正体不明の妖怪(になった男)、情緒不安定な百獣の腹心になる   作:黒岩

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魚人の歴史

 ──魚人島、武器工場。

 

 島のあちこちに建てられた武器工場の一つ。人魚の入り江にほど近いその工場は戦闘の余波によってサンゴや地面、建物が抉れ、奴隷達は自然とそこから逃れようと円を作っていた。

 そして誰もが目の前にいる渦中の3人からは目が離せない。映像電伝虫のモニターでは今の魚人島を支配しているホーディ・ジョーンズが映っているが、その話を耳にしながらも争いは無視出来ないものだ。危険が降りかかるのを避けることと──不可解な状況を見てそれに驚いているため。

 

「おい……どういうつもりだ……!?」

 

 そしてその中心にいる男は魚人達が見慣れない三刀の刀を腰に差す男で、そのうちの二刀を手に持って魚人達がこの2年で見慣れた魚人帝国の幹部に凄んでいた。その男──“海賊狩りのゾロ”は背後の倒れた敵を庇うように立ち塞がりながら、飛んできた分銅の攻撃を軽く刀で弾いた。

 攻撃を放ってきた魚人帝国幹部ゼオはそのゾロの怒りを伴った声に鼻を鳴らし、しかし質問には答える。彼は自称“魚人街の貴族”。プライドの高い男であり、だからこそ生意気な人間の海賊を力でも言葉でも叩き潰そうとした。

 

「どういうことかだと……言ったハズだ!! 我々はこれより、世界を獲るために行動を起こす!! 無駄なものを全て削ぎ落として!!」

 

「……こいつはお前らの仲間なんじゃねェのか?」

 

 ゾロは先程まで戦っていた背後の女を指して言う。百獣海賊団の“真打ち”小紫──気絶している彼女に対し、ゼオが攻撃を行ったため、ゾロはそれを防いだのだ。

 聞いた話では新魚人海賊団は百獣海賊団の傘下。ならば小紫はゼオ達の仲間であり、少なくとも敵対する間柄ではない筈。ましてや気絶してもう戦えなくなっているところに追い打ちを掛けるなど……ありえないことだ。

 だがゼオにとってはその質問自体がありえないもの。不快であり不可解だ。当たり前の事だとゾロに言葉を返す。

 

「下等な人間風情が仲間など……ありえないことだ!!! 確かに我々はこの2年!! 百獣海賊団の傘下に甘んじて来たが……それは全て世界を獲る計画のための雌伏に過ぎない!! 準備が終わった今!! 人間の顔色を窺う必要などない!! そこの女も武器工場も……奴隷達も皆、もう用済みだ!!!」

 

「……!!」

 

 ゼオの高らかに謳い上げるような台詞にゾロは眉を立てた。ゼオの言葉と行いに腹を立てる。

 とはいえそれは彼らの主義に対することではない。魚人が絶対かつ至高と信じて止まない種族主義……過去にもそういう連中と戦ったが、過去の連中と目の前のこいつらには決定的に違うところがある。

 

「そ、そんな……なんでおれ達まで……!!?」

 

「毎日お前らのために……武器を作るためにロクに寝ることも食べることもしないで働いたのに……!!」

 

「用が済んだら始末されるってのかよ……!!」

 

「ああ、その通りだ!! だが有り難く思え!! 貴様らは魚人帝国に逆らった逆賊でありながら崇高なる我々の計画の一助となることが出来たのだ!! せめて苦しまずに殉死させてやろう!!!」

 

「そ、そんな……!!」

 

 武器工場で働かされていた奴隷達がざわつき、ゼオに抗議じみた声を上げる者もいるが、ゼオの救いのない言葉によって彼らは絶望に沈む。

 彼らは同じ魚人や人魚でありながら魚人帝国に逆らい、なおかつ逃げることが出来なかった元リュウグウ王国の市民。魚人帝国の思想に賛同しなかったため魚人帝国の国民ではなく奴隷に落とされ、同胞としては扱われない。

 そんな彼らを殉死させると息巻き、懐から薬物を取り出して摂取したゼオは再び視線をゾロに向けて告げる。戦意を向けられてゾロも言葉を返した。

 

「……どうしてもやろうってのか」

 

「フン!! 貴様も人間にしてはやるようだが……魚人の腕力は生まれついて人間の10倍!! 更にこの薬“E・S(エネルギー・ステロイド)”を呑めば一粒につき更にその倍で20倍!! 2粒でさらに倍!! この意味が分かるか……!?」

 

「……いいや、分からねェな」

 

 頭の悪い人間、察しの悪い人間だとゼオは決めつけ、ゾロに向かって姿を消して肉薄する。オオセザメの魚人であるゼオはカメレオンのように身体の体色を変化させて風景と同化し、姿を消すことが出来る。

 だが彼にとってはその力すらおまけのようなもの。魚人とは生まれついて強い、優れた種族。水の中で呼吸も出来ず、力も貧弱、おまけに頭が悪い下等種族に負ける筈がない。

 ……というのがゼオの心だ。だが、ゾロはまた真逆の内心を浮かばせていた。

 

「非力な人間の貴様では何をしようが無駄だということだ!!! これがあれば今までは倒すことが出来なかった目障りなタイヨウの海賊団もまた排除出来る!! 貴様のようなそこそこ出来る人間もな!!!」

 

「…………そうかよ」

 

「フフフ……もはや言葉もないか? なら楽にしてやろう!! さァ、1人目の犠牲者だ!! 死ね!!!」

 

 速度を速めて鎖分銅を振るうゼオに、ゾロは気の抜けた様子で言葉を受け取る。刀を持った手をだらんと自然に垂らし、構えもしない。

 そんな様子に周囲の者達は一瞬後にゾロが血飛沫を上げて倒れる光景を想像した。思わず目を瞑る者もいる始末。

 だがその全ては──()()()()

 

「!!!」

 

「……え……?」

 

 見ていた者達が思わず間の抜けた声を上げる程……勝負は一瞬でついた。

 姿を消していたゼオの姿が現れる。血飛沫を上げて。体色を変化させる意識がなくなったために。

 そしてゾロは通り過ぎて斬り伏せたゼオを後ろ目に思い、呟いた。

 魚人である彼らが如何に生まれついて強く、水の中で呼吸ができ、仮に頭が良かろうとも──

 

「ならおれの強さは……お前の何百倍だ?」

 

 ──何一つ、自分に勝てる理由にならない。

 横たわる圧倒的な実力差をゾロは対峙した時点で察していた。ゆえに無理に斬り伏せる必要はなかった。ゾロの実力なら峰打ちで済ませることだって出来たが、それをしなかった理由はひとえに彼らの行い。

 

「高くついたな……おれを怒らせた時点でお前は負けてたんだよ──カメレオン野郎……!!」

 

 味方に手を出すような──ましてやカタギに手を出すような気に入らない行いをして自分を怒らせた時点でゼオの負けは決まっていた。

 魚人の腕力が何十倍だろうと薬があろうと関係ない。それでも相手は大したことのない井の中の蛙だった。

 勝負がつき、刀を鞘に納める。残心。息を入れてゾロは周囲を見渡し、背後の女に目を向けた。

 

「さて……おい!! こいつの仲間はいねェのか!? いたらさっさと連れてけ!!」

 

「!!?」

 

「ぜ、ゼオ様がやられた……!!」

 

「や、やべェぞ……!! 船長に……!! ホーディ船長に報告だ!!」

 

「あ、おい!!」

 

 ゼオが倒れたことで静まり返っていた周囲が再びざわつく。

 ゾロは未だ地面に伏している小紫を指して野次馬達に問いかけた。が、そこには奴隷達と奴隷を監視する新魚人海賊団がいるのみで、百獣海賊団の格好をした者は1人も残っていない。

 魚人帝国の連中は幹部のゼオがやられたことで慌て、一目散に逃げていった。ゾロは制止を呼びかけたがそれも無視される。すると残ったのは奴隷達と倒れた小紫のみで。

 

「……増援を呼びに行きやがったか。このままここに居続けたらまた囲まれちまうな……」

 

 ゾロはそれを考えて微妙な顔になる。ぶっちゃけ、何人かかってこようが斬るつもりではあるのだが、そろそろナミ達と合流したい気持ちもある。船も奪われたら面倒だし、国がこの状況だとさっさと仲間や船長と合流して船を出すのかどうするのかを相談したい。

 相手がそれほど楽しい相手でもないこともあり、ゾロの行動の指針はまず逃げ隠れることに偏った。追われたり戦っていては合流するにも難しい。

 だからこそさっさとこの場を離れようと足を外に向けるが……しかし倒れている女が目に入る。

 

「……しょうがねェな」

 

 傘下に裏切られた相手は不憫ではあるが、敵であるため、助ける義理はない。

 しかしこの場に居続ければ女は死ぬか酷い目に遭うだろうとゾロは思い、そこまで考えたところで彼女を肩に抱えた。

 

「さて……ナミ達か船か……いや、あいつらはあいつらで何とかするだろ。とりあえず船だな……!!」

 

 そして小紫を抱えたままその場を後にする。同じ剣士として戦ったよしみ、情けとして見つからない路地裏かどこかくらいには隠してやろうと。

 仲間達と合流を先にするか、船に戻るかで悩むが、2年の修行を経てナミ達にもまた信頼を置いたゾロは仲間ではなく船に戻ることを決める。ゾロ1人では船は出せないが、船にいれば仲間達も集まってくるだろうと。

 

「確か船があるのはこの隣の入り江だったな……よし、()()()だ」

 

 そして武器工場からそれほど離れていない人魚の入り江に向かおうと、()()()()()……島の中心に向かって駆けていった。……判断自体に間違いはない。間違いなのはこの男のどうしようもない迷子癖、方向音痴さだった。

 

 

 

 

 

 映像電伝虫の念波で映像は魚人島本島から魚人街にも届けられる。

 ゆえにそのホーディの宣言には元リュウグウ王国民も含めた大勢の魚人や人魚に余さず伝えられた。

 

『おれ達はこれから本島にいる奴隷共と魚人街に逃げ隠れるタイヨウの海賊団を皆殺しにして、全ての武器を回収し次第……新世界へ向かう!!! そしてジャックさんと合流し、今年の百獣海賊団の大宴会に潜入し、カイドウとぬえ、大看板を含む幹部共を暗殺し、奴らを皆殺しにする!!!』

 

「な、なんだと!!?」

 

「ホーディの野郎……何を血迷ったことを……!!」

 

 そしてそれを聞いていたタイヨウの海賊団の中心人物達アラディンやハチは驚き、汗を掻いている。麦わらの一味もまた大勢の魚人が皆殺しにされると聞いて顔色を変えた。画面の中のホーディはどこまでも傲慢かつ尊大にそれらを決定事項、決まった未来として語る。

 

『この世界を魚人の楽園にする……!! その時は来た!!! 潤沢な武器と20万人の兵士が集まった!! もはやこの魚人帝国の戦力は四皇にも引けを取らねェ!!!』

 

「2、20万人!?」

 

「…………」

 

 ウソップがその数の多さに純粋に驚く。1海賊、国を治めていたとしてもその兵力は確かに脅威だ。魚人の兵がそれだけいるなら海戦においては確かに敵なしなのかもしれないと四皇の強さを知らないウソップは唾をごくりと飲み込む。

 だがその場にいたジンベエは同様に驚き、汗を掻きながらもその発言には疑問を覚える。映像を見て憎たらしくホーディを見据えながらもそれを口にする。

 

「だがおかしい……ジャックと言えばカイドウとぬえの懐刀として名高い大看板の1人……ホーディ如きのために裏切るとは思えんが……」

 

「ああ……だがジンベエ。このままでは囚われている同胞達が……!!」

 

「……ああ、事の真相はともかくそれはマズい……!! 何としても止めなきゃならん!!」

 

 ハックもジンベエの言葉に同意しながらも今の状況がマズいと語る。ホーディの凶行を許す訳にはいかない。

 誰もがそう思い、タイヨウの海賊団はジンベエの号令を待った。準備が出来ていないとはいえ、そんなことを聞いて黙ってはいられない。

 背後にいる百獣海賊団がどう動くかは分からないが、もはやそれを考慮している場合ではないと動こうとする。そして、それを見て更に声を上げたのはこの場にいる最悪の世代の海賊だった。

 

「ならジンベエ!! おれ達も行くよ!!」

 

「! それは……じゃが……!!」

 

「あの島にはおれ達の仲間もいる!! しかもあのホーディってのともう戦ってんだろ!? ならどっちにしろ同じことだ!!」

 

「……!!」

 

 その言葉にジンベエが揺らぐ。ルフィ達を巻き込まぬようにと配慮していたが、確かに百獣海賊団の事を考慮せずに動こうとしている今、ルフィ達の力も借りた方が魚人島解放は果たせるのかもしれない。

 更にはこの状況。今のこの状況ならルフィ達が動いても……人間への悪感情はこれ以上もたれないのではないかとも思う。それは希望的観測でありながらも悲観的な考えから来るものだ。

 何しろ百獣海賊団が島を破壊し、多くのものを自分達から奪ったせいで魚人と人魚の人間に対する悪感情は高まっている。今更ルフィ達が動いたところで何も問題がないのではないかと思える程に。

 いや、もしかしたらルフィ達や協力してくれる人間をヒーローになるようにして動けばそれも取り戻せるかもしれない。そうすれば亡きお頭の想いも果たせる。

 

『これより3時間後!! ギョンコルド広場で奴隷達の皆殺しを始める!! タイヨウの海賊団!! それを防ぎたきゃ来い……!! 20万人の兵でお出迎えしてやる!! ジャハハハ!! 大掃除の時間だ!!!』

 

 2つの考えがジンベエの中で揺れ動く。悩んでいる時間はそれほどない。

 自分達を誘ったのは自分達もまた邪魔者だからだ。奴隷達を餌にして誘き出し、囲んで叩く。嘘だろうが本当だろうが自分達は行くしかない。

 ならばやはりルフィ達に協力を仰ぐべきかと──そう考えたところで声が掛かった。

 

「ジンベエさん!! 本島にいるコアラから連絡が……!!」

 

「! 来たか……ここに映してくれ!!」

 

「はいっ!!」

 

 タイヨウの海賊団の1人がやってきて連絡が来たと伝えてくれる。しかも映像電伝虫だ。

 ジンベエの言葉に従って切れたホーディの映像を映していた場所に潜入してる相手のそれを映し、こちらも相手に姿を見せるために映像電伝虫を設置する。すると協力してくれている人間とここにいない麦わらの一味の姿が現れた。

 

『ジンベエさん!! ハック!!』

 

「コアラ……そっちの状況はどうなっておる?」

 

『麦わらの一味と合流して隠れ家に入ったよ。今、ホーディの映像が……!!』

 

『ルフィ!!』

 

「あ、お前ら無事だったのか!! 良かった!!」

 

「んナミさ~~~~~ん♡」

 

 どこかの建物の中、隠れ家と思われる場所にナミ、チョッパー、フランキー、ブルックが映る。コアラが真正面に屈むようにして映り、他の者達は周囲にいた。

 映像越しではあるが仲間の無事を喜ぶルフィ達だが、対してナミ達の表情は安堵はしているものの微妙なものだ。

 

「あれ、ゾロは?」

 

「ゾロは多分無事! だけど……」

 

 そしてその場にいないゾロの事を問えば、無事だとは返ってくる。一味の誰もがゾロがやられるとは思っていないため、そこに深刻な様子はない。──迷子にはなっているかもしれないが。ゾロに対する信頼は一味の中でルフィに次いで高いものだ。

 だがそれでもナミの顔色があまり良くないことにルフィやサンジなどは訝しんだ。そしてその理由を知るのは、ナミの隣にいたコアラだ。複雑な表情でナミを見やるが、それでも役目としてコアラはジンベエ達にもそれを伝える。コアラにとってはそれも目的の一つだから。

 

『その……ジンベエさん。実は……アーロンさんを見つけて……』

 

「!!? 何じゃと!!?」

 

「あ、アーロン!!?」

 

「ニュ~~!! アーロンさんが!!? それは本当かコアラ!!」

 

 想像しなかったその名を告げられて麦わらの一味、それを知るロビン以外のルフィ、サンジ、ウソップは驚愕し、タイヨウの海賊団の面々も大きく反応を見せる。特に元アーロン一味でもあったハチは特に反応を見せてコアラに再度確認した。

 

『……うん。麦わらの一味を助ける際に見つけて……それで、その……』

 

「!! にゅ、ニュ~~……そうか……それは……」

 

「…………」

 

 コアラの言いにくそうな返答にハチは一瞬、反射的に喜びかけるが、ナミが顔を俯かせているのを見てすぐに言葉を飲み込む。

 そう、ナミにとってはアーロンは憎き親の仇であり、どうあっても許せない相手だ。それと再会したというだけでも心は穏やかではいられないだろうし、アーロンが見つかって喜ぶことも彼女の前では不謹慎と言う他ない。

 だからだろう、その所業とナミとの関係を知るタイヨウの海賊団は誰もが言葉を噤み、静寂が訪れたが……それを破ったのは責任を感じているジンベエだった。

 

「そうか……すまん。こんな時じゃが言わせてくれ」

 

「? 何をだ、ジンベエ」

 

 ジンベエにお世話になり、友達だと思っているルフィが純粋に問いかけるとジンベエは真面目な顔で告げた。

 

「感謝と……謝罪じゃ。2年前の頂上戦争では……今この時以上にこの話が出来る状況ではなかった。“東の海(イーストブルー)”でアーロン一味の暴走をくい止めてくれたのはお前さんらなんじゃろう? ありがとう……!!!」

 

「!」

 

 まずは感謝を口にする。ジンベエにとってアーロンは兄弟同然に育った同胞の1人。道を違えたとしてもアーロンのやったことはジンベエの責任でもあり、そのため深い感謝と……謝罪を告げるのだ。

 

「じゃが謝らせても欲しい……11年前、アーロンの奴を“東の海(イーストブルー)”に解き放った張本人は……わしなんじゃ!!!」

 

「!!?」

 

 ナミがその言葉を真っ直ぐに受け止め、一味は驚愕する。──そしてジンベエやハチらは語り始めた。

 魚人の歴史。その差別と自由の歴史を。

 

 

 

 

 

 ホーディの宣言が魚人島全域に布告され、魚人街でジンベエ達が麦わらの一味に過去を語っている頃。

 

 ──新世界、“赤い港(レッドポート)”。

 

「ようやく……終わりそうですね」

 

 シャボンを用いて巨大な赤い壁を行き来するその港はかつて世界政府関係者だけが使うことの出来た巨大なエレベーターだ。

 だが今やその港もその上の大地も……海賊のものとなっている。

 港とその巨大な赤い大陸──“赤い土の大陸(レッドライン)”には2つの海賊の旗が掲げられていた。

 その名は海賊帝国。四皇──“百獣海賊団”と“ビッグマム海賊団”の海賊旗。

 今や聖地マリージョアの跡地は彼ら海賊帝国が前半の海や4つの海に攻め込むための準備を行う“前線基地”となっていた。

 新世界に拠点を持つ彼らなら“凪の帯(カームベルト)”を渡って“西の海(ウエストブルー)”や“北の海(ノースブルー)”に入ることは可能だが、最強の軍勢を誇る彼らでも大型海王類が跋扈するその海の往来は安定しない。

 ゆえに安定した進軍路を確立するため、聖地は今や新たな海賊の為の要塞となっている。前半の海に渡ることも当然可能であり、“赤い土の大陸(レッドライン)”の上を渡ることで“南の海(サウスブルー)”や“東の海(イーストブルー)”に渡ることだって出来るのだ。

 その地獄を作り上げるための拠点の入り口に……全てを諦めている怠惰な人魚の姿があった。

 

「不必要な歴史と……その“思想”が」

 

 百獣海賊団の真打ち。そして元人魚柔術の師範でもあるソノは積荷を運んで忙しそうにしている船団を見ながらその時を待っていた。

 予定よりは少し早いとはいえ、ホーディという魚人の意志を受け継いだ男が切っ掛けとなったならこれも運命なのだろうとソノは思う。やはり魚人という種族はこうなる運命なのだと。

 そしてソノはそれを11年前から……いや、思い返せばそれよりもっと昔から知っていたのだと心の中で答えを出す──魚人の歴史とは……“奴隷の歴史”なのだと。

 

 

 

 

 

 ──32年前、魚人島。

 

 魚人島、リュウグウ王国とはれっきとした世界政府加盟国のひとつであり、“偉大なる航路(グランドライン)”でも有数の観光スポットとして有名だった。

 だがその実態は酷いものだ。200年前までは魚類として分類され、酷い迫害と差別を受けていた魚人と人魚は人類の一種だと公的には認められたとしても、地上の人間達の頭の中では差別意識が根強く残っていた。

 他ならぬ世界政府……天竜人ですらそうなのだから当然の事だろう。聖地に近いシャボンディ諸島や恵まれた世界政府加盟国ほど差別は根強く、人攫いと人身売買は横行していた。

 それは当時の比較的平和な世界でもそうだ。

 当時、世界は“大海賊時代”ではない──それどころか海軍や世界政府の旗色が良かった時代だ。

 何しろ僅か6年前に世界中を荒らし回っていた最大最悪の海賊団、“ロックス海賊団”が壊滅し、海賊はその数を大きく減らし、被害も減少傾向にあった。

 無論、新世界で活動する大海賊達の活動は収まることはなかったとはいえ……魚人島は当時、それほど荒れてはいなかった。

 後に王となる海神ネプチューンの率いる軍隊は精強で、数少ない海賊達の暴力から自分達の力で国民を守ることに成功していた。

 だからこそ安全に次代を担う魚人や人魚は深海という狭く暗い世界で伸び伸びと暮らしていた。

 

『水の動きをもっと意識しろ!!』

 

『はいっ!!』

 

 ──リュウグウノツカイの人魚、ソノ。3歳。

 物心がついた時には既に人魚柔術の前師範。親でもあるその人魚に教えを受け、人魚柔術の修行に明け暮れていたソノはそれでも恵まれていた。

 そしてソノ自身も特に不満はなかった。

 リュウグウ王家の護衛と武術指南役を代々務める家に生まれ、厳しい修行を行いながらも友人も普通にいる。魚人空手の道場を訪れた際にハックという3つ年上の魚人や同じく指南を受けている人魚達とも仲は良かった。

 

『せいっ!!』

 

『うぎゃっ!!』

 

『こいつ、強ェ!! 魚人街の孤児の癖に!!』

 

『何じゃと……!?』

 

『ぎゃあ!!』

 

『シャハハ!! ジンベエのアニキ強ェな!! もう気絶してるぜ!! その辺にしとけよアニキ!!』

 

『……フン』

 

『…………』

 

 そして親のいない魚人街の孤児とは違って親もいる。少し年上の魚人達がよく喧嘩に明け暮れているのを見て可哀想だと思いながらも深く関わらなかったのは彼らが怖かったのか、あるいは無意識にそれと関わるのを避けていたのか。

 だが一貫して大人しくも真面目な子であったのは確かだ。他のやんちゃな子供とは違ってギョバリーヒルズの一等地で割と恵まれた生活をしながらも人魚柔術の厳しい修行を受ける日々は客観的に見ても恵まれており、ドロップアウトさえしなければ子供ながらにエリートとしてリュウグウ王国の軍隊の要職に就けるだろう。そのためのレールは既に敷かれていたし、やはり不満もない。むしろたまに島を荒らす人間の海賊から島を守るのだと正義感すら芽生えていた。

 

 ──今にして思えば何とも無謀なことか。

 

 幼き少女はそれを知らなかった。この島に来て考えなしに暴れ回る半端な海賊は、確かに恐怖ではあるがその恐怖はリュウグウ王国の兵士によって鎮圧されるため、憧れや希望に変わる。

 時には自分の親もまた人間の無法者を鎮圧した。それらを格好良く思い、自分もそれになるための修行をしているのだと思えば……子供は単純に勇気と希望が沸き上がってくる。

 憧れをより募らせるには無理なきこと。子供や市民の大半は海神ネプチューンや兵士達を誇りに思い、感謝していたのだからそれはリュウグウ王国民にとって普通の事だ。

 しかしその価値観は長くは続かなかった。ある日少女は──本物の“恐怖”を見た。

 

『き、貴様!! 私を誰だと思っている!!?』

 

『お下がり下さい!! 国王様!!』

 

 その日は確か、リュウグウ王国に珍しく別の国から外交で王族とその兵達がやってきていた。

 魚人や人魚に友好的に接する人間の王族は珍しい。そうじゃなくても国と国との関係を結ぶことは魚人達の未来を考えれば大きな前進となる。

 だが海底は危険も多い。

 ゆえにリュウグウ王国の兵にも劣らぬ程の精強な兵士達が街を観光する王族を護衛していた。人間は魚人の10分の1しか腕力がないが、それでも強い人間はいる。この人間の兵士達は確かに強そうで、リュウグウ王国の兵でも簡単には倒せない強さを持つ者達なのだろう。だが──

 

『ウィ~~~……ヒック。あ~~……うるせェ……!! てめェが誰だろうと……知ったこっちゃねェんだよ!!!』

 

『!!!』

 

 ──それを一息で一蹴する怪物が現れた。

 2本の角が特徴的な金棒を持った大男は巨大な龍に変身するとその王族と護衛達を焼き払った。その余波だけで建物が消し飛び、周囲が火事になり、多くの魚人や人魚が犠牲となる。

 それを見たソノはただ恐怖に震えて見上げ、そして逃げるしかなかった。

 

『クソッタレが……!! せっかく気分良く観光してたってのによ……!! おれの邪魔しやがって……!!』

 

『…………!!』

 

 巨大な龍。本物の龍。

 後に悪魔の実の能力だと聞いたが、それでもそのどうしようもない巨体と暴威に少女の価値観は一瞬で打ち砕かれる。

 恐怖に負けて逃げ、離れたビーチの岩場に隠れたが……そこもまた安全ではない。

 

『わ~~~~~♡ 人魚だ~~~~~~~!!! しかも取り放題だ~~~~~~!!!』

 

『きゃっ……!!』

 

『やめて……!!』

 

『こらこら逃げないでよ!! 逃げたら痛いよ? ──ほら』

 

『!!!』

 

『!!? そんな……!!』

 

『いえ~~~~い!!! 獲ったど~~~~~!!! 銛じゃないけど槍で一刺し!! これは食用にしよーっと!! 楽しみだな~~~♪』

 

『……!!』

 

 ──入り江は地獄絵図だった。

 見た目が可愛らしい黒髪の少女、しかし背中から何の生き物か分からない不思議な羽を生やし、空をふよふよと浮かびながらその手に持つ三叉槍で人魚を串刺しにしていく恐ろしい少女。

 人魚や魚人を人間と思えない扱いをするその少女は多くの魚人や人魚を容赦なく捕らえ、逃げる者は串刺しか、空を飛ぶUFOから放たれるレーザーで貫かれる。

 容赦も慈悲も一切ない。

 

『ア~~~……戻ったぞ、()()

 

『あ、()()()()。おかえりー……って酒臭っ!! もう飲んでるの? これから宴会で飲むのにさ!!』

 

『問題ねェ……酔いはもう醒めちまった。せっかく大人しく観光してたのによ……変な野郎がおれに因縁つけてきやがったんだ……!!』

 

『どこかの国の王族だと聞いた……もしかしたら向かってくるかもしれねェ。やるならおれが後始末つけてくるが……?』

 

『あ、そうなんだ。……まあでも良いんじゃない? 向かってくるなら叩き潰す感じで。それよりほら!! 良い“酒の肴”が採れたから調理してよ()()()!!』

 

『! これは……ああ、あんたも暴れてたのか』

 

『漁してただけだよ!! ほら、直に()()()()()()()()()()も戻ってくるし、先に始めよ!! 魚人島来訪記念宴会!!!』

 

『ウォロロロ、それもそうだな!! 野郎共!! 飲むぞ!! 宴だ!!!』

 

『ウオオオ~~~~~!!!』

 

 それは怪物達の宴。獣の咆哮。鬼達の馬鹿騒ぎ。

 背中に黒い巨大な翼を持ち、どういう訳か炎を背負う大男が魚人や人魚を刺し身や寿司にし、あるいは焼き魚や炙りにして酒の肴にする。

 それを美味しそうに頬張る正体不明の少女。話を聞いて大笑いする鬼のような大男。途中から現れた太った巨漢の男もまたそれに加わる。

 ……結局、リュウグウ王国軍は彼らに敵わなかった。それどころか、一度撃退された時点で住民の避難を優先して彼らには当たらないことにした。

 だがそれを少女は責めることもないし、失望することもない。

 むしろその判断を心の中で讃えた。彼らの恐ろしさを目の当たりにし、価値観を一変させた少女にとってその判断は英断と思わせる程。

 

『あんな怪物じみた人間に……敵いっこない』

 

 人間という種は魚人や人魚より遥かに強い。魚人や人魚で最強なのはネプチューンや魚人空手や人魚柔術の師範。あるいは魚人街を纏めているフィッシャー・タイガーだろうが……それでも彼らに敵うとはとても思えない。

 それはそうだろう。魚人空手や人魚柔術でどうやってあの巨大な龍や正体不明の少女を倒せるというのか。大型の海王類に挑むよりも厳しい相手に。武術を鍛えたところで敵う筈がない。

 しかもだ。後からその話を聞けば……彼ら、百獣海賊団ですら新世界の大海賊に比べれば劣るという。

 人間の強者は魚人や人魚と比べられない程に強く、その数も多い。

 考えてみれば海軍は人間の軍隊であるにも拘わらず、魚人より遥かに強大で強者の数も多く、凶暴な海賊達を打倒し、世界政府という巨大な組織を守り切ることに成功している。

 魚人島がほんの僅かにでも平和になったのも世界政府という巨大組織に加盟し、その庇護を受けていることが大きい。そうでなければ海賊か、あるいは彼ら自身に潰されていたかもしれない。

 水の中であれば自由な魚人や人魚も……陸では、太陽の下では人間に敵わない。

 そのことを自覚した少女は、その日からどこか諦観した思いを心の中心に置いて過ごすことになった。

 

『魚人や人魚の運命は人間次第……人間の心ひとつで決まる』

 

 ──魚人や人魚は人間より……劣る種族なのだと。

 

 そしてだからこそ、人間に逆らうべきではない。人間に傅き、庇護を受け、そうすることで安寧を得るのが唯一の救われるための選択だと。

 その意志を芽生えさせ、成長するにつれて徐々に確かにした。人魚柔術の修行は真面目に、必死に行った。人間に打ち勝つためではない。人間の庇護を受けるには自分達が役に立つ存在でいる必要がある。自国の自治や防衛が満足に行えないような国は滅ぶのが必定。世界政府に利益を与えられない国は排斥されるだけ。

 なら国や同胞を守るならばリュウグウ王国の治世を守るのが良い。そう考え、そのために必死に修行をした。

 海賊王が誕生し、大海賊時代が訪れ、国が大海賊“白ひげ”の庇護を受け……それらの世界的事件を耳にしながら、15歳になる頃には人魚柔術の師範を受け継ぎ、国に仕えた。そうして出会ったのが──

 

『あなたが今日から私の護衛をしてくれる子ね』

 

『はっ。よろしくお願いします、オトヒメ王妃』

 

『ふふ、そう硬くならなくてもいいわ。これからよろしくね』

 

 ──オトヒメ王妃。

 金魚の人魚であり“愛の人”とも名高い慈愛の人。

 そして魚人島の2つの思想の内の1つ……人間との融和を唱える中心人物だ。

 未だ少女と呼ばれる年齢でありながら一端の武人となった私、ソノは彼女に仕え、公私ともよくしてもらった。

 

『隊長!! ギョバリーヒルズで強盗の通報が……!!』

 

『ではすぐに現場に兵を──『私が行くわ!!』はい。ではあなたが……って、お待ち下さい王妃!!?』

 

 オトヒメ王妃は現場主義だった。王妃だというのに魚人や人魚が犯罪を犯したと聞けば真っ先に事件現場に急行し、犯罪を犯した者に平手打ちと言葉を与え、改心させる……自分の手を痛めながら。

 リュウグウ王国を地上へ移す。人間との融和を唱え、太陽の下で暮らそうと国民達の前で演説し、署名を求める。その呼びかけは真っ当かつ真っ直ぐであり、今を変えてよりよい未来を作ろうとする希望の思想だ。

 それらの行いは正に“愛の人”であり、その思想に同調出来ずとも国民は皆、オトヒメ王妃を敬愛していた。

 そしてそれは絶望した少女にとっても例外ではない。その思想はどうあっても許容出来ないものだ。少女が求めるのは“停滞”。

 人間と必要以上に近寄らず、離れもしない。現状を維持し続けることで種の保存と安寧を保つ。平和を守るためにはそれしかないと考えていたが……それと人の好き嫌いはまた別だ。

 

『ソノ……あなたの心の“声”は常に静かですね。荒れ狂うことも、沈むこともない。まるで凪のように静かだわ』

 

『……お言葉ですがオトヒメ様。護国の兵士とは心を平静に保ち、国に忠節を誓い、為すべきことを為していくもの。必要以上の感情の揺らぎは必要ありません。それはあなた様や王家の方々……国を守るための邪魔となり得ます』

 

『……ええ、感謝してるわ。あなたが国を想っていること、ちゃんと伝わっています。……ですが』

 

『? なんでしょう?』

 

『──いつか、あなたの心の闇も晴らせるように頑張るわ!!』

 

『……!』

 

 オトヒメ王妃は生まれついての強い見聞色の覇気を持っており、人の心の声を感じ取ることが出来た。

 だからこそ人の痛みに敏感で、人の事で涙する。オトヒメ王妃は少女の闇を知りながらも、それすらも晴らしてみせると笑顔を見せた。

 それを聞いて凪の心が僅かに揺らいだ。オトヒメ王妃の思想は決して上手くいかないと思いながらも、もしかしたら、とどこか希望を頭の隅に置くようになった。

 護衛の任にもより一層、努めて取り組んだ。王妃を死なせる訳にはいかない。死ねば何かが終わってしまうと。

 そうして任務に取り組み続けたある年、ある日のこと──耳を疑う事件が起こった。

 

 ──フィッシャー・タイガーのマリージョア襲撃事件。

 

 魚人街のリーダー格であり、多くの無法者の魚人達に慕われていた彼は奴隷を解放するために“赤い土の大陸(レッドライン)”を素手でよじ登り、聖地を襲撃した。

 それによって政府に大犯罪者として追われるようになった彼を慕う無法者達──ジンベエやアーロン、多くの魚人達が彼の下に集い、そして“タイヨウの海賊団”を結成する。

 だがその行動は人間との決別をも意味していた。

 フィッシャー・タイガーとタイヨウの海賊団は人間との“決別”の思想を持っている。オトヒメ王妃の“融和”の思想は、未来への計画は大きく停滞した。

 だがそれで少女が喜ぶことはない。人間との決別という方に大きく揺れ動いた魚人島の運命に少女は憂慮を覚え、運命を動かしたタイヨウの海賊団を鼻白んだ。

 しかし真相を知ればただ鼻白むことは出来ない。オトヒメ王妃に近かった少女はフィッシャー・タイガーと共に聖地を襲撃した共犯者の存在を知った。

 

『百獣海賊団と手を組み、聖地を襲撃したが……政府は聖地襲撃の罪をフィッシャー・タイガー1人になすりつけたか……』

 

『ええ。恐らく……奴らが犯人だと知らせるのは都合が悪いのでしょう。天竜人の殺害は十中八九、百獣海賊団の仕業ですが……彼らに大将を送り込んでも解決することは出来ない。天竜人の追求を逃れるために政府の上層部が判断したものかと……』

 

『ああ……あの時、ぬえがタイガーと話をつけたのはこの計画の為だったのじゃもん。……じゃがぬえは何の為に……?』

 

『…………』

 

 そう、少女に恐怖を教えた百獣海賊団が聖地襲撃のもう一方の犯人。

 ネプチューンや大臣達、オトヒメ王妃の会話を近くで聞いていたソノはそれを知った。そして大臣の見解にさもありなんと得心する。百獣海賊団は今や“四皇”の一角にしてあの“白ひげ”すら凌ぐ最強の戦力の持ち主として名高い。天竜人を殺されたとはいえ、世界政府も安々と手を出せるような相手ではなかった。

 だから政府は罪を手を下しやすい魚人だけに押しつけた。それが事の真相。

 ……そしてそれからタイヨウの海賊団は“偉大なる航路(グランドライン)”で暴れまわり、その悪名を高めた。

 それに比例して立場は悪くなる。オトヒメ王妃の言葉は虚しく響き渡るのみ。

 だがまたある日のこと──フィッシャー・タイガー死亡の報せが届き、タイヨウの海賊団は船長を新たに“海侠のジンベエ”にして活動を続ける報が届く。

 それからジンベエは政府からの勧誘に乗って“王下七武海”の一角となり、政府に近づいた。インペルダウンに捕まったアーロンが恩赦で解放されるなど、様々な事があり……そして気づく。

 

 ──“停滞”を行うには……今の世界は()()過ぎるのだと。

 

 魚人島の立場は常に揺れ動き、不安定な状態で……辛うじて薄氷の上で成り立っているだけの安全な立場だ。

 タイガーがジンベエが。オトヒメ王妃が活動し……そして今はジンベエが七武海になったことで融和の方に振れている。

 このまま続けば人間との融和がなるのか? ──いや、そうはならない。

 地上に移住すればまた多くの悲劇が起きるだろう。恐怖に染まり、絶望し、命を落とす同胞が増えるだろう。世界政府や人間の差別意識がなくなることは決してないし、海賊の被害が減ることはない。

 そして自分の力ではそれは守りきれない。防ぐことは出来ない。それどころか自分すら破滅するやもしれない。

 かといって人間と決別したところで負けるのはこちらだ。どちらの思想も破滅に続いている。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……暗い破滅への道。

 だがジンベエが七武海に加盟したことで……いや、それらの事件や経験を経て気づいたことがソノにはあった。それは、

 

 ──融和よりも決別よりも強い……そう、より強い“力”さえあれば、それは叶えられると。

 

 タイガーが力で奴隷解放を成し、ジンベエが力を認められて王下七武海に数えられ、政府に近づいて融和を後押ししたように……自分もまた己の力で“停滞”を成し遂げればいい。

 そう、己の力を売り込み、より強い力の庇護を受けることでそれらは叶えられる。融和であろうと決別であろうと、強大な力であればそれらは成し遂げられるのだ。面倒にも演説や署名活動を続けたり、痛く辛い思いをして政府に弱者として追われ続ける必要はない。

 しかも停滞であればそれほど労力も必要ない。傅く相手により強大なものを置くだけでいい。

 そう、それこそ──世界政府を破壊し、全ての秩序を破壊し、1から世界を作り上げることの出来るような……そんな圧倒的な力だ。そして、その可能性があるのはこの世でひとつしかない。

 

『本当に……ここを出ていくのですか?』

 

『ええ……申し訳ありませんオトヒメ王妃。あなた達のことは嫌いではありませんでしたが……私は……もう疲れたんですよ。あなた達の思想についていくことが。私にもあなた達ほど確固たるものではありませんし、思想と呼べる程でもないですが、思うところはあります。だから私はこれからそれに従って生きていきます』

 

 そしてそれを決めた日の夜。逃げるようにして立ち去ろうとする己に対し、融和の思想を持つ愛の人は逡巡しながらも微笑を浮かべた。

 

『寂しくなるわね……でも、私はあなたの意志を応援しているわ。いつか地上に出たら……また会いましょう!!』

 

『……はい。期待はしていませんが、もしそんな時が来れば……また会いましょう。オトヒメ様』

 

 ──それが最後の言葉だった。

 

 その言葉にほんの僅かながら期待はあった。奇跡的な確率であろうが、もしかしたらオトヒメ様なら──という思いは新世界の海へ行き、ある島で狙いの海賊達に遭遇してその群れに加わりながらも消えることはなかった。

 だがそれも保って1年だった。1年後──あっさりとオトヒメ王妃は人間の凶弾に倒れて亡くなった。

 しかし真相は異なる。その凶弾が人間が放ったものではないと、まるで見てきたように語る正体不明の上司はケラケラと私の話を聞いて楽しそうに笑っていた。そして“自分は部下には優しい”と嘯きながらこう言うのだ。

 

『──私が魚人と人魚を救ってあげようか?』

 

 怪物は善意か悪意なのか分からない笑顔で言う。そんな都合の良いことを。

 それに怠惰であり、停滞であることを決めた自分にとってそんなことは必要ない。唯一、救って欲しいと思えるような相手はもう亡くなった。

 国を捨ててここにいる今、わざわざその言葉に乗る必要はないように思えた。しかし──

 

『……その救いとは、一体どのようなもので?』

 

 二の句は継いでいた。その先を求めるように、怪物に向かって問いかける。

 そして彼女はそれを待っていたように笑みを深めた。悪巧みをするように、意味深に答えを聞かせてくれる。具体的な詳細を後に添えて。

 

()()()()()()()()♡ 救える数は限られてるし、私達に利用されるハメになるけど……別に構わないよね?』

 

 それは悪魔の言葉だ。人を人と思わないような畜生の所業を誰に憚ることもなく行える最強の怪物達だからこそ出来る破滅的な救済行為。救済であるかどうかも怪しい──いや、十中八九それを望むような者はいないだろうと確信出来るもの。

 だが妥協とはいえ命は救えるし、同じ思想に染まるのであれば十全に救われる。差別だってなくなるだろう。彼らは種族で人を判断することはしない。

 ならば──断って全てが滅ぶよりは……力もないのに理想に拘って殉死するよりは……何百倍もマシだろう。

 

『それならば……お願いします』

 

『オッケー!! ──ジャックー!! ちょっとこっち来てー!!』

 

『──は!!』

 

 そうして私は“停滞”のための“破壊”に加わることを決めた。

 

 

 

 

 

「はぁ……そろそろ時間ですか」

 

 “赤い港(レッドポート)”に集まる船団を見て呟く。巨大な象牙を持つ古代の動物を船首に持つその主船と戦艦の艦隊は既にコーティング作業を終え、出航準備を終えていた。

 後は船員達の……この場の主である男を待つのみだ。そう思い、ソノが再び横になろうとした時──背後から1人の巨漢が近づいてくる。

 

「──行くぞ、ソノ」

 

「ああ……もう来たんですか。相変わらず仕事が早いですね」

 

「当然だ。おれ達を舐め腐ってる雑魚共は潰さなきゃならねェ……!! 逆らった奴を潰さねェと新たな反逆者を生むハメになる!!」

 

「そのためにあなたが態々出張る必要はないと思いますが……容赦ないですね」

 

「黙れ!! 今まで我慢してたんだ……もう我慢する必要はねェ!! 行くぞ!! 野郎共!! 船に乗り込め!!!」

 

「オオオオ~~~~~!!!」

 

「了解です!! ジャック様~~~~~!!!」

 

 その場にいる百獣海賊団の戦闘員──1万人。10隻の艦隊に向かって号令を掛ければ、残虐な破壊行為を楽しむ戦闘員達が雄叫びを上げる。

 そしてその中心にいるのがこの巨漢の男。タマカイの魚人であり、最強最悪の百獣海賊団を構成するマンモス号の船長であり、カイドウとぬえの懐刀である大看板。その中で最も若く末席でありながら、しかし最も任務に忠実で容赦のない男。世界で知らない者はいないほどの大海賊。

 

『百獣海賊団大看板“旱害のジャック” 懸賞金15億ベリー』

 

「魚人島へ出航だ……!!! 魚人島を滅ぼすぞ……!!!」

 

 百獣海賊団の恐るべき“災害”の1人が魚人島へ牙を剥いた。




ゼオ→終わり。ぶっちゃけE・Sをボリボリ食いまくって何十倍か100倍以上強くなって覚醒したホーディですらあの体たらくなのでゼオだとゾロじゃ無理です(知ってた)
ゾロ→小紫を物陰に隠してやろうと温情を見せる。女には甘い。しかし常時スキル、迷子マリモ発動。
ホーディ→戦力は原作の倍の20万。奴隷を皆殺しにするらしいです。
ルフィ達→どっちにしろ本島には行かないとねって。
コアラ→タイヨウの海賊団の面々とは再会済み。アーロン以外は。
ジンベエ→原作であったような過去回想中。違うところがあるとすれば以前に書いたタイガーの最期にササキ率いる百獣海賊団と争ったり、タイガーがぬえちゃんと密談したことくらいです。
ソノ→子供の頃からエリート。停滞思想。オトヒメだけは別に嫌いじゃない。一応同胞をちょっとだけ救う気持ちはなくもないけど、義理みたいなもんです。
ジャック→タイムリミットは3時間。ホーディも言ってたもんね! あれ? でも魚人島にはホーディもいて……あれれ? おかしいぞー?
回想ぬえちゃん→可愛い。カイドウやキング、クイーンとか皆に言えることだけど、若い頃の方が血気盛んです。今はみんな割と落ち着いている(気がする)。

遅くなりましたがこんな感じで。原作はジンベエやらフーズ・フーやら新情報やらで面白かったねって。こっちのフーズ・フーはもっと強いです。CP9設定はこのまま適応出来そうというか六式を使わせたり、ルッチと絡んでたりなんか偶然にも面白いことにもなってるので修正はないですが、以前の台詞とかで政府の諜報員としておかしなところがあれば直すかも。でも今のところ無さそうです。
次回はホーディ達と対決。先に言っときますが多分すぐやられます。ホーディ達の戦いは原作を見てどうぞって感じなので……問題はどっちかっていうと後からやってくる方です。お察し。次回をお楽しみに。

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