正体不明の妖怪(になった男)、情緒不安定な百獣の腹心になる   作:黒岩

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ロックスの時代

 世界を分かつ高き壁──“赤い土の大陸(レッドライン)”。

 

 高く巨大で、荘厳。その土地にある世界の中心地には……神々の住まう土地が存在する。

 760年程前に“世界政府”という一大組織を作り上げた、世界の“創造主”と称される20人の王の末裔──“天竜人”。

 その20人の一族のうち、1つの例外を除いた19の一族が住む土地。

 

 その名は──“聖地”……“マリージョア”。

 

 世界政府の権威の象徴であるその土地は、通常……天竜人やその護衛、海兵や役人などがいるのみで、“偉大なる航路”前半の海から後半の海“新世界”に入る時、またその逆も、世界政府の許可無しには通行が許可されない。

 だがその人の往来が少なく、滅多に騒ぎが起こることのない静かな土地も、4年に一度きりではあるが、各国と同じく、とあるイベントによってざわつく時期が存在する。

 それは世界にある国々の大半、170ヶ国以上の内、その代表国となる50ヶ国の王たちが4年に一度、聖地マリージョアに集い、7日間に渡って世界中にある様々な問題、案件を議題とし、それらを解決するために討議を行い、今後の“指針”を決定する大会議。それを──“世界会議(レヴェリー)”と呼ぶ。

 

「──どうすればいいんだ!!」

 

 ──だが。毎回多かれ少なかれ、熱くなることもあるその会議は、ここ数十年で1番の熱を持って行われていた。

 1人の王の訴えに対し、別の王が言う。彼らが話している議題は、各国にとっても他人事ではない由々しき問題だった。

 

「……軍事費を増やし、兵力を強化してはどうだ?」

 

「そんなことはどの国も皆やっている……! それより、海兵の配備を強化して──」

 

「無駄だ……! 海軍大将すら打ち破る奴等だぞ……! 勝てるものか……!」

 

「“CP”はどうなのだ……! 何の成果も上げられていないと聞くぞ!?」

 

「“五老星”はこのことをどう考えているのだ……問題をずっと放置する気か……?」

 

「我が国がどれだけの天上金を払ってると思ってるのだ!? 役立たずの海軍が……! あれらが無能なせいで、私の妻も娘も死んでしまった……!! 責任を取らせろ……!!」

 

「静かに! 静かに!! 発言は挙手を行ってから……っ!!」

 

 そして、その問題のせいで、会議は荒れ狂っていた。

 今や被害にあっていない国の方が少ない、その災厄とも言える存在に、各国の王は自国の国益や、果ては国の存続の危機を感じ始め、必死に言葉を紡ぐ。

 その言葉によって国同士の戦争が行われてしまいかねない程であり、それが分かっていながらも多くの王達は声をあげることをやめられない。

 彼らが一様に感じているのは、真綿で首を締められるような恐怖に、世界政府、延いては世界の平和と秩序を守るべき海軍に対する不信感と遺憾の思いだ。

 

 だが、その恐怖を最も感じている者達が……世界会議が行われている“パンゲア城”内……“権力の間”に存在した。

 

「──CP0が任務に失敗した……!」

 

「これで、打てる手は限りなく少なくなった……どこの国も、我々に対する不信感を強めている……早急に対処しなければならないというのに……」

 

「結成から約3年……これ以上の勢力拡大を阻止しようにも、全戦力を結集してそれを当てることも、もう不可能、か……」

 

「放置出来ないのは奴等だけではない……既にロジャーもあの島に辿り着いたという……」

 

「厄介なのはどちらも“D”……! どちらも野放しにしておいてはならない……」

 

 そこにいる5人の天竜人。彼らこそが世界政府最高権力──“五老星”である。

 彼らは一様に、一連の脅威に対して危機感を抱いており、険しい表情を浮かべている。

 海軍もCPも、どのような手段を以てしても、その脅威は留まることをしらない。

 歯を食いしばり、五老星の内の1人はテーブルの上に並べられた1枚の手配書を手に取った。今世界各国を悩ませている脅威。世界最強の海賊団の首魁。その名は、

 

「“ロックス”……今は奴をどうにかしなければ……!!」

 

 手配書に記された名前とその人相を見て、彼らは一様に……“世界”にとっての瀬戸際を感じ取るのだった。

 

 

 

 

 

 ──“新世界”。

 

 とある島の比較的安定した海域の海上に、その船はあった。

 甲板にはその一味に所属する船員達がずらりと並び、誰もが玉座に座る男の視線の先──鎖で縛られ、血達磨になって転がされている哀れな男を見ている。

 それはつい昨日まで、仲間だった男である。だが、それは別に彼が何か失態を犯して一味を抜けさせられたとか、そういうことではない。

 むしろ逆。彼は最初から、仲間などではなかった。彼は有り体に言って……ただのスパイだった。

 そう、船長の支配に逆らうスパイ。これはつまるところ……公開処刑であった。

 

「ギハハハハ!! 随分と無様だな! ええ、どうだ!? このおれの顔を、1年も拝んできた気分は!! どうなんだ? サイファーポール“イージス”ゼロさんよォ!!」

 

「っ……」

 

 対峙する──尤も、勝敗は既に決しているが、満身創痍になって拷問を受けながらも軽く歯を噛みしめるのみで耐え続ける男を、その世界最悪の海賊……ロックス海賊団船長、ロックス・D・ジーベックは甲板に置かれた玉座で嘲笑っている。

 周囲にいるのはロックス海賊団の幹部達──“白ひげ”、“シャーロット・リンリン”、“金獅子”など、錚々たるメンバーがロックスの側で、それぞれ違った表情でその処刑を見守っている。

 普段は殺し合うことも珍しくない彼らだが、他の仲間達も含めて、今は誰もそんなことはしない。ロックス船長がこの場で態々公開処刑をやっているのだ。こんな時に騒ぎを起こすような奴は、そのまま中央に引き出されてイベントの参加者となってしまうだろう。

 だから口を開くのはロックスだけだった。彼は、多くの部下達の前で、政府の諜報部員である男の素性をバラし、それを肴にラム酒をロックで口にした。

 

「世界最強の諜報部員もこうなっちまえば形無しだなァおい!! 天竜人の護衛や闇取引の営業はどうすんだ? お前達が1人死ぬだけで、奴等のカードが1枚減るだろ? それが嬉しくて堪らねェよ、おれは!!」

 

「……何故、分かった……?」

 

「あ?」

 

 嘲笑うロックスの言葉に、CP0は静かに問いかける。何故、バレたのかと。

 

「私の方に落ち度はなかったはず……恐るべきは、お前のその嗅覚なのか、それとも情報力なのか……如何にして潜入していることを見破ったというのだ……!?」

 

「……あー、なるほどなァ。おめェは自分に落ち度はなかったと。おれが凄すぎるだけだって言い訳を探してる訳か」

 

 そういう訳ではない──が、何故見破られたのか、その種が知りたかった。

 未だに分からない。どこでバレたのかと。突然、ロックスに呼び止められ、スパイであることを当てられた。そして、即座に逃亡しようとしたが、ロックスだけではない。並居る怪物達を前にそれは不可能で……結果、戦うも無惨に負けて捕まってしまい、このザマだ。

 だがロックスはそれに頷いてみせる。確かに、落ち度はなかったと。敢えて褒めてみせる。

 

「ギハハハハ……確かにお前は優秀だったと思うぜ? お前を見ている限り、不自然な点はなかった。このままスパイであることを見逃してたら、居場所を特定され、海軍の艦隊が幾つも押し寄せてきてたかもなァ? まあ、その程度に潰されると思われるのは心外だが……それでも一定の傷を負わせることは出来ただろうな?」

 

 しかし、そうはならなかった。その理由を、政府は知らない。

 だが簡単な事なのだ。ロックスという男は、部下の死すら厭わない冷酷で残虐非道な海賊として知られているが、それでも部下のことを知らないという訳ではない。

 彼は言う。得意気に、ネタバラシをしてみせる。

 

「……人間ってのは、それぞれ、個人特有の纏う“空気”ってのがあるのさ」

 

「……空気、だと……?」

 

「ああ。傾向はあっても、皆違う。どうしようもないクズみてェな空気もあれば、高潔な聖人みてェな空気もある。おれはそれが、生まれつき……()()()()()()()()()

 

 だから分かると。ロックスはCP0を見下ろして、凶悪な笑みを浮かべる。

 

「おれは部下共の名前と空気、ある程度の情報は頭に入れてある。だから直ぐに分かるんだよ。海賊の空気に混じる……政府の犬のクソみてェな臭いはなァ!!! ギハハハハ!! おめェの空気は分かりやすかったぜェ!? うちに入ってきて直ぐにわかった──ああ、こいつは犬くせェ──ってなァ!! ギハハハハハ!!

 

「っ……!! そんな理由で……!!」

 

「ありえねェ、と思うのは自由だ! ──まァ、捕まった理由なんてなんでもいいだろ? ギハハ……お前はこれから死ぬ。精々良い声で泣き喚けよ? これからお前の細切れ死体と一緒に、お前の泣き叫ぶ声を録音して、政府に送りつけてやるんだからよォ……!!!」

 

 と、そう言ってロックスが懐から取り出したのは1つの貝だった。

 巻き貝の様な形状のそれは、諜報部員である男も知っている。“音貝”と言われる音を取り込む習性のある特殊な貝だ。それを使って、悲鳴を録音しようと言うのだろう。悪趣味過ぎる行為だった。

 

「そんじゃあ処刑開始だ──カイドウ!! ぬえ!! 始めろ!!」

 

「──おう」

 

「──はーい!」

 

「!」

 

 ロックスが近くにいた少年と少女の名を呼ぶ。男は知っている。その2人はロックス海賊団に所属する海賊見習いだ。

 だが、一見習いの名に眉をひそめる必要はないし、知る必要性も少ない。

 しかし知る必要性はあった。何故ならこの2人の悪名、その首に懸けられた懸賞金は、とても見習いとは思えないものであったのだから。

 

「ウォロロロ!! こいつは頑丈だ!! 殴りがいがある!!」

 

「っ……!」

 

 1人は金棒を持った、少年とは思えない程の屈強な体格の大男。

 金棒で縛られるCP0の男の頭を執拗に殴り続ける凶悪な人物。

 

「あーあー、考え無しで殴っちゃダメよ、カイドウ。頭ばっかり殴ったら直ぐに死んじゃうしさ。こういう時は手足の末端とかを責めないと悲鳴なんて出ないよ。ただでさえ我慢強そうなんだからさ。というわけで……えいっ!」

 

「! ~~~っ!! くっ、ハァ……ハァ……!」

 

 そしてもう1人は、片方の半分程度の身長しかない、歳相応な、見た目は可愛らしい少女だ。

 こちらは拷問に長けているのか、手に持った三叉槍でCP0の男の肉体に的確に突き刺して動かしている。その可愛らしい仕草と声で、まるで子供の遊びの様に平然と拷問を行う恐ろしい少女。

 この2人こそ、ロックス海賊団のただの見習い。約2年前に一度は海軍によって捕らえられるも、そこにいた海軍中将を倒し、鎖を引き千切って無理やり脱出したという凶悪な2人。その名前と懸賞金は、

 

 ──“百獣”のカイドウ……懸賞金──1億1110万ベリー。

 

 ──“正体不明”のぬえ……懸賞金──7400万ベリー。

 

 子供につける金額としてはかなりの高額。しかもぬえの方はこれが初頭手配である。ロックス海賊団所属というプラスαが危険度として加算されてはいるものの、それでも海賊見習いでしかない2人は、既に野放しには出来ない立派な悪党だった。

 報告によれば、前者は“覇王色”の覇気の資質を持ち、動物系幻獣種である龍の力を持つ他、既に武装色の覇気も扱うという見習いとしては相当な強さと、1人で何百人もの敵を相手に戦い続ける凶暴な獣の如き人物。

 そして後者は、その能力そのものが正体不明。おそらくこれではないかという推察はあるにせよ、未だ彼女の能力は解明されていないが……動物系幻獣種の能力であるらしいとのことが調査で判明している他、見聞色の覇気を扱い、一見すると無邪気な可愛い少女であるらしい、という報告がなされる得体の知れない人物。手配書の写真も何故か入手することが出来ず、証言による似顔絵によって手配されるのみであることもその怪しさに拍車をかけている。

 この2人でさえ、ただの見習いであるという事実が、政府関係者にとっては心を折りかねない現実である。

 何しろ、この2人はまだ序の口。良くて前座でしかない。

 他の船員や幹部達には更に恐ろしい──圧倒的な強さを持つ者達が多数おり、そちらに目を向けねばならないのに、ただの雑兵ですら弱くないのだ。

 

「えいっ! よいしょっ! ……うーん、中々声出さないなぁ……ぷるぷる震えたり、息が荒れたりはしてるんだけどなー」

 

「お前も駄目じゃねェか」

 

「うっさい! カイドウよりはマシでしょ! というか、あんたが殴りすぎるからもう叫ぶ元気すらなくなっちゃったんじゃないの!? というか死んでない!?」

 

「うるせェ!! これくらいで死んじまうような弱ェこいつが悪い!!」

 

「いやまぁそうかもしれないけどさ!! 公開処刑って要はエンターテイメントショーなんだからもっと楽しませないと駄目じゃん!!」

 

「もう動かなくなってるから手遅れだ!! ウォロロロ!!」

 

「う~……こんなことなら最初のうちにもっと色々やっとくんだった……えっと、船長? これはどうしたら……」

 

「──ギハハハハ! それじゃ綺麗に切り刻んで箱にでも入れとけ! 後で政府に送りつけるからなァ……出来るだけ丁寧に梱包してやれよ?」

 

「あ、はーい。──それじゃカイドウ、行きましょう」

 

「おれは切り刻むなんて器用な真似できねェぞ?」

 

「知ってる。箱詰めだけ手伝って。切り刻むのは私がやるからさ」

 

「ウォロロロ……! 趣味の悪い奴だな」

 

「お互い様……って言いたいけど、私が考えたことじゃないからそれ船長の悪口になってるけどね!」

 

 意識が薄れ、闇に溶けていく寸前に、そんなやり取りを聞く。

 悪魔が率いる海賊団。その船員達は誰も彼もが怪物で、化け物で……そして、獣同然であった。

 

 

 

 

 

 公開処刑が終わり、頼まれた仕事も終わる頃には、船内の空気も普段のものに戻っていた。返り血でちょっぴり汚れてしまったのでさっさと手を洗う。ばっちいからね、と。

 

「ほらカイドウ。水汲んできたから手洗いなよ」

 

「別にこのままでもいいだろ。面倒だ」

 

「面倒って……まー、いいや。それじゃぶっかけるけどいいよね?」

 

「さっさとやれ」

 

 とまあ、カイドウがそう言うのでびしゃーっと桶に入った海水をカイドウの手に2回に分けてぶっかけて洗い流す。これだと結局船内が汚れるけど、どっちみち後で掃除しないとだから別にいい。

 

「さて、これで終わったし……後は──あっ」

 

「? どうした、ぬえ」

 

 手を洗い終わったので次はまた別のことをしようとカイドウと船内を歩いていると、そこにいたロックス海賊団の船員1人に目をつけられる。……明らかに敵意というか害意を感じるなぁ、と、思っていると、

 

「……おお、そこにいるのはぬえにカイドウじゃねェか!! 海賊見習いの癖に賞金首になって最近、調子に乗ってんじゃねェか? ええ? ハハハ、どうなんだよおい!!」

 

「あァ!? なんだとてめェ!!!」

 

「えー……またかぁ……」

 

 うわ出た。最近こういうの多いんだよね。賞金首になってから仲間からもこうやって目をつけられることが多くなってしまったというか……まあ仲間同士で殺し合うのは日常茶飯事だけど、見習いの私達まで狙われるようになるとは、時が経つのは早いな、と思ってしまう。最初の頃は目をつけられても私がゴマをすって何とか躱していたものだが。

 しかし最近はもうもっぱら……相手にもよるが、やってしまうことが多い。

 というか、私がやる気じゃなくても、カイドウの方が言うことを聞かない。止まらない。相手も挑発してくるので尚更だ。

 

「ハハハ! おれは生意気な奴は殺すことにしてんだよォ!! 黙って死にやがれ!!」

 

「ウォロロロ……!! お前がおれ達を殺すだと……? 面白ェ。やってみやがれ!! 行くぞぬえ!! ウオオオオオオ!!!

 

「えー。勝てるかなぁ……? まあやんないと死んじゃうからやるけど……さっ!」

 

 と、そう言って船内で仲間との殺し合いが始まる。こんなめちゃくちゃどうでもいい突発性の戦いですら、私達にとっては命懸け。絶体絶命の危機って奴だ。うちの船員のレベルは高いから、下手に他の海賊や海軍と戦うより、こっちの方が辛い時が多々ある。

 強いて言うならこっちは2人なのでその点でいつも有利である。1人では勝てない相手も、2人ならなんとかなる。特に私の能力は仲間もよく分かっていない能力が多いので手札を知られていない点で有利だ。

 それと、長期戦になっても有利だ。こっちはカイドウも私も動物系の能力者。体力だけなら一人前以上だと自負してる。強さはともかく、丸一日戦い続けるくらいなら訳ないのだ。

 

 ──という訳で戦いは始まり……時間はあっという間に……4時間が経過する。

 

「ぐ……お……!! お、おれが……まさか……見習い……なんか、に……──」

 

「ハァ……ハァ……!! おれ達の……勝ちだ……!! ウォロロロ……!!」

 

「あはは……こっちも……死にそう……なんだけどね……あー、また汚れちゃったなー……」

 

 そういう訳で船内で4時間にも及ぶ死闘の結果。血達磨になりながらも何とか船員の1人がカイドウの金棒の直撃を受けてどさっと床に倒れる。何十回も攻撃を当ててようやくだ。私もカイドウも息も絶え絶えの状態。こっちも何度も攻撃を喰らってるから身体中が痛いし、怪我が凄い。

 ──しかし、これが私達の日常である。半日殺し合うこともザラにある。海賊同士の決闘は、常に生き残りを懸けた殺し合いだとは言うが、よく知らない一船員との戦いで死にかけるのだから私達はまだまだ弱いと思い知らされる。

 その分、強くはなれてる筈だが、それでもまだ足りない。私もカイドウもまだ弱いのだ。

 

「……おい、ぬえェ……お前、覇気使うの失敗してんじゃねェよ……!」

 

「あんただって、見聞色使えてなかったじゃない……! 目に頼りすぎなのよ……!」

 

「うるせェ。んなことは分かってる」

 

「こっちも分かってるから。……はぁ、とりあえず、今日は疲れた。さっさと処理だけして、お酒でも飲みましょう」

 

「おお……! それはいいな……!! ウォロロロ……!!」

 

 と、私とカイドウはお互いに戦闘中のダメ出しをしつつ、一応とどめを刺し、死体となったそれをカイドウが引きずって甲板に向かう。私は疲れたのでカイドウの肩に乗っかることにした。こういう時、カイドウは身体が大きいし、私は小さいので便利である。

 そして、先程の話だが……私もカイドウも覇気の扱いはまだまだ未熟である。2年ほど前──あの日、覇気に目覚め、使えるようになったと一旦は浮かれていたし、自信もついたのだが……いざ戦いで使ってみると、発動できる確率は半々だった。後から白ひげに聞いてみたが、覇気の覚えたてはそんなものらしい。修練が足りないと、はっきりそう言われた。それをカイドウに伝えたらカイドウが怒って白ひげに挑んで返り討ちにされた。

 だがまあ、今はその時よりも成長はしている。私もカイドウも毎日戦いに明け暮れてるし、私の場合は白ひげからちょっと教えて貰ったりしてるしね。覇気の基本な事だけど、色々教えてくれる。やっぱロックス海賊団においてもロックス船長に次ぐ実力の持ち主であるため、さすがに参考になるのだ。

 ──と、そんなことを考えているとさっそく、

 

「……悪ガキが争ってる気配がするとは思ってたが、やっぱり殺し合ってたか。派手にやられたな。カイドウ、ぬえ」

 

「うるせェ。殺すぞ」

 

「でしょ!? もう全身怪我だらけで痛くてさ!! まったく、勘弁してほしいよね!!」

 

「……その割には楽しそうだな……」

 

 白ひげが呆れながらにそう言う。あれ? そう見えるかな? まー、勝ったからね。それに海賊だし、命を懸けた戦いってのは慣れてみると中々に楽しいものなのだ。これは最近気づいた。スリルが楽しいというか、限界を越える感じもまたなんとも言えない。上級者向けの楽しみだ。

 っと、そういえば今日はまだ白ひげに奇襲を仕掛けてない。なので、見聞色を研ぎ澄ましつつ、相手の動きを読んで、隙を見て──

 

「──隙有り!」

 

「んなもんねェよアホンダラ!」

 

「ああん」

 

 白ひげが視線を切った瞬間に、カイドウの肩から白ひげに向かって三叉槍を持って飛びかかったが、容易くべしっと叩き落される。酷い。まあこっちが怪我人なのを考慮して割と優しめのチョップだったけど。私は叩かれた頭を抑えつつ、恨めしさを滲ませて白ひげを見上げる。

 

「むー……そろそろ一本取らせてくれてもいいのに……」

 

「おれに勝とうなんざ100年早ェ」

 

「いいぞ、ぬえ。そのまま殺しちまえ」

 

「一応結構本気でいったんだけどなぁ……やっぱり、まだまだ敵わないかー」

 

「たった2、3年鍛えたくらいのヒヨッコ共が何を言ってやがる……まァ、どっちも()()()()を伸ばしてはいるみてェだが……」

 

「やった、褒められた!! ふふん、さすが私」

 

 ぼそりと褒め言葉を発したのを私は聞き逃さない。ちょっと得意気になってみせる。後、カイドウはいつも通りだ。私以外に仲の良い人なんていないからね。というか、そもそもこの船だと仲間同士で仲良しなんてものはほぼ無いに等しい。むしろ隙あらば殺し合うくらいの仲の悪さなので、カイドウの態度は特に変わったものという訳でもない。なんなら、私の方が変わってる。私は結構仲良い人多いもんね。仲良いって言っていいのか分からない人もいるけども、でもカイドウは当然として、白ひげとは話せるから仲良いと思う。

 

「ハナッタレの分際で調子に乗るなよ。自分の実力を過信すると痛い目見るぞ」

 

「分かってるってば。──あ、お酒ちょうだい」

 

「血達磨だってのに元気だな……というか誰がやるかアホンダラ。これはおれのだ。自分で取ってこい」

 

「あー、いけず~」

 

 白ひげの持ってた酒を貰おうと手を伸ばすも失敗。いや、いいんだけどね。自分達の分はちゃんと隠してあるし。後で飲める。今はからかうのが面白いからじゃれてみてるだけだ。

 

「武装色ぱんち! ──あっ、やった成功した!」

 

「うおっ! って何しやがるアホンダラァ!!」

 

「いや~……ちょっと今満身創痍だし、この状態なら成功率上がるかなって思って試しちゃった。武装色、まだ2、3割……良くて半分くらいしか成功しないしさ」

 

「ったくお前は…………いいか? その歳で半分成功出来りゃ充分だ。だから少しくらい大人しくしろ。無茶ばかりしてたらその内、本当にくたばっちまうぞ」

 

「えっ、そう? ちなみに、見聞色は8割くらいだよ! そしてカイドウは私と逆! という訳でもっと褒めて♡」

 

「うるせェ!! おれは10割だ!! どっちもできねェ筈がねェ!! おれはもっと強ェ奴らをぶちのめして最強になるんだからなァ!!」

 

「……はぁ……威勢だけは良いみてェだが……言っとくが、ちょっと賞金首になって名を上げたくらいのお前らが直ぐにやっていけるほど海賊ってのは甘くはねェぞ?」

 

「え~? そりゃそうかもだけど……賞金懸けられたってことは、それだけ実力があるってことで──」

 

 白ひげが真面目そうに言ってきた言葉に若干不満げにむくれて見せる……が、改めて懸賞金の事を考えると……中々に浮ついてしまうのだ。

 2年前の件で、カイドウはいきなり1億1110万ベリー。億を超える賞金首になった。さすがカイドウ。初頭手配で億を超えるってのは中々ないらしいから相当危険視されてる証拠だ。

 そして私の方も、7400万ベリーの賞金が懸けられている。私みたいな可愛い少女がだ。7400万。

 まあロックス海賊団所属というだけで懸賞金は結構上がるらしいが、それでもそれだけ危険度があり、つまり、海賊として名を上げたということだ。

 普通の人からしたら不名誉なことだが、海賊にとっては勲章の様なもの。その額の大きさがそのまま、他人に怖れられる指標になり得る。

 ……なんというか、こう……いざなってみると、どうも口元がニヤついてしまう。こんな私に7400万の価値があると思うと……。

 

「えへへ~、いやぁ、私って7400万の賞金首だからなー、えへっ、狙われちゃって困っちゃうなー♡ もう外出歩けないな~♡ えへへへへ♡」

 

「……急にニヤついてどうした……?」

 

「何笑ってんだ? 気持ち悪ィぞ」

 

「──悪くない!!! こんな美少女に向かってなんてこと言うのよ馬鹿カイドウ!!」

 

「自分で言うのか……」

 

 白ひげもうるさい。まったく……失礼な。この男どもは女の子の扱いを分かってないらしい。まあカイドウや白ひげにそういうのは期待してないけど、それでもその言い草はないだろうと。

 

「──ギハハ。随分と楽しそうじゃねェか」

 

「! 船長……」

 

「お頭!」

 

「あっ、船長! ちょっと聞いてよ!」

 

 その時、私達がいる後方甲板に姿を現したのはこの船の船長であるロックス、その人だ。この人はいつも変わらない。楽しそうだ、と言うが、私から見るといつも凶悪だが、笑みを浮かべて楽しそうなのは船長の方だ。私も海賊として見習いたい。今はまだ見習いで、充分に海賊を出来てる、楽しめてるとは言い難いしね。

 それに凶悪ではあるが、部下にはなんだかんだで結構優しいと思う。滅多なことで怒らないしね。最初の方はどういう人か分からないから怖かったが、今となっては話しやすいし、むしろ好ましい。私もカイドウも可愛がってもらってるしね! 

 

「カイドウにぬえか。ギハハハハ! また派手にやられたな! だがちゃんと返り討ちにしたようで何よりだ!!」

 

「ウォロロロ!! こんな雑魚におれはやられはしねェ!!」

 

「ふふん、私とカイドウは強いからね! ──って、そうじゃなくて聞いてよ船長!」

 

「ギハハ、おれはいつだって部下の言葉を聞いてるぜェ? それで、どうした? またニューゲートに小言でも言われたか?」

 

「そう! 後、2人とも私のこと気持ち悪いとか言うのよ! こんなに可愛いのに!」

 

「ギハハハハハハ!! そりゃひでェな!! おい、ニューゲート! カイドウ! カイドウもそうだが、大人でも逃げ出すか死ぬかで半年も保たねェおれの船で、こんな可愛らしいガキが無邪気で楽しそうに海賊やって、もう3年も生きてんだぜ? ちょっとは褒めてやんな! ガキは褒めると伸びるって言うしな!」

 

 そう言って、カイドウの肩をぱんぱんと叩き、私の頭をわしわしと撫でてくれる船長。さすがだ。子供扱いはちょっとアレだけど、実際年齢はまだギリギリ子供だからしょうがない。まあ褒められるのは嬉しいから別にいいけどね! 

 だが白ひげはそんな私を見ながら、船長の言葉に若干たじろぎ、

 

「そりゃあ……そうかも知れねェが……だが船長。褒めると調子に乗ってまた馬鹿なことをしだす可能性も……」

 

「杞憂よ! だってバカやるのはカイドウくらいだからね!」

 

「ウォロロロ! そうだな!! バカやるのはぬえくらいだ!!」

 

「どっちもだ……!! 敵船に2人だけで突っ込むなんてバカな真似、ガキがやるもんじゃねェぞ! ったく……」

 

「敵に突っ込まねェバカがどこにいる!!」

 

「ほら、カイドウだけよ。私はカイドウが行くから付いていくしかないかなって行ってあげてるだけだし。それに、ちゃんと帰ってきてるんだからいいでしょ?」

 

 そう、突っ込むのはいつだってカイドウだ。私は基本的にそれを追いかけてるだけ。確かに、1人で戦うのも楽しいのも分かるんだけど、ちょっとは周りのことも考えた方が良い。皆の獲物もちゃんと残してあげないと。

 

「ギハハハハ……確かにな。おめェらが最初、海軍なんかに捕まった時は帰ってこねェかとも思ったが……実際にはここに五体満足でいやがる。これで褒めてやらなきゃ嘘ってもんだぜ」

 

「そうよ! ほら、だから白ひげも褒めていいよ。褒めることを許可する!」

 

「何様なんだ、お前……」

 

 ビシッと指を白ひげに向かって突きつける。白ひげは私を見下ろして溜息をついていた。まったく、素直じゃないなぁ。本当は私のことが可愛くて仕方がない癖に。でも私はそれを許す。多分、これがツンデレって奴だ。

 だがそうやって気の抜けた会話をしていると、ふと、ロックス船長が笑みを深め、

 

「──だがまあ、そろそろ……お前らも気を引き締めな。おれの支配に抗う奴等も今はもう、()()()()()()()()()()()()()()()()()……!」

 

「!」

 

 骨のある奴等。敵はもう、それだけしか残ってないと船長は言う。その変わらない迫力に気圧されるのは相変わらず変わらないが。

 ……でも確かに、最近は相手も強いんだよね。

 最近倒した敵は強い。海軍だと、海軍本部最高戦力と言われる海軍大将をロックス船長が倒したし、今日も世界最強の諜報部員と言われるCP0を船長が倒し、捕まえて処刑したところだ。

 傘下に入らない海賊も、今残っているのはよっぽど運がいいか、どうあっても傘下に入ろうとしない……船長が言うところの骨のある奴等、本物の海賊だけである。

 それを船長は言っているのだ。相手は強い。だから気を抜くな、と。

 

「海軍大将にCP0もまだ残ってるだろうしなァ……それに海賊も……ギハハ、生意気なことに、傘下の海賊をまた3隻沈めたバカがいるからよ──()()()()()()()()()。前々から誘ってはいるが……そういう気配もねェし、そろそろ潰しとくのも悪くはねェか……? ギハハハハ……!!」

 

「……!」

 

 そう楽しそうに告げて、背を向けて去っていくロックス船長を私達は見送る。ロジャー、という言葉に反応したのは私だけでない。白ひげもそうだ。というか、なんか白ひげはまた様子が……。

 

「……どうしたの?」

 

「……何がだ?」

 

「なんか……最近の白ひげ、たまに元気ない時あるよね? なんか悩んでそうだけど……せっかくだし聞いてあげよっか! このぬえ様がね!」

 

「悩みと一緒に命も消してやるのはどうだ?」

 

「物騒ね……今日はやめときなさいよ。これからお酒飲むんだしさ」

 

 そうやってカイドウを宥めておく。怒って挑みかねないので言わなかったが、今から挑んで気絶でもしたら飲む時間が無くなるかもしれないしね。負けるって決めつけてるからカイドウは不機嫌になるだろうけど。

 それに、ちょっと白ひげが悩んでそうなのでそっちが気になる。なのでちょっと聞いてみようかと思ったのだが……、

 

「……なんでもねェ。バカ言ってねェでさっさと戻んな。怪我してんだろうが」

 

「あっ、忘れてた。あはは、それじゃあまたね、白ひげ! ほら、カイドウ!」

 

「ウォロロロ! 回復したらまた挑んでやる……!」

 

 あーあー、相変わらず白ひげ……に限ったことじゃないけど、血気盛んだなぁ。戦ったばっかりなのにまた次の戦いというか、白ひげを倒すことを考えてるカイドウを引っ張っていく。……結局、白ひげからは悩みを聞き出せなかったし、船長からは気になることも聞いちゃったな。ロジャーかぁ……うーん、どうしよっかなあ……より面白くするためには……敢えて──。

 私は船倉へカイドウと共に戻りながら、今後についてのことを少し思案し……結果として、特に動かないことを決めた。──その方が面白いだろうと、思わずニヤついてしまいながら……。

 

「──ぬえ。おめェ……()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……えっ」

 

 ──だが、その次の日。

 ロックス船長から告げられた言葉に、私は思わず笑顔のまま固まってしまった。




とうとう賞金首になりました。なのに見習い。まあ年齢がね……世界最強の海賊団は見習いも強いっていう。今回は描写しませんでしたが、色々使えるようにもなってます。でも強さはまだまだです。ぬえちゃんの異名はルーキー時代の異名って感じで、後々変わっていきます。というわけで次回は伝説の海賊が出ます。お楽しみに

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