑みを携えて続けて、
「──だがもしそういう奴が現れたなら……全力で、相手してやる」
──ゾクリ、と背筋が震える。
血を分けた……自分の親ながらとんでもない化け物だと改めて感じ取る。
最強生物と呼ばれるのは伊達ではない。白ひげが死んだ今では、間違いなく世界最強の海賊であり、それと同格であるもう1人の怪物もまた……世界最恐。
「裏切りじゃなく……おれを正面から力で上回るってんならお前だろうがヤマトだろうが構わねェ。期待はあまりしてねェが……それはそれで面白そうだ」
「あはは!! だよね!! ってことで、話はそれだけ? も~こんな場所で決意表明なんて……中々面白いことするじゃない!! ……あ、せっかくだし、後でご褒美でもあげよっか? あなたの大好きなぬえちゃん特製オムライスでも作ってあげるよ♡」
「……オムライスは貰いたいけど……でも──どうだろう。これを聞いた後でも、ご褒美をくれる気持ちになるのかどうか……」
「……ん? 何? まだ何かあるの? ……あ、そういえば何か問題があるんだっけ?」
ぬえがまた聞く態勢を取る。カイドウも同じ。
そしてトップ2人がその態勢なら誰も止めはしない。
……出来れば止めて欲しかったが……と思いつつ、私は珍しく、恐怖にも近いプレッシャーを感じつつ、意を決してそれを口にする。
「いや……結婚となると……やっぱり、子供とか作らなきゃだと思うんだけど……」
「…………あんた、急に生々しい話するわね……個人的には、そういう話はあんまりしたくないんだけど……ま、作りたくないなら作らなくてもいいんじゃない? ねえ、カイドウ」
「……どっちでも構わねェ。好きにしろ」
話を切り出した途端、ぬえが珍しい、めちゃくちゃ微妙そうな、端的に言って嫌そうな顔になり、カイドウもまたどうとも言えないような表情を浮かべる。
どうやらそれだけでも結構な精神的ダメージを与えられているが……勘違いしている。まだ私の話は終わっていない。
「……いや、そういう話じゃなくて……まあ、これは……あなたを倒すために、まず最初の……ちょっとした嫌がらせよ」
「…………嫌がらせ?」
黙って首肯する。そして、ぬえに向かって指を指し──
「あなたをアイドルから引きずり下ろすためにまず────あなたを、
「……………………はぁ?」
──時が凍りつく。誰もが絶句する。
それは百獣海賊団の禁忌。ぬえに対する……年齢の話。
アイドルに拘り続け、永遠の15歳だと高らかに謳うぬえにとって、年齢の話は何よりも持ち出されたくない話だ。
ましてやババアやおばあちゃんなどという言葉を吐こうもんなら、良くて即死。悪くてグチャグチャに解体されて殺される。
その時の恐ろしさを知っているためか、居並ぶ幹部陣も汗を掻き、顔面を蒼白にしている。飛び六胞のフーズ・フーやササキ、大看板のジャックも汗を掻き、クイーンに至っては口をあんぐりと開けて白目を剥いている有様だ。
それだけでもこの言葉のヤバさが伝わるだろうが……驚くなかれ。これですら前座なのだ。
「8か月後……いや、7ヶ月後くらいか……? ……とにかく、その時を楽しみにするがいい!!!」
「……ん……? …………………………………………えっ」
──今度こそ、時が死ぬ。その場の空気は霧散して消え失せる。
今度はあのぬえですら顔が青くなった。カイドウですら、言葉を失い、そして永遠にも思える数秒後にやっと口を出す。
「……!! おいムサシ!! バカな冗談はやめろ!! お前、まさか……!!」
「……幾ら私……我でも、こんなたちの悪い冗談は言わない…………」
そう──私ですら、まさかこうなるとは思っていなかったのだ。
だが……そうだ。世界にはこんな言葉がある。
──
「…………とりあえず……その、なんだ……勝手が分からないから……べ、
「……………………」
そして、その場にいる誰もが──カイドウやキングなどの一部を除き、それでも驚いてはいたが……一斉に示し合わせたように、声を揃えた。
「え~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!?」
──その日、鬼ヶ島は絶叫した。そして、誰もが思い出した。
百獣海賊団において……一大事とは常に、敵対勢力との抗争でも、ナワバリの話でも、ましてやアガリの話でもない。
百獣海賊団が四皇になってから、その最大の問題は常に、カイドウの……“家族問題”であったということ。
そして私、ムサシは心の中で誓う。……エース……こっちは大変だけど、“海賊の高み”で待ってるからな……!!!
いや、どうだろう。来たら本当に殺されかねないから、本当にこれから頑張らないとな……とにかく私は改めて、獣の世界で生き抜き、いつか彼らを倒す者達を待ち望むことを決意した。
百獣海賊団年少組→ヤマト、ムサシ、ジャック、うるティ、ページワン、ハンコック、サンダーソニア、マリーゴールド、日和。全員生え抜きの百獣海賊団。
子供教育→戦闘訓練は大事。強くて容赦のない子は成績優秀者としてぬえちゃんに可愛がられます。
エース→人誑し。ルフィもそうだけど、女性とのキテル絡み多いよね。
ネコネコの実幻獣種→モデル“窮奇”。詳しくはWikiでどうぞ
新鬼ヶ島計画→やります。ワノ国及びある人物のカウントダウン。
シャーロット家との婚姻→息子達が嫌がる様子が目に浮かぶ。
例のアレ→修復に時間が掛かる。
母親→血の繋がりは相変わらずどっちつかず。ただし育ての親ではある。
ムサシ→やってしまった。
カイドウ→やはり一番の問題は新政府でも赤髪でも何でもなく家族問題。
ぬえちゃん→アイドル生命の危機。珍しく本気の驚き。こういう未知はいらない。可愛い。
ということで衝撃展開でした。父親は……一体誰だろうなー()
次回はルフィとハンコック。後はロビンとか。色々ありますのでお楽しみに。
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