正体不明の妖怪(になった男)、情緒不安定な百獣の腹心になる   作:黒岩

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トリケラトプス

 パンクハザード“収容所”は“(マスター)”シーザー・クラウンの研究所である第三研究所に隣接し、B棟の南東部に造られた連絡通路で行き来することが出来る。

 しかし当然ながら囚人に自由などない。実験動物である彼らは収容所から出ることはなく、仮に脱走を企てたとしても各連絡通路の門番や巡回する警備。あるいはシーザーの部下によって即座に捕らえられる。

 加えて監視用の電伝虫も配備されており、何か怪しい動きがあれば即座に連絡が行き、鎮圧される仕組みだ。ゆえに今までに脱走を試みた囚人は全てお仕置きとして非道な実験の材料にされてきた。

 今や囚人の中に反骨精神を持つ者はほぼいない。

 

 ──だがそんな中で、壮大かつ“最悪”な脱走計画を企てる者達がいた。

 

「船長!」

 

「……首尾は?」

 

「ええ。万事滞りなく」

 

 大量の囚人達が閉じ込められるそのフロアの陰に、1人の男がいる。

 彼は自身の部下の報告を受けて、事を起こすための準備が整ったことを理解するとすぐにその場から自身の能力で移動し、1つの部屋の中に現れた。

 その部屋には、捕らえられた最悪の世代の海賊。麦わら帽子がトレードマークな青年とその仲間達が揃っている。

 

「準備は整った。これからお前達をここから出す」

 

「よし!! ようやく暴れられるんだな!! トラ男!!」

 

「ああ。0時ちょうどに始める。まだ少し時間があるが……何か質問があるなら受け付けるが?」

 

「いや、大丈夫だ!! 行こう!!」

 

「大丈夫じゃねェだろ!! 聞きたいこと山程あるわ!!」

 

 百獣海賊団飛び六胞にしてハートの海賊団船長であるトラファルガー・ローと麦わらの一味の船長モンキー・D・ルフィ。互いの船長同士の早い話に、麦わらの一味の狙撃手であるウソップがツッコんだ。

 見ればウソップだけでなく、ナミなども懸念を感じているのか、ローに説明してほしいと表情で訴えているし、他の一味の面々もまだ説明が不十分といった面持ちだ。

 

「……おい、説明はしたのか?」

 

「誘拐して研究所を壊してあの風船をブッ飛ばせば良いんだろ? 説明は大丈夫だ!!」

 

「いやいやいや!! それを説明したとは言わねェよ!!」

 

「あんた、もしかして何も分かってないで手を組んだの!!? 何考えてんのよ!!」

 

「すまんがトラファルガー・ロー。こっちの船長はこの有様じゃ……説明をお願い出来んか」

 

「…………」

 

 ウソップとナミにボコボコに蹴られ、ジンベエが呆れながら説明をローに向かって求める。それを見たローは何とも言えない顔になった。

 どうやら認識の共有が不十分のようだと、ローは改めて先程、ルフィだけには先に話した計画の概要を麦わらの一味に向かって口にする。彼らにやってほしいことや求める情報。その最終的な目標について。

 

「……お前達にはまず、ここを脱走して混乱を引き起こし──シーザー・クラウンを誘拐してもらう」

 

「シーザー? それって誰なの?」

 

「元政府の研究者じゃ。確か……4年前の事件で科学班を追放になったハズじゃが……まさか未だにこの島で研究を続けておるとはな」

 

「今奴は海賊帝国傘下の……正確には表向きの“ジョーカー”……ドフラミンゴの庇護を受けてる研究者だ」

 

 麦わらの一味にやってほしいこと。それはまず、シーザーの誘拐。

 そのためにローはシーザーについて、自身が知っている情報をこの場の面々に共有する。時折、元七武海であり政府関連の情報にもそれなりに通じていたジンベエが補足をしながら。

 だが殆どの一味にとってはそれよりも聞きたいことがあった。ルフィも例外ではない。彼らにとっては何よりも大事な仲間の事を口にする。

 

「それとチョッパーもだ!!」

 

「……あのたぬきか……取り返すのは自由だが、今取り返したところでお前の仲間が仲間に戻ることはない。まずは洗脳を解く必要がある」

 

「洗脳!!?」

 

「チョッパーの奴、洗脳されてんのか!!?」

 

「ああ。動物を操る能力者の仕業だ。確か子供で……名前は“お玉”だったか」

 

「じゃあそいつをブッ飛ばして能力を解けばいいんだな!?」

 

 船医でありかけがえのない仲間であるチョッパーを取り戻すための情報をルフィ達は耳にする。洗脳という非人道的な方法が用いられていることに戦慄しながらも、彼らは安堵した。本心で、一味を抜けた訳ではないのだと。

 当初はゾロから聞いて、チョッパーが本心から一味を抜けてしまったのかと少し空気が重苦しかったところであり、本心ではなく能力によるものなら彼らが必要以上に動揺する事はない。やることは単純だ──その能力を解くために敵に立ち向かえばいい。

 が、事はそう簡単ではないことをローは説明する。

 

「能力の解き方はおれも知らない。本人の意思で解けるのか、何か特殊な方法を用いるのか……あるいは能力者本人を殺せば解けるのか……」

 

「じゃあそのガキも攫って吐かせちまえば良いんじゃねェのか?」

 

「百獣海賊団が管理してる獣達を統率する能力者だ。管理は厳重で飛び六胞のおれですら近づかせて貰えねェ。……それにここに来る前におれの部下が確認したところ……既にこの島を出た可能性がある」

 

「な~~~に~~~!!? それじゃあ元に戻せねェじゃねェか!!」

 

「本当にもういなくなっちゃったの!!?」

 

「それがわからねェ。おれが来た時にはもうクイーンの周囲にはいなかった。大看板の奴が近くに置いてないとなると、既にこの島を離れている可能性が高い」

 

「そんな……!!」

 

 ローは麦わらの一味の希望を呑み、知っている百獣海賊団内の事情について説明する。

 お玉という能力者は百獣海賊団が戦力として管理する獣達──戦闘的な進化を遂げた動物達をその能力を用いて百獣海賊団の従順な兵士として操っている。

 だが子供であり、敵に奪われる可能性を消すためにその能力者は常に大看板が管理し、使われない時は本拠地である新鬼ヶ島に軟禁されているらしく、比較的新参とはいえ飛び六胞の地位を手に入れたローでも近づくことは許されていない。

 ゆえに逆説的に、クイーンの側におらず、管理している様子もないとなればこの島にはいないということになる。どこかの部屋に閉じ込められている可能性もあるが、ローがクイーンの部下に何気なく尋ねたところ、そういう話は聞いていないとの事だった。

 そしてローが島にやって来た当初、チョッパーとは別の麦わらの一味の仲間を連れて行った連中の船と共に、百獣海賊団の船も一隻、この島を出ている。順当に考えればその船に乗せられ、帰投したと考えるのが自然だった。

 

「……! だったらあの風船をブッ飛ばしてその“お玉”がどこに行ったか聞こう!!」

 

「いや……待て。麦わら屋、忘れるな。おれ達の目的は海賊帝国の牙城を崩す計画を進めることだ。仲間を取り返したいというお前達の希望は汲むが、今この状況でクイーンを相手にする必要はない」

 

「何でだよ!!」

 

「言っただろう。誘拐も破壊も2時間以内に全部終わらせる。そんな時間はない」

 

 ローは何としても仲間を取り返すために、そして気に入らない相手をブッ飛ばそうとするルフィに呆れることなく説明を繰り返す。付き合い続けるのは彼らの仲間を取り戻そうとする思いを汲んでいるためか、同盟の維持のためか。あるいはその両方の理由のためか、ローは口を休めずに彼らを納得させるための説明を行う。

 

「連中も馬鹿じゃない。おれの部下達が行った工作……監視用電伝虫の撤去や電波を妨害するツノ電伝虫の設置も、直に気づかれ、復旧される。島の外部に騒ぎが漏れると今はまだクイーンの僅かな手勢しかいないこの島に増援が派遣される。そうなっちまえば終わりだ」

 

 計画の為にローはハートの海賊団の部下達を使って島の外周部にツノ電伝虫を設置してパンクハザードを外界から隔絶させた。増援が来てしまえば、仮に島を解放したところですぐに反乱は鎮圧されてしまう。事を終えた後にも情報の伝達を遅らせて対応を誤らせるために必要なことだ。

 そしてそのためには計画を速やかに終わらせる必要があった。ならば、そのための最も大きな障害は──2時間以内には終わらない相手の存在。

 

自然(ロギア)系能力者のシーザーに元七武海の人間兵器くま。おれと同じ飛び六胞のササキも厄介だが……何よりも警戒すべきなのは“大看板”のクイーンだ」

 

 そう、それこそが“クイーン”。

 それに比べればくまやササキはまだ可愛く見えるのだと、正しい認識をローは一味に伝える。

 

「お前らも魚人島で大看板のジャックと戦ったようだが……クイーンの厄介さはジャックよりも上だ。倒すとなればそれなりの覚悟と時間がいる。たった2時間の片手間で倒せるような相手じゃない」

 

「あ……あのジャックより……!!?」

 

「…………」

 

 ローの口ぶりにナミやウソップが戦慄し、ゾロもまた腕を組んで無言のままジャックを思い出して敵の強さを推し量る。麦わらの一味にとって魚人島でのジャックとの激闘は記憶に新しい。2年の修行を経て強くなった彼らでも倒すことが出来ず、新政府軍やタイヨウの海賊団の協力がなければどうなっていたか分からない相手。それよりも上ともなれば、当然、戦いはより厳しいものとなるだろう。

 ローもまた、その矜持から“倒せない”とは言わなかったものの、倒そうとするならかなりの死闘を演じなければならないと認識していた。

 何しろローは百獣海賊団に入って情報を得た結果……“大看板”が、その地位についてから今までに一度も倒された事がないのを知っている。

 様々な理由で戦略的、戦術的な敗北や、ほんの僅かな間気絶していたという事態は聞いた事があるが、戦闘不能になった事は一度もない。そんなデタラメな強さとタフネスを持つ連中が“大看板”だ。

 その中でもクイーンは30年以上も百獣海賊団で最高幹部として君臨し続けている大海賊。実力主義かつ血気盛んな百獣海賊団の中で、様々な戦いを乗り越えてその地位を維持し続けている事がその強さと厄介さの証明となる。

 

「半端な強さの奴は決して近づくな。出くわしても逃走か回避か防御か……あるいは時間稼ぎに徹しろ。戦える奴でも倒そうとはせずにすぐに逃げられる態勢を取れ。──わかったな? 麦わら屋」

 

「う~~~……わからねェけどわかった!! 倒せそうなら倒す!!!」

 

「おい!!」

 

 そして最後にクイーンの対応を口にして、全員が納得したと思いきや──ルフィは全然分かっていない様子で、ローは思わず声を上げる。何も分かっていない。倒せそうならとかではなく、そもそも倒しに行こうとするなと。

 ローは思わず頭を抱えるが、土壇場になればルフィもきちんと行動を取るだろうと一応信用することにして話を先に進めることにする。それほど時間に余裕がある訳ではないのだ。

 

「……そもそもお前さんを信用出来るものか……助けられた恩があるとはいえ、わしはまだ同盟には賛成していいものか、悩んでおるが」

 

「! ……そうか……それも当然の疑問だな。だが信用出来ないのならそれでもいい。おれを信用せずともお前らはここを出ていくためにおれの手を借りるしかない」

 

「ルフィが承諾してしまったものね」

 

「そういうことだ。おれも危ない橋を渡っている。おれが本当に信用出来るかどうかは作戦が成功してからで構わないが、一度お前達の船長が同盟を呑んだ以上、もう引き返して貰っちゃ困る。おれも引き返せねェからな……作戦が成功してからその後でゆっくりとおれの計画を話す」

 

「……船長の決めたことじゃ。わしはそれに従う」

 

 ジンベエは百獣海賊団を裏切って──元からそうするつもりだったとしても──同盟を組むローを信用していいのかと微妙な面持ちだったが、船長であるルフィが乗り気であり、既に一度は呑んでこうして捕まっている以上はもう引き返せないと理解してため息と共に納得する。他の一味も不安もあるが、やるしかないと覚悟を徐々に決めていた。

 

「さて……他にも色々と、先に話しておきたい事はあるが……そうだな。なら先にこっちの話を進めよう」

 

 と、ローは時間を確認しながら話を進めようと麦わらの一味から視線を外し、横の壁に不満そうにもたれ掛かっているもう1人の海賊に目を向けた。

 

「ジュエリー・ボニー……大食らい屋……お前も話を聞いた以上、協力して貰う。その方が、お前の目的も叶いやすいだろう」

 

「チッ……旨味はあるんだろうな?」

 

「ああ。お前の目的は大方予想している。おれの持っている、お前にとっての有益な情報を教える。同じ敵を相手にするなら互いにメリットしかない筈だ」

 

「…………!」

 

 ルフィ達と同じ牢に捕まった“最悪の世代”の船長“大食らい”ジュエリー・ボニー。ルフィ達と協力関係にある彼女にもローは手を組むように誘い文句を口にする。

 ボニーはそれに対してしばらく、何かを考えるようにしていたが、ややあって腹を決めると不服そうにしながらも観念し、ぶっきらぼうに答えを口にした。

 

「わかったよ!! 手を組めば良いんだろ!! だけど足を引っ張るならすぐに解消するからな!!!」

 

「それでいい。……よし、ならもう少し、最後の確認も含めて情報の共有を行う。時間もない。手早く済ませるぞ」

 

「おれはいつでも大丈夫だ!! 絶対にクイーンをブッ飛ばしてサンジとチョッパーを取り戻す!!!」

 

「おい!! だからクイーンは……!!」

 

 そうして3人の最悪の世代の船長同士が協力関係を──“海賊同盟”を結び、彼らは最後の確認を終えて動き出す。

 作戦開始は深夜0時ちょうど。仲間を取り返し、歯車を壊し、その果てに海賊帝国に打撃を加えるための──“パンクハザード解放作戦”は、その全ての牢と枷の解放と共に始まった。

 

 

 

 

 

 ──パンクハザード第三研究所C棟。

 

 つい数十分前までは問題もなく、静寂に包まれていた研究所は今や百獣海賊団とシーザーの部下達が慌てた様子で行き交う騒がしい場となっていた。

 

「クイーン様!! 敵が収容所から連絡通路を通って研究所B棟に侵入しようとしています!!」

 

「A棟からも島の動物達が入って来ています!! どうしますか!!?」

 

「落ち着け!! 今考えてる!!」

 

 その部下達の報告を受け、百獣海賊団の大看板“疫災のクイーン”は復旧した監視用映像電伝虫のモニターを見ながらこの騒ぎを鎮圧する方法を考えていた。

 

(ヴェルゴの奴が……いやドフラミンゴの奴が裏切ったってことはある程度情報が漏れてると考えて間違いねェ!! その奴らが囚人を脱走させて逃げるだけが目的のハズがねェ)

 

 敵は麦わらの一味にジュエリー・ボニーにヴェルゴ。パンクハザードで暴れてる連中のボスはその面々と考えて間違いないだろう。ドフラミンゴが何でこの場で裏切ったのか、そのメリットや目的は分からないがここで麦わらの一味を逃して共に反旗を翻すということはこのパンクハザードで何かを行おうとしているに違いない。

 考えられるのは純粋に海賊帝国を打倒するために、囚人達をその戦力に加えつつ、大看板である自身の首を取るか、あるいはシーザーなどを誘拐するか……などだろう。裏切るからには“勝ち”を狙うのは当然だ。

 その勝ちがどこに設定されているかは捕らえて拷問でもして吐かせなければ分からないが──と、クイーンはそこまで考えて、やはり奴らをこの島で捕らえるのが反抗を叩き潰すのに最も手っ取り早いと同じ結論に至る。

 ……が、とはいえそう簡単にはいかない。奴らは収容所から脱走させた実験動物共を味方につけている。

 その数は約1万人だ。対してパンクハザードの職員は300名にも満たず、クイーンの手勢はササキの装甲部隊やローの部下。ナンバーズに獄卒獣も含めて3000名程しかいない。

 元よりこの島には麦わらの一味を捕らえるためだけに寄ったのだ。ゆえに軍団はそれほど連れて来てはおらず、それが裏目に出た。まさかこれほどの騒ぎとなるとは思っていなかったのだ。

 それはひとえにクイーンの自信に拠るもの。麦わらの一味を少し甘く見ていたのは事実だが、奴らがどれほど暴れようと最終的には飛び六胞や自分が出れば捕らえられると高を括っていた。

 そしてそれは今も変わらない。麦わらのルフィやジンベエ。ヴェルゴが徒党を組んで向かってきても叩き潰すだけだ。負けることはないと見ている。

 だが負けはしないものの勝ちに時間が掛かるのも確か。数とはそれだけで脅威なもので、どれだけ雑魚が集まろうと数がいれば鎮圧には時間が掛かる。部下も減らされるだろうし、信頼出来る戦力は自身も含めてそれほど多くはない。誰かを潰している内に奴らが何らかの目的を遂げる可能性もある。と、なれば──

 

「やはりおれ様の傑作を使うしかねェな……!!」

 

「! く、クイーンさん!! まさか……!! この研究所でそれを使うんですか!!?」

 

「ムハハハ!! そのまさかだ!! ──おい!! あのたぬきを呼んでこい!!!」

 

「は、はい!!」

 

 クイーンは持ってきていた様々な兵器や武器の中からその1つを取り出して悪い笑みを浮かべる。詳細を知る部下達の顔がギョッと歪み、それを使うことを恐れたがクイーンは全く構うことなくその使用を決めて部下に人を呼びに行かせる。

 この研究所でクイーンが騒ぎを鎮圧するために“災害”を引き起こそうとしているのはその場の誰もが分かった。ゆえに食って掛かったのはこの研究所の所有者である科学者だ。

 

「!? おい待てふざけんなクイーン!! てめェ!! おれの研究所をメチャクチャにする気か!!? 囚人共は出来るだけ生け捕りにしろ!!」

 

「ムハハ、そりゃ無理だ。諦めろ。それよりお前はD棟に行って──」

 

「お前が出張れば済む話だろう!! 囚人共はおれの貴重な実験動物だぞ!!? 多少死ぬならともかく、皆殺しにするのはやめやがれ──」

 

 研究所の所長である“M”シーザー・クラウンはクイーンのやろうとしていることを正しく理解するとそれを防ぐために怒り心頭な様子で食って掛かる。囚人を慮っている訳ではなく、実験の為の貴重な材料がなくなることを懸念してのものだ。シーザーにとってはそれが全てであり、自身の研究やその欲望以外の事などどうなっても構わない。

 だが逆に言えばシーザーにとってこの研究所や実験動物はそれなりに大事な資産である。もっとも、代わりは利くものではあるが、それでも全て失われるともなれば怒るのも無理はなかったが──

 

「──おい。何勘違いしてやがんだ?」

 

「!!」

 

 しかし、その相手が悪かった。

 シーザーは突如、ドスを利かせた声で笑みを消したクイーンに顔を青褪めさせ、皮膚から汗を吹き出させる。

 

「今のお前の上司はおれだ。お前の後ろ盾になってたドフラミンゴは裏切りやがったからな……それとも、まさかお前まで裏切ろうってのか?」

 

「……!! い、いや……そんなことは……!!」

 

「調子に乗るんじゃねェよ。おれの言うことを聞けねェってんなら、まずはてめェから先に拷問してやろうか……!! 疑いはお前にも掛かってんだぜ、シーザー・クラウン……!!!」

 

「ウ!! ア……!! や、やベで、ぐ……!!」

 

 クイーンは目の前にいたシーザーの首をその手で──武装色の覇気を纏わせた手で掴み、ほんの僅かに力を入れる。動物系古代種の能力を持つクイーンの人外的なパワーはそれだけで目の前の科学者を捻り殺すことが出来る。自然系の能力者であることなど関係ない。戦闘に長けておらず、覇気も使える訳でもないシーザーはクイーンがその気ならこの場ですぐに始末されてしまう。

 おまけにクイーンが言うように、ドフラミンゴが裏切った時点で彼と繋がっているシーザーもまた裏切りの可能性がある容疑者だ。殺すにはともかく──拷問に掛けるには充分な理由がある。

 

「…………」

 

「ウベ!!?」

 

 だがクイーンはシーザーを床に投げ捨て、首絞めからあっさりと解放してみせる。この小物に自分達を裏切るような気概はないと見切っていた。

 

「死にたくなきゃ疑いを晴らすために必死で動くんだな、シーザー・クラウン。お前にはD棟の()()()()の防衛を任せてやる……!!」

 

「ハァ……ハァ……だ、だがおれだけじゃ……!!」

 

「ああ、くまを貸してやる。お前とその部下にくま。これだけいれば防衛くらい出来るだろう、ムハハハ……それに監視も兼ねてる。妙な動きをしたら……わかってるな?」

 

「わ、わかっ……わかりました……!!」

 

 笑みを取り戻し、シーザーに命令を下しつつ脅しも掛けるクイーンに、シーザーは遂にタメ口をやめて敬語で了解を示す。おべっかを使ってクイーンの機嫌を取るようにして。

 その態度に機嫌が戻ったのかは分からないが、クイーンは葉巻を口にしながらシーザーに対して敢えて言ってやった。シーザーが協力しやすいようにと、心からの善意で。

 

「安心しな。囚人は皆殺しにするが……また集めてやる。1万人だろうが何万人だろうが好きな数を言えばいい……!! 奴隷なら幾らでも調達してきてやるぜ……!!!」

 

「!!」

 

 その発言にシーザーも含めたその場にいる者達が背筋を震わせる。百獣海賊団に所属するような悪意ある海賊達や、道徳心など欠片も存在していないシーザーですらその発言には背筋が凍った。

 無論、それはクイーンの容赦の無さに恐れる訳ではなく──それを容易に行い、行えてしまうだろうという圧倒的な力に恐れをなした。

 クイーンがこう言ったのだから実験動物は再びこの島に集うだろう。新世界の島々から、あるいは他の海から人間を集め、それを奴隷としてこの島に出荷し、実験動物としてしまう。

 それを防げるような勢力はいない。1万人程度は今の海賊帝国にとって、百獣海賊団にとって大した数ではないのだ。

 

「なに、島を1つ2つ滅ぼせばいいだけの話だ!! ちょうどそこに反抗してくれやがった連中がいるからなァ……事が終わったら“東の海(イーストブルー)”や“ドレスローザ”から調達してやるぜ!! ムハハハハ……!!!」

 

「…………!!」

 

 そしてクイーンは既に事態が収束した後の事を考え、反逆者達の心が折れるところを想像して大笑いする。

 それを見たシーザーやその部下達はやはり戦慄するしかない。今はまだ線の内側にいるが、一歩でも外に出され、反逆者として対応されれば……明日は我が身だ。

 

 ──そしてそれを陰から耳にしていた者にとっては……近い未来に訪れる現実である。

 

(っ……!! このままでは若が……ドレスローザが……!! 若に連絡を……いや、それよりもどうにかしなければ……!!)

 

 物陰に隠れながら部屋を離れ、険しい表情を浮かべていたのはドンキホーテ・ファミリーの幹部であるモネ。彼女はクイーンの言葉を耳にしたことで彼らの前に出るのは危険と判断した。

 

(弁解はおそらく不可能……!! ヴェルゴが実際に暴れてる状態ではローの能力であることを訴えても分が悪い……!! 時間も掛かる……!!)

 

 そう、仮にクイーンに対して言い訳が通じたところで、この一件が大きくなって取り返しのつかないところまで進めば……ローに出し抜かれたヴェルゴ。ひいてはドンキホーテファミリーの失態を消すことは出来ない。

 多少はクイーンの責任にもなるだろうが……そうなると裏切ってないことを証明したとしても、この一件を理由にカイドウやぬえが本格的にドンキホーテファミリーの百獣海賊団入りを勧めてくる可能性がある。

 そして勿論、若──ドフラミンゴはそれに応じない。

 となれば後は戦うしかない。取引をする旨味がないと、一度見限った相手を部下にもせず、対等な取引相手のままにしておくということを百獣海賊団はしないだろう。戦いになればファミリーに勝ち目は万に1つもない。百獣海賊団との正面衝突など想像しただけで背筋が凍る思いだ。ファミリーの破滅はこのままでは免れない。

 ならばどうするべきか。その答えをモネは素早く導き出し、そのために翼を羽ばたかせ、空中へ飛び上がる。

 

(失態を少しでも濯ぐためにローや麦わらの一味をこちらで捕らえて差し出す他ない……!! おそらく、彼らは繋がっている筈……!!)

 

 成果を上げて失態を帳消しにすることをモネは考える。──いや、彼らを仮に捕らえたところで出し抜かれたことに対する失態を全て消すことは出来ないかもしれないが、ほんの僅かでも働きが認められればファミリーに危険が行く可能性が低くなる。

 あるいはこの数時間でローを捕らえてクイーンの前に差し出し、彼の口から直接真実を吐かせられるようなことがあれば……それほど問題にはならないだろうとモネは見ていた。

 

(許さないわよ、ロー……!! 麦わらのルフィ……!! ファミリーを貶めようとする相手はどんなことをしてでも報いを受けて貰うわ……!!!)

 

 今や百獣海賊団もシーザーの部下もモネの味方ではない。

 だがファミリーへの被害を食い止めるためには致し方ない。モネはB棟へと向かい、事態を収束するための戦いを起こす覚悟を決めていた。

 

 

 

 

 

 ──パンクハザード研究所B棟収容所連絡通路。

 

 パンクハザードで行われる非道な研究や実験の数々を支える1万人の囚人達。

 彼らはその日、とある海賊達の手引きで幸運にも脱出の機会を与えられた。

 

「お……おい!! 起きろ!!」

 

「……ん……? 何だってんだこんな夜中に……」

 

「寝てる場合じゃねェ!! 檻が……!!」

 

「……え!!?」

 

 夜中に突如として起こった騒ぎ。それによって目を覚ます囚人達だが、そこから起きた出来事は彼らの頭を完全に覚醒させるのに充分なものだ。

 

「檻が開いたぞ!!」

 

「鍵もある!! 一体誰が……!!」

 

「外で誰か暴れてる!!」

 

「いや、そんなことより……逃げられるぞ!!」

 

「他の檻の奴らも出てきてるぞ!!」

 

 誰がやったのか、囚人達を閉じ込めていた忌々しい檻は開け放たれ、手枷などの鍵までもが牢の入り口に転がってくる。

 それを行ったのは外で暴れている海賊らしき連中であり、更には同じ海賊であれば──いや、海賊でなくとも知らない方がおかしい名のしれた海賊達。

 

「あれは…………“麦わらのルフィ”!!?」

 

「そういや今日の昼に捕まって……檻から逃げたしたのか!!」

 

「シーザーの部下と戦ってるぞ!!」

 

「……!! なら、今の内に逃げて……いや、あいつらに協力すれば……!!」

 

 そして囚人達は暴動を鎮圧しようと立ちはだかるシーザーの部下や百獣海賊団の戦闘員と戦い、研究所の方へ向かう麦わらの一味を見て、今が脱出の好機であると理解した。

 牢を出た彼らは麦わらの一味の背中を追いかけて逃げるべきか一瞬迷うが、収容所から外に出る入り口は危険な動物達や有毒物質が蔓延る密林である。

 

「おいお前ら!!!」

 

「!」

 

 加えて麦わらの一味の1人から声が掛かった。走る足を止めないまま、動きに迷う囚人達に告げる。

 

「さっさと研究所から逃げろ!! 猶予は2時間しかねェ!! ここにいたら死にかねねェぞ!!」

 

「は!!?」

 

「嘘だろ!!?」

 

 人間とは思えない──この島で作ったような人間兵器のような見た目の男に言われ、囚人達が戸惑う。

 だが他の麦わらの一味の面々もまた通りすがりに囚人達に同じことを告げていた。長鼻の男が鍵を牢の中にパチンコで飛ばしながら、大きく扇動するように声を上げる。

 

「どんどん逃げろ~~!! 今なら向こうの数はそれほどでもねェ!! 全員で一丸となってR棟66の出口を目指すんだ!!!」

 

「R棟の出口……!?」

 

「そこに行きゃ逃げられるのか……?」

 

「この地獄から……!!」

 

 いつ実験体にされるか分からない日々を送り、絶望していた囚人達の目に再び意志が灯る。まさかまだ生きられる道があるとは思ってもみなかった。

 だが実際に、先頭を突き進む麦わらの一味は敵を蹴散らしながら道を切り開いており、

 

「何でもいいから動け!! 止まってたら未来はねェぞ!!!」

 

「……! そうだ……!! 生きたきゃ動くしかねェ……!!」

 

「どうせここにいたら死ぬんだ……!! だったら逆らって賭けてみるのも悪くねェ……!!」

 

「おお!! やるぞお前ら!!」

 

「ウオオ~~~!!!」

 

 そして彼らは気勢を上げて身体を動かす。

 自由を縛る檻や枷が無くなり、反抗する心さえ取り戻せば彼らの多くは百獣海賊団に逆らった荒くれ者の海賊達だ。数を揃えて走り出せば生半可な者では止められず、止める事の出来る怪物は前方を行く麦わらの一味が蹴散らす。

 

「ブモ~~~!!!」

 

「ゴキキ~~~!!!」

 

「! 獄卒獣と五鬼が突破された!!」

 

「このままでは研究所の方に逃げられます!! ササキ様!!」

 

 連絡通路を守る怪物達──百獣海賊団ナンバーズの五鬼やインペルダウンから拾った覚醒した動物系能力者である獄卒獣は麦わらの一味の主力の手によって地面へ倒れ伏す。

 それに驚いたのは百獣海賊団の戦闘員達。彼らは麦わらの一味を追いかけながらも囚人達の暴動にも挟まれ、その手を焼いていた。

 

「止まれ!! 麦わらの一味!! ヴェルゴ!! 囚人共!!!」

 

「誰が止まるか!!」

 

「あの長っ鼻の兄ちゃんの言う通りだ!! おれ達は自由を手に入れるんだよ!!」

 

「数はこっちが上だ!! 薙ぎ倒して進め!!」

 

「オオオ~~~!!!」

 

「……!! この雑魚共が……!! 踏み潰してやる!!!」

 

 その場の百獣海賊団を率いていた飛び六胞のササキは自分の言葉で動きを止めない一味や囚人達、裏切り者のヴェルゴに怒り、青筋を立てて吠える。あくまでも立ちはだかろうとする邪魔者の囚人も裏切り者のヴェルゴも麦わらの一味も──百獣海賊団に仇なす奴らは全員皆殺しにする。その役目を担うのが飛び六胞であり、そのために最も適した形態にササキは変形した。

 

「げっ!!? なんだありゃあ!!」

 

「──トリケラトプス!!?」

 

 連絡通路に向かって走るウソップやナミは他の一味と揃ってそれを目撃した。

 前屈姿勢になったササキの身体が巨大化し、10メートル近い四足歩行の動物に変形する。

 その姿は一瞬だけサイのように見えたが、そうではない。頭部に生えたツノは1本ではなく3本。首周りは傘のようにも見える骨質のフリルが広がっていた。

 そしてそこまで見れば誰もがその姿を理解し、口に出す。絶滅した古代の生物。恐竜の中でもかなりメジャーな存在として知られる角竜──トリケラトプスになったササキがそこにいた。

 

「どけ!! 囚人共!!」

 

「ぎゃあああ!!!」

 

 四足歩行となったササキはそのまま前方に向かって駆け、囚人達を轢き飛ばしながら逃げる麦わらの一味を猛追する。

 

「凄い勢いですよ!!」

 

「ありゃじきに追いつかれるか……!! どうするか……!!」

 

 連絡通路を走るブルックとゾロが背後のササキを見て追いつかれることを予感する。

 多くの囚人達が時折壁になるものの、あまり意味を成していない。このペースだと早ければ研究所に辿り着く頃にも追いついて相手をする必要が出てくる。

 今はまだ大丈夫でも、その時が来れば誰かが止めなければならないと思い、それは自分の役目だとゾロは自然にそう思う。

 見たところ他の面々では少し苦戦するかもしれない相手だと、目の前の敵を斬り捨てながら前に進んだ。が、その時だ。

 

「!!」

 

「ギャア~~!!」

 

 突如、最後方から悲鳴が上がる。

 見れば囚人達が銃撃を受けて痛みに呻きながら床に倒れていた。敵が放った銃弾だろう。それが偶然にも数人に当たった。不運ではあるが事を起こしている以上は仕方ない。

 そう思ったのも束の間、銃弾が飛んできた方向を見て彼らは違和感を感じる。飛んできたのは前や横、後ろではなく──上方だった。

 

「! あれは……!!」

 

 麦わらの一味が強く反応を見せる。

 見れば天井に張り付いている敵が1人。6本の足を持ち、頭から伸びた髪の先が針のようになっているサソリのような男と、その下顎の上に立ち、ガトリング砲を持っている小柄なたぬきのような生物。

 それはまさしく麦わらの一味の船医であるかけがえのない仲間。

 

「──チョッパー!!」

 

「ルフィ!! 皆!! お前らをここから逃がすワケにはいかない!! これでも喰らえ!!」

 

「!! 危ねェ!!」

 

 敵の上に乗ったチョッパーが高い天井からルフィ達に向けて銃弾の雨を降らせる。ルフィ達はそれを回避すると、チョッパーを乗せている敵が笑った。ルフィ達のような名の知れた者達には直接、当たりはしなかったものの他の囚人達に当たれば充分だと。

 

『百獣海賊団ギフターズ“真打ち”ダイフゴー (サソリのSMILE)』

 

「ハッハッハ!! てめェらはこれで終わりだ!! 囚人共もお前らも誰1人逃さねェ!!」

 

「……!! 何だあの野郎……!! たかが武器の1つや2つで粋がりやがって……!! しかもチョッパーにやらせてんじゃねェぞ!!!」

 

「チョッパーが私達に武器を向けるなんて……!! 本当に洗脳されてるんだ……!!」

 

「チョッパーもどうにかしねェとだが……何だか後ろの様子がおかしいぞ!!」

 

 チョッパーを乗せて攻撃を行わせている百獣海賊団の真打ちであるダイフゴーに、麦わらの一味が憤慨する。今にもルフィが飛びかかっていきそうだが、軽く100メートル以上はある天井に張り付いているため、すぐに向かうのは不可能である。一味の誰もが上を向いていたが、ふとウソップが背後の様子に気づいて声を張り上げ、視線を向けさせた。

 

「ア゛アアァア~~!!」

 

「グオオオ~~~!!」

 

「!!? マズい!! 疫災(エキサイト)弾だ!!」

 

「撃たれた奴らから離れろ!! 感染しちまう!!」

 

「何だありゃあ……!!」

 

 視線を向け、誰もが目を疑う。

 見ればそこでは皮膚が凍りつき、頭に氷の角を生やす鬼達が周囲の囚人達を無差別に襲い始めていた。その現象を理解しているシーザーの部下や百獣海賊団の者達は急いでその場を離れようと連絡通路の方に向かってくる。

 

「助けて……!! 寒い……!! 身体が凍る……!!」

 

「ハッハッハ!! 見たか!! これがクイーン様の“疫災(エキサイト)弾”!!! その中の最高傑作──“氷鬼”だ!!!」

 

疫災(エキサイト)弾……!!?」

 

「触れたら感染る疫病!! ウイルス兵器だ!! 一度感染したら助かる見込みはない!! 観念しろお前ら!!!」

 

「……!! チョッパー……!!」

 

 ダイフゴーの誇るような語りに合わせてウイルス兵器を──人を病気にして殺す兵器を使うチョッパーに一味が焦りと怒りを覚える。言うまでもなく、この手の兵器などチョッパーが最も嫌うものだ。本来なら存在することすら唾棄すべきものである。

 だがチョッパーはそれを嫌うことなく平然と使ってみせる。たとえ何らかの事情があって裏切っただけなら、そこまで手を染めることはないだろうと確信出来る行為を見て、洗脳能力の強力さに寒気すら覚えた。

 そしてやはり心の中が煮え立つ。チョッパーにそんなことをさせる悪辣な敵に対して。これでは洗脳が解けたとしてもチョッパーはこの時の記憶を思い出して自らを責めるだろう。自分の信念を汚す行為だ。その精神的なダメージは計り知れない。

 

「おれがいないお前らなら対処法も分からないだろう!! そのまま逃げ続けるなら囚人もお前達も皆死ぬしかないぞ!! ルフィ!!!」

 

「ハッハッハ……!! おい!! 元仲間がこう言ってるぜ!! 降参してやったらどうだ? ギャハハ!!」

 

「……!! チョッパーに……!!」

 

 怒りがルフィの表情を歪ませる。洗脳されたチョッパーの忠告にではない。それを行わせ、なおかつその光景を見て馬鹿笑いをしている敵に対して。

 

「チョッパーに……!! 何やらせてんだお前~~~!!!」

 

「!!?」

 

 そしてその怒りはルフィの腕を黒く染め、ダイフゴーに向かって腕を伸ばしてブッ飛ばそうとすることで向けられる。

 あまりの怒りようにダイフゴーが目を見開き、マズいとそれを回避するために天井を駆け出そうとしたが──このままでは間に合わない。

 ルフィの怒りの拳がダイフゴーに当たろうとする──その直前。

 

「“カマクラ”!!!」

 

「!!?」

 

 ルフィの拳が、突然現れた雪の壁によって受け止められる。

 それはルフィの拳でも貫通出来ず……しかし、少し遅れて砕ける程度には強度のある硬い雪だ。

 

「見つけたわ……!! まずは麦わらの一味とヴェルゴの身体……!!」

 

「!!? お前……モネか!!? 裏切った女がなぜおれを守る!!?」

 

「……!! あいつがモネって奴か……!!」

 

 自然に発生する筈のない雪の壁を生み出してダイフゴーを守ったのは、表向きには麦わらの一味と手を結んだことにされているドンキホーテファミリーの幹部、モネ。

 自然(ロギア)系ユキユキの実の能力者であり、事前に本当の裏切り者からその能力や名前を聞いていたゾロ達はややこしい事になりそうだと警戒を強める。

 

「お……おい!! そうだ!! 何やってんだモネ!! お前はおれ達の味方だろう!! ほら、ヴェルゴも何か言ってやれ!!」

 

「そ……そうだモネ!! 何をしている!! 若の命令で麦わらの一味と手を組んでパンクハザードをメチャクチャにする命令を聞いただろう!!」

 

 そして下手な事を言われる前に、ウソップが隣にいたヴェルゴ──の身体を持つローの仲間であるベポがあらぬ事を口にすると、モネの顔つきが更に怒りに染まった。

 

「っ……!! ヴェルゴは……()()()()()()()()()……!! 馬鹿にして……!!」

「!!? (あ、やべっ!!)」

 

 ヴェルゴ(ベポ)がしまった、と口を噤む。呼び方をミスってしまい、ヴェルゴがヴェルゴでないことがモネにバレる。

 とはいえファミリーの連中にしか分からないようなミスであり、まだ挽回出来るとベポは麦わらの一味と共に研究所の入り口に飛び込もうとする。

 

「させない……!! “大雪垣”……!!

 

「ウプ!!?」

 

「うおお!!? だ、大丈夫かヴェルゴ!!」

 

「何これ……雪の壁!!?」

 

 ベポが入り口を塞ぐように現れた巨大な雪の壁に突っ込み、顔面を強打する。

 ウソップが心配し、研究所の入り口である連絡通路を通り越したナミやルフィ達が立ち止まった。

 

「おい!! 先に進めねェぞ!! これじゃあ連絡通路を渡って研究所に行けねェ!!」

 

「壊せ!! このままじゃ鬼や追手にやられちまう!!」

 

「……!! 囲まれたか……!!」

 

 ウソップ達と共に足止めを食らったゾロがもと来た道が同じように分厚い雪の壁で塞がっていることに気づく。見れば雪の壁はどんどんと生成され、ゾロやウソップ、ベポや囚人達に氷鬼も含めた数十人が閉じ込められてしまっていた。

 

“カマクラ十草紙”……!! 1人であなた方を相手にするのは厳しそうだから……分断してクイーンの兵器も利用させて貰うわ……!!」

 

「……!!」

 

「うお!! 寒い!!」

 

「吹雪いてきたぞ……!!」

 

「ヤバいぞ!! 逃げ場がねェ!! 氷鬼が迫って来てる!!」

 

 どんどんと巨大な“カマクラ”を生み出し、連絡通路を塞ぐ十層の壁を作るとモネは中にいる面々を完全に閉じ込めたことを確信し、中に吹雪を発生させる。

 カマクラの中で雪が積り、雪原と化したフィールドは雪の能力者であるモネにとって有利となる。無差別に攻撃を行う氷鬼も自然(ロギア)系能力者であり物理攻撃を無効化出来るモネには脅威とはならない。

 ルフィやゾロの攻撃は強力だが、カマクラを十層に重ね、増やし続ければ時間は充分に稼げると見ていた。この中でまずはヴェルゴやゾロ達をまずは仕留めようとモネは動き出す。

 

「せっかく積み上げたファミリーの信用を地に落とした恨み……!! あなた達で晴らさせて貰うわ……!!!」

 

「……何を言ってるか分からねェが……相手になってやる。おい、ウソップ、ヴェルゴ。周りは頼んだぞ」

 

「お、おおお!! 早く倒してくれゾロ!!」

 

「頼んだぞ!! アイアイ!!」

 

 氷鬼を食い止めるためにパチンコを構えるウソップとヴェルゴの装備である竹竿を持ってヴェルゴが上げないであろう妙な声を上げるベポ。

 そうしてカマクラの中で戦闘が始まり──仲間が足止めを食らってしまったルフィ達は判断に迷わされた。

 

「ルフィ!! ゾロ達が……!!」

 

「ゾロなら大丈夫だ!! おれはチョッパーとあいつを追いかける!! 待て~~!! チョッパ~~~!!! 変なサソリ~~~!!!」

 

「ギャ~~~~~!!! 追いかけてくるなルフィ~~!!! おい、お前ェ!! もっと速く走れ!!!」

 

「全力だよ馬鹿野郎!!!」

 

 しかし迷ったのはナミや一部の面々だけで、ルフィはゾロを信頼して立ち止まらず、真っ直ぐに逃げ出したチョッパーを乗せたダイフゴーを走って追いかける。

 すぐにその姿が見えなくなったのを見て、ナミは迷ったがジンベエが先に駆けていく。仲間に入って日が浅いため、ナミの気持ちを理解しつつ作戦のための的確な行動を助言した。

 

「後ろは心配じゃが……わしらは先に動いてシーザーの誘拐と、退路を確保しておいた方が良いかも知れんな……!! あの様子じゃルフィがシーザーの確保を優先するとは思えん」

 

「そうね。チョッパーはルフィに任せましょう」

 

「うむ!! シーザーは自然(ロギア)系じゃ、わしが向かおう!! 途中で分かれるぞ!!」

 

「私もお供しますよ!!」

 

「ああ!! 退路はおれ様にスーパー任せとけ!!」

 

 ジンベエにロビンにフランキー。ブルックにナミといった面子がゾロ達を待たずに先へ進むことを決める。囚人達は出口に真っ先に向かうだろうが、シーザーの確保はこちらから動いて捕らえなければならない。その役目を覇気を扱えるジンベエが担う。

 

 そしてその背後にはまた別の思惑を持つ者もいる。

 

「ハァ……ハァ……(どこ……!? お父さん……!!)」

 

「……!! (ウ……ウオオ~~~!!! 麦わらの一味の方々……!! カッコいいべ~~!! た、助けになって差し上げてェ!! この囚人を巻き込んだ脱走劇はまるでインペルダウンの様だべ!! あれ? 涙が止まらねェ……)」

 

 1人、別の相手を探して研究所を駆ける女海賊と、それらを含めた囚人達の全てを無視して物陰で麦わらの一味を覗き見て涙を流しているパンクな格好の男。

 それらを伴ってまずは研究所B棟を爆走する。ゾロ達は足止めされてしまったが今のところは問題となる脅威はなく、作戦は順調であった。

 

「──ササキ様!! このままでは氷鬼に感染してしまいます!!」

 

「ダメだ!! この雪の壁!! 相当硬ェ!!」

 

 ──しかし、パンクハザードにいる強力な戦力は何もクイーンだけではない。

 

「……モネの能力だな。ヴェルゴが裏切ってるんだ、当然の動きだが……舐めやがって……!! こんなものでおれを止められると思うなよ……!!!」

 

 研究所と収容所を繋ぐ連絡通路の前。氷鬼となっていく囚人達を部下達が押し留めている中、飛び六胞のササキは“カマクラ”を見て忌々しいと言わんばかりにその先を睨みつけると、更なる変形を起こした。

 

「どいてろお前ら……!!」

 

「! ササキ様!! 人獣型に!!?」

 

 部下達が瞠目する。ササキの姿がトリケラトプスの獣型から、二足歩行となった巨大なトリケラトプスの人獣型となったのだ。──まさか、()()()使うつもりかと。

 そして囚人達もその異変に気づく。トリケラトプスの人獣型となったササキの首のフリルが、突如として回転し、ある現象を起こしたことに。

 

「……え!!?」

 

「おい!! トリケラトプスって()()回んのか!!?」

 

 トリケラトプスの首元のフリルがくるくると首周りを回転する。

 それだけでも思わず動きを止めてしまうほどに驚きだが、その回転は徐々に速くなり、音を鳴らすほどに高速となると──ササキの巨体を宙へ浮かせてみせた。

 

「え~~~~!!? 浮いたァ!!?」

 

「トリケラトプスって飛ぶのかァ!!?」

 

 そう──()()()

 囚人達はその日、トリケラトプスという古代生物に秘められた真実を目にする。

 少年の頃、トリケラトプスは地を駆けてその3本の角で獲物を仕留め、同族と喧嘩し、首のフリルで外敵から身を守っていたのだろうというそんな童心を思い出し、そしてその知識を粉々に破壊された。

 

「驚くのは早ェ……このままでもおれは相当に強ェ……最強生物のトリケラトプスだが……!! 新たな“絡繰兵器”がこのおれを無敵にする……!!!」

 

 そしてササキはそのトリケラトプスの真実を周囲に見せつけながら、自身専用の絡繰兵器を起動する。

 クイーンが作り、部下達に支給している機械仕掛けの絡繰兵器。ササキが腰に差している“絡繰螺旋刀”もクイーンの発明品だが、起動したのはそちらではなく、ササキの靴裏に仕掛けられた貝殻のような絡繰だった。

 

「ぬえさんが空島から取ってきた“(ダイアル)”……絶滅種噴風貝(ジェットダイアル)”!! それを材料に作り上げたおれの足裏の絡繰は……このおれの突進を音速の世界へと運び……!! 破滅的な破壊力を持つものへと生まれ変わらせる!!!」

 

「見てろ……!!」 と、言った直後、ササキの足裏でキュイーンという不思議な機械音が鳴り響いた。

 それはさながらエネルギーを溜めているような、嵐の前の静けさとも言える静かな音だったが、徐々に音の圧力を上げていき、最大まで高まった直後──ササキの身体はその場から一瞬で空中へと加速した。

 

「!!!」

 

「うわあ!!?」

 

 噴射する風の衝撃で周囲の部下や囚人達がたたらを踏む。

 そんな彼らを文字通り、置き去りにしてササキは収容所の天井付近で円を描くように高速で飛んでいた。

 それはさながらぬえが初めてその技を見た時に例えた“ジェット機”の様であり──もっとも、ぬえ以外は誰もその例えは分からなかったものの──ぬえの発案とクイーンの発明によって生み出されたその技は激突したあらゆるものを粉砕する。

 

「そんな雪の壁程度で身を守ったつもりか……? 飛び六胞をナメんじゃねェ!!!」

 

 啖呵を切り、同時に狙いを雪の壁に向けるとササキは円を描き続けて最高速に達したその肉体を、真っ直ぐに雪の壁に向けた。

 

 ──直後、カマクラの中でゾロが予感する。

 

「!!? ──おい!! 飛び退け!!!」

 

「え!!?」

 

「いいから避けろ!! 何か来る!!!」

 

 見聞色の覇気で何かを予感したゾロはウソップ達に向けてその場から飛び退くように指示を出し、自身もその場から横に逸れるように踏み込んで移動した。

 

「え……!!? (カマクラが……!!?)」

 

 直後、カマクラの中に飛び込んでくるそれは、まるでミサイルの如く──

 

「“ジェットリケラトプス”!!!」

 

「!!!」

 

 ──十層にも重なるカマクラを全て破壊し……モネの身体に突き刺さった。

 

「……!!」

 

 血反吐を吐き、一撃で白目を剥くモネの姿がゾロ達の目に映る。

 カマクラの中心にはクレーターを通り越して巨大な穴が出来上がり、その中心の奥深くには倒れたモネとそれを引き起こしたササキの姿。

 頭部を強い武装色と鉄塊で固めてなお、自分自身にすらダメージを負ってしまうその技を放ち、しかし問題なく立ち上がったササキは再びフリルを回転させ、連絡通路へと浮かび上がってくる。

 

「まずは1人だ……!! 裏切り者も反逆者も許さねェ……!! クイーンが出るまでもなく……このおれが全員始末してやる……!!!」

 

「……!!? その姿……!!」

 

 再び連絡通路に戻ってきたササキを見て、ゾロは驚きのあまり声を上げた。ウソップやベポ。囚人達など、他の面々も同様に衝撃を受けて固まっている。

 戦闘時にその隙はあまりにも致命的ではあったが、ササキは悪い気はしなかった。自分の姿に恐怖する彼らに向けて、ササキは不敵な笑みを浮かべて己の能力を誇る台詞を口にする。

 

「見たか……!! これがトリケラトプスの能力だ……!!!」

 

 そしてササキの言葉を耳にした瞬間、タイミングを揃えて誰もが同じ言葉を口にした。

 

『そんなトリケラトプスはいねェ!!!』

 

「!!?」

 

 ──百獣海賊団の恐怖の象徴。“飛び六胞”との本格的な戦いが始まった。




作戦内容→ローとの話の内容は時折思い出す形で出していきます。色々話した。
ロー→R棟防衛。と見せかけて……。
お玉→この時点だと極悪非道と思われてそう。能力は極悪。
クイーン→疫災発動。C棟で指示出し。
シーザー→クイーンに恐怖する。くまと一緒にD棟の製造工場へ。
囚人→奴隷である実験動物。一万人収容。
獄卒獣とナンバーズ→まだ出番はある。
ヴェルゴ→ベポ。格闘で戦うから相性が良い筈。
ダイフゴー→SMILE能力者。地味に壁を走れるので天井も走れる(と思う)
チョッパー→チョッパーに疫災弾を使わせたかった(願望)
氷鬼→パンクハザードで疫災発動。発症後1時間で死ぬので、今かかってる人達は普通に死にます。
モネ→カマクラは結構硬い。
ササキ→そんな トリケラトプスは いねェ。
ゾロ→またしても面白動物と対峙。
ぬえちゃん→クイーンに作らせた絡繰兵器の中にはぬえちゃんが発案の物もあります。開発会議は大盛り上がりでした。可愛い。

今回はこんなところで。私事ながらワクチン打ったり歯医者行ったり色々やって秋休み取ってました。
次回からもハチャメチャパンクハザード。そろそろ侍も出てくるかもしれない。くまやらクイーンやらも暴れそうってことで次回もお楽しみに。

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