正体不明の妖怪(になった男)、情緒不安定な百獣の腹心になる 作:黒岩
──どれだけ大きな荒波も最初は人知れず打ち立つさざ波に過ぎない。
そう、どんな嵐だって始まりはほんの僅かな大気の揺らぎだ。歴戦の航海士ですら予測することすら難しい。
つまるところ世界を揺るがす大事件もまた……始まりはちょっとした事をきっかけに始まるのだ──と、私は口にする。
「──幾つもの大事件を起こしてきた私が言うのだから間違いない……ってことで本日のぬえちゃんの格言でした~!! 明日もまた見てね~!! おつぬえ~~~♡」
新世界の早朝は私の可愛い声で始まる。それが今の世界での当たり前だ。
「映像途切れました!!」
「本日の撮影終了です!! お疲れ様でした!!」
「はい、お疲れ~♪ 今日はどうだった?」
「ええ!! バッチリでした!!」
映像電伝虫の映像が途切れ、撮影スタッフを務める部下達が興奮した様子で私を労う言葉を掛けてくると、それに機嫌を良くした私はいつもの可愛い調子で答える。これもまた──アイドルとしての日常だ。
世界一のアイドルである私にとってその活動は今や歌やライブ、
「さーて、早朝の日課も終わったし、朝ごはん朝ごはん~♪」
「はっ! すぐに!! ──おい、持って来い!!」
「はい!!」
私の鼻歌に反応した部下達が慌ただしく動き始める。朝すぐ起きてからの配信。その後の新聞を読みながらの朝食は私のいつものルーティーンであるため、部下も慣れたものである。私を怒らせるのが怖いためか、慌ててしまっている者がいるのは仕方ないことだ。私に恐怖を感じるのは当然だしね、と──そう思っている間に私の前に朝食が運ばれてきたため、私はお行儀よく手を合わせて挨拶をしてから齧りつく。どうやら今日のメニューはパンを中心にした洋食。先日採ってきたばかりの
「わぁ、美味しそう♡ いただきま~す!! ──はむっ♡」
「ぬえさん、今日の新聞です」
「んぐむぐ……ありがとー」
そして朝食にかぶりついてから少し遅れて今日の新聞を受け取る。会社は勿論モルガンズの世界経済新聞だ。私達と親交が深いし、他の新聞社より面白いしね。情報の正確性? そんなものはメアリーズから上がってくるものを確認すればいいからどうでもいい。純粋に情報を得る手段に乏しかった昔ならともかく、今の私が新聞に求めてるのは1にエンタメ。2にエンタメ。3にエンタメだ。ゴシップだろうが捏造だろうが面白ければ何でもいい。……まあそもそも世経以外の新聞社は私達が全部潰しちゃったからこれ以外取れるのがないんだけどね!!
私は新聞を読みながらご馳走を咀嚼して少しずつ飲み込む。可愛いぬえちゃんは女の子だからちょっとずつしか食べられないのだ。マナーもへったくれもないうちの男共とは違う。
「んー……スパンダム~。今日のスケジュールは?」
「へい!! 今日のスケジュ──熱っ!! コーヒーこぼしたァ!! 畜生!! ゼェ……ゼェ……今日はこの後に配信の企画会議と映画の撮影。それが終わったら午後からは奴隷の出荷を見届けて新鬼ヶ島に帰投予定です!! ぬえの姉御!!」
「じゃあ最初は企画会議だね。この前は何したんだっけ?」
「へい!! この間は『村にある井戸の水、全部“豪水”にしてみた』っす!!」
「あーそうだったそうだった。あれは面白かったね~!! 奴隷達がやっとの思いで村に帰って水が飲めると思ったらそれが豪水で……まあ若干出オチ感は否めなかったけど絵的にはインパクト抜群だったし」
「っす!! 豪水シリーズは人気企画ですからね!! それでどうしやしょう、次も豪水で行きますか!?」
「ん~……でも豪水は大体やりきっちゃったからなぁ。豪水を雨にして降らしてみた時もそうだけど、面白いっちゃ面白いけどオチの絵的には代わり映えしないから連続でやると飽きちゃうし。料理に使ってみたら意外と美味しかったのはまた違った面白さがあったけどねー。……ま、適当に考えといて。いつも通り面白そうだったら採用してあげるからさ」
「うっす!! 頑張ります!!」
横の三下丸出しで私の秘書の代役を務めているドジな男──スパンダムにスケジュールを尋ね、ついでに配信の企画の事も口にする。私に取り入ってのし上がってやろう、あるいは美味しい思いをしてやろうという気が見え見えな上、いつもなぜか熱々のコーヒーやらを零すドジでバカな男だが、これでもウチの真打ちであり、割と使えなくもない。特に私の配信(過激で可愛く恐ろしいコンプライアンス無しの何でもあり)の企画内容──人の嫌がるやり方を考えることについては割と有能であり、たまに結構良いアイデアを出してくれるという有能である。バカだけど。まあバカでドジでもいい。人を使うことにも慣れており、ディレクターや監督などの撮影スタッフとしては使えるから近くに置いてやっている。秘書としては……まあソノやバオファンちゃんの手が空いてない時の代理ってところかな?
「んぐんぐ……んー……今日の新聞はまあまあかな。──それで、今日の占いの結果まだ~?
「──しばしお待ちを」
スパンダムとの会話を打ち切り、朝食と新聞を楽しんでいた私は次に少し離れた場所に座る男に占いの結果を催促する。
その相手は“最悪の世代”の1人にして1年前に百獣海賊団に入った真打ちの1人──バジル・ホーキンスだ。
『“最悪の世代”百獣海賊団真打ち“魔術師”バジル・ホーキンス 懸賞金4億4440万ベリー』
「…………“悪魔”の正位置」
「ほうほう。その意味は?」
「……その意味は……」
側にいる時はこれまた日課であるホーキンスの藁人形ズカードによる占い。その結果を口にするホーキンスが長い間を開ける。
その直後に、遠くから近づいてくる騒がしい音と声が届いた。
「大変だぜ~~~!!! ぬえさ~~~~ん!!!」
「!」
「あはは、朝から賑やかだね!! どうしたの、アプー?」
私の呼んだ名前通り、元オンエア海賊団の部下を数名引き連れて慌てた様子で駆け寄ってきたのはこれまた“最悪の世代”でありウチの情報屋として活躍してくれてるスクラッチメン・アプー。
どうやら何か報告があるみたいだ。それも……悪い報告が。
「やべェぜ、ぬえさん!! パンクハザードでクイーンが……!!」
「クイーンが?」
アプーが口にした名前に周囲もざわつく。
百獣海賊団の大看板“疫災のクイーン”。今や名実ともに世界最強の海賊団であるウチの泣く子も黙る大幹部の名前を知らない者は百獣海賊団内どころか新世界にもいないだろう。
そのクイーンに関する報告と聞いて、悪い報告を頭に思い浮かべる者はいないが、アプーの慌てた様子から多くの部下達はまさかと思い浮かべてしまう。表情も「まさか……?」と言った様子だ。
……だが反対に私だけが口端を歪めてしまう。アプーの報告と、ホーキンスの占いの結果をほぼ同時に耳にして──
「──クイーンの奴が、麦わらとドフラミンゴ相手に……しくじりやがった!!!」
「!!? え……」
「その意味は……“裏切り”」
「──へぇ?」
周囲が一瞬、静まり返る。
だがその静けさも耐えられない驚きの衝撃によってすぐに解放された。
「えええええ~~~!!?」
「む、麦わらだと~~~!!? あの野郎……!! またおれ様の邪魔を……!!」
「あのクイーン様が!!?」
「ウソだろ……!! ウチの大看板だぞ!!?」
「ドフラミンゴの野郎……裏切りやがったのか!?」
パンクハザードでのクイーンの任務失敗。
つまるところそれは魚人島でのジャックの失敗に続き、“麦わらの一味”が百獣海賊団にまたしてもそれなりの痛手を食らわせたということだ。
しかも今度は魚人島などという数多く存在する上につぶしが利く奴隷の調達先ではなく……パンクハザードという海賊帝国にとって重要な拠点に打撃を与えてしまった。部下達に動揺が走るのも無理ないことだろう。事を半ば予想していた私でさえ少なからず驚いているのだ。
特に麦わらとドフラミンゴが手を結んだという情報は……大いに笑えるものだ。
「あははは、そっかそっかぁ。成程ね~」
「ぬえさん……あんた、驚かねェのか?」
「ん? 驚いてるよ? それよりクイーンから直接報告が来てないのは何で? まさか死んでるワケはないだろうし、この間のジャックみたいに海に沈められでもしたの?」
「いや、それがどうにも繋がらねェみたいで……」
「……ふ~ん?」
アプーの報告に首を傾げる。通信が繋がらないってなるとドフラミンゴの“鳥カゴ”か念波妨害のツノ電伝虫が思い浮かぶが……まあ後者だろう。前者の方が面白そうで私は好みだが、さすがのフラミンゴ君も本人が直接パンクハザードに乗り込んで鳥かご発動からのクイーンやササキをボコボコにするなんて大胆な事をする筈がない。するような奴だったらもっと気に入ってるし、あれで結構ビビリなところもある可愛い奴だしね。
しかしかといって麦わらの一味がそんな用意周到な事をする可能性は低いし、となると……やっぱ
「それじゃ誰から連絡を?」
「──ローの野郎だ。今島から逃げ去った“麦わら”を追いかけるって報告が来たぜ」
「ふーん。それで研究所は崩壊。クイーンとササキは生きてるけど研究所の崩落に巻き込まれて少しの間動けなくなってる間に麦わらの一味は島を脱出した……ってところかな?」
「! そうだが……何で分かんだよ、ぬえさん!!」
アプーの報告の先を口にし、アプーを含めた周囲の部下達が驚くが……大したことじゃない。何しろ──
「だって──
「……は?」
私は今朝の新聞を広げてそこに載っている記事の見出しを指差す。そこにはこう書いてあった。
『パンクハザード島崩壊!! 主犯は“麦わらの一味”と“ドンキホーテファミリー”か!?』
「……!!」
再び部下達の間に衝撃が走る。
その様はイタズラが成功したと確信するに十分な光景だった。受け取った際に“正体不明の種”を新聞に仕込んだ甲斐があった。
でも……そっか。クイーンまでもしくじったかぁ。
まさか真正面での戦闘で上回られることはないだろうけど、だとしたらどうやってうちのクイーンから逃れたのか。しかもパンクハザードの研究所を丸々破壊されるとは思わなかった。
いやいや……さすがの意外性と言うべきかな。クイーンが失敗するとか、
──が、とはいえ……だ。
「ふふふ……でもここまでされちゃうと……そろそろ“お返し”をしなきゃ……!! 私達の面子が立たないよねぇ?」
「!!」
私は半分ほど残っていた
そうして思うのは海賊としての面子の話だ。ここまでやられてやり返さなければ世界を支配する海賊帝国。ひいては百獣海賊団の名折れ。そろそろわからせてあげないといけないだろう。
「私達に逆らうバカ達を付け上がらせちゃうし……それにこうなったら──
そう、多分まだ彼らは知らない。
ウチの“大看板”に2回も泥を塗り、拠点を2つも落としてしまったその意味を。
世界政府に代わって世界を支配した海賊帝国。その世界一の戦力の厚さを。
ここまで来れば引き返すことは出来ない事を。
私達の最終計画。その最後の大掃除に……“麦わらの一味”もまた含まれてしまった事を。
「……そろそろ私も動いて良さそうだね♡」
世界という大きな舞台が鳴動しているのを感じる。
この流れはもはや全てを飲み込み、片付けるまで止まらない。そう思い、思わず笑みが溢れた。
そう、最後の戦争に向けてやるべきことは幾つか残ってる。そのどれもが重要な事だが……その中でもまずやるべきことは。
──まずはこそこそと
──新世界。
“
そしてそんな島々の中でも、その生きた島は幻の島と名高く新世界の知られざる秘境として船乗りの間では空島と並ぶ伝説として語り継がれていた。
だがその島は確かに存在した。
「ガルチュー!!」
「ガルチュー!! 今日は打ち上げられたばかりの活きのいい魚が揃ってるよ!!」
「行ってきまーす!!」
「友達と遊ぶのに夢中になって遅くなるんじゃないよー!」
「それで、
そこにあるのは確かな人の営み。
だがその姿は普通の人間とはちょっとだけ違う。
純毛によって身体が覆われ、動物を模したような特徴を持つ人々。
1000年の歴史を持ち、独自な文化を育んできた生まれながらの戦士の一族。
彼らの名を“ミンク族”と言い、そのミンク族が住む国こそがこの“モコモ公国”である。
だが真に驚くべきはその公国を背負う──雲をつく巨大な象のこと。
島の名を冠するその“ゾウ”こそ“
陸ではないため“記録指針”でも辿り着けない。辿り着くには島に住むミンク族で作ったビブルカードが必要であり、招かれない者が島を見つけることは困難。まさに幻の島。それが“ゾウ”だった。
──だがその日は……
「! 鐘の音色……!!」
「いや、これは……“歓迎の鐘”じゃない!! ──“敵襲の鐘”だ!!!」
カン、カン、カン、と──激しく連続で鳴らされる鐘の音。
その音色はまるで敵の恐ろしさを一足早く知った見張りの切羽詰まった心情が表れたかのような音色であり、聞く者の心を途端に不安にさせる。
「ハァ……ハァ……敵襲!! 敵襲~~~~!!!」
「嘘だろ……門番は!!?」
「破られた!! 海賊だァ!! 奴らを追い出せェ~~~~~!!!」
モコモ公国の入り口には堅牢な門とそれを守るミンク族の兵士が常駐している。
島に来訪者が現れた際、友好的な者であれば島を治める“公爵”か、くじらの森を根城にしている“親分”に一報を伝えた上で招き入れられる。
だが友好的でない略奪者だった場合、その略奪者は“生まれながらの戦闘種族”とまで言われたミンク族の恐ろしさを知ることになる。
今日もまたそうなる筈だった。門番は突如として島に足を踏み入れた海賊達を相手に務めを全うした。
だが──鎧袖一触。
「おい!! 森が燃えてるぞ!!!」
「マズい!! 火を消さないと!!」
「パオオオオオオオオオオ~~~~~~~~!!!!」
平和な森を裂き、火を放ち、略奪者は進軍した。
ただならぬ熱気に“
だがそれは叶わない。
「何をする!! 森に火をつけるなんて……!!」
「許せない!! ゆガラら、この国から出ていけ!!!」
「──やってみろ。やれるもんならな」
「なっ……!!」
森に火を放った事から始めから戦意に火がつき、頭に血が上ったミンク族の男性が、略奪者の先頭に立っていた巨漢の男の姿をよく確認せずに飛びかかっていく。
だが攻撃は通用せずに、彼の頭は略奪者の手に掴まれた。その後に続くのは……誰もが予想していなかった惨劇。
「ギャアア~~~~!!!」
「!!?」
「な……発火した!!?」
住民達の顔色が一瞬で青くなり、驚愕と恐怖に染まる。
見ればその大男に掴まれたミンク族は突如として燃え盛る炎に包まれ、身体を焼かれていた。
「ァ……ァ……」
「フン」
そして一頻り燃やし、悲鳴が聞こえなくなるとその焦げた男性は床に捨てられる。
不思議な事にミンク族を発火させた大男に火傷で苦しんでいる様子はなく、それどころか背中に炎を背負っていた。
ミンク族は恐れる。彼らもまた特殊な能力と恵まれた身体能力を持つ生まれついての強者だが、相手は大きな黒い翼と炎を背負い、人間を慈悲なく燃やす悪魔だった。
そしてその怪物に率いられる軍勢もまた……残虐な悪魔の手先。
「ギャハハ!! 燃えろ燃えろ~~!!」
「片っ端から火をつけろ!! 森の木々が邪魔だ!! 燃やしちまった方が探しやすい!!! 邪魔する住民は殺せ!!!」
「はっ!! ホテイ様!!」
その軍勢の多くは鬼のような角をつけた者達だった。彼らは一様に松明や火矢を手に持ち、行く手を遮る木々や建物。生きた住民に等しく火をつけ障害を燃やし尽くす。その進撃は止まらない。
「何故……!! 何の目的でこんな事を……!! 要求があるなら言え!!! 物資か!? 金か!? 欲しいものがあるなら渡す!! だからやめてくれ!! せめて公爵様が来るまで……!! 交渉を……!!」
「──必要ない」
「ウ!!?」
「モンジイ!!」
「クソ……!! やるなら相手になってやる!! この国は全員が戦士だ!! 国民全員を敵に回すつもりでかかってこい!!」
そして聞く耳も持たない。ミンク族の町人達の顔役である猿のミンクのモンジイが前に出て略奪者のリーダーと思われる大男に必死の説得を行うが、返ってきたのは無慈悲な拒否の言葉とそれと同時に行われる暴力。燃やされた者達と同じように首を掴まれたモンジイに住民達が悲壮な声を上げる。
だが中には戦い、抵抗を決意する者達も当然いた──が、その者達の牙が略奪者に届くことはない。
「──いや~~ん!! ぺーたんぺーたん!! ちょっとビリっとするでありんす!! あちきこわ~い♡」
「知らねェよ!! どうせ大して効かねェだろ!! 自分で対処しろ!!」
「“エレクトロ”!!」
「対処するって言……ウ!! ──てめェ!! 今私がぺーたんと話してんだろうが!!! あァ!!? くたばりやがれ!!!」
「!!!」
大男以外の略奪者達もまた強かった。中でもマスクをつけた男女が2人。ミンク族特有の“エレクトロ”という電撃を伴った打撃を行うが、その攻撃は彼らの進撃を止める事は出来ず無慈悲に叩きのめされる。女の方は特に、一瞬怒ったものの相手が倒れるとすぐにつまらなそうな様子になる。
「はぁ……せっかくぬえ様の撮影にご一緒させて貰える予定でありんしたのに、クイーンやササキがしくじったせいでこんなところに送られるなんて……最悪でありんす!!」
「いや姉貴……クイーンがしくじる前からこっちに参加してたからそれは関係ねェだろ……」
「関係あるって言え!!!」
「いや現実見ろよ──ぐえェ!! やめろ姉貴……!! 離せ……!!」
「ああん!! いやいやいやでありんす~~~!!! あちきとしたことがぬえさんの撮影の日を忘れてたなんて痛恨の不覚でありんす~~~!!! ぺーたん何とかして!!」
「──黙れクソガキ共!!」
「「誰がガキだ!!!」」
些細な事で騒いでいた2人の姉弟に大男から厳しい言葉が飛ぶが、ガキと言われてすぐに食ってかかる2人。おおよそ惨劇の場に相応しくない振る舞いだが、それもまた強者である証拠だった。
つまるところこの場にいる者達は“敵”となりえない……弱者であると。
「どいつもこいつも……ジャックと違って気が利かねェ奴らだ。遊びじゃねェんだ。手を動かせ。クイーンの間抜けみたいに失敗したいか?」
「わかってるでありんす!! それで……探すのは……ええと、“侍”で良かったでありんすか?」
「バカ!! 違ェよ姉貴!!」
「バカだと~~~~!!?」
「…………まあいい。適当に雑魚を殺していろ。これだけ歯ごたえのない連中ならおれ1人でも十分だ……!!!」
「……!!」
ミンク族は町の中に侵入してくる怪物を恐れ、自然と下がってしまう。
明らかに町民程度では歯が立たない。今回の敵はそこらの海賊とレベルが違う。このままじゃ町民は皆殺しにされる──そんな時だ。“戦士”が現れたのは。
「うおァ!!?」
「!」
町民を襲おうとしていた海賊の1人が、剣を持ったミンク族に斬り伏せられる。
それと同時に町の奥からやってくるのは町民達とは違う──マントや帽子を身にまとったミンク族の戦士の集団。
「“銃士隊”だ!!」
「町民達は森へ下がれ!!」
「敵は彼らに任せろ!!」
「あァ!? 誰だあいつら!!」
「誰でもいいだろ。どの道全員殺すんだ」
「うるティ様!! ページワン様!! おそらく、報告にあったこの国の兵士かと!!」
“銃士隊”と呼ばれるミンク族の兵士達の登場に町民達が沸き立ち、同時に後方へ下がっていく。
海賊達は特に動じることもなかったが、明らかに身のこなしが町民達とは違う相手の登場により好戦的な表情を浮かべた。ミンク族よりも獣らしい──獣の如き笑みを、獣の特徴と共に浮かばせる。
「よくも森を……!! 許さない!!!」
「キャロット!! 止まれ!! やティアはおそらく敵の主力!! そティアでは……!!」
「いや、問題ないワンダ!! こっちでサポートする!! 一斉に掛かれ!!!」
「シシリアン殿!!」
だが“銃士隊”もまた彼らに怯まなかった。森に火をつけられたことで怒りに染まったウサギのミンク──キャロットが先頭に立つ火炎の大男に向かっていき、彼我の戦力差を見た犬のミンクであるワンダが制止の言葉を掛けるが……もう止まらないと見た銃士隊のリーダー格であるライオンのミンク“全力のシシリアン”と更に2人のミンク族がキャロットと共に大男に向かっていく。
「出ていけ!! この国から!!!」
「ガルルルァァアア!!!」
「!!」
「──キングさん!!」
大男はその奇襲に反応したが、キャロットが空中での方向転換で背後に回ったこととシシリアン達が正面から斬りかかったことで奇襲は成功した。キング──そう呼ばれる男にミンク族特有の電撃の攻撃が炸裂する。
ミンク族はその攻撃に少なからずダメージが入ったと思い、士気を上げる。不気味な相手だが、勝てない相手ではないとそう思ったからだ。このまま攻め続ければ勝てるのだと。
──そう思ったのが間違いだとすぐに気付かされる。
「ウ!!?」
「シシリアン殿!!?」
誰もが目を疑う。攻撃を確かに食らった大男が即座に動き出し、左手に握った刀を横に振ることでシシリアンを弾き飛ばしたのだ。
「効いてないのか!!?」
「! 危ない!! 逃げろキャロット!!!」
「!!?」
「“
攻撃を当ててまだ追撃する余地があると判断して近くにいたキャロットが狙われる。ワンダが危険だと声を上げたが、大男は既に右手から発生させた炎を拳に纏い、それを振りかぶっていた。
キャロットが死を覚悟する。ついさっきまで覚悟は出来ていなかったが、大男が炎の拳を振りかぶっている様に否応なく理解させられた。この攻撃を食らえば、自分はタダじゃ済まないと。
そうして走馬灯が過る中、大男は拳を振り下ろし──
「“
「ぐ……!!!」
「……!! イヌアラシ公爵!!!」
──その拳は巨大な犬のミンクの剣によって防がれた。
キャロットを背に置き、覇気と炎を纏った拳を背後に吹き飛ばされる勢いを利用して下がりながらも受け止めてみせる。
その登場に銃士隊が声を上げた。
「公爵様!!」
「イヌアラシ公爵が来たぞ!!!」
「ハァ……ハァ……ゆガラ、は……!!」
モコモ公国の王──イヌアラシ公爵。
この国1番の戦士でもある彼が大男の攻撃を防いだことで士気は僅かに上がった。そして安堵の息を漏らす。僅かにでも遅れていたらキャロットが生き残れたかどうかは分からない。
そしてこの国で1番の戦士である彼がいれば心強いと。
……だがイヌアラシは大男の凄まじい攻撃を受けたことと、その大男に見覚えがあったこと。2つの理由で汗を流してしまっていた。他のミンク族が思うほど余裕はない。彼は理解している。
「! ほう……確かイヌアラシだったか……“赤鞘九人男”の1人……まだ生きていたとはな」
「く……何の用だ!!? 百獣海賊団!!!
今の状況が……どうしようもなく追い詰められてしまっていることを。
イヌアラシには目の前の大男に見覚えがある。忘れもせぬ仇の一味の1人。20年前に刃を交わしたこともある相手だ。
そしてそれゆえに相手もこちらを見知っている。ゆえにしらばっくれることは不可能だとイヌアラシは警戒を解かないまま用件を問い質した。その際にさり気なく、
そして相手もまた彼を見下ろし、告げる。イヌアラシの予想とは全く違う言葉を。
『百獣海賊団大看板“火災のキング” 懸賞金19億9000万ベリー』
「確かにお前らは殺す相手だが、“侍”であることはもうどうでもいいことだ。おれ達の要求──ここを襲った理由は1つ」
言う。百獣海賊団の大看板。誰もが恐れる最高幹部にして災害の筆頭であるキングはこの地を訪れた理由を──
「──“ロード
「!!?」
驚愕と絶句。驚きが表情に出てしまう。
“ロード
だがイヌアラシが驚いた理由はそれではなかった。その理由は──
「……!! 知らん!! ここにはそんな物はない!!!」
「とぼけても無駄だ。ここにある事は分かっている。……だが抵抗しても構わない。お前らの選択肢は2つに1つだ」
イヌアラシは知らぬ存ぜぬを貫き通すしかない。その存在は神聖な物。決して目の前の破壊者達に渡す訳にはいかない。
だがキングもまた確信していた。それがこの場所にあることを。だからこそ、自分がここに来たのだと。百獣海賊団の──カイドウやぬえの目的の為に必要な物を取りに行く。その任務を確実にこなすために。
「“ロード
「……どちらも願い下げだ!! キング!!! 我らはゆガラらの暴力に屈しない!!!」
一思いに死ぬか、地獄を見てから死ぬか。その救いのない2択を突きつけられ、イヌアラシは戦慄する。
交渉は通じない。話し合いなど聞く耳持たない。要求を飲んだところで救いもない。あるのは一方的な破滅の通告だけ。まさに──“災害”だ。
自分達には抗って勝つしか道は残されていない。……だがそうなれば覚悟もまた決まる。
「……なら存分に味わえ!!! カイドウさんとぬえさんの野望の礎にしてやる!!!」
「……!!! プテラノドン……
キングの姿が絶滅した筈の巨大な翼竜──プテラノドンに変化し、イヌアラシに向かって高速で飛翔する。
それを迎え撃ち、銃士隊に檄を飛ばしながらイヌアラシは諦めた。さすがにこんな時まで喧嘩している場合ではないだろうと。
(どうにか私1人で倒せればいいが……!!!)
夕方まで持たせれば交代で攻め立てられる。半日持たせることさえ出来るならこちらの有利だ。
頭の中でそう計算し、イヌアラシは勝算は十分にあると奮起した。キングの強さがイヌアラシの想定を遥かに上回る──
作戦は今のところ順調だった。
ドンキホーテ海賊団の最高幹部であるヴェルゴに成り代わり、彼らと麦わらの一味が手を組んだと見せかけパンクハザードを一晩の内に崩壊させる。
念波妨害のツノ電伝虫の設置。部下達に気づかれないように暗躍しシーザーと、くまも捕らえることが出来た。
これ以上ない滑り出しだ──そう思いながらトラファルガー・ローは目の前の手術台で寝ている患者の治療をようやく終える。
「“麦わらのルフィ”……“氷鬼”に感染し、あのクイーンと戦うとはな……」
こうやって目の前の男を治療するのは2年ぶりであり2度目。相変わらず異常な生命力を見せ、“麦わらのルフィ”は生き残った。
ローが“氷鬼”の抗体を盗み、それを打ち込まなければ助からなかったとはいえ、ローの計算ではそもそもクイーンと戦ってあそこまで追い詰められるとは思ってもみなかった。
1時間程度ではクイーンの体力を削り切ることは出来ない。そのため、ササキも含めてその目をどうやって掻い潜って作戦を成功させるかが肝ではあったが……麦わらのルフィにロロノア・ゾロがまさかあそこまでやるとは……と、ローは自身が招き入れたバカ共の強さにため息をつく。何しろ陰で巨大な“ROOM”を張り、戦いを見ていたローですら期待してしまったのだ。
──まさか……倒せるのか……!!? あの“クイーン”を……!!
そう思ってしまったせいでローの介入は研究所が爆発するギリギリになってしまった。
元より研究所に残ってしまったルフィとゾロを逃がすにはそのタイミングしかなく、そもそも研究所に残ってギリギリまで戦っていたことにはローは言いたいことが山程あるが……それは置いておくしかない。
ともあれ作戦の第一段階は成功した。ローは船内から甲板に出て治療が終わったと報告する。どいつもこいつも一癖ある連中だが、腕は確かだ。あの“海侠のジンベエ”までいる。
おまけに今この船には研究所にいた侍の生き残りや捕らえた状態のシーザーや彼らの仲間であるトナカイ。今は自分の命令も含めて縛っているくまにそれに付きっきりの同世代の海賊のボニーまでいる。
研究所が爆発し、即座にパンクハザードを脱出した。生き残った囚人達には説明をしつつパンクハザードにあった百獣海賊団の戦艦に乗せ、ウチの船で先導することになった。……どうやらその囚人達の仲間の多くがこれから行く先に囚われているとかでついてくることになったが、まあそれはいいだろう。
これからやることを考えれば戦力は出来るだけ多い方がいい。囚人だろうが侍だろうが使いようはある。
“麦わらのルフィ”が目覚めてから次の作戦を説明する。後数時間……下手をすれば半日は目覚めないだろうが、次の目的地に辿り着くまでにまだ時間はある。それくらいになっても問題はないと、ローは航海士の女に目的地を伝え──
「うお~~~!! 坂道になってる!! すげェ~~~!!! 船が速ェ~~~!!!」
「“海坂”じゃ。よくある」
「ねェよ!!」
「…………」
ローは絶句しながら包帯塗れの麦わら帽子の男がはしゃぐ様を見る。他の連中は平然としているが、その男──“麦わらのルフィ”が目覚めたのは僅か1時間後であり、ローの医学の知識、ルフィの身体の状態からしてありえない事だった。しかもあそこまで元気に動くのは医者としてあまりおすすめしない。
他の連中も──
「し、しかし日和様……!! このような連中の船に厄介にならずとも……」
「ならばあなたはついてこなくて結構。今の私にとっては彼らが協力者です。あなたは関係ありません」
「で、ですが……」
「おい侍。お前、研究所が爆発した時に炎を斬っただろ。どういうカラクリだ?」
「む……!! ……貴様に教える義理はない!! この技は門外不出であるからして──」
「“狐火流”です。炎で焼き切り、炎を斬り裂くことを奥義にしている流派ですよ」
「へぇ……そうなのか」
「…………!! もしや……貴様が日和様を誑かして……!!?」
「あ? 何だよ──おわっ!!?」
「ええい!! 日和様に近づく害虫、もとい海賊風情め!! 日和様を誑かした罪、その血で贖って貰う!!! 尋常に決闘だ!!!」
「知らねェよ!! うお!!」
「! 何をしているのですか錦えもん!! やめなさい!!」
……ロロノア・ゾロと光月日和。そして錦えもんという侍は何やら揉めている様子だ。どうやら旧ワノ国の事で色々と確執があるらしい。ローも概要くらいは知っているが……今はいいだろう。日和についても
「なあチョッパー。この抗体って副作用とか大丈夫なのか?」
「ああ、多少身体は熱くなるけど問題は──って、気安く話かけるなウソップ!! おれはご主人様の味方で今は敵なんだからな!! 副作用が酷くなるようなら別の薬を用意するからそうなったら気軽に言えよ!!」
「話しかけていいのか悪いのかわからねェよ!!」
「どうやらその“ご主人様”に従うのが能力みたいね。百獣海賊団の仲間になるように言われているから敵として接しているみたいだけれど……本質は変わってないみたい」
「うるさいぞロビン!! 今のおれはご主人様の家来だ!! お前らと仲良くする気は……あ、でも皆がご主人様につくって言うなら歓迎するぞ!! それならまた仲間になれるし、出来るならそうしてくれ!!」
「成程……でしたら早くチョッパーさんの洗脳を解いてあげないといけませんね」
……また向こうでは洗脳されているチョッパーに対し、麦わらの一味の仲間が話しかけて色々と試している。“ご主人様”と同じ勢力にいるという立場を活かし、だましうちをしてこのトナカイもローが縛って連れてきた。仲間を取り返すことは協力者である彼らたっての頼みであったため、ローも可能な限りそうするように動く。……こっちの希望は最低限しか聞いてくれてないような気がしなくもないが……今のところは順調であるためそれも置いておこう。
「おいトラファルガー!! くまは……こいつはどうにかして元に戻せねェのか!?」
「……それについても話してやる。大人しくしてろ、“大食らい屋”」
「……! ああ、わかってるよ!! 話さなかったら承知しねェからな!!」
「シュロロロロ……ジュエリー・ボニー。そいつは諦めろ。何しろそいつはあのベガパンクが直接改造した──」
「うるせェ!! 鉛玉頭にブチ込むぞ!!!」
「だぺァ!!」
「…………」
……そして甲板で待機状態のままにさせてある元七武海の人間兵器バーソロミュー・くまと最悪の世代の海賊ジュエリー・ボニー。
2人の関係は知ったことではないし、ローも特に情報として知っている訳ではない。一応彼女もまた同盟相手ということになるので、希望は飲むものの、願いが果たされるとは限らないものだ。
とはいえどうやらただならない関係のようだ。大切な関係であることが見てとれる。
──そう、まるで自分と
「…………さて、そろそろいいか」
「!」
ローは頭の中からその記憶を一旦しまい込み、甲板にいる協力者達に向けて口を開く。
自分の目的を遂げるためにも、今は次の作戦に向けて動くことが重要だ。百獣海賊団に海賊帝国はこうやっていつまでも呑気にさせてくれるほど甘くはない。パンクハザードが崩壊したことはすぐにバレる。そうなれば追手が差し向けられるのも時間の問題だ。自分の裏切りが露見しない保証もない。
「次の作戦の説明をする──いいか? “麦わら屋”」
「おお、そうだった!! 次の作戦教えろ!! よしみんな集まれーっ!!」
海を見てはしゃいでいたルフィにも確認を取り、集まったところでローは口にした。
次の狙いは──“ドレスローザ”だと。
「ドレスローザ!!? そこにサンジがいるのか!!?」
新世界の海を航海するサウザンド・サニー号。海中にはローのポーラー・タンク号も追随し、同盟の仲間が揃う中、ローの言葉を聞いた“麦わらの一味”の反応はルフィの仲間の場所の確認から始まった。
「そうとは限らない。いる可能性はあるが、まずは順番だ。そっちの洗脳を解く」
「チョッパーの事か!! ならそこに行けばチョッパーを治せるって事か!!」
「可能性は高い。パンクハザードから出た船は2つ……そのうち百獣海賊団の船はドレスローザに向かったと確認が取れている。そこに目的があり、いるのならばそれで良し。補給のために向かったにせよ、情報は集まる筈だ」
「そうか、よかった!!」
「おいルフィ!! ご主人様に会いに行くのはいいがぶっ飛ばしたりするなよ!! ご主人様はか弱いんだからな!!」
ローの説明にルフィを含めた仲間達が納得する。洗脳を受けているチョッパーが騒いだが、麦わらの一味はそれに反応はしない。思うところはあってもそれがチョッパーの本心でないと分かっているからだ。そんなチョッパーに言い返しても何にもならない。
そして続いてローは説明する──人造悪魔の実“
「パンクハザードでシーザーを誘拐し、工場を破壊した。工場の破壊は“SAD”を破壊するためのもの。そしてその工場を管理していたのは表向きの“ジョーカー”である海賊……ドンキホーテ・ドフラミンゴだ」
「ん? 表向き?」
「……順序立てて話す。ドフラミンゴは海賊帝国の流通を取り仕切っている傘下の海賊だ。人造悪魔の実“SMILE”の取り引きを潰し、戦力を削る。そのためにうちの航海士をヴェルゴ……敵の幹部と入れ替え、お前達とドンキホーテファミリーが手を組んで反逆を目論んでいるように見せかけた」
「でもそれじゃ追手がおれ達の方にも来るんじゃねェか!!?」
「ああ。だが拠点を持たず、居場所が特定出来ないお前達とは違い……ドフラミンゴには“ドレスローザ”という奴が支配する王国がある。追手を差し向けられるのはまず連中が先だ。敵からすればドフラミンゴを叩いてから情報を引き出せばいい。その方が効率的だ」
「な……成程な……」
ビビリであるウソップが追手を差し向けられることについて警戒したものの、ローは今はまだ心配はないと告げる。時間の問題ではあるものの、少なくともドフラミンゴが潰されるまでは時間の猶予があるだろうと。
「ドフラミンゴは裏切りを咎められ、百獣海賊団に下るように言われるだろうが……奴はそれを呑むことはない。激しい戦いになるだろう。そうなればドフラミンゴを消しつつ、百獣海賊団の戦力も少なからず削ることが出来る」
「成程な……でも海賊帝国ってのは百獣海賊団だけじゃねェんだろう? そっちは大丈夫なのか?」
「ああ。そっちについても協力者がいる。そろそろ連絡が来る筈──来たな」
フランキーが百獣海賊団だけでなく、もう片方については大丈夫なのかと確認を取ると、ローは頷いた。懐の電伝虫が鳴り響き、受話器を取る。
「協力者? トラ男!! おれ達以外にも同盟がいるのか!!?」
「……利害が一致した協力者だ。こっちはそんな生易しい間柄じゃない……ちょっと静かにしてろ──“医者”」
『──“
「ああ。向こうはどうだ? “城”から何か連絡は?」
(! この声……)
ローは電伝虫を取るなり、まずは合言葉を口にする。盗聴対策だ。一応白電伝虫は用意してあるとはいえ、どこに目があり耳があるのか分からない。
相手が答えるとローはすぐさま用件を伝えた。──麦わらの一味の一部はその声にどこか聞き覚えがあると首を傾げ、ロビンなどは密かに確信を持ったが、何も言わない。言えばルフィが騒ぐのは目に見えていた。
『向こうは今のところお前に近づく動きはない。新入りの“騎士”が入ったとは聞いたが……それくらいだ』
「(騎士……?) ……ああ、わかった。なら
『
「! ……ああ。新聞を見たら分かると思うが……こっちは“麦”と同盟を組んだ。これから麦と行動を共にする」
『……フン……
電伝虫の向こう側で男が鼻を鳴らす。その男にとって“麦”というのは色々と思うところがある相手だ。
過去の遺恨などとうにないが、それでもその連中の厄介さだけは思い知っている。ゆえに男は納得した。その連中ならば海賊帝国相手への良い目眩ましになると。
──何しろ“麦”ほど騒がしく読めない相手はいないのだから。
『……なら精々連中を上手く使うんだな』
「ああ。そっちも“ジョーカー”には気をつけろ」
『……また連絡する。お前が奴らを引っ掻き回してくれることを祈ってるぜ……!!』
互いに伝えるべきことを伝え、必要最低限のやり取りを終えるとローは電伝虫を切る。この協力者達は3人とも無駄を嫌う質であるため、必然的に会話は必要最低限、伝える必要なものだけに限っていた。ローにとっては一年間続けているものであるため慣れたものである。
「……はぁ~~……息が詰まるところだったぜ」
「……トラ男くん。あなたを疑うワケではないけれど……
「言っただろう。利害の一致だ。互いに利がある限りは裏切ることはない。情報も信頼出来る……さて、これでもう片方については問題ない。話を続ける」
だが麦わらの一味の小心者の面々にとっては慣れないものであっただろう。ウソップやナミなどが胸を撫で下ろす。……そしてロビンが電伝虫の相手のことを察してローに確認するが、ローはそれも問題ないだろうと返す。ロビンはそれに納得した。彼女もまた相手を知っている。利害の一致がある限りは裏切らないだろうという彼の推測は当たっているだろうと。
そしてここまで話し、ローは続きを口にしようとした。隙を見てのドレスローザでの工場の破壊。そしてその先に続く本命の作戦を伝えようとする。
「おい!! こっちの話はどうなんだ!? こいつは元に戻せるのかよ!!」
「おいトラ男。さっきから言ってる“ジョーカー”ってのは何だ?」
だがそこで我慢出来ずに口を挟んだ者が2人いた。
1人はくまの安否が気になってしょうがないジュエリー・ボニー。
もう1人は空気を読まずに疑問になったことを口にするモンキー・D・ルフィ。2人の疑問を聞いて、ローはそれらを同時に答えることが出来ると希望に応えてそれを説明することにする。
「……そうだな。それについても話しておこう。──この海賊帝国を倒すための作戦。今のところは順調だが……それが露見する可能性の高い2人を教えておく」
「2人?」
「ああ。1人は……百獣海賊団副総督──“妖獣のぬえ”。奴は“正体不明”を操る能力を持ち、人の認識を騙すことが出来る」
ローは告げる。この2年で百獣海賊団に入ってその恐ろしさを身に沁みて理解したのだ。
ローに覇気の修行や能力の“覚醒”について教えたそのぬえこそが間違いなく情報戦における脅威だろう。ぬえの能力は底知れない。本人もまたそうだが、奴が何を知っていて何を知っていないのか、ローには推し量ることが出来ないのだ。それは名前を出しただけで顔を青くしたシーザーからも見て取れる。
ゆえに1番の懸念事項と言えるが、分からないがゆえにどの程度支障が出るかの計算が出来ない。
だからこそ現実的な近い脅威としては後者の方が上だとローは考える。
その相手こそ──。
──新世界……“ドレスローザ”。
愛と情熱とオモチャの国──それがドレスローザを形容する言葉だ。
この国の花々は芳しく、見る者の心を癒やし。
自慢の料理は香ばしく、舌鼓を打たせ。
そして女達の情熱的な踊りは男を恋に落とす。
人間と共存するオモチャ達は面白おかしく、そして人間達の役に立ってくれる。
人間の本能を刺激し、楽しませるコロシアムも存在するその王国は、“世界政府”が滅んでも変わることない繁栄を享受していた。
それはその王国が──正確には国王である海賊“天夜叉”ドンキホーテ・ドフラミンゴが海賊帝国傘下に加わったからこそである。
ゆえに国民達は王に、ファミリーに感謝した。たとえ裏で何をしていようとも、それが露見することは決してなく、誰の記憶にも残らない。
ファミリーの下っ端や幹部もまたその地位と恩恵を存分に享受していた。そしてその日々はまだしばらく続くだろう。誰もがそう思って疑わない。
──きっかけは今朝の朝刊と一匹の電伝虫だ。
「何だと……!!?」
王の寝室。一昔前はリク一族が使用していたその部屋の主は、今やドフラミンゴの物。
そしてその部屋の中でドフラミンゴは今日の朝刊を見て声を荒げた。そこに載っていたのは彼にとって寝耳に水の大事件。
「パンクハザードの崩壊……!!? おれ達と麦わらの一味の同盟……!!? どういうことだ!!!」
闇に手を広げる表のジョーカーである彼にとってもその一件は全く身に覚えがない。典型的な嘘の記事だった。
確かにドフラミンゴは今の地位に決して満足している訳ではない。ドレスローザの国王という地位は多少は彼を満足させたが、本来彼が居た地位を考えると一国の王など大した地位ではないのだ。
ドフラミンゴは今でも虎視眈々と力を蓄え、隙を窺い、世界を支配することを目論んでいる。闇の中での取り引きや、パンクハザードの管理もそのために必要なこと。
彼は怪物達の手綱を引くことで世界を動かし、いつか世界の支配者に取って代わるつもりだった。そのための策謀を常に頭の中で計算している──そんな彼が、ぽっと出の麦わらの一味と組んで百獣海賊団に喧嘩を売るようなことをする筈がない。
「一体どうなってる……!! モネは……ヴェルゴは何をやっているんだ!!?」
パンクハザードには自身が最も信頼する右腕と幹部を送り込んでいる。その彼らがいれば大抵の問題は対処し、どうにも出来ない問題であればすぐにこちらに連絡してくる筈。
だがそれがない。足場を揺るがす突然の大事件。それにドフラミンゴは驚き、焦り、事態を把握しようと脳を働かせる。
「!」
だがそこで電伝虫が鳴り響いた。自分へ繋がる電伝虫。そこに掛けてくる相手は限られている。十中八九──
だが取らないという選択肢はない。前者相手への無視はマズいし、後者だとしたら──
「──誰だ……?」
『……おれ、だ……ドフィ……!!』
「!!? ヴェルゴか!!?」
普段の笑みなど見る影もなく、息を飲んで電伝虫を取る。すると聞き覚えのあるか細い声が聞こえてきた。
忘れる筈もない。電伝虫の相手は怪物ではなく──ヴェルゴだ。
「ヴェルゴ!! 今何をしている!!? モネは……いや、パンクハザードはどうなった!!? どうなってる!!?」
『……ローに嵌められた……ドフィ……パンクハザードは崩壊した……モネも……そしておれももう助からない……』
「!! ローが……!!」
ローと聞いてドフラミンゴは合点がいく。トラファルガー・ローだ。
“最悪の世代”の海賊であり、百獣海賊団の飛び六胞にまで上り詰めた男だが、ドフラミンゴ達にとってはそんな肩書だけじゃ言い表せない相手だ。
何しろローは──ドンキホーテ海賊団の元見習い。彼に海賊としての全てを教えたのは紛れもない彼と彼のファミリーなのだ。
ドフラミンゴにとってローは欠かすことの出来ない大事なピースであり、ローにとってのドフラミンゴは……憎き仇敵。それが2人の関係性だ。
そのローがヴェルゴとモネを……いや、ドフラミンゴを陥れた。以前から何かを企んでいることは察していたが、まさかこのタイミングでそこを突いてくるとは。正に“最悪”だ。
『聞け……ドフィ……!! おそらくもうクイーンからの報告が行っている……!! ゲホッ!! ガハッ!! ハァ……ハァ……追手が来るのは時間の問題だ……!! だからおれ達の事は──』
「──若!! 大変だ、若!!」
「! グラディウス……!!」
ヴェルゴが最期の間際に伝えるべきことを伝えようとした瞬間──荒々しく部屋の扉が開け放たれ、ファミリーの幹部が入ってくる。相手はグラディウス。特攻部隊であるピーカ軍の幹部だ。
実直で忠誠心の高い男である彼が慌てた様子で部屋に入ってくる。それだけでただならぬ事態であることは想像がつく。ヴェルゴとの電伝虫を繋げたまま、グラディウスからの報告を聞いた。
「!!? 何の音だ……!!」
「若……!! 港に……いや、
──だが、聞かなくてもわかった。
王宮の窓から外を見る。それだけでも見ることが出来た──その綺羅びやかな光は。
「お待ちを!! 今ファミリーの幹部に掛け合っています!! それまではここでお待ち頂くようにと……!!」
「…………」
──ドレスローザの西の港。
そこには巨大な島かと見紛う程の船が着港していた。
綺羅びやかな光が漏れ出るその島から伸びる連結用の跳ね橋。港に渡されたその橋から出てくるのは角をトレードマークにしている海賊達。
その先頭に立つのは赤い傘を差し、赤のドレスの上に白い上着を羽織った、目元を薄い布で隠している1人の美女だった。
その傍ら。半歩後ろにはピンク色のスーツを着たオールバックの男。全身に黄金の装飾品を身に着けた3メートル程の長身の彼は背後にある楽園の支配者であり、今は目上の美女をエスコートする役割を持っていた。
そしてその背後には何人かの幹部と思われる者達。彼らもまた先頭に立つ彼女には敵わずとも──怪物達である。
だが誰よりも恐るべきは先頭の美女だった。最高品質と思われる赤いドレスから伸びる長い手足やメリハリのあるボディに、出迎えと足止めを命じられたドンキホーテ・ファミリーの下っ端は思わず目を奪われるが……それがどうしようもなく命知らずな行為であることには気づけない。
「ギャア!!」
真っ先に声を掛けた男──彼の首筋に美女の指が突き刺さる。
それは政府の戦闘術である“六式”の1つ……“指銃”。それに間違いなかったが──そこから続く技はそれとは全く関係のないものだった。
「あ……アア……♡ 良い……気分、だ……♡ ア、アァァ……!!」
「ヒイ!!? 何だあれは!!?」
「吸われてる……!!?」
指を突き刺された男性が、徐々に干からびていく。
皮膚がしわがれ、声も老人のものに。急速に老いていく下っ端の男だが、その表情も声も恍惚としたもので、目の当たりにした者達は光景の異様さを恐れる。
「──ご馳走様♡」
「……!!」
そしてその指が離れた時──男は全身の血を吸われ、失血死と同時に
女が舌舐めずりし、食事の挨拶を行い、再び歩き始める。その歩みを止められる者はもはやこの場にはいない。
「マズい血ね。私の好みのS型ではないみたいだけど……ねえテゾーロ。ドフラミンゴは何型だったかしら?」
「さァ……私は存じ上げません。ですがこの国は美女が多いと有名だ。あなた好みのS型の美女も大勢いるかと。そちらでお口直ししては?」
「フフフ、それもそうね」
カツカツとハイヒールの音を響かせ、伴を連れて向かっていくのはこの国の王宮。
それを見守る下っ端の多くは彼女の恐ろしさを知っている。彼女こそ、海賊帝国の片翼。百獣海賊団の大看板の1人。
──一方、海上でローは言った。
「くまはベガパンクが直接改造した。その制御にはロックが掛けられており、ベガパンク以外だと世界政府の……限られた一部の人間にしか解除することが出来ない」
「え……!!? じゃあ百獣海賊団はどうやってくまを奪ったんだ……!!?」
告げる。その理由は、彼女にこそあると。
「
そう、それこそが表の代理ではない、ドフラミンゴをも凌ぐ──裏の
「元政府の諜報員。CP0の一員であり百獣海賊団の諜報を統括する魔女──大看板“戦災のジョーカー”」
──彼女の役目の1つは……内部の裏切り者を粛清すること。
『逃げろ……ドフィ……!! 追手が来る前に……!!』
「……!! もう遅い……!!」
ドフラミンゴは相棒の最期の言葉に応えながら顔を青くした。
裏切り者を消す。そのために彼女は今、軍勢を引き連れて島を訪れたのだ。
『百獣海賊団大看板“戦災のジョーカー” 懸賞金18億4000万ベリー』
「──裏切り者の血の味……楽しみね♡」
その手に──
配信→スプラッタでホラーでキュートでエキサイティングなバラエティ配信。裏の世界で大人気。
豪水→チャカ様の呪術用具。必須品。
スパンダム→真打ちでぬえちゃんのディレクターやら監督を任されてる。意外な出世。人を使うのが上手。
ホーキンス→ぬえちゃんの朝の占い担当。
アプー→情報屋。音響及び音楽担当。
ゾウ→生まれついての戦士が住む秘境。捕獲レベル1万くらいはありそう。
キャロット→殺されかける。
イヌアラシ→バレてるので狙いを自分に返させたが、意味ない。
うるぺー姉弟→いつもの。任務が任務なので飛び六胞も2人投入。
ホテイ→地味に真打ちとして頑張ってます。真打ちの中じゃ上澄み。
キング→ルナーリアパワー×古代種パワー×本人の実力=相手は死ぬ。
囚人→そこそこ助かったけどそこそこ死んだ。さすがにチョッパーみたいに抗体を霧にするのは無茶。でも戦力はそこそこです。
ルフィ→氷鬼の抗体とローの治療で助かる。大体ローのおかげだけど生命力バグ。
錦えもん→日和がルフィの船に乗ってるので同乗。まだルフィ達を認めてはいない。目下ゾロを目の敵にしてる。
日和→結構キレてる。ローと話をした。
ゾロ→負傷は軽い(当社比)
チョッパー→ご主人様優先。実は麦わらの一味が百獣海賊団に入れば仲良く出来る。
ボニー→今はくまのことしか頭にない。早くくまとの関係を原作で明かせ()
くま→ローによる強制スリープモード。早くボニーとの関係を明かしてくれ()
シーザー→原作通り捕まる。ローに切られただけなので負傷は実はない。心臓は抜かれました。
ロー→大抵の問題が解決したり引き伸ばしに成功できてるのは大抵がローのおかげ。MVP過ぎる。名誉麦わらの一味に加えて差し上げろ。
協力者→医者と砂と城同盟。全員頭良いし暗躍上手。知能だけならここが1番怖い。
ロビン→砂の正体。考察するまでもなく バ レ バ レ
ドフラミンゴ→可哀想。被害者。
ヴェルゴ→放置すれば死にます。
黄金→ドフラミンゴと同格なのにこっちは恵まれてる。
ジョーカー→好きな血液型は自分と同じS型。
ぬえちゃん→ぬえちゃんファンは不安よな。可愛いぬえちゃん、動きます。
今回はこんなところで。パンクハザード編終了。色んなところで動きがある世界情勢みたいな回。次回も続きます。次回は新政府の描写も。
ということで次の章はドレスローザ&グラン・テゾーロ編。こっからはまた戦力過多です。原作以上に登場人物多いです。お楽しみに。
感想、評価、良ければお待ちしております。
それとキングことアルベル君のあれこれが判明したのでキング登場回を加筆してたりします。主に初登場の『KING』の回とか。そちらも良ければご確認下さい。