正体不明の妖怪(になった男)、情緒不安定な百獣の腹心になる   作:黒岩

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スロープレー

「おい……なんで国王様が百獣海賊団と一緒に!?」

 

「西で戦ってる筈じゃなかったのか!?」

 

「もしかして降伏……? それとも和解したのか……?」

 

 海賊帝国のナワバリをメチャクチャにしたことで百獣海賊団の侵攻を受けている筈のドレスローザ。その国民達は混乱の最中にあった。

 多くの住民は戦場となっている西側から避難を始め、他の町でも建物の中に籠もっているとはいえ、外に出てより安全な場所に向かう人やドンキホーテファミリーの手下達も少なからず見られる。

 

「若様!?」

 

「しかもさっきまで戦ってた連中が何で……!?」

 

「おい……ありゃ“麦わらのルフィ”……か?」

 

「手配書じゃもっと若かったぞ!! 何であんな老人に……!?」

 

 そして彼らの視線は、西側へ向かう集団に釘付けになっていた。

 その集団は──西側で戦っている筈のこの国の国王であるドンキホーテ・ドフラミンゴと彼が率いるファミリーの幹部。

 それもまた下っ端や国民達にとっては不思議だったが、更には敵である筈の百獣海賊団が共に並び、味方である筈の“麦わらのルフィ”とその一味が負傷した様子で捕らえられていることが何よりも混乱を生む。白目を剥いて手枷を付けられた麦わらのルフィの姿は、そのやられようの異質さもあって多くの人々の目を引き、顔色を青くさせた。

 

「さすがはジョーカー様だ……おっかねェ……!!」

 

「血を吸われて“老化”したんだな……ありゃ生きてんのか?」

 

「ギャハハ!! ウチに逆らうからだ!!」

 

 西の町に入ってから、捕らえた麦わらの一味をメアリーズから引き継いで運び、連行する百獣海賊団のウェイターズやプレジャーズがその麦わらのルフィの姿を──ジョーカーによって“老化”した姿を見て畏怖し、笑ってみせる。

 彼らは今回の作戦の詳細までは知らされていないものの、概要くらいは知っている。ジョーカーが麦わらの一味と裏切り者を罠に嵌めるために一芝居打ったことを。ゆえに気がつけば消えていたドフラミンゴ達やジョーカー達の偽物にも驚くことはない。……もっとも、どのような方法でそれを為したのか、不思議には思うが。

 そして西の港──グラン・テゾーロからの跳ね橋が掛かる場所に連れて来られた彼らに、ギフターズや真打ちは歓声や怒声を上げる。

 

「ジョーカー様が来たぞ!!」

 

「キャ──♡ ジョーカー様~~!!」

 

「おうこら、ロー!! この裏切り者が!!」

 

「タダで済むと思うなよ!!」

 

「腕を切り落とせ~~!!」

 

「ヤキ入れてやれ!!」

 

「やるならおれにやらせてくれよ!! ジョーカーさん!!」

 

「……!!」

 

 傷を負い、ドレスローザで捕らえられた麦わらの一味と同様にその同盟相手であるトラファルガー・ローもまたこの場に連れて来られていた。

 その裏切り者の姿に真打ち達は殺気立った様子で怒声を浴びせかける。あるいは嘲笑う者や残忍そうな笑みを浮かべる者もいた。その数の多さにローは歯噛みする。ドレスローザに攻めて来ているジョーカーの軍団は、それなりの戦力を連れて来ているだろうとは思っていたが、それにしてはあまりにも多すぎる。

 ざっと数えてもギフターズが500人以上。真打ちは50人以上。

 百獣海賊団の主戦力とも言えるギフターズの総数は今や2000人。真打ちは200人。ジョーカーの配下であるメアリーズがこれだけいて、雑兵のプレジャーズやギフターズが正確な数は分からないもののこれだけいるとなると……百獣海賊団の戦力の4分の1はここに集結していると言える。

 その戦力はドフラミンゴや自分達を潰すには明らかに過剰だ。両者の戦争がフェイクならばこれだけの数を揃える必要はない。

 

「ハァ……ハァ……(そうなると……こいつらの狙いは……)」

 

「──久し振りだな……」

 

「!」

 

 地面に座った状態で息を整えていたローは得た情報を頭の中でまとめ、彼らの狙いを予測しようとして──目の前にやってきた男に反応した。

 それはローにとっても因縁深い男。ローの仇敵にしてかつての船長である──ドンキホーテ・ドフラミンゴだ。

 

「ドフラミンゴ……!!」

 

「フッフッフッ……!! デルタ島の一件以来だな……!! あれだけ強くなったお前が、酷いザマだ……どうやら()()にやられたようだな……!!!」

 

「…………」

 

 ドフラミンゴは自分に忌々しそうな目を向ける負傷したローを見下ろして笑う。チラリとその背後。腕を組んで百獣海賊団の軍勢とはほんの僅かに離れた場所に立つシャーロット・カタクリを見た。

 カタクリはドフラミンゴの発言に何の反応も返さないが、ドフラミンゴは強くなったローの実力を知っている。約1年前に自身の誇るファミリーの最高幹部であるディアマンテを一蹴し、百獣海賊団の真打ち最強の6人、飛び六胞まで昇りつめたローを、多勢に無勢とはいえこうも容易く叩き潰せる者などそういない。

 海賊帝国で言うならそれは“大看板”や“将星”だ。一対一ならドフラミンゴやテゾーロですら敵わない、劣勢を強いられる程の怪物達。

 その将星最強と言われる男が相手ではさすがのローも逃げ切ることは出来なかったらしいと、ドフラミンゴはローの不幸と自身の幸運を笑う。最悪の世代のガキ共に嵌められた時は肝を冷やしたが、それでもローが手元に戻ってきたなら結果的に悪くはなかったと。

 

「フッフッフッ!! お前とは色々と話したいこともあるが、ここじゃ落ち着かねェだろう。──おいジョーカー。ローは本当に連れて行ってもいいんだな?」

 

「ええ、そういう契約だものね。好きにしなさい」

 

「……!!」

 

「フッフッフッ……そういうことだ。事が始まるまでまだもう少し時間がある。それまではお前を可愛がってやるさ──昔みたいにな……!!!」

 

 そしてローは絶体絶命の状況をどうにかする方法はないかと苦心する。ドフラミンゴやジョーカー達の企みも気になるが、今はそれを考えている余裕はない。まずは囚われたこの状況をどうにかする必要がある。どういう理由か、一応は百獣海賊団の裏切り者である自分がドフラミンゴに引き渡されるのも不可解で、何より都合が悪い。麦わらの一味と共に捕らえられるのが理想ではあったが……こうなれば残してきた者達を頼るしかないと。

 無論、望みが薄いことも理解っているが──

 

「あなたの考えていることは読めてるわよ、ロー。大方、船に残してきた仲間やあなたが逃した1人に希望を見出しているんでしょう? でもそう簡単に上手くいくかしらね──ルッチ」

 

「──既に追手を差し向けています。どうやら連中は“グリーンビット”に向かっているようで。ドレスローザに逃げた1人も大方居場所は絞れています」

 

「だ、そうよ。捕まるのも時間の問題ね」

 

「っ……!!」

 

 その言葉にローは表情を歪めるしかない。やはり全てバレている。自分が指示した船の行き先も、作戦が成功しても失敗しても合流地点に指定したその場所のことも。

 

「そしてあなた達はもう逃げることも出来ないわ。もっとも……逃げたところでどうにもならないでしょうけど♡」

 

「ジョーカー殿。こちらの麦わらの一味は私が管理してもよろしいのですかな?」

 

「ええ、テゾーロ。あなたに任せるわ。事が終わった後、“新鬼ヶ島”に連れて行く。それまでは手錠をつけて可愛がるなりなんなり好きにしなさい」

 

「了解しました」

 

「ドフラミンゴ。あなたも準備は整えておきなさい」

 

「ああ、分かってる」

 

「……! (クソ……!!)」

 

 更に分断されてしまう。グラン・テゾーロで捕まった者達も皆テゾーロの指示で連行され、どこかに捕らわれてしまった。おそらく牢屋か何かがあるのだろうが、ローはその情報を持っていない。あるいは拷問でもされているのだろう。どちらにせよそれを助けるのは至難の業だ。内心で悪態をつきながら、ローはドフラミンゴの手によってドレスローザに連れて行かれてしまう。

 

 ──そして残ったジョーカーとテゾーロ。彼らの配下は一度グラン・テゾーロに戻る。

 

 麦わらの一味の連行には巨大な“カメ車”──マッスルカメというテゾーロの奴隷である筋肉質なカメを動力にした車を使い、麦わらの一味はどこかへ連れて行かれてしまう。

 そして残ったジョーカーとその配下はグラン・テゾーロが誇る七つ星のカジノホテルである“THE() REORO(レオーロ)”へ戻った。配下の真打ちやギフターズ。あるいはメアリーズなどがプレジャーズやウェイターズと共に持ち場へと散った後、ジョーカーは数少ない残った真打ちの側近らと共に同じくその場に残った1人と対峙する。

 

「……さて、ブツを渡して貰おうか」

 

「ええ、分かってるわ。これよ」

 

 口を開いたのは相手の方から。先程までの引き渡しの際には一度も口を開かなかった寡黙な男、カタクリがジョーカーからある物を受け取る。

 ジョーカーの傘の中から、まるで手品のように取り出した宝箱。それを手に取ったカタクリは一緒に受け取った鍵で箱を開き、中身を確認した。するとカタクリの鉄面皮が、その眉根が僅かに寄る。

 

「……確かに。確認した」

 

「ええ、確かに渡したわよ」

 

 だがそれも一瞬。表情を普段のものにすぐに戻したカタクリは最低限の言葉でそのブツを受け取ったと頷き、ジョーカーもそれに続いた。

 しかしジョーカーはそれに更に一言を付け加える。今更下手なことはしないと思うが、ブツがブツなだけに念の為。

 

「分かってるとは思うけど、それはあなたに預けるだけ。そのまま持ち逃げなんてしたら──」

 

「──分かっている。この期に及んで同盟に亀裂を走らせるような事はしない」

 

 カタクリはジョーカーが忠告の全てを言い終える前に答える。カタクリとて当然理解していた。このブツをそのまま、ビッグマム海賊団が持ち逃げするようなことがあればその瞬間──海賊帝国は終わる。

 海賊帝国は“ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)”を手に入れるための同盟だ。同盟を組む前の、争っていた2年前ならともかく……この時期になって裏切るようなことはビッグマム海賊団も考えていない。

 

「フフ、未来が読める男は話が早くて助かるわ。それなら一度ここでお別れね」

 

「……ああ」

 

 ジョーカーもまたここで裏切るような相手ではないことは理解している。ゆえに一応の忠告だけに留め、ホテルの中に1人、戻っていくカタクリを見送った。滅多なことがなければ、作戦終了までジョーカーとカタクリが顔を合わせるようなことはないだろう。その別れの挨拶を添えて。

 

「さて、私達は予定通り。例の場所で待機するわ」

 

『はっ』

 

「ジョーカー様。通信が入っております──()()()()()()

 

「! あら、ひょっとしてもう終わったのかしら。いいわ、繋げて」

 

「はい」

 

 そしてジョーカー達は残ったメアリーズの真打ちである側近数名──ロブ・ルッチ、福ロクジュ、カク、ジャブラを含む仮面を付けた数名と共に人気のない一角へと移動していくが、その途中で連絡が入ったことを告げられ、ジョーカーは部下から渡された受話器を受け取り、その名を呼ぶ。自分とはまた別の重要任務に出向いているその男は“大看板”の筆頭でもある怪物──“火災のキング”だ。

 

「何かしら? キング」

 

『──ジョーカーか。そっちの状況はどうなってる?』

 

「順調よ。麦わらのルフィとトラファルガー・ローを含む同盟の主力を捕らえたわ。準備も済んでる。そっちはどう?」

 

『その事で連絡した。悪いが捜索に時間が掛かっている。今日明日で向かうのは無理だ。おれは()()()()()()()()()

 

「──あら、あなたともあろう人が苦戦してるのね。それともあなた相手に粘ってるミンク族を褒めるべきかしら……もしかして今戦闘中?」

 

 キングからの連絡。その内容は状況の確認と作戦に合流出来ないことの謝罪だった。それを聞いてジョーカーは軽口で暗に問題ないと告げる。元よりキングの任務はどれだけ時間が掛かるか分からないものであり、あまり期待していなかった。参戦出来れば嬉しい誤算にはなるが、当てにはしていない。

 とはいえ捜索に時間が掛かってるということはゾウへの到着は予定よりも早かったらしい。その分、戦闘が長引いているということを意外と思い、それでいて連絡を入れられる程度には余裕があるのだろうと判断したジョーカーのその考えは──概ね正しかった。

 

「──ああ。だが……()()()()()。もう虫の息だ」

 

「……ゼェ……ゼェ……ゲホッ、ゲホッ……ハァ……ハァ……!!」

 

「……ハァ……ハァ……クソッ……化け物め……!!」

 

 ──ジョーカーにその報告を行うキング。彼が立っているその国は既に……地獄へと変貌していた。

 

「やめろ……やめてくれ……!!」

 

「だったら質問に答えろォ!! “歴史の本文(ポーネグリフ)”はどこにある!?」

 

「知らない……!! そんなもの……!! 本当に知らないんだ……!!」

 

「だったら死刑だ!!」

 

「ぐわァアア!!」

 

「ギャハハハ!!!」

 

「やめろ……女と子供だけ……は……」

 

 巨大なゾウの上にある数十万人は住める“モコモ公国”の中心である“クラウ都”は──赤く燃えていた。

 

「クソ……!! 完全に包囲されてる……!! 逃げられねェ……!!」

 

「当たり前だァ!! 誰1人逃さねェぞ……!! 苦しまずに死にたいならさっさと“石”の在り処を吐くんだなァ!!!」

 

 古代の歴史ある建造物が建ち並んでいたその町は、何か鋭利な物で斬り裂かれたかのようにバラバラの瓦礫になり、燃え広がった炎が木々と戦士達の手足や死体を燃やしていく。

 その都で戦うミンク族の戦士達の大半は黒焦げとなり、血が流れる地面の上に倒れていた。地面に流れる大量の血はミンク族のものも混じっているが、そうではない。巨大な穿たれた穴から漏れ出るこのゾウの──()()()()()

 その傷による負傷と燃え広がる火災の疲労によって水浴びすら出来ないその“象主(ズニーシャ)”の上を、炎を背負う黒い翼を持った大男──キングが見渡す。

 

「やはり都に“石”はねェようだ。本命はやはり森だが……森が全て燃え尽きるにはまだ時間が掛かる」

 

『成程。ということはミンク族は石の在り処を吐かなかったのね』

 

「ああ。()()()()()()()

 

 その地獄を作り上げた張本人であるキングは部下達がミンク族の戦士達を囲んで1人ずつ叩き潰していくのを一瞥してジョーカーに告げる。目の前で倒れる2人のミンク族の王も、生きてはいるが血塗れになって立ち上がることが出来ない。

 

「ぐゥ……!! 無念……!!」

 

「ギャハハ!! 死ねェ!!!」

 

「……!! やるなら……まだわしが残っとるじゃき……!! 無視するんは許さんぜよォ!!!」

 

「……!! まだ終わってはおらんぞ……侵入者共……!!!」

 

「ぶへェ!!?」

 

「!」

 

 だが……戦士達がやられそうになっているのを見て再び立ち上がるミンク族の王達を見てキングは反応する。

 昼の王と呼ばれるイヌアラシ公爵と、森が燃やされ、イヌアラシが苦戦しているのを見て出てきた“侠客団(ガーディアンズ)”のボスであるネコマムシの旦那。

 人間を遥かに超える強さを持つミンク族の中でも最も強い2人の戦士達。だが……その2人がかりでも百獣海賊団の大看板“火災のキング”には傷一つつけられなかった。他のミンク族の戦士達もキングの軍団を相手に次々に倒されていく。その絶望を理解しながらも立ち上がった2人にキングは目を細めて彼らに再び殺気をぶつける。

 

「まだ立ち上がるか……悪いがジョーカー。おれはまだ捜索に時間が掛かる。そっちはお前に任せたぞ」

 

『ええ、問題ないわキング。代わりと言っては何だけど……気の利く弟分の方はもう着いたみたいだしね♡』

 

「! ──ああ。なら後はお前ら2人に任せた。武運を祈る」

 

 ──再び戦闘態勢に入ったであろうキングが通信を切ると、ジョーカーは不敵な笑みを深める。向こうの方はキングに任せておけば問題ないだろうと。ミンク族如きがどれだけ束になろうとキングには勝てやしない。両者の実力も()()も知っているジョーカーはそれを確信する。

 そして今しがた、港に待機してるメアリーズから入った情報でジョーカーはこちらの布陣が更に盤石になったことを思った。メアリーズから共有される視覚情報と聴覚情報。それによると港には一隻の船が到着し、そこから1人の男が降りてグラン・テゾーロへと入場するところだった。

 

「グラン・テゾーロ港よりジョーカー様へ連絡。“大看板”──ジャック様がお着きに!!!」

 

「ウオ~~~!! ジャック様~~~!!!」

 

「ジャックさ~~~ん!!!」

 

「…………」

 

 港から敷かれている赤い絨毯の上を行く大男──“旱害のジャック”は自身を出迎える部下達やグラン・テゾーロの職員らの歓声に全く応えることなく、凶悪な人相を全く変化させずに歩みを進める。

 それを見たジョーカーは頭の中の情報を更新する──“キング”が来れない代わりに“ジャック”が到着し、これで手札は更に潤った。

 相手がどれだけの手札を持っていようと負ける可能性は限りなく低い。どれだけ場が荒れても目的を達成するための準備は整っている。

 そう、後は──

 

「フフフ……!! “ゲーム”の開始が待ち遠しいわね……!!!」

 

 ──ゲームの開始を待つのみだ。

 

 

 

 

 

 ドレスローザの北西。そこには“グリーンビット”と呼ばれる離れ島が存在する。

 とある理由から船では向かえず、ドレスローザから伸びる橋を渡るしかないその島こそが──ローが指定する“同盟”の合流地点だ。

 それゆえにドレスローザの北北東の岸には、麦わらの一味のサウザンド・サニー号とハートの海賊団のポーラー・タンク号が停泊していた。

 人気のない岸から隠れて上陸し、北西のグリーンビットを目指す──それこそがローの出した指示だ。

 しかし現在、その指示は──ほぼ達成不可能な状況に追い込まれていた。

 

「おらァ!! 出て来い麦わらの一味~~!!!」

 

「お前らがウチを嵌めたことはもう分かってんだよ!!!」

 

 海賊達の怒号が砲弾と共に船を襲う。

 人気のない筈の岸には黒のレザーを使った衣装が特徴的な海賊達──百獣海賊団に加え、ドンキホーテ・ファミリーの下っ端達が揃って集まっていた。

 その数は数百人規模。それも百獣海賊団の真打ちやファミリーの幹部を含む軍団であり、主力が軒並みいないサニー号は絶体絶命の状況にある。今にも船を沈められてもおかしくはない──

 

「うおおおお~~~!!? やめろ~~~!! おれは一応、ご主人様の味方で……つまりはお前らの味方なんだぞ~~~!!?」

 

「おれもそうだ!! おれは裏切るつもりなんてねェ!!! 撃たないでくれェ!!!」

 

「おらァ!! 沈めェ!!!」

 

 船の甲板にいるチョッパーやシーザーが味方であることを口に出しながら涙を流して喚くも、海賊達は取り合わない。砲弾の雨を降らせてどうにか船を傷つけようとするも──

 

「!!! ダメだ!! 効かねェ!!!」

 

 ──しかし、船が沈められることはない。

 それどころか傷一つつけることも出来なかった。その理由は、船に残っていた麦わらの一味の協力者である海賊。その能力によるものである

 

「無駄だっぺ!!! おらのバリアがそんな腐れ砲弾を通す訳ねェ~~~!!! 全員帰るっぺ!!!」

 

「クソ……!! どうなってやがる!!」

 

「早くどうにかするザマス!!! お前達!!!」

 

「し、しかしどうすれば……!!?」

 

「おい……!! ありゃあ知ってるぞ覚えてる!! ありゃあ確か“バリバリの実”だ!! カイドウさんやぬえさんの攻撃すら防ぐバリアを生み出す鉄壁の能力!!!」

 

「あんなのどうすりゃあいいんだ!! 聞いてねェぞ!!?」

 

 サニー号を囲むように生み出された透明のバリア──それを生み出したバルトロメオが船の縁で海賊達に向けて中指を立てる。

 船番を、船の守りという御神体を守る神聖な仕事を賜ったバルトロメオは自身のバリバリの能力を全力で使って船を守っていた。砲弾の雨だろうが能力者の能力だろうが全てを防ぐそのバリアの無敵っぷりに、甲板にいたチョッパーやシーザーはホッとして胸を撫で下ろす。どうやらここにいる限り──バルトロメオが守っている間はこの船は安全だと。

 

「ここにいれば大丈夫そうだな……」

 

「ああ。よし、今のうちに逃げようぜ!!!」

 

「嫌だべ。お前の言うことは聞かねェ──ルフィ先輩達をここで待つべ!!!」

 

「この様子じゃお前らの作戦なんざバレてるに決まってる!! 麦わらのルフィも今頃は袋叩きにあって死んでるに決まって──」

 

「あ? てめェ今、何を言ったっぺ……!!」

 

「あ、いや……」

 

 だがこのままここに居続けるのは危険だ。自分の命も危ういと思ったシーザーはこの場から離れようと自身の見解を話し、バルトロメオを説得しようとして──しかし失言してしまう。

 バルトロメオの顔がシーザーの方を向いた。剣呑な様子で、シーザーの方にナイフを向ける。

 

「麦わらのルフィ先輩が死ぬ訳ねェ~~~!!! 訂正しろこの腐れ科学者がァ~~~~!!!」

 

「うぎゃああああ!!? わ、わかった!!! 訂正する!! 訂正するからやめでぐべ……!!」

 

「そうだ!! お前らの船長は死んだぞ!! だからさっさとバリアを解いて諦めろ!!!」

 

「お前らもうるせェっぺ!! 全員地獄に落ちろ~~~~!!!」

 

「キィ~~~!!! 忌々しいザマス!!!」

 

 岸から百獣海賊団やドンキホーテ・ファミリーが挑発を行うも、バルトロメオはやはり取り合わない。舌を出して思い切り彼らを馬鹿にして負けじと言い返す。ファミリーを率いてきた幹部のジョーラがハンカチを噛んで悔しがるも、何をしてもバルトロメオのバリアは解けない。

 その無敵のバリアと、バリアの外にいる海賊達の数を見てチョッパーは思わず心配してしまう。船の方は大丈夫でもシーザーの言う通り、他の連中が大丈夫とは限らない。

 

(……本当に戻ってくるのか? ルフィ達……それにフランキー達も島の方に行っちまったし……ご主人様も連れてくるって言ってたけど、そんなこと本当に出来るのか?)

 

 そう、ルフィ達が島に行ってしばらく──船を追いかけて来た百獣海賊団やファミリーの下っ端に異変を感じ取ったフランキーはルフィ達の様子を見に行くと言って単身、島へ上陸した。

 加えてジュエリー・ボニーも──

 

『おいバリア男!! くまを頼んだぞ!!』

 

『は!? おい待て!! フランキー先輩はともかく、おめェの言うことなんて聞く義理は──』

 

 と、何やら尋常ではない様子でフランキーの後に船を降りてドレスローザへと上陸した。居ても立っても居られないといった様子だったが……ボニーはくまを大事に思っているように見える。ゆえにその関係だろうとチョッパーは当たりをつけた。ルフィ達が捕まったという情報が本当なら自分達でどうにかするしかない。

 ローの仲間達も追手が来た時点で一度別れ、海中に潜った。潜水艦はこういう時に便利だ。バルトロメオのバリアでまとめて守ることも出来なくなかったが、船長が捕まったなら彼らも彼らで動く必要がある。大事な人を助けたいという気持ちは今のチョッパーにもしっかりと理解出来た。

 そしてチョッパーもまた、出来れば早くご主人様に会いたいという思いを強くしている。特に今は、その思いが強くなった。

 何しろ──

 

(あいつらからご主人様の匂いがする……!! しかも最近の匂いだ!! ってことは……ご主人様はこの島のどこかに……!!)

 

 ──チョッパーの今の主人が、近くにいる。匂いでそれを感じ取ったチョッパーは先程、フランキーらと一緒に島に上陸しなかったことを後悔する。岸にこれだけ海賊達が集まった今、安全に上陸することは難しいし、バルトロメオがそれを許してくれない。百獣海賊団も親切に自分を受け入れてくれるだろうかと。

 

(くそ……!! ご主人様が近くにいるのに……!! 何か出来ることはないのか……!?)

 

 まずはこの状況をどうにかしなければならない。チョッパーはその思いを強くしつつ、何も出来ないことに焦りを覚えながら……時間が過ぎていくのをただ黙って見ていた。

 

 

 

 

 

「ねえちょっと!! どこまで連れて行く気!?」

 

 グラン・テゾーロのとある一角。VIPエリアと思われるホテルの広々とした廊下で、捕らえられた“麦わらの一味”の航海士──“泥棒猫”ナミはテゾーロ配下の警備に向かって堂々と文句を口にした。

 その手には鎖付きの手枷が掛けられ、その脇を警備の兵が固めている。逃げられる筈はないものの、心までは屈さないとナミの口は止まらなかった。止まるつもりもない。

 

「うるせェなァ……」

 

「へへ、威勢のいい女は嫌いじゃねェ……せっかくだ。ちょっと痛めつけて黙らせるか?」

 

「はい黙ります!! 静かにします!! だから殴らないで!! 拷問反対!!」

 

「って掌返すの早ェな!!」

 

「そんなに自分の身が可愛いかおい!!」

 

 警備の男達の言葉にナミはまくし立てて一瞬で静かになる。警備が思わずツッコミを入れてしまう程にはナミの変わり身は早かった。

 だが静かになってもナミの頭の中はきちんと希望を思い描いていた。自分はこうして捕まってしまったが、誰かが無事ならまだ助かる目はある。

 

(ゾロやトラ男に日和ちゃんに錦えもんは全員捕まってどこかに連れて行かれたみたいだけど……ドレスローザにはルフィ達がいるし、船に残ったフランキー達もいる!! 逃げたウソップがどうにか合流して説明してくれれば……)

 

 そう、こちらに来た全員が捕まってしまった訳ではない。ローの能力によって逃げた4人は頑張ったものの街全体がテゾーロのナワバリとも言えるグラン・テゾーロで逃げることは難しかった。百獣海賊団と思われる兵が大量にいたのもあって、ナミ達は捕まってしまった。

 だがウソップだけは何とか逃げた……筈。捕らえられた中にウソップはいなかった。ウソップがルフィ達に状況を伝えてくれる筈だとナミは考える。

 だからこそ、ここで下手に痛めつけられてしまうのは悪手。逃げる時の体力を温存するためにも……ナミは大人しく従うことを選んだ。

 

「全く……海賊帝国に逆らった海賊と聞いてどんなイカレた連中かと思ったが……」

 

「ああ、大したことはなかったな。この分だと拷問にもすぐ音を上げるぜ」

 

「!! ちょ、ちょっと!! やっぱり拷問する気じゃない!? やめてよね!! こんな可愛い私に向かって!! 言っとくけど一秒と保たないわよ!!」

 

堂々と情けないこと言ってんじゃねェよ!! ……へへ……だがまあしょうがねェ。そうやって喚きたくなる気持ちも分かるぜ」

 

「だな、何しろ……お前、ウチの歌姫に目付けられちまったようだしな」

 

「……歌姫?」

 

 聞いていない。まさかの拷問する気で、しかも突然飛び出してきた単語にナミは再び騒ぎながらも疑問符を頭に浮かべる。オウム返しのように単語を口にすると、警備の男達がニヤニヤとした笑みを浮かべた。そして敢えて続きを口にする。

 

「ウチの幹部の1人だ。その人がお前を連れて来いって命令でな」

 

「お前も含めてお前の仲間は全員、このグラン・テゾーロで預かることが決まってる。今頃他の仲間も今ウチに来てる百獣海賊団の幹部に拷問されてるかもな」

 

「おっかねェぜ。最悪の場合は()()()()に落とされて……」

 

「あの場所……?」

 

「おっといけねェ。これ以上のお喋りはなしだ」

 

「さあついたぜ。この部屋だ」

 

 ナミは警備から更に話を聞き出そうとしたが、さすがにそれ以上喋ってはくれなかった。別々の場所に捕らわれていることだけは分かったが、具体的な場所が知れればもっと良かった。それが知れればいざという時に動きようもある。

 だが今は自分の心配をする必要があると、ナミは警備が立ち止まった扉の前で唾を飲み込む。警備のノックの音が響き、中から声が返ってくる。

 

「──()()()()()。連れて来ました」

 

「ええ、ありがと。入りなさい」

 

「……え……?」

 

 その時の警備の口にした名前に、ナミはつい間の抜けた声を漏らしてしまう。

 警備がその相手の声に応えてナミと共に部屋に入っていく──その時に見た相手に、ナミは自身の連想したその相手が間違ってないことに気づいた。

 遠目では分からなかった。そして名前を聞くまでは思い出せなかった。部屋の中にある最高級ソファに腰掛ける、黒いドレスに、()()()()()()()()を身に付けた紫髪の美女。

 

「それじゃあなた達は部屋の前で待機しといて」

 

「はい」

 

「何かありましたらお申し付けください」

 

 その彼女は警備の男達に命令を下す。立場としては男達の言うように彼らよりも上位──このグラン・テゾーロの、テゾーロ一味の幹部なのだろう。男達は彼女の命に従って部屋を出ていく。

 必然的に部屋の中にはその彼女とナミの2人だけになった。ナミはまだ僅かに驚いて顔を固くし、相手の方は微笑を浮かべている。長い足を組んだまま、高い地位を持った者に相応しい振る舞いで口を開いた。

 

「さて……あなたがあの“麦わらの一味”の航海士……“泥棒猫”ナミね。海賊帝国に多大な被害を与えた話題の海賊」

 

「……ふーん。それで、あんたはテゾーロ一味の幹部で歌姫ってワケ?」

 

「あら、良い度胸ね。自分の立場を理解してる? あなた今、敵に捕まってるのよ?」

 

 彼女の言葉にナミは落ち着いた言葉で返す。彼女であれば、恐れる必要はないと冷静に毅然とした態度で。

 

「そっちこそ。泥棒が何でここにいるのかしら? ──“女狐”カリーナ」

 

「──なーんだ、憶えてたんだ」

 

 と、ナミがその二つ名を付けて彼女の名を呼ぶと雰囲気を一変させてあっけらかんと、ナミの記憶にある笑い方で笑ってみせる。

 

『グラン・テゾーロ“歌姫”改め怪盗“女狐”カリーナ』

 

「ウシシ、久し振りねナミ。6年振り? まさか海賊嫌いのあなたが海賊になってるなんて、驚いたわ」

 

「まあ色々あったのよ。というかそっちこそ、今は良い身分みたいね」

 

 かつてナミが東の海で海賊専門の泥棒をやってた時の同業者にしてライバル──カリーナ。

 どうやら賞金首になっていた関係上、カリーナの方は以前よりナミのことを知っていたらしい。そのことを揶揄しながらもお互いに軽い口調で言葉を交わし合う。

 

「せっかく再会したんだし、食事でも摂りながら少し話さない?」

 

「……そうしたいのは山々だけどね。悪いけどそんな余裕はないのよ。私達の仲間が捕まってる。何の用か知らないけど話がしたいならまず私のこの手錠を外してここから逃してくれない?」

 

「ええ、いいわよ。ただそれなら──」

 

 ナミの毅然としたその要求に、カリーナは二つ返事で了承しつつも条件を突き付ける。ナミと似た、愛らしくも悪い笑みを浮かべながら──

 

「──久し振りに手を組みましょう♡ 分け前はあなたの仲間の命と……1000億ベリーでいかが?

 

「!!?」

 

 ──ナミの人生で行ってきた仕事の中で恐らく、最もデカい仕事となる企みの協力を持ちかけられた。

 

 

 

 

 

 ──ドレスローザ近海。

 

 “新世界”ドレスローザに近いその海に、10隻の船からなる艦隊が隊列を成して進んでいた。

 掲げる旗は髑髏ではない。かつての革命軍と海軍の旗を合わせたようなそれは“新政府”の旗であり、それが意味するのは彼らは新たな民衆の意志にして正義の軍隊──“新政府軍”であるということ。

 

「そろそろ……近づいて来やしたね」

 

「さて、そろそろ会議を……始めな──い!!」

 

「始めねェのかよ!!」

 

 その旗艦となる船の甲板には今回の作戦の主たる将兵が集まり、最後の作戦会議を行っていた。

 彼らは新政府の今後が懸かった重大な作戦のために編成された軍団である。

 そのために大将2名とG・L支部の軍団長らが率いる1万の兵が動員されている。この作戦が失敗すれば、新政府ごと共倒れになりかねない危険な作戦。

 だが現在の世情の中でこれ以上悠長に戦ってはいられない。海賊帝国が僅かでも勢力を落としている今こそが好機であり、このチャンスを逃せば次はないと誰もが理解していた。それゆえに居並ぶ将兵の大半は表向きの態度はともかく、緊張しているし、覚悟を決めている。

 彼らの双肩に世界中の罪なき民衆の命が懸かっているのだ。その覚悟は海賊と比べても並々ならぬものがある。

 

「イワさん。現地からの報告です」

 

「あら、何かしら? また麦わらボーイが事件でも起こしたなら大歓迎っチャブルよ!! 魚人島やパンクハザードでは見事に海賊帝国を出し抜いて──」

 

「いえ、それが捕まったようで……」

 

「え~~~~~~!!?」

 

「それで助けるために乗り込むと、連絡が……」

 

「え~~~~~~~!!? 何言ってんのあのヴァカ!!」

 

「大将!! 如何します? ──って、あれ? もう1人は……」

 

「それが……先程また催したからとトイレに籠もっている様子で……」

 

「あれ!? 本当だ!! いねェ!!」

 

「とにかく、本部にも報告だ!!」

 

「サボさんが何て言うか……」

 

「また自分が行くとか言い出さないといいが……」

 

 かつての海軍や革命軍よりも更に濃い面々による騒がしい会議は、“麦わらのルフィ”が捕まった報告によって更に騒然となった。

 

 ──そして一方。新政府軍の総本部。新たな“世界会議”の最中である“バルティゴ”では──。

 

「──ふふ、変わってないんだ。ルフィさん達……」

 

「ああ。それにかなり強くなってた!! あの百獣海賊団にも一歩も引かないで……!! ありゃ昔のエースに似たな!! あの無鉄砲さはそっくりだ!!」

 

 バルティゴの総本部の建物から少し離れた入り江。その岩場に座って“麦わらのルフィ”の話に花を咲かせるのはルフィと縁がある2人の人物だ。

 1人は新政府軍の参謀長を務めるルフィの義兄──サボ。

 そしてもう1人は今回、世界会議開催にあたってバルティゴを訪れたアラバスタ王国の王女──ネフェルタリ・ビビだ。

 ビビはかつてルフィ達、麦わらの一味と共に短いながらも彼らの船に乗り冒険をした。紛れもない彼らの仲間の1人だ。

 

「ふふ、サボさんにも似てるわ。親切なところもそっくり」

 

「! あ~~……それはまあ……そうかもな。何せおれの弟だしな……」

 

「総長。顔がまたニヤけてますよ」

 

「ダブルで照れてるんだな……弟と自分が褒められて……」

 

 そしてビビはルフィのもう1人の義兄であるエースとも会ったことがある。

 その縁もあって話は盛り上がっていた。──ちなみにサボの背後ではコアラとハックがいて時折会話に参加したり、ルフィの話でニヤけるサボに一々ツッコミを入れている。

 ビビはそのルフィの話を嬉しそうにするサボと確かな縁を感じるコアラやハックの掛け合いを微笑ましそうに見ていたが、ふと笑みを崩さないものの憂いを帯びた表情を見せてこう呟く。

 

「でも……そっか。強くなってるならきっと大丈夫よね!!」

 

「!」

 

「ビビさん……」

 

「…………」

 

 その台詞はルフィ達を心配しつつも、不安になりすぎないように自分を戒めてる様子だった。

 サボ達はそれを察せられた──いや、あるいは当然の心配かもしれないとビビの不安を理解する。

 何しろ今の世界はかつての世界と違う。世界中の海で国が倒れ、人が死に、恐怖と戦争が充満する“暴力の世界”だ。

 新政府軍が発足し、その影響を少なからず留めているとはいえ、今の世界に“平和”という言葉は縁遠い。

 新政府軍の影響が強い“偉大なる航路(グランドライン)”の前半の海に位置し、恵まれた兵力によって何とか治安を保っているアラバスタ王国でさえその影響からは免れない。不幸な事件が幾つも起こっている。

 そしてそんな今の世界で最も危険な場所が“新世界”。

 海賊帝国の影響が最も大きいその魔境で、その海賊帝国に挑みかかっているかつての仲間達を思って不安になるのは致し方ないことだった。

 その気持ちはサボ達にも理解出来る。

 

「ああ、大丈夫だ」

 

「!」

 

 そして、だからこそ言葉を掛けられた。

 サボはビビが求めている言葉を、確かな覚悟と信頼を込めて告げる。

 

「ルフィは負けやしねェ。あいつには頼もしい仲間達もいるし……それに、あの海にはエースだっている。あいつも強ェし……それに、おれ達新政府軍だっている。おれ達だって海賊帝国に負けるつもりなんてねェからな!! “ビッグマム”だろうが“ぬえ”だろうが“カイドウ”だろうがおれ達が倒す!!!」

 

 それは慰めの言葉ではない。必ずそうなる、そうするという決意の言葉だ。

 海賊帝国の強さは分かっているが、それでも引く気はない。サボも、エースも、ルフィも──自分の夢や目的のために必ず立ち向かうし、そのために踏ん張ってる筈だと。

 

「……ええ、そうよね!!」

 

「ああ!! おれ達を信じろ!!!」

 

 サボはビビに作戦の事までは言わない。参謀長として言うことは出来ない。

 だから言葉と屈託のない笑みで心配するなと告げる。

 それにもしルフィに何かあっても──自分やエースが、必ず助けると。

 

「…………ん?」

 

「? どうした、サボ」

 

「空に何かあった?」

 

「いや……」

 

 だがふと──サボは空を見上げ、その変化に表情を僅かに真面目な物にする。

 ハックやコアラ、そしてビビも同じように空を見上げたが、そこに何かおかしな物は何もない。あった変化と言えば、ただ一つ。先程までは快晴で、白い雲が僅かに見えるばかりだった空が──

 

「空が……()()()()()()……」

 

 不自然に──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 現在、ドレスローザは世界中の注目の的だった。

 それは表向きにはドレスローザ国王のドンキホーテ・ドフラミンゴが海賊帝国を裏切ったという情報のせいでもありながらも、裏向きには海賊帝国のナワバリの要所として次の大きな動きが起きうる場所と情報が流れているためである。

 ゆえに今のドレスローザには海賊帝国に与しない様々な勢力が情報を得るために忍び込んでいた。

 

「…………」

 

『見えましたか?』

 

「……ああ。ありゃ間違いねェよい──()()()()。船長に報告してくれ」

 

『! ええ、分かりました……!!』

 

 黄金の街グラン・テゾーロ。その高層ビルの陰に1人の男が隠れていた。

 飛行でも出来ない限り潜むことの出来ない高所で子電伝虫と白電伝虫を持つその男は街中に張り巡らされた監視用の映像電伝虫に映されないようにしながら、受話器の向こうにいる男に報告するように告げる──目的の物が見つかったと。

 

「聞いてたか? やっぱり情報に間違いはねェぜ船長。あの宝箱の中身は……」

 

「どうするんだ? ジョーカーの手から離れたとはいえ、相手はあのシャーロット・カタクリ。奪うのは至難の業だぞ?」

 

『──ああ。お前らに任せるよ』

 

 薄暗い建物の中で男からの報告を受けた2人の男女は、電伝虫で自分達の“船長”に向かって報告を繋ぐ。

 だがその声は全く動じていない。情報が真実であっても必要以上に慌てることも感情を昂ぶらせることもないのはそれを覚悟し、そして家族である彼らを信頼しているからこそだった。

 

『まァ()()()がいりゃ滅多なことにはならねェと思うが、気をつけろよ』

 

「ああ、分かってる。おれ達に任せとけ。親父の形見も……お前の弟の事もな」

 

『!』

 

 報告を行うマスクを被った男の言葉に、受話器の先にいる“船長”は言いたかった事を先に言われてしまい、僅かに驚く。どうやらこちらの気がかりは全てバレているらしいと。

 

「ああ!! こっちは私達に任せろ!! お前の伝言もちゃんと弟に伝えておいてやるからな!!」

 

「おい、()()()……声が大きい。あんま大声出すとバレるぞ」

 

「う、すまない。つい気持ちが昂ぶって……」

 

 大声を注意されたもう1人の刀を持った女の言葉からもそれは分かる。船長と呼ばれたその男は、ここまで自分達の主目的である“形見”の奪取の事だけを考え、そちらに集中していたものの──やはり家族の事はどうしても気がかりだった。

 

『……ああ、わかった。頼む。あいつにも手を貸してやってくれ』

 

「勿論だ。お前の弟ならおれ達の家族も同然だからな」

 

「そこは命令しておけ。全く……まさかまだ船長という役職が慣れてないのか? 昔もそうだっただろう」

 

『弟の事だ。頼むのは気が引けたが……そうだったな。赤の他人ならともかく、お前らには遠慮はいらねェか』

 

 2人の言葉に船長は笑みを浮かべて自身の遠慮が無用であったことを知る。

 自分でも分かっているつもりだったが、つい頼んでしまったのは久し振りの弟の事で気持ちが昔のそれに戻ったからだろう。あまり上下関係のない1船の船長だった時代や、ただの船員、隊長だった時代を。

 その時はまだ遠慮があったのだ。自分の存在に自信が持てなかった──そんな時期だったからこそ、周りを巻き込まずに何でも1人でやろうとした。

 だがそれが間違いだと分かり、多くの船員を率い纏める立場になった今ではその遠慮はともすれば侮っているとも取られかねないもの。

 彼の尊敬する先代の船長であればもっと頼もしく率いることが出来ただろうが、どうやらその域はまだまだ遠いなと“船長”は軽く鼻で笑って自嘲する。そして改めて家族であり子分である彼らに命令を告げた。

 

『──形見と弟の事を頼む』

 

「ああ、任された」

 

「こっちは任せておけ!!」

 

『へへ……任されたよい』

 

 その言葉は同じでも、込められた思いは先程よりも強い。直参の幹部である3人は船長の信頼の籠もった命令を受けて笑みを浮かべながら快く了承する。

 今のドレスローザとグラン・テゾーロは世界一の鉄火場となりえる危険地帯であり、相手はあの海賊帝国。いつ死んでもおかしくない過酷な仕事をこなすとは思えない程に、彼らの心は希望の炎で燃えていた。

 そしてその火を灯した人物もまた──これからやらなければならない危険な役目を控えていた。

 

 ──新世界のその島は彼らのナワバリの本拠地であり、彼らの形見と守るべき遺産のある大事な場所だった。

 

 世界中に“暴力の意志”が広がり、新世界が戦火に包まれても彼らはこの場所だけは最後の砦として守り通してきた。元より他の勢力にはあまり知られていない島でもある。特に珍しい特産品がある訳でもない、ただ長閑で平和なだけの奪う旨味の少ない島。

 それにもし仮に偶然海賊達がこの島にやってきて襲撃を行っても、常駐して守っている彼らが海賊達を撃退してきた。そうして島の平和を守りきって来たのだ。

 

「あ……」

 

「く……!! 来やがった!!」

 

 ──今までは。

 

「──ようやく見つけただど!!」

 

 滝の裏にある村とは反対側にある原っぱ。偉大な男の墓があるその場所に──1人の巨漢の海賊が現れる。

 その海賊はその身体のサイズに見合った巨大な薙刀と、三日月のように弧を描く白い髭が特徴的であったものの……おおよそ、多くの海賊達が知る偉大な男とは似ても似つかない容姿を持っていた。

 だがその海賊を待ち受けるように墓の前に立ちはだかる彼らはその悪評を知っている。その海賊は少し前より、自らをとある男の“息子”だと言い張り、遺産を奪うために自分達を襲撃して回っている狂人だと。

 

『自称“白ひげJr”エドワード・ウィーブル 懸賞金10億4800万ベリー』

 

「偽物の()()()()の息子だち!! おでこそが本当のしろしげの息子だど!!!」

 

「……!!」

 

 だが、狂人というだけでは誰も彼の事を──ウィーブルを恐れない。

 新政府軍が10億を超える懸賞金を掛け、二代目“白ひげ海賊団”が出来る限り戦いを避けてきた理由が確かに存在する。

 その理由を以てして、多くの被害を彼らは受けた。ゆえに白ひげの息子であった彼らはウィーブルのその発言に、殺気立ちながら反抗する。

 

「何言ってやがる……!!」

 

「お前なんかがオヤジの息子なハズがねェ!!」

 

「ナワバリを幾つも襲いやがって……!!」

 

「オヤジの息子はおれ達──“白ひげ海賊団”だけだ!!!」

 

 そう、オヤジ──かつて世界最強の海賊と呼ばれた“白ひげ”エドワード・ニューゲートの息子は自分達だけ。

 白ひげに息子がいたなんて聞いたこともない上、しかもそれが目の前の話の通じない外道の狂人な筈がないと誰もがその言葉を信じない。

 

「うぐぐ……!! やっぱりどいつもこいつもバカで話になんねーど!! やっぱりシメるか!? 母ーたん!!」

 

「──ああ!! 騙されちゃいけないよ!! ウィーブル!!」

 

 無論、あくまでも息子を自称するウィーブルは白ひげ海賊団のその言葉に歯を食いしばって怒りを溜める。同意する者などいないと思われたが、そのウィーブルに同調するように1人の声が響き渡った。

 ウィーブルの陰から小柄な老婆が現れる。老婆にしてはサングラスやヒール、ヒョウ柄の衣服などハデな物を身に付けた老婆だ。その老婆もまた、ウィーブルが白ひげの息子だと嘯き、それを吹聴して回る張本人である。

 

『ウィーブルの母 自称“白ひげの愛人”ミス・バッキン』

 

「嘘つきはあいつらの方さ!! アンタらはただの家族ごっこ!! 白ひげの血を継いだ実の息子はウィーブルただ1人で……アタシは白ひげが愛した女っ!!!

 

「バッキン……!!」

 

「何が愛人だ……!! 嘘ついてんじゃねーぞ!!」

 

「そうだ!! オヤジがお前みたいな遺産目当ての女と関係を持つワケねェ!!」

 

 そしてバッキンのその言葉もまた白ひげ海賊団にとっては到底信じられないもの。バッキンの魂胆は分かっている。死んだ白ひげが残した莫大な遺産を狙っているのだ。

 勿論、そんなものは残っていない。白ひげ海賊団は元よりそれほど羽振りが良い訳ではなかった。食うに困る程ではなかったし、得てきた宝の数やシノギによって得た金銭や物資は総合すると膨大な数に上るものの、それらは既にもうなくなっている。きちんと分配された財宝の類も、白ひげの分は全てこの白ひげの故郷である島に送られていた。ゆえに白ひげの残した財宝などは欠片も存在しない。

 言うなれば、この長閑な島こそが白ひげの遺産だ。確かに、そういう意味では白ひげ海賊団は遺産を持っているものの、バッキンが欲しがっている遺産ではない。バッキンの欲しいものは金。ベリーだけだ。

 

「フン!! アンタら若造に何が分かるってんだい!! アタシは白ひげとは40年以上の付き合い!! アンタらが独立した白ひげの船に乗る以前からの付き合いだよ!! それとも何か……白ひげ自身から聞いたとでも言うのかい!? 憶測で物を話すんじゃないよケツの青いガキ共!!!

 

「ぐ……!!」

 

 だがバッキンの欲しいものは金で、金の事しか考えてないにせよ、彼女はウィーブルのようにバカではない。

 バッキンの弁には一定の理があった。いかに白ひげ海賊団の船員達が白ひげと何十年の付き合いだったとしても、バッキンはそれ以上の付き合い。

 それに男女の事は分からない。今のバッキンがしわくちゃの老婆で金の事しか頭にないがめつい人物だとしても、若い頃は違った可能性もあるし、それを確かめる術もない。白ひげとバッキンが同じ船に乗っていた時代──ロックス海賊団時代の船員は今の白ひげ海賊団にはいないし、いたとしてもロックス海賊団立ち上げの時からいた船員は白ひげ海賊団にはいないため、バッキンの言葉を丸っきり頭から否定することは出来ない。

 

「ほら見たことかい!! ぐうの音も出ないと見たね!!」

 

「すげーど母ーたん!! やっぱりおでは白しげの息子だど!!」

 

「そうだよ息子!! アタシの宝物!! アイラビュー!!」

 

「母ーたーん!!!」

 

「……!!」

 

 バッキンとウィーブルのやり取りに白ひげ海賊団は歯噛みし、彼らを睨む。彼らは感情で反論することしか出来ない。

 若い衆はウィーブル達に対する怒声を止めはしなかったが、ウィーブルとバッキンはそれを取り合うことはしない。彼らは白ひげ海賊団と話し合いに来た訳ではないのだ。

 

「さて……分かったなら遺産を渡して貰うよ!!! 白ひげは仁義を通した男だ!! ()()()でもその息子を名乗るなら仁義に則って正当な息子であるウィーブルに遺産を渡しな!!!」

 

「……!! フザけんな!!!」

 

「やるってんなら相手になるぞ!!」

 

「舐めやがって……!! たった2人でおれ達と戦争でもする気か!?」

 

 一通りウィーブルとのやり取りを終え、改めて告げられるバッキンの要求に白ひげ海賊団が戦意を見せる。

 戦争で大量の死者を出してその勢力の大部分を削られたとはいえ、今の白ひげ海賊団の戦力は2千人程度を維持している。先代からいる古株の船員も多数存在する彼らを含めた戦力は四皇の座から引きずり降ろされた今でも大海賊のそれに恥じないもの。

 そして今この島でウィーブル達の前に立ちはだかるその数──1000人。10億超えの賞金首のウィーブルとて容易に蹴散らせる相手ではない。こうして戦闘の意志を見せれば頭の弱そうなウィーブルはともかく、バッキンは二の足を踏む筈だと……そう思っていた。

 

「何だ、そんなに死にたいのかい? だったらやっちまいな──ウィーブル!!!」

 

「わかったど母ーたん!! 全員ぶっ殺せば良いんだよな!?」

 

「!!?」

 

 白ひげ海賊団の船員の大部分の予想が外れ、動じることなく息子の名を呼んだバッキンと薙刀を構えたウィーブルに白ひげ海賊団がどよめく。まさか何の迷いもなく戦闘を選ぶとは思いもしない。

 だが彼らが何よりも驚いたのはそこではない。新世界の海賊として彼らの覚悟もまた決まっている。どれだけ強い相手だろうと白ひげの名を背負う以上は戦うことを恐れることはない。

 だが、それでもその敵が……()()()()()()()()()()()()()()()──話は別だ。

 

「おい……嘘だろ……!!?」

 

「何だこの覇気の強さ……!!」

 

「この覇気……まるでオヤジの……!!!」

 

 ウィーブルの放つ覇気が白ひげ海賊団を驚きと共に畏怖させる。

 彼らの大半は白ひげと共に戦ってきた。だからこそ分かる──まるで白ひげを敵に回した時と同様の威圧感を感じると。

 

「っ……!! だが……ここで怯むワケには……!!」

 

 だがそれでも……ここでいつまでも気圧されている訳にはいかないのだ。

 相手は偉大なオヤジの息子を騙り、遺産を狙う敵だ。亡きオヤジの誇りが傷つけられようとしている。それを許す訳にはいかないし、何より船長の足を引っ張る訳にはいかない。

 若い衆も古株も誰もが一歩を踏み出そうとする。それを皮切りにウィーブルと白ひげ海賊団の戦争が始まる。

 その時は今まさに──起きようとしていた。

 

「──待て!! お前ら!!!」

 

「!!?」

 

「船長!?」

 

「兄貴……!!?」

 

 だがその火蓋は……今一歩のところで先頭に立つ青年によって止められる。

 止められた白ひげ海賊団はその青年の迫真の声に当然従ったが、それでも一度火が点きかけた彼らは青年に感情のまま物申す。

 

「兄貴!! 止めないで下さい!!」

 

「船長……!! でもあいつらは……!!」

 

「ああ、わかってる。だが落ち着け。お前らは手を出すな──わかったな?」

 

「……! ……はい」

 

 だがその若い衆の勢いも、青年の落ち着いた、それでいて覇気のある声には逆らわない。船長の言うことだ。なら間違いないと古株も新米も全員が従ってみせる。

 

「……? 何だい、白ひげ海賊団の二代目船長ともあろう男が怖気づいたかい?」

 

「…………なあ、お前」

 

「ん? おでか?」

 

「ちょっと!! アタシを無視するんじゃないよ!!!」

 

 白ひげ海賊団が止まった。彼らを率いる船長がそれを命じたことにバッキンは挑発を行いながらも訝しむ。白ひげ海賊団の二代目の事は当然知っている。火の玉小僧のような無鉄砲なガキだ。それが戦いを止めて急にウィーブルに向かって話しかけた。先程まではただ黙ってウィーブルとバッキンの話を聞いているだけだったその男が、今は先程と同じようにウィーブルを真正面から見つめて。

 

「そう、確かウィーブルだったよな。白ひげの……オヤジの息子を名乗るお前に、会ったら聞いてみたいことがあったんだ」

 

「何だど? おめーもおでは息子じゃねェって言う気か? だったら許さねェど!!」

 

「いや、そうじゃねェよ。ただ、お前──」

 

 そして言う。先程までの真面目な表情とは違う。僅かに笑みを覗かせた表情で──

 

「──オヤジは好きか?」

 

「!!?」

 

「……!!」

 

 誰もが予想だにしなかった質問を、ウィーブルにぶつける。その発言に、ウィーブルだけではない。バッキンや白ひげ海賊団の全員が固まった。

 

「お……あ……!!」

 

 だが誰もが固唾を呑む中、ウィーブルだけはその言葉を必死に頭に呑み込み、言葉にならない声を選び──ようやく声に出す。

 

「当たり前だど!!! おでは白ひげの息子なんだど!!!」

 

 答える。それはウィーブルの偽りなき想いであり意志だ。

 

「だから白ひげを殺した黒ひげもぶっ殺すし、おでを息子扱いしない偽物の息子達もぶっ殺すど!!! 父ーたんを傷つけた奴は全員!! 絶対に許さねェんだど!!!」

 

「…………そうか」

 

 そしてその想いを聞いた青年はふっと笑って頷き、何かを言おうとした。バッキンがようやく口を挟むための声を形に出来たのはその時だ。

 

「急に何を言ってんだい!! ウィーブル!! お前も律儀に答えるんじゃないよ!!!」

 

「え? でも母ーたん、あいつの質問、別に嫌な質問じゃ──」

 

「そりゃアンタを油断させるためだよ!! 騙されるんじゃないよアタシの宝物!! アイツは白ひげ海賊団の二代目を不当に継ぐ男!! 謂わばアンタの仇敵さ!! アンタの父ニューゲートが死んだあの頂上戦争の切っ掛けにもなった男だって説明しただろ!!? つまり……アイツも討つべき仇さ!!!」

 

「あ!! そうか!! ゴメンよ母ーたん!! おで騙されるところだったど!! 許さねェ!! やっぱりぶっ殺すど!!!」

 

「……!! 黙って聞いてりゃアイツら、兄貴の事好き勝手言いやがって……!!」

 

 バッキンの説明に思い出したように狼狽え、そしてすぐに立ち直って怒りを見せるウィーブル。

 白ひげ海賊団の船員達はその酷い言いように再び眉を立てた。剣呑な空気が再び白ひげ海賊団に走る。

 だが当の本人は──

 

「戦争の切っ掛け、か……まあ……間違っちゃいねェな」

 

「船長!!」

 

「頼むから言い返して下さいよ兄貴!! あんたは……!!」

 

「いや、いい。それよりも話を戻そう。おれの首を取りたいんだったよな?」

 

「船長!!」

 

 それを否定しない。笑いこそしなかったものの、怒りもせずにただ自然とそれを受け止める。彼を慕う船員達が見かねて異を唱えるものの彼は取り合わなかった。ただ船長として聞くべきことを問いかける。そして当然、ウィーブルは頷いた。

 

「当たり前だど!!! 父ーたんを殺した奴は許さねェ!! おでがぶっ殺すど!!!」

 

「そうか……だったら望み通り、その喧嘩をおれ達は買ってやる──こっちはおれ1人でやるが構わねェな?」

 

「!!?」

 

「な……!!」

 

 その申し出。ウィーブルからの戦いを、喧嘩を買うと告げた青年は続けて自分1人だけで相手をすると宣言する。その言葉に誰よりも驚いたのはバッキンだ。

 まさかそんなバカな事を言い出すとは思ってもいなかった。ウィーブルの実力はバッキンが誰よりも知っている。その男1人で敵う筈がない。

 ウィーブルの強さは若い頃の白ひげを彷彿とさせるものなのだ。そのウィーブルが、海賊になってまだ数年の若造に負ける訳がない。

 ならば罠かとも思うも、そういう質でもない筈。ならばこれはこの男の──ただの無謀。

 

「随分と威勢のいい事を言うじゃないか……!! やっぱりその無謀さは変わってないね!! まるでアンタの実の父──ゴール・D・ロジャーそっくりだよ!!!」

 

「!」

 

 そう判断した時のバッキンの行動は早かった。ウィーブルをサポートするために彼を挑発する。

 そのために最も適した彼の地雷──実の父親の話を持ち出してやる。

 

「もっとも……強さの方は似てないようだね!!! アンタはウィーブルに敵わないし何も守れやしない!! あんたの後ろにいる家族も、アンタの義兄弟も死ぬ!!! 所詮アンタみたいな勢いだけのガキは……本当の強者には敵わないのさ!!!」

 

「…………」

 

「ほら、何とか言ったらどうだい!! それとも返す言葉もないか!!?」

 

 怒れ。怒って冷静さを失ってしまえと。

 そうすればウィーブルが楽に勝てる。別に挑発せずともウィーブルの敗北は万に一つもないが、それでもこの後に残りの白ひげ海賊団を相手にしなければならないことを考えると楽に勝てた方が良いのは明白。ならば手段は惜しまない。

 黙って聞いているように見えるが、内心怒りに震えている筈。爆発するのも時間の問題。そうなればウィーブルはただ作業のように相手を叩き潰す。それでお終いだ。

 バッキンはその自分の考えを疑わなかった。相手が戦闘の気配を、覇気を僅かに漂わせた──それが()()()()()()()()()()

 

「────おれの家族はやらせねェ」

 

「!!!?」

 

「!!」

 

 バッキンの目論見通り、青年の感情が確かに現れた。

 だがその瞬間に青年の覇気がバッキンとウィーブルを襲う。武装色や見聞色じゃない。選ばれた王の資質──覇王色の覇気だ。

 しかしただ覇王色というだけならバッキンはそれほど怯むことも恐れることもない。

 問題はその覇気の質があまりにも濃く──そして誰かに似ていたから。

 

(……!! 何だい、この覇気……!! ウィーブルと遜色ない……いや、それよりもこの覇気は誰かに似た……!! ロジャーか!? それとも……!!)

 

 バッキンもまた古くから海賊をやっていた。ゆえに多くの怪物達を見てきた。覇王色の覇気を持つ者など──それこそ腐る程。

 だが青年のそれはその中でもトップクラスの怪物達。それに酷似したもの。どちらにも似て、どちらにも似てない。彼だけが発する影。その背後に誰かを幻視しながらも、そのどちらとも言えない覇気はバッキンをして思わず怯んでしまうもの。

 だがまさか……と思う。このガキが、たった2年前まで白ひげの一隊長として収まっていた程度の実力のルーキーが、ウィーブルに敵う程の実力を身に付けているなど……それこそありえない話。

 だがもしも──と思ってしまう。そう思ってしまった時点で、バッキンは声を張り上げた。

 

「気をつけなウィーブル!!! そいつは侮れない!!! 最初から全力でいきな!!!」

 

「わかってるど母ーたん!! こいつ、かなり強いど!!! おでも全力でやる!!!」

 

「…………お前らには……いや、そっちの婆さんには色々と聞きたいことがある。それにオヤジの守ってきた遺産を血で染めるワケにはいかねェ」

 

 ウィーブルはバッキンに言われるでもなかった。頭が悪くても戦闘に関しての勘は冴えているし、本能がその強さを理解させる。

 そしてバッキンは遅れて気づいた。白ひげ海賊団の船員達が、慌てる素振りも見せない。

 無論緊張している者もいるし、やれやれといった様子の者もいるが、それは危機を感じさせるものではない。自分達の船長が死ぬかもしれないという危険を感じていない。

 つまるところそれは──信頼。船員達の船長の強さに対する信頼だ。

 

 ──だがバッキンが思うより、実際には……その信頼は想像以上に強い。

 

 船員達は見てきたから分かる。この2年間での彼を。苦悩し、絶望し、立ち上がり──それでもまた苦悩し、一歩ずつ現実を見据えながらも成長してきた彼の背中を。

 古株の船員達はそれをこう称える──()()()()()、と。

 彼に惹かれて盃を交わした新入り達は彼を兄貴と呼びながらこう称える──兄貴こそがこの海の王になるに相応しい人だ、と。

 

「おれには負けられねェ理由がある。昔以上にな──だから負けねェ……!!!」

 

 そして多くの家族が、彼を慕う人々の視線を受けて彼は思う──家族を守らなきゃならない、と。

 かつてのオヤジと同じ重みを味わって、青年は変わった。考え方も、行動も、知識も。

 そして何より……強さも。

 だからこそ彼はこの場に残り、弟と“形見”の事を信頼出来る仲間達に託した。

 きっと彼らなら目的を達成出来る。自分が行かなくても、上手くやるし、たとえどんな絶望でも乗り越えられる。自分がそうだったのだ。ただの無計画じゃない。戦力も勝算も練った。

 だから出来る筈だと──

 

(なあ……ルフィ。お前は諦めねェ。死にさえしなけりゃお前は必ず立ち上がる。お前の強さを、おれはよく知ってる)

 

 もし足りないなら自分達が助けてやる。

 ここより遠い黄金の街で、地下の牢獄へと落とされるその弟へと──兄はエールを送った。

 それと同時に、兄は羽織っていたコートを脱ぐ。白を基調にし、炎の意匠やデザインが組み込まれたそのコートは彼が船長である証だ。

 だが何よりも、彼がその偉大な男の跡を継いだ証はその背中にある。今も変わらない──“白ひげの髑髏”を背負った背中に──

 

『二代目白ひげ海賊団船長“火拳”ポートガス・D・エース 懸賞金15億5000万ベリー』

 

「来い!!! 勝つのは“白ひげ”だァ!!!」

 

「ぶっ殺してやるど!!! 白しげの名の下に!!!」

 

 そうして両者が激突する轟音と共に……世界の均衡が壊れることになる最初の事件──“スフィンクス島の決闘”が始まり、小康状態だった世界中の戦争はその日を境に──再び激しさを増すことになる。

 

 ──そして絶体絶命の“麦わらの一味”もまた──

 

「何者れすか!? 大人間!!」

 

「名を名乗るれす!!」

 

「もしや百獣海賊団やドンキホーテ・ファミリーの使いじゃないれすよね!!?」

 

「悪い大人間れすか!? だったら容赦しないれす!!」

 

「い、いや待て、おれは──ん?」

 

 ──逃げ延びた者達によって──

 

「さあ名乗るれす!! お前は何者れすか!?」

 

「……おれは──」

 

 ──反撃の狼煙が──

 

「──モンブラン・ノーランドの子孫……モンブラン……ウソランドだ!!!

 

「!!!?」

 

「え……!?」

 

 ──今、上がろうとしていた。




ロー→ドフラミンゴが回収。グラン・テゾーロからドレスローザへ。
テゾーロ→麦わらの一味をグラン・テゾーロで捕らえる。管理。
ブツ→ジョーカーからカタクリへ移乗。
カタクリ→グラン・テゾーロのどこかで待機。
キング→ゾウでまだ任務中。早く終わってれば参戦予定でした。
ジャック→気が利く弟分が兄御の代わりに参戦したようです。
ジョーカー→側近だけを連れてゲーム開始を待つ。全ての手札が出揃いました。
サニー号防衛→バルトロメオ無双。くま停止中。チョッパーとシーザー捕縛中。
フランキーとボニー→島に上陸。潜入?
ご主人様→ドレスローザかグラン・テゾーロのどこかに……?
ナミ→カリーナと再会。
カリーナ→独自に企み中。
新政府軍→大将2名に軍隊長1名と軍艦10隻。潜入済みの誰かがいる模様。
バルティゴ→ビビとサボ達が親睦を深めあってる。なかよし。
白ひげ海賊団→隊長達数名が参戦。
スフィンクス→白ひげの故郷で墓がある島。
ウィーブル→個人的に根は悪い奴じゃないとは思ってます。強さは若い頃の白ひげ並……?
バッキン→元ロックス海賊団。色々ときな臭い。どこから調達したのか、情報は色々と持ってるようです。
エース→その成長した強さはその時が来るまでおあずけ。お楽しみに。
ウソランド→トンタッタ族全体の恩人である英雄の子孫。つまり(ヤバい)
ぬえちゃん→ネタバレ:実はドレスローザ編始まってからどこかの島のどこかの場面で登場してます。可愛いね。正体不明のドキドキカードめくりスタート!! 

今回はこんなところで。また色々出ましたがまだまだキャラが出てきます。まだ隠れてる人がいっぱい。頑張って当ててね。
次回はゾロとたしぎだったりナミとカリーナだったりジンベエが会話したりウソップが小さくて可愛い子達と戯れたりドレスローザ編の重要人物が誰かと出会ったりまた色々です。開戦出来るかなー。とにかくお楽しみに。

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