正体不明の妖怪(になった男)、情緒不安定な百獣の腹心になる   作:黒岩

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海底の地獄

 下降流のブルームに乗って深い深い海溝を降りて深海へ。海底火山を超えて更に下に。

 まるで奈落の底のような深い闇の中の航海が続く。困難も一度や二度では済まない。

 だが世界に名を轟かせる海賊達はそれを乗り越える。“麦わらの一味”もまた……その困難を乗り越えていた。

 

「暗ェ~~!! 恐ェ~~!!」

 

「危ねぇ!! 魚人島はまだか!!?」

 

「あ~……もうすぐですよ」

 

「ウオ~~!! 行くぞ!! マーメイド天国!!!」

 

「よ~~し!! 行けスルメ!! 潜るんだ!!!」

 

 船長である“麦わらのルフィ”は船を運ぶ怪物クラーケンに指示を出す。下降流を降りた際に従わせた怪物で、深海の生物や海底火山の噴火の際も協力してもらってその困難を乗り越えた。

 深海7千メートルから更に下り、直に魚人島へ辿り着く。盛り上がる一味を甲板で寝転がりながら見る百獣海賊団の真打ち、ソノは気怠そうにしながらも彼らの実力を内心で分析しつつ得心していた。──成程。名を上げるだけはあって案内がなくとも無事に辿り着ける程の腕はあるようだ、と。

 だがそんなソノを見て難しいような、何かが気になって考え込んでいる顔のナミがいた。危機が迫っていた時は考える余裕もなかったが、ルフィが捕まえてきたスルメに運ばれ、もうすぐ魚人島へ辿り着くという段階で少し余裕が出てくると彼女の存在や彼女の所属する百獣海賊団。そして彼らの目的について気になり始める。

 何しろただでさえ百獣海賊団には悪い噂が多い。というより危ない話しか聞かない。2年の修行期間と世界政府の崩壊もあって今の世界情勢にそれほど詳しくないナミでもそうなのだから実際にかなり危険な連中なのは間違いない。

 だがそんな奴らが自分達一味を“新世界”に招待すると言っている。理由は流されてしまったが、それがまた気になる上……これから行く魚人島についても気になることを言っていた。

 

「……ねえ、ソノ……さん。さっき言ってたけど“あの人”って……しかも魚人島が“海底の地獄”になってるってのは──」

 

「うお~~~~!!! 上見ろよ上!! 光だ!!!」

 

「あれがもしかして……!!!」

 

「おいナミ!!! アレか!?」

 

「! あ……ええ!! 指針はあの島を間違いなく指してる!! ──あれが……!!」

 

 そして意を決してその疑問をソノに問おうとして……しかし一味の声にそれは掻き消される。

 見れば深海であるにも拘わらず光が差し込み、更にその光の先には未知の光景が広がっていた。

 巨大な海王類に海獣。クジラや魚達が泳ぐ向こうに巨大なシャボンに包まれた島がある。木々から発せられる光が島を照らし、シャボンに光沢を浮かばせる。あまりにも幻想的な光景であり、一味はそれに目を奪われた。

 ナミが腕に巻いた“記録指針(ログポース)”を確認し、その島が目的地であることを一味に報せると一瞬後に誰もが声を上げる。そう、その島こそが“偉大なる航路”有数の名スポットであり、“新世界”を目指す船乗りの誰もが目にする場所。

 

「魚人島~~~~~~~~~っ!!!! でっっけ~~~~~~~~!!!」

 

 ──海底の楽園“魚人島”。

 

 多くの魚人や人魚が暮らす海底1万メートルに存在する摩訶不思議の島。それに到達したことを一味の誰もが喜ぶ。サンジなどは想像で鼻血を出して倒れる始末で、ルフィは相変わらず魚人島の肉料理を楽しみにしてよだれを垂らしている。

 だが──彼らは知らなかった。

 

「! おい!! 何だコイツら!!」

 

「ああ……来ましたね……()()()()()

 

「!?」

 

 魚人島が“海底の楽園”と呼ばれていたのは……2年前までの話。

 それ以降、この島を訪れようとした海賊の誰もがその島を観光出来た試しがない。

 

「来たな……“麦わらの一味”……!!! “アーロン一味”の野望を打ち砕いた海賊達……!!!」

 

「海獣の群れだァ~~~~!!?」

 

 魚人島が海賊達の休憩所。観光スポットとしていられたのはその島が大海賊“白ひげ”に守られていたこと。

 そして人間に友好的なリュウグウ王国の統治があったからこそだ。

 

「2年前に元“アーロン一味”の幹部ハチさんを庇い、あの憎き“天竜人”をぶちのめしたお前らだが……()()()()、そんなことは関係ねェ……!!!」

 

 だが今はもう……そのどちらの庇護も無くなった。

 島に掲げられる旗の1つは“暴力の世界”を作り上げた“四皇”のもの。

 もう1つは人間を憎む新世代の魚人達の旗印。

 

「この魚人島は今や我々新魚人海賊団……“魚人帝国”の統治する島!! 人間の入国は一切認められていない!! 許されるのはその身分を“奴隷”にまで落とした者のみ!!!」

 

 そう、ここは“海底の地獄”魚人島──“魚人帝国”。

 “新世界”を目指す人間の海賊達の最大の障害。海獣と武器を持った魚人達が最初の歓迎。

 魚人島を目指す船の9割が沈む理由がここにある。深海1万メートルで戦える人間などそういない。普通の人間はシャボンの外に出るだけで水圧で潰れ死ぬ。

 

「さあ選べ!!! 魚人帝国の王!! 我らがホーディ・ジョーンズ船長がお前らをお呼びだ!!! 大人しく従うならそれで良し!! 拒むなら……ここで沈んで貰う!!!」

 

「何だとォ!!?」

 

 新魚人海賊団の戦闘員にして国境警備隊の隊長として海獣と魚人達を率いるハモの魚人──ハモンドが通告する。

 ルフィは即座に反抗的な態度を見せるが……ナミや他の一味の面々は険しい顔をしつつも冷静だった。サニー号の燃料補給をしつつも甲板に乗っているソノに目を向ける。話が違うとナミが声を荒げた。

 

「ちょっと!! 話が……!!」

 

「はぁ……わかってますよ。──ハモンドさん」

 

「! ソノか……!!」

 

 ナミに声を掛けられたソノが面倒臭そうにしながらも海獣の乗るハモンドに声を掛けると、ハモンドもそれに反応した。ハモンドの勢いがほんの僅かに衰える。話を聞く態勢になったと判断したソノが話を通そうとした。

 

「この“麦わらの一味”は私達“百獣海賊団”の預かり……客人として魚人島に一時停泊し、通過する。そちらにもちゃんと連絡が入ってると思いますが……通達ミスですか?」

 

「……!! ……いや、連絡は来てるぜ……」

 

「だったら通して貰えます? 早く今日の仕事を終わらせて寝たいのでさっさとしてもらえると個人的に助かるのですが……」

 

 連絡を聞いてるなら話は早いとソノは欠伸をして話を早々に切り上げる姿勢を見せる。命令を聞かないとは思っていない。

 何しろ新魚人海賊団および魚人帝国は百獣海賊団の傘下だ。力関係は当然百獣海賊団の方が上。親の命令を子分が聞かないなどこの世界ではあってはならないことだ。

 ゆえにここでの話は終わりで麦わらの一味は魚人島に入国出来ると思ったが……しかし、ハモンドはそこをどくことはなく麦わらの一味とソノに改めて通告する。

 

「だが……ホーディ船長は客人として連れてこいとは言ってねェ!! 悪いがその話は聞けねェな!! ソノォ!!!」

 

「…………はぁ……そうですか。なら()()()()()()いいですよ」

 

「え~~~!!? いや、良かねェよ!!!」

 

「おい、どうするんだ!!? 向こうはやる気だぞ!!」

 

「──ということで申し訳ありませんが“麦わらの一味”の皆さん。自力でこの場を切り抜けて下さい。私はそろそろ上がります……定時なので……」

 

「え~~~~~!!? 普通に帰った~~~!!」

 

「勝機は0よ!! 逃げるしかない……!! ──フランキー!! “クー・ド・バースト”で魚人島に突っ込むわよ!!!」

 

「正気か!!? あの海獣と魚人の群れの壁は尋常じゃねェぞ!!」

 

「だけどそうでもしなきゃここで全滅よ……!!」

 

 ナミは深刻な顔でそう告げる。ハモンドが予想外にもソノの言うことを突っぱねて、ソノがそれに怒るでもなく溜息をついて海へ飛び出した。丁寧に一味に会釈をして。ウソップやチョッパーがそれにツッコんだが、呼び戻せる訳も今更頼み込む訳にもいかない。言うようにこうなったら自力で切り抜けるしかない。

 だがしかし、国境警備隊である魚人と海獣の数は尋常ではなかった。“クー・ド・バースト”で突っ込むのも博打だ。魚人島に突っ込んで大丈夫かどうかも分からないが、魚人の兵士達が突っ込んで来ないとも限らない。海獣にその巨体で防がれないとも限らない。

 だがそれでもこの場で生き残るにはそうするしかない──となれば一味の行動は早かった。

 

「──待てハモンド!!!」

 

「ん!!? ……っ!!! あいつらは……!!!」

 

「! 今よフランキー!!」

 

「全開“クー・ド・バースト!! 準備完了だ!!」

 

「! え!? あれは……!!」

 

「船の後方にも複数の影だ!! 増援か!?」

 

 ナミが指示を出す直前に、サニー号の後方からハモンドに待ったを掛ける声が響く。その声の主と海中を泳いでくる誰かの姿にハモンドは顔色を青くし、ウソップ達も増援が来たと思い、やはり逃げるべきだという思いを強くする。

 だがその中でルフィだけは違った。船の後方に移動し、その割って入った声に聞き覚えがあり、その遠く見える姿にも確かに見覚えがある。

 

「──敵じゃねェ!!! 待ってくれナミ!!!」

 

「おいバカ!! 何やってんだ!!」

 

「ありゃ魚人の群れだ!! どう見ても敵だろルフィ!!」

 

 ゆえに絶体絶命の窮地にも拘わらずルフィは笑顔を浮かべて後方に向かって身を乗り出して手を振る。サンジやウソップが何をしてるんだと声を荒げるが、ルフィはハモンド達も“クー・ド・バースト”の発射も無視して恩人との再会に笑顔を見せた──が、その最中。

 

「……!! 奴らは放置出来ねェが……先に“麦わらの一味”だ!!! やれ!! 海獅子ィ!!!」

 

「ガルルルル!!!」

 

「“クー・ド・バースト”!!!」

 

「!!?」

 

「うわァ!!!」

 

 空気の噴射で最大1キロメートル程を移動することが出来る“クー・ド・バースト”が発射される。

 船体の空気を使い、魚人島へ真っ直ぐと高速で海中を駆け抜ける。その高速の移動に麦わらの一味以外のその場の面々が皆意表を突かれて驚いた。

 

「はァ!!? 帆船が……!!!」

 

「遅かったか……!! ルフィ君!!!」

 

 ハモンドや増援の魚人達が驚く中、サニー号は海獣や魚人の群れを通り抜けて魚人島へと突っ込む。

 だがそれらは完璧とはいかなかった。

 

「うわァ~~~~!!!」

 

「マズい……海中に……!!」

 

(能力者4人はどうにかしねェと……!!)

 

 魚人島は二層になったシャボンで囲われており、空気の層とその中に島を構成する海を含んだ層が存在する。

 麦わらの一味はそれらに突入し、そして意識をそれぞれ失った。

 そして船と一味もそれぞれ潮の流れによって分かたれる。

 その無茶な入国を見てハモンド達が呟く。

 

「あんな入国じゃ死んでるかもしれねェが……どうする?」

 

「チッ……お頭の命令には背くが……後は内地の連中に任せて後回しだ!! 増援を要請しろ!! 敵襲の対処を優先だ!!」

 

「ジンベエ!! どうする!?」

 

「致し方ない……!! ルフィ君達を救出する!! 少しの間持ち堪えてくれ!!」

 

「おう!!」

 

 そしてハモンド達と敵対する魚人達もまたルフィ達の入国を見て動きを変え、彼らと海中で激突した。

 

 ──だがそれら全ての動きを、離れながら遠くから見る人魚もいた。

 

「はぁ……“麦わらの一味”は招待を受けずに無茶な入国……タイヨウの海賊団が動いて……ホーディ達が不審な動き……他にも幾つか怪しい痕跡が……面倒ですね……」

 

 麦わらの一味の船から降りたソノが遠巻きに、起きた一連の出来事に面倒臭そうに溜息をつく。

 ソノはかなりの面倒臭がりであり、仕事は出来ても無茶をしたり、自分で全部何とかしようというタイプではない。任せられた仕事はやるが、自分の力を超えることはやらないし、ギリギリの仕事は極力避ける。上昇志向の強い者が多い百獣海賊団においては珍しいタイプだ。手柄を立てようというタイプでもないため、懸命に働いたり、失態を隠すこともない。

 だからだろう。ソノは面倒な事態に転がりつつあることが分かると面倒を避けるために1番手っ取り早い方法を選んだ。それは──

 

『──ソノか。どうした?』

 

「ああ、はい……“ジャック”様。幾つか報告がありまして……」

 

 ──仕事が出来る災害(じょうし)に……さっさと報告することだった。

 

 

 

 

 

「ん……!!」

 

「ナミ!! 大丈夫か!?」

 

 意識を覚ますと、そこは海水に囲まれた場所ではなく空気の中だった。

 麦わらの一味の航海士ナミはチョッパーが自分を心配そうに見ていることを最初に目の当たりにし、ゆっくりと目を覚ますと周囲にいる一味のメンバーからも声が来た。

 どうやら最後に目を覚ましたのは自分な様だ。

 

「目を覚ましたか」

 

「ナミさん。ご無事ですか!?」

 

「チョッパー……フランキー……ブルック……。……ここは? 魚人島に着いたの……?」

 

「ああ。どうやら入り江みたいだな。船も無事だ」

 

 医者に音楽家に船大工が声を掛ける。ナミが遅れて目を覚ますと周囲はサンゴの生えた建物や水の輪っかやシャボンが見える不思議な光景。

 意識を失う前の状況から察するに自分達は魚人島に辿り着いたらしい──が、全員がこの場にいるという訳ではないらしい。それをフランキーが説明する。

 

「どうやら他の連中ははぐれたみたいだな。ルフィにウソップにサンジにロビン……まァ向こうも無事ではあると思うが」

 

「そう……あれ、ゾロは?」

 

「ゾロなら……あ、お~~いゾロ!! そこで何見てるんだ?」

 

 フランキーから聞いたこの場にいないメンバーと周囲にいるメンバーの顔が一致しない。そう思ったナミの質問にチョッパーが答え、入り江の高い位置に移動して先の街を見ているであろうゾロに声を掛ける。

 だがゾロは振り向かない。代わりに硬い顔のままでチョッパー達に見たものを告げた。

 

「成程……こりゃ確かに“海底の地獄”だ」

 

「え……?」

 

「一体何が……」

 

「!!」

 

 ゾロが呟いた言葉に気になり、ナミ達が同じく入り江を上って先の街並みを覗く。

 するとそこから見えたのは──かくも惨たらしい人々の群れ。

 

「ハァ……ハァ……」

 

「まだ半分も終わってねェ……!!」

 

「おいさっさと働け!! 働かねェ奴には飯はやらねェぞ!!」

 

「納品に間に合わなきゃ連帯責任で拷問の刑だ!! ギャハハハ!!!」

 

「人間奴隷も魚人奴隷もここでは対等に奴隷として扱ってやる!! 喜んで働け!! 特に魚人共!! てめェらも魚人の端くれなら人間より働いてみせろ!!! 人間以下の働きになった奴には死を与える!!!」

 

「……!!? これ、は……!!」

 

 建ち並ぶのは街ではなく工場。

 行き交うのは血と汗と汚れに塗れた魚人と人間の奴隷達。

 同じ魚人の檄とムチが飛び、首輪が付けられた人々が平等に奴隷として働いている。

 疲労に限界が来て倒れる魚人に暴力を振るう──先程のハモンドと同じシンボルを体に入れている魚人達を見て、ナミ達は青褪めた。

 

「酷い……何これ……!!」

 

「惨いな……これは強制労働施設か?」

 

「魚人島は海底の楽園だった筈では……!?」

 

「……これが“魚人帝国”の支配って事だろうな。さっきのソノやハモンドって奴の話だと……人間の入国は認めない。だが奴隷としてなら入国は認める……ここにいるのは元“海賊”の人間達ってこった」

 

 ゾロは冷静にそう分析する。よく見ると人間の奴隷は体がしっかりとしていたり、体に古傷を持つような者もいる。魚人島の立地から考えても一般人ではなく海賊と見るのが自然だった。

 だがそれだけでは説明出来ない部分もある。それをナミは指摘した。

 

「でも……それなら何で同じ魚人達まで……!!」

 

「さァな。それよりも……()()()()()。出迎えが来たみたいだぜ?」

 

「え?」

 

 素っ気なく答えながらゾロが眼下を見て呟くとナミ達も下を見てそれに気づいた。奴隷達の間を通って奥からやってくるのは奴隷を指導する魚人の海賊達と違って──人間の海賊達だった。

 それも似たような格好をしている男達を背後に連れている。その先頭に立つ武者をゾロは真っ直ぐと見ており、相手の方もまたゾロ達を見ていた。

 

「いた!! 不法入国者です!! 小紫様の言ったとおり!!」

 

「ええ。それも……“麦わらの一味”。報告にあった“最悪の世代”の海賊ですね」

 

「……へェ。あれは……ブルック」

 

「ええ。もしかするとあの先頭の人は……“ワノ国”の侍かもしれません……!!」

 

 海賊達が麦わらの一味を指差し、先頭の武者が彼らを視認して鬼面の下で呟くとゾロもまたそれを見て好戦的な笑みを浮かべてブルックに確認した。ブルックもゾロの質問を察して頷く……あれは格好からして“ワノ国”の“侍”かもしれないと。

 だがその発言に武者は答えなかった。代わりに手配書を部下に返しながら言いたいことだけを彼らに伝える。その自然な動作と発せられる殺気。覇気から見て──ゾロもまたそれを感じ取る。

 目の前の相手は強者。間違いなくさっきのソノと同じ……百獣海賊団の幹部だと。

 

『百獣海賊団“真打ち”小紫 懸賞金5億2910万ベリー』

 

「“海賊狩りのゾロ”を含む麦わらの一味5名……あなた方の事は既に報告で聞いています。とりあえず……ご同行をお願い出来ますか?」

 

「悪いがそりゃ出来ねェ相談だな」

 

「……なら相応に痛い目に遭いますが?」

 

「元からその気だろう。そんな殺気を剥き出しにされながら言われても説得力ねェぜ」

 

「それはご無礼を。何しろ……無抵抗で応じてくれるような人には見えなかったので……!!!」

 

「! (来る……!!)」

 

「!!!」

 

 そしてゾロと百獣海賊団の真打ち──小紫の言葉の応酬が幾つか挟まれると、小紫の跳躍と腰に差した二刀の内の一刀が抜かれるのを合図にゾロも刀を抜いて鋼を打ち合う。

 その覇気と相手の腕力に、ゾロも小紫も打ち合った瞬間に驚く。打ち合う前から見聞色の覇気である程度相手の強さは分かるが、打ち合えばより深く強さが分かる。──相当に強いと。

 

「ゾロ!!」

 

「へっ……!! 中々やるじゃねェか……!! さすがは“四皇”の幹部ってとこか……? (こいつ……強ェな……)」

 

「……!! 貴方もまた……戦いを好む“獣”ですか……!!」

 

「“海賊”だ……!!! 悪いが抵抗させて貰うぜ……ワノ国の侍!!!

 

 鋼の音が連続し、覇気が激突して小さくない衝撃波が周囲に巻き起こる。

 そうして船長の素知らぬところで──“海底の地獄”の冒険は始まった。

 

 

 

 

 

 ──そしてまた別の場所で意識を覚ます者がいる。

 

「ゲホッ!!」

 

「気がついたぞ!!」

 

「おいルフィ。大丈夫か?」

 

「ハァ……ハァ……ん? ここどこだ?」

 

 麦わらの一味の船長“麦わらのルフィ”は飲み込んでしまった水を口から吐き出し、同時に目を覚ます。

 荒い息を整えながら目を覚まし、周囲にいるのはウソップにサンジ。そしてロビンといった仲間達で不自然さはない。

 だが周囲を見てここはどこだと声に出すと、起き上がったルフィの背後から聞いたことのある声が掛けられた。

 

「気がついたか!! ルフィ君!!!」

 

「ん? ──おおー!! ジンベエ!!? ジンベエじゃねェか!! 久し振りだな~~~~!!!」

 

 ルフィはその姿にすぐに気づく。普通の魚人よりもガタイがいい大柄な魚人。2年前に世話になった恩人であるその魚人との再会に喜んだ。その魚人もまた同様にルフィが起きたことと再会したことに顔を綻ばせた。

 

『元“王下七武海”タイヨウの海賊団2代目船長“海侠のジンベエ” 懸賞金4億3800万ベリー』

 

「久しいな!! 見違えたぞ!!!」

 

「いやァ~~!! ホントに久し振りだな!! もしかして魚人島に着いたのか!? ここは家か!? ジンベエの!!」

 

「いえ、違うみたいよルフィ」

 

「ん? そうなのか?」

 

「ああ。ここは“魚人街”じゃ。ルフィ君」

 

「?? 魚人街? 魚人島じゃねェのか?」

 

 再会に喜び、同時にジンベエがいるということはここは魚人島なのかと連想して喜んだルフィだが、ロビンから否定の言葉が入り、ジンベエからこの場所が“魚人街”であると説明を受ける。魚人街は魚人島ではないと。

 

「この魚人街は魚人島の近くの深海……“ノア”の近くに建てられた深海の街じゃ」

 

「“ノア”?」

 

「巨大な船じゃ。この深海に沈んでおる。元々は荒くれ者が集う無法地帯じゃったが……今は元リュウグウ王国の国民やわし達が拠点として使っておってな……」

 

「え!? 何でだ!? 追い出されたのか?」

 

「まァ……そういう事じゃ。2年前のあの頂上戦争の後。“白ひげ”のオヤジさんの庇護を失ったこの国に……百獣海賊団が攻め込んで来た……!! リュウグウ王国の兵士と共にわしらも戦ったが……結果は敗北。新魚人海賊団に魚人島は支配され、わしらタイヨウの海賊団は生き残ったリュウグウ王国の兵士と住民と共にこの魚人街に逃げ込み……奴らの支配から逃れておる」

 

「……そうなのか……!!」

 

 ジンベエは険しい顔のまま説明する。戦いに負けて支配されたことにルフィもさすがに真剣な顔で話を聞く。

 ルフィもまた2年前の戦争で四皇の戦力の巨大さを思い知った身。修行で自信をつけた今でも相手の強さはわかっている。無論、負けるとは思っていないが、それでもジンベエ達が負けたことにはそれほど驚かずに受け止めることが出来た。

 

「わしらは奴らの襲撃に備えておる。仲間からお前さんらが魚人島に近づいて来とると話を聞いてすぐに駆けつけたが……すまんかった!! お前さんら以外の仲間はまだ魚人島に残ったままじゃ……!!」

 

「あいつらなら大丈夫だ!! 謝る必要はねェよジンベエ!!」

 

「……マリモヘッドもいるしな。簡単に死にゃしねェだろう」

 

 そしてジンベエがこの場にいる一味以外を助け出せなかったことを詫びるが、ルフィはそれを気にしない。サンジもまたある事を気にして口数を少なくしながらもゾロがいるから大丈夫だとぶっきらぼうに認める。もちろん他の一味の面々も逞しくなったし、くたばることはないだろうと。

 ジンベエもルフィ達の言葉に頷くが、しかし懸念は消えないらしい。苦い顔でジンベエは言う。

 

「……!! そうか……じゃが出来れば早く合流してこの国を出た方が良いじゃろうな。今や魚人島は危険地帯……!! 人間も人間と仲良くする魚人も奴隷として働かされておる……!! 魚人帝国の兵に囲まれれば面倒なことになるじゃろう。どうにかせねば……」

 

「え~~!! 何でだよ!! そんなもんブッ飛ばして助け出せば良いじゃねェか!! そいつら!!」

 

「でも船がないわよ。ルフィ」

 

「そうだ。また海獣に襲われるぞ……!!」

 

「あ、そうか。ならジンベエ!! 協力してくれ!! お前がいれば百人力だ!!!」

 

 ジンベエはルフィの仲間達とどうにか合流して島から脱出する方法に悩むが、ルフィは大胆にもブッ飛ばせばいいと言う。ロビンやウソップに島に入る方法がないと言われてもジンベエに即座に協力を仰いだ。率直かつストレートな提案であり、それが出来れば最も手っ取り早い。──だがそれをジンベエは否定した。

 

「いや、駄目じゃ」

 

「何でだよ!! それじゃ船も……!!」

 

「いや、お前さんの船も仲間もどうにか合流出来るよう協力はする。……じゃが奴らをブッ飛ばせば面倒な事になるんじゃ!!!」

 

「だから何でだよ!! 敵ってあの魚人だろ!? 空気がある場所ならおれは負けねェ!!!」

 

「ああ。お前さんらやわしならホーディ達……新魚人海賊団には負けんじゃろう」

 

「!?」

 

 ルフィはジンベエの言葉を聞いて頭に疑問符が浮かぶ。それの何が問題なのか分からない。ジンベエが勝てると言い切れる程の相手なら尚更ブッ飛ばせば良いと思うからだ。邪魔するなら倒すし、何なら友達のジンベエの国を酷く荒らしてるならそれこそ倒して解決してやりたい。そう考えるのがルフィだ。

 だがジンベエとしては自分達で倒せるからといって無策で倒しに行けない事情がある。何しろ……背後にはより強大な存在が控えているのだ。

 

「魚人帝国だけなら戦ってこの国を解放することは難しいことではない……!! しかし連中のバックには“百獣海賊団”がいる……!!!」

 

「……!!」

 

「百獣海賊団……“四皇”の一角ね」

 

「ああ……!! 魚人島は今や百獣海賊団のナワバリじゃ……!! 新魚人海賊団はその統治を任されてるに過ぎん。だからこそ新魚人海賊団だけなら倒しても問題ないが……何も考えずに倒してもバックの百獣海賊団が動き出す……!!! そうなればまた今度こそ島は滅ぼされる……!!! そうなっては戦う意味がない……!!!」

 

 そう、魚人帝国はあくまで傘下。前座に過ぎない。

 もし魚人帝国が倒れるようなことがあれば、出てくるのが“四皇”の一角──百獣海賊団。

 ナワバリを荒らされて黙っている海賊はいない。魚人島を勝手に解放すれば百獣海賊団がまた攻めてくる。それだけは避けたいとジンベエは力説した。

 

「今わしらはこの魚人街で力を蓄え、住民を守りながら、機会を窺っておる!! じゃから今奴らを刺激する訳にはいかん!! お前さんらには悪いが……どうか堪えてほしい!!!」

 

「……!! でも海の中なら何とか出来るんじゃねェのか? 七武海なんだろ? 魚人で海の中じゃ敵の船が攻めて来ても……」

 

「ああ。じゃからこそこの深海の魚人街なら安全じゃ。百獣海賊団には能力者が多い。奴らはこの魚人街に攻め込めんが……しかし空気のある魚人島なら話は別じゃ」

 

「あ、そっか……」

 

 ウソップは納得する。確かに魚人島には空気があったが、この魚人街は外を見る限り大部分は海水の中。空気のある場所は限られていて、人間が攻め込むのはほぼ不可能と言っていい。

 だが魚人島なら上陸するまでに多少は障害があるとはいえ……“四皇”の戦力なら恐らく上陸は不可能ではないのだろう。そして上陸されればもう終わりだと。

 

「……!! でもよジンベエ!! そんなに酷いことになってんなら魚人島にいるおれの友達はどうなってんだ!!? そいつらも酷い目に遭ってんならおれはその魚人帝国って奴をぶっ潰すぞ!!!」

 

「……!! じゃが今動いてもより人が死ぬんじゃルフィ!!! 魚人島には今も百獣海賊団の“真打ち”がおる……!! 今は数人じゃが、ホーディ達が連絡を入れればすぐにでも百獣海賊団の猛者達がやって来る!! そうなれば守りきれん!!」

 

 ルフィの強気の言葉にジンベエが同じくらい強い声で反論する。ジンベエは今の状況を冷静に見て、“反抗するのはまだ早い”と見ていた。ルフィの気持ちは痛いほどに分かるがそれを受け入れる訳にはいかない。

 何しろここで反抗すれば自分達だけではない。目の前の青年達までも巻き込んでしまうと、ジンベエは彼らに向かって謝罪をしようとする。

 

「すまん。お前さんらを巻き込んでしまった……!! わしにはただでさえお前さんらに負い目があると言うのに……!!」

 

「? 負い目? 何の話だ?」

 

「いや、あるんじゃ……」

 

 そしてジンベエは真剣な表情で告げる。自らが犯した事とそれを代わりに拭ってくれた一味への感謝を。

 ルフィはそれに気づいていないが、サンジは据わった目でそれを聞く姿勢を取る。何を言うかは薄々分かっていた。忘れっぽいルフィとは違ってその時に当事者であった仲間は覚えている──“東の海(イーストブルー)”での一件を。

 

「2年前の戦争の時は……この話が出来る状況になかった。“東の海(イーストブルー)”でアーロン一味の暴走を食い止めてくれたお主達に……わしは深く感謝しておったのじゃ……!! お前さんらなんじゃろ……? ──ありがとう……!!!」

 

「!」

 

 そう、ルフィ達に対しての感謝は元仲間の暴走を止めてくれたことに対するもの。

 そして謝罪はその大本の事だ。何しろジンベエこそがその一件の大きな要因と言っていい。ゆえにジンベエは詫びる気持ちを強く持って事実を打ち明けようとする。

 

「じゃが同時に謝罪をさせて欲しい。11年前……アーロンの奴を──」

 

「ニュ~~~!!! 大変だ!! ジンベエさん!!」

 

 ──だがその時、部屋に入ってきたのはこれまたルフィ達が知る人物。魚人の友達の1人だった。

 

「ハチ!! お前は無事だったのか!?」

 

「! おいお前……お前がいるってことはケイミーちゃんは……!!」

 

「おお、起きたのかお前ら!! ニュ~……心配してたぞ!! おれはしばらくシャボンディにいたんだがケガでこっちにケイミー達と戻ってきたんだ!! ケイミーもパッパグもここにいてお前達に会いたがってるぞ!!」

 

「なら良かった!!」

 

「ケイミーちゃん……♡ また美しくなってんだろうなァ~~~……!!!」

 

「ニュ~~!! 何なら今から呼んでくるか? 今ならちょうど家に……」

 

 元アーロン一味の幹部で2年前に再会して友達となったタコの魚人であるハチがルフィ達を見て再会を喜ぶ。来ていることは知っていたが、気絶していたため会いに来ることはまだしていなかったハチだったが、会うなり顔を綻ばせてケイミーやパッパグの無事を知らせた。どうやら彼らは戦争後もシャボンディに長らくいて魚人島の騒乱に出くわすことはなかったらしい。

 ゆえにルフィの友達は全員この場にいて無事だった。なんならケイミー達も呼んでこようかとこの場に現れた理由すらも忘れてハチが気を使おうとするが、それにジンベエが待ったを掛けた。

 

「待てハチ。何が大変なんじゃ?」

 

「ニュ? ──あ~~~!! そうだ!!! ジンベエさん!! 大変だ!! 今、魚人島で人間が暴れてるって……!! しかもそれが麦わらの一味と百獣海賊団だって報告が……!!!」

 

「え!!?」

 

「何じゃと!!?」

 

 ハチの報告にその場にいる面々が揃って目を見開かせる。この場にいない一味の仲間はやはり先に見つかり、ジンベエが懸念していた通り──抵抗して争ってしまっているようだと。

 

 

 

 

 

 偵察を行っている元ネプチューン軍の兵士の報告がジンベエに届いたその頃には……既に戦闘は1時間以上経過していた。

 

「ハァ……ハァ……やりますね……!! 貴方……!!」

 

「お前も随分とタフだな……!! ハァ……いい加減倒れやがれ!!」

 

「!!」

 

 人魚の入り江の工場で、小紫を相手にゾロが二刀の刀で攻め立てる。

 対する小紫は一刀だけでゾロの連撃を対処し、隙を見て攻勢に出ようとした。斬撃が激突し、流れ斬撃が周囲のサンゴや工場を破壊する。

 戦闘の余波から周囲の奴隷達は逃げ、遠巻きにその戦いを見守る。彼らは皆百獣海賊団を恐れているが、同時にその百獣海賊団の真打ち相手に互角に戦うゾロにも驚いていた。

 だが一味にとっては逆にゾロと対等に戦う相手に驚く。ナミやブルック、チョッパーが相手の武者を見て汗を掻いた。

 

「何あいつ……ゾロでも倒せないなんて……!!」

 

「随分な強者みたいですね……!!」

 

「何度も倒れてるのに……!! 不死身か……!!?」

 

 そう、一味にとってゾロはルフィやサンジと並ぶ一味の主力にして怪物だ。

 そこらの下っ端に負けるような相手ではなく、2年の修行もあってその強さは仲間でも計りきれない程に高まっている。

 だが“四皇”の部下はそのゾロと対等に戦っていた。

 剣術においてはゾロの方が僅かに勝っているのか、攻撃を当ててダウンを奪う回数はゾロの方が多い。しかし相手の小紫は何度も立ち上がってくる。

 それによって疲労が溜まってきたゾロに対し、小紫の背後にいた百獣海賊団の一般戦闘員達がそれを嘲笑った。

 

「バカめ!! 小紫さんは元“飛び六胞”だぞ!! お前ら如きに勝てるか!!」

 

「大人しく投降した方が身のためだぜ!! ギャハハ!!」

 

「くっ……数が多いな……!! 戦っても戦っても現れやがる……!!」

 

 戦闘員を殴り飛ばし、しかしフランキーは相手の数の多さに舌を巻く。

 まるでとめどないゾンビの軍団だ。戦闘員のタフさもさることながら、敵地であるため倒しても倒しても増援がやって来る。1人1人の強さは修行した麦わらの一味なら対処も可能だが、さすがに疲労が溜まってきていた。

 それでもゾロが幹部らしき相手を倒してくれれば良いのだが、強い相手に背を向けることは出来れば避けたいもの──だがそれはゾロが対応策を打った。

 

「キリがねェな……おいお前ら!! 先に行け!!!」

 

「え……でもゾロ!!」

 

「こっちなら大丈夫だ……!! 後で追いつく!! この侍はおれに任せろ……!!!」

 

「……! わかった!! 皆行くわよ!!」

 

「よ~~し!! 道を開けるぜ~~~!!」

 

「ぐわあァ!!」

 

 ゾロが小紫と鍔迫り合いを行いながらも仲間に先に隠れるように言う。自分はともかく、あんまり長引くと他の仲間も怪我を負う可能性が高いと見た判断だ。

 ナミや他の仲間は先に退避することを一瞬だけ躊躇したが、続くゾロの台詞にゾロを信頼してすぐに行動に起こした。フランキーが左手の火器で下っ端達を吹き飛ばしてそこにできた穴に走っていく。それを見た百獣海賊団の戦闘員が声を荒げた。

 

「おい!! 待ちやがれ!!」

 

「小紫様!! どうします!?」

 

「……! この場は私1人でも充分です……!! 最低限の兵だけ残して貴方達は逃げた者達を追いなさい!!」

 

「はい!!」

 

 真打ちとして部下達に指示を出すと部下達は逃げた麦わらの一味の追撃を開始した。しかしその発言にはゾロもまた反応する。

 

「ナメてくれるな……」

 

「……ええ。確かに、部下達ではもしかしたら捕まえられないかもしれませんね……!!」

 

()()()()そうだが……お前1人でおれを抑えられると思ってる事だよ!!!」

 

「!! (力が……上がった!?)」

 

 自分達を舐めるなとゾロが啖呵を切る。それと同時にパワーが上がり、鍔迫り合いを弾かれたことに小紫は驚愕する。

 “海賊狩りのゾロ”が能力者という話は聞いていないし、ガタイもそれほど良い訳ではない相手だが自分よりも力が勝っている。やはり気を引き締め直す必要があると小紫は自身の握る“外無双”に覇気を込めた。

 

「“河童流”……“黄泉川”!!!」

 

「!!!」

 

 縦に両断するつもりで放つ大技。斬撃が起こる程の膂力と鋭さを秘めた一撃は進行上にある地面すら割り砕き、ゾロを喰らおうと襲いかかる。

 だがゾロもまた気づけば口に刀を咥えて三刀に構え、その大技を覇気と刀で受け止めた。──それに小紫が驚くのも束の間。ゾロは身を低くして小紫にその武装色の覇気を叩き込もうと全身に力を込める。

 

「ッ……“三刀流”……!! “煉獄”──」

 

「!?」

 

 ゾロの高まった覇気が揺らぐオーラのような……鬼のように見える。

 一瞬にして踏み込み、敵を斬り伏せる三刀流の大技。2年の修行でパワーアップしたそれをゾロは放った。

 

「“鬼斬り”!!!」

 

「!!!」

 

 大技が小紫の前面を襲う。

 一瞬にして小紫の背後に斬り抜けた。対応出来なかった小紫は痛みに呻き、その場に膝を突く。

 

「ウ……!!」

 

「ハァ……ハァ……手こずらせてくれたな……ワノ国の……()()……!!!」

 

 そしてゾロは露わになった武者の中身に向かってそう言う。

 ゾロの一撃は武者の兜と鬼面を叩き割り、その正体を露わにしたのだ。他の一味は恐らく気づいていないであろう、近くで剣を合わせ、戦っていたゾロだからこそ分かったその正体。

 小紫は──女であるということ。

 

「く……“ワノ国”のではありません……!! それに……勝負はまだ終わっていませんよ……!!!」

 

「……? 何だ、まだやるのか。無理すんなよ。大人しく倒れてても良いんだぜ……!!」

 

「ナメないで下さい……!! 私は百獣海賊団の幹部……“真打ち”……!! この程度で倒れるような柔な鍛え方はしていません……!!!」

 

「……ハッ、根性ある女だな……!! なら気絶するまでは付き合ってやる……!! 新世界前の肩慣らしにゃ不足ねェ……!!!」

 

「調子に乗らないように……!! 身の程を教えてあげます……!!!」

 

 再び立ち上がった小紫が刀を握り、ゾロに向かって横一文字に斬りつける。ゾロは途中まで溜息をついて軽く呆れていたが、その根性とタフさに敬意を払って再び刀で打ち払った。──新世界に入る前の肩慣らし……いや、その最初の戦いとしては不足なしだと。

 だがほんの少しだけ気になることもある。それは──

 

(こいつ……強ェがいまいち()()がねェ……か? どこか違和感がある……何だ?)

 

 小紫の戦闘にどこか違和感を感じ、刀を受け止めながらゾロは頭を捻らせる。頭を使うことは苦手だが、戦いに関することはまた別だ。本能で分かることも、刀を打ち合わせたことから分かることもある。

 それに従えば……小紫にはどこか、自ら戦う意志が欠如している──ように思えた。

 ゆえに実力を出すのに相応しい“敵”ではあるが、やる気が少し萎える。だからこそ適当なところで切り上げようとゾロは方針を決めて、再び刀に力を込めた。それでもそれなりに本気でなければ、勝てる相手ではないと。

 

 

 

 

 

 ──人魚の入り江から離れて魚人島の内陸に向かうナミ達は百獣海賊団や魚人帝国の兵から逃れて建物の陰にて一息をついていた。

 

「ハァ……ここまで来れば安全ね」

 

「どこもかしこも奴さんの兵だらけだな。住民は全員魚人帝国とやらの兵士か」

 

「でも魚人も働かされてるぞ……何を作ってるんだ……?」

 

「確かにこれは海底の地獄ですね!! 噂で聞いたものとは大違いです!!」

 

 ナミ、フランキー、チョッパー、ブルックが建物の陰から表の通りを見て呟く。この辺りになると住民が住んでいる建物もあるが、その住民もまた魚人帝国の兵士らしく報告が届くなり少なくない数の住民が周囲の捜索に加わっていた。

 そして一方で工場の監視を行う人員にもぬかりはない。鉄や石を運ぶ人間と魚人の奴隷達は監視の兵士によって痛めつけられながら血反吐を落とす。それでも休むことは許されず、休んだ者には制裁の暴力が飛んでくる。それを見て下卑た笑みを浮かべて盛り上がる兵士達。魚人島は胸クソ悪い光景がそこら中に広がる地獄と化していた。

 

「おら!! 働け!! 休んでんじゃねェ!!」

 

「ぎゃはは……!! もうギブアップか!? 魚人の面汚しが!!」

 

「ハァ……ハァ……!!」

 

「うわ!! 見て下さい、大きな魚人の方が足蹴にされてますよ!!」

 

「胸クソ悪ィな……どこもかしこもこんな感じか……」

 

「……!! あの魚人……!! 背ビレが傷ついてる……!! 凄い傷を負ってるのにあのままじゃ死にかねないよ!! どうにか出来ないかな……」

 

「一先ずルフィ達と合流しねェとな。おいナミ──あ、どうした?」

 

「……!!」

 

 表の通りで並ぶ奴隷達。その中の1人の大柄な魚人が兵によって足蹴にされて唾を吐かれる。だが鎖で縛られ、全身に傷を負うその魚人は反抗することは出来ない。馬鹿笑いをした兵士が去った後もよろよろと立ち上がって働きに戻ろうとした。

 ブルックにフランキー、チョッパーはその光景を見て気分を害する。ナミも当然、その光景は気分の良いものではないが……彼女にとってはそれ以上に心乱されるものが映っていた。

 

「何で……!!」

 

「あ、おいナミ!!」

 

「今表に出たらマズいですよ!!」

 

 フランキーとブルックが突然動き出したナミを見て制止を呼びかける──が、ナミは止まらない。

 幸いにも兵士の監視が去った後の表通りに出ると周囲の魚人や人間の奴隷がざわつく──が、やはりそれすらも無視してナミは1人の魚人に対して様々な感情が蘇り憤ったような表情を見せると、その内心の“訳の分からない”といった疑問をその魚人にぶつけた。

 

「……!! 何でアンタが……何でアンタがここにいるのよ!! ──アーロン!!!」

 

「……アァ……? てめェ……ナミ、か……?」

 

 アーロン一味の元船長……アーロン。

 ナミにとっては仇であり、憎むべき対象であるその1人の魚人が──見るに堪えないボロボロの姿でそこにいた。




海底の地獄→楽園ではなくなった。オトヒメに協力した魚人や人魚は全員奴隷。
ハモンド→国境警備。原作よりも数が多いのは敵襲警戒の為。
ソノ→モットーは他力本願。明日出来ることは明日やれ。面倒なことはすぐ上司に報告。
魚人島上陸組→ゾロ、ナミ、チョッパー、フランキー、ブルック。人魚の入り江に上陸。
魚人街組→ルフィ、ウソップ、サンジ、ロビン。溺れかけていたところをジンベエ達タイヨウの海賊団が救出。ちなみに魚人島にはタイヨウの海賊団の協力者がいます。
タイヨウの海賊団&旧リュウグウ王国→魚人街に逃げ込んだ。反乱軍みたいなもの。支援者あり。ハチやケイミー、パッパグは無事。ジンベエが恐れてるのはホーディではなくそのバックです。
小紫→VSゾロ。一時間真正面から激突しあってます。一応ゾロ優勢ですが、理由もある。でも原作のピーカ戦とかよりも全然苦戦してます。タフ。
100ベリー食用鮫→詳細は次回。因縁の再会。

ということで魚人島の冒険です。ぶっちゃけホーディ一味はどうでもいいですが、魚人関連の因縁は大集合です。次回は支援者の魚人関係者がまた2名程登場。それらを書くための5話って感じ。サメは基本的に可哀想です。次回は過去回想もあるかもしれない。お楽しみに。

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