正体不明の妖怪(になった男)、情緒不安定な百獣の腹心になる 作:黒岩
──“百獣海賊団”。
それはこの広い海に君臨する皇帝達──“四皇”一の武闘派。世界最強の海賊団であり、1年前の頂上戦争において世界政府と海軍本部を滅ぼした世界最悪の無法者達。無法の世界における頂点である。
敵対者には一切の容赦もなく全てを奪う。土地も、宝も、尊厳も、命も……彼らに逆らった者は何もかもを奪われ地獄を見る。
助かるには下るしかない。獣の群れの一員となり、彼らと共に世界を獲るという選択を選んだ者だけが彼らの“暴力”と“恐怖”から逃れることが出来る。
“暴力”の権化である百獣海賊団総督──“百獣のカイドウ”と。
“恐怖”の化身である百獣海賊団副総督──“妖獣のぬえ”……その2つの脅威には誰も勝てない。
世界最強の海賊として恐れられていた“白ひげ”と、800年もの間巨大な組織を運営し、世界を支配していた世界政府を滅ぼした彼らはまさしく世界最強の存在。他の四皇、“ビッグ・マム”、“赤髪”、“千両道化”。あるいは新政府の代表“ドラゴン”ですら彼ら兄妹には一歩劣るとされている。
ゆえに彼らに歯向かった者のほぼ全てが破滅した。海賊王の夢を諦めず、あるいは自由と平和のために立ち上がり、立ち向かう選択をした者達は等しく叩き潰され、二度と消えない傷をつけられ、膝を屈するか死ぬかを選ばされた。
今や彼らに歯向かう者は少ない。巨大な勢力を築いている彼らを倒そうと水面下で動き、牙を研ぐ者達は僅かにおれど、それでも真正面から彼らを打ち倒そうと考える者となれば更にその数は減る。おそらく──片手の指で足りてしまうほどに。
「──この時代に至るまでに幾つもの大事件があった」
「…………」
ある男の声が夜の島、僅かな蝋燭のみで照らされる暗い洞窟の中で響く。僅かに掠れた中年の男、あるいは老人の声だ。
「37年前に世界最強、最悪を誇ったロックス海賊団。それを率いたロックス・D・ジーベックはとある島で死に絶えた」
「…………」
男は過去を懐かしむように洞窟内にいる男達に語る。洞窟内にはそれぞれ名の知れていた3人の男がいた。
彼らは中心で行き場もなく歩き回りながら語る小柄な男の話を聞きながらも無言であり、反応を見せないが──それも当然。彼らは何十年とこの海で“伝説”と呼ばれる海賊達と鎬を削ってきた……いわば彼らもまた伝説の海賊達。
しかし既に敗北し、過去となった彼らはとある共通項からこの場に集まった。2人の男は小柄な初老の男の次の話には僅かに反応を見せる。彼らにとって……海賊にとって、重要なことだからだ。
「23年前にはそのロックスを打ち破った海賊王……ゴールド・ロジャーが“
言わずと知れた“海賊王”ゴールド・ロジャー。
今を生きるほぼ全ての海賊にとって始まりとも言える大海賊であり、過去を生きてきた海賊にとっては決して無視できない“勝利者”──そんな彼の名を出されれば無愛想な2人の男も僅かに眉を動かし反応を見せる。
あの時代を生きた海賊にとって彼は“怪物”だった。誰も敵わなかった伝説の男。海賊の世界において、それに並び立っていたのは初老の男が語るもう1人の“怪物”以外にいなかった。
「そして1年前……ロジャーのライバルであった世界最強の海賊“白ひげ”エドワード・ニューゲートは頂上戦争に敗北して死亡した──」
“四皇”の1人にしてロジャー亡き後の大海賊時代で最強といわれた大海賊“白ひげ”エドワード・ニューゲート。
あの怪物もまた、1つの時代の終わりに息絶え、偉大な死を遂げた。ここにいる男達もまた彼には勝てなかった。
だが1年前には死んだ。戦争の果てに殺され……そして彼を上回ったとして今はまた別の大海賊が世界最強の男。世界最強の女。世界最強の海賊団として君臨している。それこそが──あの“最強生物”と“最恐生物”。
「──その戦争に勝利した海賊同盟……!! その中心となった“百獣海賊団”の総督……!! “百獣のカイドウ”と奴の兄妹分にして副総督“妖獣のぬえ”は同盟を組んだ“ビッグ・マム”シャーロット・リンリンと共に世界政府と海軍本部を滅ぼし、全世界に“暴力の世界”の始まりを宣言した……!!!」
元ロックス海賊団の大海賊達。“百獣のカイドウ”に“妖獣のぬえ”。“ビッグ・マム”シャーロット・リンリン。
頂上戦争に勝利した彼らこそが今の世界を牛耳る支配者であり、この時代を象徴する存在だ。……同盟にはかつての大海賊“金獅子のシキ”もいたが、彼と彼の率いる金獅子海賊団は戦争後、元仲間である彼らに裏切られて死亡している。力を落とした元大海賊の末路であり、力が物を言う今の世界を象徴する出来事とも言えるだろう。
世界最強の強さを誇る彼らに歯向かう者など稀有であり、ましてや彼らを戦闘で倒そうなどと考える者は片手の指で足りるほどしかいないだろう。
……だが、この場にいる彼らの共通する目的は──まさしくそれだった。初老の男は口元をニヤリと吊り上げて事実を口にする。
「……今の世界は奴らの独壇場だ……元革命軍と海軍残党が率いる“新政府”は戦力をある程度建て直したが他の海賊や荒れる国の被害を抑えることすら出来ず、“赤髪”と“千両道化”の同盟も悪くはないが海賊帝国の同盟にはやはり戦力で劣る……“
覇権を握っているのは海賊帝国。もっと言うなら……その中でも“百獣海賊団”だと男は事実を告げ、そしてややタメを作った上で目的を口にした。
「“自由”か“支配”か……!! ──まァ
「──そういうことだ。もっとも……その理由までは教えるつもりはないが」
そこで初めて無言を貫き続けていた2人の内の1人がその硬い口を開いた。
その男はソファーに長い手足を組んで座り、無愛想に紅茶を飲んでいる。1つ1つの仕草に品があり、それでいて馴れ合うつもりがないという孤高さが雰囲気からにじみ出るような男だった。海賊らしい下品さと陽気さが垣間見える初老の男とは正反対の男に、初老の男が頷いてみせる。
「ああ、そこまで知れば十分だ。お前がなぜアイツを狙うかまでは問い質すつもりはねェ。……それで、お前の方はどうなんだ?」
「──勘違いするな」
「ん?」
初老の男が頷き、今度はもう1人に水を向けると、そのもう1人の男も硬い口を開いた。響いた言葉はこれまた無愛想なもの。
「おれの目的は“カイドウ”と“ぬえ”だけじゃねェ……“ビッグ・マム”も“赤髪”も“千両道化”も……“新政府”も“最悪の世代”も含めた、全ての強者だ……!!!」
「……! ああ、そうか。なるほど……勘違いして悪かったな」
洞窟の中心に立てられた小さい椅子に腕を組んで座るその大男に初老の男は謝る。
大男はその身体の大きさに見合った肉体を保持していた。盛り上がる筋肉の鎧に浅黒い肌はその無愛想かつ不遜な態度や表情と合わせて無骨な印象を受ける。人を寄せ付けないその態度は先の男と同じだが、こちらはそれでありながらどこか人を惹きつける雰囲気も持っている。孤独を好みながらも人を惹きつける矛盾した空気を纏う男だった。──そしてそんな大男の大言を、細身の男は表情を変えず鼻だけで笑う。
「フン……随分と命知らずだな」
「──好きに言え。お前も、これが終わればおれの手で殺す」
「……そうか。出来るといいがな」
細身の男の言葉に、はっきりとした意志を言葉に乗せて威圧する。大男にとって、全ての強者は殺戮対象でしかない。
ゆえに細身の男に対しても変わらない敵意と殺意を向けたが、細身の男は動じない。挑発とも思える言葉を返し、息を入れる。──若いな、と口の中で呟かれた言葉は洞窟内に響かなかった。
「まァ待て。互いの目的を遂げるためには手を組む必要がある。殺し合いは終わってからでも遅くはねェ」
「馴れ合うつもりはねェ」
「わかってる!! 馴れ合いは必要ねェ……!! だからおれがその場を整えてやる!!! 幸いにもおれの目的もその先にあり、お前らも相手は同じ……!! なら話に乗る価値はあるはずだ……!!!」
「…………」
「フン……」
初老の男の言葉に対しての無言と鳴らした鼻は彼ら2人を思えば肯定と同じだ。協力や同盟など決して認めないが、それでもほんの僅かな、場を整えるためだけの協調は認めなくもない。
そう、この場にいる者もいない者も含めて……彼らは仲間ではない──協力者。
「ならやろうぜ……!!! 新時代を新時代で塗り替える……世界最強に挑戦し、打ち崩す……世界最高の“祭り”を!!!」
初老の男の言葉と共に雷鳴が轟き、彼らは動き出す──それぞれの目的を持つ古い時代の伝説達。過去を生きた──大海賊達が。
──海賊はお祭り好きだ。
それは騒ぐのが好きで音楽が好きで酒を飲むのが好きで宴が好きなところからもわかる。古来より海賊は騒がしいものを好み、宝を手に入れた後は歌い踊り、酒を飲み宴を始める。
ゲームなども盛んに行われ、その昔海賊島“ハチノス”で生まれたとされるデービーバックファイトなどは海賊が行うゲームの筆頭とも言えるだろう。その時はさながら小さなお祭りのような雰囲気の中で行われる。
それらは時代や場所を選ばない。海賊は騒ぎたい時に騒ぐ。
たとえ今が、世界中の人々が戦争と恐怖に怯え、貧困に喘ぐ“暴力の世界”であろうと海賊の世界では“祭り”は行われる。──それが海賊の世界で最も成功している者ならなおさら。
「──あの島か」
「ああ。……だが本当に行くのか? 罠かもしれないぞ」
「罠だろうが何だろうが分かって行くなら関係ねェ。“四皇”の懐にこれだけ近くまで潜り込めるチャンスはこの先来るかどうか分からねェからな……!!!」
「やれやれ……なら慎重に行くぞ。相手はあの“百獣海賊団”……お題目は“祭り”とはいえ総戦力が集まってるからな……!!」
「何度も念を押すな。わかってる。まさか怖いのか? ──キラー」
「ふっ……お前の無鉄砲さを心配してるだけだ──キッド」
世界最強の海──“新世界”の海を行く海賊船の1つは今世間を賑わせている“最悪の世代”の筆頭であり、自分達の目的のためにとある祭りに参加しようと視線の先に見えている島へ舵を切っている海賊……キッド海賊団だった。
そしてその恐竜の骨格を思わせる船首の先には“最悪の世代”に数えられる2人の億超えルーキーが島を見て不敵な笑みを浮かべていた。
『“最悪の世代”キッド海賊団船長ユースタス・“キャプテン”・キッド 懸賞金4億2000万ベリー』
「──そういやキラー。あの島は一体どういう島なんだ?」
『“最悪の世代”キッド海賊団戦闘員“殺戮武人”キラー 懸賞金1億7000万ベリー』
「──“デルタ島”か……あの島は簡単に言えば……伝説の島だ」
「伝説の島……?」
「ああ。かつて“海賊王”ゴールド・ロジャーが宝を遺したとされる島だ」
キッド海賊団の中心であるキッドとキラー。細かいことをあまり考えない質のキッドの質問にキラーは正確に得た知識を答える。荒くれ者の多いキッド海賊団の中でもキラーは比較的物知りだ。自然と参謀役を務めるくらいには。
そしてそんなキラーの答えにキッドもキッド海賊団の船員達も驚く。海賊王の宝。それから連想されるもの、真っ先に浮かぶものは1つだ。それを船員の1人であるヒートという男が口にした。
「海賊王の遺した宝……それって“
「まさか。それじゃあの島が“ラフテル”ってことになっちまう」
「ああ、どうやらそうじゃないらしい。また別の宝のようだ」
ヒートの質問をまさかと切り捨てたワイヤーの言葉にキラーが頷く。海賊王の宝と言えば“
とはいえ宝島には違いないが、それでも船員達は騒がず緊張感を崩さない。冷静にそこから導き出されるであろう推測をキッドが口にする。
「……つまり、その宝ってのは百獣海賊団が握ってるってことか」
「おそらくは、だがな。今回の祭り……百獣海賊団が1年に一度、本拠地で行うという“金色神楽”の舞台でそれを披露でもするつもりか……あるいは海賊王の宝などなくてまた別の狙いがあるのか……」
「? でもキラーさん。あの島は百獣海賊団の本拠地じゃないっすよね?」
「ああ、その通りだ」
別の船員の言葉にもキラーは頷く。ここは百獣海賊団のナワバリではない。
そうだとしたら簡単には入れないし、入った時点でUFOか百獣海賊団の船が襲ってくるだろう。今この島にはそのどちらもあるが、それらは襲ってこない。その理由が今回の祭りとその詳細にある。それをキラーは説明した。
「あの島はお祭り好きの海賊……ブエナ・フェスタという男のアジトだ。その男が今回の百獣海賊団の祭りを盛り上げようと企画し、持ち込んだらしい……一般の人間や裏社会の大物……海賊達……多くの人間に今の世界を周知させるために出入りを自由にした祭りを今回だけ特別に開催したそうだ」
「なるほど……」
キッド海賊団の船員達が得心する。キッドもさすがは相棒だと感心した……が、少し気になって問いを投げる。
「……よく知ってるな、キラー」
「ご丁寧にパンフレットに書いてある。──“この島にいる間、あらゆる海賊も一般人にも百獣海賊団は害することなく観客としてもてなす。だが、戦闘、謀略、工作などの敵対行為を行った場合はその限りではない”……少なくとも何もしなければ祭りを楽しんで無事に帰ることが出来るらしいな。総督の名の下に誓うと書かれている」
「ハッ、興行気分か。祭りの中で何かされても叩き潰せる自信があるらしいな……!!」
「この島には今、百獣海賊団の全戦力が集まっている。つまりここで事を起こすのは百獣海賊団と真正面から戦争するのと同義だ。そんな愚を、大組織である他の四皇や新政府は犯さないだろう……」
「──だが内には潜り込める。
そう、キッドの目的は当然──“四皇”の首だ。
海賊王を目指し、“
ゆえに新世界に入って1年。四皇を相手に何度も船やナワバリを襲い、戦果を上げてきたキッド海賊団だが、四皇の層は厚く、どれだけ戦闘を繰り返しても船長どころか大幹部の顔すら拝めない。
だから今回の祭りはチャンスだった。格段に近くからその顔を拝める。奇襲の機会がある。
それでも全戦力が集まるこの島でその全てを相手にするのは無謀だ。相手は世界最強の海賊団。取りたい首は世界最強の海賊。キッド海賊団も1年の新世界の航海でそれなりの戦力は持っているが、その数は千人にも満たない。百獣海賊団とは何倍もの戦力差が開いていた。
しかし──それも僅かだがその差を埋める方法もある。その方法である相手に、キッドは電伝虫を通して声を掛けた。
「──そっちはもう島についたのか?」
『──ああ、既に島を見回っているところだ』
『アパパパパ~~~!! こっちはもう楽しんでるぜェ~~~!!!』
2つの電伝虫から聞こえる声はそれぞれ正反対。暗く低い声を響かせる男と、背後に陽気な音楽を流し、明るい声で返事をする男の2人だ。
そしてその2人こそがキッドが四皇を蹴落とすために集めた自分達と同世代、“最悪の世代”に数えられる2人の海賊だった。彼らが既に無事に、島についていることにキッドは口端を吊り上げて笑う。今のところ、全て順調だと。
「上等だ……!! ならそのまま待ってろ。おれ達もすぐに行く……!!」
「手筈通りにな、キッド。お前らも、それまであまり不自然な行動は控えてくれ」
『了解だ。──奇襲、成功率……90%……』
『アッパッパ~~!! こっちも了解だぜ!!
「ああ……!! だが忘れるな……!! 首は早いもの勝ちだ……!!! 誰が首を取っても恨むなよ……!!!」
そうして不遜な言葉を送り、キッドは野心を秘めた目で島の中心を見据える。ドクロを象ったメイン会場。そこに標的である世界最強の海賊がいる。それを討ち取るのは自分だと、キッドは自分の実力と計画を疑うことなく舵を切っていった。相棒のキラーと……同盟を組んだ、協力者達と共に。
1ヶ月前、新世界の海賊達や裏社会の大物達に
百獣海賊団の年に一度の大宴会──“金色神楽”が今年は百獣海賊団のナワバリの外で行われ、他の海賊団や一般人を含む多くのゲストを迎えると。
何でも今年は“百獣杯”という百獣海賊団の昇格を賭けた武闘大会が開かれるため、それと合わせて観客を入れて金と傘下を集め、その強大な戦力を内外に喧伝することが目的なのだと言う。
とはいえ下っ端や新入り、外部の者にはそれが本当なのか嘘なのかわからない。
加えて気にする必要もない。上からはこう言われている。
「──“誰かが大々的な敵対行動を起こすようなら処理する。それがなければ……無礼講で大いに楽しめ”と」
『──レディ~~~~~ス&ジェントルメ~~~~~ン!!!』
幾つもの中継用の電伝虫を取り付けた撮影用のUFOが飛び回るのは何万もの人間を収容出来る水の上のコロシアム会場であった。
映像は島全体に届けられ、ビーチや屋台村、島のありとあらゆるところでそれを見物することが出来る。そのため会場に集まる必要は必ずしもないが……それでも会場は観客で満員だった。
何しろ今コロシアムの上空でマイクを持っている白いなにかは世界一のアイドルであり、知らない者がいないほどの大海賊。
そして今回行われるイベントの内容は今後の百獣海賊団にとっても、そこに所属する全8万人もの構成員にとっても重要なもの。
『可愛い部下達も私達に縁のある協力者も縁のない一般人も……年に一度の大宴会!! “金色神楽”へようこそ~~~~~~!!!』
「ウオオオオオオオオオオ~~~~~!!!」
金色神楽の開催には会場にいる海賊達の多くが声をあげる。大宴会が始まったという盛り上がりもあるが、やはり1番の盛り上がりは今回のイベントでもマイクを握り、普段とは違う黒を基調に赤い花が模様の丈の短い、太腿のところにスリットの入ったドレスを身に着け、頭に同じ模様のシニョンを付けた赤い瞳の少女が現れた瞬間だ。
その海賊は百獣海賊団にとっては見慣れた少女であり、それ以外にとっては手配書で見た相手でしかない少女だが、どちらにとっても畏怖すべき相手。百獣海賊団で唯一“百獣のカイドウ”と対等の兄妹分である副総督──“妖獣のぬえ”だった。
『まあ本当にただの一般人はほぼ来てないだろうけど……それはさておき!! 今日はあの頂上戦争から1年!! 今日の祭りはあれから沢山頑張ってくれたウチの部下達の強さを知らしめ!! その部下達にご褒美を与えるために!! 特別な舞台と特別なイベントを用意したよ~~~~~!!!』
「……それにしても……凄まじい面子じゃな」
そして水上に作られたコロシアムの上──そこにいる今回のイベントの参加者である約100人の内、3人で固まっているとある男達はぬえの司会の声を流しながら周りを見て呟く。
「百獣海賊団の真打ち達に何人かのゲスト……これだけでも国が幾つも滅ぼせそうじゃのう」
「ゲストはあそこにいる連中の部下か。どいつもこいつも見たことある奴らしかいねェな」
3人の内、鼻の長い男の言に頷いたのはまた別の男だ。左目に傷のある黒いカンフー服の男で観客席の一角に設けられた来賓席を見て僅かに汗を流す。
そこにいるのは百獣海賊団と関係の深い3人の男女だ。豪奢な席にそれぞれ分かれて座り、眼下のイベントを眺め見ている。
その中で左端に座る男が口を開いた。フラミンゴの羽を思わせるピンク色の派手な上着を身に着けたサングラスの男で、それに答える中心の男はピンク色のスーツを着た男で、硬い表情の絶世の美女が右側に座っていた。
「フッフッフッ……!! また趣味の悪い催しを思いついたみてェだな……まさかこれだけの人間を招き入れるとは一体なにをする気か……!!」
「おいおい、無粋なことはやめたまえよMr.ドフラミンゴ。ネタバラシはエンターテイメントに反する……ぬえさんが今回は何を起こすのか……!! せっかく招かれたのだから楽しませてもらおうじゃないか……!! なァ──ハンコック。君もそう思うだろ?」
「……わらわは興味ない。それよりも気安く名前を呼ぶでないわ。男に名を呼ばれるなど虫酸が走る」
女は取り付く島もない。素っ気なく言葉を返した。雰囲気はあまり良くはない。
何しろ彼らは同じ側についてはいるものの、互いに相手のことをよく思っていない──なんなら敵対関係にもなりえる間柄だからだ。仲良く談笑しているように見える2人の男も、どうやったら相手が失脚するかどうかを内心で考えている。
そしてそれも許されるのだ。何しろこの3人は百獣海賊団の傘下にも等しい新世界の大物達。
『元テゾーロ海賊団船長“グラン・テゾーロ”オーナー“黄金帝”ギルド・テゾーロ 懸賞金9億7700万ベリー』
「フ……そいつは悪かったな……!! だが私達は一応味方同士だ。こういう祭りの時くらい、仲良くしても良いと思うが?」
『元“王下七武海”九蛇海賊団船長“海賊女帝”ボア・ハンコック 懸賞金9億2000万ベリー』
「必要ない。汚いビジネスの話などそちらで勝手にやっているといい。わらわはそなたらとの会話を出来るだけ減らしたいのじゃ」
『元“王下七武海”ドンキホーテ海賊団船長“天夜叉”ドンキホーテ・ドフラミンゴ 懸賞金8億9000万ベリー』
「フッフッフッ……相変わらず愛想のねェ女だ……!! せっかく誰の部下が勝つかの賭けでもしようと思ったんだがな……!!」
百獣海賊団の傘下及び協力者として悪名を高めている3人の海賊。新政府にも強く警戒されている3人が同じ席でイベントの開始を見守る。
眼下では彼らにとって絶対に逆らえない本物の怪物であるぬえが可愛らしくイベントの詳細を話しているところだった。
『この1年で手柄を立てた真打ち100名にゲスト達!! あなた達にやってもらうのは単純明快!!! 強さを証明するのに最も純粋で相応しい、恐竜の時代から続く由緒正しい方法!! 一対一での決闘よ!!!』
ぬえは決闘の舞台となる水上の大地に立つ猛者達を指して告げる。ルールは言う通り、単純明快。実力主義の百獣海賊団に所属する者であれば文句の出る筈のないタイマンでの決闘。それを連続で行う武闘大会。
『勝った方がまた別の勝者と戦うトーナメント方式!! 負けた者はそこで脱落!! ベスト8まで勝ち残れば最強の真打ち“飛び六胞”になれる可能性があり~~~!!! そしてそして!!! 最後まで勝ち上がった者に与えられるのは誰もが欲しがる私達の腹心への“挑戦権”!!!』
能力で分身し、分身同士が戦う真似をしてルールを説明するぬえは、そこで会場の最も高い位置にある観覧席にいる4人に映像電伝虫を向けた。そこにいる4人の猛者を順番に、観衆に向けて高らかに名前を呼んで紹介する。彼らこそ百獣海賊団の最高幹部である4つの“災害”。カイドウとぬえの懐刀と呼ばれる──“大看板”。
『“ジャック”!!!』
──全てを踏み潰し、破壊する忠実なる下僕“旱害のジャック”。
『“ジョーカー”!!!』
──情報を操り、多くの国を相争わせる謀略の美女“戦災のジョーカー”。
『“クイーン”!!!』
──病原体をばら撒き、苦しみをショーにして楽しむ狂気のエンターテイナー“疫災のクイーン”。
『“キング”!!!』
──全てを灰燼と化し、人の心を折る地獄の統率者“火災のキング”。
『ここにいる大看板4名!!! 優勝者は好きな相手を指名し、誰にも邪魔されない一対一の戦いを挑むことが出来る!!! それに勝てば……新しい“大看板”の誕生だ~~~~~!!!』
「ウオオオオオオオ~~~~~~!!!」
全員が懸賞金10億超えの怪物。世界最強の海賊団の中核を成す最高幹部であり、その地位も権力も破格のもの。百獣に傅いたこの場にいる者なら誰もが胸に秘める野心の頂点だ。それに成れるチャンスがあるなら盛り上がらない筈がなく、更にはそこまで行かずとも多くの真打ち達にとって“昇格”はあり得た。それをぬえは続けて説明する。
『それを得ることが出来るのはたった1人!!! 大変なことだけど……でも安心して!!! ベスト8まで残れば~~~~真打ち最強の6名!!! “飛び六胞”への昇格もあり得ちゃうんだから!!! 準決勝まで残ってベスト4まで残れば“飛び六胞”になるのは確定だよ!!!』
「ウオ~~~~!!! 最高だぜその報酬!!!」
「“飛び六胞”になれるチャンスだ!!」
「さすがはぬえさんだ……!!」
「やってやるぜ、おれは……!!」
「私もよ……!!」
そう、それこそが多くの真打ち達の本命。最強の真打ち6名に与えられる“飛び六胞”の地位である。
一斉に雄叫びを上げ、戦意を昂ぶらせた真打ち達は誰も彼もが猛者だ。そのほぼ全員が悪魔の実の能力者でその内の9割が動物系の能力を持っている──史上最強の軍隊を構成する獣の群れ。
血に飢え、野心に燃えている彼らはこの日のために自らを鍛え、準備を重ねてきた。百獣海賊団では強くなり、手柄を立て、力を証明するしか昇格の方法はない。その時が遂にやってきたのだと。
『でもそう簡単にはいかない!!! 周りにいる全員がライバル!!! それは
「!!」
ぬえがそう言うと舞台となる円形のコロシアムの中に向かって跳ね橋から6人の集団が歩いてくる。
その彼らこそがぬえが指し示した真打ち最強の6人。半年間続いた修行を終えて帰ってきた──“飛び六胞”の6人だ。
『小紫!!! ページワン!!! うるティ!!! ブラックマリア!!! ササキ!!! フーズ・フー!!! ──現飛び六胞の彼らも大会に参加し、各ブロックのシードとして待ち受けてる!!!』
「……!! “飛び六胞”……」
「また随分と強そうになったな……!!」
大看板に次ぐ百獣海賊団の上位幹部達の登場に会場は盛り上がる。だが真打ち達は僅かに静まった。飛び六胞に確実になるためには彼らを最低でも1人は倒さなければならない。その意味を正しく理解しているため、不敵に笑みを浮かべつつも楽観することは出来ないのだ。
まず間違いなく苦戦する。勝利するには実力だけでなく戦い方や運も必要となってくるだろう。個々人それぞれ戦いやすい相手は違ってくる上、飛び六胞の中でも比較的与し易い相手とそうじゃない相手もいる。出来れば戦いやすい前者と戦いたいと思うのが人情だ。加えて、敵は身内だけではない。
『そしてゲストもあなた達の障害として立ちはだかるよ!!!』
「!!?」
ぬえの言葉と共にサプライズゲストが今度は現れる。今回の昇格を賭けた催しにぬえが呼んだゲストであり、多くの真打ちにとって絶対に倒さなければならない存在──百獣海賊団に所属していない猛者達だ。
『先頭に立つのはドレスローザのコロシアムチャンピオン!!! コロシアムの英雄!!! ドンキホーテファミリー最高幹部“ディアマンテ”!!!』
「ウハハハハ……!!!」
「Mr.ディアマンテ~~~!!」
「ディアマンテ様~~~♡」
元七武海。ドフラミンゴが国王として治めるドレスローザのコロシアムチャンピオンである細く長い手足の男、ディアマンテが先頭で入場してくる。
『続いてやってきたのは裏社会一危険なデスマッチショーで無敗を誇った元チャンピオン!!! グラン・テゾーロのVIPディーラー!!! ダイス~~~!!!』
「ん~~~~~キモティイ~~~~!!!」
「ダイス~~~~~!!!」
「すげェ!! あのダイスまで……!!」
テゾーロの腹心。VIPエリアを任されている大男。テゾーロの配下で最強を誇る元デスマッチショーのチャンピオンであるダイスがディアマンテの後ろから歩いてきて観客に向かってアピールをしている。
『その後ろには女性だけの戦闘民族“九蛇”の頂点に立つ3姉妹!!! 九蛇で行われる“武々”では共に無敗を誇るゴルゴン三姉妹の妹達!!! サンダーソニア!!! マリーゴールド!!!』
「……まさかまた百獣海賊団相手に戦うことになるなんて……」
「マリー。姉様のためよ。やれるだけはやらなくちゃ……!!」
「うお~~~♡」
「女ヶ島に連れてってくれ~~~!!!」
「キャ~~~♡」
今度もまた元七武海の幹部。ハンコックの妹達であるサンダーソニアとマリーゴールドが複雑な面持ちで入場してくる。それで今出てくるゲストは最後だ。
『他にもウチの連中なら勿論ご存知の!! 新鬼ヶ島の将軍ヤマトと副将軍のムサシも参戦予定!!!』
この場にはまだいないがカイドウの娘2人もまた参加予定だ。彼女達もまた死角のない強敵。負ければ飛び六胞や大看板にはなれない。
『挑む真打ち達には今年入った大型新人達が大量参戦!!! “最悪の世代”も2人!!! 元政府の諜報員!! 普段は表に出てこないウチの殺し屋達も参戦するよ~~~~!!!』
「……まったく……諜報員じゃと言うとるのに随分と大仰に紹介してくれる……」
「今も昔もやることは変わってねェからな。とはいえ……これだけの面々を相手に勝ち抜くのは至難だな……おい、本当に出るのか?」
「──怖いならやめておけ」
「あァ!!? 誰が怖いつったんだ!! この
「よせ、やめんか。こんなところで喧嘩すると余計目立つぞ」
舞台の一角で会話をする3人の内、後方で控えていた1人の男の静かな声に目に傷を持つ男が吠える。鼻の長い男がそれを諌めると、血の匂いを漂わせる後方の男が静かに告げた。
「必要なのはより大きな地位だ。この大会はそれを得るための最大のチャンス……だが勝ち抜ける自信がないなら余計な怪我を負うだけ。辞退した方が賢明だな」
「あァ~~~!!? フザけんな!! 自信ないとは言ってねェよ!! 勝ち上がってもし当たったら覚悟しやがれ!!」
「組み合わせに恵まれればよいがのう……」
鼻の長い男が溜息をつき、やはり2人の口喧嘩を窘めた。既にそこそこ目立ってしまってることに諦めながら、これから発表されるであろう組み合わせの時を待つ。
それは他の真打ち達も同じで、同様に上空のぬえにも注目していたが──そんな中、騒がしい面々を見て目を細める男がいた。
「……あれは……いや……」
顎にX字の傷を持ち、胸にもXという刺青を入れている“最悪の世代”に数えられるその男は情報として知っている面々が会話をしているところを見て何かを思案したが、すぐに視線を外す。下手に接触して疑いを持たれるのは避けたかった。ゆえにすぐ、話しても不自然ではない隣の同世代に声を掛ける。上空の声を聞きながら、
『みんな気になってる組み合わせはこの後すぐに発表しちゃいま~~~す♪』
「──組み合わせが発表されるみたいだな」
「……ああ……そうだな……」
「? どうかしたか?」
「いや、なんでもねェ……」
「……? ……そうか」
同世代の同僚に声を掛けた──が、なぜか同僚は心ここにあらずと言った様子でぬえではない誰かに視線を向けていた。
おそらく観覧席の誰かだと思われるが、それが何を意味するのか、そして誰を見ていたのかは男には分からない。頭に疑問符を浮かべながらもこの場は深く考えることも追求することもない。それほど不自然なものはなかった。
『──さーて組み合わせの発表の準備も整ったみたいだし、そろそろ始めるよー!!! 昇格を懸けた獣達の血沸き肉躍る武闘大会!!! 今回の“金色神楽”のメインイベント!!! “百獣杯”の開催を……今ここに宣言しま~~~~~す!!!』
「ウオオオオオオオオオオオ~~~~~~~!!!」
ぬえの開催の宣言。それと共に一際大きい映像に組み合わせが映し出される。
参加者に祭りに来ているゲスト達も皆がそれを目の当たりにし、それぞれが一喜一憂。違った反応を見せたが……概ねそれは公平なものだ。
各ブロックにはシードとして飛び六胞が1人ずつだが、飛び六胞と戦わずベスト8まで残れるブロックもあり、その山には“飛び六胞”に迫るとされる実力者が名を連ねている。
だがベスト8まで残っても準決勝まで勝ち上がれなかった4人で戦い、飛び六胞になる残り2人を決める必要があるため、結局はどのブロックでも飛び六胞になるには現飛び六胞と戦う必要があった。ゆえに公平。手柄を立てている者ほど最初や2回戦の相手が比較的楽ではあるが、それも誤差程度の話。真打ちからすればどこだろうと高い壁を一回は必ず乗り越えなければならない。そう、全ては公平だ。
「……!!? これ、は……!!」
「? どうした狂死郎。相手が悪かったか?」
「…………?」
だが、一部の人間にとっては……その組み合わせは公平ではない。とてつもない悪意に満ちていた。
百獣海賊団に入った元侍。真打ちである狂死郎は顔を青ざめさせ、それを怪訝に思ったホテイや福ロクジュに声を掛けられたり、疑問を持たれる。
「ウォロロロ……えげつねェな。面白ェ」
「…………なるほど、そういうことですか……」
そしてその悪意を感じ取った者は数名いた。1人は最も高い場所。大看板に囲まれた上座に腰を据えて見下ろす──その相手が裏切り者であると兄妹から知らされている大男──四皇“百獣のカイドウ”張本人。
そしてもう1人は飛び六胞の1人として入場し、他の参加者から明らかに与し易い相手だと見られている小紫。彼らは組み合わせを見てそれぞれ別の……悪意に対する笑みや諦観した様子を見せた。
だがそれは彼ら2人にとって都合の悪いものではない。都合が悪いのは……狂死郎という1人の侍にとってだ。
ベスト8を決めるベスト16同士の対決。最低でもここを勝たなければ飛び六胞にはなれない大一番とも言えるその回戦。小紫がシードとなる山の反対側には、侠客である
『さーて♡ それじゃみんな組み合わせは見たかな~~? ちなみに解説はクイーン。実況兼審判は私だからよろしくね!! 私がルールブックよ!!! 勝負が決まったかどうかもどっちが勝ったのかも決めるのは私だから……手加減して盛り上がらない試合をしないように注意してね!!!』
『ム~~ハハハハ!!! それじゃ盛り上げていくぜ~~~~~!!! 時間が押してるからさっと始めるぞ!!! 最初の1回戦の組み合わせは~~~~~~!!?』
『よ~しそれじゃあまずは景気づけに私の歌からだね♡ 今回の百獣杯のために作ったテーマソングをフルバージョンでお届けするよ!!!』
『え~~~!!? いや、押してるって言ってるんだが!!? せめてショートバージョンにしてくれ!!』
「……!! (なんということだ……!!!)」
──そうして遂に、昇格を争う“百獣杯”が始まった。
だが人知れず……主君の娘、主君にも等しい相手と戦うことになった男は歯を噛み締め、握った拳から血を流す──が、それもまた獣は知っている。上空で一度部下である彼らを見下ろし、マイクから口を離して妖獣は楽しそうな笑みを浮かべた。
「さてさて……今回の“祭り”はどれくらい楽しめるかなー♡ ふふふ……楽しみだねー!!!」
クイーンの提言を無視してテーマソングをきっちりフルで歌い終えたぬえは、一度カイドウ達の下へ戻りながら今回の祭りが今まで以上に楽しいことになると予感する。いつもとは違う、陰謀渦巻く混沌の“金色神楽”。
今回のそれが世界を獲りに行く最後の祭りの前の……今までの修行の成果を試す、
過去の大海賊→イカレたメンバーを紹介するぜ!! ロジャーコンプ!! ロジャーコンプ!! そしてロジャーコンプだ!!! 察しろ!!
デルタ島→スタンピードの舞台。察し。
キッド海賊団と最悪の世代同盟→占い大好きと音の人。察し。
キラー→物知り
実質傘下の3人→ミンゴが1番低いのは世界政府のコネがなくなったから。テゾーロは金。ハンコックは暴れまくってる分、ミンゴより上です。
ゲスト→全員試合経験あり。
諜報員3名→3強です。察し。
最悪の世代→ドレークと誰か。次回判明。
小紫と狂死郎→ぬえの試練。
ぬえちゃん→可愛い。今回の衣装は黒のミニチャイナドレスとシニョンです。ニーソあり。
遅くなりましたが今回はここまで。なんで時間が掛かったかは今回の話を見ればわかったんじゃないかなって。まー奴です(白目)。
今回は2年後が始まる前の最後の話だけど結構デカい話になったのでプロローグみたいな感じ。大体4話か5話くらいは掛かりそう。登場人物もバトルも多いです。カイドウとぬえちゃんも含めて――ってことでお楽しみに。
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