正体不明の妖怪(になった男)、情緒不安定な百獣の腹心になる   作:黒岩

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最強の兄妹

 3つの島が一体化し、ほぼ全ての建物が破壊されて更地となったデルタ島。

 百獣海賊団と彼らを敵として襲撃に参戦した海賊達は一時、退避し混乱しながらもややあって誰もがそれを見た。

 

「な……なんだあれ……!!」

 

「バカデケェぞ!!?」

 

「もしかして……あれがこっちの切り札か!!? カイドウとぬえを倒すっていう……!!」

 

「確かに……あのデカさなら……!!」

 

「カイドウさんとぬえさんは……大丈夫だよな……?」

 

「まさか……あの人達がやられるワケねェだろう!! いらねェ心配してる暇があったら敵を倒すぞ!!」

 

「お、おお!!」

 

 島の中心にそびえ立つ巨人。

 いや、巨人という言葉も生温い。通常の巨人族やそれの何倍も大きい古代巨人族の何倍も大きく、百獣海賊団の者達は誰もが見たことのあるカイドウやぬえの獣型すら上回る圧倒的なサイズ。鉄の塊。

 それらが1つの鎧となり、覇気を纏って敵を文字通り押し潰す武器──兵器となっている。

 それを作り上げた男こそ“鬼の跡目”と呼ばれた元ロジャー海賊団の海賊……ダグラス・バレットであり、もう1人の怪物、パトリック・レッドフィールドと共にカイドウとぬえと戦っていることは通信による報告で島の各所に届いていた。

 

「な……!!」

 

「ハァ……ハァ……!! あれが……元ロジャーの……!!」

 

 そしてそれはデルタ島のビーチ──であった場所も例外ではない。

 荒野となった戦場で、八宝水軍と百獣海賊団は戦っていた。

 突如バレットが能力を解放したため、一時は戦闘行為を中断せざるを得なかったが、八宝水軍の頭領である首領・チンジャオは頭から血を流しながらも背を向ける目の前の相手を睨み続ける。

 背を向けて怪物となったバレットを見上げるのは“飛び六胞”のうるティであり、彼女はそのバレットに驚いているようだった。

 そのためチンジャオにとってはそれは絶好の攻撃のチャンスだが、それが出来ないのはその背を守るようにうるティの横にもう1人の飛び六胞が立っているからである。そう──チンジャオの孫達を2人まとめて地に沈めたページワンが。

 

「……!!」

 

「ハァ……ハァ……じ、ジジイ……す、すまねェ……!!」

 

「……おい姉貴!! やべェのはわかるが敵がまだ立ってるぞ!! 戦わねェのか!?」

 

「……あのバレットとかいう野郎……!!」

 

 八宝水軍の次代を担うサイとブーは血塗れになって地面に倒れていた。ブーの方は喋ることすら出来ない。サイがチンジャオに向かってページワンに敵わなかったことを謝る中で、ページワンは戦闘態勢を解かずにこちらを睨み続けているチンジャオの存在を姉であるうるティに注意していた。

 だがうるティはチンジャオの存在を無視して天まで届くほどの巨体のバレットを睨み、怒りを溜めている。それを見てページワンは軽く溜息を吐いた。カイドウとぬえのことが大好きな姉のことだ。それを生意気にも叩き潰したバレットに怒りを抱いているのだろうと。

 もっともページワンとしても当然良い気はしないのでその怒りは正当なものだ。うるティが別の相手に怒りを向けているならチンジャオは自分が始末しようかとページワンは再度確認の言葉を掛ける。怒りで髪やマントが軽く浮き上がるほど怒っている姉に対して、

 

「姉貴。やらねェならおれがやるぞ。それと怒るのはわかるがカイドウさんとぬえさんの勝負の邪魔は──」

 

「何が“()()()()()()()・ファウスト”だ……!! ──人の名前パクってんじゃねェ!!!」

 

「おい!! そっちかよ!!!」

 

 ──あまりにも的外れな怒りにツッコミを入れた。こんな時に何を言ってるんだとページワンは相変わらずのマイペース。自分勝手な姉の言動に頭を抱えたくなるが、自分が言わなければ姉はもっとムチャクチャなことをし始めることは分かっているのでまたしても挫けずに声を掛けざるを得ない。

 

「敵がまだ立ってんぞ!! やらねェのかよ!!」

 

「ん? ──あっ!! てめェまだ生きてんのかジジイ!! 何度頭カチ割れば気が済むでごんすか!!?」

 

「ゼェ……ハァ……この程度で死ぬものか……!! 私の頭……砕けるものなら砕いてみろ……“覇王色”を持つ小娘……!!!」

 

「覇王覇王何度もうるさいでごんす!! ──わーんぺーたん!! このジジイ殺って!!」

 

「自分でやれよ!!」

 

「やるって言えよ!!!」

 

「……!!」

 

 目の前で姉弟喧嘩を──いや、弟に向かって一方的に理不尽な絡みをしているうるティを見てチンジャオは歯を強く噛み締める。

 チンジャオは齢70を超えて全盛期を過ぎてもそこらの若い海賊に負ける気はしない。昔の話とはいえ彼は本物の海賊。ロックスやロジャーの時代から海を渡り、ガープと何度も決闘を行い、その“覇王”の素質で部下を率いて由緒正しい八宝水軍の名前と実力を更に高めてきた。

 この島で百獣海賊団と戦うことを決めた時も簡単にはいかないだろうが、幹部の1人や2人は倒してみせると意気込んでいたのだが──実際は小娘1人に敵わず遊ばれている。

 幹部とはいえこんな小娘に……という思いがある。だが、その思いは忘れるしかない。それが賢明だった。

 何しろその小娘は自分と同じ──“覇王色”の覚醒者。

 数百万人に1人の資質。この海を征する選ばれた者の覇気。

 次代の海賊王を決める争いに名乗りを上げることが出来る……その強大な力。

 それを持つ相手をそこらの小娘と侮ることは出来ない。“覇王色”などザラにいるし、決してその中でも選ばれた一握りの強者という訳でもないが……それでも自分が負けてしまっている以上は。

 

「ハァ……小娘……!! ハァ……貴様はその素質を持ちながら自分が“王”になるのではなく……あれを担ぎ上げようと言うのか……!! あの悪名高い畜生の如き2人を……!!!」

 

「あァ!!? 何言ってんだテメー!!」

 

「地獄になる……!! ──いや、既に地獄だ……!!! この海は……世界は……!! これ以上進めば取り返しのつかないところまで破滅する……!!! 仁義もなくそれを成そうとするような連中に……!! そして自分が“王”になるという気概もない小娘に……!! 私は負けるワケにはいかん!!!」

 

「あァうるせェ!! ──言いたいことがあるなら……これを食らってから言え!!!」

 

「……!!」

 

 チンジャオの意志の籠もった言葉にまともに取り合う姿勢は見せない──が、それも当然。元よりチンジャオも相手を説き伏せようなどとは思っていない。海賊は己のエゴを、意志を貫き通す者。本物の海賊はそれが何であれ自分の意志を曲げることはしない。

 それが“覇王色”の持ち主なら尚更だ。人の上に立つ器でありながら独善的で自分勝手。しかしそれが不思議と人を惹きつける。

 

「“ウル頭銃群(ミーティア)”!!!」

 

「!!!」

 

「ジ、ジイ……!!」

 

 ──ゆえに道が交わらないなら……衝突して相手を倒すしかない。

 それが本物の海賊の世界。この海で何度も起こっている意志の折り合いだ。

 心が折れた者はそれだけ弱くなる。拳が、意志が錆びつく。

 チンジャオは自分はそうではないと思っていた。だが、

 

「やっと倒れたでごんすか」

 

「無駄にタフな連中だったな」

 

「……!」

 

 ……寄る年波には勝てない。

 自慢の頭を凹まされ、先祖の財をこの手に掴むことも叶わず、そのまま老いてきてしまった。

 全盛期がどれだけ凄かろうと弱まった心や意志は誤魔化せない。この世はより“自由”で身勝手で……“力”を持つ者が勝つように出来ている。

 だからこの結果は必然であった。極めて自然なことだ。

 

「さて……それじゃ“財宝”の情報を吐いて貰わねェといけねェからな。こいつら全員捕らえて──」

 

「あ?」

 

「……まだ……だ……!!!」

 

 ──だが、だからといって諦められない。

 

「まだ生きてるでごんすか……しぶといでごんすね!!」

 

「ハァ……ハァ……今更……あのバカ共のように……どこぞの王や“海賊王”を目指そうなどとは思っておらん……!!!」

 

「は?」

 

 そう、あのカイドウとぬえに挑むバレットやレッドフィールドのようにそこまでの野望は抱いていない。

 今の自分にとって唯一通したいと思うエゴは財宝のこととその因縁の解決。それと──自らの孫や部下達。

 

「だが……せめて救えるものは救わせて貰うぞ!!!」

 

「あ!」

 

「逃げる気か!!?」

 

 チンジャオはうるティ達に向かうのではなく、百獣海賊団に囲まれつつある自身の孫と残ってる部下達の方に向かい、地面に倒れている孫2人を部下達に向かって投げつける。するとまだ口は利くことは出来るサイが虚を衝かれたように驚いた。

 

「ジジイ……何する気やい……!!?」

 

「お前達!! サイとブーを連れてこの島から逃げろ!!!」

 

「え……!!?」

 

「何を……!!?」

 

 そして彼らに背を向け、チンジャオは頭領として責任を持って命令する。

 かつてあの“白ひげ”がそうしたように。

 

殿(しんがり)は私が受け持つ!!! さっさと行け!!!」

 

「!」

 

「ジジイ……!! 何言ってんやい……!!?」

 

「サイ……八宝水軍の第13代頭領はお主じゃ……!! 生きて帰ったら後は好きに生きろ……!!!」

 

 ──せめて孫と部下達の命だけは。

 百獣海賊団に捕らえられれば死ぬよりも辛い生き地獄を味わうことになる。

 そうなるのは自分だけでいい。老いぼれた隠居人である自分がやるべきことだ。

 

「さあ行け!!! こやつらは私が止めておく!!!」

 

「ジジイ!!!」

 

「さっさと連れてけ!!!」

 

「っ……!! は、はいっ!!!」

 

「……! おいやめろ……!! 降ろせやい……おれはまだ戦える……!! ジジイだけを残すワケには……!!」

 

「すみません……!!」

 

 長く付き従った部下達が泣きながらサイとブーを運んで撤退していく。切り抜けるのは至難の業だが、それでも彼らは生き残ると信じる──いや、信じるしかない。

 後は自分が目の前の強力な獣達を止めればとチンジャオは決意した。自分の命を賭してそれを成せばと。

 

「──ウギャアア!!!」

 

「!?」

 

 ──しかし……現実はあまりにも非情で……甘くはなかった。

 

「キング!!」

 

「フン……八宝水軍か……おいガキ共!! こんなゴミ相手にいつまで遊んでやがる!!」

 

「「誰がガキだ!!」」

 

「……!!」

 

 チンジャオの顔から血の気が引く。

 自分の背後。引いていった部下達が、突如として広がった火炎によって焼かれながら地面に転がる。サイとブーも同じだ。小範囲ながらも火の海となった大地の上に火傷を作って転がる……それを行ったのは悪名高き“大看板”──“火災のキング”だ。

 

「いいからさっさと部下を連れて島の沿岸部に配置に付け。襲撃者を外から追い詰める」

 

「あ? じゃあ内側からも挟み込めばいいじゃねェか」

 

「カイドウさんとぬえさんの戦いに巻き込まれる。アレを相手に、どうも楽しみ始めたみてェだからな……」

 

「え!? 本当でごんすか!!?」

 

「ああ。だから兵は全部島の中心部から退避させる。残りの海賊共は逃さねェように包囲しちまえば少しずつ包囲の輪を狭めて終わりだ」

 

 百獣海賊団の中でカイドウとぬえを除けば最も最悪な相手が八宝水軍の背後に立ち塞がり、それを挟みながら飛び六胞の2人と会話を行う。

 この状況は島に攻めてきた時から覚悟していた筈だが、それでもこうも簡単に強力な敵幹部に囲まれてなぎ倒されると──絶望はより色濃いものとなる。

 連合を組んで襲撃した……その誰1人として、彼らを討ち倒すことが叶わなかったのかと。幹部がここにやってくるというのはそういうことだ。百獣海賊団は早くも襲撃者達を追い込んで一網打尽にする態勢に入っている。

 対するこちら側は……おおよそ全ての場所が劣勢か、良くても均衡を保っているか。

 それらも時間が経てばより不利になっていく。優勢と言えるのはトップ同士の戦いくらいだが、それも彼らの口ぶりだとどうなるのか、不安が胸に渦巻く。

 

「だからさっさとそいつも始末して移動しろ。それともおれが代わりにやってやろうか?」

 

「あァ!!? ナメんじゃねェでごんすよキング!!!」

 

「……!!」

 

 そして失意と怒りが身体に力を込める。

 何一つ敵わないのか。一矢報いることも出来ないのかと。

 

「こんなムカつくジジイ!! 本気になれば一発だ!!! 生かそうとして手加減してたけど……それももう必要ないでごんすね!!!」

 

 キングの冷静な煽りにうるティが怒って跳躍する。その姿は人獣型で、頭に強い武装色の覇気を込めている。

 自分を殺そうとするその強い殺意の籠ったうるティの攻撃動作を見て、チンジャオはしわがれた声で怨嗟の声を漏らした。

 

「貴様ら……末代まで……いや……死んでも恨んでやるぞ……!!! 国を滅ぼしたその恨み……決して忘れやせん……!!!」

 

「だからうるせェんだよ!!! さっきから“王”が何だとか恨みだとかぺちゃくちゃ喋りやがって!!! だったら冥土の土産に教えてやる!!!」

 

「……!!」

 

 より強い大きな怒声を響かせ、うるティは空中に真っ直ぐ跳躍すると空中を蹴って真っ直ぐに身体を丸めて回転しながら向かってくる。

 相手の高速の飛び込みと徐々に速くなる回転を見てチンジャオも最後の力を振り絞って頭に覇気を込めた。激突の準備が整う。相手の飛び込みも言葉も止まらない。

 

「“海賊王”になるのはカイドウ様で……!! “ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)”を超えるのは……ぬえ様なんだよウルトラバカ野郎!!!」

 

「……!! “八衝拳奥義”……!! “無錐龍(むきりゅう)”──」

 

 うるティの宣言と罵倒が言い終わると共に……互いの頭は激突し、鈍くも激しい音と衝撃波を撒き散らした。

 

「──“究極頭銃(ウルティメイトズガン)”!!!」

 

「!!!」

 

 そしてそれを最後に──チンジャオは意識を失う。

 チンジャオの長年鍛え上げた硬い頭。その頭はより深く凹み、頭蓋を破壊して血を流しながら地面へと倒れた。

 

「……終わったか」

 

 かつての大海賊がまた1人、倒れるのを見てキングは息を吐く。

 これで残る敵はどこかに隠れ潜んでいるフェスタを除けば……レッドフィールドとバレット。大物はそれだけしかいない。

 もっとも新政府や黒ひげなど隠れ潜んでいる勢力が他にもいれば話は別だが、ジョーカーの報告では今のところそれは見られない。

 ゆえに島の中心部を見て終わったと評した。まだ戦闘中であるため気を抜くことはないし、レッドフィールドもバレットも他の海賊に比べて格段に強い怪物には違いない。自分達でも苦戦は免れないとキングが認める程の相手でも──

 

「さて……どれだけ持つか見ものだな……」

 

 自分達の認めた史上最強の“獣”には──誰も勝てやしないのだと。

 

 

 

 

 

 ──デルタ島、中心部。

 

 ほんの少し前まで怪物達が集う“地獄”であったその場所は……今やその禍々しい気配をより色濃く変貌させ──“魔界”と見紛うような場となっていた。

 

「──島の中心から人が離れていってる。ちゃんと邪魔にならないようにしてくれてるね♪」

 

「ウォロロロ……!! 気が利くな……!! 暴れるのは良いが、熱くなりすぎて部下を吹き飛ばしちまうと後悔するからよ……!!!」

 

 その大きな原因であるのは、見聞色を極めた赤い長身の老人でも覚醒して小島にも匹敵するほどの巨躯となった男でもない。答えはその両者が狙う目の前の現“最強”である2人だ。

 

『百獣海賊団副総督“妖獣のぬえ” バケバケの実(幻獣種)モデル“鵺”』

 

「さて、それじゃあさっさと戦ろっか♡ せっかくお披露目してるんだから、じっとしてるなんて時間が勿体ないよね!!!」

 

『百獣海賊団総督“百獣のカイドウ” ウオウオの実(幻獣種)モデル“青龍”』

 

「殺すのは惜しいが、どうせお前らは仲間にはなんねェだろう……だったらここで殺して見せしめにするしかねェな……!!!」

 

「……! 動物(ゾオン)系の人獣型か……!! 随分と恐ろしい姿になったな……!!」

 

 カイドウとぬえ。2人の兄妹が動物(ゾオン)系の人獣型となってバレットとレッドフィールドを不敵な笑みと獣の目で見据えている。その姿をレッドフィールドは眉間に皺を寄せて評価した。動物(ゾオン)系の真骨頂と言われる人獣型をここで出してきた。そのことに対する警戒がある。だが、

 

「カハハハハ!!! 人獣型か!! だが、それがどうした!!? たかだか変型の1つだろう!!!」

 

「……甘く見すぎて痛い目を見ても知らんぞ。気を引き締め直した方が良いな」

 

「あァ!?」

 

 そう、とはいえただの人獣型だ。レッドフィールドはバレットが笑い飛ばしたその言葉を頭の中では肯定する。

 能力者でなくてもこの海で何十年と海賊をやってきたなら悪魔の実の能力の特性は理解していた。超人系(パラミシア)自然(ロギア)系。もちろん動物(ゾオン)系も。

 だから分かる。動物(ゾオン)系の3つの変型体の内、人と獣の特徴が融合した人獣型は確かに動物(ゾオン)系の真骨頂だが……それは格段のパワーアップをするものではないと。

 何しろ動物(ゾオン)系の能力はそもそも能力を得た時点で得られる身体能力強化やタフネス、回復力の強化、動物の特性に沿った能力の獲得が主である。動物(ゾオン)系は他の能力者や無能力者と比べて身体能力が高く真正面からの戦闘に有利だ。鍛えれば鍛える程身体能力の強化の度合いも高くなる。それゆえに動物(ゾオン)系は迫撃戦において他の能力よりも強い。最強と言われる。

 だが一方で動物(ゾオン)系は絡め手や一部の超人系(パラミシア)で見られるような極端なパワーアップは苦手としている。鍛えた自らの肉体と動物の特徴で戦う動物(ゾオン)系の能力者の戦闘はそれで完結しているのだ。絡め手や能力の工夫をあまり必要としていない。多くの武器や鉄を組み込んで強化している超人系(パラミシア)のバレットがそうしているようなことは必要ない。動物(ゾオン)系の能力者達の最大の武器はその純粋な肉体の力だ。

 ゆえに3つの系統の中で最も安定した戦いを行える。戦いに向いているのが動物(ゾオン)系であるが……反対に動物の概念を超えるような複雑な能力は使えず、極端なパワーアップも望めない。人獣型でもそれは同じことだ。能力者本人が最も戦いやすく、技術などを行使出来る人と獣の特性を同時に扱えるというだけ。多少は肉体の力は上がるだろうが、それだけで先程まで一方的にやられていた相手が逆転出来るなんてことはありえない。

 

「黙れ!! てめェに指図される謂れはねェ!! おれは誰の手も借りねェし、誰の注意も受けねェ!! 邪魔するならてめェから殺すぞレッドフィールド!!!」

 

「……ああ。無論、我も貴様の手を借りたり……ましてや注意などする気もない。そう……今のはただ……自戒を込めて言っただけのこと」

 

 ──そう、その筈だ。

 レッドフィールドは自分の思考とバレットの言葉に肯定を返しながらも疑念を問いかける。本当に? このカイドウとぬえにそこらの動物(ゾオン)系の常識や了解が通じるのかと。

 

(いや……()()。一応注意して掛かった方がいい)

 

 違う、と。甘く見ていい筈はない。

 確かに今の所は押しているが、動物(ゾオン)系の能力者であるカイドウとぬえの真骨頂は無尽蔵とも言えるタフネスと回復力だろう。今は何とかなっていても戦いが長引くに連れて逆転される可能性は十分にある。

 無論だからこそ毒を用いているのだが……それに焦ってぬえが本気を出したとしたら。

 

「……窮鼠、猫を噛むとも言う。討ち取るチャンスは近づいているが、最後まで詰めを甘くしないことが肝要だな。──悪いが我はこちらの鬼と違って貴様らの見せ場など与えん。今まで通り一方的にやり切る……貴様らの最後の見せ場は──“処刑”だ!!!」

 

「あははっ!! それは楽しみだけど……そっちも今の内に覚悟しといた方がいいよ」

 

「ウォロロロ!! そっちも活きが良さそうだな……!! だが、調子に乗りすぎだろう……!!」

 

 レッドフィールドは見聞色の覇気の集中を切らさずに啖呵を切り、ぬえとカイドウがどう動いても良いように構える。2人とも余裕の表情で楽しそうに敵を見ていた。身体に幾つか擦り傷や痣を作りながらも笑ってバレットとレッドフィールドに忠告する。

 2人の獣の覇気が膨れ上がり──

 

「ここからは……何が最期の言葉になるか分からないからね!!!」

 

「調子に乗ったお前らが死に際に何を言うか、楽しみだ……!!! 終わらせてやる!!!」

 

「!!」

 

「カハハハ!! 来い!!!」

 

 ──獣の2人がその足に力を込めて強く踏み込んだ。金棒と三叉槍をそれぞれ手に持ち、バカ正直に真っ直ぐ飛び込んで来る。

 それを真っ先に見たのはレッドフィールドだった。見聞色の未来視で彼はカイドウよりも速くこちらに肉薄してくるぬえの姿を見る。

 

(速い!!)

 

 そしてそれは確かに先程の戦闘よりも速かった。四肢を強靭な虎のものに変化させたおかげか、背にある羽が速度を向上させているのか、理由は分からないがとにかく速い。消えて見える程の速度と言われる六式の“剃”などとは比べ物にならない。元からぬえはそれより速かったが……それよりも更に速い。比喩ではあるが雷にも思えるような速度だ。

 

(だが対応出来ない程ではない……!!)

 

 しかしレッドフィールドは極まった見聞色の覇気でその対応を可能とする。未来を読めば回避やカウンターは可能だ。ぬえも同様の境地に達しているとはいえ練度はこちらが上。ゆえに対処は容易だとぬえの出方を先読みし、カウンターを行おうとして──しかしレッドフィールドは腕に武装色の覇気を込めて防御を行った。

 

「!!!」

 

 レッドフィールドがぬえの左手の拳を受けて大地の上を滑空し、瓦礫の山に激突する。

 凄まじい痛みと防御を行ったのにも拘わらず骨にひびが入る程の威力の拳に苦しみながら、しかしレッドフィールドは驚きに痛みを忘れる。

 

(先に読んでいた時よりも……速い……!!?)

 

「あらら、防御されちゃった♡ あはは!! ならどんどん行くよ!!!」

 

「……!」

 

 そして思考している暇はない。瓦礫の山に激突して立ち上がり、驚きを得ている頃には次の攻撃を食らった未来が見えていて、その対処に全力を掛けるしかない。

 

「!!!」

 

「っ……!!」

 

 そして攻撃が来る。ぬえの背中の赤と青の羽が伸びてレッドフィールドを追いかけるようにして地面を突き刺した。それもまた速いが、ぬえ本体のスピードに比べればまだ対処は出来る。問題は──

 

「──ほら、躱さなきゃ死ぬよ」

 

「!!?」

 

 ──そう、ぬえ本体のその速さ。未来視ですらいっぱいいっぱいになってしまう程のその俊敏性。

 

「“夜叉鏑(やしゃかぶら)”!!!」

 

「!!!」

 

 あまりにも身軽に。羽から逃れたレッドフィールドの頭上へ移動したぬえは地上に叩きつけるように槍を払って衝撃波で地面を穿つ。

 

「ぐっ!!」

 

「ちょっと肉が落ちたかな♡ でも今のを避けるなんて流石!!」

 

 大地に穴を空ける程の一撃をレッドフィールドは身を捩って躱すが、ほんの僅かに掠ってしまい肩が数センチ削ぎ落とされる。地面を転がり、態勢をすぐ様取り直す。怯むのは今のぬえには命取りだと。

 

「お前も潰れて死ね!!! ぬえ!!!」

 

「!」

 

 そしてぬえの攻撃がまだ続くと思われたが……その隙を突いてかバレットがその街にも匹敵する拳をぬえに向かって振り落とそうとする。ぬえが一瞬だけそちらに反応し、レッドフィールドも目を取られた。この攻撃も躱さなければならないが、とにかく態勢を立て直せると。

 

「おれを無視してぬえを狙ってんじゃねェよ……!!!」

 

「!」

 

 だがカイドウがいた。バレットの拳の先。ぬえとの間の宙へ跳躍して浮き上がり、その金棒を両手で握って構えている。サイズ感としてはぬえもカイドウもバレットに比べれば小粒だ。覇気だろうと力比べだろうと勝てるようには思えない。

 

「“雷鳴八卦”!!!」

 

「!!!」

 

「っ……何だと!!?」

 

 しかし、もはや身体の大きさなど飾りだ。

 カイドウは覇気を込めたフルスイングで大型バレットの拳を叩き、一部を砕き落としながらそのまま押し返してみせる。

 バレットがたじろぎ、大型バレットの身体が僅かに仰け反って揺らいだ。そしてそれを見ていたぬえがまた動く。

 

「そろそろ腕の一本でも落としておかないとね♡」

 

「!!」

 

 バレットの背筋が震える。

 レッドフィールドはいつの間にかバレットの腕の上に当たる宙に浮かぶぬえを見た。ちょうど真上。バレットの腕に向かって高速で飛翔し、更に加速。そのまま黒い雷の様な覇気を槍に纏って、2人を狙って更に加速する。

 

「“降閻魔(こうえんま)”──」

 

 そしてその速さもやはり雷の如き速度となり──

 

「──“終修羅(トリシューラ)”!!!」

 

「!!!」

 

 大型バレットの腕を真っ直ぐに貫き、レッドフィールドに向かって飛来し──大地に突き刺さる。

 それは島を割る程の絶大な破壊力を込めた一撃であり、容易に大型バレットの腕を落とし、直撃を辛くも避けて衝撃を受けただけのレッドフィールドを大地に転がした。

 

「ぐ……ああああああああああああああ!!!」

 

「ハァ……ハァ……!!」

 

「あはは♡ 思ったより柔らかかったね!!」

 

 バレットが叫ぶ。大型バレットの腕がこうも簡単に落とされるとは想像すらしていなかっただろう。覇気を込めていた大型バレットの硬さは先程までカイドウの攻撃を受けても破壊されなかった程のものだ。

 

 ──だがもはやその硬さは通用しない。

 

「おいぬえ!! こっちはおれの獲物だぞ!!」

 

「えー別にいいじゃん!! あんたも両方相手にしていいからさ!!」

 

「自由に動きやがって……!! だったらおれも好きにやるぞ……!!」

 

「!!」

 

 ひび割れた大地の中心から槍を抜くぬえをカイドウが注意をする。──そのカイドウはぬえの返答を受けながらも既に金棒を持って踏み込んでおり、その行き先は言葉の通りバレットではなくレッドフィールドだった。

 

「ッ……!!」

 

「! ウォロロロロ……!! やるな……さすがにぬえより見聞色を極めてるだけはある……!!!」

 

 カイドウの金棒が迫り、レッドフィールドはそれを未来視で読み取ってすんでのところで躱した。ぬえの攻撃を受けた直後。息も絶え絶えになりながらの回避で余裕はないが、それでもカイドウはその実力を褒め称えて口端を歪める──しかしその視線の先にはまた別の“獣”がいた。

 

「まあね!! おかげでこっちもまた少し成長出来たよ!!」

 

「!!? ぬえ……!!」

 

 レッドフィールドの背後にぬえがいる。その背中を万力の様な膂力で掴み、完全に捕らえていた。

 そしてその先の未来を読み取り……レッドフィールドは“死”を覚悟し、ぬえは楽しそうに口を三日月の形に変える。

 

「これなら躱せないでしょ♡ ──ほらカイドウ!! 久し振りに投げるよー!!」

 

「ウォロロロロ!! よし来い!!」

 

 2人の怪物が短い言葉のやり取りで意思疎通を完了させる。ぬえはレッドフィールドを掴んだまま飛翔し、カイドウは金棒を両手でグルグル回転させ構えると、ぬえは昔の様にふざけてカイドウに声を掛けた。

 

「はいピッチャー第1球……投げましたー!!!」

 

「いくぞ!! “降三世(こうさんぜ)”──」

 

 ぬえはレッドフィールドを捕まえたまま、言葉とは裏腹にカイドウに向かって高速で飛翔し、カイドウはそれを頭で理解しながらも了解して金棒に覇気を込める。それは2人のお遊びにも思えるが、ただの遊びではなく殺意で染まった死の遊戯だ。それを理解しながらもレッドフィールドは思った。

 

(こんな……遊ばれるように……!! あっさりと終わるのか……!!? それほどに力の差が……!!)

 

 ぬえの拘束から抜け出せず、金棒を構えているカイドウが迫る中、不思議と時間がゆっくりに感じる中でレッドフィールドは驚愕と失意、悔恨を思う。自身の浅はかさも。

 そして理解する。今までなぜ誰もこの2人を終わらせられなかったのか。これほど残虐で破壊が好きな2人を、恨みを山程買っている2人を誰も仕留められなかったのか。

 それは至極単純。最初に得る当然の答え。カイドウの金棒が目の前に迫り、触れる前にその覇気を感じながら……レッドフィールドは答えに達する。

 

「──“引奈落(ラグならく)”!!!」

 

「!!!」

 

 ──それはこの2人が……()()()()()()()()()()()

 

 レッドフィールドはそれを理解し、己の胴体が真っ二つに千切れるのを感じながら……一瞬後に絶命する。

 それはあまりにも容赦のない。いともたやすく生じた大海賊の死。それを成した張本人である2人が気の抜けるようなやり取りを直後に交わす程に。

 

「あっ、死んじゃった──ゲームセット!!」

 

「おい、投げるとか言っておきながら投げてねェじゃねェか」

 

「だってこの方が威力出そうじゃない? こっちの方が速いし、それに吹き飛ばないからほら、見事に真っ二つ!! どこかの4番バッターとモグラの技みたいな感じでやっぱ威力は保証されてるしね!!」

 

「またワケのわかんねェことを……それより毒を受けてんじゃねェのか? もう治ったのか」

 

「あーうん。毒が回るより早く抗体が出来ちゃったかも。さすが私♡」

 

「成程な」

 

 ──“いや、普通はありえねェよ!!?”というツッコミがクイーンから飛んで来るようなやり取りを終え、カイドウは納得し、ぬえは胸を張りながらレッドフィールドの下半身を地面に捨てる。機嫌が良いように見えるのは長年殺したかった相手を殺せたことと、まだ楽しみが残っているからだろう。それについてはカイドウも同じだ。

 

「それじゃあ次だ」

 

「ふふふ~!! こっちは全然持たなかったけど、あなたはもうちょっと持ってくれるかな~? ねぇバレット~♡」

 

「……!! そんな雑魚と一緒にするんじゃねェ……!!! 腕を落とされようが幾らでも変型し、再生する!!! 余裕を見せるのはまだ早ェぞ!!!」

 

 落とした腕を再び能力で取り込み、大型バレットを再生するダグラス・バレットがカイドウとぬえに言い放つ。まだ勝負は終わってない。レッドフィールドや他の誰が死のうとどうだっていいし関係ない。元々自分1人でバレットはカイドウとぬえを殺すつもりだったのだ。むしろ邪魔がなくなったとカイドウとぬえに向かって再び強大な覇気を込めた一撃を見舞おうとする。

 

「“ウルティメイト”……!!!」

 

 カイドウを先程押し潰した一撃。しかし先程と違って余裕はなく、大型バレットの拳を振り上げてそれを放とうとするバレットを見て、カイドウとぬえは好戦的な笑みをまた浮かべる。

 

「ウォロロロ……!! 面白ェ……それならとことん付き合って貰うか……!!!」

 

「あははは!! なら砕けても体力が尽きるまでは何度でも楽しめるね!! もっとも先に心が折れちゃったら終わりだけど……!!!」

 

「ほざけ!!! おれは“最強”だ!!! 誰にも負けねェ!!! 誰にも頼らねェ!!! 仲間はいらねェ!!! 1人で鍛え、戦う弱さのないおれこそが……本当の意味での“世界最強”だ!!!」

 

 バレットが吠える。バレットの考える世界最強はたった1人で勝ち取るものだ。仲間には頼らない。部下もいらない。それは弱さの源であり、あの“海賊王”ゴールド・ロジャーや“白ひげ”ですらその仲間のために死んだ。仲間を守らなければという雑念こそが弱さを生み、隙を生む。たった1人で生きてきたバレットだが、その弱さには憶えがあった。

 

「おれはロジャーを超える!!! てめェらも超える!!! 世界中のありとあらゆる強者を1人で皆殺しにして……!!! 誰よりも強ェ男として君臨してやる!!!」

 

 そう……それこそがロジャーすら成し得なかった強さ。

 ロジャーに勝てなかった己が得ることが出来る勝利の証明。絶対に曲げることが出来ない意志だ。

 そのためには目の前の兄妹を殺す必要がある。一対一なら最強といわれる最強の2人を。

 

 ──だがバレットはその矛盾に気づかない。

 

「……とか言ってるけどどうする? カイドウ」

 

「1人で打ち破るのも面白ェが……せっかくだ。久し振りにかましてやるか……!!!」

 

「オッケー♡ それじゃあやっちゃおっか……!!!」

 

「!?」

 

 2人の怪物が並び立ち、それぞれ金棒と三叉槍を構える。

 その威圧感はバレットも背筋に嫌なものを感じる程。周囲の大地が震え、空気がそこから逃げるように圧を発生させ、立ち向かう生物に等しく死の恐怖を与えるもの。

 

「っ……!! 潰してやる……!!! 死ね……!! 最強はこのおれだァ!!!」

 

 だがその本能から来る警鐘を、バレットは無理矢理振り払う。

 

「──“ウルティメイト”……“ファウスト”ォ!!!」

 

 島を破壊する一撃をバレットも放つ。最強の兄妹に向かって。自身の最強を、自身の強さを証明するために。

 だが──

 

「ほら来るよ!! 合わせなさいカイドウ!!!」

 

「合わせるのはお前の方だろうがぬえ!!!」

 

 2人の強さはバレットとは似て非なるものであることに……バレットは気づかない。

 2人で武器を構え、遠慮のない口ぶりで迎え撃つ姿勢の2人の怪物の強さは“一対一(サシ)”では最強でも……それでいて矛盾したものだ。

 互いに決着がつかない喧嘩を行う2人は相手だけは倒せない。殺せない。カイドウとぬえは互角であり、その島を破壊するほどの兄妹喧嘩を行う2人の強さは、喧嘩を行う度に高められてきた。

 カイドウとぬえは強い。1人でも、他の誰にも負けない。仮にどちらか1人でも世界の頂点を争えるほどに強くもなれただろう。

 だがその強さは“2人”で作り上げた強さだ。

 非道の限りを尽くし、仲間同士で殺し合い、兵隊程度なら捨て駒にすることも躊躇しない2人が唯一、本当の意味で信頼するのは互いに自分と1人だけ。

 だからこそバレットとは違う。たった1人だが、されど1人だ。互いの強さを信頼し、背中を預け合える2人だからこそ……“世界最強”になった。“一対一(サシ)”では他の誰にも負ける訳にはいかないのだ。互いが、互いの強さを証明するために。

 そしてそんな2人だからこそ──

 

『──“覇界(はかい)”!!!!』

 

「!!!!」

 

 ──2人で戦えば……敵う者はこの世の何処にもいない。

 

 互いにほぼ互角の身体能力。覇王色の覇気と武装色の覇気を込めた巨大な衝撃波。大型バレットを上回る程の圧倒的な大きさと島1つを消し飛ばす程の絶大な威力。

 いつだったか、新世界の硬い鉱物で出来た島の山すら消し飛ばした──その連携技が島と海を揺るがす程の轟音を鳴らして大型バレットを飲み込む。

 ほんの僅かにバレットの技はそれを止めたが、止めたのは一瞬だけ。直撃は避けられず、バレットは大型バレットの中でその攻撃を食らい、全身の骨を砕かれて大量の血を吐く。

 

「……!!!」

 

 そして島の激震と共に……大型バレットが、跡形もなく消し飛んだ。

 しかしバレットは原型を留めていた。カタパルト号もない。しかし己のみは覇気で防御し、一命だけは取り留めて大地へ墜ちる。戦えるだけの体力が残っているかどうかも怪しい。だが、

 

「──こらこら、まだ終わってないでしょ?」

 

「ウッ!!!」

 

 地面に倒れたバレットをぬえが蹴り飛ばす。

 カイドウとぬえはバレットを見下ろしていた。好戦的な、それでいて嗜虐的な笑みのまま、金棒と三叉槍を肩に抱えて。

 

「まだ生きてるんなら戦えるでしょ? 意識も残ってるしさ。ほらほら、もっと遊びましょ♡」

 

「それとももう戦えねェか? だったら後は踏み潰すしかねェぞ……ウォロロロロ!!! 好きな箇所を言え!! そこから潰してやる!!!」

 

「ちょっとカイドウ。せっかくそこそこ張り合える相手なんだから殺すなんて勿体ないって。回復を待って一戦か、なんなら治療するとかどう?」

 

「お前は遊びてェだけだろう。もうこいつの底は見えた。治療してまた戦っても無駄だ。部下にならねェなら後は殺して遊ぶしかねェ」

 

「え~!! 一対一ならもうちょっと楽しめると思うけどなぁ。成長もするかもだし……あなたもそう思うでしょ?」

 

「……!! ゼェ……ウブッ!! ガハッ……ハァ……ハァ……ふざける……な……ウッ!!」

 

「見ろ。もう死にかけだ。どうせ長くは持たねェぞ」

 

 バレットは自身を前にして殺すか遊ぶかで軽く揉めているカイドウとぬえを見て怒りと共に拳をぶち撒けようとしたが、力が入らない。血を次々と吐いて赤く染まった地面の上で激痛にもがく。

 それを見ていたぬえの目が好戦的な熱いものから冷たいゴミを見るような目に変わり、同時に溜息を吐いた。

 

「……はぁ……失敗した……久し振りに楽しいからってカイドウと連携したりするんじゃなかった……!! 一対一(サシ)ならもうちょっと長く戦えたかもなのに……」

 

「構わねェだろう。少し戦れただけでも十分だ。後は死ぬまで拷問でもして楽しめばいい」

 

「まあそうだけど、なんか裏切られた感じがしてガッカリしちゃうなぁ……レッドはともかく、バレットがまさか“覇王色”すら纏えないなんて……」

 

「ウォロロロ……!! それが出来てりゃもう少し楽しめたがな。結局こいつらもリンリンや“赤髪”のガキ以下だ……!! 覇王の器には程遠い……!!」

 

 人獣型から人型に戻りドカッと大地の上に座って酒を飲み始めるカイドウに、未だ人獣型でいながら蹲ってもがくバレットの上に座って尾の蛇で噛み付いたり、指の爪で身体を文字通りほじくったりしながらぬえが肩を竦める。先程までは嬉しそうにピクピク動いていた獣耳も今は項垂れていた。そんなぬえにカイドウが続けて声に出す。

 

「とどめは譲ってやるから切り替えろ。元々今回のはお遊びだ。想定していたよりは楽しめただけいいじゃねェか」

 

「……ま、それもそっか。協力するまでは結構楽しめたしね。──ってことで切り替え切り替えー!! 元気いっぱいで強くて可愛い!! 最強アイドルぬえちゃんに復帰だ~~~~~ぞっ♡」

 

「やっぱもう少し大人しくしてて構わねェぞ」

 

「ああ!!? うっさいバカカイドウ!! たまにはあんたも可愛いって言いなさい!! 言え!!!」

 

「うるせェな……」

 

 戦闘態勢を解除し、気の抜けるやり取りを続けるカイドウとぬえ。その目の前で倒れるバレットは最早何も出来ない。

 厳密に言えばまだ立ち上がることや這うようにして逃げることも出来るかもしれないが、それでもぬえによって踏みつけられてる以上はそれも不可能だ。動くことは出来ない。ぬえの蛇や爪で肉を千切られながら痛みに喘ぐことしか出来ない。──そうしていると遠くからまた別の者が飛んできた。

 

「ぬえさん!! カイドウさん!!」

 

「あ、キング。お疲れ~!!」

 

「おう、敵はもういねェのか?」

 

「ええ、大抵の大物は。後はフェスタと雑魚だけで今はそれらを逃さず始末するように島を包囲してます」

 

「そうか」

 

 百獣海賊団の大看板キングがプテラノドンの姿になって飛翔し、カイドウとぬえの前に降りてくる。人型に戻ってカイドウに匹敵する巨漢になると現在のデルタ島での戦況を報告した。それを聞いてカイドウとぬえは頷く。ぬえなどはにっこりと笑顔を浮かべて、

 

「ん、ご苦労さま~!! ──で、それよりほらキング!! 私の姿を見て何か言うことない?」

 

「……人獣型……あんたのその姿を見るのは久し振りだな」

 

「そう!! 本邦初公開の私の人獣型!! キングも昔の奴じゃなくてこっちの姿は見たことないでしょ!? ほらほら可愛いでしょ♡ ケモミミもあるよ!! はい、言うことは~~~~?」

 

「…………言葉にする必要もねェことだ」

 

「ああん。さすがキング。褒め上手だね!! でもたまには照れずに言葉にしたっていいのに~~♡ ご褒美にこの子鬼ちゃん好きにしていいよ!!」

 

「ウッ!!」

 

「──なら有り難く」

 

「世辞が上手ェな、キング」

 

「いえ……」

 

「こらバカカイドウ!! 変なこと言ってんじゃないわよ!! ぶん殴るわよ!!?」

 

「うブ……!!? ぐ……殴ってから言うんじゃねェよ!!」

 

「あんたが失礼なこと言うからよ!!」

 

「…………」

 

 よっぽど褒めて貰いたいのか、人獣型を維持しているぬえが空中でくるりと回ってポーズを取り、獣耳を示すように両手で耳のポーズを取ったりしてキングに何か言うことはないかと尋ねるが、キングはそれに上手く応じる。喜んだぬえが頬に手を当てながら褒美にとバレットを軽く蹴った。キングはまたそれに応じ、それを見たカイドウがぬえに合わせたことを褒めるが、そうしたことでカイドウがぬえに殴られる。軽く20メートルは吹き飛んだ。口から軽く血を吐き、痛そうにしているカイドウが文句を言うが、ぬえも負けじと言い返す。キングはそれに何も言えなかった。

 だがそれを放置していると喧嘩になってまた周囲に被害が出かねない。なのでキングは話を逸らすように口を挟んだ。

 

「フェスタや他の連中の処遇はどうしたら?」

 

「あ、フェスタはネタバラシしつつ殺しで。その他は~~……んー……全員捕獲で良いかなぁ。カイドウどうする?」

 

「いつも通りだ。心を折れる奴は折って部下にする……ああ、せっかくだから雑魚潰しを手伝うか……!!」

 

「それ良いね!! 私も適当に遊んでこよーっと♪」

 

「……手加減はしてくれ。これ以上あんた達に暴れられると島が沈んじまう」

 

「へーきへーき!! お散歩してくるね!!」

 

「手加減は得意だからな。問題ねェ……!!」

 

「…………」

 

 キングはお気楽にそんなことを言って空へ浮かんでいくぬえとカイドウを見て息を吐く。──確かに2人は手加減は得意だろうが、問題はその手加減ですら暴れると周囲に被害が出る可能性があることだ。

 とはいえこの2人がその気になっている時は“大看板”である自分達ですら止められない。カイドウを止められるのはぬえだけで、ぬえを止められるのはカイドウだけ。百獣海賊団とはこの2人が好き勝手自由に暴れるのを周囲がサポートしたり、それに喜んで付いていく集団だ。破壊と暴力と恐怖を撒き散らすために必要なことを集団で整え、準備が終われば全員で暴れる。弱肉強食、実力主義の獣の軍隊。

 言ってしまえば誰もが“力”を信奉して好きに暴れるだけの……そんな組織でしかないのだ──その力の象徴であるカイドウとぬえの様に。

 ゆえにキングはその後始末を付けるべく、放置していったバレットの首に自らの刀の刃を押し当て……その後に電伝虫を取り出してその指示を出した。──この戦いは、もう終わりだと。

 

 

 

 

 

 デルタ島の全域で、その巨大な怪物が消し飛ぶところを誰もが目の当たりにした。

 

「お、おい……あのバカデケェ怪物が消し飛んだぞ……!!」

 

「あ、ああ……やべェな……!!」

 

「ギャハハ……カイドウさんとぬえさんって……分かっちゃいたが……!!」

 

「ありえねェくらい強ェ……!!!」

 

「ウオ~~~~!!!」

 

「カイドウさんとぬえさんが勝った!!!」

 

「百獣海賊団は最強だ~~~~!!!」

 

 そして言葉を失い、驚く人々の中で、次に歓声を上げる反応を見せるのは百獣海賊団の構成員達。

 自分達のボスの圧倒的な強さを改めて思い知る光景を見て、恐ろしくも誰もが熱狂した。自分達はあの世界最強の怪物達の群れの一員なのだと。自分達もまた世界最強を構成する“百獣海賊団”。破壊をもたらす獣の一匹なのだと。

 

「嘘……だろ……!!?」

 

 一方で、ダグラス・バレットやパトリック・レッドフィールドという伝説の海賊達──彼らを味方と捉えていた襲撃者、海賊連合の人々は顔を青褪めさせて膝を突く。

 目の前の士気が更に高まった凶悪な百獣海賊団の戦闘員ですら手に余り、血を流す一方だというのに……あんな化け物2人を相手に出来る訳がない。相手に出来る者はもう誰もいない。

 それはすなわち勝敗を決定づける──百獣海賊団を倒せず、百獣海賊団の勝利を決定づける光景であった。

 

「もう……終わりだ……!!」

 

 そして敗北を確信して逃げたり、しかしそれを信じたくない者などがその場に立ち止まって頭を抱えて声を震わせたり、自暴自棄になって戦い続ける者もいたが、そのどれを選ぼうと百獣海賊団は攻撃を止めない。

 唯一投降する者達は捕虜として手錠や首輪で捕らえられるが、その選択が正しいかどうかはまだ分からない。

 だが誰もが敗北を認めていることは確かで……それはデルタ島の監視塔の屋上に立つ男も例外ではなかった。

 

「バレット……!! そんな……てめェが、こんなあっさりと……!!」

 

「──当然の結果ね」

 

「!? くっ……大看板……ジョーカー……!!」

 

 大型バレットとカイドウの戦いを、島全体の戦いを見ていたのはこの戦争を仕組んだ張本人ブエナ・フェスタ。

 大物達がやられてショックに打ち震えている彼の背後から細身の美女が現れる。百獣海賊団の大看板“戦災のジョーカー”が、この戦いの始末をつけに来た。その事実をフェスタは理解する。そう──自分達が完全に敗北したことを。

 

「目の付け所は悪くなかったと思うわ。この作戦自体は……決して悪くはない。──まあ事前に予想されていなければね♡」

 

「!!? 何だと……!!」

 

 だが敗北を認めつつあったフェスタの頭に聞き捨てならない言葉が届く。……事前に予測されていた、と。

 その言葉に表情を歪めたフェスタを見てジョーカーは控えめに笑った。嘲笑うように。

 

「フフフ……♡ そもそもこんな祭りを外部で、しかも他の海賊達を招いて大々的に開くことを私達が許可するとでも思った? 何の疑いも持たずに? ──そんなのありえないでしょう? フェスタ……貴方の悪名を考えればその可能性に至ることはそれほど難しいことじゃない。それに加えて……ウチにはぬえさんがいる」

 

「……!! あの化け物が何をしやがったんだ!?」

 

「フフ、ぬえさんは正体不明よ♡ だからなぜその考えに行き着いたかは私にもわからない……理由も根拠もない……まるで突然生えてきたような……それこそ最初から()()()()()()()()()()伝えられるぬえさんの情報を、私達は信頼してる……!! 何の理由もなくてもね。ぬえさんが言ったことは実際に起こりうるのよ。信じられないかもしれないけれど……」

 

「何を言ってやがんだ……!! そんなバカなことが……!!」

 

「そう、あるハズがない……でもあるかもしれない。それがぬえさんの得体の知れなさ。──でもどっちにしろ結果は変わらないわよ。カイドウさんとぬえさんに喧嘩を売った時点で、予測されていようがなかろうが貴方達の破滅は決まってる」

 

 汗を掻き、怒りに震えるフェスタをジョーカーは嘲笑する。自分達を出し抜こうとした。その大胆さは称賛に値するが、結局この男もまたぬえの掌の上で踊らされていたに過ぎない。そう──結果を見れば今回の一件はどこまでも百獣海賊団にとって都合の良いものになったのだ。

 そこまでを実際にぬえが予測していなかったとしても、結果としては上手くいっている。ゆえにジョーカー達はそれを信頼してハメられた間抜けを笑って引導を渡すのだ。

 

「“最悪の戦争仕掛け人”ブエナ・フェスタ……貴方には昔から仕事で世話になったわね。そのよしみと今回の最高の戦争でまた私達を潤わせてくれた恩を返すわ──苦しまずに逝かせてあげる♡」

 

「──死ぬのはてめェだ!! “戦災のジョーカー”!!!」

 

 ジョーカーが引導を渡す台詞を完全に言い終える前に、フェスタは懐の銃を素早く取り出してその引き金をジョーカーに向かって引く。フェスタの最後の手札。火事場で使うことを想定した海楼石の弾入りの銃。

 

「馬鹿ね……」

 

「!!? あ……あ……!!」

 

 だがその切り札はジョーカーには当たらない。代わりに撃ち抜かれたのはフェスタ。その胸には風穴が空いていた。

 

「“飛ぶ指銃(シガン)”……」

 

「ウッ……ゲホッ!! ガハッ!!」

 

 その場に膝を突き、胸を押さえながら口から血を吐くフェスタ。

 彼を撃ち抜いたのはジョーカーが用いる六式の“指銃(シガン)”。その応用技である“飛ぶ指銃(シガン)”。

 人体を貫くのに弾丸は要らない。その肉体と体技、能力があれば敵を十二分に殺すことが出来る。戦闘力を持たないフェスタが道具に頼ったところで……ジョーカーには指一本触れることすら叶わない。

 

「貴方如きが私に敵う訳ないでしょう、おバカさん♡ ──それじゃあ」

 

「……ちく……しょう……!!!」

 

「!!!」

 

 フェスタが最後の悪態をつくのと同時に、ジョーカーの“飛ぶ指銃”が何発も放たれ、フェスタの身体を蜂の巣にする。

 真っ赤な血の海に沈み、事切れるフェスタを特に感慨もなく視線を切るといつの間にか背後に現れた数人の部下にジョーカーは声を掛けた。

 

「“宝”は見つかったかしら?」

 

「いえ。今のところは」

 

「こちらも同様に。財宝の類は見つかりましたが……」

 

 答えたのはメアリーズの“真打ち”。ジョーカーが重用している部下の中でも副官的な役割を担っているロブ・ルッチと福ロクジュ。元諜報部員と忍者。隠密や情報工作。暗殺に長けた人材だ。

 仕える相手を鞍替えしても仕事をそつなくこなす2人の報告に、しかしジョーカーはほんの僅かに眉を動かした。久し振りに“予想”が外れたのかと。

 

「……そう。なら金目の物は全て持ち出しなさい」

 

「はっ!!」

 

 日傘を差し、ヒールの音をカツカツと鳴らしながらジョーカーは2人の間を通り抜ける。そして去り際に独り言のように呟いた。

 

「私達を出し抜こうとすると()()なる……まあそんなバカな人達がウチにいるとは思えないけどね♡」

 

「!」

 

 意味深に、ルッチと福ロクジュに聞かせるように呟くと笑みを携えてジョーカーは去っていく。その言葉に福ロクジュは軽く下を向き、ルッチは去っていくジョーカーの背を無言で見ていた。

 彼らが何を考えているかは当人以外、誰にも分からない。だがしかし、彼らはやはりこう思った。

 

 ──もし仮に何かを起こすにしても……一筋縄ではいかないだろう、と。

 

 

 

 

 

 宴もたけなわ。年に一度の“金色神楽”と“百獣杯”を発端に始まった今回の戦争は僅か数時間で終結を見た。

 そして襲撃に参加した海賊、無法者、亡国の兵士などは一様に地獄を見る。

 

「まさか船が取り込まれ……ゼェ……その上取り込んだ……ゼェ……あの化け物すら破壊されるとは……ゲホッ、ゲホッ!!」

 

「ハァ……ハァ……てめェら許さねェ……絶対にまた抜け出して破壊して──ぐあああああああ!!!」

 

 戦いに負け、磔にされるとある大物海賊2人は部下達と共に残虐な拷問を受ける。

 彼らの前には“大看板”の1人である“疫災のクイーン”とその部下達がおり、毒や病原体で苦しむ襲撃者を見て馬鹿笑いをしていた。

 

「ムハハハ!! 何言ってやがんだ? お前らに“次”はねェんだよ!! 徹底的に拷問して心を抉ってやる!!」

 

「ギャハハ!! 最高だぜクイーンさん!!」

 

「痛めつけるのが楽しみだ!!」

 

QUEEN(クイーン)~~~!!」

 

「もうやべろ……やめで……ぐれェ……!!」

 

 磔にした襲撃者達の四肢を刺し、火で炙り、毒で苦しむ彼らを指を差して笑う百獣海賊団。

 残虐な破壊者である彼らに敵対した人々は逆らったことを既に後悔し始めていた。何しろ彼らは容赦がない。強者は心を折って戦力にするために徹底的に死なない苦しむ拷問を行い、また雑魚は死んでも構わない拷問で遊び殺されるか、生き残ったとしても奴隷として一生を過ごすことになる。

 前者はクイーンに直接拷問をされているバーンディ・ワールドであり、後者は兄のビョージャックだ。クイーンはその強靭な心を折るために兄の首元に注射の針を突きつける。それを見たワールドが目の色を変えて叫んだ。

 

「! おい!! 何をしてやがる!!?」

 

「何って……そりゃ雑魚の兄の方はいらねェからな!! 実験がてら処分してやるのさ!! 兄弟の情なんてねェんだろう? 裏切られたと思い込んでるお前には関係のねェ話だ!! ム~ハハハ!!!」

 

「やめろ……!!!」

 

「やめねェよバカめ!! おれ達に逆らったことを後悔しやがれ!!」

 

「!!!」

 

 クイーン特製の病原体が直接ビョージャックの身体に打ち込まれる。

 ワールドの慟哭染みた怒声が鳴り響き、周囲の馬鹿笑いがそれを掻き消す。兄のビョージャックは意識を手放し、惨めな獣の化け物となって死亡した。

 

 ──カイドウとぬえがバレットとレッドフィールドを倒した1時間後には島中が死体と捕虜達の嘆きの声でいっぱいになった。

 

 その光景はさながら地獄。百獣に挑み、敗北した者が等しく辿る末路。

 獣は全てを食い荒らす。要らないものは全て破壊して殺し、欲しいものは全て持っていく。自分達の楽しみのためなら他者を容赦なく食い物にする。

 これが“暴力の世界”。強者だけが全てを手に入れ、弱者は命も尊厳も何もかもを失う世界。

 それを終わらせるには……死んでいった者達の嘆きに報いるには──2人の怪物を倒さなければならない。

 

「……そう……私は復讐を果たさなければならない……」

 

 そう。結局はそこに行き着くのだと無情な光景を見て日和は呟く。

 彼女はこの戦いの趨勢を見ていた。バレットやレッドフィールドがカイドウとぬえを追い詰める様も……それを容赦なく、圧倒的な力で蹂躙する光景も。

 

「あの2人を……この手で……」

 

 カイドウとぬえが戦うところを見たのは決して初めてではなかった。

 だが本気で戦うところを見たのは初めてだった。

 だからこそ日和は、復讐を決意してから初めて仇敵の本当の強さを知った。

 

「……()()()()()……」

 

 ゆえにそこで日和は……初めて疑念を生じさせる。

 現実の話だ。復讐に対する想い、執念に一切の偽りはない。日和は本気で復讐だけを考え、彼らを倒すことのみを考えてこれまでの人生を生きてきた。

 肉体を鍛え、刃を研ぎ澄まし、経験を蓄積し、心を摩耗させ──ただただ仇討ちのために全てを犠牲にして捨て去ってきた。

 その末に、仇2人の強さを知って彼女は純粋に疑問が心に浮かぶ。

 それはカイドウとぬえを倒そうとする誰もが一度は考えることで──

 

「──あ、いたいた小紫ちゃーん!!」

 

「! ぬえ……さん……」

 

 ──だがその時。その心に生じた疑念を形にするかのようにぬえが目の前に現れる。

 心臓が跳ねた。何もかもを見通すと言われるぬえだ。さすがに心までは読めないだろうが、それでも身体は硬くなる。まるで蛇に睨まれた蛙の様に、日和はその場で不動となった。

 だがぬえはそんなことはお構いなしに日和に近づき、気軽に声を掛けてくる。

 

「お疲れ。どうだった? 私の戦いっぷりは♡」

 

「……ええ……素晴らしかったです……」

 

「ふふん、そうでしょ。まあ今回は相手もそこそこやる相手だったからね!! 力を出しても良い相手だったし、結構楽しかったなー!!」

 

 機嫌が良さそうにぬえは日和に向かって今回の戦いの感想を語る。

 それは嘘偽りのない純粋な感想なのだろう。相手は強く、カイドウとぬえが笑って戦い、楽しむことが出来る相手だった。

 結果を見れば圧勝だったが、それでも途中までは手こずっていたのも事実。ゆえにぬえは喜んでいるのだろう。少し遠くで酒を飲んで笑っているカイドウも同じだ。カイドウとぬえは戦いに餓えている。だから強者や活きの良い若い海賊が挑んでくるのを喜ぶ。そして──

 

「でもこれでまた敵が減っちゃったし……今後の楽しみがまた少なくなっちゃった。──でも小紫ちゃんはそろそろ挑んで来てくれるんだよね!!」

 

「! それ、は……」

 

 そして、だからこそ彼らは日和に期待する。

 カイドウと互角に戦い、傷を負わせた光月おでんの娘である光月日和に。

 

「いやー楽しみだなぁ♪ 1年後か2年後? あるいは5年後か10年後? でも絶対に小紫ちゃんは諦めないよね!! 今回も狂死郎に勝ったし、なんてったってあのおでんの娘なんだし!! あはははは!!」

 

「……! ええ……当然、です……」

 

 ぬえが日和の肩をぽんぽんと叩いて期待をかけてくれる。先程まで敵を容赦なく引き裂いたその手が、今は少女の小さい手となって日和に触れる。

 更に身を硬くし、ぬえの質問に頷く──だがそこでぬえは更に距離を詰め、仮面から覗く日和の目に自らの目を合わせた。

 

「──ちゃんと挑んで来てね?」

 

「……!!」

 

 顔が、近い。

 ぬえの赤い目が、こちらの心を見通すようなその目が、自分の本能に忠実な赤い獣の目が日和の目を真っ直ぐに見つめてくる。

 そうして吐く言葉は酷く妖しい。化外の雰囲気を漂わせてぬえは日和に言う。

 

「私、本当に楽しみにしてるんだよ? あなたがその怒りや悲しみを力に変えて私達に挑みかかって……そして」

 

 息が乱れる。

 ぬえの小さい死を感じる手が首筋に、そして心臓の上に這わされ──そして決定的な言葉を耳に届かせる。

 

「──“恐怖”に染まって死ぬところを」

 

「!!!」

 

 ぬえの赤い瞳が煌めく。

 背筋に、頭に、それが走り抜けた。そうして不動から解かれた日和を見てぬえは楽しそうに笑う。まるで本物の妖怪の様に。

 

「……それとも本当に最後まで耐えきるのか……それは分からないけれど、日和ちゃんはもう止まれないもんね? 身内を手に掛けた時点でもうその道からは逃れられない。あなたの行く末はそこしかない。私達と同じ価値観に染まりながら、それでいて復讐を諦めないあなたには他の道は用意されてない」

 

「ハァ……ハァ……!!」

 

 呼吸が強く乱れる。

 思い出すのは幼き頃の記憶。物心つく前に植え付けられた獣の価値観と──

 

「昔言ったよね? “生きたかったら自分で強くなってね”って。だからわかってるよね? ──強くならなかったら……()()()()()って」

 

「……っ!!」

 

 ──()()()()

 

 決して消えることのないトラウマ。彼らに対する恐怖。死に対する恐怖。

 

「あなたは私が殺してあげる♡ 逃げられるなんて思わないでね? 本来ならあなたはあの燃える城で死んでたんだから。私が拾ってあげたおかげで今もこうやって私達の部下として良い思いしながら生きてられるでしょ?」

 

 そう、生かされてるのは彼らの気まぐれ。

 自分が復讐を、彼らを楽しませることを諦めた時点で──私は死ぬ。

 

「あなたの命は私達のものだよ♡」

 

 命を握られている。

 逃げることは決して叶わない。

 それを改めて思い知らせ、ぬえはそこから離れる。背を向けて目を瞑りながらも笑みを絶やさずに忠告する。

 

「──ってことでよろしく~。……あ、それとあなた“飛び六胞”から真打ちに降格だから。また“飛び六胞”目指して頑張ってね♡ 強くなってるのは確かだし、私は応援してるよ!!」

 

「…………はい……わかり、ました……」

 

「それじゃ後は祭りを楽しんでね!! ばいばーい♪」

 

 そしてぬえは宙を飛んで日和から離れていく。

 と、同時に日和はその場に崩れ落ちた。

 

(私は……私は……!!)

 

 日和は鬼面の下で表情を歪めて雫を流す。

 この面は覚悟の証であると同時に、己の弱さを隠す仮面だ。

 獣の一員として鬼でいる間はその恐怖を忘れられる。復讐の鬼に取り憑かれてる間は死を感じなくて済む。

 復讐を、仇討ちを諦めた訳じゃない。だが、

 

(私は……ずっと“滑稽”だ……!!)

 

 自分はずっと同じ。道化や芸者と同じ。

 自分の命を握る獣達を楽しませるために生きている。遊女も辞めていない。復讐も諦めることは出来ない。全部が全部、彼らを楽しませるための生き方。

 しかしそれも既に諦めている。

 

(これは私への罰……)

 

 そう、我が身可愛さに、自分の命を守るために身内を手に掛けた自分はどの道、引き下がることは出来ない。

 怒りがあるのは確か。憎しみがあるのは確かだ。復讐の原動力はある。それが叶うならば全てを擲ってでも成し遂げたいという想いも本物。だが一方で、

 

(決して()()は叶わないと……私は知っている……!!!)

 

 カイドウとぬえを、この手で討つことなど不可能だと知っている。

 その想いは年々強くなった。そして今日、確信に変わる……自分の手で討つなんて出来ない。勝てないと。

 たとえ何年経とうとも、どれだけ味方を得ようとも殺すことなんて不可能だ。

 だから自分は道化で滑稽だ。決して叶うことのない復讐の道を、叶うことはないと知りながら自分の寿命を引き伸ばすため、そのためだけに死出の道を進んでいる。

 あらゆるものも犠牲にして。自死を選ぶことも出来ず。

 

(私は醜い……)

 

 最初はただ恐怖から逃れるため。そして子供ゆえの浅はかさで自らの怒りと価値観を正当化し、自分の力で大切な人達を守るためだった。

 だが気づけば大切な人を裏切り、罪のない人々を傷つけ、もう後戻りが出来ない程に堕ちてしまった。

 そのことを自覚しながらも戻れない。自分には復讐に突き進むしか道がない。どうしても恐怖が頭から離れない。呪いのように四六時中纏わりついている。

 

(助けを呼ぶことも……許されない)

 

 そして助けてくれる人も……もういない。

 河松は死んだ。傅ジローも捕らえられた。直に死ぬ。全部全部、自分が見捨てたせいだ。

 この生き方は自分で選んでしまった。今更真っ当な陽だまりには戻れない。

 きっと1年後に現れる家臣達に唯一の肉親も……縋ることは出来ない。

 

(私は……バカだ……!!!)

 

 心の中でそう言うしかない。死んだ父と母に。家臣に。時を超えている兄や家臣達に謝るしかない。

 そしていつか死ぬ。殺される。それが報いであり決まりきった最期だ。

 日和は仮面の下で誰にも悟られずに失意に沈み続ける。彼女もまた、決して終わることのない“地獄”に囚われていた。

 

 

 

 

 

 ──だが“救いの糸”はかくもか細くも……確かに残っている。

 

「──今回の戦争も大勝利だ。後は新政府と“赤髪”、“千両道化”……それにリンリンの奴を始末すれば終わりだな……!!」

 

「──まあね~!! でも私的にはまだ期待してる子達がいるんだけど♡」

 

「ああ……そういや言ってたな……“最悪の世代”のガキ共か……本当にあんなガキ共がおれ達の脅威になるのか?」

 

「多分ね。どこまで追いすがってくるかはもうわかんないけど……それでも台風の目になってくれると私は信じてるよ!!!」

 

 ──新鬼ヶ島の一室。世界最強の兄妹。カイドウとぬえは2人で酒を飲みながら壁に貼った手配書を見て話をする。

 そこに写るのは“最悪の世代”。11人の超新星と呼ばれた海賊達であり、ぬえがインテリアとして張り付けたものだ。

 だが中心に張られているのは“最悪の世代”のその1つである一味の面々。それを見てぬえは満面の笑みを浮かべ、カイドウは半信半疑と言った様子で息を吐く。だが他ならぬ兄妹が言うならとカイドウは頷いた。

 

「だったら一応期待しておくか……お前の言うことならそういう可能性もあるんだろう」

 

「そうそう。私も楽しみにしてるんだ~~♪ なんてったって、私は彼らのファンだからね!!!」

 

 言って壁に張った手配書の1つを手に取り、ぬえはわくわくした様子で彼らの名を、一団の名を全幅の信頼と親愛を込めて口にした。

 

「──“麦わらの一味”♡」

 

 ──そして“暴力の世界”に支配されるその海に漕ぎ出す彼らの物語は。

 

「──よし、行くか!!」

 

 ──約1年後に引き継がれる……!!!




うるティ→覇王色説。
八宝水軍→捕虜。
夜叉鏑→。ぬえちゃん版、金剛鏑&鳴鏑。衝撃波的な技です。
降閻魔終修羅→降閻魔は五大明王の大威徳明王から。降閻魔はシヴァの強暴な面から取られてる。トリシューラはシヴァの武器の三叉槍。終をトリと読むのはぬえちゃんの鳥と演芸などのトリを掛けました。ってことで槍で思い切り突く技。言ってしまえばそれだけ。
降三世引奈落→カイドウさんの原作のアレ。今回は振り下ろしじゃなくて横に向かってぬえちゃんとのコンビネーションで使用。カイドウとぬえちゃんVerのモグラ塚四番街。相手は死ぬ。ウソップもさすがに死ぬ。というか誰でも死ぬ。
覇界→ドリーとブロギー(覇国)カイドウとビッグマム(覇海)カイドウとぬえちゃん(覇界)。多分ぬえちゃんとリンリンでも覇海かなって。つまり威力の差。
レッドフィールド→モグラ塚四番街で胴体が引き千切れて死にました。
バレット→覇界直撃で死んでないけど後に死ぬ。即死してなくて意識飛んでないだけ奇跡。ウルティメイト・ファウストがそれだけ強いってこと。
フェスタ→ジョーカーに蜂の巣にされて死亡。
ワールド海賊団→クイーンの拷問に掛かって死亡。ワールドは不明。
日和→飛び六胞降格。カイドウとぬえちゃんの玩具。恐怖に逆らえず後戻り出来ないところまで堕ちて死を恐れてる。BADENDほぼ確定……だけど助かる道もなくもない?
麦わらの一味→修行を終える。次回出航です。

今回はこんなところで。次回からは2年後ということでとうとう最悪の世代筆頭の麦わらの一味が出航して新世界に嵐を巻き起こします。最強の四皇にどこまで立ち向かえるか。それは次回からの新章をお楽しみに。次回の更新はちょっとだけ遅れるかもだけどこれからもよろしくお願い致します。

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