正体不明の妖怪(になった男)、情緒不安定な百獣の腹心になる 作:黒岩
──“
「中将!! 逃げられます!! 奴等、やはり“
「ゲホッ……ぐっ……! くそ……せっかくのチャンスが……! だがここまでか……! 被害状況は!?」
「死傷者、重傷者共に多数!! 軍艦5隻の内、3隻が轟沈!! 残り2隻も大破状態です!!」
「っ……早急に、基地に戻らなければな……ガープ中将はどうしてる!? 生きているか!?」
「は、はい!! かなりの重傷ですが、もう1隻の指揮に当たっています!!」
「! そうか……なら一度基地に帰還するぞ……」
ロックス海賊団の討伐任務に招集、編成されたその端正な顔に刀傷を負った海軍本部の中将は、凪の帯の方角へ飛んでいく1隻の海賊船を見つつ、部下からその戦いの結果を知らされた。
結果から言えば、その戦いは──海軍側の完全敗北。
敵の船は細かい傷こそあるものの、航海に支障をもたらすほどの傷はなく、敵船員もそのほぼ全てが捕まることもなく逃げ去ってしまった。
歯噛みや拳を握る力を抑えきれず、悔しさを滲ませる海軍将校。
だがその彼に1つだけ、朗報が届いた。
「中将!! ガープ中将から報告が!!」
「! どうした……!」
これ以上の報告など聞きたくない。我々は完膚なきまでに叩き潰されたのだ。だが、海軍本部中将としてそのような責任を投げ出すようなことは出来ない。
そうして表面上は普段通りに耳を傾けてみれば……その報告は念願の報せだった。
「ロックス海賊団の船に乗っていた船員を2人、生きたまま捕まえたとのことです!!」
「!! そ、それは本当か!?」
「はい! 今しがた、船の甲板で倒れているところを拘束したと!」
「~~~っ! よし! 報告ご苦労!! お前も負傷者の手当てに回れ!!」
「はっ!!」
そうして、彼らは軍艦を動かし、一度近くの島にある海軍支部に寄港する。
ほんの僅かな収穫に喜ぶ中……そのほんの僅か数分前のこと。
もう1隻の甲板ではとある海兵は部下の案内を受けて軍艦の甲板に辿り着き、荒い息を整えてそれを眺めた。
「が、ガープ中将……! 傷の手当てを先にした方が──」
「ハァ……ハァ……そんなものはいい……それより、こいつらが……これを……?」
「は、はい……つい先程、ようやく倒れたところで……」
その海兵の名はガープ。
彼はその甲板の惨状を見て、そこに倒れている海兵の数、そしてその中心に倒れている2人の年若い者を見て、静かに息を呑んだ。
「海兵が……ハァ……これほどやられるとはな……見たところ子供……の様だが、この2人がこれをやったのか?」
「はい……突然この船に乗り込んできたので、取り囲み、迎え撃ちました。ですがどちらも能力者の上に子供の割に中々手強く……こちらの少女が倒れるまでに海兵200人。それからこちらの……少年。彼が400人程を倒したところで限界だったのか、そのまま倒れました。それまでに、大量の攻撃で傷を──」
「言わんでいい。この瀕死の状態を見りゃどんなバカでもわかる……この歳だと海賊見習いってところか……──、ッ!!?」
「! ど、どうされましたか? ガープ中将? 顔色を変えて……その少女に何か?」
倒れている大きめの少年と、歳相応の少女を膝を突いて見ていたガープだったが、そこでとあるものを見てしまい、顔色を変える。
部下が様子がおかしいとガープと、その原因かと思われる少女を見るが……少女はうつ伏せのまま気を失っており、おかしなところは何もない。気づかない。
ガープは咄嗟に少女の背中……激しい戦闘によって破れたその背中を、
「……この2人はおれが牢まで連れて行く。お前達は持ち場に戻れ」
「えっ……? ですが、それくらいなら我々が──」
「──っ、いいから行け!! おれは疲れたんだ!! 牢屋に連れて行くついでに休ませろ!!」
「!! は、はっ!! 申し訳ありません!! お察しすることが出来ず……! では、その2人を連れて──」
「わかっとる。いいから行け」
「はい、それでは──」
と、副官が側を離れていくと、ようやくガープは息を入れる。
そして言った通り、大人よりもデカい少年を右手で服を掴んで引きずり、少女を左手で、慎重に抱えて運んだ。
それはまるで、少女の背中を隠しているようであるが……それには確かな理由があった。
ガープが倒れている少女に見たもの。それは──
「…………ッ……」
ガープはそれを思い歯噛みする。確かにそれだったのだ。自分の手で隠せるほどの小さなものだったが、確かにその形は、ガープが忌み嫌う奴等のもの。
この世の秩序の犠牲となっている、罪なき“人間”を示すマーク……“天駆ける竜の蹄”。
故に他の者に見せることをガープは許さなかった。自分の道徳と正義に従い──彼は“奴隷”など絶対に認めないのだと、その憤慨した様子の表情が物語っていた。
──意識を覚醒させる時……その時というのは、私にとって気持ちの良いものではない。
何故なら心地良い目覚めなど、私には存在しないからだ。痛み、苦しみ、恐怖──それらを感じる時間こそが、私にとっての意識のある時間と同じだった。それは以前の貧乏な暮らしなどとは比べられるものではない程に。
私は人間ではない。私は奴隷。私は尊き方達を楽しませるためだけのおもちゃだ。
飽きれば捨てられる程度の価値しかなく、人として持っていた筈の尊厳は動物にすら劣る。暴力は日常。義務。責務。拷問を受け、その痛みで顔を歪ませ、じたばたともがくだけが毎日の仕事だ。
食事は週に一度。あるいは、半月に一度。それも微々たる量で、酷い時は食事を忘れられた。
だから私は時折発生する、
寝ることなんて出来ない。常に私の身を走る痛みは寝ることを阻害する。辛うじて意識を手放すことが出来るのは、気絶した時のみ。
だがその気を失っている間だけが、苦痛を味わわなくていい時間であった。気を保っている時は常に苦痛で、地獄だった。
それらの仕打ちに耐えかねて逃げた。だが1度目は海兵に捕まって連れ戻され、本気で殺されるかもしれないと思うほど残虐な仕打ちを受けた。
そんな生活を何年も続けた。時間の感覚は曖昧で、正確な月日は分からないが、出てきた時の年を見て、5年以上はその生活を続けていた筈だ。
耐え難い苦痛。言葉にする以上の想像を絶する仕打ちを受けた。意識のある時間は常に地獄で、だからこそ常に意識を手放していたかった。
だからこそ、生きている意味などないと自然と死を望んだ。
──故に、
「──ロックス海賊団について、知っていることを全て話せ」
「…………」
「……っ! 何とか言ったらどうなんだ!!」
「…………」
そう……こんなことには慣れている。
最後に憶えているのは、大量の海兵を相手に戦い、その途中で力尽きたこと。
それと、隣で同じ様に捕まり、拷問を受けているカイドウが、私が倒れてからもなお暴れていたことだ。
「おれは子供とて“悪”には容赦しない……!! 貴様達2人がロックス海賊団の見習いであることは既に調べがついてるんだ……!!」
「……そんなこと……」
「……? 何だ、喋る気になったのか?」
私は口を開く。磔にされ、鞭打ち程度の拷問しか出来ない顔に傷を負ったのか、包帯を巻いている海兵を相手に、
「……そんなこと、見れば誰だって分かるでしょ? それを必死に調べてわかりましたーって……バカなの?」
「! ~~~っ!! 口答えをするな!! 悪が!!」
「……!」
そう言ってやると顔を怒りか羞恥なのか、とにかく赤くし、鞭を私の身体に向かって叩きつけるように振るってきた。皮膚に鋭い痛み。常人では耐え難いものだろう。私は特に声も出さない。カイドウも同じだ。先程から拷問を受け続けているが一言も喋らない。まだ気を失っているのか、寝てるのかと思ってしまうほどだ。
「ふー……っ! ふー……っ! くそ……いいか!? お前達は……悪人だ!! そして、
「!」
──だが私は、その言葉にはようやくの反応を見せてしまう。
人間ではない。それは何年もの間、私に擦り込まれていった認識の1つだ。
そしてなおも言う。その海兵は、私達に憎しみの籠もった眼差しを向け、
「人間ではないお前達に何をしようが、おれ達の心は痛まない!! いいか!? 逃げられると思うなよ!? 戻ったら地獄を見せてやる……!! 絶対に奴等の情報を吐かせてやるからな!!」
「…………」
その怒りに満ちた宣言を取り調べ用の牢屋──海軍的にはあまりよろしくないだろうが、謂わば“拷問部屋”を出ていく海兵。
残ったのは鎖に繋がれた私とカイドウ。銃を持った見張りの海兵。
そして、今しがた出ていった海兵と入れ替わりになるように入ってきた……見知った海兵の姿だった。
彼の姿を見て、見張りの兵が一瞬目を見開いて驚き、敬礼をする。
「お、お疲れ様です! ガープ中将!」
「ん、ご苦労。……これから尋問をする。少し出ていてくれ」
「……は? あ、いえ、それでは、その……」
「おれを信用出来んのか?」
「あっ、いえ! そういう訳では! ……わかりました。それでは外に出ています」
「ああ、すまん」
何を考えているのか、彼は見張りの兵を牢屋から追い出し、部屋に3人だけの状況を作る。これから相当凄惨な拷問でも始めるのだろうか。だが彼は私とカイドウの前に堂々と腕を組みながら立つと、私達のことを上から下まで眺め、
「……そっちの小娘。名前は?」
「…………ぬえ」
「ぬえ。そっちは確かカイドウと言ったか……お前達2人の身体……戦いの傷……だけではないか。派手にやられたみたいだな」
「…………」
「だがこっちも相当やられた……子供……まだ見習いとはいえ、やはりあのロックスの船に乗ってるだけはあるな……」
「…………あなたも……」
「……何だ?」
彼は口を開いた私を真っ直ぐに見てくる。その彼に、私は自分の率直な思いを伝えた。
「……あなたも、どうせ私を人間扱いしないんでしょ。私を売った海兵や…………私を、
「……! お前は……
ガープの顔が険しくなる。何かを察したようだが、それはお互い様。私も、気づかれていることに気づいている。気を失ってはいたが、
「背中が包帯で隠されてる……戦闘中に、こんなの巻いた憶えは当然ないし……あなたがやったんでしょう?」
「……それは」
「人間じゃない……奴隷、動物にすら劣る存在にこんなことして、どういうつもりなの? 気まぐれ? 哀れみ? それとも……
「っ……!」
私がそう言うと、ガープは歯を食いしばって押し黙り、拳を握る手に力を込めている様に見えた。──ああ、やっぱり……この人は、善人だ。
善人で……世界の法には逆らえない、私を捕らえた人達と一緒だ。
彼はややあって力を抜き、ようやく落ち着いた様だが、それでもなお強張った顔のまま口を開く。
「……政府は……ロックス海賊団を何よりも危険視してる。どんな些細な情報でも欲しい。その為なら……
「…………」
「……だが……もし、ロックスのことについて喋るなら……お前たち2人を、逃してやってもいい。それくらいならおれでも隠し通せる」
「……正気?」
「……お前達は見習いだ。ロックスや他の船員達のような名のあるゴロツキに比べたら、大したことはない。逃げて……例えばだが、仮に海賊に戻ったとしても、この“東の海”の辺境で大人しく海賊をやるくらいなら、政府も海軍も一々追手を出したりはしない……小粒の海賊は支部に任せることになっている。そもそも今はロックスで手一杯だ」
だから喋れ、と。ガープはそんな海兵とは思えない提案をしつつ、私達をじっと見続ける。
だが私もカイドウも口を開かない。何も喋らない。声を出さない。悩んでいる訳ではない。答える必要がないだけだ。
その言外に示した意志は、ガープ程の海兵には容易に気づかれる。だからこそ、彼は静かな怒りを覗かせて私達に問うのだ。
「……何をそれほどまでに……! そこまで傷つきながら、海賊など続ける……!? 捕まって地獄を見てまだ海賊を続けようとするのか!? 何を意地になって──」
「──地獄?
「!」
その言葉に、私は答える。というより、純粋に思ってしまった。
こんな、捕まって多少の拷問を受ける……多少痛みを与えられ、動けない程度の時間が、地獄なのかと。
その認識に、私は思わず薄い笑みを浮かべてしまう。笑わずにはいられなかった。
「……あはは……地獄の認識が随分と違うんだね? この状況が地獄だなんて……まだ全然じゃん。地獄だって言うなら、もっと毒とか熱した油とか拷問器具とか持ってきたら? どうせ頼んだら食事も普通のパンと水くらいは出てくるんでしょ? というか、もっと身体に残るような傷をつけてあげたらいいのに。私はあなた達の上司にそうされたよ?」
「っ……!! いや、だが、お前の身体は……」
「ふふふ、私の身体、綺麗でしょ? どういう訳か私って妙に壊れにくくてさ。回復力が凄いのか、傷も綺麗に塞がっちゃうから随分とお気に入りだったんだよ? 何度でも、綺麗な肌に傷をつける楽しみが得られる。面白いってさ。どこまでの傷なら回復しないんだろうって随分と試されちゃって。おかげで耐性と、我慢することが身についちゃって……皮膚とかも、何度も剥がされて──」
「──やめろ!!!」
「!」
牢屋の中で、その声は鉄格子が震えるほどに響き渡った。
その声の持ち主は私の目の前にいる男──ガープ。
彼は歯をギリギリと噛み締め、先程のように自分の拳を強く、血が滲むほどに強く握り……怒りを覚えているようだった。
それは一体何に対してなのか。私か。海賊か。海兵か。天竜人か。それとも──
「……そんなこと、一々話さんでいい……!! そんなことを言われても……おれは、海兵だ……!! どうすることも出来ん……!!」
「……別に何をしてって言ったつもりもないけど……あはは、ごめんね? 不幸自慢って鬱陶しいよねー。苦労とか不幸なんて誰でもあるんだからさ。自分に力がないことを言い訳に悲劇に酔ったって誰も助けてくれないのにね? まさか英雄様が助けてくれる訳でもなし、自分で何とかするしかないよ。ましてや海賊の世界じゃ……誰も同情なんてしないし、全部自己責任よ?」
「っ……お前……」
そう……結局のところ、弱い私が悪いのだ。
強ければ、そんな仕打ちを受けずに済んだ。もっと良い環境に自分を押し上げることが出来た。
鍛える方法は分かっている。分かっているのに、強くならなかったのだ。それは自分の責任でしかない。才能がないとか、環境だなんて言い訳にならない。
嫌なことがあるなら、そんな思いをしないように強くなればいい。上手く立ち回ればいい。
出来る出来ないじゃない。やるかやらないかだ。
それが出来ない奴は……海賊の世界で……いや、この世界で、生きていけない。
「……言っとくけどさ。別に酷い仕打ちを受けて狂ってるとかじゃないよ。私は極めてフラット。私はただ……世の真理を思い知っただけ。──あなただってそれ、
「~~~……っ!」
私がそう言うと、ガープは何を思ったのか、しばし身体を震わせた後、こちらに背を向け、ずかずかと大股で牢屋から出ていく。残念。正直、少し逃してくれるかもしれないと期待したんだけど、そこまで甘くはないか。
「……? おい、ガープ中将は中で一体何をしていた?」
「す、すみません……私は外に出るようにと言われていたのでさっぱりで……でも何か怒っている様子でしたが……」
「? ──まあいい。どうせ悪人共が生意気な態度を取って怒らせたのだろう。その分、おれがじっくり吐き出させてやる……!!」
「…………」
そしてガープと入れ替わりに見張りと、先程の海兵が戻ってくる。どうにもやる気満々の様だ。入ってくるなり、再び鞭を振るう。
「おい!! さっさと吐け!! 吐くまで拷も──尋問は続けるぞ!!」
あくまで拷問ということにはしたくないのか、尋問という言葉で行為を正当化する海兵。
私はそれを見聞きし、酷く相手も、自分も──滑稽に思えてくる。
「……っ! おい貴様!! 何が可笑しい!!?」
気がつけば、口元には笑みが生じていたようだ。海兵が怒る。怒って、拷問が激しくなる。
「……! 痛めつけられて笑っているのか!? この……狂人……いや、化け物め!! お前らなどやはり人間ではない!! 人間の子供の皮を被った悪魔だ!! 怪物だ!! ただの凶暴な…………
……ああ、うん……そうかもしれない。
ずっと、同じ人間から、世界から、人間扱いを受けてこなかったのだ。ともすれば、私は人間ではないのかもしれない。
──いや、
もういい。私は、ただの生き物で構わない。怪物だと言うならそれでいい。人間であることを否定し、化け物として扱うならそれでも構わない。
そう、私は──
「──ウォロロロ……! 怪物……? 獣……? 面白ェこと言うじゃねェか……!」
「!」
「っ……何だと……?」
その時、ずっと黙ったまま拷問を受け続けてきたカイドウが、悪い笑みを、楽しそうな笑い声を響かせた。
そして彼は、私が思ったことを先んじて告げた。
「ならおれは何でも構わねェ……!!」
そう、何だっていい。
お前達人間が、好きに定義すればいい。人間でも怪物でも獣でも化け物でも。
私は好きにする。私は、
「そんなつまらねェこと、どうだっていい……!! おれァ最強になって好きに生きられればそれでいい……!!」
そう、私は好きに生きられればいい。
退屈な世界を壊せればいい。楽しめればいい。面白ければそれで構わない。善悪とか道徳とかどうだっていい。
「な、何を言っている貴様……!?」
「ウォロロロ……!! おれは最強の海賊団を作り上げてやる……!! もう……やるしかねェのさ……!!!」
そう、やるしかない──いや、
この世は所詮、弱肉強食。強き者は生き、弱き者は死ぬ……本当は誰もが好き勝手に生きたいと願っている──獣の世界。
この世の生物は皆、その本能を無理やり檻に閉じ込めて、我慢して生きているに過ぎない。そうしなければ、より強き者に、淘汰されてしまうから。
「何を……ええい、うるさい奴等め……! もういい! そちらの1人は殺しても構わん!! 構えろ!!」
「え……? その、どちらに!?」
「……少女の方だ! そっちはもう喋る気力すらないようだ。どのみち何も聞き出せない可能性が高い!」
「っ……! わ、わかりました……!!」
──近くに“死”を強く感じる。が、それも弱いから、弱いから、そんな危機に陥り、不自由を強いられる。
なら強くなって、好きに生きればいい。それが──私達の掲げる“信念”の旗印。
自分勝手に、好き勝手に生きようじゃないか。最強の海賊団を作ってやろう。
「さァ────世界最高の戦争を…………始めようぜ!!!」
「……!!?」
「ウ……!!」
そう……これが世界への挑戦であると同時に──最強を目指す……“百獣”の目覚め。そして──
「……“
──そして私にとっても……本当の始まりとも言える瞬間であった。
海軍本部中将であるその男は、その瞬間を見た。
彼が見た出来事はまず2つ。
1つはカイドウという大男。彼が大声と共に発した──“覇王色”の覇気により、見張りの兵士が気を失うその瞬間。
そしてもう1つはぬえという少女。彼女の方はなんと──そこから消えてしまった。
代わりに現れるのは黒い霧のようなもの。もしかしたら、これが少女なのかもしれないと、海軍中将は自分達の失態を恥じる。能力者であるのに“海楼石”の錠をつけていないとは、自分も含めて、情報の共有が上手くいっていない証拠だ。
もっとも、未だロックス海賊団による被害の爪痕を修復、収集している最中。それが為されなかったのは理解が出来なくはないが、甚だ遺憾ではあるし、仕方ないでは済まされないことだ。
だから彼は、すぐさま覇気を纏い、少女を捉えようとした。自然系であっても、覇気であれば実体を捉えられる。大男は、鎖で繋がれているから安心だと。それに所詮は海賊見習い。しかも先の戦闘で瀕死で、拷問により更に体力も気力も奪われている。向こうからすれば絶体絶命だ。どちらも問題なく取り押さえられる。
──だがその油断が命取りだった。
「ウオオオオオオオオオオオ……!!!」
「っ!? な、なに……!? まさか……馬鹿な……!!」
少女を攻撃しようとした瞬間、大男が吠え、繋がれていた鎖を力尽くで引き千切った。
馬鹿な、と心でも思う。ロックスや白ひげの様な怪物であればともかく、未だ無名の海賊見習いでしかない少年が、鎖を無理やり引きちぎるようなことは、果たして可能なのか。
だが現実でそれを起こし、大男は動き出す。化け物め──とやはりそう思い、彼はまず少女を攻撃した。この速度、躱せる筈がないとそう思い、
「……
「“
躱せる筈がないと思ったその攻撃。それを、予め読めていたかのように先んじて動いて、躱してみせた。それはまさしく、
──“見聞色”の覇気だと……!?
まさか、こんな少女が! と思う。
だが、なるほど、とも思う。覇気は極限の状態でこそ、開花、成長する。
特に見聞色の覇気は、何か大きなショックを受けた時に生じる事例が度々確認されているのだ。
もしかしたら先の戦闘か、この状況で覚醒したのかもしれない。こちらも見聞色が使えれば、実力の差で相手は読みきれない筈だが、それは今は出来ない。そう事実を飲み込んだ上でなお、再び少女を捉えようとした。
だがその瞬間──彼は黒雲の中から発生した……その“何か”に身体を貫かれた。
「ぐあァっ!!?」
──弾丸!? いや、熱いッ!!
何かが身体を貫いた。それは分かる。だがこの至近距離と黒雲では何が起こったのかを把握出来ない。相手の正体も分からない。自然系ではなかった。では一体何の能力なのか、彼には分からないし、推察する余裕がない。
無視出来ないダメージに足が止まる。突発的な事態に混乱し、冷静でいられない。見聞色も発動出来ない。そもそも先のロックス海賊団との戦闘で覇気は消耗し、今はまだそれが使えるほど回復していない。
──そんな時に、大男は既に動いていた。足を止めた彼に対し、大男は拳を振りかぶっている。万全なら武装色で防御、もしくは回避だ。が、それは出来ない。
「……! “
故に彼は防御を選んだ。身体を鉄のように固くする六式の1つ。
そしてその選択は間違っていなかっただろう。おおよそ、並の相手であればこれだけでも拳は砕け、問題なく相手を倒せる。
……だが不幸な事に、その相手は──
「ウオオオオオ!!」
「ッ!!? カ……ハッ……!!?」
──並の相手を遥かに凌ぐ……“百獣”の怪物だった。
頭を殴られ、床に叩きつけられる。肺の中の空気を吐き出し、薄れそうになる視界の中で、ようやく気づく。よく見れば、その大男が身体を変化させ、おそらく……龍の能力を持つ動物系。その人獣型に変化しているところを。
そのパワーは絶大。だが、それだけではない。鉄塊をも打ち砕いた攻撃力。その正体は動物系の力と、それと、
──“武装色”の覇気……!!
一瞬、紅紫色に走ったようなそれはまさしくそれ。その破壊力、手負いであるとはいえ、海軍中将である彼を昏倒させるほどのパワーは、目覚めたばかりとはいえかなりの強さだ。
……く、そ……こんな、ところ、で……──。
それを最後に、彼は意識を失った。龍と、正体不明の何か。彼らのことを、忘れないように強く記憶に留めながら。
──牢屋にいるのは、これで2人だけになった。
「はぁ……倒したね……」
「当然だ……!」
枷から逃れ、目の前に倒れる海軍将校を見下ろしながら私は呟き、カイドウは当然だと強く言い切る。それを頼もしく思い、同時に自分の成長にも驚く。
「今の感じは……覇気……? って、うっ……」
「覇気だと? ……だが確かに、いつもより力が出て──あ? 急に頭押さえて何してやがる」
「いや……色々聞こえて……落ち着かない……というか頭痛い……」
「──平気そうだな」
「頭痛いって言ってるんだけど!?」
「元気じゃねェか……」
いや、だからこれは今まで感じたことがない感じだし、結構鬱陶しい……あー……なるほどなー……見聞色ってこんな感じなんだ。慣れるまで苦労しそう……って、あっ、ヤバいかも。
「って、こんなことしてる場合じゃない! 逃げるわよ!! カイドウ!!」
「あ? だが……どうやって船に追いつくつもりだ?」
「いいから行くわよ!! 追いつくのは何とかなるから!!」
「そうか。なら──」
と、カイドウは私の言葉に納得したのか、信じることにしたのか、牢屋に向かって拳を振りかぶり、
「おおおおッ!!」
──思い切り殴って扉を破壊した。
それはまあ、助かると言えば助かる……のだが、
「……これでいいだろ。行くぞ」
「行くぞ、じゃない!! どれだけうるさく逃げれば気が済むのよ!? 普通は密かに逃げるものなんだけど!?」
「邪魔する奴は殺せばいい」
「殺せるならね!! ああ、もう! 時間がもったいない! 海兵が集まってこないうちに行くわよ!!」
「むしろ集まってくればいい! 全員、おれがこの手でぶち殺して──」
「い・い・か・ら!! そういうのはまた今度!! あのロックス船長と戦ってた海兵もいるのよ!?」
「……チッ、クソッタレェ……おれはまだまだ弱ェってことか……!!」
「ほら早く!!」
さすがにロックス船長の名は効いたのか、カイドウも渋々ついてくる。
とりあえず、私達の持ってた武器を回収して、そのまま外に出ればいい。それだけで逃げられる。
しかし牢屋で暴れた割にはまだ海兵も異変を察知したばかりであまり集まってこない。見回りの雑兵くらいなら適当にボコせばいい。
──そして武器を見つけ、出口を探したのだが……見つからず、それに腹を立てたカイドウが戻ってきた金棒で壁を殴り、そこに穴を空けた。するとここは薄々察してはいたが船の中だったようで、船体に穴を空けてそこから出られた。
そしてこれ幸いとカイドウが獣形態に変化し、私も翼でそのまま飛び上がろうとした、その直前、
「……戻らんでいいのか?」
「! ……ガープ……!」
軍艦から脱出し、宙へと飛び立ったその時──背後からその男……ガープが真剣な表情で問いかけてくる。
だが直ぐに攻撃を仕掛けてはこない……というより、攻撃の意思がない。
やはり善人である彼にとって、私は難しい相手のようだ。そのこと自体に感謝はするが……しかし、私は毅然とした笑みで告げる。
「──いい。私はそう生きるって決めたから」
「……どんな過去があろうと、お前が海賊となるなら……海軍はお前を追うぞ? このおれも、お前を捕まえざるをえない」
「……なら、それを跳ね除けるくらい強くなればいいだけのこと。捕まったら、それは私のせい。私が弱かっただけ。ただ……それだけのことよ」
「…………そうか」
ガープは私の答えを聞いて一度目を閉じ……そのまま、船内の床に座り込んで、深い息を吐く。
「……おれにはまだ、お前さんを捕らえることが正しいことか分からん。だから今回は……見逃してやる」
「……そ。良い人なんだね、あなた。海兵は嫌いだけど、あなたは嫌いじゃないよ、ガープ」
「……おれは海賊は嫌いだ」
「ざーんねん。友達になれそうだったのにフラれちゃった。……ま、このことは借りってことで……それじゃあね」
と、私はさほど残念そうでもない風に笑って、そのまま先に行ったカイドウを追いかけていく。……どこに行けばいいか分かってるんだろうか? 分かってないのに適当に飛んでる気がしたが、まあとりあえずは軍艦から離れられるからいいか、と。
「……はぁ、なんか……せっかく良い気分だったのに、どこか哀愁漂う空気になっちゃったなぁ」
出来ればこういう気持ちはあまり無しにしたい。まあこれも一興と言える日が来るのかもしれないが、出来れば軽く明るく楽しくいきたいものだ。海賊だしね。
「──ほら、カイドウ。“
「ああ……? ……そうか、間違えた。知ってたがな」
「いや最初から分かってなかったでしょ……別にいいけどさ」
……ま、これから楽しくやってけばいっか。バカな姉弟もいるしね。
最強の海賊団を作る野望、手伝ってやろうじゃないの。今はまだ難しいかもしれないけど、いつか絶対に、それを叶える。
何も言わずともお互い、同じ旗印に集う者として、
だから私はただ、いつも通り気楽で自分らしく……カイドウと海賊らしいバカなやり取りを続けることにした。
と、まあこんな感じで。海楼石の錠をついてない理由はお察しで。ちなみに現在のカイドウの強さは初期ルフィをめちゃくちゃ頑丈にしたくらいだったけど、今回で更に成長しました。ぬえちゃんも成長しました。上手い具体例は出せないけど、まあそこそこです。覇気は一時的に強く見えるけど、回復したらそれほどでもないです。どっちもまだ万全の中将クラスには勝てません。……いやまあどうだろう。極限状態で成長して勝ちそうな感じはあるな……特にカイドウ。ってな感じで。
次回はまたちょっと時間が経ちます。そんなには経たないけど、ちょっとね。成長も見れそう。お楽しみに
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