正体不明の妖怪(になった男)、情緒不安定な百獣の腹心になる   作:黒岩

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拷問

 ──世界中が争いに満ちていた。

 

「海賊だ!! 武器を取れ!!」

 

「家族を守るためにはこうするしか……!!」

 

「返せ!! それはおれ達の食料だ……!!」

 

 争いは時と場所を選ばない。

 秩序が崩壊した世界では幾つもの国が倒れ、幾つもの支配者が現れ、幾人もの人々が暴力に屈する。

 奪い合うのは命だ。生きること。身の安全や食料、金、住む場所などありとあらゆるものが略奪者によって奪われ、正義の存在しない世の中では自分を守る者は自分しかなく、勝ち取るためには暴力に手を染めるしかない。

 昨日まで隣人と手を取り合い、平和を望んでいた人間も──今日はその手で人を殴り、争いによって生きる術を勝ち取る。

 それが多くの国々──主に元世界政府非加盟国や非力であるがゆえに海賊や隣国に国を滅ぼされた地域で見られるようになった光景だ。

 

 ──そして一方で、強い意志を持つ者達は各々の方法で生きる術を模索する。

 

「海賊共よ!! 降伏しろ!!」

 

「! やべェ……“新政府軍”だ……!!」

 

「怯むんじゃねェ!! 今は海賊の世の中なんだ!! 迎え撃てェ!!!」

 

「……!! 聞く耳持たずか……!! 総員!! 海賊共を制圧せよ!!!」

 

「はっ!!」

 

 世の中が暴力という理に堕ちた今でも、自由と平和のために戦う“新政府軍”は世界中の海で秩序を乱す国々や海賊を止めるために活動している。

 賛同する国は全部で約40ヶ国。かつての世界政府の四分の一程度しかない勢力だが、それでも革命軍と海軍の残党が合わさり、理事国としてアラバスタ王国やサクラ王国など力や技術を持つ幾つかの国々が結束し、何とか争いと暴力を望む勢力を押し留めている。

 前世界政府から懸賞金制度を継続し、賞金稼ぎによる無法者への抑止を行ってもいる。外交や金銭のやり取りによってどうにか争いを止めて血と恐怖に怯える人々を守ろうとする。

 だがやはりそれでも……困窮する人々を全て救うことは出来はしない。

 

 ──海賊の世界では幾つもの動きや勢力図の変化があったが……それでも頂点はあの頂上戦争後から変わりはしない。

 

「──海賊の世界の覇権は移り変わってきた……ほんの数ヶ月前は“白ひげ”……その前はロジャー……“金獅子”……“ビッグ・マム”……それより以前は“ロックス”と……100年前まで遡れば巨人族が台頭していた時代もある」

 

 人々の自由を掲げ、人々の平和の為に戦う“新政府”の総本部。“偉大なる航路(グランドライン)”──バルティゴ。

 その一室で1人の男が海賊の変遷について語っていた。

 

「海賊の世界は複雑怪奇な様でいて、その実は単純だ。──“自由”を求めるか、“支配”を望むか……全ての海賊は大まかにその2つに分けられる」

 

「……それで言うなら……かつてのロジャーは自由で……ロックスは支配を望んだってことですかね」

 

「ああ……そうなるな」

 

 語り部となる眼鏡を掛けた老人──ところどころ生え始めた白髪や皺が目立ち、片腕を義手にしているその男は傍らのヤギに餌をやりながら目の前の青年の確認に頷く。

 老人の名は”センゴク”。元海軍本部元帥の地位に就いていた歴戦の海兵であり、今は新政府軍の相談役として未だに軍職についている男である。

 彼は老兵としての知識を目の前の若い者に譲る。今や戦争の傷が原因で現場を離れた隠居人。無念ではあるが今後の未来は次の世代に託すしかない。

 

「だが今の世の中は……海賊だけではない。幾つもの勢力が自由と支配に別れ、争い合っている。“北の海(ノースブルー)”のジェルマ然り……“南の海(サウスブルー)”の悪ブラックドラム王国や……新世界のプロデンス王国……自らそれを望むか強いられたかの違いはあれど……今や自らの欲を隠さず、弱者を虐げ支配する勢力が台頭してきている……もっとも、その原因の一端は我々元海軍と世界政府にあるかも知れんがな……」

 

 センゴクは自嘲気味にそう告げる。世界政府の支配を守り、海賊だけではなく罪のない弱者への暴虐を許してきた海軍にはかつての世界政府加盟国の暴虐を非難出来る立場にはないのかも知れない……と、センゴクは初めて大仰な立場も正義もない人としての本音を口にする。それを聞いた若者は真剣な表情で頷いた。

 

「……我々革命軍も自由を掲げる無法者でしたし、完全な白ではありませんでした」

 

「ふっ……そうだな……だが、歴史は勝者から作られる。今となっては“新政府”が新たな秩序で……しかし“悪”となりつつある」

 

「ええ、ですがそうはさせません」

 

 センゴクの言葉に若者は強い声でそう返す。確かに、戦争の勝者は自分達ではなく、世の中の主流は自由ではない。

 だとしても、弱者を虐げて強者だけが笑うことの出来る世の中が真っ当である筈が──ましてや正義である筈がないと信じていた。

 そしてその強い意志にセンゴクは目を細める。世界政府が滅びた今、彼らと敵対するつもりはなく、自分もまた新政府に雇われた1人の老兵に過ぎない。

 ならば今度はその新政府が掲げる新たな”正義”のために──その知恵と力を少しでも貸そうと。

 

「ああ、頼む。青キジ……クザンは実力も思想も申し分ないが、それでも多くが元革命軍の兵士であるこの新政府軍においては肩身が狭いだろう。支えてやってくれ」

 

「ええ、勿論。ドラゴンさんも元海兵だからと蔑ろにせず手を取り合うようにと予め言っていました。そもそも差別はおれ達が一番大嫌いな事ですからね」

 

「……それなら安心だな」

 

 センゴクは頷く。この分なら組織として纏まらないようなことはないだろうと。新政府は元海軍将校である者達にも実力に応じてしっかりと立場を与えてくれている。

 新政府の代表は元革命軍の指導者ドラゴンだが、その実質的なNo.2。新政府軍の元帥には目の前の青年ではなく元海軍本部大将の青キジ、クザンが就いた。

 目の前の青年は新政府軍の総参謀を務めるNo.3となる。

 

「……だがやはり今の海は予断を許さない。先月だけでも数十の国が滅んだそうだな……」

 

「……ええ。特に……魚人島の一件は痛恨でした。ハックとコアラもショックを受けていて……」

 

 ……しかし、それでもこの先の未来は明るくない。

 戦争が終わって数ヶ月。その僅かな時間で幾つもの事件が起き、幾つもの国が滅びた。

 センゴクと青年はその中でも特に尾を引いている一件──魚人島の事件とそれを引き起こした勢力のことを思い、歯を食いしばる。

 

「……わかっていたことだが……今の頂点は甘くないぞ……!!」

 

「ええ……他の海賊達の動向も気にはなりますが……」

 

「……無論、注意を払う必要はあるが……今の覇権は二代目“白ひげ海賊団”や姿を消した“黒ひげ海賊団”……“赤髪”と“千両道化”の同盟ではない」

 

 そう、魚人島を滅ぼし、今この海で覇権を握る強大かつ凶悪な存在。

 彼らこそがこの新政府にとっての最大の敵であり、自由を取り戻すために必ず倒さなければならない仇敵だ。

 その名を、青年は告げる。

 

『新政府軍総参謀 サボ』

 

「勿論分かっています。おれ達の最大の敵は“ビッグマム海賊団”と……“百獣海賊団”の同盟……!!! 新世界に覇を築く“海賊帝国”だ……!!!」

 

 

 

 

 

 ──その事件は頂上戦争の僅か二ヶ月後に起きた。

 

 海底1万メートルの海淵。海の底にありながら光のあるその場所は海底の楽園とも呼ばれる“偉大なる航路(グランドライン)”屈指の人気観光スポット。

 新世界へ向かう海賊達が必ず通ることになる島で、その7割が航路の途中で全滅すると言われる魔境。

 だがそれゆえに……海賊の被害が絶えなかった不遇の島。

 

「きゃああ~~~!!」

 

「海賊だ!! 逃げろ!!」

 

「げへへ!! 人魚だ!! 人魚が沢山いるぞ!!」

 

「捕まえろ!! 人魚は高く売れる!! おまけに容姿も良い!! 自分達で使っても最高だ!!」

 

 “世界政府”と“海軍本部”が滅び、“白ひげ”の旗も威信を失った今、その煽りを最も受けたのは他でもない。

 世界政府加盟国でもあり白ひげ海賊団のナワバリでもあった“魚人島”──リュウグウ王国だった。

 

「お、おい!! この島は”白ひげ”のナワバリだぞ!!」

 

「ああ!! 知ってるよ!! それがどうした!!? ぎゃはははは!!」

 

「怪物白ひげはもう死んだんだろう!? だったらこの島を誰が守れるってんだ!!?」

 

「っ……くっ……!!」

 

 秩序が崩壊し、海賊の数が急激に増えた今、魚人島にやってくる海賊の数も増え、人魚を狙って襲い来る海賊が後を絶たない。

 白ひげの名も通じない。白ひげは死んだ。二代目船長”火拳のエース”が跡目を継いだという情報も世間には流れているが、その威信は他の多くの海賊とそれほど変わりないほどに落ち込んでしまっている。

 何しろ”頂上戦争”において完膚なきまでに叩きのめされた“敗北者”。謂わば残党とされている落ち武者の集団だ。

 そんな彼らのナワバリと言っても恐れる海賊団は少ない。特に、これから新世界に行って一旗上げようと目論む海賊達にとっては他の“四皇”ならともかく、落ちぶれた“白ひげ”に恐れをなすような輩はいなかった。

 

「きゃ──!!?」

 

「よっしゃ!! 人魚一匹ゲットだぜ~~!!!」

 

「──そこまでだ!!!」

 

「あ? ──うぎゃあああ~~~!!!」

 

 ゆえに──今魚人島を守っているのはリュウグウ王国の兵士達と彼らを束ねる3強。

 そして更にその上に立つ海の大騎士、海神ネプチューン。

 元々人間の十倍の腕力を持つ魚人や人魚。その中でも鍛え上げた兵士の強さは並の人間を凌駕している。

 だからこそ、戦争後も魚人島の平和は辛うじてだが、守られていた。

 

 ──しかしその日の敵は……格が違っていた。

 

「うわあああああ~~~!!!」

 

「なんだあれ……!!?」

 

「早く身を隠せ……!! 海賊だ……!!」

 

「いつの間に入ってきたんだ……!!?」

 

 魚人島の町並みを破壊し、地響きを起こしながら進軍してくる海賊達。

 あまりにも凶暴かつ残虐な海賊の大軍と、その先頭に立つ巨大な古代の生物に魚人も人魚も一様に慄く。

 

「!!? も、もしかしてあいつら……!!」

 

「あ、あの角とあの旗って……!!」

 

 そして、中には彼らの正体に気づく者達もいる。

 男は黒いマントや革パン、女はビキニアーマー。そしてどちらも頭に角を持つ者が多い特徴的な格好のその海賊は、今や知らない者の方が少ない凶悪な一味。

 多くの魚人と人魚を囲み、街を破壊しながら広場までやってきた彼ら。その先頭に立つ古代の動物──マンモス。

 そのマンモスに化けた男は住民に、そして兵士、王族に向かってありえない要望を口にする。

 

「魚人島の国民!! 兵士!! 王族共!! すぐにこの国の王女──“しらほし姫”を差し出せ!!!」

 

「!!?」

 

 マンモスがありえない要求を口にする──明らかに悪魔の実の能力者。それもこの海賊達の中でも幹部に位置すると思われる相手。

 そして知らない者からしてもその巨大さから凄まじい実力を持つと推測出来る相手だ。

 だが知っている者も知らない者も、まず驚いたのはその要求の内容だった。

 

「し、しらほし姫を!!?」

 

「な、何をバカなことを……!!」

 

「差し出す筈がないだろう!!」

 

「やめてくれ!! 食料や金なら差し出す!! それを持ってさっさと帰ってくれ!!!」

 

 住民。そして警備についていた兵士達が声を上げて反論する。

 中には妥協案として食料や金なら差し出すと口に出す者もいた。それは海賊の世界において命だけは助けてもらう処世術のようなもの。いざとなれば命を買うために他の全てを差し出すこともまた、生きるためには必要だった。

 

「ハハハ……!! 何言ってんだお前ら!! こんな海の底で暮らしてると知能まで魚に退化するのか?」

 

「!?」

 

 だが──彼らにはそれは通用しない。

 欲しいものを妥協しない本物の海賊。話の通じないイカレた海賊。

 彼らはその両方の性質を持ち合わせた極めて凶悪かつ残虐な海賊団。そして、世界一の戦力を持つ獣の軍団だった。

 

「おれ達とこの方を知らねェとは言わせねェぞ!!」

 

 そして海賊達の中から1人の黒い二本角を持つ男が進み出てくる。

 加えて2名。マンモスの隣に立つのは彼らの中でも選ばれた幹部であり、最強の海賊団を構成する重要な戦力──“真打ち”達だった。

 

『百獣海賊団真打ち シープスヘッド』

 

「おれ達はかの“四皇”!! 海賊王に最も近いと言われる“百獣のカイドウ”様とその兄妹!! “妖獣のぬえ”様ら2人が率いる……百獣海賊団!!! そしてこのお方は!!! 4人いる“災害”と称される懐刀のその1人!!! ──“旱害のジャック”様だ!!!

 

 巨大なマンモスを両手で大仰に指してシープスヘッドは代わりに名乗りを上げる。

 それは見ようによっては余計な名乗りだが、今やその名を口に出してバカに出来る相手も茶々を入れられる者もいない。

 百獣海賊団と聞いて、魚人島の住民達は一斉に血の気を失う。戦争のニュースはこの海底にも届いている。

 世界政府に海軍本部。そして白ひげ海賊団を滅ぼした“四皇”の一角。

 今や世界最強の海賊団。そして、そのマンモスはその最強の海賊団において“災害”とまで称される大幹部の1人。

 

「ジャック様の通った土地はまるで旱バツでも来たかのように朽ち果て滅ぶ!!! お前達魚人や人魚にとっては死活問題だろう!! 水を失って干物になりたくなきゃしらほし姫を差し出せ!!! それとも──おれ達と戦る気なのか!!?」

 

「ギャハハハハ!!!」

 

「ゲーヘッヘッヘッ!!!」

 

「……!! そんなこと呑める筈が……!!」

 

「……!!」

 

 シープスヘッドの再度の要求と笑う戦闘員達の下品な笑い声。

 それに思わず拒否の言葉を吐いてしまった兵士に反応し──ジャックが動く。

 

「!!!」

 

「!!?」

 

「きゃああああ~~~~!!!?」

 

「うわああ~~~~~~!!!!」

 

 ジャックが近くにあった巨大なサンゴをその長い鼻で叩き折り、下にいた住民共々叩き潰した。

 血を吐き、倒れる者が1人2人ではない。数十人規模で地面に転がる。中には女も子供もいた。だが一切の容赦がない。巨体に見合った足を一歩踏みしめ、ジャックは住民達や部下に告げる。

 

「まどろっこしいやり取りを続けるつもりはねェ。竜宮城にいることはわかってるんだ……そうだな? ソノ」

 

「──ええ……しらほし姫は竜宮城にいるとの情報で……多分……きっと……メイビー……いや、ちょっと自信ないですが……」

 

「!!?」

 

 ジャックの言葉の先。紅い帯やひらひらとした衣装を身にまとった青い髪の美女がいる。

 二本の足で地面に立つ半目で気だるそうな彼女もまた百獣海賊団の幹部。真打ちの1人だ。

 

『百獣海賊団真打ち “止水のソノ” 懸賞金4億6490万ベリー』

 

「……でもまあ普通に考えて王族の住む竜宮城にいると思いますね……多分、必ず……はぁ、喋るの疲れた……シープスヘッドさん、ホテイさん……後は任せましたよ」

 

「ええ……!?」

 

「……噂にゃ聞いてたが……随分と怠惰だな……」

 

 そしてソノは一応情報は間違いないと曖昧な言葉で告げつつもシープスヘッドともう1人の真打ちに任せると欠伸を返してすすっと後ろに下がってしまった。それを見てシープスヘッドが驚き、もう1人も軽く呆れるように呟く。そうして最後の1人も前に出た。他の者達と違い、彼はワノ国の装束を身に纏い、刀を差した──正真正銘の侍だった。

 

『百獣海賊団真打ち(元見廻り組総長)ホテイ』

 

「まあいい。せっかくの初の遠征だ。魚人を斬るのは初めてだが、戦るなら存分に暴れさせてもらうぜ……!! お前らも準備はしておけよ……!!」

 

「はっ、ホテイ様!!」

 

 ワノ国の侍軍。見廻り組の元総長であるホテイは背後に控える元見廻り組の侍達──今はもう全員が百獣海賊団の戦闘員である彼らに呼びかけ、好戦的に戦いの準備を始めさせると不敵な笑みを浮かべてジャックに声を掛ける。

 

「ようジャック。最初は元見廻り組……“ウォリアーズ”のおれ達に任せてくれよ? どうせ海賊やるなら戦功上げて悪名高めて……おれは上の地位を狙う。その機会を少しでも貰いたい」

 

「! ……好きにしろ」

 

 新入りの真打ちの勝ち気で生意気な言葉に、しかしジャックは機嫌を損ねることもなく許可を出す。百獣海賊団の戦闘員、彼ら“ウォリアーズ”は旧ワノ国の武人達であり、元々は将軍に仕えていた者達だが、百獣海賊団が行った新鬼ヶ島計画によって百獣海賊団入りした。

 その中でもホテイはお庭番衆の福ロクジュと並んで侍達のトップの1人。実力は折り紙付きで、すぐに真打ちに名を連ねたが、オロチ政権でも頭角を現した侍は百獣海賊団でも並の地位では満足出来ないらしい。虎視眈々と上を狙う姿勢を見せるが……普通の組織ならともかく、百獣海賊団に於いてそれを拒否する理由はない。馴れ合う必要も、無理に敬称を使う必要もない。忠誠を誓うのは2人だけで構わない。実力があるなら好きにすればいい。

 トップ2人を尊敬し、従う形の主従関係を築く百獣海賊団では幹部同士で張り合うことも多い。ゆえにジャックはホテイの生意気な口にも何も言わない。最低限の指示系統さえ守っているのなら何も言うことはないのだ。後は任務を成功させる実力さえあればいい。

 

「何を……!! 海賊にこの国は荒らさせはしない!! どんな大物であろうと……!!」

 

「はっ、百獣海賊団を相手に随分と大口を叩けるもんだ。ワノ国の侍ですらどうにもならなかった相手に……魚風情がどうにか出来るかよ!!!

 

 リュウグウ王国の兵士達が百獣海賊団の戦闘員──ワノ国の侍達と激突する。

 魚人や人魚は普通の人間に比べて強い。それは誰もが知る常識だ。

 だがしかし……新世界のレベルにおいては、魚人の生まれ持った戦闘力など──大したものではない。

 

「おいおい弱いな……こんなものか」

 

「っ……こいつら……全員覇気を使って……!?」

 

「“流桜”くらい常識だろう。まったくもって斬り甲斐がねェぜ……!!」

 

「ぐゥ……!!」

 

 魚人や人魚の兵士といえど、“四皇”の海賊団のレベルからすれば人間の雑兵と変わりない。

 ましてや新世界の強国、ワノ国の侍ともなれば覇気──流桜は常識であり、熟練度に差はあれどその多くが覇気を用いることが出来る。

 百獣海賊団が負ける訳がない。そして魚人が勝てる筈がなかった。

 

「ほら、さっさとしらほし姫とやらを差し出しな」

 

「っ……!! だ、誰が……!!」

 

「はっ、そうかよ。じゃあ一人目、死んどくか──」

 

「……!!」

 

 ──しかし、どんな集団、種族にも強者はいるもので、

 

「──そこまでだ海賊!!!」

 

「……? 何だあいつら……」

 

「! 王子達が来た!!」

 

 百獣海賊団の戦闘員。侍の数人を薙ぎ倒し、やって来たのは槍や剣を持った3人の人魚とネプチューン軍の主力。その彼らのことをソノは口にする。

 

「ネプチューン軍の3強ですね。3人の王子……フカボシ、リュウボシ、マンボシ……あーあー……あんな一丁前に武器を振り回しちゃって……随分と成長してますねぇ……おまけに奥から海の大騎士ネプチューン様まで……」

 

「ほう……少しは出来そうなのが来たな……!!」

 

 ソノの言葉と侍達を薙ぎ倒した実力を見てホテイがニヤリと口元を歪める。主力を倒せば昇格も近づくと。

 

「──聞いたぞ!! お前達の狙いはしらほしだと……!!」

 

「──悪いがしらほしはおいら達の妹!! 差し出す訳にはいかない!!」

 

「──金や食料ならいざ知らず……到底聞けない要求だ!! 我々は断固としてそれを拒否する!!」

 

「だったら殺すしかないな……!!!」

 

「しらほし姫を差し出さねェなら死あるのみ!!!」

 

「はぁ……顔合わせたくなかったんですけどね……でもここに来た時点で今更ですか……しょうがない。少しだけ、昔の様に1手授けて上げましょうか……」

 

「……!! あいつら、変身し始めたぞ!!」

 

「悪魔の実の能力だ!! それにあっちの女はまさか……!!」

 

 王子達が中央を切り開いてきたのを見て真打ちの3人──ホテイ、シープスヘッド、ソノが動き出す。

 内2人は悪魔の実の能力者であり、分かりやすく戦闘スタイルが変化し、ソノに至ってはこの島では見慣れた構えを取って見せた。

 

「魚人風情がこれに耐えられるか……!!?」

 

「! あれは……羊!!?」

 

「そうとも!! おれはウシウシの実モデル“(シープ)”の能力者だ!!!」

 

 シープスヘッドが巻き角と羊毛が特徴的な、それでいて人間の形を維持した人獣型となり、その角をマンボシの剣へぶつける。

 動物(ゾオン)系は鍛えれば鍛えるほどに肉体が強くなる。それ以外の能力者と無能力者相手では余程の差がない限り身体能力で遅れをとることはない。マンボシも例外ではなく、力では押されてしまう。

 そしてリュウボシは──目を疑う相手と激突した。見知った相手。同種の人魚であり……何年も前に国から出ていってしまった人魚柔術の師範。

 

「!!? 貴方は……やはり、ソノか……!!」

 

「ああ……やっぱり覚えてたんですね……久し振りですね、王子様方。何ともまあ大きくなって……そのおかげで随分面倒なことに……」

 

「……!! 手配書を見た時から分かってはいたが……なにゆえ百獣海賊団に……!! 昔の貴方はそんな人ではなかった筈……!!」

 

「……はぁ……王子様がしがない公務員でしかなかった私の何を知っているのやら……まあどうでもいいですけど、とりあえず……面倒なのであしらわさせて頂きます……」

 

 気だるそうにリュウボシの相手をするソノは、2本の剣の乱舞をあっさりと素手で受け流し、リュウボシに対して圧倒的に有利に立ち回った。

 だがそれも仕様がない。11年前──ソノが国を出ていくまでは王子達に人魚柔術を教え、戦い方を教えたのはソノであり、彼女は人魚柔術の師範でもある。知らない技は無ければ、その癖も何もかもを知っている相手。彼らにとっては師に当たる存在だ。敵とはいえやりにくいことに変わりはない。

 そして最後、フカボシを相手にしたのはホテイだが……その姿は普通ではない。

 

「せっかくだ……強い相手なら貰ったばかりの能力を試させて貰うぜ……!!!」

 

「!!? 恐竜……!! 動物(ゾオン)系の古代種か!!」

 

「ああ……悪いがお前ら程度に手間取ってる暇はないんでな。さっさと狩らせてもらう……!!!」

 

「!!! ぐっ……!!?」

 

 肉食の恐竜。一気に姿が変わり、素早くなったのを見てフカボシが驚く──が、対応出来ない。その速さであっという間に身体に切り傷を刻まれる。

 そして王子達の参戦に優勢になると期待した住民達は、その期待を裏切られたことで絶望しかける。世界一の戦力を持つ海賊団。その幹部はやはり手強いと。

 だがまだ戦士は残っていた。この国一番の戦士。それは他でもない──海神ネプチューンだ。

 

「やめるんじゃもん!!!」

 

「! あれがこの国の王……大騎士ネプチューンか」

 

「はい、その通りですよジャック様……結構強くてそれなりに厄介なので……しかも私は今こちらの王子に掛かりっきりですのでお相手出来ません。ですからジャック様に対応して頂けると助かります……あー、手強い。王子様が手強いですよー」

 

「ペラペラと白々しい嘘を吐きやがって……だがまあいい。こいつを痛めつければしらほし姫も出てくる気になるだろう……!!」

 

「! 貴様ら……なにゆえしらほしを狙うんじゃもん!! あれはただの身体が大きいだけの娘!! 戦士でも何でも無い!!」

 

「黙れ……理由を教える義理はねェ……!! おれ達の要求は一つ……!! しらほし姫をおれ達に差し出すこと!!! 差し出さねェなら……差し出すまでこの国を破壊する!!!

 

「っ……!! 何とメチャクチャな……!!!」

 

 ネプチューンは眼下の怪物、ジャックの狂気の宿った瞳を見て背筋を震わせる。頭のネジが飛んでいるとしか思えない男だ。10億超えの怪物。自分では勝てない──冷静にそう感じ取ってしまう。

 だが引くことも出来ない。しらほし姫は実の娘。亡き妻の形見だ。海賊に渡す訳には断じていかないし……渡せばとんでもないことになる。

 しらほし姫を態々要求することから、百獣海賊団はしらほし姫の持つ価値を知っているとネプチューンは見ていた。そう、世界を滅ぼすと公言し、今の世界をこうした彼らがだ。しらほし姫を使って何をするかは想像に難くない。

 ゆえにネプチューンは死力を尽くす覚悟で槍を構えた。彼らを倒さなければ逃げることも戦う準備を行うことも出来ない。どんな選択を選ぶにせよ、まずはここを乗り切らなければ……話は始まらない。

 ……だが。

 

「!!!」

 

「っ…………!!」

 

「──父上!!!」

 

 ──ジャックの鼻の一撃は、容易にネプチューンを叩き潰した。

 

「嘘……だろ……!!?」

 

「ネプチューン軍の3強に……」

 

「ネプチューン様まで……歯が立たない……!!?」

 

 そして住民達は今度こそ絶望する。魚人島での最強。海神ネプチューンにその王子達が敵わず、一矢報いることも出来ない圧倒的な強さに。人を痛めつけることを躊躇しない残虐さに。

 獣型から人型に変身し、地面に倒れたネプチューンに刃を突き立てようとするジャックに誰もが顔を青褪めさせる。

 

「ぎゃ~はっはっはっ!! 見たか!! 我らがボス!! ジャック様は懸賞金13億ベリーを掛けられた大海賊!!! 海神だか3強だか知らねェが図に乗るなァ!!! てめェらが生き延びるには差し出せと言われたものを差し出すしかねェんだよ!!!」

 

「ふん……うるせェ部下だが……差し出さねェなら死ぬのはその通りだ……!!」

 

「っ……無念じゃもん……!! まさかこれほどの強さとは……!!」

 

 ネプチューンの頭上でジャックが刃を手に持ち、その身体に刃を当てる──いつでも殺せる。そう言っているようだった。住民達や兵士達の頭に最悪の光景が過る。

 

「父上!!」

 

「──さァ、もう一度聞くぞ……!! しらほし姫を差し出せ!!! 出さねェのならまずは国王の目玉を潰し……耳を削ぎ落とす……!!!」

 

 ジャックがネプチューンの右目に刃の照準を合わせる。少し下ろせば刃は目玉に突き刺さるだろう。

 こうなってしまえば兵士や王子達も戦うに戦えない。一気に気勢を衰えさせ、父親であるネプチューンの身を案じる視線を向ける。

 

「わしの身は気にするな……!! しらほしを守るために……戦うんじゃもん……!!!」

 

「父上……!!!」

 

「ふん、だったらそれでも構わねェ。しらほし姫が出てくるまで、1人1人殺して回れば済む話だ……!!!」

 

「うわぁ……さすがジャック様。怖いこと言いますねー。……ほらネプチューン様。しらほし姫差し出した方がいいですよ? じゃないとジャック様にぐちゃぐちゃにされちゃいますし……」

 

「っ……ソノ……!! お前は……なぜこんな輩の味方をしておるんじゃもん!!? 王子達やしらほしもお前に懐いておった……!! オトヒメも、お前に良くしていた……!! お前もオトヒメには──」

 

「……はぁ……やっぱり……何も分かってないんですねぇ……大義に目を曇らせて、下のことを全然分かってない……」

 

「!!? 一体どういうことじゃもん……!!?」

 

 ソノの深い深い溜息と心底ダルそうなその口ぶりを見聞きし、ネプチューンは疑問を問いかける。

 そもそも彼は、彼らには不思議だったのだ。11年前のある日──突然、ソノはネプチューン軍の武術師範と王族の護衛隊長を辞職し、魚人島から姿を消した。

 そして次にその姿を見たのは手配書。百獣海賊団の幹部になっている変わらない彼女の姿だった。

 ネプチューンを含む王族達が信頼していたソノが何故海賊に身を落としたのか。何か止むに止まれぬ事情があったのか……ずっと頭の片隅にしこりとして残っていた。

 だがその疑問を……ソノはあっさりと何でもないことのように口にする。今ここに至っては隠すことでもないと。

 

「……別に……私は単に、オトヒメ様やあなた方の掲げる人間との融和とか……あるいは人間からの差別への復讐だとか……そういう面倒なことにうんざりしたってだけですよ」

 

「!! 面倒……じゃと……!!?」

 

「ええ。面倒になりました。だって考えてると凄く精神的に疲れるんですよ……そりゃ最初は私も自分の力でやれることはやりたいとも思ってましたが……よくよく世界を見てみると、魚人や人魚はそれほど強くはないですし、私もあまり強くない。魚人島やそこに住む人の立場はいつだって不安定で……いつ沈むか分かったものじゃない。その恐怖に日々苛まれながら働いて生きるくらいなら……もっと強い人の下で働いた方が、少なくとも精神の安定は得られて楽に生きれるかなーと……」

 

 ソノは言う。リュウグウ王国でかつて、オトヒメ王妃に最も近い場所で魚人島や世界を見ていたからこそ、ソノはある結論に至ったのだと。

 そしてその結論は……魚人や人魚は様々な意味で弱く、いつ何時貶められてもおかしくないということ。

 だというのに幾度となく行動を起こし、目立ち、立場を落としていく。

 そうしていつ殺されて、いつ虐げられてもおかしくないような位置でいるのは……精神的に耐えられなかったと。

 

「……まあ最初は世界政府の下でも良いかなと思っていましたが、やっぱり天竜人に奴隷にされる可能性があるのは嫌ですし……魚人島を出てから海軍にとも考えましたが、やっぱりその危険性はありますし、そもそも人魚の海兵なんて前例がない……なのでやっぱ海賊になるしかないかなーと思って。それも……()()()()()()()()の一員に……!!」

 

「ぐああっ!!?」

 

「リュウボシ!!」

 

 剣を振り回し、ソノに迫ったリュウボシが投げられる。

 捻った瞬間が見えない。いつの間にか投げられたとしか言えないその神業はまさしく人魚柔術の師範の名に恥じないものだった。

 だがその技を以てして、同胞に牙を剥く。

 

「長いものには巻かれろと言うでしょう……どうせ竜に仕えるなら……()()()()()に、私は仕えたい」

 

 だからこそ今の立場は良いし、運も良かったとソノは語る。魚人島を出て新世界の島に身を寄せてから、幾つかの海賊を調べた。

 そして入るならばやはり”四皇”が良かったが……遭遇するのは運でしかない。だからこそ待って待って、堕落しながら待ち続けたが……一年と経たずに最有力候補の海賊団と遭遇したのは、あまりにも幸運だった。

 

「そういう訳で、私は百獣海賊団に…………あー、喋るの疲れました。最低限、リュウボシ王子は抑え込みましたし、後は適当にやります……ネプチューン様は……まあ比較的早めにしらほし姫を差し出すことをおすすめしますよとだけ……あんまり時間を掛けると酷いことになりますから……」

 

「っ……!! ソノ……お前は……!!」

 

 ネプチューンがソノの語りに忌々しいと言うような、それでいて、魚人や人魚の立場が悪かったその歴史はやはり根深いと心を痛める。

 自分達が人間と変わらず、人間と同じ立場であれば、そもそもそんな悩みを持つことはなかったのかもしれないし、あるいは人間よりも遥かに数が多ければ……あるいは社会的な立場を覆せるほどに強ければ、差別も起こらなかったかもしれない。

 もしもを考えても仕方がないことだが、ネプチューンは王としてこの状況を防がなければならなかった。

 かつての臣下が裏切り、魚人だけではなく、人を人とも思わないような相手に魚人島は滅ぼされようとしている。

 そしてそれはおそらく不可避──自分が敗北した時点で……いや、百獣海賊団に狙われた時点で、魚人島は滅ぶ運命にあった。

 ならばもう、後はせめて救える命を救うしかないとネプチューンは死を覚悟して決意した。

 

「──皆のもの、すぐにここから逃げるんじゃもん!!!」

 

「!!」

 

「ね、ネプチューン王……!!」

 

「父上……!!」

 

「ああ?」

 

 その場にいる全ての国民に聞こえるようにネプチューンは王としての務めと父としての務めを果たそうとする。

 百獣海賊団が疑問に思う中、その叫びは続いた。

 

「こやつらはしらほしを手に入れるまで決して止まらぬ!!! 何千人でも何万人でも殺すじゃもん!!! その前に……せめて1人でも多く……逃げて生き延びて欲しいんじゃもん!!!」

 

「あ~? ──ぎゃはは!! 何言ってんだこの王は!! さっさとしらほし姫を出しゃ済む話だろうが……!!」

 

「──しらほしはここには来ない」

 

「!?」

 

 ネプチューンの端的な言葉に百獣海賊団の戦闘員が驚く。

 地面に倒れ、血を吐きながらネプチューンは眼上のジャックを見上げて告げた。

 

「わしは情けない王じゃもん……お主らから……()()()()()()国民を守れんかった……!! じゃが……しらほしを渡せば……お主らはより多くの人の命を奪う……しらほしを渡せば……国民の命を救えるかもしれんが……それを、わしは選べなかったんじゃもん!!!」

 

「てめェ……」

 

「しらほしにはわしらが出て負けるようなことがあれば、人知れず逃げるように言っておる……お主らにしらほしは渡さん……あわよくば、お主らを倒すことが出来ればと思っておったが……それも叶わぬなら、もう後は──」

 

「!」

 

 ネプチューンが再び立ち上がり、槍を取るとジャックに向かって槍を振るう。

 それは容易に防がれたが、しかしネプチューンは国民を守るために啖呵を切る。

 王ではなく……1人の戦士として。

 

「──国民を守り、お主らに一矢報いるため……ここで命尽きるまで戦い続けるしかないのじゃもん!!!」

 

「……!!」

 

「国民よ!! 今すぐここから逃げるんじゃもん!!! 海に出れば逃げ切れる!!! そのための時間はわしらが稼ぐ!!!」

 

「……よっぽど死にてェらしいな……!!!」

 

 ジャックの額に青筋が立つ。

 しらほしや国民を逃し、更には自分達を止めれると思い上がっているこの人魚に。

 今すぐこの王と王子、兵士達を殺してしらほしを探し、あるいは捜索をしなければならない。ジャックにとって命令は絶対だ。

 ゆえにすぐに動こうとした。だが、逆らおうとする乱入者は王族だけではなかった。

 

「“撃水”!!!」

 

「!!?」

 

「うおお!!? ジャック様!!」

 

「……!! 誰だ!!?」

 

「──その殿……わしも受け持とう……!!!」

 

「! あ、あの人は……!!」

 

 突然、ジャックを攻撃したのは少量の水だった。

 だがジャックに僅かに痛みを与え、その場から地面を引きずって吹き飛ばすほどの衝撃を与えた。

 それを見て百獣海賊団の戦闘員は驚き、国民達もそれを為した人物の登場に驚く。その男は誰もが知る魚人だった。

 その人物も含めて……背後には“タイヨウ”のマークを身に刻んだ海賊が武器を持って百獣海賊団に敵意を向けている。その先頭に立つのは魚人にして、初の元王下七武海。

 魚人族の英雄フィッシャー・タイガーの跡を継ぎ、二代目タイヨウの海賊団の船長となった頼れる親分。その名は、

 

『元“王下七武海”海賊 タイヨウの海賊団船長“海侠のジンベエ” 懸賞金4億3800万ベリー』

 

「百獣海賊団……!! 貴様らには国民達の命もしらほし姫も渡さん!!!」

 

「……!! 元七武海のジンベエだァ!!!」

 

「ジンベエ親分……!!」

 

「タイヨウの海賊団が来てくれた……!!」

 

 ──“海侠のジンベエ”。

 その登場に国民は僅かに希望を見出し、しかしジンベエはジャックを強く睨みつけながらも油断も楽観もしない。

 今や世界最強の海賊団。災害と称される大幹部、“大看板”の1人……ジャックの軍団を相手に無傷で切り抜けられるとは思っていない。死ぬ気で戦っても最終的には押し潰される可能性が高いと見ていた。

 それに、仮にジャックを倒したところで百獣海賊団は諦めないだろう。より強力な軍団を編制して攻めてくる。だがそれを分かっていても──

 

「……てめェも死にてェのか?」

 

()()!!! 同胞を守れるならこの命くらいくれてやるわい!!! 同胞の命を奪えるのはわしを殺してからじゃ!!! ジャック!!!」

 

「!!」

 

「……あーあー……また面倒な相手が……ジンベエ親分とタイヨウの海賊団……これは少し時間が掛かりそうですねぇ……」

 

 ジャックの脅迫染みた問い掛けに何の迷いもなく肯定を返し、戦闘の構えを取るジンベエとタイヨウの海賊団。それを見てソノが更に溜息を吐いた。ネプチューン軍にタイヨウの海賊団。予想された戦力ではあるが、それでも時間が掛かっては面倒なことになるし、しらほし姫にも逃げられる可能性が高い。

 しかし任務を失敗するくらいなら……面倒な手段を取った方がいいとソノは判断する。ゆえに少し下がって電伝虫を取り出し、その面倒な誰かに連絡をつけた。

 

「──あー、もしもし? そろそろ準備は出来てます?」

 

『ソノさん!! いやそれが……まだパフォーマンスの途中で、あと半日は続けると……』

 

「……マジですか」

 

 部下への連絡とその返しに「はぁ」と嘆息する。どうやら締めに入るにはもう少し掛かるらしい。

 そしてソノがそうして連絡している間にも状況は推移する。ジャックとジンベエが睨み合い、ネプチューンや王子達も未だ戦闘継続の意志を見せていた。

 それだけではなく──魚人島の国民達の中にも、兵士に混じって戦う姿勢を取る者達もいて。

 

「ここで引いたら故郷が無くなる……!!」

 

「女子供は逃がせ!! 王達とジンベエ親分の思いを無駄にするな!!!」

 

「雑兵が相手なら何とか……!!」

 

「ネプチューン王!! ジンベエ親分!! 私達も加勢します!!!」

 

「お主ら……!!」

 

「っ……どうなるか分かって言っておるのじゃな?」

 

 状況を冷静に見ているジンベエの問い掛けに、コクリと頷く一部の国民達。言うまでもない──彼らは死ぬ覚悟で家族や幼い子供達を守るつもりだった。

 そしてそこまでの覚悟があるならこれ以上の問答や逃げろという説得は無粋だ。ジンベエは彼らが死ぬことも覚悟し、再びジャックへと向き直る。

 

「……!! 助太刀、感謝する!!! 皆、命を張る覚悟を決めろ!!! 死ぬ気で奴らを食い止める!!!」

 

「おおおおおお~~~~~~!!!」

 

「……どうします? ジャック様」

 

「バカな国民共が……全員殺せ!!! 逃げる者は捕らえろ!!! 国民の命を人質にすりゃあしらほしも釣り出せる!!!」

 

「了解です、ジャック様~~~~~!!!」

 

「ギャハハ!! 命知らず共が!! 本当の痛みと恐怖ってもんを教えてやるぜェ!!!」

 

「掛かれェ!!!」

 

「おおおおおおおおお~~~~~!!!」

 

 ジンベエとネプチューン王が率いるタイヨウの海賊団とネプチューン軍。魚人島の大人達と。

 ジャックにソノ、ホテイにシープスヘッド。百獣海賊団の戦闘員約1万人が激突する。

 魚人島の存亡を決める戦いが始まり……そして、それを見てそれぞれの思いを見せる者達がいる。

 

「……戦いが始まったか……ホーディ船長。どうします?」

 

「ジャハハハハ……!! 人間共は忌々しいが、これは願ってもねェチャンスだ……()()()が邪魔なネプチューン軍とタイヨウの海賊団を潰してくれりゃあおれ達の目的も達成出来る……!!!」

 

「出来ますかね?」

 

「当然だろう……!! あの人こそが最強の魚人……!!! いや、世界一の強さを持つ魚人だ……!!! ならおれ達はあの人について……後の魚人島を支配する!!! そうして後は……ジャハハハハ!!!」

 

 とあるサメの魚人が率いる海賊団が高笑いをする。一方で、

 

「船長!! しらほし姫が……!!」

 

「落ち着けバカ共!! ()()()()()()()からして、まだしらほしは竜宮城から離れてねェ!!! だが逃げるのは時間の問題!! だったら……この混乱に乗じて先回りすりゃあしらほしを手に入れられる!!! バホホホホ!!! 最後に笑うのはこのおれだぜ!!!」

 

 伝説の人魚姫に変わらず狙いをつける魚人の能力者もいる。

 そして──

 

「マダム!! 早く逃げないと……!!」

 

「なんてこと……!!」

 

「え?」

 

 ──魚人島一の……いや、世界一の占い師。もはや予言の域にある占いをするその人魚は、水晶に浮かんだ占いに頭を抱えて慄く。

 

「魚人島は……助からない……!!! この島は……怪物によって滅ぼされる!!!」

 

 そこに出た占いは……この島の破滅を示していた。

 

 

 

 

 

 戦いはいつまでも……続くかと思われた。

 

「ゼェ……ゼェ……化け物め……!!」

 

「相手は動物系(ゾオン)の能力者達じゃ……!! タフじゃが……それでもいつかは体力も尽きる……!! 何とか耐えるんじゃ!!」

 

「しらほし姫を出せ……!!!」

 

 魚人島での戦いは幾人もの犠牲者を出しながら続く。

 水の多い魚人島という環境に加え、ジンベエとタイヨウの海賊団。それに有志の兵達の尽力により、何とか半日以上──戦いは続いた。

 しかしこの世界において戦いが終わることはない。

 この世に生きる全ての者は……終わらない暴力と恐怖に怯えることになる。

 

「逃げろ……!! 海に……!!」

 

「……奴らの船も追いつけない場所に……!!」

 

「……! 見て……!! 何かが沈んでる……!!」

 

「……? 何だあれは……人型の……棺桶か何かか……?」

 

「言ってる場合か!! 早く逃げろ!!」

 

「…………」

 

 入り江と門を制圧されながらも、シャボンを突き抜けてどうにか逃げる魚人と人魚達。

 そんな中、入り江から伸びる鎖は……海底に続いていた。

 

「おい……そろそろ24時間じゃねェか?」

 

「それにしても……さすがだな……水中に丸一日居たくらいじゃ死なねェのか……」

 

「それをパフォーマンスとはいえ自分に科す辺りイカれてるぜ……」

 

「おいバカ!! 聞こえたらどうする!! あの人の見聞色舐めんな!!」

 

「無駄話はよせ!! 事前配信は終了だ!! 引き上げるぞ!! 引けェ~~~!!!」

 

「おお!!!」

 

 入り江にある海賊船は国を襲う世界最強の海賊団の戦艦だ。

 その戦艦は一つの拷問器具を海の底に沈め……時間が経ってからそれを引き上げる。

 その様を──誰もが見ていた。

 

「!!!」

 

「!!? 何の音だ!!?」

 

「……!! やべェ……この音は……!!」

 

「……()()()()()……!!」

 

 魚人島の広場。戦いの中心に……()()()()()()()()

 空を浮かぶ未確認飛行物体。それに浮かされ、ふわふわと音楽と共に現れるそれは……中にいれた人間を串刺しにし、苦しめる鉄の処女。

 

「──ぷはっ!! けほっ……あ~~~……苦しかったぁ~~~……♡ 中々に良い拷問ね……これは……レビューは80点ってところかな」

 

「!!?」

 

 中に充満していた海水が零れ落ち、中から1人の少女がご機嫌な声と共に現れ、誰もがギョッとする。

 百獣海賊団の戦闘員達ですら汗を掻く。残虐なパフォーマンスを見せつけられ、焦りを見せる……時間切れだと。

 そしてその彼女は──“拷問”を受けていた。

 

「でもこの程度じゃ……まだまだ恐怖が足りないなぁ……!!!」

 

 彼女について話すならば……海賊として8度の敗北を喫し、──海軍、又は敵船に捕まること25回。拷問に次ぐ拷問を受け罪人として生きてきた。

 彼女は今……“配信”をしていた。世にも珍しき魚人島、海底1万メートルでの()()()()()()()()()()……!! 

 そしてもう一度言うが、たった1人。あるいは2人で海軍及び四皇に挑み、捕まること25回。2000度を超える拷問。60回の死刑宣告。

 時に首を吊られるも窒息することはなく、時に断頭台にかけられるも耐え……串刺しにされるも耐え……毒を盛られるも耐え……あらゆる拷問を全てを耐え抜き、結果沈めた巨大監獄船の数は18隻……!! つまり──

 

「さぁて……そろそろ魚人島の破滅としらほし姫を捕らえるライブを始めて、私達の恐怖を思い知らせないとね……!!!」

 

 誰も彼女を……殺せなかった……!!! 

 ──そしてそれは彼女自身も然り……!!! 

 趣味は“拷問”。女の名は──

 

「私の正体不明っぷりが分かる()()()()()事前配信は楽しんでくれたかな?」

 

「……!!!」

 

 ──“妖獣のぬえ”

 

 “一対一(サシ)でカイドウに勝てる者がいるとすればぬえだろう”──口々に人は言う。

 陸海空……生きとし生ける全てのもの達の中で……最も正体不明……“最恐の生物”と呼ばれる海賊……!!! 

 

『百獣海賊団副総督“妖獣のぬえ” 懸賞金44億8010万ベリー』

 

「でも本番はこれからよ……!!! 始めなさい!!! この争いに溢れる最高の世界を恐怖で彩る……最高のショータイムを!!!」

 

 ──本当の意味で世界を獲るため……彼女は動き始めた。




新政府→代表がドラゴン。軍の元帥がクザン。それに次ぐ総参謀がサボ。詳しい組織体制やら地位やらはおいおい明かされていきます。
センゴク→新政府の相談役。欠損もあり、現場からは退きましたが、本人の気持ち的には……。
魚人島兵力→ネプチューン、王子達、ジンベエ、タイヨウの海賊団。魚人が加勢してくれてるので数と地理は優勢です。
ジンベエ→超頑張る。百獣海賊団……というかジャック相手に半日粘れるのはほぼジンベエのおかげです。
百獣海賊団兵力→1万人。能力者だらけなので水辺で戦われると実は結構面倒くさい。
ウォリアーズ→戦闘員の新たな階級。元ワノ国の武士・忍者。全部で1万人いる。
ソノ→面倒くさがりで安定志向で自分が良ければ良いタイプの人魚。クズ? 評価が難しい人。情がない訳ではないが割り切れる。王子達の師匠。
シープスヘッド→本物の悪魔の実の能力者。モコモコ生物になれる。似合わなそう。
ホテイ→真打ちになり動物系古代種の能力者に。ホテイと福ロクジュは即真打ちになり悪魔の実を与えられました。
ジャック→懸賞金13億ベリー。相変わらずカイドウさんとぬえちゃんのために粉骨砕身で頑張る。
ホーディ→誰かを尊敬しているようです。
デッケン→変わらずしらほし狙い。カップル成立なるか。
シャーリィ→占いの結果が絶望。どうしようもない。
今回の配信→24時間耐久拷問配信。水深1万メートルで耐え抜き、その後に魚人島を滅ぼしてみた。事前の拷問はどう考えても時間の無駄だけどジャックの仕事なので任せてた。その猶予時間。ジャックが先に任務達成していればライブに切り替えてました。
経歴→カイドウより2回捕まった数が多く、拷問の数も多いのは海賊になる前も含めてます。つまりはそういうこと。
しらほし姫→逃げられたかどうかはお察しください。
趣味→拷問を受けたりやったり。ちなみにアイドル活動は海賊やるのと一緒で生きがいであり仕事なので趣味ではない。アイドル活動と書いて正体不明になるための営業とも解く。
ぬえちゃん→今回の襲撃の発案者。古代兵器回収は当然。ジャックだけでやる予定だったけど、保険を掛けて一緒に。その間に配信をするのはご愛嬌。可愛い。

こんなところで。今回からはまた新たな出発です。いつものカイドウオマージュは新たなスタートってことで。本当は章を分けたかったけど立場で変えてるから変えられないやつ。暴力の世界での遠征やら日常やら修行やら、ルフィ達の出発まで時間があるのでそんな感じで書いていきます。
次回はワノ国もとい新鬼ヶ島がどうなってるかを徐々に描写したい。新たに加わった奴らも出るかな? お楽しみに。

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