正体不明の妖怪(になった男)、情緒不安定な百獣の腹心になる   作:黒岩

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恐怖の世界

 海底1万メートル。2年前の頂上戦争後より海賊帝国の傘下、魚人帝国のナワバリとして支配され、苦しめられていた魚人島は……今日この日、島を訪れた麦わらの一味と新政府軍、そしてタイヨウの海賊団の手によって解放された。

 

「本当に……助かったのか……?」

 

「ホーディ達は……? 百獣海賊団は……!?」

 

「──大丈夫。島は解放された。これでもう……誰も奴隷として働かされることも、苦しむこともない」

 

 島の各所で捕らえられていた元リュウグウ王国の国民。奴隷達。

 彼らは恐る恐ると枷から解放され、周囲を伺い……しかし、錠を外した新政府軍やタイヨウの海賊団の温かい言葉でようやく、“自由”を得た実感を得る。

 

「ウオ~~~~~!!! 助かった~~~~~!!!」

 

「ジンベエ親分とタイヨウの海賊団が……!! 新政府軍が……!! 麦わらの一味が勝った~~~~~!!!」

 

「ありがとう……!!」

 

 魚人島に喝采が響き渡る。

 タイヨウの海賊団や新政府軍の兵士達はそれを穏やかな笑みで見守る。そう──もう彼らにはこれ以上、苦しんで貰う必要も、妙な不安を与える必要はない。

 現実を知る者達は誰もが分かっているのだ。確かにホーディ達は倒れ、魚人帝国は崩壊したし、百獣海賊団も追い出すことは出来た。

 ──だがそれだけだ。相手は“四皇”。それも世界最強と称される百獣海賊団。

 1幹部の1人でしかないジャックの軍団を退けたところで、彼らの総戦力からすれば微々たる被害。当然、海に沈めたジャックもまだ生きているだろう。奴は魚人で百獣海賊団の“大看板”。あの程度で死んでくれる筈がない。

 そしてこの事をカイドウやぬえが知れば、報復としてまた新たな軍団を送り込んで来ないとも限らない。それも、ジャックの軍団よりも大きい規模で来る可能性が高い。

 ゆえにここからが本番だった。新政府軍とタイヨウの海賊団。そして元リュウグウ王国の兵士達は協力してすぐに防衛体制を確立し、百獣海賊団の侵攻に備えなければならない。魚人島は立地の上では防衛に有利だが、それでも相手が相手なだけに油断は出来ない。どんな非情な手を使ってこないとも限らない。それに、まずないとは思うがカイドウやぬえが来れば──それこそ島は終わる。

 その不安を敢えて口にはしない。覚悟を決めて守ることを決める。新政府軍の信念は民を、罪なき人々を守ることだ。タイヨウの海賊団も故郷を守りたい。既にバルティゴに新たな増援も要請してある。協力して支部でも作れれば1番良い。

 そして“麦わらの一味”もまた……この島をナワバリにし、百獣海賊団と敵対したことで狙いをこっちに向けられれば──というのは大人の面々が考えていた事だったが、彼らもまた、今は由々しき問題に直面していた。

 

 ──サンジとチョッパー。かけがえのない2人の仲間が……戦いの後から行方不明なのである。

 

「──ダメだ。島のどこにもいねェ」

 

「魂になって探して見ましたが屋内にも見当たりません!!」

 

「こっちもよ」

 

「竜宮城の方にもおらんかった……!! これは……やはり……」

 

 島の陸部分をバイクで探し回っていたフランキー。ヨミヨミの実の能力で魂となり、屋内を探し回っていたブルックと、ハナハナの実の能力で同じく探し回っていたロビン。

 そして解放された竜宮城や、海中まで潜って探していたジンベエもまた、成果が無かったことを伝えると、一旦集まってきた仲間達や協力者達はそれぞれ苦い顔を浮かべた。そして誰もが悪い想像が頭によぎり──その言いにくい言葉を協力者の代表である青年が口にした。

 

「……恐らく百獣海賊団に攫われた……という可能性が1番高いか。──悪い、ルフィ。おれ達が追撃の手を止めたせいで……」

 

「大丈夫だ!! 攫われたんなら取り返しに行けばいい!!! すぐに船を出そう!!!」

 

「──ま、それ以外ねェな……ったく、あのぐるマユ……油断しやがって……あのアホはともかく、チョッパーがいなけりゃ死活問題だ。怪我や病気の時に治療する奴がいねェ」

 

「いや、料理人は……」

 

「コックも重要だろ!!」

 

 そうして謝った新政府軍の参謀であるルフィの義兄弟──サボに、しかしルフィ達はそこまで危機感を感じておらず、すぐ様取り返しに行こうと意気込む。ゾロなどは戦力としては一応信頼していたサンジがあっさりと攫われたことで悪態をついており、チョッパーだけはいないと問題があると言うが、ウソップがツッコんだように、コックもまた航海には必要不可欠な要素。

 ジンベエはまだ一味の勝手やら人間関係やら性格がそこまで掴めておらず、ゾロの発言が冗談なのか本心なのか分からず、控えめに意見を述べようとしたが、ウソップの強いツッコミで言いかけた言葉を引っ込める。代わりに、ルフィとゾロ以外が懸念しているであろう事や、問題について口にし始めた。

 

「じゃがルフィ。相手は“四皇”じゃ。何の計画も無しに突っ込めば叩き潰されて終わりじゃ。何か手立てを考えねば……」

 

「ならこっそり行こう!!」

 

「…………」

 

「ルフィはこういう奴だ。諦めろ……」

 

 即座に隠れて行くことを提案し、絶句するジンベエ。その肩に、ウソップが涙目で手を置いて新人に麦わらの一味のいろはを教える。その1──ルフィはアホだから無謀なことを言い出すが、諦めろ。考えたり心配するのはこっちの仕事。

 ゆえにルフィは四皇相手でも考えを変えない。無論、多少は考えているのか、見つからないようにしようという提案は出す──が、それ以上は出てこないため、長らく一味の頭脳労働担当としても活躍し、2年の期間で幾つもの情報も持っているロビンが口に出す。その情報元であり、既知の仲であるサボに視線を向けながら。

 

「でもルフィ。百獣海賊団のナワバリは危険よ。特に、見つからないように行くのは難しい……でしょ? サボ」

 

「ああ、そうだ、ロビン。百獣海賊団のナワバリに入るのは至難の業。新政府軍でも色々試しちゃいるが……見つからずに、ってのは未だ不可能って結論が出てる。ある理由があってな……」

 

「? ロビン、サボと知り合いなのか?」

 

「──おバカ。ロビンは新政府軍で修行をしてたって言ってたでしょうが。……それより、その理由っていうのは? 何の手立てもないの?」

 

「──()()()だ」

 

 別の疑問を口にしたルフィをナミが軽く頭にチョップし、代わりに理由を問いかける。そしてその理由を端的にサボが口にした。UFOだ、と。

 本来なら存在する筈のないそれ。未確認飛行物体──だが、新世界においては長らく常識とされているものだ。

 

「百獣海賊団のナワバリはUFOが巡回していて、百獣海賊団以外の船が入ってくると攻撃を仕掛け、近くの島に信号を出す。気づかれる前にUFOを落としても、UFOを破壊した事は生み出した張本人である“ぬえ”に伝わり……結局は気づかれるって寸法だ」

 

「戦争で見た奴だな!!」

 

「確か……2年前に見た奴……だよな? そんなにすげェ奴だったなんて、今思うとゾッとしてきた……!!」

 

「おれァ未知の技術か何かかと思ったが……UFOを生み出せる能力ってのは一体どんな能力だ? エイリアンか?」

 

「宇宙人!! だとしたら怖いですね!! ヨホホホホ!!」

 

 そう、ルフィ達もまた2年前にそれを目撃している。空飛ぶ不思議なUFOと共に……百獣海賊団の副総督“妖獣のぬえ”を。

 出会った時は仲良く会話し、接しており、ルフィ達も特別危険を感じなかった少女であったものの、その正体を知ってからは逆にあの気軽さというか、相手に警戒心を抱かせない少女の姿や、神出鬼没な部分など、様々な意味で不気味に感じ、恐怖を覚えるもの。

 もっとも、一味はまだその本当の怖さを実感してはいないが──長らく革命軍として警戒していた相手であり、サボ達は別だ。どんな能力だというフランキーやブルックの問いに答える。

 

「能力の詳細はこっちでも掴めてない。動物(ゾオン)系の幻獣種なのは確かだが……ぬえの能力は悪魔の実の図鑑にも載っていないからな」

 

「そんな能力があるの……!?」

 

「ああ。もっとも、本人が言うには──」

 

「──それよりサボ!! サンジとチョッパーの連れて行かれそうな場所、知らねェか!!? あのぬえもカイドウも強ェのは分かってるけどよ!! 仲間は絶対に取り返す!!! そんなに強ェんなら余計にサンジとチョッパーが心配だ!!!」

 

「……で、結局そうなると……」

 

「まァ連れ去って何も無しなワケねェよな……こっちはもうジャックの軍団をブチのめしてナワバリを奪っちまったんだ。拷問か、報復で……」

 

「私達を誘き寄せるための餌にする可能性もあるわ。あるいは、見せしめで首を晒すとか……」

 

怖ェよ!!! ……でもありえなくはねェのか……」

 

 そして結局、結論は変わらない。たとえぬえの能力を詳細に語って、百獣海賊団の戦力の強大さ、恐ろしさを知らしめたところでルフィの結論も変わらないだろうし、仲間達もまた方法に悩みながらも結局やることは変わらない。敵の強大さやそれに挑むことの危険性など理解している。世界政府にも仲間を取り戻すために喧嘩を売った前科のある一味だ。今更それしきで仲間を諦める事はない──その事を、義兄弟であるサボもまた知っている。

 サボは呆れ、苦笑しながらも結局折れて口にするしかない。折れないなら情報を口にした方が、安全であるゆえに。

 

「……わかった。こっちで掴んでる心当たりを教える。──ま、ナワバリに入るのは難しいと散々脅しといて何だが……ここからなら可能性があるのは3つで、そのどれもが()()()()()()()()()()()()

 

「ナワバリじゃない?」

 

「どういうこと?」

 

 まあそうなるよな、とサボが頷く。攫われたなら連れて行かれる先はナワバリの中になるのではないかと思うのが自然だ。

 だが百獣海賊団は──海賊帝国は強大であり、その組織規模の大きさゆえに必ずしもUFOの監視体制があるナワバリの中に捕虜が連れて行かれるとも限らない。この魚人島のように、傘下の領海で奴隷として働かされることだってあるのだ。

 そして新政府軍は新世界で百獣海賊団に捕らえられた捕虜の行き先について、ある程度情報を持っている。それをサボは口にした。

 

「今の“新世界”は地獄だ。そしてこの魚人島は今まで、地獄の入り口だった……!! 大抵の海賊、あるいは誰かが魚人島を経由して新世界に入ろうとすると、魚人帝国の兵に捕らえられて奴隷になるが……その捕まった連中は時折、新世界の百獣海賊団の影響力のある3つの島に送られる」

 

 言う。その3つの島はどれもが百獣海賊団の正式なナワバリではないものの、そのどれもが同じくらい危険な場所なのだと。

 

「1つは元“王下七武海”ドンキホーテ・ドフラミンゴが国王として治める海賊帝国傘下の島で、闇の取り引きとその流通の拠点──“ドレスローザ”

 

「し、七武海!!? そんな奴まで傘下なのかよ!!?」

 

「戦争の様子じゃ奴は元よりカイドウに通じていたようじゃ……その立場も当然。今やあの“海賊女帝”も傘下におるくらいじゃからな……」

 

 1つ目の島は愛と情熱の国──“ドレスローザ”。

 元七武海“天夜叉”ドンキホーテ・ドフラミンゴ率いるドンキホーテ・ファミリーが治めている島であり、それを聞いたウソップは今まで戦ってきた強敵“王下七武海”ですら傘下に加える“四皇”の恐ろしさに背筋を凍らせる。ジンベエは戦争を知っているため、それに納得した。七武海と言えど四皇には……いや、百獣海賊団に逆らえる筈がない。

 ルフィ達がいなければ自身もまた傘下に加わっていただろうし、実際、戦争でルフィの味方をしたボア・ハンコックは今や百獣海賊団の強力な尖兵として幾つもの島を落としていると聞く。ドフラミンゴも同様に、危険な男だ。仲間を取り返しに行くためとはいえ、行くなら覚悟を決めねばならない。

 だがそれはあくまで選択肢の1つ。2つ目の可能性を、サボは告げる。

 

「2つ目は“黄金帝”ギルド・テゾーロがオーナーを務める船上都市。世界中の金と欲望が集まる黄金の牢獄──“グラン・テゾーロ”

 

「あ、聞いたことある……!!」

 

「世界の通貨の20%を掌握する新世界の怪物ね。世界最大のエンターテインメントシティとして世界政府からも中立地帯として認められていて……それを認可させる程の財力を持つ」

 

「……一応元海賊だよ。実力は“七武海”のドフラミンゴと同等って言われてる」

 

「こっちもヤバそうですね!!」

 

 2つ目の島は──“グラン・テゾーロ”。

 “新世界の怪物”と恐れられたギルド・テゾーロが治める世界一のエンターテインメントシティ。1つの国家とも言えるその街は、海賊帝国の財政の殆どを賄っているとされ、世界政府が滅んだ今なお強い影響力を持っている百獣海賊団の傘下。

 その人物の名も島の名前も聞き覚えのあったナミだが、それも当然だった。ロビンが説明するように、世界一のお金持ちである男とその男が治める金持ちの街は金を求める者達──泥棒にとって宝の山と言っていい。

 とはいえ危険でないといえば当然、そうではない。テゾーロに複雑な感情を持つコアラがそれを説明する。海賊であった頃からドフラミンゴと同等に渡り合っていた相手であり、一筋縄ではいかない男だ。ブルックが正しくその脅威を認識する。結局、どちらも茨の道だ。

 だがまだ選択肢はある。そして──そここそが、捕虜の連れて行かれる可能性の、最も高い場所であり、本命であった。

 

「……そして、3つ目にして最も可能性の高い場所が──」

 

 言う。ある意味で、百獣海賊団にとって最も重要とも言えるその島の名前を──

 

「──“パンクハザード”」

 

 

 

 

 

 ──新世界、とある島。

 

 その島に掲げられるは新世界では珍しくもない“海賊旗(ジョリー・ロジャー)”であった。

 新世界で生き残るには強い海賊の庇護下に入るしかない。それが常識。世界政府がまだ健在であった頃から、“四皇”の影響力の強い新世界では、強い海賊のナワバリに入り、そうすることで島を訪れる凶悪な海賊や無法者から守ってもらい、平穏な日々を送っていた。

 

 ──が、“暴力の世界”において“平穏な日々”というのは幻想になった。

 

「ア、ア……ウゥ……!!」

 

「誰、か……誰か……!!」

 

 世界政府が崩壊し、秩序が崩壊した世界において、未だ人間的な生活を送れる国は限られている。

 そういった島は例外なく、何らかの形で“武力”を保有していた。四皇のナワバリにあるか、屈強な軍隊を持つか、あるいは金の力で傭兵や、戦争屋などを雇うか──いずれにせよ、今の新世界は力と無関係に生きることは出来ない。

 その国もまた“偉大なる航路(グランドライン)”有数の軍事国家として栄えていた歴史を持つ。かのガルツバーグ程の争いに満ちた土地ではなかったものの、新世界で近隣の島の幾つかに戦争で勝利し、それによって得た莫大な報奨金で更に軍備を整え、程なくして始まった“暴力の世界”においても独立を維持する稀有な国であった。

 

 ──ほんの()()()()()()()

 

「グルルル……!!」

 

「ひっ……!!」

 

 草木が生い茂り、多くの建物が建ち並んでいた筈の大地で、瓦礫の山に隠れてその場を脱しようと試みた男がいた。

 だがその男は運悪く、化け物に見つかった。この国を襲った海賊が解き放った獣のような化け物。普通の動物より遥かに強化され、理性を失い、もはや戦うことと食うことしか考えられなくなった獣の怪物。それに見つかってしまえば──もはや男の“弱さ”では逃れることは出来ない。

 

「ギャアア~~~~~!!!」

 

「……おい……また食ってやがるぞ」

 

「制御出来ねェのは考えものだよな。あれじゃナンバーズの方がよっぽどマシってもんだぜ!!」

 

「ギャハハ、違いねェ!!」

 

「とはいえ戦力としちゃ役に立つがな!!」

 

 生きたまま、食われる男の断末魔が響く──そしてそれを肴にあちこちにある火を囲み、奪った食料や酒を楽しむのは黒い革の服装を基本にしている海賊の荒くれ者達。

 彼らは戦力として連れてきた動物が国の人間を好き勝手食い荒らすのをやや呆れながらも放置する。大抵は死体の腐肉だが、生きたまま食べもする凶暴な動物達は、動物に変身することの出来る彼らよりもたちが悪い。

 そして相手が強くなければ言うことを聞きもしないので、戦いが終われば島の防衛として適当に放置する予定だ。戦力としてはそれなりだが、部隊として運用するには向いていない。ゆえに使い方は攻め込む相手の陣地に解き放って適当に荒らし回らせる……とはいえ彼らの戦力であればこの動物達を使わなくても島を滅ぼすくらいは訳ないが、実験も兼ねているし、連れてきて使わないのも勿体ないため、上の命令で何となく使われた。

 

「頼む……殺して……くれ……!!」

 

「助けてくれ……!! もう逆らわない……だから助け──」

 

 だが、その何となくの判断は島の住民にとって地獄を見ることになる。

 地上は既に瓦礫と炎の山で人が住めるような環境ではない。そこに獣も放たれ、港は海賊の船で封鎖されていて海に逃げることも叶わない。

 そして空もまた、恐怖が形をなして飛び回っている──そんな中で、宴会を行う海賊達は慌てた仲間の声でその場の空気を一新させた。

 

「──おい!! やべェぞ!! 聞いたか!!?」

 

「マジかよ……()()()に早く知らせねェと……!!」

 

「ブチ切れたり……しねェ、よな?」

 

「馬鹿!! どんな反応するか分からねェから怖ェんだろ!!」

 

「とにかく探せ!! 一大事だ!!」

 

 勝利の余韻に浸って馬鹿騒ぎをしていた海賊達は、とある一報を聞くと一斉に動き始める。探すのはこの場に来ている彼らのボスであり、尊敬しながらも誰よりも恐れる相手だ。彼女に比べれば、どんな凶暴な獣も怪物も、今なお燃え広がり続ける炎も、空を埋め尽くす程のその物体も怖くない。大型海王類を怒らせるより、彼女1人怒らせる方がよっぽど怖い。

 その事を正しく理解している部下達はその相手を探し始め──そして見つけた。

 

 ──死体の山に腰を預け、背を向けていた1人の少女を。

 

「──ぬえさん!!」

 

「…………ん~? 何? どうしたの?」

 

 部下達が息を整えるよりも早くその名を呼ぶと、少女は間延びした声をあげ、ゆっくりと彼らの方を向いて見下ろした。下っ端が喉を鳴らして露骨に緊張する。古参の部下や彼女に心底惚れている者であればその可愛らしい声や幼さを残しながら、どこか妖しい雰囲気を漂わせるその美少女に声を上げて喜ぶのだろうが、報告の内容が内容だ。並の“真打ち”程度なら緊張するのも当然であり、彼女相手に全く恐怖を覚えずに接することが出来るのは数十万の兵力を持つ海賊帝国──百獣海賊団の中でも数える程しかいない。

 だが、新入りの戦闘員。ウェイターズの数名はやはり慌てた様子で報告を行った。本当なら他の者に任せたいところだったが、そうも言ってられない。役目はきちんと果たさなければ。

 

「大変です!! 魚人島に向かっていたジャック様が……!!」

 

「ええ!! “麦わらの一味”に“海侠のジンベエ”……!! それに“新政府軍”に退けられて……!!」

 

「魚人島が解放されてしまったようです……!!!」

 

 そして言いにくい報告をついに行う。百獣海賊団のナワバリの最前線。魚人島が解放されてしまったと。

 しかも“大看板”の1人であるジャックが“麦わらの一味”率いる即席の連合軍に退けられ、撤退。魚人島は新政府に抑えられ、これによって魚人島からもたらされる利益──武器や奴隷の供給が無くなり、前半の海と新世界の往来が比較的容易になってしまった。

 それを組織の一員として、手痛いものとして認識しているウェイターズは苦い顔で報告を行い、言葉を待った──が、しかし少女はそれを聞いてあっけからんとした表情で告げる。

 

「──あー、それなら知ってるよ。()()()()

 

「は?」

 

「み、見てたとは……?」

 

「映像電伝虫の生中継──ほら」

 

 見ていた、と予想していなかった答えを聞いて、思わず間の抜けた声を上げてしまった下っ端達に、少女は軽く指を上げる動作を見せて空に浮かぶそれを動かす。飛行物体から映写されるそれは、中に収められた映像電伝虫。受信用のそれは少女がよく使うそれであり、映されたのは魚人島ではなく別の映像──船の甲板の上の映像ではあったが、それらは間違いなく、魚人島に向かっていたジャックのマンモス号のそれである。先程までそれを見ていたのか、よく見れば死体の山の上にポップコーンの空きコップが置いてあるし、ドリンクも置いてあった。

 つまり報告を聞くまでもなく──少女は事の次第を知っていたらしい。ということは怒りを抱いている訳でもないということで、ウェイターズは胸を撫で下ろした。

 

「(ほっ……)それじゃあどうするんです?」

 

「“麦わらの一味”はこれから間違いなく新世界に来ますよ!! 報復しますか!?」

 

「あるいは何か対策を打たないと……ジャック様がやられたんです。他の島まで、もしやられたら……」

 

 そしてそれぞれが問いかける。その全てがジャックを退け、魚人島を解放する主因となった麦わらの一味に対する警戒があった。

 元より“最悪の世代”に数えられる海賊。百獣海賊団にもその世代の海賊はいるが、“麦わらのルフィ”と言えばエニエス・ロビーを落とし、インペルダウンから脱獄し、海軍本部にまで攻め込んできた話題の海賊。

 下っ端である彼らにとっては、その事件の数々を聞いただけでとんでもない奴であることを正しく理解している。しかも、彼らでは絶対に敵わない百獣海賊団の大幹部“ジャック”を退けた。

 その実力を正しく評価し、どうにかしなければマズいことになると暗に言い含める。しかし──

 

「──()()()()()()()……何?」

 

「え……あ、いや……」

 

「……!!?」

 

「それ……は……」

 

 少女の問いかけ。質問の言葉尻を捉えた詰問のような疑問。圧力を乗せた赤い獣の瞳を向けられ、ウェイターズは蛇に睨まれた蛙のように固まる。

 言葉を間違えた──いや、()()()()()。それで気分を害してしまったのだと彼らは気づくが、時を戻すことは出来ない。恐怖の根源とも言える正体不明の彼女に見つめられ、怯えるしかない。

 それもその筈。彼女がその気になれば、彼らは彼女が座る山を構成する死体の1つになることは容易いし、獣の餌になることも──それどころか彼女自身の餌になる想像も難しくはない。

 彼らが敵わないジャックが、どう足掻いても敵わない怪物。最強生物と唯一対等に並び立つ最恐生物こそが目の前の少女であり、この“偉大なる航路(グランドライン)”有数の軍事国家であったこの地に、大量のUFOと迫撃で瞬く間に死体の山を築き、数百万はいた兵士の約半分を1人で手ずから殺してみせ、その死体の山に巨大な槍を思わせる“百獣の旗”を突き立てたのもこの少女だ。もはや、この世で彼女に敵う者は味方であり兄妹分であるカイドウしかいない。

 だからこそ──その言葉は間違いだった。夜の闇の中、焚き火で揺れる少女の影だけが、()()()()()()()()()()()()()()()()()姿()で映し出される。

 

「──私やカイドウが……負けるとでも?」

 

「!!!」

 

「い……いえ……!! そんなことは微塵も……!!」

 

 言葉に出され、更に圧力が増す。必死に、取り繕う否定の言葉を口にするも、少女の圧力が止むことはない。永遠にも感じられる恐怖の中、彼らに沙汰を下そうと少女は続く言葉を口にする。闇夜の中で、彼女の牙が煌めいた。

 

「──なんて」

 

「…………へ?」

 

 ──と、気の抜けるような、冗談めいた少女の台詞。

 その場の空気が一瞬にして静まり返り、間が空く。ウェイターズの時が、周囲の時が止まり──だが、次はまたぬえが動き出す。その右手を、指鉄砲の形に変え、それと共に笑顔を彼らに向けると──

 

「──BANG(バン)♪」

 

「!!」

 

 飛来する高速の弾幕が──彼らの頬を掠めてその後ろにいた磔にされているこの国の兵士の心臓を撃ち抜く。

 ウェイターズの頬から僅かに血が流れ、兵士が絶命。同時にその場に流れ始めるのは……リズミカルな音楽だ。

 

「──誰もが目指す新世界♪ その門は今開かれた♪ 楽しい楽しい新世界♪ 一度はおいでよ支配者の海♪」

 

 そして炎だけが辺りを照らす宵闇で、死体の山の上に腰掛けていた少女が地上に降りる。破滅の詩を口ずさみ。

 

「でも覚悟して♪ その先は地獄よ♪ 私達が生み出した“暴力の世界”♪ “恐怖の世界”♪ ──でも私達にとっては天国!!」

 

『NEW WORLD♪』

 

 リズムを身体に投影し、僅かに身体を揺らしながら歩みを進める。

 歌には周囲から現れた誰かが合流した。瓦礫と死体のステージから、少女を信奉する者達がコーラスに参加する。

 

「誰が死んだって文句なしよ♪ 取り返しにつかないことになっても知らない♪」

 

『YOU NEVER KNOW♪』

 

 また数が増えた。ウェイターズの周囲。気づけば少女に追随し、同じ動きを取る者達が増えている。それも新入りではない少女の部下達。戸惑っているウェイターズ達の先輩に当たる者達で、戦争以前より百獣海賊団にいる訓練を受けた者達。

 

「あなた達も体験してみる? 本物の恐怖♪ 正体不明の恐怖を♪」

 

『逃れられない本当の恐怖♪ 思い知る衝撃の畏怖♪ 最強の恐怖はすぐそこに迫ってるぜYeah♪』

 

 最初は少なかった音の種類が多く、そして激しくなる。見れば少女の背後には音を鳴らしている音響設備。DJブース。そしてそこにはポップかつロックな曲をノリノリぬえに合わせて踊り、飛び跳ねながら調整している手長族の男がいた。

 

「獣の群れは数え切れない♪ 誰かが倒れてもまた誰かがあなた達を襲うわ♪」

 

『BEAST!!』

 

 そして気づけば周囲は少女に合わせて踊る者達で溢れていた。ウェイターズはそこで気づく。これは少女のショー。

 新曲のお披露目にしてPV撮影。よく見れば最近、新たに発見され、量産されている映像記録用の“VD(ヴィジョンダイアル)”が映像電伝虫に取り付けられている。

 その映像のため、生の反応と悲鳴、恐怖を映すために、ウェイターズは何をするか知らないままにこの場にやってきて驚き、磔にされた何百人という人々は次々と殺されていくのだ。

 

「倒せるものなら倒して乗り越えてみなさい♪ 次の相手は地獄の科学♪ それを率いるのは♪」

 

『QUEEN!!』

 

 そしてここからはアレンジ。少女は新曲のリズムに合わせて、歌詞を変えて新世界に乗り込んでくる無謀な一味に対する思いとメッセージ性を歌い上げる。そう──既に仕込みは終わっていた。

 

「乗り越えたなら相手をしてあげる♪ 恐怖と暴力の世界で輝く最恐アイドル♪ そう、私こそが世界一の──」

 

『──UNKNOWN!!!』

 

 ライトアップ。UFOが少女を照らし、そこに立つ百獣海賊団最強のアイドルにして最恐の海賊としてカイドウと共に並び立つ彼女の姿を映し出す。彼女こそ、世界中で恐れられる最恐生物。キレキレのダンスを見せ、ウィンクと共にポーズを決めて万を超える部下達の前で、彼女は遂にその誰もが恐れる可愛らしい少女の姿を現す。

 

『百獣海賊団(及び海賊帝国)副総督 “妖獣のぬえ” 懸賞金50億8010万ベリー』

 

「そう!! 待たせたわね!!! 私こそ世界一可愛い最強アイドルにして大海賊!!! ──封獣ぬえちゃ~~~~~ん♡」

 

「ウオオオオオ~~~~!!!」

 

「Fo~~~~~~!!!」

 

「キャ~~~~~~~♡」

 

「ぬえさ~~~~~ん!!!」

 

「ジュキキ!!」

 

「クニュニュ!!」

 

「ハチャチャ!!」

 

 滅びた島に、封獣ぬえが──最強の正体不明が名乗りを上げる。

 逆らい、敵対した相手には容赦しない。数百万の人間を亡骸に変え、作り上げた死のステージで世界中を楽しませる新曲のPV撮影を行い、その演出のために運悪く死ねなかった生き残った人々はスプラッタな演出の為に使い潰される。

 ぬえのファンである部下達は一斉に歓声を上げ、古代巨人族であるナンバーズ達も地響きを鳴らしながら飛び跳ねて楽しんでいる。ウェイターズもプレジャーズもギフターズもメアリーズもウォリアーズも真打ちも、情報屋として活躍しているアプーも皆、妖獣の前では平等。獣の群れの1頭であり、音楽とぬえの歌に合わせて即席のライブ会場となった島で踊る。残酷かつ凄惨な光景だが、これが今の“新世界”。

 百獣に狙われるか、あるいは逆らえば滅ぼされる。方法は様々。物理的な破壊だけではない。病原体をばらまいて滅ぼすこともあれば、人間同士を対立させて滅ぼすこともあるし、全てを灰塵と化すことだってある。

 だがそのどれもが“妖獣”の滅びには劣る。自ら殺して欲しいと、死んだ方が救いとなる圧倒的な恐怖は生きてる方が辛く、生ある限り終わることはない。

 ──そしてもし、魚人島に彼女がいれば……あるいはジャックが滅ぼしていれば、この島と同じ運命を辿っていた。

 幸福だったのだ。魚人帝国程度に支配されるのは。魚人島はあくまで地獄の入り口に過ぎない。本物の地獄は“新世界”にある。

 

「YOYOぬえさん!! “麦わら”はウチに引き入れねェのか!? あれじゃ十中八九死んじまうぜ!!」

 

「あはは♡ わかってないなぁ……」

 

「?」

 

 そして間奏中にアプーは問いかけた。麦わらの一味には過剰とも言える戦力を差し向けたが、仲間にはしないのかと。

 百獣の方針として使える戦力なら殺さず捕らえて部下にする。だが、ぬえは明らかに必要以上の戦力を送った。例の島にいる戦力だけでも十分なところに、大看板に飛び六胞。

 もしかしたら魚人島を獲られた報復に皆殺しにするのかと疑ってもおかしくはない──が、ぬえはそんなアプーの問いに心底楽しそうな、期待するように答えを口にする。

 

「“麦わらの一味”なら……この程度、超えて貰わないとね~♡ 逆に言うならこれくらい、超えられないなら──()()()()()()()()()()

 

「ん? そいつはどういう……?」

 

「さあどういう意味でしょう~~? ふふふ♡ 待ってるよ~~“麦わらの一味”♡ ちゃんと()()()ところを見せて……私を楽しませてね♡ 辿り着いたその暁にはそれまでの礼も兼ねて、私の手で直接──」

 

 ──潰してあげる♡

 

 百獣に……妖獣に目を付けられる程、不幸なことはない。

 歌と踊りと滅び。新世界で恐怖と暴力を撒き散らす彼女の目は、彼らだけを映して爛々と輝いていた。

 

 

 

 

 

 その島は兵器の研究が行われていた世界政府所有の実験施設であった。

 とある事件で有毒物質が撒き散らされ、立入禁止となり、捨てられた島。記録もなく、訪れることすら難しい。

 だが数年前より、その島では密かに実験が再開された。この島を偶然訪れた海賊や、近くの島の子供などを誘拐し、非道な人体実験を繰り返す──新世界の闇が集まる、ないようであるまるで気体のような島。

 しかし違法なその島も、2年前からは正式に海賊帝国の実験施設となり、規模を広げて新兵器や新しい兵士の実験、研究に使われている。

 

「ハァ……ハァ……苦じい……!!」

 

「やめろ……こんなことをして……!!」

 

『──薬を打ち込め』

 

「はっ!!」

 

「! やめ──うっ……グアアアアアアア!!!」

 

 病院などに使われる患者服にも似た、それでいてより質素な白い緩やかな服を着た人間が、実験台に拘束されて防護服を着た者達に注射を──薬を打ち込まれる。

 すると数秒前までは人であった筈のそのモルモットは、醜い獣の化け物となって診察台の上で暴れ回る。拘束から逃れ、見る者をその鋭利な爪で切り裂こうと試みるが、その前にまた別の薬を彼らは取り出した。

 

「弛緩剤を」

 

「ああ」

 

「“(マスター)”。実験は失敗です!!」

 

『シュロロロ……そのようだな。ご苦労だった。後始末を終えたら下がれ』

 

「はい」

 

 その場にはいない通信越しの声の指示を受け、実験を終えた彼らは動かなくなった実験動物を牢へと運んでいく。少し前までなら、こういった生き物は放し飼いにするか、あるいは出荷していたが色々と問題があるため、今ではとある方法を使って使役するしかない。売り出す用に必要なのは最低限の知性を持ちながらももう少し強力な進化を遂げたものだ。少し凶暴なくらいでは成功とは言えない。より凶暴的かつ強力な変化を遂げなければ。

 そして実験をモニターで観察し、指示を出していた“(マスター)”と呼ばれる男は宙に浮いた状態のまま、特に何の残念もなく、むしろ実験が成功し続けていることに満足を抱く──すると彼の秘書である1人の美女が一区切りついたのを見かねて声を掛けたが……その隣には美女が接待している来客がいた。この島にとっても、“(マスター)”と呼ばれる彼にとっても無視出来ない。気に入らないが、付き合いを続ける必要のある相手。

 

「どうやら実験は終わったようね、“(マスター)”」

 

「ムハハハハ!! また失敗してやがる!! 面白ェ!!」

 

「──うるせェ!! 言葉には気をつけやがれ()()()()!! おれの実験に失敗はねェ!!」

 

 先程までの余裕の表情とは打って変わって、実験の失敗をからかわれたことに憤慨する“(マスター)”。だが馬鹿笑いをすることを丸々と太った巨漢は止めることはない。同じ科学者として、そして顧客として上から目線でダメ出しを行う。

 

「あんなのじゃ使ってはやれねェなァ……!! もっと強力に、それでいて動物程度には知性を持って貰わねェと味方を攻撃しちまう」

 

「お前らんとこの()()()()()()()でも使えば良いだろうが。それにどの道、敵を殺せることに変わりはねェ!!」

 

「どうだろうなァ……これなら“SMILE(スマイル)”の方がよっぽどマシだぜ!!」

 

「チッ……」

 

 折り合いが悪く、“(マスター)”はその話を打ち切るように舌打ちを行う。出身は同じで頭脳こそ自分の方が勝っている(と思っている)とはいえ、彼にとってその巨漢は実力的にも立場的にもあまり強くは出られない相手だ。あまり言い返して機嫌を損ねるのも良くはない。あまりストレスを溜めない内に、別のことでもして紛らわせようとする──と、今度はまた彼の助手が彼に声を掛けた。

 

「フォスフォスフォス……それよりも“(マスター)”。こちらの検査は終わりましたが……如何しますか?」

 

「おお、我が優秀な助手、()()()()()……そうだな……もう少し実験を重ねておこう。奴が来るまでまだ時間はある。シュロロロロ……!!」

 

「──おい!! 人の身体弄くり回して勝手な事言ってんじゃねェよ!!!」

 

 と、そうして怒声をぶつけたのは同じく実験台に乗せられた金髪の男──ぐるぐる眉毛が特徴的な“麦わらの一味”のコック“黒足のサンジ”だ。

 彼は魚人島でとある人物によって捕らえられ、この島にもう1人の仲間と共に送られるなり、この見覚えのある医者と怪しい科学者によって血液を採取されたり、身体を調べられ、苛ついていた。ドジって捕まったのは自分のせいだが、かといって相手に怒りをぶつけない訳もない。今の状況も含めて悪態をつく。

 

「クソ……!! 枷がなければ……!!」

 

「シュロロロロ……!! 無駄なことはよせ!! なけりゃあなんだ? まさかおれ達を倒すとでも言うつもりか!?」

 

「ムハハハハ!! 全くだバカめ!! 状況も読めねェのか? よっぽど育ちが悪ィみてェだな!!」

 

「……!!」

 

 サンジは歯噛みする。気体のように揺れ動く科学者に、機械の腕を持つ巨漢の海賊らしき男。その2人に笑われ、身体を弄くられ、しかしどうすることも出来ない現状に。

 枷さえ外れれば動きようがあるものの、動くことすら出来ない今は目の前の連中を蹴り飛ばすことも、ここから逃げることも、仲間を探すことも出来やしない。

 そもそもこの島がどこなのかもサンジには分からなかった。彼らが正確には何者なのかも分かっていない。“クイーン”という名前から、ある程度察しはつくものの、部屋にいる他の連中については分からないし、推測を立てれる相手もまた詳細は分からない。明らかに情報が足りていなかった。

 

「……お前ら、何が目的だ……!? なぜおれ達を捕らえた……!? それとチョッパーの奴はどこに連れて行かれたんだ……!!?」

 

「……随分と質問が多いな……それに、度胸も据わってる。さすがに数々の事件を起こしてきた一味だけはあるな……」

 

()()注目してたわ。やっぱり彼、一味の主力みたいね♡」

 

 サンジの情報を引き出すための質問に、今度はソファに座る別の2人──サングラスを掛けた坊主の男と鳥の翼を持つ美女。“(マスター)”の秘書がそれぞれ所見を口にする。

 彼らについてもまた素性は明らかではない。やはり“クイーン”の部下なのか。気になる。──特に美女の方は。こんな時でもサンジはブレてはいなかったが、とはいえ敵であることには変わりない。油断しないために、サンジはその美女を侍らせている“クイーン”を睨みつけた。

 

「まあ安心しな!! お前の方は身体を調べ終えりゃ解放してやる。引き渡す予定があるんでな」

 

「……引き渡す? 一体誰にだ!!?」

 

 クイーンの言葉に、特に深く考えずに素直に問いかけるサンジ。そもそも相手が答えてくれるとは限らない。答えてくれたら儲けもの。そのくらいのつもりでいた。

 だが、その質問がサンジを青褪めさせることになる。サンジはややあって、クイーンの答えを聞き……その質問をしたことを後悔した。

 

「──お前の()()だよ……ヴィンスモーク・ジャッジ

 

「!!!?」

 

 その名を聞いて──二度と聞く筈のないその名を聞いて、サンジは思わず絶句する。

 なぜそこでその名が。何で。今更。なぜこいつらがその名を。何か繋がりが? 

 様々な疑問が浮かび上がり、心をかき乱し、二の句を告げない。そんな中で、ようやく振り絞った一言は短く単純かつシンプルなものだ。

 

「何で今更……!!?」

 

「ムハハ、さァなァ……詳細は知ってるが、教えるつもりはねェ。聞きたきゃ自分で聞くんだな!! もうすぐ()()に来るからよ……!!」

 

「全く胸糞悪ィもんだ。お前のせいであの高飛車な馬鹿と顔を合わせなきゃならねェ……仕方ねェからそれまでに、お前の身体を調べてあいつの技術をおれ様が有効活用してやろうと思ってな!! シュロロロ……!!」

 

「……!!」

 

「…………」

 

 クイーンと“(マスター)”の知ったような口ぶりに、やはり関係者なのかとサンジは顔色を悪くするしかない。この状況がそもそも絶体絶命だが、これから来る不幸はサンジにとって、過去のトラウマを刺激するものであった。

 そしてそのやり取りを聞いて、1人の青年が椅子から立ち上がる。部屋の外へ向かおうとするその青年に、サングラスを掛けた坊主の男が声を掛けた。

 

「! おい、どこへ行くんだ?」

 

「……島の見回りに行ってくる。これからそいつの仲間がここに来るかもしれないんだろ? 用心するに越したことはねェ」

 

 理由は自然なもの。しかし、サングラスの男からすればその提案はあまりいい顔を出来ないものだった。

 

「あまり勝手に見回ってくれるなよ。一応、この島は()()──」

 

「お前に指図される謂れはないな……()()()()

 

「……!」

 

 青年は取り付く島もない様子で冷たくその“ヴェルゴ”という男の言葉を突っぱねる。ヴェルゴはその青年の態度に苛立ちを覚え、昔のように一言添えて躾を行いたかったが……しかし、立場的にそれを行うことは不可能で、ヴェルゴは僅かに眉をひそめて押し黙るしかない。

 代わりに声を掛けたのは立場的に彼に命令出来るクイーンだった。青年のヴェルゴへの態度など全く気にしていない様子でクイーンは口を開く。

 

「ムハハ、真面目だな。確かに“ズッコケジャック”はしくじったが……とはいえあんなひよっ子共じゃここに辿り着いたとしても何も出来やしねェ!! おれが出るまでもなく、ここの兵器や兵力、()()()で十分片がつく!!」

 

「…………」

 

 クイーンは失敗した弟分を揶揄しつつ、弟分を退けた“麦わらの一味”を軽んじる。ジャックは海に落とされたから負けたと部下達からの報告で聞いている。それを聞いてクイーンは納得した。幾ら“最悪の世代”の海賊とはいえ、真正面から戦ってジャックが負ける筈がない。

 と、なればここで奴らが何か出来る筈もない。傍らに控える物言わぬ人間兵器を親指で指差しながら、自分が出るまでもないとクイーンはほくそ笑んだ。

 ……だが一方で、青年の考えは違った。“麦わらの一味”はここへ来るし、何かを起こしかねないと──どこか不思議な予感めいたものを感じている。

 だからこそ任務を任せられた以上、万全を期すべきだと考え、動き始める。隙がなければ動くことが出来ない以上、()()()()任務に徹するしかない。

 

「相変わらず、命令に忠実じゃねェか……おれもついて行ってやろうか?」

 

「不要だ。外の掃除はおれがやる」

 

「そうかい、気が利く新人で助かるぜ……!! ならおれは研究所の内側を守ってやるさ」

 

「……そうしろ」

 

 部屋の入り口近くの壁に控えていた大柄な男──バンカラ風の白い外套を身に着けた同僚に声を掛け、青年は部屋を出ていく──この男もまた侮れない。今は2年の献身もあり、信用されているが、敵に回せば厄介だろう。

 だが青年はそうして現在の状況を思いながらも、機は熟していることを改めて思い、そしてこれからここに来る可能性のある“麦わらの一味”に期待する。

 

 ──もしかすると彼らなら……()()()()()を達成するのに、使えるかもしれないと。

 

 

 

 

 

 海底の地獄と呼ばれる魚人島での航海を終え、再び1万メートルの航海を終えれば本当の強者だけが集まる世界最強の海──“新世界”へ突入することになる。

 常識外と言われる“偉大なる航路(グランドライン)”の中で、前半の海を更に超える不可思議な現象、気候が渦巻く新世界の海に船を浮かべた者は誰もがその最初の景色を見てこう呟く。

 

 ──“まるで地獄の入り口だ”と。

 

 天候は雷雨。強風。大津波。今までの“記録指針(ログポース)”は役に立たず、新しい“記録指針(ログポース)”があっても船員の腕が悪ければ一つ一つの航海が命がけ。

 海が形を変え、奇妙な色を浮かべ、火が逆巻き、凶暴な生物がそこら中で息を潜めている。航海のレベルが否が応にも上がり、生半可な者では島1つ越えることすら出来ない新時代の海。

 当然、そこを拠点とする海賊達も他の海とは何もかもが桁が違う。その組織の規模も実力も、新世界以外の海賊の常識とはかけ離れているものであり、それはかつての海軍がこの海では十分な影響力を及ぼせなかったことからも分かる。

 そして取り分け、新世界が地獄だと呼ばれる所以が──“四皇”だ。

 “千両道化”、“赤髪”、“ビッグ・マム”、そして……“百獣”。新世界に入った海賊達はまず、彼らに従うか、あるいは戦うかの選択を迫られることになる。

 

 ──だが“麦わらの一味”にはその選択は不要だった。

 

「よ~~し!! 面舵いっぱ~~~い!! 行くぞ!! パンクハザード~~~~~!!!」

 

 新世界の嵐の中、ルフィ達は魚人島から伸びる3つの航路のどれも選ぶことなく、新政府軍の情報を基に、攫われたサンジとチョッパーを取り返すべく海賊帝国の研究施設──“パンクハザード”に向かって舵を切っていた。

 

「しかし参ったな……コックと船医が攫われるたァ」

 

「早いとこ見つけて取り返さねェと迂闊に怪我も負えねェ!!」

 

「サンジさんの料理がないと、この釣った深海魚も調理出来ませんしね!!」

 

「魚は生で食えば良い。病気はしねェし、怪我は気合いで治せば……あいつらが戻ってくるまで何とかなるだろ」

 

「ならないわよ!!」

 

 そんな中、麦わらの一味の調子はいつも通りだった。無論、何とかしなければならないことは理解しているが、仲間への信頼と、何とかすると覚悟を誰もが決めて動いているからこそ、ある程度の軽口も叩くことが出来る。──全部力技で何とか出来ると考えてる馬鹿にナミが怒りのツッコミをぶつけるが、航海士として油断はしていない。嵐の海の先にあるその島をしっかりと視界に収め、そこへ辿り着くために船長を含めた船員に指示を出している。

 そして今の所、問題点はない。島の行き方は新政府の、ルフィの義兄弟であるサボに教えて貰ったし、幾つかの注意点もしっかりと頭に入れていた。新世界の天候に対する備えも、2年の修行で万全。船医とコックがいないのは問題だが、一応、料理はナミが出来るし、応急処置程度なら同じくナミが行うことが出来る。

 ほんの少しばかし重労働だが、それも仲間を取り返すまでの辛抱だ。後で彼らのお小遣いから仕事を代わりにこなした分のお金をきっちり取り立てようとナミは誓う。無論、直接会ってから。

 可愛いマスコット兼非常食な医者とスケベなコックがいないことに僅かばかりの不安を感じながらも、島に近づいてきたことに意識を引き締める。空にUFOは見えない。見えたらすぐに逃げろというのがサボが言っていたことだ。

 胸を撫で下ろし、そろそろ上陸の準備を整えようと船員に声を掛けようとして──しかし、ナミも含めた一味は船内から聞こえる声と気配。ややあって飛び出してくる2つの影を見た。

 

「!!」

 

「!!? な、なんだァ!?」

 

「女と……ガキ!!?」

 

「! 確かあいつは……!!」

 

「お前さんは……!!」

 

 転がるように揉み合って出てきた2人に、一瞬で警戒し、戦闘態勢に入る一味の面々。“四皇”のレベルを知り、サンジとチョッパーの事もあり、警戒の色は強い。

 だが船内から出てきたその2人が、女と子供だったことで警戒の色が戸惑いのそれに変わる。しかも、1人は手配書で見たことのある顔。実際に目にしたゾロや、情報通のロビンやジンベエが真っ先に反応する。

 そしてもう1人も不可思議な状態だった。その幼い少女は、少女であるというのにブカブカの着物と鎧に包まれ、明らかにサイズの合わない二刀の刀を持っている。その内の一刀は既に抜き身だったが、女の方に弾き飛ばされたのか、芝生の甲板の上に落ちた。

 

「……! (この刀……!!)」

 

 そして再びゾロが刀に反応する。──よく見れば、子供の方もどこか見覚えのある感じであり、ゾロは訝しんだ。こんな物騒な子供、知っている筈もないが、刀はつい最近見たそれであり、何より子供の表情が子供らしくない。何か強い想いを持っているような、子供らしからぬ目をしている。他の一味はその子供が誰か分からない。精々、ブルックがワノ国の侍の子供か何かかと推測するくらいである。

 だがもう1人は多くの者が気づいた。情報通でない者も、ルフィでさえも、よくよくフードの中に隠れた顔を見てみれば、すぐに名前が思い浮かぶ。──何しろ、ルフィやゾロとは()()()()()()()()()()者だからだ。

 

「なっ……!!? お前達は……!!」

 

 そして相手もまたルフィ達に気づく。女は密航した船が知っている相手であることに驚き、僅かに逡巡するが……しかし、思い直すことはなく、覚悟が決まった表情で子供に懐から取り出した銃口を向け、麦わらの一味に向かって脅しを掛けた。

 

「……!! いや……誰が相手でも関係ねェ……!! ──おい、てめェら!!!」

 

「! 何だ……!?」

 

 見知らぬ子供をまるで人質──のようにされ、一味が面食らう中、女は怒りや恨み。そして悲しみがない混ぜになったような追い詰められた表情で、要求を口にする。

 世間的にも有名。かつ一味の誰もが知っている彼女の名を、その場の全員が頭に浮かべた。そう、この女は──

 

「このガキ……てめェらの誰かのガキか見習いか何かだろ!!? 殺されたくなけりゃ……アタシを──“パンクハザード”まで連れていけ!!!」

 

「!!?」

 

 ──“最悪の世代”ボニー海賊団船長……“大食らい”ジュエリー・ボニー。

 

 ルフィとゾロと肩を並べる最悪の世代の船長が……一味の()()()()()()と共に──密航していた。




魚人島→描写すっ飛ばしたけど、竜宮城に囚われてた王子とかは助け出されてます。彼らやタイヨウの海賊団のジンベエとの別れやら頼みやらはいずれ回想で。
捕虜の出荷先→分岐3つ。魚人島から近い選択肢ってことで選ばれた。まあそれ以外って可能性も多々にあるものの、サボが配慮しました。それぞれの島で捕まってる奴が結構いるかも知れないねって。
新曲→ホラーテイストのある洋楽みたいなのとか、最近の踊るタイプのポップスをイメージ。世界一のアイドルはやはり最先端。
VD→ヴィジョンダイアル。トーンダイアルは音を記録するものなら映像記録をする奴ってことで、むしろない訳がないというか、あの世界でも未来には映像記録くらいするようになるんだから今出してもいいかなってことで。オリジナル便利アイテムです。
懸賞金→妖獣なので8010万。白ひげを超えました。前までは7400万だったけど、マルコも同じだし、四皇レベルなら端数で遊んでもいいよねってことで。ぬえちゃんの(おそらく)最終懸賞金です。
アプー→今、最悪の世代の中で1番いい空気吸ってるのはこいつ。
科学の島→次回からの舞台。科学とクズ、全員集合!! ここから胸クソ悪さが本気出すかもしれない。大体クズ共のせい。
サンジとチョッパー→サンジはクズが迎えに来る。チョッパーはお楽しみ。
幼女→あの娘。
最悪の世代→ということでボニーに舞台に上がって貰いました。
ぬえちゃん→久し振りの登場。怖可愛さ爆発。

ということでこんなところで。魚人島編と次回のパンクハザード編の繋ぎってことで色々匂わせたり、原作での世界情勢に近いような幕間的な回。ぬえちゃんも久し振りに登場。段々とめちゃくちゃになっていきますが、まだまだ序の口です。
次回はパンクハザード。最悪の世代が活躍するかもしれない。敵も多いです。お楽しみに。

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