正体不明の妖怪(になった男)、情緒不安定な百獣の腹心になる   作:黒岩

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ブラインド

 ──その男は少年にとってかけがえのない“恩人”だった。

 

 彼は今まで多くの人々に助けられてきた少年にとっての“原点”ともいえる男であり、自由を愛する海賊という生き様を教えて貰った教師であり、約束を結ぶと共に期待を掛けてくれた──超えるべき相手でもある。

 少年にとっては彼は楽天的で少し意地悪で酒飲みで……そして優しく、友情に厚い男だった。

 だがそれはあくまで──少年から見た話。

 

「久し振りだな……12年振りになるか……戦争の時は会えなかったもんな」

 

「……!!」

 

「なぜ……ここに“四皇”が……!!?」

 

 その男は多くの海賊、そして市民にとって畏怖を抱かれていた。

 24年前、大海賊時代が幕を開け、海に漕ぎ出した星の数ほどの海賊達。その多くは前時代から君臨する覇者達──“四皇”によって打ちのめされて挫折し、癒えない傷を負うか、あるいは物言わぬ屍となった。

 だがそんな海賊達の中でその男は成り上がった。

 “偉大なる航路(グランドライン)”の強豪海賊達を仲間達と共に次々と撃破し、“鷹の目”との伝説とも謳われる決闘の日々を経て、四皇達に挑み続けた。

 そうして勢力を広げ、もはや敵は四皇以外にいなくなったと言われ始めた6年前──彼は“四皇”の一角に数えられるようになった。それぞれが独自に名を高め、海賊団としても“鉄壁”と謳われたその男の海賊団。彼のトレードマークであるその特徴を名に付け、左目の“3本傷の髑髏”を掲げる彼の名をこう呼ぶ。

 

「……シャン、クス……!!!」

 

「──よう、ルフィ。やっと会えたな」

 

 “四皇”赤髪海賊団大頭──“赤髪のシャンクス”。

 モンキー・D・ルフィにとっての憧れであり、最大の乗り越えるべき壁である海賊。シャンクスとルフィは遂に──再会を果たしていた。

 

「…………!」

 

『この帽子をお前に預ける。おれの大切な帽子だ』

 

 言葉も無く驚き、面食らうルフィの脳裏に過去の記憶が流れ出す。

 

『いつかきっと返しに来い。立派な海賊になってな』

 

「……シャンクス……」

 

 左手で頭を──彼から預かった“麦わら帽子”を押さえながらその名を呼ぶ。

 徐々に実感が湧いて来る。それと共にルフィの表情は笑みに変わっていく。今がドフラミンゴとの交渉という油断できない状況であることも忘れて。

 

「……ルフィ。お前とは……色々と話したいことがあった。何から話せばいいか迷うが……だが今は()()()()()()()()()()

 

「!」

 

「ルフィ。今日ここでお前に会いに来たのは……お前に頼みがあって来たんだ」

 

「……え……!?」

 

 だが、再会を喜ぼうとしたルフィの機先を制するように、シャンクスは真剣な表情でルフィに告げた。

 それは昔、気のいい海賊としての顔ではない。どこか非情さすら垣間見えるような、多くの海賊達が畏怖する──“四皇”としての顔で。

 

「──百獣海賊団から……いや、“海賊帝国”から手を引け。それを頼みに来た」

 

「!!?」

 

 ルフィ達に、そんな意外な頼みを口にする。

 ルフィにとってはまさかシャンクスがそんなことを言うとは思ってもみなかったものであり、思わず絶句し、シャンクスのことをそれほど知らないジンベエら仲間達も同様に驚きを見せる。唯一、ドフラミンゴらだけが変わらず薄ら笑いを浮かべていたが、口を挟むようなことはない。

 今この場の主導権は“赤髪のシャンクス”にあった。ルフィ達が落ち着くことを待つことなく、シャンクスは続いて理由を述べる。

 

「ルフィ……お前とお前の集めた仲間達が強いのは分かる。こうして対面して驚いたよ……随分と、多くの荒波を乗り越えたんだろうな」

 

 ルフィ達のその成長。強さをシャンクスはまず認めてみせる。

 実際、その“シャンクス”から見てもルフィ達の強さとその成長は末恐ろしいものだ。今の時点で百獣海賊団の“大看板”を出し抜き、正面から戦ってみせる強さ。そのレベルまでたった2年程のルーキー。若造が到達してみせる異常な成長性は、いずれ“四皇”に傷を付けてしまいかねない程の類まれなる海賊の原石だろう。それは認めると、告げた上で──

 

「だが……お前達では無理だ。“カイドウ”に“ビッグマム”……そして“ぬえ”……奴らはお前の手に余る。今はまだ、挑むべきじゃない。今挑めば……容赦なく殺される!!!」

 

 シャンクスは強く断言する。

 目をかけたルフィとその仲間を心の内では心配しながらも、その面を出さずに真剣な表情で彼我の戦力差を伝えてみせる。

 この海に君臨する覇者達。それと同格に並べられる“四皇”の“赤髪のシャンクス”から見れば、ルフィ達の強さではそれを乗り越えてはいけないと。

 だがそこで気になることがあるとジンベエが口を開く。ルフィが無言のまま、何も言わないのを横目で見て、一言断った上で、

 

「……口を挟ませて貰うが……“赤髪”の。それならこれはどういうワケじゃ? お前さんらはドフラミンゴと手を組み、そしてわしらにも手を結べと言う……じゃがお前さんらは海賊帝国と事を構えるつもりなんじゃろ? 手を引けと言うなら同盟を結ぶ必要はないハズじゃ」

 

「! ジンベエか……さっきドフラミンゴから伝えられたと思うが……海賊帝国はこちらで相手をする。お前達はそれを邪魔する“新政府軍”の相手をしてもらえればそれでいい。これ以上、カイドウやぬえを怒らせるようなことは控えろ。矛先をずらすのも限界がある」

 

「……新政府軍は、あなた達の味方ではないと?」

 

「そっちは……確かニコ・ロビンか……おれ達は海賊。それ以上でも以下でもない。風向きと状況が許せば協力もするが……おれも相手にも立場がある。そう安々と秩序を掲げる組織と海賊は手を組めない」

 

 ジンベエの疑問にも答え、続くロビンの質問にもシャンクスは答えた。

 確かに赤髪海賊団と新政府軍は海賊帝国に対して時には協力し、その侵攻を跳ね除けることをしてきた。敵の敵は味方。海賊帝国と真正面から戦っては勝てない。ゆえに互いにあまり敵対せず、事を進めてきた。

 だがそれはあくまで利害が一致しただけに過ぎない。少し前の四皇同士の関係性に近い関係を赤髪海賊団とバギー海賊団率いる海賊同盟と新政府軍は保っているのだとシャンクスは言う。

 民衆の意志を掲げる組織と海賊……今の海賊に恨みを持つ民衆が多くいる世情の中で、海賊と大っぴらに手を組むことは憚られることなのだ。

 そしてそれはシャンクス達にとっても同じ。相手が“政府”でこちらが海賊である限り、基本的には相容れない存在なのだ。

 仮に海賊帝国がいなくなれば、敵対することになる。シャンクスは暗にそれを告げる。

 

「そして今回は状況が悪い。新政府軍が横槍を入れてくると……相手は“大看板”だけじゃない。それより上の怪物を招き寄せる可能性がある……!!!」

 

「……! それはまさか……!!」

 

 続くシャンクスの言葉に、ジンベエが一足先に気づく。シャンクスの告げる“怪物”。大看板よりも上の存在となると予想される人物はこの世に2匹しかいない。

 

「そう──“カイドウ”と“ぬえ”……!!! 奴らがここでの戦いに参戦してくる可能性がある……!!」

 

「“四皇”にその腹心が……!!? それは確かなんですか……!!?」

 

「そうなる可能性が高い。今、連中は相手をドンキホーテ・ファミリーと麦わらの一味だけに想定している。おれがここにいることも、新政府軍がここに来ることも見積もりには入れていない……!! だからこそ敵はジョーカーの軍団だけに留まっているが、向こうの想定以上に敵が多い場合、相手は増援を要請するだろう。その場合、あの“怪物”2匹のどちらかがこのドレスローザにやって来るだろう……!! 敵に新政府軍の大将が2人いるとなると、ジョーカーだけでは手に余る」

 

 最強生物と最恐生物。その2匹の怪物がこの島にやってくるようなことがあれば、部下を連れてきていないシャンクスとドフラミンゴ達では抑えきれない。少なくともこの島は滅び、麦わらの一味とドンキホーテファミリーは殺されるだろう。

 

「……!! でも……新政府軍が来ることが決まっているなら、私達がその相手をしなくてもその可能性は……」

 

「ああ。だからギリギリまで手札を隠す。あの百獣海賊団と言えどもあの2人を遊ばせておく余裕は今の世情にない。お前達が新政府軍の相手をするとなれば、ジョーカーはその状況を利用して両者の共倒れを狙うだろう。あの女ならそう考えても不思議ではない。そうなるとジョーカーは、援軍を要請しなくても自分達だけで済む話だと考え、ドフラミンゴを討ち、その後に疲弊した麦わらの一味、あるいは新政府軍を叩くことを考えるハズだ」

 

 そう、ジョーカーの異名は“戦災”。

 その名には民間人を利用し、民間人ごと滅ぼすだけではなく、情報で敵を踊らせて戦争を起こし、敵を共倒れにさせる裏の意味も込められている。

 直接手を下さずとも敵を破滅させる魔女。その“戦災のジョーカー”ならその名のプライドに掛けて、この状況すら利用し、カイドウやぬえの力を借りずとも敵を滅ぼすことを考える。

 

 ──そして、だからこそそれが“好機”なのだ。

 

「だが、そう上手くはいかせない……!! おれがここまで潜り込むことに成功した以上、ここで奴を討って海賊帝国の戦力を削る……!!!」

 

「……!!!」

 

 そう、“赤髪のシャンクス”ならば“大看板”の一角を落とすことが出来る。

 なにせシャンクスは“カイドウ”や“ビッグマム”とも肩を並べる四皇の1人。最高幹部如きで──“ぬえ”は例外としても──太刀打ち出来るほどその名は安くはない。

 隙を見つけ、機を見つけた以上は討ち漏らすようなことは決してしない。その名にはそれを信ずるに足る説得力がある。

 

「だからそのための隙をお前達で作ってほしい……!! カイドウやぬえが参戦すれば、おれはそちらに掛かりっきりになる。あるいはおれの存在が早期に奴らにバレれば、ジョーカーは姿を消して撤退するだろう。新政府軍が何の障害もなくこの戦いに参戦してもそれは同じ……撤退か、最高戦力を呼び寄せての徹底抗戦か──どちらにしても旗色が悪い」

 

 ジョーカーを討てずに逃げられても、カイドウかぬえがこの場にやって来ても、どちらにせよ削られるのは海賊帝国以外の勢力だ。

 そして今の情勢でこれ以上分を悪くする訳にはいかない。今の一進一退の状況は非常に繊細な綱渡りによって生み出されている。

 一度大敗するようなことがあれば一気に滅ぶ──その大敗の隙を生まないためにも、ここで仕損じる訳にはいかない。

 だからこそ“四皇”という肩書を持つシャンクスはここで海賊としての仁義を切る。

 

「だから頼む……!!! ルフィ……お前と……仲間の安全のためでもある。海賊帝国から手を引き、おれに協力してくれ……!!!」

 

「…………」

 

 頭を下げ、頼み込む。海の皇帝の1人である“赤髪”のそれは“赤髪”であるからこそ誠意がより伝わる。

 そして名声の差があるとはいえ、敵同士で相手に頼み込む以上は頭を下げる──それが“赤髪”なりの筋の通し方。海賊としての対応。

 ルフィを──立派な海賊だと認めたからこその対応だ。だからこそ、面と向かって頭を下げて頼み込む。

 

「……どうするんじゃ……ルフィ?」

 

「…………」

 

 そして“赤髪”程の男が頭を下げた以上、ただの船員である彼らには口出し出来ない。もう話は終わった。たとえ元七武海として名の知れた“海侠のジンベエ”だとしても、今はただの船員の1人。

 そして本来の交渉相手であるドフラミンゴでさえ、この場ではシャンクスの陰に控えるしかない。今この場で意見を表明するべきはたった1人だ。

 

 ──だが、

 

「…………」

 

「……ルフィ?」

 

 その男が……中々口を開かない。

 思えば先程から、シャンクスが現れてから話し始めてからずっとそうだった。見かねたロビンが声を掛けるも、ルフィはただ無言。目元は麦わら帽子で隠れてあまり見えない。答えを求められている。それはルフィも理解していた。

 だからややあって……ようやくルフィは顔を上げて口を開く。

 

「…………よし!! 決めた!!!」

 

「! ……聞かせてくれるか? ルフィ」

 

 シャンクスは期待と信頼を込めてルフィの名前を呼ぶ。立派な海賊として、自分の求める答えを口に出してくれると──

 

「──おれと決闘だ!!!」

 

「…………!!?」

 

「なっ……!!?」

 

「る、ルフィさん!!?」

 

 ──予想だにしない答えだった。

 ようやく顔を上げた“麦わらのルフィ”の答え。大声で“シャンクス”に向かって告げたその要求に、その場にいる全ての人間が表情を変化させる。

 そしてそれはシャンクスもまた例外ではない。彼もまた驚き、しかし平静であるように努めてゆっくりと声を出す。

 

「……何を言ってるんだ?」

 

「…………? シャンクスこそ何言ってんだ!! なんかさっきからおかしいぞ!!」

 

「え……?」

 

「どういうことじゃルフィ!!?」

 

 仲間達ですらルフィの言葉の真意を読み取れない。シャンクスをおかしいと評したその失礼極まりない言動に、仲間達がその理由を問いかける。するとルフィは堂々と正面から告げた。

 

「なんかごちゃごちゃ言ってたけど……まずは約束が先だ!!」

 

「約束……──ああ、そうだったな……」

 

 ルフィのその言葉にまず真っ先にシャンクスがそれに気づく。ルフィと約束を交わした人物、その張本人なのだから当然だった。

 今はそんな場合じゃないと後回しにしていたが、ルフィが望むならば是非もない。ならまず先に約束を履行しようとシャンクスは左手を前に出し、

 

「ならルフィ。まずは約束を果たそう──さァ、()()()()()()()()()()

 

「わかった!! なら先に決闘だ!!!」

 

「…………!!?」

 

「オイオイ……“麦わら”……お前、頭がイカれたのか?」

 

 ついドフラミンゴも口を出してしまうほど、ルフィのその思考は理解不能だった。なぜそうなるのか。誰にも分からない。

 ついにはシャンクスまでも、眉間に皺を寄せて疑問を口にしてしまう。

 

「……何故だ? ルフィ、おれとお前が戦うことに何の意味がある?」

 

「何言ってんだシャンクス!! それじゃ()()が違うだろ!!!」

 

 だがルフィは更に感情を昂ぶらせてシャンクスに怒鳴りつけるように言う。

 そして“シャンクス”には理解出来なかった。──約束が違う? 一体どういう事だ? 約束とは“麦わら帽子”を会って返す事じゃないのか? と。それ以外の筈はない。それ以外の約束など知らない。

 しかし実際にルフィの表情は違うと言外に告げていた。そして、言葉でもその理由を口にする。その意味は──

 

「おれはまだ……!! 認めたくはねェけど……まだまだ弱ェし、“四皇”も1人も倒してねェ!!! シャンクス達を……あの頃のシャンクス達を超えれたとは思わねェ!!! だから帽子は返してェけど……まだ返さねェ!!!」

 

「……!!」

 

「だから……!! 約束を果たすためにここで決闘だ!!! シャンクス!!! ここで“四皇”を……シャンクスを倒すくれェにならないと立派な海賊になったとは言えねェ!!! だからここで乗り越えて……帽子を返す!!!」

 

「!!? 待て、ルフィ──」

 

「勝負だ!!! シャンクス!!!」

 

 ルフィは即座に“ギア2”を使って身体能力を上げると、シャンクスに向かって拳を振り上げて肉薄する──シャンクスを乗り越えて、立派な海賊になって……約束を果たすために。

 シャンクスが制止の言葉を投げかけ、仲間達が驚く中、全てを無視してルフィはシャンクスに決闘を申し付け、そのまま拳を振りかぶる。自分の強くなった姿を見せつけるように。

 ──だがその“シャンクス”自身は完全に不意を突かれていた。まさか()()姿()()()()()()()に“麦わらのルフィ”がいきなり殴りかかってくるとは思わず、彼はルフィの拳を間近で見て、

 

「!!!」

 

「……え……!?」

 

 殴ったルフィの方が驚愕して戸惑う程に──あっさりと殴られてしまった。

 思わず殴ったルフィすら追撃することなくその場で立ち止まる。殴られたシャンクスはそのままKOされることこそなかったものの、壁を突き抜けて頭から血を流し、空中で体勢を立て直しながらも地面に片膝を突く。

 そしてその様をおかしいと思うのは、今度は1人2人ではなかった。

 

「……!! なあシャンクス!! 何やってんだよ!!? なんでそんな……」

 

「……何やらおかしいぞ……あの“赤髪のシャンクス”が……不意を打たれたとはいえ何の抵抗も出来ずに殴られるもんかのう……まさか……」

 

「~~~~っ!!! お前、誰だ!!? シャンクスじゃねェ!!! シャンクスがそんなに弱いワケがねェ!!! もっと()()()()がするハズだ!!!」

 

 ジンベエが疑念を口にし、ルフィもまた最初はまだ気づいていなかったものの、シャンクスの気配を冷静に見て確信に至る。ルフィの思うシャンクスなら、不意をこうも簡単に打たれる筈もないし、ルフィの攻撃一発程度で膝を突く筈もない。ましてや戦闘状態に入ってなお、そこそこの気配しか感じないというのは明らかにおかしいと。

 それまでは怪しさはあったものの、ルフィにはその口ぶりは見抜けなかった──が、ルフィの約束とその強さ。そして無鉄砲振りを侮ったからこその失敗。こうなればもう化かすことは出来ないと、“シャンクス”となっていた男はうめき声を漏らす。

 

「ぐ……申し訳ありません……ジョーカー様……!!」

 

「──まあ構わないわ。理想でなくなったことは残念だけど、向こうでも断ったようだし……それならそれで、次の段階に移行するまでよ」

 

「!!? 誰だ!!?」

 

「ジョーカーじゃと!!?」

 

「もしかしなくてもこの状況……!! マズいのでは……!!?」

 

 建物の外。壊れた壁と瓦礫の向こうに影が差す。瓦礫によって舞い上がった土煙は彼らの姿を覆い隠していたが、それでもその数だけは分かる。1人や2人じゃない。大勢の集団が、建物を取り囲んでいる。

 そして外だけではない。建物の中にも“敵”はいた。

 

「フッフッフッ……!! 気づくのが遅ェんだよ……!!!」

 

「べへへへ~~!!! 偽物の“赤髪”に気を取られて気づくのが遅れたなァ!! お前達はもう袋の鼠だんねー!!」

 

「! 下がれ!! ブルック!! ロビン!!」

 

 敵の動きに気づいたジンベエがブルックとロビンを後ろに隠し、拳に覇気を込める。その瞬間には“天夜叉”はジンベエとの距離を詰めていた。

 

「!!!」

 

「流石だ……ジンベエ。お前程の男がこんなガキ共に付くとはつくづく勿体ねェ……!!」

 

「ドフラミンゴ……貴様、わしらを騙したな……!!? この状況……最初から交渉する気はなかったと見える……!!」

 

「フッフッフッ!! 当然だ……!! それより気をつけろ……敵はおれだけじゃねェぞ」

 

「! しまった……!!」

 

「べへへ!! 今だ、ドフィ~~!!」

 

 辛うじてドフラミンゴの不意打ちの蹴りを腕でガードしたジンベエだが、足元に現れたトレーボルの“ベタベタの実”の能力──それによって足元を固められ、繰り出そうとしていた蹴りが未然に防がれると僅かな隙を作る。同じ元七武海。ドフラミンゴにとってはその僅かな隙で十分だった。

 

「“五色糸(ゴシキート)”!!!」

 

「……!!」

 

「ジンベエさん!!」

 

 ブルックが叫ぶ中、ジンベエはドフラミンゴの5本の糸によって肌を切り裂かれる。赤い血を流し、苦悶の表情を見せるジンベエだったが、それしきで倒れはしない。

 

「……!! フン!!」

 

「おっと!!」

 

「ジンベエさん!! 大丈夫ですか!?」

 

「掠り傷じゃ……それより、この状況をどうにかせねばマズいぞ……!!!」

 

 痛みを耐え、攻撃後のドフラミンゴを狙った正拳突きはドフラミンゴの回避行動によって空を切るものの、彼らを後ろに下がらせることに成功した。傷もそれほど深くはなく、戦闘行動に支障はない。

 だが問題は今のこの状況だ。ジンベエは周囲を、ルフィ達の視線の先にいる集団に向ける。そこでは既に土煙が晴れ、そこに居た者達の姿が現れていた。周囲に配下の真打ち達を控えさせながらも中心にいるのは、集団を纏める怪物の1人──百獣海賊団の“大看板”。

 

「──さて……初めまして“麦わらのルフィ”。余興は気に入ってくれたかしら?」

 

「……!!」

 

「あら……怒って真っ先に突っ込んでくると思ったのに……案外冷静なのね。それでもいいけれど……どっちにしろ、あなた達の結末は決まりきっている」

 

 赤い傘を持ち、赤いドレスを身に付け、1つ目の紋様で目元を隠した美女──“戦災のジョーカー”。

 その周囲にいるのは同じような紋様の札や仮面で顔を隠した百獣海賊団の諜報・偵察部隊“メアリーズ”。

 加えてドフラミンゴの配下であるファミリーの幹部達──ドレスローザの西側で戦っている筈の者達がルフィ達を囲んでいた。

 そしてそれらを従えたジョーカーは微笑を浮かべ、涼しげに指令を下す。布の下の視線が彼らを捉え──

 

「──捕らえなさい。適度に痛めつけてね♡」

 

「はっ!!」

 

「……!!!」

 

 ──蹂躙の号令を、容赦なく口にした。

 

 

 

 

 

 ──ルフィ達が絶体絶命の状況に陥った頃、“グラン・テゾーロ”ではロー達も絶体絶命の状況に汗を掻いていた。

 

「おいトラ男!! 何者だこいつ!!」

 

「……! シャーロット家次男シャーロット・カタクリ……!! ビッグマム海賊団の最高幹部“将星”だ……!!!」

 

「ビッグマム海賊団!!?」

 

「嘘だろ!? いるのは百獣海賊団だけじゃねェのかよ!!」

 

「……一々おれの説明をするな……」

 

「おわっ!!?」

 

「ゾロ!!」

 

 グラン・テゾーロのカジノ。そのVIPルーム。そこでのテゾーロとの交渉中。その決裂と共に現れた“将星”カタクリにローは捕らえられ、ゾロはその攻撃を受けて声を上げた。

 ウソップは心配するが、痛みはない。声を上げた理由は驚きによるもの。伸びてきた腕の攻撃は返す刀で防御と共に斬りつけた。が、その能力は色んな意味で不可思議なものだった。

 

「クソ!! ルフィみてェに伸びやがって!! おまけに斬っても効果がねェ!! 自然系(ロギア)か!?」

 

「“モチモチの実”は特殊な超人系(パラミシア)だゾロ屋!! 気をつけろ!! ──ウッ!!」

 

「おれの説明をするなと言ったハズだぞ……トラファルガー・ロー……!!」

 

「!!」

 

 ローはゾロの質問に答え、カタクリの能力を口にする──が、それに怒ったカタクリによって締め付けが増し、そのまま床に叩きつけられる。

 しかし、カタクリの方にその感触はない。床に叩きつけたのは自らの伸ばした腕だけ。回避されたその未来を見ながらも逃げられてしまったことにカタクリは嘆息する。

 

「厄介だな……その能力」

 

「ハァ……ハァ……お前に言われたくはねェ……」

 

「トラ男!!」

 

 咄嗟に“ROOM”を発動したローは“シャンブルズ”によってカタクリの拘束から逃れ、ウソップ達の側に現れる。一先ず攻撃を食らわずに済んで安心したウソップ達だが、ローは荒い息を吐いていた。相手が相手なだけにギリギリだったし、こうやって対峙しているだけでも対応に苦戦する。体力の消耗は避けられない。

 

「餅!? 餅とはあの餅か? 強そうな()()には思えんが──」

 

「説明してる暇はねェ!!! 今はこの場を脱する……!!!」

 

「──させると思うか?」

 

「くっ……!!」

 

 錦えもんの言葉を遮り、ローが即座に逃走を選び、この場から自分を含めた味方を逃がそうとする──が、それを読んでいたカタクリが更に先んじてローに攻撃を放っていた。“ROOM”を広げている暇がないローは一先ずその攻撃を躱すために短い距離を移動して攻撃を躱す。

 

「よし、逃げるんだな!!? なら急ごう!!」

 

「でもどうやって!!?」

 

「おれが床を斬る!! お前らそこに飛び込め!!」

 

「命令するでない!! 拙者は──」

 

「……!! 錦えもん!!」

 

 ローの逃走という次の方針を聞いて即座に動き出すウソップ達だが、ここは扉や窓のない閉鎖された密室だ。ナミが逃走経路をどうするかと武器を抱えたまま立ち止まるが、ゾロがそれに応える。建物の上階であり、下はどうなっているか分からないとはいえここに居続けるよりはマシだ。ゾロが刀を構える。

 しかし敵もまた大勢。それも強敵ばかり。ゾロの命令染みた指示に反発した錦えもんに、黄金の拳が迫っていた。

 

「侍は優先順位は低いが……目標には違いない。捕らえさせて貰おうか……!!」

 

「何を……!!?」

 

「“黄金爆(ゴオン・ボンバ)”!!!」

 

「!!」

 

 テゾーロの黄金の指輪がテゾーロの右腕を包むガントレットに変化する。ゴルゴルの実の能力。黄金を操る力によってこのグラン・テゾーロの全ての金はテゾーロの武器となる。黄金の硬さと覇気を込めた一撃は錦えもんを吹き飛ばすのに十分な一撃だった。

 だがその間にゾロは床を斬り開くことに成功する。密室の、黄金の部屋とはいえゾロが全力を出せば斬れないことはない。ただの物質ならゾロの脅威にはなりえない。

 なりえるのは──()()()()()()()

 

「──イェェェス!!!」

 

「!!?」

 

 床を斬り、穴を空け、ウソップ達に声を掛けようとしたところで──巨大な弾丸のように飛来する大男に体当たりされる。

 だが相手は武器を使っていない。ゆえにその攻撃はゾロの刀によって受け止められ、同時にその肌を斬り裂かれる……筈だった。

 

「ン──キモティイ~~~!!!」

 

「!!? その身体……!!?」

 

 だが斬れない。その理由を、ゾロは一瞬で察する。

 ただの武装色なら今のゾロに斬れない筈はない。その相手は確かに武装色もかなり強く、生身であっても容易く斬ることの出来ない実力者であったが……それ以上に、能力と思われるその身体に理由があったのだとゾロは知る。

 そしてその男は確かな肩書を持つ実力者に間違いなかった。このグラン・テゾーロのVIPディーラーを務める筋骨隆々としたその髭面の大男は、元は裏社会で名の知れた危険な人物であり、更にこの2年で死亡したある人物の能力を与えられ、更に強さを増した。知る人が見れば驚愕に値するその能力。全身をキラキラとした()()()()()()()()()()ことの出来るその能力を持つ男こそテゾーロ配下の最高幹部の1人。

 

『グラン・テゾーロ“VIPディーラー”ダイス 懸賞金5億3156万ベリー』

 

「もっと、もっとだ……!! そんなんじゃ、おれは感じねェぜ……!!!」

 

「ダイヤモンドの能力者……!!」

 

「ハハハ、驚いたか? かつての白ひげ海賊団で3番隊隊長を務めた“ダイヤモンド”・ジョズ……!! かの“鷹の目”の斬撃すら受け止めた最硬の悪魔の実“キラキラの実”を彼の死後に手に入れてね……!! その能力はウチのダイスの物になったのさ……!!!」

 

「……!! この状況で面倒な……!!」

 

「ウゥ……!! 効く……もっと、もっと来いよ……!! ん、キモティー!!!」

 

「ちなみに彼はドMでね。能力を得る前から元々タフだったが、能力を得てからはより強い刺激でないと快感を得られないらしい。良かったらしばらく付き合ってやってくれ」

 

「フザけんな……!!!」

 

 ゾロの前に立ち塞がり、ゾロの攻撃を受け止め続けるダイスの説明をするテゾーロ。ゾロはそのふざけた説明と目の前のふざけた大男に憤るが、実際に攻撃を加え続けても斬れる気配がない。あの“鷹の目”の斬撃すら受け止めたという言葉が真実かどうかは分からないが、少なくともそう豪語するだけの硬さはあるようだとゾロは苦虫を噛み潰すように口の刀の握りを強くする。硬い男はこの状況で何よりも厄介だと。

 

「先に飛び降りろ!! 後から追いつく!!」

 

「わ、わかった!! ──きゃあ!!?」

 

「ナミ!!」

 

 だが問題は彼だけではない。ゾロが空けた床下。その下に飛び降りようとしたナミに、床下から黒い線が幾つも飛び出して来る。

 

「何!? ネバネバする!!」

 

「こりゃ蜘蛛の糸か!? クソ、触れたらおれまでくっついちまう!!」

 

「──あら逃げちゃダメよ♡ ここから先は行き止まりなんだから」

 

「だ、誰だ!!? 女──って、でけェ~~~!!?」

 

 床下から聞こえる声、敵が女と知りながらも警戒したウソップがその姿を確認すると同時に悲鳴を上げた。床下から這い出てきたのは普通サイズの美女ではない。身長8メートルを超える“大看板”級の見目麗しい花魁だ。

 そしてその強さは──大看板には届かずとも、その一歩手前クラスのもの。地位もまた相応のものだった。旧ワノ国の華やかな和服に身を包む美女や下男を率いるその花魁は百獣海賊団、真打ち最強の6人の1人。

 

『百獣海賊団“飛び六胞”ブラックマリア 懸賞金8億8000万ベリー』

 

「これがジャックやクイーンを出し抜いた“麦わらの一味”? へェ……そっちの男以外はあんまり強そうに見えないわね」

 

「ぎゃあ~~~!!? 敵が大勢!!? しかも妖怪か!!? とにかく下は無理だ!!」

 

「ウソップ!! この糸どうにかして!!」

 

「分かってる!! けどどうすりゃいいんだ……!!?」

 

 飛び六胞のブラックマリアとその部下達がゾロの空けた穴からVIPルームに這い出てくると、ウソップらはその穴から逃げることを諦める。即座にその場から離れることを決めるが、しかしナミがブラックマリアの糸に捕らわれてしまっていた。ナミの助けに応え、どうにかしようと試行錯誤するウソップだがその糸は解けない。このままでは為す術もなく捕まってしまう。

 

「──どいてください!!」

 

「えっ──うわァ!!?」

 

「きゃあ~~~!!?」

 

「!」

 

 だがそれを見かねて動いた者がいた。刀を抜いてその刀に炎を纏ってブラックマリアの糸を斬り裂いたのは光月日和。

 元飛び六胞である彼女にはブラックマリアの糸の特性を理解している。それを存じていることをブラックマリア自身も理解していたが、糸の拘束が解かれたことにブラックマリアは僅かに鼻白んだ。

 

「あら、やっぱりそのままそっちに付くつもり? 今ならまだ戻れると思うけれど」

 

「──ブラックマリアの糸は可燃性です。多少の火傷は覚悟しなければなりませんが、こうすれば逃げられます」

 

「ハァ……ハァ……あ、ありがと……でもやる時は事前に相談してほしかった……」

 

「全くだ!! だがこれで逃げられる!! こっちがダメなら……やっぱり壁か奥の部屋から逃げるしかねェ!!」

 

 糸の説明をしてウソップとナミに続いて逃げようとする日和はブラックマリアの言葉を無視する。

 しかしそれもブラックマリアに言わせれば甘い。どうしようがこの場から逃げることなど出来ない。それを思いながらエレベーター側の壁から出てきた増援に向けて声を掛ける。

 

「あの可愛いかった“小紫”ちゃんが無視するなんて……これじゃ()()()の希望通りね」

 

「──ああ……そうなってよかった……!!」

 

「!?」

 

 と、次の瞬間。ブラックマリアが声を掛けたその男がその場から一瞬で消えるような高速移動を行い、日和に肉薄する。その男に日和は見覚えがあった。

 赤い鬼のヘルメットを被ったその長身の男もまた百獣海賊団の“飛び六胞”。元々は政府側の人間というジョーカーと同じく、異色の経歴を持つ海賊だ。

 

『百獣海賊団“飛び六胞”フーズ・フー 懸賞金9億4600万ベリー』

 

「……! 貴方……!!」

 

「よう……忘れたワケじゃねェよな? この時を待ってたぜ……!! 裏切り者のてめェを消せる時をよ……!!!」

 

「フーズ・フー……!!」

 

「……! 飛び六胞が2人も……!! 何故ここに……!!」

 

 飛び六胞のフーズ・フー。真打ちの中で最高の懸賞金額を誇るその男は刀に力を込め、日和と鍔迫り合いをしながらもニヤリと笑みを浮かべてみせる。彼にとって、裏切り者は絶対に消すべき対象だ。百獣海賊団の幹部という地位を気に入っている彼にとって、裏切り者は自分の名すら汚すものである。

 ゆえにもう1人の裏切り者も許さない。フーズ・フーは口元の笑みを消すともう1人の裏切り者の方を向いて吐き捨てるように言う。

 

「それにロー!! てめェもだ!! ウチのシノギをメチャクチャにしやがって……!! てめェも後で拷問してやる!! 楽に死ねると思うなよ!! ──おいお前ら!! ローと“麦わらの一味”を捕まえろ!!」

 

「はっ!!」

 

「くっ……!! (どういうことだ……!!? 全員ドレスローザの西側で戦っていたことは確認済み……戻ってくるにしても早すぎる……!!)」

 

 更に増援。フーズ・フーの部下であるギフターズの集団。ネコ科の動物の能力者集団である“CAT’S”が捕縛に加わったことでローは焦る。目の前の怪物や幹部達ですら手に余るのに、数まで増えてはいよいよもって逃げ切れない。

 もはやこうなっては強引にでも能力を使って逃げるしかないが、そうなると逃げ方も考えなければならない。

 

(理由は不明だが裏切りは露見してる……!! 戦争もフェイク。情報も間違っていた……!! 逃げなきゃならねェ……だが逃げるにしてもどこに逃げる……!? この島にいたらどこへ逃げてもすぐに見つかっちまう……!! だが、ここを離れるワケには……!!)

 

「──戦闘中に考え事とは余裕だな……!!」

 

「っ……!! ぐあっ!!」

 

 刀を振ろうとして肩を打たれ、ローは痛みに喘ぐ。カタクリの言う通り、やはり目の前の怪物相手に考え事をしている余裕も、この場に留まり続ける余裕もない。

 

(噂には聞いていたが……こうまでやり難いとはな……!!)

 

 ローの動きが通用しない。自慢じゃないがオペオペの実の汎用性の高さ。能力の多彩さはあらゆる悪魔の実の能力の中でも群を抜いている。初見殺し性能も高く、戦闘においてかなり有用な能力だ。

 ローはカタクリの前で能力を見せたことはない。会ったのも一度だけで特に話したりもしなかった。

 だというのにローの動きも能力も全て読まれている。切断能力も、位置の入れ替えも、初見の能力も、全て見てきたかのように先読みされ、適切な対処をされる。

 そしてそれこそが噂に聞く見聞色の“未来視”──見聞色の覇気を極めた先にある境地であり、数秒先の未来を見ることが出来るという反則の様な技。これを扱える人物をローは2人しか知らない。1人は“妖獣のぬえ”。世界最恐の怪物で、もう1人は目の前の男。シャーロット家の最高傑作。そのどちらともローとは戦ったことはないが、初めて後者と対峙して悟る。“未来視”相手に一対一の勝負は分が悪いと。

 集団戦であればともかく、タイマンでこの“未来視”から逃れるのは難しい。見聞色の覇気を更に高めれば多少は対抗出来るかもしれないが、そんな時間はない。

 やはり、少なくともこの場から脱しなければ……あるいはこの化け物を含めた連中を釘付けにしなければならないと思い至る。そうしなければ自分1人ならともかく──麦わらの一味は逃げられないと。

 

「……おい、ゾロ屋!!」

 

 だが1人では足止めも厳しい。ゆえにもう1人。麦わらの一味の戦闘員でありルフィに次ぐ実力者である男にローは声を掛けた。

 

「おれとお前で時間を稼ぐぞ……!! いいな……!!?」

 

「! ……ああ、わかった……!!!」

 

「うっ!!」

 

 ゾロは襲ってきたフーズ・フーの部下の1人、黒猫の面を被った4人の内の1人を峰打ちで沈めながらローの意図を理解して険しく頷く。

 

「!! っ……間に合わないか……」

 

「ああ、そっちは諦めて貰おう──“シャンブルズ”」

 

「へ」

 

「あ」

 

 何とか“ROOM”を広げたローが自身とゾロを除いた他の面々をVIPルームの外の上空に移動させる。戦いの衝撃で削れた建物の破片と入れ替えた。

 

「うおおお~~~!!? 落ちる~~~!!?」

 

「きゃああ~~~!!?」

 

「っ……!! 皆さん、掴まってください……!!」

 

「ぬおおおお~~~!!? ひ、日和様!!? せ、拙者もどうか……!!」

 

 建物の外。上空数百メートルから突如として突き落とされるウソップ達は悲鳴を上げるものの、冷静な日和によってどうにか事なきを得る──彼女が動物(ゾオン)系の能力者で飛行出来ることをローが知るゆえ彼女も一緒に移動させた。3人で足止めする考えもあったが、場所が場所なだけに仕方ない。

 

「──テゾーロ様。如何しますか?」

 

「逃したか……まァいい。この島にいればすぐに見つかる。逃げられやしない。ドレスローザでも同じことだ……!!」

 

「そういう台詞はまず1人でも捕まえてから言うんだな……ゾロ屋、いけるな?」

 

 VIPルームから脱出し、地上へ降りたことを確認したグラン・テゾーロの警備主任。“ヌケヌケの実”の能力者である顔のでかい二頭身の男、タナカさんに指示を仰がれたテゾーロは逃げられはしないと鷹揚に笑ってみせる。ローは敵に囲まれながらも背後のゾロに声を掛けて覚悟を決めさせようとした。

 

「……お前……!!?」

 

「おいゾロ屋、どうした!? 気を抜くな!! そんな余裕はねェぞ!!」

 

 だがゾロからの返事がない。それどころか、目の前の、先程ゾロの峰打ちを食らい、仮面が外れて床に片膝を突くフーズ・フーの部下の1人を見て驚いているようだった。

 その理由はローには分からない。が、ゾロには驚くだけの理由が確かにあった。

 格好に憶えはない。黒いハイヒールに扇情的な、背中から身体の横までがばっと空いている黒いレオタードを身に着け、猫の被り物をしながらも尻尾を生やし、眼鏡も付け、その上で刀を握るふざけた女の事など知る訳がない。

 もっとも、格好などどうでもいい。フーズ・フーと呼ばれた部下達は皆猫っぽいモチーフの格好をしているため、そういった集団なのだと受け止めるだけ。それ以上の感情はない。

 だが……その中の女の1人が、自分の見知った、それも()()()()()()()()()()()()()()()──動揺もしてしまう。

 思わずゾロが刀を止めてしまう程に、その相手は衝撃的だった。その名を、ゾロはふざけた渾名で口にする。

 

「──()()()()……?」

 

「っ……ロロノア……ゾロ……」

 

 その女性はゾロの親友、くいなと瓜二つな因縁のある海兵──()()()()()()

 

 

 

 

 

 未だ百獣海賊団との開戦により騒乱の最中にいるドレスローザ国民。その一部は不確かな情報に困惑していた。

 

「は? アカシアに国王様と幹部達が現れた?」

 

「あ、ああ!! どうやらそうらしい。しかも、そこには百獣海賊団の幹部もいたとか……」

 

「バカ言え!! そんなワケねェだろ!! だったら、()()()()戦ってる連中は誰だってんだ!!?」

 

「そ、そうだよな……偽物のワケねェ……単なる噂か……もしくは錯乱した国民が見た幻覚か……」

 

「そうに決まってる!! んな事言ってねェで逃げるぞ!! 戦闘に巻き込まれたらたまったもんじゃねェ!!」

 

「お、おう!!」

 

 その理由は街の人から流れてきた噂──ドレスローザの南の街“アカシア”でここにいる筈のファミリーの幹部や百獣海賊団の幹部が現れたという話からだ。

 逃げる町民はその話を馬鹿げていると一蹴する。何しろ彼らの目には前線で戦う両勢力の姿がしっかりと映し出されていたからだ。

 その中には攻めてきている敵の親玉である“ジョーカー”と思われる姿も確認出来る。だから南の街に現れたなど──そんな訳ないのだ。

 

 ──だが、実際に。

 

「──さすがに高望みしすぎたかしらね。これでも仕込みは頑張ったのだけれど」

 

「は……申し訳ありません。ぬえ様とジョーカー殿の教えを無為にしてしまい……」

 

「いいわ、福ロクジュ。確かに理想は“麦わらの一味”と新政府軍をぶつけることだったけれど、おかげで彼らを捕まえることが出来る。向こうでも上手くいっているようだし、捕らえるのは時間の問題ね♡」

 

「うおおおお~~~!!!」

 

 ──港街“アカシア”に、ジョーカーや真打ち、メアリーズ達は居た。

 麦わらの一味を包囲し、同時にグラン・テゾーロでの状況も把握しながらジョーカーは微笑む。目の前で繰り広げられる必死の抵抗すら──掌の上だと嘲笑うように。

 

「“麦わらのルフィ”……抵抗はムダよ。大人しくするならちょっとは加減してあげるけど……どうする?」

 

「うるせェ!! 加減なんていらねェよ!!!」

 

 そう言って暗に投降を促してみせるジョーカー。

 だが問いかけられた“麦わらのルフィ”は取り合うこともせずに取り囲む百獣海賊団の兵を“銃乱打(ガトリング)”で薙ぎ払う。

 その大部分がウェイターズやプレジャーズとはいえ、大量の兵が宙を舞うその暴れっぷりは中々に見応えがあった。

 

「ウチの兵がゴミのように……フフフ、さすが司法の島を落とし、インペルダウンで囚人を巻き込んだ大脱獄を成し遂げただけはあるわね。おまけにあの戦争にも参加して──政府の三大機関で暴れまわった悪名は伊達じゃないかしら」

 

「如何しますか?」

 

「フフ、そうね。このまましばらく暴れっぷりを眺めてるのもいいけど……この後の()()も控えてる。そろそろ大人しくして貰わないとね……!!!」

 

「はっ!!」

 

 その包囲した集団の中心でしばらく、椅子に座って戦いを眺めていたジョーカーだが“麦わら”の暴れっぷりを見てようやく重い腰を上げる。部下やドフラミンゴに任せて疲弊したところを捕まえればいいと思っていたが、案外粘る。世間の評価やジャックやクイーンを出し抜いた情報はやはり正確なようだと脅威度を少し上げたがゆえの対応だ。

 そしてその意を汲んだジョーカーの部下達──仮面や札を貼って顔を隠した“メアリーズ”達も動き始める。集団の中にいた“真打ち”達も同様に。

 “麦わらの一味”を囲む兵の数は数だけではない。質も兼ね備えた軍団だ。

 

「クソ!! どけェ!! お前らァ~~~!!!」

 

「ルフィさん!! 闇雲に突っ込んでは危険です!! 下がってください!!」

 

「この分じゃトラ男君やナミ達も心配ね……!!」

 

「ああ!! この数は尋常ではない!! 交渉は嘘っぱちじゃったが、ローの情報が丸っきり嘘だったとは思えん……!! 何が真実なのかは気にはなるが……今は考えている余裕はないぞ!!」

 

 ゆえにルフィ達は苦戦していた。ルフィにジンベエ、ブルックにロビン。この戦力ならかつて戦った“新魚人海賊団”程度なら幹部と合わせても打倒することは可能だろう。短い期間ながら成長した一味ならそれくらいの数の不利は覆すことが出来る。

 だが相手は世界最強の百獣海賊団。魚人島では魚人や新政府軍と共にジャックの軍団1万人。パンクハザードでは囚人達やハートの海賊団と協力してクイーンの3000人の軍団と戦ったが、いずれもこちら側は味方が大勢いて、敵は大物はいても雑兵が殆どだった。

 

「“嵐脚”」

 

「! ──伏せろ!!」

 

「!!?」

 

 だが、今回は違う。

 ジョーカーが今回、率いている軍団。その総数は麦わらの一味には知る由もないが、この場に集う幹部の数は数十名にも上る。

 上位戦闘員である“ギフターズ”もざっと数えても100名以上。それらが真打ち達と共に麦わらの一味を襲い始める。

 

「今の技……!!」

 

「ああ……政府の戦闘術“六式”……!! 噂には聞いておったが、やはり政府の人間にも海賊帝国側に寝返ったものがおるか……!!」

 

「ぎゃはは、さすがに情報通だな……!! 久し振りだ、“麦わらの一味”……!!」

 

「言うてくれるわい。相変わらずの無鉄砲振りじゃのう……これは忠告じゃがあまり暴れるな。痛い目が長引くぞ」

 

「CP9……!!」

 

 そしてルフィ達を襲ったその技。消えたように見える高速移動術やその脚力を用いた斬撃はルフィ達がかつて戦った政府側の人間が使うものであり、ルフィ達にも見覚えがある。

 加えて相手にも見覚えがあった。かつて司法の島でロビンやフランキーを捕らえ、ルフィ達と戦った彼らにロビンは僅かに目を細めて苦い顔をする──苦い思い出のあるその2人は鼻の長いウソップに似た古風な口調の男と、狼姿の人獣型──早速動物(ゾオン)系の変形を解放して戦うその男。それに加えて、

 

「ロビンの事捕まえてた……あいつらか!! ハァ……かなり強くなってんな……!!」

 

「──それはお互い様だ」

 

「!!?」

 

 ──ルフィの背後に一瞬で回り、攻撃を加えようとしてくる相手。その声にルフィは他の2人以上に聞き覚えがあった。攻撃を受け止め、間近で顔を見て確信する。忘れもしない強敵の顔だ。かつてルフィと戦ったその男はCP9の歴史上最も強く冷酷だと言われた殺戮兵器。闇の正義を天職とするその男。

 

「お前……ハトの奴!!?」

 

『百獣海賊団“真打ち”(元CP9)ロブ・ルッチ 懸賞金6億4000万ベリー』

 

「フン……“麦わらのルフィ”……体制側に逆らうその度胸と無謀振り……変わらないな。そんなに早く死にたいのか?」

 

『百獣海賊団“真打ち”(元CP9)カク 懸賞金4億3000万ベリー』

 

「あの男は向こうの方か……これじゃ借りを返せんのう」

 

『百獣海賊団“真打ち”(元CP9)ジャブラ 懸賞金4億2800万ベリー』

 

「誰が相手でも絶望だろ。変わりゃしねェよ」

 

「……!! おれがお前らに負けるかァ!! 掛かってこい!! 全員相手にしてやる!!」

 

 元CP9の3人──体技のレベルを測る道力で言えばCP9のトップ3である3人は全員が百獣海賊団、メアリーズの真打ちとして鞍替えして再び“麦わらの一味”の前に立ち塞がる。

 ルフィ達は2年前に彼らと戦って勝利しているものの、当然今と昔じゃ互いに強さが違う。舐めて掛かれる相手じゃないと見聞色の覇気で察したルフィは強気な口調とは裏腹に仲間を守るために必死に彼らを睨みつける。

 

「ウグッ!!」

 

「! ──ベラミー!?」

 

 だが、それでもなお敵は多く、それだけに予想だにしない胸クソ悪い展開が巻き起こる。

 包囲の中に追い立てられるようにルフィの背後に転がってきた血を流すその男はドンキホーテファミリーに、ドフラミンゴに忠誠を誓っている筈のベラミーだった。

 

「……!! 何でだ……!!? 何でおれまで殺そうとする……!!?」

 

「フッフッフッ……!!」

 

 しかし裏切ったのはベラミーではない。ドフラミンゴだった。

 ベラミーは地面に膝を突き、流れる血を止めもせずに背後から攻撃してきたドフラミンゴに必死に問いかける。

 確かに“麦わら”を騙して背後から刺したのは思うところはあるが、それでもベラミーに裏切る気はなかった。忠誠を誓った男が言う事なら従う。それが筋だとベラミーは麦わらの一味の襲撃に参加しようとした。それは真実、そうするつもりだった。ドフラミンゴにも分からない筈がない。

 だがドフラミンゴはそのベラミーを背後から攻撃して殺そうとした。それは何故かと。殺される程の失態を犯したのなら説明してほしかった。納得のいく理由があるなら甘んじて殺されることももしかしたら選ぶかもしれない。それがベラミーの今の思い。

 だがそんな思いを踏み躙り、ドフラミンゴは上から告げる。

 

「フッフッフッ……!! 殺そうとするだと……? それはとんだ勘違いだ……!! 殺そうとしたつもりはない……!!」

 

「!? じゃあ何で……?」

 

「簡単な事だ……目障りなお前をおれの目の前から消してやろうと──百獣海賊団に売ることにしたんだ……!!! 奴隷としてな……!!!」

 

「!!? ……え……?」

 

 ベラミーの、ファミリーのシンボルが刻まれた胸がドクンと大きく跳ねる。衝撃を受けて呆気に取られたように表情を歪め、言葉を失う。

 敵であっても理解不能な、それでいて可哀想とも言えるその姿に、しかしドフラミンゴは愉快そうに笑みを深めながら残酷な通告を突きつける。

 

「おれの助けになりてェんだろ? だからお前のことは売ることにしたんだ……今海賊帝国はそれなりに使える奴隷を欲しがっててな……!! だからお前はそこで戦って──」

 

「……!! ありえねェ!! そんな命令……!! おれは奴隷なんかなりたくねェし、あんた以外の下で戦うつもりもねェ!!!」

 

 ベラミーは思いの丈をぶち撒ける。間違いなく、ベラミーはドフラミンゴに憧れていたし、そのために忠誠を誓い、これまで戦い続けてきた。ドフラミンゴの言う“新時代”の船に乗り込むために。他の仲間達がどう思っていたのかは今となっては確かめようがないが、それでもベラミーのその思いだけは本物だ。だからそんな命令が聞ける筈もない。

 

「嘘だと言ってくれ……!! 何で、そんなことを……!!?」

 

「フッフッフッ……生憎と嘘じゃないんだ。ハッキリと物を言わせるな……ベラミー。おれとお前では目的が違う……!! ずっとつき纏ってくるお前をこれまで、あれこれ利用しようと頭を働かせたが……もうそれも億劫なんでな。お前の利用方法を百獣海賊団に委ね、酷使することにした……!!」

 

「……!!?」

 

 ドフラミンゴはベラミーに残酷な考えを告げる。彼にとってベラミーは自身につき纏う鬱陶しいチンピラ。それ以外の何者でもない。利用くらいはしてやろうとこれまで心を殺して接していたが、暴走して百獣海賊団と本気で戦おうとするその言動はいい加減目に余った。

 

「何でもそれなりに使えて使い捨てに出来る奴隷が欲しいみてェでな。目障りなお前をここで自由にしてやっても良かったが……せっかくだからリサイクルしてやることにしたんだ。フッフッフッ!! 喜べ、お前はそこそこの値段で売れたぞ……!!」 

 

「っ……!!」

 

「もっとも……その首に掛かった懸賞金程高くは売れなかったがな。──だがおれは売ることにした。お前のおれに対する忠義に応えてやろうと、最後の最期までおれの役に立つようにな……!!!」

 

「……! ウッ……ウゥ……!!」

 

「……悪趣味ね。黙って送って上げればいいのに。希望を見せることも大事よ?」

 

「フッフッフッ、どうせ使い捨てるつもりなんだろ。よく言う……どうせ死ぬなら最期に聞きてェだろうおれの本心を口にしてやったまでだ……!!!」

 

 そしてその一連の言葉がベラミーの限界。顔を伏せ、嗚咽を堪えて涙を流してしまう。

 それは明らかに忠実な部下に対する対応じゃない。思わず受け取る側のジョーカーまで微笑を携えながらも言及してしまう程には。

 ベラミーにはそのドフラミンゴとジョーカーのやり取りを聞いても怒る気力すら沸かない。様々な感情。自分の情けなさや寂しさに悔しさ。怒りをぶつけることの出来ない無力感。今までの事が全て無駄だったと感じる徒労感。その全てがベラミーの心にヒビを入れる。

 

「だがその前に……もう少し痛めつけねェとな……!! 抵抗しねェとも限らねェ……やれ、お前ら」

 

「ウハハハ!! だ、そうだ!! 抵抗するなよベラミー!! お前が出来る最後の仕事だ!!」

 

「!」

 

 その言葉にボロボロの泣き顔を上げて向かってくるファミリーの幹部達を見る。ドフラミンゴが直接手を下すことすらない。最高幹部のディアマンテに他の幹部達が前に出てくる。先頭に立つディアマンテがその“ヒラヒラの実”の能力で剣をはためく“旗”に変えて振るってくるが、躱すことも出来ない。徐々に迫ってくるそれを見続ける。それを、しかし──

 

「!!」

 

「!!?」

 

 ──敵である“麦わらのルフィ”が防いだ。

 

「……! 何しやがる“麦わら”ァ~~~!!」

 

「……フッフッフッ……!! どうした? 敵であるベラミーを助けて……同情でもしたか? お前らはモックタウンでの因縁があると聞いてたが……」

 

「……!! そんな昔の事なんて関係ねェ!!」

 

 ディアマンテの剣を覇気を纏った蹴りで跳ね返し、立ち塞がるルフィ。そんな彼にドフラミンゴが敵を助ける理由を問いかけた。

 ルフィとベラミーは2年前に空島の1件で因縁がある。最初は喧嘩を売られ、しかしその喧嘩を買う価値もないと無視したが、その後で一線を越えたことで戦い、一瞬で沈められた──ベラミーにとっては自身の経歴に傷をつけた1件であり、自分の意識が少し変わるきっかけとなった事件である。

 

「なら放ってやれよ……これはウチの問題だ!! ただのチンピラでしかねェベラミーをお前が助けてやる義理があるか? そいつは昔となんら変わら──」

 

「……いいや、変わってる……!!」

 

「あ?」

 

 だがルフィにとっては、そんな昔のことは既に済んだ1件でしかない。殴ったのでチャラだ。気にしない。

 だからこそ、今のベラミーの思いを踏み躙ったドフラミンゴが許せない。ルフィは怒りを込めてドフラミンゴを睨み、そして吠える。

 

「ベラミーは……お前の為に戦おうとしてたんだぞ!!! お前の為に、百獣海賊団やおれ達と戦おうとしたんだ!!!」

 

「……? 分からねェ奴だ……だから望み通りにしてやってるんじゃねェか……!! おれの為に奴隷となって死ぬまで戦え……!! チンピラにはお似合いの結末──」

 

「ベラミーが……お前なんかの為に命懸けて戦う必要なんてねェ!!!

 

「……!!」

 

 ルフィの啖呵。その言葉にドフラミンゴの表情から初めて笑みが消える。

 たかだか数名の海賊団。多少名を挙げただけのガキに見下されたこと。それはドフラミンゴにとって何よりも怒りを憶える行為である。

 そしてベラミーは顔を上げて今度はルフィの背中を見る。自分の為に怒っている。あのドフラミンゴに対して、一切恐れることのなく敵意を向ける男の背中を。

 

「もう頭に来た!! おれがブッ飛ばしてやる!!! ミンゴォ!!!」

 

「……!!」

 

「ドフィ!!」

 

「若!!」

 

「ハァ……ハァ……どうだ!!?」

 

 そしてルフィは真っ直ぐにドフラミンゴに拳を向ける。先程までよりも速く、一瞬でドフラミンゴの胸に拳を当てて殴り飛ばす。

 ここまで戦ってもまだ力の有り余る──いや、想定以上の強さと速さにファミリーの幹部達がドフラミンゴを心配するが、この場の強者はルフィだけではない。

 

「……!! フッフッフッ!! 成程……確かにやる……!! 一筋縄じゃいかなそうだな……!!!」

 

「まだか!! クソ!! もう一回だ!!」

 

「フッフッフッ……“麦わら”……!! お前の……いやァ……お前らガキ共は確かにそれなりに力を高めたんだろう。それは認めてやるが……ここは“敵地”だってことを忘れてやしねェだろうなァ?」

 

「!」

 

 そう、ここは敵地。敵の戦力は強大で強者はドフラミンゴを含む多数存在する上、ルフィがドフラミンゴをもう一度殴ろうと向かう先には──回り込むようにしてこの場で最も強い怪物が立ち塞がっていた。

 

「せっかくの機会だから私の手でも確かめてあげるわ。あなたの強さをね♡」

 

「関係ねェ!! お前もブッ飛ばす!!!」

 

「──“紙絵”……“流武”」

 

「!!?」

 

 百獣海賊団の大看板“戦災のジョーカー”。彼女が立ち塞がったのを確認し、しかしルフィは彼女もまた殴りつけようと拳を伸ばす。

 だがジョーカーはそれを躱し、同時に受け流した。日傘を持っていない方の掌を前に出し、ルフィの拳を顔の横に──背後へと流して見せると、そのまま腕を伸ばしたままのルフィとの距離を詰めて人差し指を立てる。

 

「!」

 

「──“指銃”」

 

「ルフィ!!?」

 

 それは六式の“指銃”──ルフィ達の見知った攻撃ではあった。

 無論、普通のそれよりも遥かに鋭い攻撃に仲間達はルフィを心配するが、間近でそれを見たルフィは異様な気配を感じて血の気が引く。

 

「……!! ──危ねェ!!」

 

「あら……よく躱したわね」

 

「大丈夫か!! ルフィ!!」

 

「ああ……あの攻撃……なんか当たっちゃいけねェ気がして……」

 

 ゆえに首を背後に反らして回避を選んだ。ルフィは自分の感覚を信じる。見聞色の覇気で微かに感じたが、今のジョーカーの攻撃は──ただの“指銃”ではない。当たったらマズいことになると、本能的に感じさせるものだった。

 

「フフ……勘が冴えてるわね。成程……これは侮れないわ。──とはいえ」

 

 そしてそれは当たっている。攻撃が躱された側のジョーカーはルフィの見極めの良さに内心驚いた。仮に今の攻撃が防御も出来ずに当たっていれば、タダじゃ済まない。悪運の強さは中々のものだと、聞いていた運の良さもまた評価を上げる。

 だが……言ってしまえば()()()()()()、ジョーカーはカツカツとヒールの音を鳴らしながらルフィとの距離をゆっくりと詰めると、一定の距離まで近づいたところで立ち止まり──そして対峙した。

 

「この私にその愚直過ぎる強さは通用するかしら……さて、どう思う?」

 

「ハァ……ハァ……お前が強いのは分かる……だけど関係ねェ!!! お前をブッ飛ばして仲間を逃がす!!!」

 

 膝に手を突きながらも戦意の衰えない“麦わらのルフィ”と確かな威圧感と共に僅かな嗜虐的な表情を覗かせる“戦災のジョーカー”が真正面から言葉を交わす。

 状況は依然ジョーカー達海賊帝国側が有利であり、ルフィがジョーカーをここで倒せたとしても逃げ出すことは難しい。それを理解しているからこそ、ジョーカーは一瞬でその場から消えながら会話を続ける。

 

「真っ直ぐね。だからこそあの“赤髪”の身代わりをセッティングしたのだけど……」

 

「!?」

 

 六式の“剃”。高速移動をして背後に回ったジョーカーをルフィはやや遅れて捉える。

 万全の状態ならともかく、今のこの状況。乱戦時にジョーカーの速度を完全に捉えることは至難の業だ。仲間の方も気にかけなければならない状況──ゆえに次のジョーカーの攻撃は不可避だった。

 

「“指銃”──」

 

「……え……!!?」

 

「!? ──危ねェ、ロビン!!!」

 

 ジョーカーの攻撃が……ルフィではなく()()()()()()()()()

 ロビンが目を瞠目させ、仲間達もその危機に顔を青褪めさせた。そして手遅れな真意に気づく。

 ルフィと戦うような言動で出てきたジョーカーはその実、最初からルフィではなくその仲間を狙っていた。弱点を突いて確実に──“麦わらのルフィ”を無力化するために。

 

「ウ……うあああああ~~~~!!?」

 

「ルフィ!!?」

 

 ジョーカーの指先が、ロビンを庇ったルフィの腹に突き刺さる。ジョーカーの指は覇気を纏い、それでいながら先程までとは違い、爪が鋭く尖っていた。

 だがそれだけならルフィに対して致命傷にはならない。刺さっただけなら。

 問題は刺さった後のジョーカーの“能力”だった。

 

「“吸血”……!!!」

 

「ウ……ア……アァ……!! ナン、ダ、コレ……!!?」

 

「……!!? ルフィ!!?」

 

「ハァ……ハァ……髪が白くなってますよ……!!? それにやつれて……いえ、()()()()()……!!? 何をされてるんですか!!?」

 

「……!! くっ……マズい……ルフィ……!!」

 

 “吸血”──そうジョーカーが口にした途端、ルフィの身体に変化が起きる。

 髪から色素が抜け、肌は劣化して皺が増え、シミが生まれ、筋肉は衰える。元々筋骨隆々とまではいかないが、逞しく、瑞々しい若さを保っていたルフィの身体が失われていく。

 

「──F型の血ね……栄養状態は悪くない。味はそこそこ。さて……これくらいかしら♡」

 

「……!!」

 

 そして身体が完全に干からびるより前に、ジョーカーは手を離して満足そうに自分の指先にキスをする。心なしか、ジョーカーの肌のツヤが増しているように見えた。

 だが反対にルフィは……まるで老人のように老いて力も出せず、その場に倒れ伏してしまった。その様を見て仲間達が絶句する中、ジョーカーは頭の中に収めてあるルフィの情報を口にする。

 

「“東の海(イーストブルー)”出身の海賊“麦わらのルフィ”ことモンキー・D・ルフィ……あなたの情報を、私達はあなた以上に知っているのよ。出身に家族構成、育ての親……好物から趣味趣向……今までの経歴まで、知らないことの方が少ないわ。だから──()()()()()()()

 

 そう、ジョーカーは元政府の諜報員としてあらゆる情報を知っている。表の情報に裏の情報。有名人や犯罪者、海賊まで……これまでの人生でジョーカーの集めてきた情報量は膨大だ。

 その中には当然、“麦わらの一味”に関することも含まれる。無論、情報源には不確かで正体不明なものが含まれるとはいえ、ジョーカーはその裏付けも取っていた。だからこそ分かる。“麦わらのルフィ”の、弱点とは──

 

「守るべき……“仲間”の存在」

 

「……!!」

 

 そう、仲間。ルフィは仲間を何よりも大事にする。

 それは愛する者が失われることを何よりも恐れていたかの“海賊王”ゴールド・ロジャーとも通づるルフィの特徴だ。

 仲間や友人、恩人のためならルフィはどんな死地にすら恐れず飛び込み、どんな強大な敵にすら立ち向かうのだと──ジョーカーは()()()()()()

 だからジョーカーはその情報を元に作戦を組み立てた。仲間を餌にして、仲間を狙い──彼らを丸ごと無力化する作戦を。

 

「ルフィ……!!」

 

「──そして主柱である船長を崩すことが出来れば……連鎖的に生まれる隙は、より致命的なものとなる」

 

「“寄生糸(パラサイト)”」

 

「!!? しまった……!!」

 

 そしてそれはルフィだけではない。他の仲間にも通ずることだ。

 “麦わらの一味”は仲間を大切にする。船長の意志を全員が受け継いでいる。

 

「親分さん!!」

 

「余所見してる余裕があるのか? ニコ・ロビン」

 

「……!!?」

 

「“指銃”」

 

「ロビンさん!!」

 

 それが致命的な隙になると分かってはいても、飛び込まずにはいられない。

 だからこそジョーカーはその隙を作ることに終始した。彼らに協力する疑り深い裏切り者を騙すために偽装工作にも力を入れた。

 そして彼らを罠に嵌めた。無論、彼らがそのままこちらの提案を受け入れてくれるならそれで良かったが、そうでなくとも構わない。

 

「フフフ……!! 何もあなた達と真正面から戦う必要はない。最初から()()()()()良かったのよ……!!」

 

 そう。最初からこうすれば良いのだ。

 ジャックやクイーンが正面から相対したことを間違いだとは言わないが、彼らを無力化するならやはり弱点を突いて絡め手で仕留めるのが手っ取り早い。

 

「一斉攻撃」

 

「はっ」

 

「……!! やめ──」

 

 勿論、正面から戦ってもジョーカーに負けるつもりはないし、負けるとは微塵も思ってないが──

 

「!!!」

 

 ──この方がスマートだろうと。

 指示を出し、包囲している兵や幹部全員に中心にいる麦わらの一味を一斉に攻撃させる。能力による攻撃や銃撃が鳴り響く中、ジョーカーは空中に跳躍して宙で静止しながらそれを見下ろした。

 

「終わりました。ジョーカー様」

 

「向こうでもトラファルガー・ローとロロノア・ゾロ含む一味とその協力者5名を捕らえたようです。()()取り逃がしたようですが……」

 

「……そう。なら後は追手を出して、船の方を捕まえればお終いね──全員捕らえなさい」

 

「了解」

 

 そしてその攻撃が終わり、彼らが全員倒れたのを見届けると部下のメアリーズからの報告を聞く。どうやらここだけではなく、グラン・テゾーロの方でも概ね収束したようだ。

 部下に向かって倒れた麦わらの一味を捕縛するように伝えると部下達は動き始める。それと共にジョーカーも麦わらのルフィの近くに歩み寄った。

 

「……!! ウ……!!」

 

「! へぇ……まだ意識があるのね。流石だわ」

 

 だが近づいたところでジョーカーは少し驚く。自身の能力を受けてあれだけの攻撃を受けてなお、麦わらのルフィは意識を保っていた。

 とはいえ虫の息。ギリギリ生かすようにこちらが調整したとはいえ、その生命力はクイーンの“氷鬼”から生き残っただけはあると感心する。そして続けて言うことがあると口を開いた。

 

「でもちょうど良かった。あなたに……()()()()から伝言を預かってるの」

 

「……!!」

 

 麦わらのルフィは返事をしない。することが出来ない。ただ呻くようにして歯を噛み、反応を示す。その歯もまたジョーカーの“吸血”によってボロボロだ。流石に意志までは死んでないようだが、そんなルフィの心を折るようにジョーカーは口にする。

 

『これ以上進むなら……あなたは大切なものを失うことになる』……だ、そうよ」

 

「!」

 

 ルフィは辛うじて保っている意識の中で声を聞き、思い出す。その言葉はかつて、初めてぬえに出会った時に忠告された言葉だ。

 ジョーカーはそのことは知らないものの、ぬえがルフィ達を()()()()で気に入っていることは知っているため、思う──()()()()()()()()()()()()()

 

「もっとも、進みたくてもあなたはこれ以上進めないのだから関係ないわよね?」

 

 だがその伝言すらもはや無意味。

 失敗した時のために幾つか作戦を立てていたものの、こうなってしまえばそれらも必要ない。ゆえに伝える必要はないと思ったものの、一応伝えるだけは伝えておこうと口にした。ジョーカーの上司は中々に気分屋なのだ。常識の通用しない四皇クラスの怪物に総じて言えることではあるが……任務は忠実にこなしておく。それがジョーカーの示す忠義だ。

 

「──私達に逆らうからこうなるのよ……おバカさん♡」

 

 そう言ってジョーカーは麦わらのルフィに背を向ける。世界最強の百獣海賊団に楯突く者への当然の報い。この後、彼らが命を拾うか、呆気なく死ぬか、地獄の苦しみを味わうかは彼ら次第だが……もはや彼らには夢も希望もない。

 

「────」

 

「!」

 

「? どうしましたか? ジョーカー様」

 

 だが──立ち去ろうとしたジョーカーの耳にルフィの口から漏れた言葉が入る。

 それは明らかにジョーカーの言葉に返答したものだ。それも、愚かにもこの状況で宣戦布告とも取れる不遜なもの。

 

「……いいえ、何でもないわ。それより残りは船と逃走者1名よね? ()()が来るまでに早急に捕まえなさい」

 

「はっ! わかりました!!」

 

「…………」

 

 しかしジョーカーはそれを聞いて僅かに立ち止まったものの、それを頭から消して部下達に次の指示を告げる。1つ仕事は終わったが、今回のジョーカーの任務は麦わらの一味と裏切り者の捕縛だけではない。

 それよりも重要な仕事がこの後に残っている。今度はそれに備えなければならないため、後はしばらくゆっくりしながらそれを待つ。残りはテゾーロやドフラミンゴ、部下達に任せればいいと。

 ゆえにジョーカーはその場から離れ、ドフラミンゴ達と共に一時、引き渡しと受け渡しの為に“グラン・テゾーロ”へ向かっていった──その後に続くロブ・ルッチが捕らえた麦わらの一味を僅かに一瞥したが、すぐに興味を失ったのか視線を外す。そして更にその様を──

 

「…………!」

 

 ──この場の誰もが気づいていない()()()()()()()




シャンクス→ぬえちゃん監修済み。詳しい解説はぬえちゃんをお待ち下さい。
約束→ルフィがどういう反応をするかは色んな解釈があるというか、予想があるけどまあこの時点だとこんな風になるかもなぁと推測しました。もし解釈違いでも許して。
未来視→同じ未来視持ちとか圧倒的フィジカル持ちじゃないと改めてキツイなって。初見殺しは相性悪いけど、分かっててもどうにもならない系なら攻略出来るかも。
ダイス→キラキラの実の能力者になりました。ドM。この章で下手したら1番強化されてるのこいつかもしれん。
ブラックマリア→ササキより懸賞金高いやつ。能力が多彩なのと趣味が悪い。ロサミガレ・グラウボゲリィとはどういう生き物だ……!?
フーズ・フー→飛び六胞最高懸賞金額。この章で原作の情報を含むあれこれ明かしたい。
たしぎ→お待たせしました。詳細は次回以降。
戦っている偽物→からくりはまだ不明。
福ロクジュ→ちょくちょく演技指導受けながら一週間くらいみっちり練習しました。
ベラミー→シンプル可哀想。
CP9→メアリーズ真打ちの3人。他はいないです。
ドンキホーテファミリー→描写サボったけどピーカとシュガー以外ほぼ全員集まってます。
ジョーカー→絡め手も使う怪物。能力の吸血がほぼ即死攻撃なので怖いです。昼なので弱め。1番得意な六式は紙絵。まだまだ手札持ってます。
ルフィ→頑張ってたけど多勢に無勢。デバフ(老化、貧血)
ぬえちゃん→今回は裏方頑張ってたのが判明して可愛い。

今回はこんなところで。色々明かされつつもまだまだ分からないことや本当か嘘か分からないことが多いですが、しゃーない。腹黒だらけ陰謀まみれの章なので。
次回は捕らえられた一味やロー達がどうなるか。逃げたのは誰なのか。船組はどうするのか。新政府は来るのか。色々ありますのでお楽しみに。
そして何気にぬえちゃんが2周年です。これからも頑張って完結までぼちぼち書いていくので応援よろしくお願いします。

感想、評価、良ければお待ちしております。

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