正体不明の妖怪(になった男)、情緒不安定な百獣の腹心になる   作:黒岩

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止水

 現在、魚人島には100万単位で奴隷が存在する。

 それらは島の各所の武器工場で強制労働を行い、あるいはただ苦しめられている。2年前に国が滅び、魚人帝国に支配されてから奴隷達は絶望していた。もうこれ以上ないと言えるほどの地獄に叩き落とされ、自分達に明るい未来など存在しないと。

 だが新魚人海賊団から国を奪還しようとタイヨウの海賊団率いるレジスタンスが活動していることを知る奴隷達は、いつか国が解放されて暗い海の底から助け出される日が来るという希望を僅かに胸にし、それを糧に今日まで生き抜いてきた。

 しかし今日の放送はそんな彼らの希望を粉々に打ち砕く。彼らは今、新魚人海賊団の手によって集められ、虐殺の瞬間を待つだけの死刑囚となっていた。

 そしてその中心はギョンコルド広場──新魚人海賊団の兵士20万の大軍勢が集まるそこに多くの奴隷達が集められ並ばされ──死の瞬間を待って恐怖に打ち震えていた。

 

「キャッキャッ!! 随分と集まってきたな!!」

 

「ムッヒ!! だがゼオの奴が来てねェっヒ!!」

 

「どうしたんだドスン!! 奴隷を集めてこの広場に……いや確かゼオは麦わらの一味を捕らえに行った筈ドスン!! まさか……!!」

 

 新魚人海賊団の幹部達が集まった奴隷達を見ながら口々に感想を言う。

 彼らは即席の玉座に座る新魚人海賊団船長にして魚人帝国の王であるホーディ・ジョーンズの命令通り、奴隷達を集めて広場に集結した。全ては今まで反逆を続けてきた忌々しいタイヨウの海賊団を皆殺しにするため。

 言ってしまえば奴隷の皆殺しというのはタイヨウの海賊団──もとい“海侠のジンベエ”を引きずり出すための餌に過ぎない。

 奴隷はこの国の大切な労働力なのだ。もっとも、働けない奴は殺し、いたずらに拷問して殺す程度の存在ではあるが、それでも皆殺しにするには勿体ない。せめて殺すのは半分かそれ以下に抑えたいというのがホーディ達の本音だ。

 だが、とはいえ奴隷の調達は容易く、別に皆殺しにしても構わない。勿体ないは勿体ないが、換えが利かないというほどでもないため、時間通りに来なければそれこそ本当に皆殺しにするつもりでもあった。ジンベエが来るまでに何百人、何千人、何万人だろうと殺す。それを放送したっていい。来るまで続ける。奴隷である人間や人間と仲良くするような魚人、人魚の命など彼らにとっては無価値以下のゴミ同然。利用出来なければ処分するのは彼らの価値観にとっては当然の事だ。

 だがその作戦を遂行するに当たって幹部達を招集したが……その1人であるゼオが帰って来ないことに幹部達は訝しんだ。ゼオは確か麦わらの一味を捕らえに行った筈。まさか彼らに負けたのではないかと幹部の1人。ダイオウイカの魚人であるムッヒが口にしかけるが……それは先んじて報告を聞いていたホーディが否定した。

 

「いや……小紫の奴だろう。報告だと麦わらの一味と交戦してたらしい。“E・S(エネルギー・ステロイド)”を摂取する暇も無かったか、あるいは横槍を入れられたか……やはりあの女は目障りだな……!!」

 

「成程!! ならここに来たらもう良いって事だなボカァン!!!」

 

「そういうことだ。今のうちにE・S(エネルギー・ステロイド)を摂取しとけ……ジンベエと小紫を捕らえてジャックさんに差し出す……!! 目障りな連中を始末した後はジャックさんについて新世界へ出航だ……!!!」

 

「キャッキャッ!! 遂にか……!!」

 

 新魚人海賊団の幹部達が不敵な笑みを浮かべて新世界で自分達が人間相手に暴れる未来に期待する。魚人が世界を獲る時が来たのだ。愚かな人間ではなく、自分達魚人が、世界を統べる時が。

 そのためにこの2年間、百獣海賊団の配下で雌伏していた。傘下という屈辱に耐えてきたのだ。魚人のジャックが元締めであり、命令はジャックやソノから下されるため、多少はマシだったがやはり人間に使われるというのは我慢ならないが、全てはこの日の為──そしてこれから先の未来の為に日々を費やしてきた。

 奴隷達を使って作らせた武器は百獣海賊団に卸す分を誤魔化して溜め込んできた。奴隷達は2年前に捕らえた魚人と人魚。それと魚人島を通過しようとした海賊達を捕らえた。戦力も同様に。魚人の兵士達が10万人。人間の奴隷も同じく10万人。合計20万人の大兵力。人間の奴隷は新世界に入る前の半端な雑魚海賊ばかりとはいえ、それでも数は力となる。肉壁や囮など使える用途は幾らでもあるのだ。あって困るものではない。

 そして自分達魚人の力。“E・S(エネルギー・ステロイド)”で更に強化すればもはや敵はいない。後は後顧の憂いを断つだけだ。そう、邪魔者を始末する。そして──

 

「ハァ……ハァ……バカな真似すんじゃねェ……ホーディ……!!」

 

「! ……ああ、それと腑抜けた過去の偉人も始末しねェとな……!!」

 

 ふと、奴隷達の中で声を発した男に反応し、ホーディは薄く笑みを浮かべる。視線をその男に向けた。その相手は奴隷だが、ただの奴隷ではない。かつて──ホーディ達が憧れた名のある魚人。その名をホーディは呼ぶ。

 

「──アーロンさん……アンタはもうどうしようもねェ……!! おれはかつて、アンタを心底尊敬してたんだぜ……? その野心!! 行動力!! 思想!! 凶暴性!! 海で暴れるあんたらにおれ達は憧れ、そして人間を恐怖のどん底に落とすことを考えたんだ……だってのにその思想の持ち主であるアンタがよりによって反抗するなんて萎えるじゃないですか……!!」

 

「……!! フザケんじゃねェ……!! てめェらは人間だけならまだしも魚人や人魚すら手に掛けてんじゃねェか……!! おれは同胞を殺したことは一度もねェ……!! なのにてめェらは……!!!」

 

「そりゃ何度も言いましたが……人間と仲良くするような意志を持ってんなら仕方ないでしょう……ましてやおれ達に逆らった……アンタも含めてこの魚人帝国に異を唱えるような同胞の面汚しは粛清しなきゃならねェ!!」

 

 ホーディ達新魚人海賊団の面々が憧れたタイヨウの海賊団の分派“アーロン一味”の船長である“ノコギリのアーロン”。奴隷の鎖と手錠で縛られ、地面に膝を突いているその男に、ホーディはその凶悪な思想を語る。他ならぬアーロンから受け取った意志だと。

 だがアーロンにとってそれは受け入れられないもの。人間を傷つけているだけならアーロンは何も言わなかった。この魚人島に2年前、帰ってきた時も嬉々として、あるいは怒りを滾らせてホーディ一味に合流したかもしれない。

 しかしホーディ達は人間だけではなく魚人や人魚──同胞すらも奴隷に落とし、反逆者は血に染めていた。それを見てアーロンはホーディ達に異を唱えたのだ。暴力を以てそれを止めようとした。

 ……だが牙を折られたアーロンでは──そして歪んでいながらも確固たる意志を持つホーディ達には敵わなかった。一対多数。数の利を覆せるほどの実力差は両者にはない。

 ゆえにアーロンは捕らえられ、奴隷に落とされた。今日まで生きているのはアーロンの打たれ強さゆえか、ホーディの慈悲ゆえか。あるいはそのどちらもの理由を以て、アーロンは今日まで生き延びた──だがそれも今日まで。

 

「あの日、ネプチューンを殺し、王子達を捕らえた……!! 後はタイヨウの海賊団……目障りなジンベエを始末し、おれ達は新世界に向かい、百獣海賊団を始末して魚人の世界を作る!!! それこそがおれ達の崇高なる目的だ!!! ジャックさんと共に!!!」

 

「……!! ……そんな事が出来る訳ねェだろう……!! てめェらはあの怪物共を知らねェからそんな身の程知らずな事が言える……!! あいつらは人間じゃねェ。獣──ウッ!!」

 

 ホーディの宣言に対して、アーロンは目の色を変えた。それは過去のトラウマから来る獣の恐ろしさを伝えるものであり、ホーディ達如きでは絶対に不可能だという自分の体験談から来る見積もりを口にしたもの。

 アーロンは牙は折れたが、それゆえに身の程というものを知った。若かりし頃のアーロンであればホーディの野望、計画に太鼓判を押して自らも加わったであろう。

 だが彼はタイヨウの海賊団の一員としてこの海で暴れ回ったことで強い人間の存在を知った。魚人の中でも上から数えた方が早い実力者である自分をいとも容易く踏みつける人間。捕らえた自分を玩具の様に扱い、その苦しみを見て笑う獣の残虐さ。それらを知ったのだ。

 

『やめろ……何を……しやがる……!!?』

 

『──てめェのヒレを斬り落とす。安心しろ。上手に料理してやる……ぬえさんに不味い物を出すワケにはいかねェからな……!!』

 

『わーい!! フカヒレ楽しみ~!! 早く早く~!!』

 

『ああ──()()()

 

『!! やめ──ギャアアアアア~~~~~~~~!!!』

 

 過去のこと。その出来事を思い出すと今でも震えが止まらない。

 そこにあるのは圧倒的な恐怖。逆らう気力すら無くなってしまう程のそれである。

 それから一時は解放され、心の痛みを怒りで覆い隠して人間への復讐に奮起したこともあった。野望を果たしてやろうと思った時もあった。

 が、実際にはそうではなかった。既に妥協していた。“東の海(イーストブルー)”という最弱の海を選び、海軍を買収して自分の所業が外に広がらないようにしていた時点で──アーロンはもう、大海に漕ぎ出すような牙は残っていなかった。

 身の程を弁え、本物の強者にバレないように人間へ復讐する。そうしていた先でもまた人間に阻止され、アーロンは負けた。

 再び囚人となって牢に入れられる頃にはアーロンに昔のような意志は残っていなかった。人間への怒りは確かにあるが、それを為すための熱量はもうない。諦観し、恐怖に怯えていた。また奴隷としての日々を送る羽目になるのかと。

 だがそんな折に今度は世界政府が崩壊し、アーロンは逃げることが出来た。世界は“暴力の世界”となり、より海は荒れ、アーロンとしてはかつての目的を果たしやすくなったが……それでも魚人島へ帰ることを選んだのは牙が完全に折られてしまったため。もうあんな思いはしたくない。今海に出ても再び獣に蹂躙されるだけだと諦めていた。

 だからこそアーロンは再び同じ愚を犯そうとするホーディに悪態をついた。失敗して自分もまた苦しむ羽目になるのは目に見えていると。言ってしかし、ホーディの“撃水”がアーロンを打撃した。苦悶の声を漏らしてアーロンは地面を転がる。それを見てホーディは鼻を鳴らした。

 

「本当に腑抜けやがって……もういい。人間に牙を折られ、怯えるアンタの姿はもう見たくねェ。せめてもの情けだ。大事な同胞と一緒に殺してやるからそこでのたうち回ってろ……!!」

 

「グ……!!」

 

「アーロン……!!」

 

「アーロンさん!!」

 

 奴隷達の中に戻されたアーロンに失望し、視線を外すホーディ。奴隷達──アーロンが同胞を守るために魚人帝国に逆らったことを知る奴隷の一部がアーロンを心配した。

 だがそんな様すらホーディには気に入らない。玉座から立ち上がってホーディはその不満を邪悪な殺意へと変える。

 

「時間はまだあるが……そろそろ始めておくか。時間までは大丈夫だと希望を持ってる奴らの心を打ち砕いてやろう……!!!」

 

「!?」

 

「そんな……!!」

 

 刻限の3時間までまだ時間はある。だがそれにも拘わらずホーディは虐殺の開始を宣言した。元リュウグウ王国の国民やタイヨウの海賊団──人間と仲良くしようとする彼らを絶望に落とすために。

 

「それと教えておいてやる!! 竜宮城に捕らえてある3人の王子だが……おれ達が城を出ていく際に処刑を部下に言いつけておいた!!! 直に亡くなり、その首をお前らの前に晒すことになるだろう!!!」

 

「……!!」

 

 そしてそのホーディの発言はこの場にいる奴隷達の顔を更に蒼白にさせた。リュウグウ王国の王子達。ネプチューン軍の3強と呼ばれた彼らがリュウグウ王国に捕らえられているのは公然の事実。

 それらは人質でありながら、とある理由でタイヨウの海賊団や反逆者への脅しには使えずだからこそ魚人帝国はタイヨウの海賊団に手をこまねいていた。

 だが百獣海賊団に反逆すると決めた今、王子達も最早必要ない。ゆえに処刑を命じ、後ほどその首を晒す予定である。

 

「ジャハハハハ!!! 王子達は死に、あのジンベエも殺す!!! 今日この日が至高の種族であるおれ達の新たな門出だ!!! これでおれ達に逆らう生意気な連中はいなくなる!!! 魚人島の輝かしい新たな歴史だ!!!」

 

「……!!」

 

「誰か……!!」

 

「助けてくれ……!!」

 

「誰か……!!!」

 

 それはまさしく“暴力の世界”だった。百獣海賊団に反逆し、その理念を理解せずともホーディ達の行っていることは暴力により全てを手に入れる──今の世界の理である。

 弱者である奴隷達はそれらを甘んじて享受するしかない。如何な苦しみであっても耐えるか、受け入れるしかない。力がなければ選択肢はない。彼らの運命は全て強者の心次第。

 だがそんなことは受け入れられる筈がない。だからこそ彼らは目の端に涙を浮かべてただ乞うのだ──救いの手を。

 そんな奇跡が起こることはありえないと頭で分かっていながらも、最早縋るしかない。奴隷としての日々を送り、心が弱った彼らには祈ることしか出来なかった。

 

「さあまずは1人目だ!!! 死ね!!!」

 

「……!!」

 

 ホーディの凶行が迫る。奴隷の中の1人。見目麗しい人魚の1人を手に掛けようとホーディは近づいて腕を振りかぶった。“E・S(エネルギー・ステロイド)”で強化されたホーディの腕力に心身ともに弱りきった人魚が耐えられる訳もない。数秒後に人魚は物言わぬ屍に変わるだろう。

 そうして誰もが想像し、目を瞑り、悪夢から逃れることを祈った瞬間──

 

「“ゴムゴムの”……!!」

 

「!?」

 

 ──麦わら帽子を被った少年が現れ、その奇跡を起こす。

 

「“火拳銃(レッドホーク)”!!!」

 

「!!!」

 

 ホーディの腹を打ち抜いたのは火を伴った拳。

 そしてそれを放ったのは有名な海賊だった。最早知らぬ者のいない程の海賊。“最悪の世代”と呼ばれる海賊の1人。

 

「“麦わらのルフィ”……!!?」

 

「ウオオオオ~~~!!? “麦わらのルフィ”だァ~~~~~!!!」

 

「ホーディを殴り飛ばした……!!」

 

「何だか分からねェが助かった……!!」

 

「! 麦わらの……ルフィ……!!?」

 

 奴隷達が声を上げる。人間と魚人も関係なく。

 続々と現れる麦わらの一味に対して、彼らは訳も分からず驚いた。因縁のある男も同様に。なぜ彼らがこの場に現れてホーディの凶行を阻止してくれるのかと。

 だがその理由はすぐに氷解する。彼らと共に現れたタイヨウの海賊団の船長──“海侠のジンベエ”が現れたことで。

 

「ジンベエ親分!!?」

 

「ジンベエ親分まで……!!」

 

「もしかして……一緒に助けに来てくれたのか!!?」

 

「おれ達を守ってくれるのか!!?」

 

「──そんな事、お前らが勝手に決めろォ!!!」

 

 あくまで身勝手な海賊として。気に入らない相手を、友達の国を荒らす相手を殴ってブッ飛ばすために……“麦わらの一味”はその船長モンキー・D・ルフィの号令により、新魚人海賊団との戦いの幕を開いた。

 

 ──その選択が……より大きな戦いの発端となることを知らずに。

 

 

 

 

 

 リュウグウ王国が何百年も前に作り上げた竜宮城は不落の城として名高いものだ。

 竜宮城は位置的には魚人島の真上に存在し、魚人島と同じく二層のシャボンによって包まれている。魚人島への不法入国が難しいように、竜宮城への侵入も難しい。

 そしてそれだけでなく純粋に城としての防備も堅いものだ。堅牢な城門や精鋭の兵士が守る竜宮城が落とされたことは、過去に一度しかない。

 そう、不落の城と呼ばれてはいても完璧ではない。魚人島への不法入国が不可能ではないように、竜宮城への侵入も不可能ではないのだ。

 

「急ぐぞ!! 今なら竜宮城は手薄だ!! 王子達を解放する!!」

 

「おお!!」

 

 ゆえに今回の戦いを始めるに至って、新政府軍のハックや生き残った元リュウグウ王国の兵士達が担った役目とは──竜宮城にて人質として捕らえられている3人の王子達を解放すること。

 ハック達は魚人街から泳いで魚人島のシャボンの外から竜宮城へ近づき、竜宮城への侵入を試みようとしていた。追い詰められたホーディ達が部下に命じて彼らを人質として使わないとも限らない。それを防ぐためであり、何よりネプチューン王が殺され、しらほし姫が攫われた今、3人の王子達は魚人島を解放してリュウグウ王国を復興するのに重要なピースである。戦うに当たっての戦力にもなる。解放しない手はない。

 だが何よりも、リュウグウ王国に仕えていた者達にとっては大切な人だ。理由は幾らでもあるが、それが一番の理由。

 ゆえに彼らはこの作戦に決死の思いで挑んでいた──が、そんな彼らの前に、1人の人魚が姿を現す。

 

「おや……また懐かしい顔がいますね」

 

「!!? お前は……ソノ!!」

 

 ハックや兵士達が目の前に現れた8メートル近い長身の女性の人魚を見て目の色を変える。彼らにとっては知らない者ではない相手だ。

 11年前にリュウグウ王国から抜け、百獣海賊団に身を落とした裏切り者。元リュウグウ王国親衛隊隊長にして武術指南役。

 

『百獣海賊団真打ち(元人魚柔術師範)“止水のソノ” 懸賞金4億6490万ベリー』

 

「……ホーディが早まらないようにと先んじて様子を見に来てみれば……お久し振りですね。ハック。元部下達は2年振りですか」

 

「ソノ……隊長……!!」

 

「バカ!! あいつをもう隊長なんて呼ぶな!! あいつは裏切り者だぞ!!」

 

「……!!」

 

 兵士達は2年前の戦い振りに見た元隊長の姿に憤慨する。国を抜けたまでならいいが、彼女はよりによって凶悪な百獣海賊団の幹部として活躍し、この国を落とす手引きすらしてみせたのだ。元々上司であり、志を同じくしていたと思っていただけに怒りは強い。オトヒメ王妃の理想を忘れたのかと声を荒げる者もいる。

 だがそれを聞いてもソノの気怠げな表情は崩れなかった。その半目の瞳がハックのことを捉えながら溜息をつく。

 

「はぁ……全く……相変わらず非難轟々ですねぇ……まあそれも致し方ありませんが。それで、そちらの用向きは竜宮城の王子達への面会希望ですか? アポはおありですか? そもそもこちらからだと不法侵入なので連絡廊の方で身体検査と身分確認を受けて貰っても?」

 

「! それは貴様もだろう……」

 

「いえ……今の竜宮城、もとい魚人島は百獣海賊団の物。その管理は私に任されていますので私の場合は不法侵入には当たりません。まあホーディの馬鹿が早まったせいでこんなことをする羽目になっているのですが……はぁ……やはり面倒ですね……ここでハックや解放軍と出会うなんて……」

 

「ソノ……貴様は竜宮城に侵入して何をするつもりだ!? まさか……王子達を……!!」

 

 ハックが既知の仲から遠慮なく言葉をぶつける。既知でなくても言うことは変わらないが、それでも言葉に込められた感情は通常よりも重い。魚人空手師範であるハックと人魚柔術師範であったソノは3つ年下の幼馴染であり、親交もあった。ほとんど手合わせによるものではあったが……それでもハックは彼女がリュウグウ王国を抜けるまで同志として彼女を信じていた。

 だが今となっては違う。海賊に身を落としただけではなく、その鍛え上げた技を以てリュウグウ王国に牙を剥いたソノに、ハックはもはや容赦はしない。同胞ではなく敵として見据え、ゆっくりと構えを取る。ソノの受け答えが何であっても──ここで拳を交える他ないと。

 そしてソノもまたそれを察して、やはり息を吐いた。

 

「はあ……こうなっては戦うしかありませんか……さすがに通したら怒られますし……仕方ありません。少々痛い目に遭って貰いますよ」

 

「それはこちらの台詞だソノ!! 2年前は不覚にも……戦いに参加出来ず魚人島を守ることは出来なかったが、今は違う!! 邪魔をするなら容赦はしない!!!」

 

 その言葉通り、ハックは真っ先にソノへと高速で近づく。魚人であるハックは当然、水中での機動は速い。そして魚人空手師範である彼はかのジンベエにも劣らぬほどの達人。技の冴えは衰えてはいない。

 

「魚人空手……“奥義”!!!」

 

 そして初手から最大の技を。魚人空手の奥義を以てソノを排除しようとする。

 彼女相手に手加減は危険であり、小手調べなど無意味だと知るが故のこと。生半可な技ではこれを防ぐことは出来ない。対応出来なければ一発で相手を打ち倒せると拳を振り被り、凄まじい衝撃が水中を駆け抜けた。

 

「“武頼貫”!!!」

 

「!!!」

 

 ヒットすればどんな相手でもダメージは免れない。そんなハック最大の奥義は、しかし──

 

「……人魚柔術……“奥義”……!!!」

 

「……!!?」

 

 ソノもまた、最大の奥義で迎え撃ち──無情にも、その衝撃の一切を打ち消した。

 

「“止水”!!!」

 

「!!!」

 

「!!?」

 

「え……!!?」

 

 兵士の間の抜けた声が海中に響く。

 魚人空手師範、ハックの最大の奥義。海王類ですら仕留めることの出来るその攻撃の余波は、その一切の波紋を起こすこともなく打ち消されてしまった。

 そしてそれが何を意味するか、分からないハックではない。拳を止められた。最大の奥義を止められた。その時点で……ハックは格付けを悟った。

 ソノもまた──

 

「魚人空手……その真髄は辺り一面の水の制圧。水を制圧することで水中はおろか、地上においてもその技は強力無比。大気中の水から体内の水へ……衝撃の波動は駆け抜ける」

 

 同様に格付けが済んだことを悟る。それは魚人空手と人魚柔術の師範代クラスなら誰もが知ることだ。

 

「魚人空手はおおよそ全ての生物に通じ、人体を無手にて破壊するための剛の拳……!! ですが、あなたも知るように、人魚柔術はそれとは反対……その真髄は辺り一面の水の流れを掴むこと」

 

 魚人島の魚人と人魚が戦う手段を身につけるに当たって武術を修める。その中の源流となる二大武術が魚人空手に人魚柔術。

 魚人空手が打撃によって相手を打ち倒す剛の拳であるなら、人魚柔術は相手の動きを抑えて仕留める柔の拳。

 

「その真髄は水の流れを読み取り、それを操る。人間や同族の無法者を相手に対する護身術にして捕縛術として栄えた歴史を持つ人魚柔術……その奥義はあらゆる水の流れを止めること」

 

 ゆえに“止水”。王族にすら伝えられる護身術。その最大の奥義は同族を一切傷つけずにその攻撃を受け止める慈愛の拳だ。

 

「私の異名を知らないワケじゃなかったでしょう……だからこそ初手で奥義を放ったのでしょうが……残念でしたね──魚人空手の技は私には通用しません」

 

「……!!」

 

「ハックさん!!」

 

 人魚柔術最大の使い手にして達人であるソノに、魚人空手は通用しない。

 奥義が通じなかった時点でそれは確定した。魚人空手の師範であるハックの技が通用しないなら……その技を用いる魚人族ではソノには敵わない。

 そして同様に人魚柔術を操る人魚ではソノには敵わない。本来であればそれは何よりも心強い。王族や民を守るための護国の技は、しかし、牙を剥かれた時に恐ろしく真価を発揮する。

 

「それに……あなたが革命軍で技を磨いてきたように、私も百獣海賊団でそれなりには強くなったんですよ?」

 

「!!?」

 

 そして更に──今のソノはそれだけではない。

 最強生物と最恐生物率いる四皇の海賊団に所属して11年。その真打ちにして秘書のような役割を担い、やる気さえあれば“飛び六胞”にすら匹敵するのではないかと噂される彼女の戦闘は、ただのリュウグウ王国の兵士であった頃より更に進化している。

 それをハックは感じ取った。リュウグウノツカイの人魚である彼女の尾ヒレ。かつて魚人島にいたマダム・シャーリーにも匹敵する巨躯、美貌──美貌は関係ないが──それから繰り出される技は既知のハックにとっても未知のものだった。

 

「“嵐尾(ランビ)”!!!」

 

「!!!」

 

 長い尾ヒレを薙ぎ払うように放たれたその一撃は水中で消えることのない衝撃波──斬撃を生み出してハックを斬り裂いた。

 ソノと同じように長いこと革命軍にいたハックには分かる。それは政府側の戦闘術である六式を応用した技……驚異的な脚力、この場合はヒレの力で斬撃を生み出し飛ばす技だと。

 しかし分かったのはそれを食らってからだった。まさかそのような技を身につけているとは知らなかったハックが海中で血を流し、白目を剥く。

 この中で最も強いハックが一蹴されたその実力に、兵士達が絶句する中、血で染まった海水を辺りに漂わせながらソノは冷たい瞳をハック達に向けた。

 

「悪いですが、あなた達の流れは止めさせて貰います。あなた達の理想は私もよく存じてますが……それを対話ではなく力で成そうとしていた時点で──あなた達のそれは大義を失ったもの。せめてもの情けで……私が引導を渡してあげます」

 

「……!!」

 

「ひ……怯むな!! 元隊長だからといって……負けるワケにも止まるワケにもいかない!!」

 

「ああ、行くぞ!!」

 

「オオオオ~~~!!!」

 

「……まったく……聞き分けのない……」

 

 ただの兵士が束になったところで“真打ち”には敵わない。その勝負はハックが倒れた時点で、結果が分かりきっていた。

 

 

 

 

 

「祭囃子が聞こえてきたんで……出てきた!!!」

 

「あっ、ゾロ~~~!!! お前、何してたんだ!?」

 

「色々あってな」

 

「!!? おいマリモてめェ!! その甲冑キュート女武者ちゃんは……♡ てめェどこで拾ってきやがった!!?」

 

「うるせェなMr.鼻血……ただの成り行きだ」

 

「あァ!!?」

 

 魚人島の戦い。20万人の魚人帝国とゾロが合流してもたった10人の麦わらの一味の戦いは、あまりにも一方的な戦いだった。

 開戦と同時にルフィの覇王色の覇気が瞬く間に10万人を昏倒させ、しかしそれでも10万対10。数の差は圧倒的だ。

 しかしそれでも麦わらの一味は怯むことも恐れることもない。2年の修行で得た実力、技術、精神を遺憾なく発揮し、10万人の兵と幹部達を次々と蹴散らしていく。

 新魚人海賊団は覇気を使える者もおらず、精々強みといえば魚人としての特殊な能力であったり“E・S(エネルギー・ステロイド)”で得た身体能力であったりだが、それもまた新世界レベルの強みを得た麦わらの一味にとっては大した脅威にはならなかった。

 そしてその間に各地ではタイヨウの海賊団が奴隷達を解放していく。かつてフィッシャー・タイガーが聖地マリージョアで種族の差別なく奴隷達を解放して回ったように──人間も魚人も差別なく、タイヨウの海賊団は奴隷を解放し、麦わらの一味は彼らのために魚人帝国と戦った。

 それに感動し、応援する民衆。だが……その中にあって据わった表情で何も言うことなくただ戦いを見るだけの者がいた。

 

「…………」

 

 それは──アーロン。

 かつて麦わらの一味にその野望を阻まれた男は……彼らが兄貴分であるジンベエと共に肩を並べて戦い、同胞達に応援されながらホーディ達を打倒する様をただただ目の当たりにしていた。

 アーロンにとって、現在の状況は決して歓迎するべきことではない。が……それでも声を荒げることもしない。歯噛みし、自分でも分からない苛立ちにしかし何も言えず、邪魔することも出来ず、ただ人間と魚人の距離が縮まっていく様を見ていることしか出来ない。

 だがそれも無理からぬことだ。もはやアーロンには──どちらの道に縋ることも出来ない。

 牙を折られ、そして今まで怒りを体現することだけに夢中になり、魚人島が落ちる元凶の一端を生み出した男には。しかし──

 

「──アーロンさん!!」

 

「! ……てめェ……は……」

 

 しかし、そんなアーロンの名を呼び、走って近寄って来る者がいる。誰かと顔を向け、最初は自分を知る同胞か誰かかと思ったアーロンだが、その相手が人間で女で、しかも見知った相手であることに驚いた。それは、

 

「あの時の……」

 

「アーロンさん!! 待ってて!! 今錠を外すから!!」

 

 かつてタイヨウの海賊団がとある島で依頼を受けて乗船させることになった人間の少女。

 その少女は元奴隷で、殴られてもニコニコと笑う気味悪い子供で……しかしフィッシャー・タイガーによって仲間の証であるタイヨウの入れ墨を施され、人間でありながら魚人と打ち解けた少女。

 アーロンはその少女が気に入らず、仲間と打ち解けた後でもずっと素っ気ない対応を取り、別れ際にも「大人になる頃には他の人間と同じになる」と嫌味を告げたが……しかしその名と顔つきをすぐに思い出した。

 その少女の名は──コアラ。かつてタイヨウの海賊団が助けた人間の1人だ。

 思ってもみなかった、そして望んでもいない再会にアーロンは目を細くする。苛立ちが大きくなり、成長した彼女に問うた。錠に向かって手を伸ばすコアラに向かって。

 

「てめェ……何しに来やがった……?」

 

「助けに来たんだよ!!」

 

「……やめろ。おれはそんなこと……望んじゃいねェ……!!」

 

「! でも……!!」

 

「──その通りだ!! そいつは逃さねェぞ人間!!」

 

「!?」

 

 助けを断るアーロンにコアラが何かを言おうとした時、アーロンの言葉に同調してそれを邪魔する魚人がコアラを襲う。

 コアラは遠距離から放たれた攻撃を躱してその相手を見た。新政府軍として活動している為、相手の名は分かっている。確かハモンド。魚人帝国で国境警備隊を率いている幹部の1人だ。

 

「人間と魚人が手を組むな!! それは大罪だぞアーロン!!」

 

「……!!」

 

「そんなこと……!!」

 

「この国じゃ大罪だ!! それにお前も知らねェワケじゃあるまいアーロン!! その女はかつて我ら魚人族の英雄!! フィッシャー・タイガーが死亡する切っ掛けとなった人間だ!!!」

 

 ハモンドはアーロンに人間と手を組むことはこの国で最も重い罪であると言い、コアラはそれに言葉を返そうとするがハモンドはその言葉を止めない。血走った目で恨みを人間に向け、少女の罪とアーロンの罪を赤裸々にする。

 

「そしてお前はかつて“東の海(イーストブルー)”で世界を支配するための足掛かりとして人間の村を支配した!!! そんなお前が今更人間に助けられるつもりか!? フィッシャー・タイガーの仇に!! そんな事を認めるつもりか!!?」

 

「ッ……!!」

 

「……!」

 

 そのハモンドの語りにはアーロンだけでなく、少し離れた場所で戦っていたナミもまた反応を見せる。アーロンによって支配された村の住人であり、最も苦しんだナミはそれを決して無視出来ない。

 そしてだからこそアーロンに同情することも、助けることも、憎むことをやめることも出来ない。

 ナミの怒りは正当なものだった。魚人だからという訳では勿論ない。魚人だろうと今となっては元アーロン一味のハチは友達であり、魚人や人魚の過去を知った今ではその元凶とも言えるジンベエですら許した。何の関係もない魚人や人魚も助けたいと思っている。

 だが過去を聞いたところでアーロンだけは許せない。大好きだった親の仇。それだけはナミの譲ることの出来ない線だ。

 だからナミはその状況を見ても傍観するしかない。今更アーロンに恨みを晴らそうとその命を奪ったりするようなことこそないが、かといって関わりたいとは当然思わない。

 そしてアーロンも理解していた。自身はジンベエやリュウグウ王国にとっては道を違えた罪人であり、ホーディ達からすれば意志を受け継がせた元凶でありながらそれを蹴った裏切り者。

 牙を折られたアーロンにはどちらの意志に傾くことも出来ないし、その手を取ることも出来ない。望んでいるかはさておき──オトヒメ王妃の意志も、フィッシャー・タイガーの意志も、彼にとってはもう過ぎたるもの。手遅れであり、後は無様に屍を晒す時を待つのみだと。

 

「お前は我々に崇高なる意志と使命を与えた張本人!! 逃げることは許さねェ!! 魚人帝国の世界支配!! その始まりと共に……お前は殉死するんだ!!! フィッシャー・タイガーのように!! 英雄として!!!」

「……!!」

 

 そう、もはや死ぬだけ。助かることも出来やしない。

 牙も折られている。気力も。何もかも。絶望を認め、これ以上狂わないように諦めるしか道は──

 

「──そんな事ないっ!!!」

 

「!」

 

「あ……!!?」

 

 だが──それを少女は大声で突っぱねる。

 ハモンドが訝しむ中、コアラは告げた。アーロンを守るように立ち塞がり、敵を見据えて拳を握る。

 

「確かに、アーロンさんは……!! 許されない事をした!! 人間を傷つけた!!!」

 

 コアラはとっくに知っている。アーロンがナミの村を、ココヤシ村を数年に渡って支配し、決して消えない傷を与えたことを。

 

「そして私は……!! タイガーさんを……!! あの優しい人が死ぬ切っ掛けになったのかもしれない!!!」

 

 コアラはかつてそれを知った。自分を助けた恩人、フィッシャー・タイガーは自分を天竜人から見逃すという条件の下、同じ人間の罠に掛かって死んだのだと。

 そんな悲劇を知っている。革命軍に入ってから魚人島の歴史も知った。その差別や奴隷の歴史も。

 言ってしまえばコアラこそが元凶であり、確かに間接的には仇とも言える自分に助けられることをアーロンは望まないかもしれない。

 だが、それでも──

 

「でも……!! 私にとっては……タイガーさんもジンベエさんもアーロンさんもアラディンさんもマクロさんもハチも……!!! みんなみんな──恩人なんだ!!!」

 

「!!」

 

 ──コアラにとっては何よりも助けたい相手なのだと。

 ハモンドの部下が繰り出す攻撃を打ち落としながらコアラは啖呵を切る。そのために力をつけた。

 

「だから私は、そのために革命軍に入った!!! 魚人が差別されるような世の中を変えるために!!! 魚人空手もハックに習って……!! 強くなった!!!」

 

「……! コアラ……!!」

 

 遠く、戦っていたジンベエが戦いの最中でありながらも穏やかな笑みを浮かべる。タイガーが望んでいたのはこれなのだと。

 変えられるのは恨みを持たない次世代の人間。ホーディのように人間への怨嗟を受け継ぐ魚人もいるが、コアラのように人間と魚人が手を取り合うことを望む人間もいる。ルフィ達のようにそれを後押しする偏見を持たない人間もいれば、ジンベエ達のようにそれを望む魚人達もいる。

 中にはナミのように特定の魚人に恨みを持つ者もいる。コアラのように魚人達に恩を感じている者も。

 

「なんだあの人間の女!!? 人間の癖に魚人空手を……!!」

 

「囲んで殺しちまえ!! 人間の女の力だ!! 魚人の腕力には敵わねェ!!」

 

「──“突風(ガスト)ソード”!!!」

 

「!!」

 

「ギャアア!!?」

 

 コアラという魚人空手を使う珍しい人間に殺到する魚人達を、風の槍が打撃する。

 それを放ったナミは魚人達に言い放った。立ちはだかったのはアーロンの為ではない。

 

「私の()()の邪魔をしないでくれる?」

 

 コアラという友達の邪魔はさせない。

 友達であるコアラがアーロンを助けるというなら──ナミはその手助けをする。

 それが友達の顔に免じた……ナミの落とし所だ。

 恨みも怒りも今更見せない。それは人間と魚人達が手を取り合う中で、邪魔にしかならない。無関係な者達が傷つくだけ。次世代や無関係な者達に知らせるべきではないものだ。

 

「アーロンさんは絶対に殺させない!!! 差別も許さない!!!」

 

「グ……!! 何をしてる奴隷共!! 奴を止めろ!!!」

 

 戦闘の為の人間の奴隷も魚人帝国の兵も蹴散らして近づいてきたコアラにハモンドが焦って命令を下す。だが、彼らにコアラは止められない。

 

「魚人空手……!!」

 

「人間如きが……邪魔を……!!!」

 

 意志の無い奴隷を蹴散らして、ハモンドに肉薄したコアラは拳を振り被り──その意志を乗せた一撃をハモンドに放った。

 

「“鮫瓦正拳”!!!」

 

「グアアアアアア~~~!!!」

 

 魚人空手の技。人間でありながら魚人空手師範代にまで昇りつめたコアラの全霊の拳を受け、悲鳴を上げ、白目を剥くハモンド。

 そしてコアラがハモンドを倒したその隙に、タコの魚人がアーロンに近寄る。

 

「ニュ~~!! アーロンさん!! これで錠が……外れた!!」

 

「ハチ……」

 

 アーロン一味の幹部であったハチ。彼はアーロンが解放されたことで思わず喜ぶ。

 ハチは過去の自分達がやり過ぎたと行いを悔いてはいる。アーロンの意志にはもはやついていけないとも思っている。

 だがそれでも子供の頃からつるんだ幼馴染だ。どれだけ悔いて、その行いを苦々しく思ってもやはり放ってはおけない。そもそもハチもまた同罪なのだ。本来ならば誰かに助けられるような資格はない。

 だがハチは麦わらの一味に、他でもないナミに助けられた。助けてくれた。アーロンを同じ様に彼らは助けはしないだろうが、ならせめて自分やコアラだけでも──助けてやりたかった。

 

「ハチてめェ!! この裏切り者が!!」

 

「ニュ~~!! アーロンさん!! 今は逃げてくれ!! あいつらおれ達だけじゃなくてアーロンさんも狙ってる!!」

 

「そうだよアーロンさん!! ここは……わっ!!?」

 

 ハチやコアラがアーロンを守ろうと周囲の敵を蹴散らし、声を掛ける。だがそんなコアラの地面が突如として陥没し、コアラは地面に転げた。

 

「キャッキャッキャッ!!! 人間の女!! お前は噛み殺さなきゃならねェ!! 下等種族の分際で魚人空手を使う人間は許しちゃおけねェんだ!!!」

 

「危ない!! コアラ!! 待ってろ!! すぐに……!!」

 

「……!!」

 

 地中を潜って地面を陥没させたのはダルマザメの魚人である新魚人海賊団の幹部であるダルマだ。

 彼は地面に転がったコアラを襲おうと飛びかかり、ハチはそれを助けようと前に出る。

 そうして自分を助けようと必死に戦う彼らを見て……アーロンは思わず動いた。

 

「──どいてろ、ハチ」

 

「えっ……?」

 

 ハチを横にどかし、腰を屈め、足に力を込める。

 牙は折れ、もはやどちらの道に縋ることも出来ない。

 罪を悔いている訳でもなく、もはや怒りに身を任せることも出来ない。

 だがそれでもだ。彼は人間へのそれを消すことは出来ずとも──ナミのように──()()()()()()対するそれを受け取ることは出来る。

 だからこそ借りは返さなければならない。借りは作らないし、恨みは返す。だからこそその敵へ鮫の瞳を向けた。

 

「おいダルマ……てめェら、よくも今までやってくれたな……!!!」

 

「キャッ!!? あ、アーロンさ……アーロン!!? 貴様、何を──」

 

 子供の頃の癖で怯え、戸惑ったダルマにアーロンは思い切り力を込めて飛び込む。

 ヒレがなくとも自慢の鼻はある。手も足も動く。ならばやり返して借りを返すくらいは──まだ出来ると。

 

「“鮫・ON(オン)DARTS(ダーツ)”!!!」

 

「ウキャ~~~!!?」

 

「アーロンさん!!?」

 

「アーロンさんが……コアラを……!!?」

 

 自慢の鼻をダルマに突き刺して撃退する。奴隷として虐げられても彼の鮫の魚人としての力はまだ残っている。それくらいは出来ても不思議ではない。

 だがその行いにコアラやハチが驚いた──が、それもアーロンにとっては自身の行動原理にきちんと則ったもの。

 未だに麦わらの一味や人間を助ける気は起きない。それらを今更捨てることは出来ない。だが、

 

「……勘違いすんじゃねェ……おれは人間相手に借りは作らねェ……これで……借りは返したぞ……ハチ……()()()……」

 

「ニュ、ニュ~~~……!! アーロンさん……!!」

 

「! ふっ……」

 

「アーロンさん……ありがとう!!」

 

 それはハチやジンベエ、そしてコアラしか気づかないこと。

 ぶっきらぼうに顔を背けながら言ったが、アーロンはそもそも──人間の名前など呼ぶことはない。

 下等な人間相手の名を呼ぶ必要など彼の価値観では存在しないのだ。それでも必要とあらば、かつてナミを表向き仲間扱いした時のように呼びはするが……しかし今はそんな必要はない。

 タイヨウの海賊団時代から一貫してコアラをガキ呼びしてたアーロンの初めての対応。コアラにもそれは伝わり、アーロンは顔を背けているものの……それでもコアラは笑みを浮かべてお礼を言った。かつて他のタイヨウの海賊団の面々にしたように。

 だがコアラはまだ恩を返せたとは思っていない。魚人と人間の融和の為に、魚人島を解放する。そのためのホーディ達を倒す。そしてその最後のピースは……“麦わらのルフィ”が担っていた。

 

「クソがああ……!!! おれ達は天に選ばれた種族……!! この広い海で何も出来ねェ人間が……!! 水の中で呼吸すら出来ねェ人間が邪魔をするんじゃねェ!!! おれ達は地上の人間共を深海に引きずり込んで……より深い地獄に落とすんだよォ!!!」

 

 追い詰められたホーディは血走った目で叫ぶ。麦わらのルフィと戦っていた彼は“E・S(エネルギー・ステロイド)”を大量に摂取し、体格や髪の色まで変わって覚醒していたが、それでも麦わらのルフィには敵わず、一方的な戦いを演じていた。

 

「お前じゃおれには勝てねェ……!! そろそろ終わらせるぞ!! ホーディ!!!」

 

「終わりはしねェ……!!! 全部殺すんだ……!! お前にゃ何も守れやしねェんだよ!!! “麦わらのルフィ”!!!」

 

「いいや……全部守る!!! そのための“2年”だったんだ!!!」

 

 ホーディもルフィも啖呵を切り、共に渾身の攻撃を放とうとする。

 だがそのスピードにすらホーディはついていけなかった。戦いの最初に食らったその一撃を、ホーディは再び身体に食らう。

 

「“ゴムゴムの”……火拳銃(レッドホーク)”!!!!」

 

「!!!」

 

 熱と打撃の衝撃がホーディの身体に炸裂する。

 その時とほぼ同時に他の麦わらの一味もまた、残った新魚人海賊団の幹部を倒していた。

 ゆえにルフィのその一撃は魚人島を救い、解放する最後の一撃となる。

 

「ベホッ……ウ゛……ゲホッ……!!」

 

 だがホーディは未だ気を失っていなかった。

 吹き飛ばされ、膝を地面に突きながらも何とか起き上がり、薬を口にしようとするが、それを胃の中の血液と共に吐き出す。もはや満身創痍の状態だが、それでもまだ倒れないのは薬のおかげか、本人のタフさか。どちらにせよ現在のホーディのタフさは億超えの海賊と比べてもそう劣らない程だ。

 しかしそれ以外は大きく差がある。もはや幹部も倒れ、打つ手がないホーディはどうすればこの目の前の敵を屠れるのかと考え、しかし何も思いつかずに息も絶え絶えのままに戦おうとする。

 

「まだ起き上がるのか!!」

 

「タフさは億超えじゃな……じゃが後はホーディさえ倒せば──」

 

 そう、誰もがそう思うその瞬間だ。

 

「!」

 

「え……!?」

 

「増援か……!?」

 

「いや……あれは……マズい!!」

 

 ホーディの背後。崩れたサンゴの壁の奥から、巨大な影が現れる。

 麦わらの一味の殆どはそれを海獣か何かの増援だと思ったが……しかしそれを見たジンベエは土煙が晴れていくにあたって……その軍勢が自身の危惧していた存在であることに趨勢が変化したことを悟った。

 

「ジャハ……ジャハハ……ジャハハハハ……!!!」

 

 そしてそれを感じ取ったのはホーディも同じ。彼は自身の背後にやってきた相手を見ると、心底思う──「間に合った」と。彼が来ればそれだけで片がつく。

 そう、彼らは気づかなかった。そのただならぬ地響きに。

 20万人が動く戦場ではその巨大な怪物と軍勢が地ならしをしたところで気づくはずもない。

 先頭に立つのは現在にいない筈の古代生物。10メートルをゆうに超える巨体。巨大な2本の象牙を持つ──マンモス。

 

「ジャハハハハ!!! 天はやはり……おれ達を見放してはいなかった!!! これでおれ達の──勝利だ!!!」

 

 ホーディが勝ち誇る。それも無理はない。

 ホーディが最強だと思っているその男は屈強な魚人の中でも最強の魚人。ジンベエすら超える怪物。

 話も通じない凶暴性。破壊を好む残虐さ。通った場所は全て干ばつが起こったように朽ち果て滅ぶ。

 

「──()()()()()()!!! 奴らを踏み潰してくれ!!! 奴らはおれ達魚人帝国に逆らう反逆者だ!!!」

 

「ジャック……!!?」

 

「ジャックだと……!!?」

 

「ジャックと言えば……誰だっけ?」

 

「……百獣海賊団……!! カイドウとぬえの懐刀と呼ばれる大看板の1人じゃ……!!!」

 

 そう、ジンベエがその詳細を告げる。

 誰もがその名を呼んだ。その名は──百獣海賊団大看板“旱害のジャック”。

 懸賞金15億ベリーの怪物。2年前にも魚人島に来訪し、魚人島を滅ぼした男。魚人帝国の元締め。

 

「手強そうなのが出てきたな……!!」

 

「お、おい!! 後ろにいるの……また軍勢か!?」

 

 ゾロやウソップがジャックとその背後にいる奴らも指して感想を口にした。

 魚人帝国の20万人とは違う。その数は魚人帝国より遥かに少なくとも、1人1人の強さはやはり違う。

 何しろ“四皇”の海賊団だ。その登場に彼らを知る人間の奴隷、海賊達も震える。解放されたばかりのアーロンなども同様に。

 

「さあやってくれジャックさん!!! ああ、そうだ、この薬を……!!!」

 

「──黙れ」

 

「え……!?」

 

 だがしかし──その影はホーディに掛かる。

 

「!!!」

 

 轟音と共に巨大なマンモスの足が……ホーディを踏み潰す。

 その行動に新魚人海賊団の兵達は絶句し──他の奴隷達や麦わらの一味も同様に──それをただ見守るしかない。

 苛立った様子のジャックはホーディを踏み潰し、その足を一度上げる。が、それは彼を更に痛めつけるためのものでしかない。

 

「ナン……デ……!!?」

 

「黙れ……!!! 何が魚人帝国だ……下らねェ……!!!」

 

「!!? そ、んな……!! おれ達の御輿になってくれるハズじゃ……!!!」

 

 ホーディもホーディの部下達もただ驚愕するしかない。

 最強の切り札にして最強のボスとなる筈だった男は、ホーディを踏み潰し、彼らにも苛立った声を放つ。

 

「黙れ馬鹿共!!! おれが本当にそんな誘いに乗るとでも思ったか……!!? そんな下らねェ願いを聞き届けるとでも……!!?」

 

「そ、そんな……!!」

 

「本当ならすぐに殺してやりたかったが……それでも生かしておいたのはお前らの集める武器と兵を手に入れるためだ……!!! そうじゃなきゃすぐに潰してた……!! 他ならぬ、ぬえさんの命令じゃなきゃな……!!!」

 

「……!!」

 

 そうして真実を話し、ジャックは再び──今度こそとどめを刺すために足を思い切り振り下ろす。その怒りをぶつけるように。

 ジャックの巨体とその重量。パワーから繰り出される踏みつけはそれだけで必殺の一撃となる。

 

「新魚人海賊団の兵共……!! お前達はこれから百獣海賊団の兵となる……!!! 断る奴は殺す……!!! この馬鹿のようにな!!!」

 

「ッ……!!」

 

 地面のシミに、肉だけでなく骨すらも粉々に砕くように念入りにジャックはホーディをこの世から消し去る。

 この馬鹿に担がれたというのはジャックにとっては黒歴史に等しい。作戦であるため逆らう気もないし、ぬえやカイドウに恨みを持つようなことは一切ないとはいえ……それでも元々その作戦を考えるに至ったこのホーディの勘違いは命ごと消し去りたいものだ。

 

「だがホーディ……てめェにはフカヒレすら生温い……!!! 粉々になって死ね……!!!」

 

 だから言葉通りに、ジャックはした。ホーディを踏み潰して殺す。

 魚人帝国の兵はそのまま吸収する算段であるため、逆らわない限りは無闇に殺しはしないが、幹部共は別だった。弱くて幹部にするにはいらないし、ジャックの苛立ちもある。カイドウやぬえにもこいつらは殺していいときちんと許可を取っていた。

 

「さあこの馬鹿は死んだ!!! 新魚人海賊団!!! カイドウさんとぬえさんに忠誠を誓い、百獣海賊団の兵となれ!!!」

 

「……!! は、ははははい……!!!」

 

 そしてその命令、脅しにも似た言葉には怯えながら頷くしかない。

 新魚人海賊団の殆どはホーディ達幹部程人間に恨みがある訳ではない。ましてや自分の命に代えられるものでもない。

 だがそこまでは予定通りだ。ジャックの任務はそれだけでは終わらない。

 

「そしてジンベエ!!! お前もだ……お前もウチに入れ……!!!」

 

「!!?」

 

「え……!!」

 

 ジャックはジンベエに顔を向ける。彼の任務は戦力の拡充であり、魚人島に来たのはそのためだ。

 その中でカイドウとぬえが最も欲しがっている戦力は“海侠のジンベエ”。そのためなら何をやってもいいと言われているし、元々ジャックは任務を成功させるためなら何だってする。カイドウとぬえの命令。そして百獣海賊団が世界を獲るためなら何だってする。それが“大看板”。どんな相手であろうと怯むことも躊躇することもない“災害”だ。

 

「お前を生かしているのはカイドウさんとぬえさんがお前を部下にしたがっているからだ」

 

「……聞き飽きた言葉じゃ……!! なんと言われようとわしは貴様らの仲間には──」

 

「──なら魚人島を滅ぼすだけだ……!!!」

 

「! 何じゃと!!?」

 

 ジンベエの断る声を耳にして、ジャックはそのための脅しをすぐに口にする。交渉など通じないジャックだが、そのためならば手を引いてやっても良いと。

 

「元々魚人島は滅ぼすつもりだった……!! 兵と武器さえあれば他はどうなっても構わねェ……!!! だがジンベエ、お前がウチに入るならば魚人島を滅ぼさずにおいてやる……!!!」

 

「……!! 脅しか……!!」

 

「恨むなよ……!! 元々、滅ぼす予定だったんだ……!!! だが部下になるならその予定を白紙にしてやってもいい……!!」

 

「く……」

 

 ジンベエが苦悶の声を漏らす。そうやって魚人島を人質にされてしまえばジンベエに選択の余地はない。

 同胞をここまで苦しめた百獣海賊団に思うことはあるが、もし部下になることで同胞達を守れるならば──とジンベエが考え、自身を犠牲にするのは当然のことだ。

 

「……わしが部下になれば……魚人島は解放して貰えるんじゃろうな?」

 

「──ええ、勿論ですよ。ジンベエ親分」

 

「! 貴様……ソノ!! ハック!!?」

 

 そしてジンベエが考えた末に出した質問をジャックの代わりに答えたのは、ジャックの隣、奥から出てきた美女。見知った相手である人魚。真打ちのソノだ。

 彼女は前方に白目を剥いて傷を負っているハックを投げ捨てて答える。それにジンベエとコアラが駆け寄った。

 

「貴様……ハックを……!!」

 

「ハック!!」

 

「向かってきたので叩き潰しただけです……それより、さっきの質問ですが……あなたが部下になるのならば、魚人島は解放してやってもいいと、カイドウ様とぬえ様の言葉を預かっております。ナワバリとしてそれなりのアガリは納めて貰いますが……まあそれもタイヨウの海賊団で肩代わりしてもいいですし……リュウグウ王国を復興しても構いませんよ。我々は干渉致しません」

 

「……!」

 

 百獣海賊団という話の通じない相手にしてはかなり譲歩した条件だった。それだけジンベエという戦力を評価している表れとも言える。

 元王下七武海“海侠のジンベエ”。それだけの強者ならばそれくらいの条件をやってもいいと。

 百獣海賊団は強者には優しい海賊団。カイドウとぬえも強者にはそれなりの厚遇を与える。最強の軍隊を作る彼らはどれだけ顔を潰されても部下になるなら水に流す。

 そしてそれをジンベエもまた知っていた。この2年、その方法を考えなかったといえば嘘になるが……ホーディ達は自分を殺そうとしていたのでその方法は叶わないと思って諦めた。

 だがそれが叶うのであれば……ジンベエは是非もない。

 

「ジンベエさん……!!」

 

「いや……そうじゃな……なら──」

 

「──おい何言ってんだお前ェ!!!」

 

「!」

 

「!? おいルフィ!!」

 

「ルフィ君……!!?」

 

 ──ジンベエがコアラの制止を振り切ってその提案を受けようと決意を高めようと思った直後。ルフィはジャックに向かって怒りの籠もった声で文句を言う。

 

「あのなァ!! ジンベエはおれが仲間にするんだ!!! お前らの仲間にはならねェ!!!」

 

「え……!?」

 

「な……!!」

 

「こんな時に何言ってんだお前~~!!?」

 

 ジンベエは自分の仲間になる。そんな自分勝手な言葉を放ち、周囲を絶句させたルフィは仲間達のツッコミを受ける。特に成り行きを見守っていたかったウソップやチョッパーに取り押さえられた。

 だがルフィは取り押さえられながらも口を休めない。

 

「おいジンベエ!! こんな連中の仲間になることなんてねェ!!! おれの仲間になれ!!!」

 

「……! じゃが……!! それでは魚人島が救われん!!!」

 

「何でだよ!!! おれ達とお前でこいつらをブッ飛ばせばいいだけじゃねェか!!!」

 

「……それは……!!」

 

 ジンベエはルフィの最も簡単で最も難しい解決法に言葉を飲み込む。

 確かにそう出来ればいい。だが、それが難しいことはジンベエが1番よくわかっている。

 2年前、ジンベエはジャックと相対し、倒せず、そして更なる化け物によって追い払われた。

 今の世界で百獣海賊団に逆らえば、もはや滅ぶしかない。逆らう者には容赦のない獣の軍団。

 仮にここでジャックを倒したとして、その先に滅びが待っていないとは言えないものだ。そうなるくらいなら自分が犠牲になればいい。百獣海賊団は信用出来ないとはいえ、今はまだそれしか方法がない。

 

「おい“麦わらのルフィ”……!! 邪魔をするな……!!! お前は見逃すようにぬえさんが──」

 

「うるせェ!!! お前が邪魔すんな!!! 言っとくけどな!!! 海賊王になるのはお前んとこの……カイドウじゃねェ!!! おれだァ!!!」

 

「……!!!」

 

「あー……()()()()は……」

 

 だがルフィはそれに自分勝手に異を唱える。ジャックの声を突っぱねて、海賊王になるのは自分だと伝える。

 そしてその看過出来ない言葉にジャックが額に青筋を立て、ソノが何とも言えない表情を浮かべた。自分なら流せるが、他でもないジャックにそんなことを言えば……彼の怒りが爆発しかねない。

 

「こいつらをブッ飛ばして魚人島をおれのナワバリにするからな!!! それならいいだろジンベエ!!!」

 

「……!! まったく……お前さんは……!!」

 

 ジンベエはその自分勝手で冷や冷やする勧誘を受け、しかし不思議と笑みを浮かべてしまう。

 心に浮かんだ喜びを隠しきれない。2年前、頂上戦争で惚れた男だが、再び再会して惚れ直すような思いだ。

 確かに麦わらのルフィの仲間になれるのであれば……その方がいい。それで百獣海賊団を倒して魚人島と……百獣海賊団に囚われている姫を助け出せればそれが1番良い。

 部下になって一旦は救われるかもしれないが、それでは根本の解決にはならない。魚人島はいつかまた同じ様な目に遭わないとも限らないし、しらほし姫は決して解放されることはないだろう。そもそも百獣海賊団が本当に約束を守ってくれるのかどうかも分からない。

 

「じゃが……!!」

 

「大丈夫だよ、ジンベエさん」

 

「! コアラ……」

 

 気持ちとしては仲間になりたい。だがそれでも魚人島の運命を左右しかねない選択に悩んでいるとコアラが真剣な表情で声を掛けてきた。彼女はジンベエの気持ちを察したのか、ハチと共にそれを後押しする。

 

「新政府としても……ここで……苦しんでる人達を放置して引くなんて出来ない!! 増援も来るし、ジャック達さえ退ければ……魚人島は解放出来る!!」

 

「ニュ~~!! アラディンの兄貴達も奴隷を解放して回ってる!! ジンベエさん、ジンベエさんは自分の為にも生きてくれ!! それでおれ達にも……おれ達の魚人島を守らせてくれ!!」

 

「……!!」

 

 その言葉に更に揺さぶられ、背中を押される。

 魚人島を守ってくれるという人間と魚人。ジンベエの縁のある者達の声が心を打つ。

 確かに時間を稼ぐか、撃退さえしてしまえば新政府の手助けも得られるだろう。それに自分が引いたところできっと……この麦わら帽子の男はもう、止まらない。

 あの頂上戦争でも止まらなかった男だ。そして今回の一件でも決して譲らず、自分達を助けようと無理矢理手を貸してくれた男だ。

 ならばもう……そして奴らを倒せれば……それならば──!!

 

「……ルフィ!! わしは……奴らに囚われているリュウグウ王国の姫を……しらほし姫を助け出してやりたいんじゃ!!! 手伝ってくれるか!!?」

 

「友達なんだろ!!? だったら助ける!!! 友達の友達だ!!!」

 

「ふっ……!!」

 

 友達、という訳ではないが、それは口にはすまいとジンベエは薄く笑みを浮かべる。そこは重要ではない。その心意気が嬉しいのだ。

 自分が惚れた男がこの状況にあってそこまで覚悟を決めている。ならば自分も覚悟を決めなければならないとジンベエはジャックに向き直る。

 

「──そういうことじゃジャック!!! わしは……“麦わらの一味”の仲間となり、麦わらのルフィを“海賊王”にするために身を粉にして手足となって働く所存!!! 貴様の脅しには乗らん!!!」

 

「……断るってこたァ……魚人島もお前も……どうなっても構わねェって事で良いんだな?」

 

「違う!! 貴様をこの島から追い出して……!! 貴様らを打ち倒すという事じゃ!!!」

 

「……!!」

 

 ジンベエの啖呵にジャックのこめかみがピクピクと動く。

 幾ら勧誘している相手でもそこまで言われて黙っているジャックではない。死なない程度に痛めつけて連れ帰ればそれでいいのだ。

 そしてそれは麦わらの一味も同様。ぬえの命令があるとはいえ、命令の内容は「魚人島を通過させて新世界へ招待すること」のみ。

 ならば半殺しにして腕の一本でも斬り落としてから新世界へ送ってやればいい。殺すなとは言われてるが、挑みかかってくるようなら程々に相手してやれとも言われている。

 ならジャックのやるべきことはそれだ。ジャックは“麦わらのルフィ”と“海侠のジンベエ”を見下ろして殺気を昂ぶらせる。

 

「“ギア3”!! 武装色硬化!!」

 

「!」

 

 だが麦わらのルフィの行動は速かった。ジャックと敵対すると決まった直後、腕を巨大化させ、武装色の覇気を込めた一撃をジャックに見舞う。

 

「“ゴムゴムの”~~~……象銃(エレファントガン)”!!!」

 

「!!!」

 

 その重い一撃がジャックに直撃する。

 マンモスの巨体を動かし、背後の壁に再び激突したジャックとそれを為したルフィを見て一味はやれやれと言わんばかりに再び戦闘態勢を取る。新たに一味に加わるジンベエもそれに並んだ。

 

「ジャック様ァ~~~!!?」

 

「あいつ……やりやがった!!」

 

「舐めやがって……!! 魚人や奴隷の雑魚共と一緒にするんじゃねェぞ!!! おれ達は“百獣”だ!!!」

 

「ギャハハハ!!! 死なねェ程度に殺してやる!!!」

 

 そしてジャックが吹き飛ばされたのを見て百獣海賊団の戦闘員が驚愕した。だが一本角の戦闘員は笑い、2本の黒い角を持つ者達は好戦的に自らの能力を解放して戦闘態勢を取る。そして中でも幹部である“真打ち”は特に自信を覗かせた。

 

「はぁ……こうなりましたか……ぬえ様に後でなんて報告しましょうか悩みますね」

 

「麦わらの一味……!! いや、新政府軍……!! よくもおれをやってくれたな……!!? だが百獣海賊団を舐めるんじゃねェ!!! ジャック様は“大看板”の1人!!! 懸賞金15億ベリーを誇る“災害”だ!!! お前らルーキーの敵うようなお方じゃねェんだよ!!!」

 

「あ、さっきの羊男!!」

 

「気をつけろ……ソノも奴らも……ホーディ達とは比べ物にならん程に強い……!! 特に……ジャックは……!!」

 

 ナミが真打ちの中にいるシープスヘッドを見てその能力を絡めたあだ名で呼ぶと、ジンベエが注意を促す。ジンベエは百獣海賊団の強さをよくわかっていた。だからこそ、注意しろと気を引き締める役割を担う。

 特にルフィの一撃を食らったジャックは、獣型のまま即座に起き上がり──凶相を浮かべた。

 

「え……無傷……!!?」

 

「馬鹿言え!! ルフィの一撃だぞ!! 効いてねェ筈があるか!!」

 

「いや、大したダメージにはなっておらんじゃろう……!!」

 

「さすがは四皇の幹部と言ったところですかね!!」

 

 傷一つなく起き上がったジャックにチョッパーが驚き、ウソップがそんな訳ないと言うが、しかしジンベエがチョッパーの見立てを肯定する。ブルックがそのタフさを評価し、軽く戦慄しながらも気を引き締め直したが、正しくその通りなのだ。四皇の最高幹部。百獣海賊団の“大看板”は伊達ではない。ここで宣戦布告こそしたが、場合によっては逃げることも選択肢に入れる必要があるとジンベエやロビンといった大人の面々は思い浮かべる。

 もっとも、ルフィやゾロなどはそういったことを微塵も考えてはいないが。

 

「洗礼を与えてやる……!!! 野郎共!! 前へ出ろ!!」

 

「オオオオ~~~~!!!」

 

「お前が強ェのは分かってる!!! ──でもおれは負けねェ!!! 海賊王になるには……お前みたいな強い奴も倒していかねェと駄目なんだ!!!」

 

 ジャックが部下達に命じると、ルフィもまた覚悟を口にしてジャックへ真っ先に向かっていく。──ジャックを抑えなければ、仲間が酷い目に遭う。それを本能で感じ取って。

 そうして魚人島の戦い。新世界レベルの激闘……犠牲を見なければ乗り越えられない戦いが、遂に幕を開いた。




ネプチューン軍→ネプチューンは死んでます。王子達は竜宮城(人質)。しらほし姫は新鬼ヶ島です。
ソノ→止水は人魚柔術の奥義ということで独自設定。魚人空手メタだけど別に絶対に食らわないということはない。
ハック→強い筈なんだけど負けました。バルトロメオはノーカン。
火拳銃→エース死んでないのに使えるのはなんか、多分心意気(適当)
小紫→描写されてないけど広場の中心辺りで寝転がってます。
コアラ→アーロンは恩人。この辺りが書きたかったので魚人島編は書いた。ホーディ達はどうでもよかった。
アーロン→別に改心はしてないです。ただまあコアラは認めたかもしれない。ワンピ世界では意志を取り戻すと強くなるのでダルマくらい普通に倒せます。
ナミ→アーロンは許さないけどコアラは友達になので助ける。そういう落とし所。
ホーディ→踏み潰されて死にました。ハエを潰した感じの死に様です。
ジャック→おこ。魚人の兵と武器を吸収するために放置してた。ジンベエも欲しい。大体カイドウとぬえちゃんのほろ酔い話し合いの結果。
ジンベエ→かなり早く麦わらの一味に。ぶっちゃけこの時にほぼ加入してたもんよね。原作はかなり後になったけど。
魚人島→新政府軍も後ろ盾にいるので撃退出来ればハッピーエンド。なお()
ルフィ→海賊王宣言はいつもの。基本的にいつものムーブなので何も考えずに進みますが、今回はヤバいかもしれない。
ぬえちゃん→フカヒレ美味しい。

ということで今回はこんなところで。今日はワンピースの日で連載24周年。作中で大海賊時代が始まったのも24年前ということで記念すべき日ですね。ちなみに作中で大海賊時代が始まったのは550話のセンゴクのエース出生の話から割り出して、エースが1月1日生まれですから「父親の死から1年と3ヶ月の月日を経て生まれた」という発言からロジャー処刑の日は10月1日。大海賊時代始まりの日はその日になります。まあキャラの誕生日なんてワンピではあんまり意味ないんですが、割り出すとそんな感じで。

次回で魚人島編は終わりです。そして色々とかなり不穏な新世界編が始まります。そろそろ2年後ぬえちゃんも出せるかもしれない。お楽しみに。

感想、評価、良ければお待ちしております。

補足
ソノさんの身長設定がガバだったので修正しました。5メートルって書いてたけど8メートル程で。人魚って大きいんよね。スタイルはシャーリーかあるいはブラックマリアみたいなのを想像して貰えれば。シャーリーよりは尾が長いのでその分大きい感じで。正確な端数は今度活動報告にプロフィールごと載せときます。

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