正体不明の妖怪(になった男)、情緒不安定な百獣の腹心になる   作:黒岩

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新鬼ヶ島計画

 ──“凪の帯”、インペルダウン。

 

 政府の三大機関の一つ、世界中の犯罪者を捕らえておく大監獄もまた、大事件の影響で陥落した。

 大量の脱獄囚達によって獄卒や看守達が倒れ、かつての地獄は見る影もない。

 だがそんな中、たった1人でそれを食い止める男がいた。

 

「ま、待て……!! 逃さんぞ……!!」

 

 地面に倒れる大量の職員達。その中心に立つのはこのインペルダウンの署長であるマゼラン。

 血塗れになり、片腕を押さえ、足を引きずりながらも彼は去っていこうとする1人の囚人に追いすがる。彼を掻き立てる使命、責任感、正義感が、目の前の男を決して逃してはならないと告げているのだ。

 世界政府が、海軍本部が崩壊し、大監獄からどれだけ多くの囚人が逃れようとも……それでもまだ、この場所を守り続ける意味は必ずある。

 市民を少しでも守るために、マゼランは署長としての務めとして身体から毒を分泌し、戦おうとした。

 だが──

 

「……そんなボロボロの状態じゃ……勝負にもならねェ」

 

「!! ガッ……!!?」

 

 浅黒い肌の大男。マゼランが何としても止めようとしていた男は、無情にも、マゼランの腹に拳を突き立て、彼を地獄の奥深くに吹き飛ばす。

 ただの囚人には不可能な芸当だった。どれだけ怪我を負っていても、マゼランはこの地獄を任される最強の親玉。七武海クラスの猛者が数人集まっても制圧してしまうほどの怪物。その実質的な強さは大将にも迫ると噂されるほど。

 だがしかし──その男もまた、別格だった。

 

「……あの化け物みたいな“白ひげ”が死に……このおれを捕らえた海軍も滅びた……だが……シャバは随分と面白ェ……」

 

 その男がいた地獄は“LEVEL6”。

 政府に揉み消されるほどの大事件を引き起こした危険人物が収容される地獄の最下層。

 そしてその男もまた──とてつもない経歴を持っていた。

 

「“暴力の世界”か……カハハハハ……!!! 上等だ……!!!」

 

 “ガルツバーグの惨劇”を引き起こした……9番目の弾丸。

 元ロジャー海賊団。“鬼の跡目”の異名を持つ男。その名は──

 

「目指すは“世界最強”だ……!!! “新政府”も“赤髪”も、“ビッグマム”も……“ぬえ”も……“カイドウ”も……!!! 全員おれが殺してやる……!!!」

 

 ──ダグラス・バレット。

 

 誰も成し得たことのない本当の世界最強を目指す鬼は、遂に地獄から舞い戻り、世界の流れに身を投じた。

 

 

 

 

 

 ──戦争から数日後。新世界、“ホールケーキアイランド”。

 

 ママのお茶会には地獄の鬼も顔を出す──新世界では常識のその格言はかの“四皇”ビッグ・マムが開く“お茶会”を指すものだ。

 定期的に開かれるお茶会はビッグ・マムが世界中から集めた美味しいお菓子を楽しむための催しであり、なにかの祝いの際にも行われる。

 そして一度、お茶会を開くことを決めれば多くの客人が訪れる──ビッグ・マムの家族、子供達、傘下の海賊、裏社会の帝王達など、そうそうたる顔ぶれが並ぶ。

 だが今回、戦争で勝利を収めたという成果はあるものの、お茶会は開かれない。なぜなら祝いの席は──共同で開かれることになっているからだ。

 勝利を収めたのは自分達だけではない。同盟相手である“四皇”百獣海賊団もまた、今回の戦争の勝利者であり、ビッグマム海賊団と共にこの世界を地獄に突き落とした張本人。

 ゆえに、祝いの宴は共同で開かれる──今回は百獣海賊団の本拠地、ワノ国“鬼ヶ島”にあるカイドウの居城で“金色神楽”という大宴会を予定していた。

 

「鎖国国家“ワノ国”か……話には聞くが、さすがに行くのは初めてだな」

 

「お祭りあるのー?」

 

「ああ。何でもワノ国じゃあ一年に一度の火祭りってのがあって、その日に百獣海賊団は“金色神楽”って大宴会を開くらしい」

 

「……宴をやるのはいいが……向こうの拠点で……しかもぬえの歌をまた聞かなきゃならねェってのが憂鬱だぜ。TDやグッズまで押し付けてきやがって……どうにかならねェのかあれは」

 

「こっちに来て暴れられるよりマシだろう……」

 

「私はあの歌好きだけどなー」

 

「歌自体はな。……ぬえの恐ろしさを知らねェ弟や妹達が羨ましいぜ」

 

 そのため、ビッグマム海賊団の幹部──リンリンの子供達は帰ってきて早々にワノ国へ向かうための準備を行い、ワノ国や百獣海賊団を話題にし、屋上で家族だけの軽いお茶会を楽しんでいる。

 子供達の中でもレザンやフランペなどの下の弟、妹達はワノ国での宴会を純粋に楽しみにしているが、反対に上の子供達は苦い顔を浮かべている。オーブンやダイフクは聖地で聞いたばかりの歌をまた聞かされるのか……と愚痴を吐いていた。特に上の男兄弟達は色々と思うところがあるようで、お菓子と紅茶を口にしながらのぼやきが止まらない。

 

「それにしても、本当にあの百獣海賊団と同盟を組み続けることになるとはな」

 

「全くだぜ!! ペロリン♪ ──なあママ。今からでも遅くはねェぜ。宴を楽しむ振りして奴らの酒に毒でも仕込むってのはどうだ!?」

 

「ママママ……バカなこと言うんじゃないよ。おれが決めたことだよ、仲良くやりな。これから何度も肩を並べて戦うことになるんだからねェ」

 

 そしてその愚痴に笑みを浮かべながら諌めるのは家長でありビッグマム海賊団の船長でもあるシャーロット・リンリン。

 彼女はいつも通り、大口を開けて大量のお菓子を口に運びながら、子供達の文句を不敵な笑みで封殺する。

 

「……! でもよ……ママ。あいつらのことだからいつ裏切るかもわからねェぜ? 先にこっちから仕掛けた方が──」

 

「うるさいねェ……わかってらァ!! そんなこと!!」

 

「!」

 

 笑みを浮かべたまま、しかし一喝され、文句を口にしていた子供達が一斉に黙る。

 子供とはいえ──いや、子供だからこそ“四皇”シャーロット・リンリンの恐ろしさは誰もが身に染みてわかっている。いざという時は実の子供にだって容赦はしない。家族の情はあるとはいえ、ビッグ・マムの根底は海賊であり、生まれながらの怪物であるのだ。常人ではなく、常識は通用しない。

 ──だがその常識が通用しない怪物は1人だけではなく……同じ怪物と手を組むというのだから、その恐ろしさを知る子供達は気が気でないのだ。

 

「お前達おれを信じられねェのかい!?」

 

「……!! そんなことはねェが……!!」

 

「ふん、大方カイドウとぬえに嵌められるんじゃねェかって怯えてんだろうお前達も」

 

 そしてリンリンはそれを見抜いて指摘する。彼ら──ビッグマム海賊団の名だたる幹部ですら、あの戦争を経てカイドウとぬえをこれまで以上に危険視しているのだ。

 白ひげ海賊団や海軍本部でさえ嵌められた。戦争で勝ったのは自分達の力もあるとはいえ、その絵を描いたのは百獣海賊団である。

 そうでなくてもここ数年は百獣海賊団の勢力拡大に煮え湯を飲まされることも多かった。それだけに、彼らの危険性を正当に評価し、その上で警戒していた。

 だがそれすらもリンリンは呑み込んでいた。彼女もまた、優位性を理解している。

 

「確かに、カイドウとぬえを同時に相手するには分が悪い。正面衝突じゃ……おれがカイドウをやったとしても、お前達じゃぬえを止められねェだろ?」

 

「! それは……!!」

 

「…………」

 

 そう、百獣海賊団には他の四皇とは違い──怪物が2人いる。

 そしてそれが何よりの強みなのだ。上位幹部の戦闘力や兵器の多さなど強みは幾つも考えられるが、百獣海賊団を世界一の戦力足らしめているのは何よりも……“カイドウ”と“ぬえ”の純粋な強さである。

 そもそも四皇というのはどこもそうだ。“白ひげ”も“赤髪”も“ビッグ・マム”も……海賊団を率いるトップの圧倒的な強さがあってこそ“四皇”足り得る。強大な組織力、戦力などは二の次であり、それがなければとっくの昔に海軍に潰されるか、あるいは今のような巨大な組織は出来ていない。海賊団が掲げる旗の威信は、その組織力や財力、しでかした事件や所業で作られる評判によって高められ、それにより多くの部下を増やすことが出来るが……百獣海賊団で言えばそれは“力”だ。

 “百獣のカイドウ”と“妖獣のぬえ”──2人の強さに惹かれて集まって出来たのが百獣海賊団。強さとは何よりも無法者達を惹きつけるものである。

 単純な話、海賊とは勝ち馬に乗りたがる。そうなれば、後はバカでも出来る足し算だ。

 カイドウとぬえが揃う海賊団が──他の誰かに負ける筈がない。

 ただでさえ一対一では最強と称されるカイドウに、それと同格の怪物であるぬえがいる。敵う訳がないと四皇の強さを知る者なら誰もが理解する現実。2人が揃っているうちは絶対に勝てない。

 それはビッグマム海賊団のNo.2──将星カタクリでさえ苦々しくも認めるしかない。抑えられるのは精々“大看板”までで、未だぬえの領域には到達していないと。

 ……で、あるならば、勝つためにはどうすればいいのか。

 

「ハ~ハハハ……でも安心しな。最後に勝つのはおれ達さ!!!」

 

「!!」

 

 ──それを理解しながらも、“ビッグ・マム”は絶対の自信を見せて不敵に笑う。

 子供達はそれに驚き、頼もしく思いながらも、ほんの僅かに「大丈夫なのか」と疑問を内心で思い抱く。

 無論、“ビッグ・マム”は弱くない。年老いて衰えた“白ひげ”や“金獅子”とは違う。一対一ではカイドウが最強と言われるが、そんな筈はない。一対一で最強はママだと子供達は誰もが信じていた。

 しかし、それでも二対一なら話は別。いかにママが怪物でも、同格の怪物2人相手には及ぶべくもない。誰もが分かる戦力の差だ。1よりも2が強い。

 だがそれでもビッグ・マムは勝利を疑わない。己の強さを疑わないことは覇者である強さの証でもあるが、それでもビッグ・マムは最後に勝つと言い切って子供達を鼓舞する。

 

「わかったね!? お前達!! 同盟はしばらく維持するよ!! 少なくとも──ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)”を手に入れるまではねェ!!!

 

「!!!」

 

 身体と口に見合うサイズの巨大な舌を出して、見る人を恐怖させる怪物の表情で、ビッグ・マムは威圧感たっぷりに子供達に言い含める。

 海賊王が遺した宝──“ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)”。

 これを手に入れたものが海賊王であり、子供達は皆ママが海賊王になる日を夢見て、そのために何十年とこの海で戦ってきた。

 だがこれまでの海は膠着状態であり、何十年とその煮え切らない争いが続いてきたが……それももう終わる。

 

「カイドウと手を組めばもう秒読みさ……!! 覚悟しなよお前達……これからは“新政府”に“赤髪”と“道化”の同盟に“黒ひげ”……!! どいつもこいつも油断ならねェ猛者達さ……そいつらと荒れ狂う世界中を舞台に戦争をすることになるんだからねェ……!!!」

 

「……ああ、わかっている。ママ」

 

 百獣海賊団と手を組み、世界中と争う。

 恐ろしい時代に突入したことと、その世界で争い、勝利することを改めて理解させた。

 シャーロット家の最高傑作と言われるカタクリが真っ先に返事をする。彼もまた妹を攫った“黒ひげ”のことを考えながら“暴力の世界”はこれまで以上に荒れることを読み取り、覚悟する。未来視がなくても誰にでも分かることだった。

 そして気づけば、他の子供達もそれを覚悟していた。改めて、覚悟するしかない。負けて死ねば何も残らないが、ママとこの兄妹達と一緒ならば負けはないと。

 その思いを胸に、子供達は結束を強めた──

 

「──ああ、そのためにカイドウの子供との()()も進めたからねェ」

 

「…………え?」

 

 ──と、思っていたのだが……ビッグ・マムから放たれた何気ない言葉に子供達が……特に上の兄達が絶句する。

 カイドウの子供との結婚。その言葉の裏の意味を理解していた彼らは、誰もが汗を掻き、表情を崩した。震える声で、最初にペロスペローが声を上げる。

 

「き、聞いてねェぜママ!!!  カイドウの子供と結婚なんて……!!!」

 

「? ああ、そういやまだ伝えてなかったねェ。──カイドウの子供は2人とも娘らしいからその2人のどちらかと誰か結婚してもらうよ」

 

「娘……!!」

 

「ってこたァ……こっちは息子……!!?」

 

 そして更に追加の情報が彼らを絶望させる。

 相手が息子であるならば結婚するのは娘──こっちの女の誰かだが、相手が女ならばこっちは男を出すのが当たり前。当然の話だ。同性同士の結婚では子供は作れず、家族を増やして発展してきたビッグマム海賊団にとっては重要な事である。

 

「…………」

 

 と、なれば……この中の誰かが人柱になる──と、男兄弟達は一斉に無言になった。既に結婚している者達は安堵の息を漏らしたが……それでも結婚の可能性を考えるとゾッとするしかない。

 多くの上の子供達にとって、未だに相手側の家族の1人にはトラウマを抱えている。政略結婚とはいえ、ビッグマムの方針からある程度は家族の時間を与えられることを考えると……これからの日々は心の休まる時がない地獄になることは必死。ゆえに誰もが逃れようと目を向けた。一斉に声を出す──その前に、1人の男が先んじて声を上げる。

 

「──断る!!!」

 

「おいカタクリ……お前──っておい!!!

 

「未来を読んで断りやがった!!?」

 

「どんだけ嫌なんだよカタクリの兄貴!!」

 

「……カタクリ。相手は初恋の相手の娘かもしれねェ。お前が適任だ──ペロリン♪」

 

「黙れお前ら、ペロス兄……!! 言っていいことと悪いことがあるぞ……!!! おれは結婚しねェ……だから……そうだな、クラッカー。お前も結婚してねェだろう。お前がしろ」

 

「い、嫌に決まってんだろう!!? 幾らカタクリの兄貴の言うことでも聞けねェことがある……!!! ……そうだ、おれ達は結構歳もいってる!! 歳は同じくらいの方が良いんじゃねェか!!? ママ!!!」

 

「! 名案だクラッカー!!!」

 

 嫌がる兄に結婚相手を押し付けられそうになったクラッカーは起死回生の提案を決定権のあるママにぶつける。兄達からの称賛が相次いだ。それならおそらく、自分達は免れるだろうと。

 

「ああ、年齢は26と24って聞いてるが、歳は気にしなくても良いと言っていたよ──ぬえが」

 

「何ィ!!?」

 

「おいクラッカーてめェ!! もっとマシな案を出しやがれ!!!」

 

 だがママはあっけからんと年齢は別に関係ないと答える。しかもそれがぬえによる言葉だと知り、二重の意味で彼らは驚愕した。クラッカーは罵倒される。とばっちりだった。

 

「……オーブンの兄貴。いけよ」

 

「おい!!! 何でおれなんだ!!! 文句を言った腹いせか!!?」

 

「うるせェ!! どうせ全員結婚するなら上の兄貴達から結婚するのが普通だろ!! 下に押し付けて来ないでくれ!!!」

 

「……一理ある。よし、やっぱりカタクリいってくれ」

 

「そこはペロス兄だろう!!」

 

「長男命令だ!! おれ以外の奴にしろ!!」

 

「──ちなみに向こうの希望だとカタクリかクラッカーだねェ」

 

「ほら見ろ!! 相手の希望を飲まねェのは失礼だぜ!! ペロリン♪」

 

「くっ……ぬえの差し金か……!!? とにかく、おれは御免だぞ!!!」

 

「おれだって嫌だぜ!!! 別に希望以外でも良いだろうがよォ!!!」

 

「ギャー!!? おい、暴れるな!!!」

 

(…………ママの結婚話なのにこんなに嫌がるなんて……相手の娘ってどれだけブスなの? それともまた別の理由でもあるのかな……?)

 

 ホールケーキ城の屋上で男兄弟達が揉めに揉める。殴り合いにも発展しそうなその争いを見て多くの兄弟達が止めに入る中、あまりにも嫌がる兄達を見て、シャーロット家35女のプリンは首を捻る。

 

 ──そして結局、結婚相手はその場では決まらなかった。

 

 

 

 

 

 ──ワノ国“鬼ヶ島。

 

 ワノ国では一年に一度催されるその祭りは、“兎丼”の南にある百獣海賊団の本拠地“鬼ヶ島”で行われる。

 黒炭オロチの将軍行列が鬼ヶ島に向かい、百獣海賊団と大宴会を開く。ワノ国を支配する両巨頭が顔を揃え、盛大に騒ぐその大宴会は“金色神楽”と呼ばれていた。

 そしてその金色神楽が開かれる居城の一室では、2人の姉妹が顔を並べていた。

 

「……またバカ騒ぎが始まったか……」

 

「ああ……それよりムサシ……身体の方は大丈夫……なのか?」

 

「心配ない、ヤマト姉上。我の体力は無尽蔵だぞ」

 

「いや、お前はそうかもしれないが……」

 

「……ん? ああ……こちらのことか」

 

 2人の姉妹──カイドウの息子とされるヤマトと娘であるムサシはぎこちない様子で言葉を投げかけ合う。

 久し振りの、数年振りの再会だ。姉妹とはいえ、多少のぎこちなさは宿る。

 それもヤマトからすれば……妹が、妊娠して帰ってきているのだから尚更だった。あの衝撃のカミングアウトからもう一週間が経つが……ムサシが腹を撫でたことでまた微妙な、何とも言えない顔を浮かべる。

 

「まあ……心配はあるまい。一応見聞色で注意してるが……ぴんぴんしてる。はは、我とあやつに似て強い子のようだな」

 

「見聞色でそんなことまで分かるのか……? いや……それよりやっぱり父親はあいつなのか……」

 

「ああ。もっとも、あやつは知らんだろうがな。──酒飲んで酔い潰れて寝てる時に、こう……」

 

「──最低かお前!!!」

 

「まあ冷静に思い返すと多少強引だったが……しかし途中で起きていたような気もするし、問題ないだろう。うん」

 

「夢か何かだと思われてるだろ……とにかく、そのせいで父達は相当怒ってるぞ。今日は一年に一度の金色神楽だっていうのに……今日まであまり機嫌が良くなかった」

 

「酒を飲んだら不安定になるのはいつものことだろう……と、言いたいがまあ我のせいか。しかし、それで計画を変える気はあるまい。今回は甘んじて見届けるしかないだろうな……」

 

「計画?」

 

 ヤマトとムサシは徐々に遠慮のないやり取りを交わしていくが、途中のムサシの言葉にヤマトが眉をひそめた。ムサシはその様子を見て思い出したように神妙な面持ちで告げる。

 

「この前の会議で聞いていただろう……ヤマト姉上。知り合いなどいないだろうが……もしいるなら覚悟しておいた方がいい。この後起こるのは……18年前のあの日以上の──()()()

 

「!!?」

 

 18年前──その時に起こった出来事を思い出し、ヤマトは目を見開く。18年前と言えば……光月おでんが処刑され、ワノ国がオロチとカイドウに支配された年。

 それ以上のことが起きると言われ、ヤマトは嫌な予感を感じた。見聞色こそムサシの域に達していないが、どうしようもなく胸騒ぎがしてくる。

 しかし2人は動けない。部屋に軟禁されている2人に出来ることはなく……2人はこの後、自分の家族が起こす大事件を、またしても見ていることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 ──“鬼ヶ島”城内5階。

 

 鬼ヶ島のシンボルでもある“ドクロドーム”。

 その中には主に大宴会やライブで使われるライブフロアが存在し、中央にはこの洞窟とその周囲を丸々使った大建造物、カイドウの屋敷の本城があり、左右を“右脳塔”、“左脳塔”など幾つものフロアに分かれている。

 その中にある5階はカイドウやぬえの部屋がある城の最上階であり、そこにはカイドウとぬえが幹部と顔を合わせるための拝殿や大看板の部屋もその階に存在する。

 そしてその中の一室──ワノ国中に張り巡らされた監視網を統括する一室は通称“紅の間”と呼ばれており、大看板の1人がそこを取り仕切っている。

 全体的にワノ国の様式で作られている部屋の中で、この場所だけは少し海外の様式が混じっていた。赤色の家具を中心に飾り立てられ、天蓋付きのベッドやワインセラーまで存在する。

 既にそこが一つの屋敷にも思えるその部屋で、応接用のソファーに相手と向かい合って座る1人の人物がいた。その人物こそ、この部屋の主である百獣海賊団の“大看板”の1人。

 

「──ワインはいかが? どれも良いものが揃ってるわよ♡」

 

「……遠慮させてもらう」

 

「あら、つれないのね。今日は一年に一度の記念すべきお祭りだっていうのに……寂しいわ」

 

 じゃあ私だけ頂くわね──と、女性はテーブルの上に置かれたワインを両隣にいた部下に注がせる。両隣にいたその部下達はこの女性の部下であり、当然海賊には違いないが……共通するその紙──目の文様が描かれた一枚の紙を顔に張り付けているのが、嫌でも目を引いてしまう。

 反対側に座る彼はまだ知らないことだが、彼らは“メアリーズ”と呼ばれる百獣海賊団の情報・偵察部隊。

 視覚と聴覚を共有し、情報をまとめ、伝令役ともなる百獣海賊団にとって後方の要となる部隊であり、各部隊にもそれぞれメアリーズが交じって見たもの聞いたものを共有して伝えている。

 そしてその情報の元締めが紅いドレスを身に着けた美女──顔は同じような目の文様が描かれた薄い布で、確認出来るのは透けて見える顔の輪郭と、口紅の塗られた艷やかな唇が目に毒な色っぽい口元くらいだが、それでもその美人っぷりは分かるし、スタイルの良さも確認出来る。

 そして彼女こそがメアリーズを率いていた。大看板の中でも彼女は情報や取引を扱うことに長けており、百獣海賊団を裏から支えている重要人物。

 そしてだからといって弱くもない──だからこそ、反対側に座る男は決して隙を見せないまま、微動だにせず向かい合う。正面では真っ赤なワインを無防備に口に含む美女がいるが……ここで仕掛けても男には勝てるビジョンが見えなかった。

 

「それにしても……フフフ♡ まさか貴方が私達に付くなんてね……」

 

「……次の“正義”はこちら側にあると思っただけだ」

 

「賢明な判斷……と言いたいところだけど、貴方の場合は“新政府”では満足出来ないからこちらに付いただけじゃなくて?」

 

「……好きに思えばいい」

 

「あら、本当につれないわね……これから仲間になるなら少しくらい愛想良くても良いのに。潜入先でも笑顔一つ見せなかったのかしら」

 

「…………」

 

 男の前職を知っている女はそのことを引き合いに出して突く──が、それでも男は微動だにしない。無言のまま、本題を、命令を待っている。

 その態度が少しつまらなく思ったのだろう。しかし、女は薄く笑みを浮かべ、ワインを飲み干した。彼がどうあれ、こちら側に付いたのであれば喜ばしいこと。歓迎すべきことだとして言葉を作る。

 

「……ま、いいわ。それじゃあこれからよろしくね──冷酷な“殺戮兵器”さん♡」

 

「──ええ。指令があれば……誰でも殺してみせましょう」

 

 そうして百獣海賊団の大看板“ジョーカー”は正面に立つ表情を変えない男とその肩に乗る動物を見てくすっと笑う。そう、本当にこちら側についてくれて戦力になるのなら良いし──もし裏切っても、すぐにわかる。自分を出し抜くことは出来ない。ゆえにそこで始末してしまえばいいと。

 

 

 

 

 

 ──“鬼ヶ島”城内3階。

 

 そこは何十畳と広がる大宴会場を幾つも置く宴会場のフロア。

 ライブフロア以外にもこの場所では比較的大物がこの場所で飲むことが多い。オロチやその側近。時にはカイドウやぬえもこの中の一室で飲んでいることもある。

 そしてそこで酌をしたりして客人や幹部をもてなすのは百獣海賊団に所属する花魁や遊女達。主に飛び六胞のブラックマリアの部下達であり、彼女の部下はその半数が女性だ。宴会の時はここで酌をして三味線を弾き、男達を楽しませる。

 そもそもこの大宴会自体がそうだが……新入りはこの宴の贅の限りを尽くした規模と至れり尽くせりなサービスに驚き、そして喜び、楽しむのだ。

 

「──ぶはあ!! アッパッパッパッパ~!! 最高だぜこの大宴会は!!」

 

「きゃ──♡」

 

「凄い飲みっぷり♡」

 

 そしてここにも1人──初めての金色神楽を楽しみ尽くそうとする新入りがいる。

 畳の上に胡座をかいて座り、その手長族特有の長い手を広げて遊女を4人も侍らせて酒を楽しむのは百獣海賊団の傘下。情報屋の地位に付いた“超新星”の1人。

 

『百獣海賊団情報屋 オンエア海賊団船長“海鳴り”スクラッチメン・アプー』

 

「酒も料理も飲み放題で食べ放題!! 陽気な音楽に遊女まで付いてるとは……ここまで大規模な祭りは見たことねェぜ!!」

 

「……そうだな」

 

 アプーは初めて参加する金色神楽を大いに楽しんでいた──が、呼びかけた筈のもう1人。同世代の男がちびちびと仏頂面で酒を飲んでいるところを見て更に大仰に絡みに行く。

 

「YOYOドレーク!! お前ノリが悪いぜおい!! せっかくの祭りだ!! 楽しまなきゃ損だぜ~~~!!?」

 

「ふん……悪いがお前と違って、バカ騒ぎするような性質じゃないんでな」

 

「あァ~~~? 何だよつまらねェ奴だな!! そんなんでこれから先やっていけんのかよ!! おい!!」

 

「余計なお世話だな……」

 

『百獣海賊団真打ち“赤旗”(ディエス)・ドレーク』

 

 元海軍将校という異例の経歴を持つ海賊。超新星の1人であるドレークはアプーに絡まれても真面目な顔を崩さず、そして遊女にも見向きもしない。

 戦争の後、すぐに百獣海賊団に正式に入団を果たしたドレークはその実力を見込まれてすぐに真打ちとなった。アプーとは立場が違うが、それでも同世代、同期の入団であるため一緒に案内され、アプーとしても絡みに行ったのだが……どうにも性に合わず、互いにノリが合わない気に入らないと感じていた。

 とはいえ、それでも一応は仲間。それに鬱陶しがられてるのもそれはそれで面白いとアプーは軽く舌打ちしながらも敢えて絡みに行く。

 

「チッ……本当にノリが悪い奴だなお前はよ……せっかく同世代同士で親睦を深めてやろうと思ったが、これじゃあもう1人に期待した方が無難だぜ!!」

 

「? もう1人……? まだ誰か来るのか?」

 

「アッパッパ~!! 知らねェのかドレーク!! 間に合うかどうかは微妙だが……何でもおれ達と同世代でもう1人か2人、海賊同盟側に付く奴がいるみたいだぜ~~~♫ 宴会に間に合うかどうかも知らねェし、百獣かビッグ・マム。どっちに付くかは知らねェがな!!」

 

(……もう1人か2人……一体誰だ?)

 

 初耳の情報にドレークは目を細めた。もっとも、今のドレークには情報の伝手も何もない。アプーがいることもここに来るまで知らなかったのだ。もう1人か2人が来ると言っても誰が来るのか。内心で幾つか候補を上げてみる。そうしていると──

 

「──ここだな……」

 

「お? 噂をすれば……」

 

「!! お前は……!!」

 

 超新星で百獣海賊団に付く最後の1人が室内に入ってきて、アプーとドレークは驚く。──これは意外な奴がやってきた、と。

 

 

 

 

 

 ──“偉大なる航路(グランドライン)”海上。

 

 今の荒れる世界には似つかわしくない安定した気候を見せる海の上に浮かぶのは、世界中で話題となっている“海賊女帝”が船長を務める九蛇海賊団の船だった。

 

「ルフィ!! 蛇姫様と結婚するの!?」

 

「おめでとう!!」

 

「あれはウソなんだ。お前らにも謝っとく。悪いな」

 

「式はいつ行うの!?」

 

「蛇姫様の花嫁姿……♡ きっと想像を絶する美しさでしょうね……♡」

 

「おい聞いてんのか!? だからしねェって!!」

 

 だが、その船の上はにわかにも騒がしい。

 世界中が混乱と恐怖に包まれている中でも、九蛇海賊団の面々はマイペースな様子を崩さず、自分達の皇帝と結婚すると記事が出た見知った男の身体をいじくり回していた。

 それは束の間の平和──もっとも、彼女達にとっても残りごく僅かな時間であり、しばらくすれば彼女達九蛇もまた世界の流れに身を投じて、これまで以上の戦いの日々を送ることになるのは誰もがわかっていたが……戦士の一族である彼女達は逞しく、多くの人間ほどの動揺は生じていない。

 

「ちゃんと届くかな……あいつらに」

 

「うむ……記事を見れば伝わるハズだ……あまりにもキミらしくない行動こそが鍵。若干1人……いや、もう1人も少し心配になる男もいたが……まァ何とかなるだろう。そんな気がする……」

 

 ゆえに船に同乗する彼らもまたそれほど不安を感じてはいない。心配ではあるが、今話題の男も仲間を信じ、伝説の老兵もまた己の船長と同じ言葉を口にする青年とその仲間を信じている。

 言うまでもなく彼らの船なども心配だが……それらは老兵が責任を持って預かることを約束し、修行場所となる無人島へ船を一緒に運んでいた。

 今のところは全てが順調。彼らが力を蓄えるための準備は問題なく進んでいる。

 

『──それで……この間の記事はどういうつもりかなぁ? ハンコックちゃ~~~ん?』

 

「……! あれは……」

 

 ──少なくとも、表面上は。

 船内の一室。船長室でもあり、皇帝の居室でもあるその豪奢な部屋は“海賊女帝”ボア・ハンコックとその姉妹だけが入ることを許される部屋であり、結婚報道が世間で話題のボア・ハンコック、張本人は薄暗い部屋の中に1人でいた。

 彼女の妹達2人も今は部屋にはいないし、それどころか誰の入室も許していない。理由は一つ──彼女との通信で、心配を掛けたくないからだ。

 

『あれは……何? ほらほら、ちゃんと理由を喋ってよ。別にハンコックちゃんが誰と結婚しようが自由だけどさー。傘下なら報告する義務ってもんがあるじゃない? リンリンじゃないけど、結婚が本当なら海賊的には新しい傘下に数えられるしね。しかも相手は……ハンコックちゃんがこの間私達を裏切った原因の“麦わらのルフィ”な訳だし』

 

 語る言葉は道理だ。海賊としての仁義とも言う。

 海賊同士の結婚。海賊同士が恋仲になったり、男女の仲になるというのはままあることだが、それが別々の海賊船となると両者は身内や同盟相手。親戚ともなり得る。

 つまりこの場合、百獣海賊団傘下の九蛇海賊団の船長が別の海賊団の船長と結婚するなら……その別の海賊団、麦わらの一味は傘下になる可能性がある。もっとも、両者の沙汰次第ではあるが、少なくとも“親”である百獣海賊団への事前の報告は本来ならやって然るべきことだ。

 しかも加えて、相手は裏切った原因である男。その件を詫びてケジメをつけ、水に流したばかりだと言うのにその相手と再び関わるのは、判定としてはグレー。相手の判断次第でどっちにも転んでしまう……難しいケースである。心情的にも良くはない。

 ゆえに相手は追求の手を緩めず、威圧感のある声を響かせるのだ。

 

『あれだけニュースにもなった訳だしさぁ。私はただハンコックちゃんから納得のいく理由を聞きたいだけなんだよ。だからほら……さっさと喋ってくれる?』

 

「っ……!」

 

 そしてハンコックはその電伝虫から聞こえる声を前に、ただ1人の少女となって怯える。

 客観的に聞けばただの可愛らしい少女の声であるその声も、知っていれば悪魔のそれにしか聞こえない。

 対応を間違えれば地獄を見る──それは覚悟していたが……それでもハンコックにとっては頭の上がらないこの相手、今世界で最も力を持っているであろう少女、百獣海賊団の副総督“妖獣のぬえ”に背信行為を行うことが、たまらなく恐ろしい。

 

『ねぇまだ? 私もあんまり暇じゃないんだけどなー。これからまたビッグイベントを予定してるからさっさとそっちに行きたいんだけど……まだかかりそう?』

 

「……! わかっておる……あの記事の件は……その……」

 

『あの記事の件は? ……まさかとは思うけど、せっかくケジメ付けたばかりなのに……また“麦わらのルフィ”を手助けしてたりとか、してないよねぇ?』

 

「っ! そんなことは……!!」

 

 ぬえから言葉が放たれる度に身体をビクッとさせるハンコック。額に汗を掻き、しどろもどろに答えようとする彼女の姿は元七武海の貫禄も戦闘民族九蛇の皇帝である凄みも何もない。

 だがそれも仕方のない話。ハンコックにとってぬえという存在は良くも悪くも大きいのだ。

 地獄から助けてくれた恩人でもあり、戦い方を教えてくれた師でもあり、海賊としての上司でもあり……様々な世話をしてもらった姉か母のような存在でもある。

 ゆえにハンコックは知っているのだ。ぬえの強さも恐ろしさも……逆らい、機嫌を損ねた者がどうなるのかも。

 つい先日にルフィに語った百獣海賊団の所業、粛清を誰よりも恐れているのはハンコック自身でもある。しかも自分ならばまだしも……今や妹達やルフィの身まで掛かっているとなると、ハンコックは中々二の句が継げない。

 しかし言わなければ処罰されるだけ。覚悟を決めて言うしかないと、ハンコックはゆっくりと震える声で受話器に声を送った。

 

「あれは……一部事実じゃ。わらわが“麦わらのルフィ”に結婚を申し込んだが…………断られた。それだけじゃ」

 

『…………ふ~~~ん。それだけかぁ……なるほどねぇ……』

 

 意味深な、何かを思わせる、そして何かを考えるような返事を返すぬえ。

 電伝虫の先は当然新世界にある百獣海賊団の本拠地──“鬼ヶ島”。

 その島の城の中。賑やかな周囲からは少し離れた人気の少ない一室でぬえは例の記事の写真を見ながらハンコックの報告を聞いていた。──先程まで浮かべていた、笑みという表情を消して。

 そしてハンコックにも電伝虫越しに表情が伝わる。目を細め、何かを怪しんでいるようにも見えるが、その変化が何よりも怖い。

 まさか気取られるようなことはないだろうが、ぬえは底が知れない。知る筈のない情報をどこからか集めてきたり、到底予想も出来ないことを言い当てたりすることもある……という噂もある。

 一部は事実で、それはぬえの極まった見聞色の覇気によるものだとされているが……本当のところは誰にもわからない。判らない。理解らない。だから恐怖だ。恐ろしい。

 この次に何を言うのか。ぬえならば次の瞬間に笑顔でこちらを殺すことを決める可能性だって大いにある。人を殺すと決めた時はあえてより一層の笑顔を見せる。それもハンコックは知っている。殺意に似つかわしくない少女の可愛らしい笑顔が相手を戸惑わせ、恐怖を与える。油断していた自分を恥じてしまう。目の前の少女が怪物であることに気づく──まさしく、妖怪の所業だ。

 化け物からの返答が長く感じる。それは恐怖しているからこそ、時間が引き伸ばされるような緊張を感じているからこそだ。実際はそれほど時間は経っていない。

 ぬえは何を考えたのか。1秒──2秒──3秒と経ち、ややあって……ぬえは笑顔を浮かべて返答した。

 

『──なーんだ!! それは残念だったね!! どんまいどんまい!!』

 

「!!」

 

 気の抜けるような……いつも通りの明るい声での励まし──返答はそれだった。

 

『いやぁ、残念だね!! せっかくハンコックちゃんに好きな人が出来て、結婚まで申し込んだってのにまさか断る人がいるなんて!! “麦わらのルフィ”はほんと、勿体ないというかありえないね!! もしかして女の子に興味がないのかな?』

 

「それ、は……そう、かもしれぬの……」

 

『だよねー!! いや、ハンコックちゃんも気をつけなよ? あの記事が出てショックを受ける男がこっちでも多くてさー。ハンコックちゃんや麦わらを逆恨みや嫉妬で刺しちゃうかもよ? 炎上だよ炎上。いやーゴシップでスキャンダルって怖いね!!』

 

「……ええ……」

 

 まくしたてるように喋るぬえにハンコックは気の利いた返事を返せない。胸をなでおろす余裕もない。あまりにもあっさりとぬえが納得したことに対する若干の不審感を感じる。

 

『でもハンコックちゃんに好きな人が出来たことは良かったね!! 求婚を断られたのは残念だけど……あ、そうだ。だったらさ──』

 

 そしてそれを言葉に出来ない。ぬえのお喋りにらしい言葉を返せず……ただ恐ろしい言葉にも顔を青くするしかない。

 

『──むりやり捕まえて……()()()()()()()()? ハンコックちゃんを好きになって結婚するって言うまで、私手ずからぐちゃぐちゃに──』

 

「……!!」

 

 絶句し、目に恐怖を宿すしかない。ハンコックは知っているから。

 ぬえの拷問は恐ろしい。百獣海賊団には拷問の名手が何人もいる。キング、クイーン、ジャック、ジョーカーなどの大看板も当然拷問に長けているし、飛び六胞も言わずもがな。男に対して“好き”を強要する拷問はブラックマリアなどがよく行っているが、それらも全て見たことがある。

 だがぬえはどこをどうすれば人間が痛みや恐怖を感じるかを誰よりも理解していてるし、その拷問の内容も趣味が悪く、見ていられない。自分や想い人がそうなることを考えるだけで背筋が震える。

 だからやめてくれと伝えたかった。自分に希望を与える言葉を掛けてくれた想い人のためにも。

 しかし啖呵を切ることは、後一歩のところで出来ずに……そのままぬえの言葉を待ってしまう。

 

『──なーんて、冗談だよ冗談。あはは、まさか本気にしちゃった?』

 

「っ……冗、談……」

 

『そうそう。当たり前じゃん。私はこれでも仲間想いなんだよ? だから大切な仲間のハンコックちゃんの想い人を理由もなく傷つけたりしないって。ハンコックちゃんを悲しませちゃうもんね~』

 

 ──そして次に来た言葉は冗談。

 笑えない冗談だし、ぬえが言っても冗談だとは思えない。ぬえならやりかねない。

 だがそれでもハンコックは、その冗談という言葉に安心してしまっていた。

 そしてその事実が、何よりもハンコックの心を抉る──そうとは知ってか知らずか、ぬえは続けて口の端を吊り上げて続けてみせる。

 

『ましてや……“麦わらのルフィ”なんて小物、わざわざ潰すような相手じゃないしね♡』

 

「! ……ええ……それは確かに……」

 

 ぬえの評価にハンコックはようやく同意を口にする。それはハンコックにとっても都合が良いことだし、客観的に見ても当然の評価であり判断。

 “四皇”百獣海賊団。今や世界一の戦力を持つ彼らが……たった数人の弱小海賊団である彼らを的に掛けるような理由はないし、やるとしてもそれは他の海賊団に対する対応と同じ。片手間で傘下に入ることを促すのみだ。

 そして何より──彼らには、他にやるべきことが沢山ある。

 

『まあ新世界に来てナワバリに入ってきたり、ウチのシノギの邪魔でもしたら考えるけど、それまでは放置だよねー。ま、ハンコックちゃんが望むなら捕まえるなり説得するなりしてウチに入れてやってもいいよ。あれでも戦力にはなりそうだしねー。ウチに入るなら大歓迎♪ 真打ち待遇で迎えちゃうよー♪』

 

「……考えておく……」

 

『あっそ。それじゃあ忙しいから切るね。来週辺りにお引越しするから荷造りしといてね──と言っても、島ごとアブダクションしちゃうんだけど♡ それじゃあねー!!』

 

「ええ、また……」

 

 そして最後に無情にも引っ越しの予定を告げ、電伝虫は沈黙する。

 そこでようやくハンコックは緊張の糸を僅かに緩め、精神的な疲れから寝具に横たわった。

 

「……もしあれが冗談でなかったら……わらわは逆らうことが出来たか……?」

 

 寝具に背中を預け、脱力した状態でハンコックは呟く。

 それは自分に対する疑問と、冗談という言葉に安心してしまった自分の不甲斐なさへの叱責。

 想い人は……自分のために、あの恐ろしいカイドウやぬえをブッ飛ばすとまで言ってくれた。

 だが自分は……何が出来る? 

 そう言ってくれた彼のために何を返せる? 

 何かをするためには何が必要だ? 

 

「……ふふふ……そんなの、わかりきってるではないか……!!」

 

 内心で自問自答を行い、ハンコックは笑いながらも自答する。心に浮かんだものは一つ──“覚悟”を決めて、ハンコックは寝具から身を起こした。

 窓を締め切るカーテンを僅かに開いて覗くと、船員達と戯れるルフィの姿がある。未来への希望を持つ精悍な男の顔つき。それを見て、ハンコックは決意する。

 

「ルフィ……そなたとそなたの仲間達が強くなるまでの時間は……わらわが何としても稼いでみせるぞ……」

 

 その顔を曇らせはしない。

 夢を追いかける男の目標──その王冠を奪わせはしない。

 だからしばらくの間……お別れだと。

 

「……わらわの作った料理を食べさせることも……しばらく叶いそうにないな……」

 

 そうしてハンコックは今度こそ立ち上がる。想い人を救い、支配から脱却するため……今度は自分の足で、外の世界へと足を踏み出した。

 

 

 

 

 

 ──鬼ヶ島の居城。その一室で電伝虫を置くと溜息を吐く。

 一年に一度のこの日。“金色神楽”では毎年、私のライブが一番の目玉であり、何よりも盛り上がる。

 普段であれば私も今はライブのために着替えてスタンバイを終えて既にステージに出ているが……今は後回しにして畳に寝転がった。

 そうすると私に声を掛けて来ようとする者がいる。部屋の中には既に秘書係のソノがいるが彼女ではない。部屋に入ってくる巨漢。私とカイドウの懐刀“大看板”の1人であるジャックだ。私を呼びに来たのだろう。気が利く子だ。

 だがそんなことも関係なく自分の衝動に従って──私は叫んだ。

 

「ぬえさん。既に兄御達と飛び六胞の連中。それとビッグ・マムにオロチの奴も集まって──」

 

「──あ~~~~~~~~~~~~!!! もうっ!!! ハンコックちゃんがまた私に嘘ついた~~~~~~!!! 裏切ったぁ~~~~~~~~~~~~~!!!」

 

「…………始末するならすぐに──」

 

「せっかく幼い頃から可愛がってやったのに~~~~!!! あの恩知らず~~~~~~~~~!!!」

 

「…………ぬえさん。全部筒抜けですが……」

 

 私は畳の上でじたばたしながら思い切り叫ぶ。そうすることで身体の内側で燻っていた苛立ちや衝動を少しでも発散する。

 

「……始末するならおれに任せてください」

 

「おうおうジャック~~……あなたは気が利く良い子だね~~それに比べてあの子は……は~あ、せっかく目を掛けてあげたのに、ちょ~っと恋しただけで裏切っちゃうんだもんなぁ。ほんと薄情だよね!!」

 

「──ぬえ様の絡みがうざかったのでは?」

 

「黙れソノ!! 私はうざくない!! こんな可愛い女の子に絡まれてうざいとか罰が当たるよ!! 私から!!」

 

「ただの私刑じゃないですか……」

 

 うるさい!! とツッコミを入れてくるソノを黙らせる。ほんと失礼な部下だ。それに比べてジャックの何と良い子なこと。無言でもそれを否定しているのが伝わってくる。うんうん。さすがはジャックだ。すぐに始末してくれるとまで言うのだから本当に気が利くよね。そのおかげもあって少しだけ気分がスッキリしてきた。

 

「……ま、いっか。とりあえずハンコックちゃんは放置で」

 

「……よろしいので?」

 

「別にいいよ。向こうはしばらくは私達に従うつもりみたいだし。それなら存分に戦力として利用してギリギリまで働いてもらおっかな。今回の件はお引越しで水に流すって言っちゃったしね」

 

 そう。一応戦争で麦わらのルフィを手助けしたこちらに逆らった件は水に流したし……それに、だ。裏切りと言っても、

 

「それに嘘をついてまた別の海賊に肩入れするのは問題だけど……麦わらのルフィなんてルーキーを助けたところで、別に私達に()()()()()()()()()()()()。私達の邪魔をした訳でもない。この間ケジメつけたばかりなのにまた同じようなことしてるのが海賊の仁義としてどうなのかってだけだし、だから今回は粛清はナシ!!」

 

「……わかりました」

 

 私が目を瞑り両手をクロスさせて×マークを作ってハンコックの対応を告げるとジャックは素直に納得して頷く。まあ裏切るなら裏切るでもいいのだ。それならそうと見切りをつけたまま働かせればいい。どうせ1人でいる内は行動を起こしはしないだろうし、それでもバカをするならその時は殺すだけだ。次はないということ。単純で分かりやすい指針だ。

 それに言ったように麦わらのルフィを助けたところで私達、百獣海賊団に害がある訳でもないし、彼らでは小揺るぎもしない。少なくとも、今のところは。

 未来を考えるならさっさと潰した方がいいし、それも出来なくもないが……ただ、こうなったらこうなったで私もカイドウも楽しみが一つ増えたとも言えるし、潰すのはちゃんと脅威になってからの方が面白い。

 ……ただちょっとくらい……今のうちに“失わせてあげる”のも面白いよねぇ。今度()()()()()()()()()()()気が向いたら考えよっかな。

 

「それにしてもよく今の情勢で裏切る選択を取りましたね。幾ら恋とはいえ……どう思います? ジャック様」

 

「ふん……ハンコックの奴がそこまでバカな女だとは思わなかったが……どの道信用はしてねェ。奴には前科があるからな……!! しかもあんなガキのために裏切るとは……」

 

「──本当だよ!! ハンコックちゃんもムサシもどうして言うこと聞かないかなぁ!! 人が優しくしてたら調子に乗っちゃって……!! あー暴れたくなってきちゃったなぁ……」

 

 ソノとジャックの会話に反応して再び大声で思いを口にする。育ててきた子達から裏切られるのは何とも辛いしむしゃくしゃするものだ。後者は成長にも繋がったため、一言では表せない面倒な思いがあったりなかったりだが……それでもやったことを考えると苛立ってしまう。もうすぐイベントがあるとはいえ、もう一回どっかで暴れてきたい気持ちもある。

 

「もうナワバリ外とはいえ島を2つも潰しているのに……まだ足りないんですか?」

 

「ぬえさん。あまり島を潰されると手に入れる筈だった労働力が……」

 

「やだ!! 足りない足りない!! 奴隷なんて幾らでも調達出来るんだから良いじゃん!! 2つも3つも変わりはしないよ!!!」

 

「それはそうですが……」

 

「というかもう酔ってます?」

 

「酔ってない!!! どこが酔ってるってのよこのバカ!! はぁ……ん~~……ぷはぁ……あー、恐怖が足りない。暴れたいなぁ……ひっく」

 

((酔ってる!!))

 

 ……んー? なんだかジャックとソノが汗を掻いているような気がするが……今日はちょっと暑かったかな? それとも酒を飲んで身体が熱くなったのだろうか。どっちでもいいけどね。お酒美味しいし。

 しかし飲んでも飲んでも考えが纏まらない。やっぱああするしかないかなぁ、と思い苛立ちを抱えつつも……私はふと可笑しくなって笑ってしまう。

 

「ふふ、ふふふ……あはははは……でもやっぱり、()()()()のっておもしろ~い♡」

 

「……ぬえさん。そろそろ……」

 

「今日はステージに立たないのですか? スケジュールではこの後、重大発表の後に予定されていますからそろそろ動かないと……いやまあ私は楽出来るのでそれでも良いんですが……」

 

 そうして笑って独り言を漏らすと、ジャックやソノが急かしてくる。

 確かに今日は色々あるのだ。楽しいことと驚くことがいっぱい。戦争の時のような大半は予定調和で勝って当然だった戦いと違って、今日のことやこれからのことは未知数。世界中のことも麦わらのルフィのことも、これからのアイドルとしての活動も──

 

「……あー、アイドルとしてももっと頑張らないとなぁ……私ももっと正体不明にならないとだし」

 

「……ぬえ様はもう十分に得体の知れない正体不明では? というか、アイドル業との関連もぶっちゃけ意味不明ですけど……」

 

「おい……!!」

 

「ん~~~?」

 

 と、私が内心の思いを呟くとソノがそれに対してツッコミを入れ、ジャックが注意をする──が、私はそれを笑って受け止める。なるほど。そういえばソノや若い衆に私の深いところにある意志を語ったことはなかったかもしれない。ならば良い機会だと。

 

「……ソノ。この世で一番“正体不明”なものは何だと思う?」

 

「……? はぁ……ぬえ様なんじゃないですか? いや本当に。部下になって長いですが、未だにこんな面倒くさ──掴みどころのない上司はいないですし」

 

「今面倒くさいって言おうとした!?」

 

「冗談です。これも本当に。──それで答えは?」

 

 またソノが失礼なことを……まあ良いけどね。面白いし。反抗でも何でもないじゃれ合いは楽しいものだ。それも強くて可愛い部下ならなおさら。だから私は気にせずに気を取り直して答えてやる。

 

「残念ながら違うんだよねぇ……」

 

「! それは……ぬえ様以上の正体不明がいるとでも?」

 

「うん、いるよ。教えてあげよっか」

 

 私が認めたのが意外だったのだろう。ソノにしては表情を歪めて驚き、質問を返してくる。私はそれもあっさりと認めて続けた。

 この私以上に正体不明。判らない。秘密。その頂点に立つ私の強敵(ライバル)。それは──

 

「私以上に正体不明なもの。それは────ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)”よ

 

「!!」

 

 言う。そう、私以上に正体不明なものとは海賊王ゴール・D・ロジャーの遺した伝説のお宝……“ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)”のことだ。

 そしてだからこそ、私はまだまだ行動して突き進まなければならないのだ。

 

「“ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)”こそ世界一正体不明な代物よ。それも圧倒的にね」

 

「それは……いや……しかし、“ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)”の正体はロジャー海賊団であれば知っているのでは?」

 

「ロジャー海賊団とその関係者が軒並み生きていた頃だったら、ね。今となっては知ってる人はレイリーとか本当一部の人間だけでしょ。白ひげも死んじゃったしね。……それに、それとは関係なく、“ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)”ってのは世界一の正体不明なのよ」

 

「? どういう意味ですか……?」

 

 ソノの質問に答える。そう、別に数少ないロジャー海賊団の生き残りであるレイリーや、どこかに消えたであろう政府の頂点が仮に知っていようが、それはあまり関係ない……いや、関係はあるけど、知っている者が限られているという意味では私と“ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)”はそれほど大差はない。もっとも重要なのはそれではないのだ。それを教えてやる。

 

「正体不明っていうのは……まず人々に“認知”されてこその概念なのよ」

 

「認知……?」

 

「ええ、そう。あなたに聞くけど……私と“ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)”──()()()()()()()()()()()()?」

 

「!! それは……」

 

 ソノが答えに言い淀む。普段は不真面目とはいえ、こういう場面でソノが即答出来なかったのがもう答えだ。私はそこで敢えて自嘲気味に笑みを浮かべて答えを解説する。

 

「そう……幾ら私が今までの所業や可愛さや強さで有名だったとしても……“ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)”には敵わない。“ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)”なんてどんな海。どんな島のどんな田舎の人間でも知ってる。誰もが認知しているの。海賊王ゴール・D・ロジャーがそうした……いわばこの世界は“ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)”が中心よ……!!」

 

 伝説の宝の知名度。人々の認知は圧倒的だ。22年前から、ぶっちぎりの頂点。もっとも人々にその存在を知られていながら、その正体を知らないもの。それが“ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)”。その事実を口にする。

 

「私にとっての最大の強敵(ライバル)……ロジャーが人々に浸透させた“ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)”を超えなきゃ──私は世界一の正体不明にはなれない!!!

 

「!!」

 

 だから言うのだ。私は立ち上がり、改めて決意表明──いや、宣戦布告してやる。

 部屋の出入り口に向かって早足で歩きながら、

 

「だから私は決めたの!! 私は世界で一番有名になって……そして正真正銘の正体不明になる!!!」

 

 そのためにやることは単純だ。言い切る。私の野心と、それより優先する一つの野望を。

 

「カイドウを海賊王にするのが第一として……その後!! 私は手に入れた“ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)”の正体を──全世界に明かしてやるの!!!」

 

「!!?」

 

 そうなればどうなるか……それは分かりきったものだ。

 

「“海賊王”カイドウと対等で世界一のアイドルである私が、“ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)”の正体を大々的に明かしてしまえば!! 世界中の認知が逆転し!! 最も正体が判らないものもこの私になる!!!」

 

 そう、要は比率の問題だ。

 世界一の認知を得て、その上で誰も知らない私の正体。そうなってこその正体不明。この私だ。

 

「そうなれば世界中が正体不明になるわ!! 世界が私で正体不明!! その先にある恐怖!! 全世界の人々が私の正体が判らず、私の色に染まるの!!!」

 

 目の色を輝かせて謳い上げる。そんな未来が私の理想。

 

「ああ、なんて素晴らしい世界!! “ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)”に代わって私がこの世界の顔になる!! この世界の新たな中心はこの封獣ぬえ!! 正体不明の妖怪(ぬえ)!! 私こそが純然たる恐怖でロマン!! 血と暴力に満ちた世界で、人々は私を最も恐怖する!!!」

 

 海賊であり、アイドルであり、妖怪である私。

 暴力と可愛さと恐怖に満ちたそんな世界を作り上げるため。だからこそ──私は出入口を通って伝えるのだ。

 

「──そのために……世界を獲るのよ!!! そのためなら私は何だってする!!! 知ってるわよね!!? カイドウ!!!」

 

「ああ!! そんなバカなことを言うのはお前だけだぬえ!! 昔聞いた通り……おれが最強でお前が最恐になる!!!」

 

「ハ~ハハハマママママ!!! そんなこと考えてやがったのかぬえ!! 面白いねェ♡ でも海賊王になるのはおれさ!!! その時は覚悟するんだねェ!!!」

 

「勿論よリンリン!! その時になったら殺してあげる♡ でも今はその話はまた手に入れてからよ」

 

『“ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)”をなァ!!!!』

 

「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ~~~~~!!!」

 

 瞬間──フロアが熱狂する。

 ここまでの全ては“鬼ヶ島”の全域に中継されており、今この場所はライブフロアのステージだ。

 そのステージの中心に、私とカイドウとリンリン。そして大看板と将星。飛び六胞や主要な大臣達が並んで宣言する。

 そしてその中には当然、私達百獣海賊団のもう1人の同盟相手もいた。

 

「ぐふふふふ!! スゲェな!! カイドウ!! ぬえ!! もはや世界中の支配も目前だな……!!!」

 

「あはははは!!! そうだねオロチ!!! 今日は最高の日よ!!!」

 

 ワノ国の将軍──黒炭オロチ。

 18年前。彼と組んで光月おでんと赤鞘の侍達を排し、ワノ国を手中に収めたのは一つの転機に違いなかった。

 今までの彼の協力があったからこそ、私達はここまで来れた。

 ゆえに私はここで感謝を告げる。カイドウの演説の横で。

 

「ついては今ここに──“新鬼ヶ島計画”を発動する!!!」

 

「……今までありがとうねー、オロチ♡」

 

「ん!? なんだ急に……それに、“新鬼ヶ島計画”……?」

 

 カイドウが“新鬼ヶ島計画”の発動を宣言し、オロチは私の感謝の言葉とカイドウの発言に頭に疑問符を浮かべる。

 その瞬間、私は合図をした。オロチの背後にいる“飛び六胞”。彼に恨みのある彼女に向かって──

 

「──やっていいよ……光月……()()()()()♡」

 

「!!? 光月──、……!!!」

 

 瞬間──起きたことはフロアの下っ端の誰もが瞠目する。

 飛び六胞の1人“小紫”がその腰にある刀“閻魔”を抜き、オロチの背後からその心臓を──

 

「この時を……待ち望んでいましたよ……オロチ将軍……!!!」

 

「お……お前、は……!!! か、はっ……!!!」

 

「──オロチ様!!!」

 

 オロチの表情が恐怖と衝撃に歪み、心臓を刺された痛みとショックで床に倒れる。

 だがそれでは終わらない。オロチに全てを台無しにされた日和ちゃんは刀を何度もオロチに突き刺す。

 

「この時を……この時の為だけにっ……!! 今日まで……!! 生き延びてきました……!!」

 

「キャー!!」

 

「うわァ~~!!」

 

「小紫様がオロチを!? なんで!!?」

 

「長い間手を組んで来たのに……!!」

 

 フロアは阿鼻叫喚。盛り上がっていた金色神楽の場も僅かに動揺が見える。

 特に侍達は酷く混乱し、そして徐々に私達に対する恐怖を感じ始めているが……こうなった時点でもう遅い。

 

「オロチの部下達よ!!! オロチは死んだ!!! お前らに選べる道は2つに1つだ!!!」

 

「!!?」

 

 カイドウが、混乱し恐怖する彼らに告げる。

 

「この“ワノ国”は新政府だろうと誰だろうと容易に手が出せねェ滝に囲まれた“天然の要塞”!!! 武器工場も更に増やし、“花の都”の者達も労働力にすれば──あらゆる海賊達にとって!! ここは楽園と呼べる“無法地帯”となるだろう!!」

 

「……!! カイ……ドウ……貴様ァ……!!!」

 

 オロチが死に際の最期に恨みの籠もった言葉を残そうとする──だがその口も、次の瞬間には回らなくなった。

 

「死ね……死ね……!!! お前が……お前さえいなければ……!!!」

 

「……ふふふ……♡」

 

 日和ちゃんがオロチの心臓だけではなく、顔面にも刀を突き刺す。返り血を浴びても関係ない。何度も何度も、刀を突き刺し、怨嗟の声を漏らす。

 その表情は怒りと、別の感情もないまぜになったとても見応えのあるもので……思わず私は笑ってしまった。

 そしてそんな中でもカイドウの演説と脅迫は続く。倒れたオロチとその死体を刺し続ける日和を僅かに一瞥し、すぐに興味がないと言うように視線を前に戻した。

 

「おれ達にとっちゃあ……!! “黒炭家”も“光月家”も!! どうでもいい話だ!!!」

 

 そう、どうだっていい。

 確かにオロチは役に立ったし、有用だった。光月の侍達は中々に強くて楽しい連中だった。

 しかしワノ国の争い。権力争いなんてどうでもいい。個々人としては興味があるが、家同士の争いなんて本当にどうでもいいし、ワノ国がどうなろうと知ったことではない。

 

「さァ5秒で決めろ!! オロチの部下達よ!!!」

 

 ワノ国の住民もどうだっていい。強者の理に従え。

 

「決めろ侍共!!! おれと共に海賊になるか!!! 今ここでおれ達に挑んで死ぬか!!!」

 

 戦力になるか奴隷になるか──それとも、死体になるか。選べる選択肢はそれだけだ。それ以外は一切認めない。

 

「これから始まる“世界の大戦”に向けて、この国を“海賊の帝国”に変える!! 本業の遠征も増えるだろう!!」

 

 そしてワノ国は私達が新しく作り変える。

 これからは世界中で争いが起きる。私達も、本番は先とはいえ──勢力拡大のために動き、他の勢力を潰すために動く。

 そのために……これから始める。

 

「……!!?」

 

「何だ!! 地震か!!?」

 

「……!! いや……やべェ!! 島が……!!」

 

 島全体に響く地震。それはこれからの計画に必要な動きだ。

 カイドウの“焔雲”が島全体を浮かし──それを運んでいく。

 それと同時に私のUFOも動かし……一緒に都へと連れて行く。

 

「今夜この“鬼ヶ島”を──」

 

 これから始まる地獄のために。

 

「“花の都”に移し!!! ワノ国は滅ぶ!!」

 

 ──そして私達の国を作る。

 

「国の名は“新鬼ヶ島”!!! 将軍は我が息子ヤマト!!! 副将軍は我が娘ムサシだ!!!」

 

 これは世界中を支配するための第一歩だ。

 

「さあ早く選びなさい!! オロチの部下達!! 主君オロチと一緒にここで死ぬか!! 私達と共に世界を獲るのか!!」

 

「侍達の忠義の厚さは知ってる!! おれ達に挑む者もまた──讃えよう!!!」

 

 私も一緒になって選択を迫る。もし死ぬことを選んでも今までのよしみだ。苦しませずに殺してはあげる。

 だがそうはならずに済みそうだ。

 

「ワノ国忍者軍お庭番衆5千人!! あなたにお仕えいたす!!!」

 

「同じくワノ国侍衆5千人!! 今よりあんたに仕える!!!」

 

 “お庭番衆”隊長の福ロクジュと“見廻り組”総長のホテイが続けて忠誠を誓う。

 これで締めて1万人が新たに私達の兵力に加わった。侍達は普通の雑兵に比べて強いからこれは大きな戦力だ。

 

「さぁて!! これからこの“鬼ヶ島”を花の都に落として私の歌と共に──またここでも新しく始めるよ!!!」

 

 そして歌と共に始める。

 頂上戦争の時はそんな暇はなかったが、今回は幾らでも歌える。余裕がある。

 

「聴け!! 新世界と新鬼ヶ島に捧げる私のニューシングル!!! ──“暴力の世界”!!!

 

 ──だからここからも……楽しんでいくし……楽しませてあげる♡ この正体不明の妖怪(ぬえ)が!!! 

 

 

 

 

 

 ──そうしてワノ国は……百獣海賊団の手に落ちた。

 

「な……なんだあれは……!!?」

 

「島が空を飛んでる……!!」

 

「やべェぞ!! 逃げろ……!!!」

 

「……!! あれは……マズいど……!!」

 

 花の都も……その他の郷に住む者も、誰もがそれを目撃する。

 百獣海賊団の本拠地が空を浮かび、花の都へと向かっていくところを。

 

「っ……!! クソ……!! また見ていることしか出来ないのか……ボクは……!!」

 

「…………見届けろ、姉上。我らが見届け……そして、これから出来ることのために頭を働かせるのだ。そうするしか……我らが報いる方法はない」

 

 そこから始まるのは……地獄だ。

 既に多くの郷でも地獄ではあったが、花の都だけはそれを免れていた。

 一年に一度の“火祭り”はオロチも百獣海賊団もおらず、誰も死なない日であり、安心して酒を飲み、騒げる優しい祭りの日だった。

 光月を信奉する民にとっては実現しない空想を口に出していい日でもある。

 だがそれも──

 

「……犠牲は大きくも……悲願の一つを……遂げられたのですね……日和様」

 

「……しのぶ……」

 

「大丈夫です。わたすだけは……貴方様と共に、この修羅道をお供致しましょう」

 

 ──もう叶わない。

 ワノ国に平和を。かつての緑を。腹いっぱい食べられる環境を。

 あるいは開国も……また、叶わなくなる。

 

「わはは!! 狂死郎!! これで正式に仲間だな!! 歓迎するぜ!! お前ならすぐに“飛び六胞”も狙えるだろ!!」

 

「~~~~っ……そう、だな……!!」

 

「……ん? なんだ、震えるほど嬉しいのか? それとも面白ェか!! 確かに、良い見世物だ……!! おまけにこれから好きに壊して作り変えられると思うとゾクゾクするぜ!!」

 

「…………!」

 

 ──ワノ国が滅ぶことで、かつての家臣は主の想いが……遥かに遠ざかったことに震えるしかない。

 この年の火祭りの日はワノ国最後の火祭りとなり──そして、ワノ国が滅んだ記念すべき日となった。

 新たに建国された“新鬼ヶ島”という海賊帝国の下敷きとなり、多くの人間がこの日、命を落とす。

 そしてそれを肴に……怪物達は酒を飲み、大いに騒ぐのだ。

 

「ウォロロロ!! これでまた一つ……“ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)”に近づいたな……!!」

 

「あはははは!! いや~楽しみだね!! これからこの国で好き放題出来るし、これまで以上に楽しくなりそう!!」

 

「ああ……部下も増えた……!! 準備が必要だが、それでも勢力拡大には事欠かねェ……!!」

 

「うんうん!! 目標は3年以内だね!! 頑張ろー!! おー!!」

 

 夜が過ぎ、本来一日である祭りを終えて、外海からの怪物が帰ってもまだ地獄の祭りは終わらない。

 見晴らしの良い鬼ヶ島の──新鬼ヶ島の屋上。ドクロドームの天辺で怪物2人が酒を飲み交わす。

 

「──あ、そうだカイドウ。言っておきたいというか、皆にも世間にも大々的に宣言しておくことがまだあるんだけど……」

 

「? なんだ一体……」

 

 月は雲で陰り、地上は真っ赤に染まる地獄の街道が出来上がる。

 そんな中──

 

「最近、やたらとババアとか年上扱いされてさー。例の件のこともあるし、私がアイドルを続けるためにはどうすればいいかなって考えたんだけど……その原因の一つを思いついたから、それを改善しようと思って」

 

「だから何だってんだ」

 

 怪物の内の一体が言う。対等の兄姉分。その1人が──

 

「やっぱあんたが明らかにおっさんで、それと対等の姉って見られてるから私は永遠の15歳なのに、年上でババアって勘違いされるんだろうから……やっぱ、()()()()()。よく考えたら別に姉だろうが妹だろうが対等なのには変わりないじゃん? 義兄弟の兄弟分とかって、兄とか弟とかあっても対等だし」

 

「…………ん!?」

 

「つまり──これから私は()()。妹ってことで♡ 妹系アイドルとしても売り出していきたいなー♪ ──ってことで、よろしく!!!

 

「…………あァ!!!?」

 

 発言し──些細なことを発端に、怪物同士の天災の如き兄妹喧嘩が……再び勃発し、人々は後にこう伝承する──この日“ワノ国”の断末魔が響き渡り……“新鬼ヶ島”の産声が鳴り響く。

 暴力と恐怖の渦巻く……明けない夜が始まってしまった、と。




インペルダウン→崩壊。鬼の跡目やら色々脱獄。マゼランは生きてる。
ビッグ・マム→百獣との正面対決は分が悪い。
結婚相手→もめる。誰になったかは後に判明。
ヤマトとムサシ→軟禁。夜這いと計画の話。子供については後回し。
ジョーカー→メアリーズというぴったりな部隊が生えてきたのでそれを統括する立場になりました。
新入り→アプーにドレーク。不明なのが2人。
ハンコック→改めて決意。許された……?
ルフィ→今は放置。というか後回し。
ひとつなぎの大秘宝→世界一の正体不明。ぬえちゃんのライバル。
オロチ→死亡。
日和→念願の一つを達成。
新鬼ヶ島計画→ワノ国を滅ぼして海賊帝国を作る。ワノ国の侍も戦力に。
カイドウ→演説上手。
ぬえちゃん→目標はワンピースを抜いて世界一の正体不明になること。可愛い。
アイドル方針→妹分になることを宣言する。そのことでまたカイドウと喧嘩する。

という訳で新鬼ヶ島計画でした。ワノ国BADENDルート。少なくともここからTRUEは厳しい。
これにて戦後のあれこれは終了。原作で言うところの2年前は終了です。まあ黒ひげとか描写してないけど、それはまあまた今度で。
次回からは2年の間に色々する。そろそろ日常回……といったらあれだけど、色んな動きやら修行やら色々書く予定。ちゃんと間の2年も書くって話。お楽しみに。

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