正体不明の妖怪(になった男)、情緒不安定な百獣の腹心になる   作:黒岩

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セミブラフ

 ドレスローザの中心にある王宮は前王家であったリク一族時代から続く由緒正しい建造物だ。

 だがその王宮は王の座と共に10年前に現在の王──ドンキホーテ・ドフラミンゴに奪われた。

 このドレスローザの正当な王だと名乗り、10年前にこの国に訪れた悲劇の真相を殆どの国民は知らないし、数少ない真実を知る者も気づけば徐々にいなくなり、忘れ去られていった。

 今では現国王であるドフラミンゴは前王の蛮行を止め、国を救い、国民に富を与えた救世主として讃えられており、国民達は偉大な英雄に従って“暴力”をも讃えるようになった。

 天竜人を脅して“王下七武海”に名を連ね、ドレスローザの民に認められ、世界政府からも公認の加盟国の国王になり……そして“新世界”で替えが利かない“仲買人(ブローカー)”として影響力を広げ、間接的に世界をメチャクチャに破壊する──ドフラミンゴのその企みは概ね上手くいっていた。

 

「そう……お前だけが……いや……お前達だけがおれの計画の想定外だったんだ……!! 分かるよな? ロー……!!!」

 

「ハァ……ハァ……」

 

 ──たった1つを除いて。

 その1つは今、王宮の“スートの間”。ドンキホーテ・ファミリーの最高幹部達が座る4つの席の内の1つ──“ハート”の席に縛られ、暴力を受け血を流していた。

 

「もっとも……お前達のやったことに大して影響はなかった……昔も今もな……!! フッフッフッ……!!」

 

「ウハハハ……!! ほら、もう一撃だ!!」

 

「ウッ!! ……!!」

 

 玉座に座るドフラミンゴの目の前で、ローがディアマンテによって拷問を受けている。どこから取り出したのか、ディアマンテの手には棍棒が握られている。

 棍棒で殴られたローは頭から血を流し、痛みに喘ぐことしか出来ない。当然鎖は海楼石製。生きるも死ぬもドフラミンゴの手の上だ。ゆえにローはドフラミンゴの話を黙って聞くことしか出来ない。

 

「原因はお前の判断ミスだ。2年前……お前が百獣海賊団に入り、実力をつけて“飛び六胞”になった時はおれは頭を悩ませた……お前を奪おうにも相手が“四皇”じゃ下手に手は出せねェ。おれはお前を取り戻す手段に困った」

 

 ドフラミンゴはここに至って真実を、自分の正直な気持ちを口にする。そう、ドフラミンゴには打つ手がなかった。百獣海賊団という世界一危険な海賊団の庇護下に入ることで世界一安全な隠れ蓑をローは手に入れたのだ。

 その上ローは実力を認められたことで“飛び六胞”にまで昇進し、ドフラミンゴの上から一方的に情報を集められる地位にまでついてしまったことで、ドフラミンゴは焦った。それこそ1年と少し前の“百獣杯”。ディアマンテを一蹴したローがその後の騒動の時にドフラミンゴに告げた言葉は、ドフラミンゴをして無視出来ないものだ。

 

『お前が笑っていられるのも今のうちだけだ……精々、首を洗って待ってるんだな……』

 

『……!!』

 

 百獣杯の舞台であったデルタ島が大勢の反逆者によって騒然とする中、ローはドフラミンゴに向かって大胆不敵に言い切った。

 それはドフラミンゴの首を取るという宣言に等しい。聞きようによっては百獣海賊団──海賊帝国を裏切る予告をしたという解釈も出来なくもない危ない発言だ。

 とはいえ、ドフラミンゴは何も出来なかった。百獣海賊団にそれを告げ口すれば確かにローを取り除けるかもしれないが、その場合、ローは百獣海賊団の手によって粛清されてしまうだろう。幾らローが昔、ドフラミンゴの海賊団にいた海賊見習いだったとしても今のローは百獣海賊団の一員。それが裏切ったとなれば裁く権利は百獣海賊団にある。ドフラミンゴがローの身柄をくれと言っても頷くことはなかっただろう。

 

 ──だが現在の世情がそれを可能にした。

 

「だがお前はあろうことか……“麦わらの一味”と手を組んだ……!! 本当におれを消したいなら内部からおれを──いや、そのままカイドウやぬえをおれにぶつけるだけで良かった……!!!」

 

 敵わない敵を消す方法など幾らでもある──とドフラミンゴは語る。

 ローがこんな簡単なことを分かっていない筈がない。ローに海賊としての教育を施したのはドフラミンゴとファミリーの幹部達だ。剣術に砲術、格闘術に始まり、取引のやり方から海賊としての心構えまで……覚えるべきことは何でも教えた。

 全てはローを10年後──ドフラミンゴの“右腕”とするため。3代目の“コラソン”──ハートの席を敷く幹部として置くためだった。

 だからこそ今ローがこの場にいることに、ドフラミンゴは愉快でしょうがない。

 

「お前はおれのことを直接消すつもりだったんだろうが……おれを殺したいならここに来るまでもない。おれの手が届かない場所で高みの見物をしてるだけで良かった!!」

 

 口端を吊り上げながらドフラミンゴはローの狙いを看破してみせる。ローの判断は間違っていたと。

 それはローにも分かっている。そっちの方法の方が確実ではあった。

 しかしローにそれは出来ない。それはローも……そしてドフラミンゴも分かっていることだ。

 

「──だがお前は“コラソン”への思いを捨てきれず、感情を露わにした……!! 欲を出し、おれに直接一泡吹かせようと思った瞬間──お前はこうなる運命だった!!!」

 

「…………!!」

 

 ドフラミンゴの言うコラソン──その恩人の名を出され、ローの表情がより険しいものに変わる。

 ローの内側にドフラミンゴへの怒りと憎しみが募る。今すぐ目の前の男を消したい衝動に駆られるも、それが出来ない。

 だからというわけではないが、ローは浮かび上がった疑問を言の葉に乗せた。

 

「……お前の価値は……知っていた……!! そしてだからこそ……“世界政府”が倒れた今、お前の利用価値はそれほどないと踏んでいた……仮に作戦が失敗したとしても、おれを引き渡すようなことはないだろうと……」

 

「……ほう?」

 

 ドフラミンゴはローの言葉に興味深そうな声を出す。それは言外に続けろという意味に他ならない。全てが終わったと考えているドフラミンゴは、種明かしを厭う理由もなかった。楽しむ余裕がある。ゆえにローの口を封じはしなかった。

 

「答えろ……!! 天竜人とのパイプを失ったお前が……ハァ……ハァ……!! ──“天竜人”だったお前が、世界政府がなくなった今も百獣海賊団に強い影響を与えているその理由は何だ……!!? おれの計算じゃお前の何を犠牲にしたところで奴らとの交渉でおれを得ることは出来ない……!!! おれを得る代償に、お前達は何を支払った……!!?」

 

「!!」

 

 ローの告げた言葉。ドフラミンゴが家族と定めたファミリーの幹部や外部の取り引きに関係する一部の人間以外にはひた隠しにしているその秘密をローが口にしたことに、ドフラミンゴは僅かな驚きを得る。まさかローが知っているとはと、そう思い……途端に可笑しくなって笑みが零れ出る。

 

「……フッフッフッ……フッフッフッフッフッ……!!! 何だ……知っていたのか……!!」

 

「調べ上げたんだ、必死にな……それよりも答えろ……!! お前は……いや、お前らは一体何を──ぐっ!!?

 

 だがそのローの生意気な態度は頂けないと、席から立ち上がったドフラミンゴはローの首を掴んで絞める。

 

「まだ自分の立場が分かってねェようだな……!! いつまでおれの“上”に立っているつもりだ? 今のお前はもう“飛び六胞”じゃねェ……薄汚ェ裏切り者だ……!!!」

 

「……!!」

 

「フッフッフッ……!! だが……いいだろう。お前の知りたいことを教えてやる。その方が、お前の態度も従順になるかもしれねェからなァ……」

 

「ぐっ……ハァ……ハァ……」

 

 少しの間強く首を絞め、ローに苦痛と恐怖を与えたところでドフラミンゴは敢えて質問に答える。

 それは自身の目的のため。ローが自分に従うように、心を折るためだ。そのためにドフラミンゴは話を続ける。

 

「おれが“天竜人”だということを突き止めたのは褒めてやる。だが……それを誰から聞いた? “カイドウ”……じゃねェだろう。“ジョーカー”か……あるいは“ぬえ”だろう?」

 

「……!」

 

「フッフッフッ……成程、図星か……!! そうか、あの女から……」

 

 確信を持ったドフラミンゴの言葉にローの表情がほんの僅かに崩れる。その変化を図星と受け止めたドフラミンゴは何かを思うように言葉を切った。

 だがその反応こそローにとっては不可解。思わずローは口を開く。

 

「まさか……ぬえと交渉したとでも言うのか……? ……いや……ありえねェ……ぬえだろうがカイドウだろうが、()()()()()を知ってるあいつらがお前と交渉するハズがない……ましてやお前はぬえに冷遇されて……」

 

「フッフッフッフッフッ……!! そうかもしれねェな……だが……随分と自分の価値を高く見積もってやしねェか? ロー。確かにお前の身に秘めた力は絶大……!! そう過信するのも無理ないことだが……お前のその計算はおれを()()()()()()()()……!!!」

 

 ドフラミンゴはローのその疑問を理解してみせる。事実、ローの力を知る者ならばいざという時のために決して手放すことはしない──究極の力だ。

 だからこそそれを知る百獣海賊団はローを手放すことはないと思ったのだろう。あるいはローの方からそれを教えたか。

 だがどちらにせよ、ドフラミンゴはあまり関係がないことだと思う。あの怪物共に限っては、ローの取引材料も必ずしも絶対のものだとは言い切れないと。

 

「幾ら話が通じないとはいえ、カイドウやぬえも馬鹿じゃねェ。天竜人とのパイプがなくなろうと、おれが広げた新世界での流通網とおれ達の戦力にはそれなりの価値がある……!! こちらが多少のリスクと被害を飲み込むなら、お前を引き取る程度はワケねェことだ……!!!」

 

 そう、ドフラミンゴは自身の価値を正しく理解している。

 確かに世界政府が健在であった頃と比べて、自分達との取り引きの旨味は多少落ちたのは否めない。以前よりも冷や飯を食わされていることは事実だ。

 だがそれは以前までよりは落ちるというだけの話であり、ドフラミンゴの“仲買人(ブローカー)”としての価値は完全に消え去ってはいないし、それに何よりも戦力としてドフラミンゴ達は一定の価値を認められていた。

 しかしローが気になったのはそこではない。

 

「多少のリスクと被害……? ……ということはつまり……これから起こるのは、やはり──」

 

「フッフッフッフッフッ!!! そうだ──戦争だ……!!!」

 

 あっさりと、ドフラミンゴはローの言葉を認める。

 そう、これから起きるのは世界を破壊する戦争。その()()()()()()()()となる戦争だ。

 だからこそドフラミンゴは今のこの状況が認められた。このドレスローザでの作戦を指揮するジョーカーによって。

 

「新政府軍との戦争か……ハァ……ハァ……プライドの高いお前が……よく認めたもんだ。それに百獣海賊団も……おれ達のせいとはいえ、手痛い失態を犯したお前に従属を強いることもせず……戦争への参加だけで失態を水に流し……加えておれの身柄も引き渡すだと……? つくならもっとマシなウソをつくんだな……」

 

「……フッフッフッ……今回の戦争は規模が大きい……!! ウチもどれだけ被害を被ることになるか、分からねェ程度にはな……!! だが……確かにお前の言う通り、おれが許される理由は他にもあるだろうよ」

 

「……許される理由だと……?」

 

 ああ、とドフラミンゴは頷く。その上で顔を近づけ──

 

「フッフッフッフッフッ……ロー。お前は気にならねェか? あの女の──“ぬえ”の正体が

 

「……!!? 何……!!?」

 

 誰も知らない筈の禁忌──正体不明の正体を、さも知っているかのようにドフラミンゴは匂わせる。

 そしてそれを聞いたことでローの頭の中は様々な想像が浮かんだ。裏の情報に通じるドフラミンゴなら確かに、それを知っていてもおかしくはないかもしれない。

 だが内部にいたローですら全く聞かない──それでいて世界中が知らないであろうその正体を、ただの“仲買人(ブローカー)”や“七武海”だったというだけで知れる筈がない。

 しかし……そうなってくるとありえる要素は“天竜人”となる。“天竜人”だったからこそ知ることの出来るぬえの正体──そう連想して、ローが()()()()()()()()に思い至るのはそう難しくはない。

 

「……まさか……」

 

「フッフッフッ……だが、お前の想像している正体とは違う。お前の想像するあの女の正体は、“身分”に関することだろう……? だがおれは繋がりから、もっと()()()()の話を聞いたことがある……あの女がマリージョアにいた頃に、一部の天竜人の間で共有されてきた秘密の話だ……!!!」

 

「……!!」

 

 ローは自身の想像が間違ってないことをドフラミンゴから教えられる。確かに、それは衝撃的な話だ。ドフラミンゴが冷遇されてきたことにも繋がる。もしそうならそれは無理からぬことだと。

 そしてそれはドフラミンゴからも肯定される。

 

「おれはこれを知るがゆえにあの女から目の敵にされている……あの女が天竜人を殺すのもそう、その理由が原因だ──と、これはおれの推測でしかねェが……おそらくそう間違ってはねェだろう。おれの知る話の中に、奴の正体を知る手がかりはある。おれが消されねェのもおそらく、この秘密をばら撒かれるのを恐れている……と見ているが……さて、どうか……?」

 

「…………」

 

 無言のままその話を受け取るローに、ドフラミンゴは薄ら笑いを浮かべながら考えを巡らせているようだった。おそらく、ドフラミンゴ自身にも確証までは持てていないのだろうとローは判断する。

 ドフラミンゴもまた、ぬえの思惑に悩んでいる。知られたくない秘密を知っているのなら口封じされてもおかしくはないが、それがされないということは大した秘密ではないのか、あるいは万が一に秘密をばら撒かれることを危惧してタイミングを窺っているのか、そもそもドフラミンゴがその話を知っていることをぬえは知らないか、それとも──。

 

「フッフッフッ……保険も兼ねてお前と話を共有した上でその考察をしてやってもいいが……そんな時間もねェ。これからおれは戦争の用意をしなくちゃならねェからな……!! 話の続きは戦争が一息ついてからだ……!!」

 

「ウハハ!! そういうことだ!! 楽しみにしておけよ!! ロー!!」

 

「……!!」

 

 ドフラミンゴは思わせぶりにぬえの正体の話について打ち切ると、ローから背を向けてディアマンテと共に部屋を──王宮を出ていく。

 ローはそれを黙って歯噛みしながら見ていることしか出来ない。ドフラミンゴの部下によってロー自身も別の場所に運ばれながら、ローは屈辱に耐える──逆転の機会を窺いながら。

 

 

 

 

 

「何じゃと……?」

 

 グラン・テゾーロの一室。

 その島の主であるテゾーロが用いる応接間の一室で、捕らえられた状態のジンベエは持ちかけられた話に耳を疑った。

 だがその眼前にいる男の様子はその話が与太ではないことを表している。薄い笑みを浮かべながら、目の前にあるテーブルに彼は大量の──金を積み上げながら。

 

「聞こえなかったか? ならもう一度言おう──元七武海“海侠のジンベエ”……君を100億ベリーで買わせて貰いたい……!! 百獣海賊団には既に話は通してある」

 

「……!!」

 

 そう、テーブルに積まれた金はその100億ベリー。

 それはテゾーロがジンベエへと提示したジンベエの値段。買値であり、ジンベエはその小さな国の国家予算に匹敵するであろう大金を前に僅かな驚きを得る。

 だが眉根は動かさない。凡人ならその一生どころか孫の代まで遊んで暮らせるような大金に目を奪われてしまいかねない目の前の札束を彼は一瞥し、すぐにテゾーロへと視線を戻す。

 

「……聞こえてはおったが……わしは“麦わらの一味”の操舵手!! 盃を交わした相手を裏切るような真似は出来ん。ましてや金で買われるなど……!!」

 

「ハハハ……さすがに義理人情に厚いな。確かに、人の部下を無理矢理裏切らせるような趣味は私にはないが……しかし、言わせて貰おうか」

 

 毅然として断るジンベエを前にテゾーロは一息置いて告げる。

 

「──“麦わらの一味”はまだ……存続してると思っていいのかな?」

 

「……!! 何じゃと……!!」

 

 笑みを深めて告げるのは──純粋な疑問であり純然たる事実。テゾーロはそれを口にする。

 

「船員の殆どは捕まり、船長である麦わらのルフィはジョーカー殿の“吸血”を食らって老化し、再起不能だ。その状態でもまだ麦わらの一味に操を捧げる意味があるのかね?」

 

「……!! だがまだ死んではおらん……!! それにたとえ仲間がどうなっていたとしても……わしは仲間を裏切るようなことは出来ん……!! 海賊の世界の仁義をあまり舐めるな……!!」

 

 テゾーロの疑問に、真に迫った表情でジンベエが答える。その迫力と意志の強さはまさしく“海侠”。

 かつて七武海の身でありながら政府の命令にすら逆らい、仁義を通した男の意志は生半可なものでは崩せない。

 それを分かっているのか、テゾーロは結論を急がなかった。ただ、ゆっくりと納得させるための言葉の布石を打つ。

 

「無論、承知しているさ。恩義というのは大切だ──ああ、()()()()()()()()()()

 

 ワインの入ったグラスを傾けながらテゾーロは噛みしめるように頷く。

 金が全て。この世で最も強い力は金だと言い切る筋金入りの拝金主義者であるテゾーロもまた、恩義という感情がどういうものかは知っている。

 

「私も()()()に恩義があってね……その縁と恩義もあり、今の地位に就かせて貰っているのだよ……!!」

 

「…………」

 

 ある人、と言葉を濁して言うテゾーロにジンベエは無言のまま聞きに徹する。

 返事を返す必要がないというのもあるが、頭の中ではその推測を行っていた。

 テゾーロの言葉を信じるならばその恩義ある人物とはおそらく海賊帝国の誰かなのだろうと。

 でなければ“今の地位に就かせて貰っている”という言葉は出てこない。

 だがそれが合っていたとしても間違っていたとしてもジンベエには関係のない話だ。テゾーロと自分には何の繋がりもないのだとジンベエは確信している。縁もゆかりもない相手の話だ。答える義理もないと。

 

「……ハハ、だが君には関係のない話には違いない……話を戻そうか。ジンベエ……私は君を高く評価している。君程の男がこれからの人生を獄中で腐らせるには勿体ないと心の底からそう思っている……!!」

 

 テゾーロは呟くようにジンベエの思いと同じことを口にすると、話を戻して本音を口にした。

 魚人にして初の王下七武海。あの魚人族の英雄フィッシャー・タイガーの後を継ぎ、タイヨウの海賊団の2代目船長になったこともそう。

 その実力は魚人や人魚だけでなくかつての世界政府にすら認められ、多くの海賊達に恐れられていた。

 また強さだけでなく人柄も、海賊らしからぬ良識を持ち、その度量は海賊ではない魚人島の住民にすら慕われている──それほどの人物が“海侠のジンベエ”だ。

 だがそのジンベエがこのままだと海賊帝国の──正確には百獣海賊団の下で悲惨な日々を送ることになる。

 海賊帝国の一員としてテゾーロはそれを知っていた。だからこそ、テゾーロはそれを勿体ないとして話を持ちかけた。

 

「百獣海賊団のやり方は知っているだろう。君ほどの強者を連中は殺さない……心を折って何とか戦力にしようと目論むだろうが……しかし君は折れないだろう」

 

「当然じゃ……!!」

 

 そう、それは当然の事。そうでなくては百獣海賊団はジンベエを一々部下にしようなどと考えない。

 だがそれでも拷問や人の心を折ることに長けた百獣海賊団は生かさず殺さず──ギリギリのところでジンベエを追い詰めながらどうにかしようとするだろう。

 その天秤はどちらに傾くかは始まってみないと分からないが……テゾーロの考えではジンベエは折れることはないだろうと思っているし、ジンベエもまた拷問如きで仲間を裏切ることはないと強い意志でそう思っている。

 そうなってくるとジンベエを招き入れる手段は限られていた。

 

「そんな君の心を折るなら他の麦わらの一味を全員処刑するなどするのが良いかもしれないが……生憎と麦わらの一味には上から“殺すな”と命令が出ているのでね。その手は取れない。四肢を失うような拷問も許可は出ていない。であれば……やはり君にも旨みのある取り引きならばどうかと考えるのは極めて自然だろう?」

 

「……そうかもしれんな」

 

 ジンベエは少し考えた上で同意する。仲間が今すぐに殺されたり、大事にならないと知れたのは良いことだが、依然として追い詰められていることには変わりない。

 上からの許可──つまりはカイドウやぬえなどの百獣海賊団のトップの許可さえあれば、いつでも殺せるしそういった残酷な手段も候補に入るということ。百獣海賊団の悪評からしてそれは知っていたが……が、ジンベエが疑問に思うのはその手段よりも“動機”の方だ。

 

「だから百獣海賊団と交渉して認めさせたよ──“海侠のジンベエ”を捕虜として引き取り、これから滅ぶであろう“魚人島”を買い取る権利を……まあほんの幾ばくかの金でね。買い取らせて貰ったのさ……!!!」

 

「な……!!?」

 

 魚人島を丸ごと買い取る──その言葉を聞いてジンベエの表情がこの場で初めて歪む。

 なぜそこまでするのかという問いは口から出なかった。今も喉奥にはその言葉が詰まっているが、テゾーロの語り口を止めることが出来ずにタイミングが掴めない。

 

「だがその交渉にこの100億は関係ない。魚人島や君を買い取る権利に払った数百億は百獣海賊団に……そしてこの100億は君自身に渡ることになる君自身の値段だ……!!!」

 

「……!!」

 

 湯水の様にという喩えすら不適切。それほどにテゾーロは金を豪快に使ってみせる。

 これが“新世界の怪物”。世界の富の20%を持つと言われた世界一の大金持ちのやり方だ。

 

「なんならもっと値段を吊り上げるかね? ハハハ……言い値でも構わない。手始めに倍の200億……いや、300億くらいにしておくか?」

 

「……なぜそこまで」

 

「んん?」

 

 そこでようやくジンベエの口から先程から思っていた疑問が飛び出した。

 

「なぜそこまでしてわしを欲しがる……!!? わしや魚人島に……貴様がそこまでするような価値があるとは思えん……何かあるのか……!!? わしや魚人島に……!!?」

 

「…………いや? 単に……価値があると思っただけだとも。君の強さや魚人島の可能性にね──バカラ」

 

「はい、テゾーロ様」

 

 ジンベエの強い疑問にテゾーロは答えなかった。少し、僅かに笑みを消して何かを考えていたようだったが、すぐに立ち上がると傍らの女性の名を呼ぶ。テゾーロの部下の幹部の1人──“バカラ”と呼ばれる褐色の美女が部下を使ってジンベエを連行していく。動けないジンベエはなすがままだ。

 

「まあゆっくり考えたまえ。焦らずとも時間は沢山ある……ああ、そうだ。最後に1つ聞きたいことがあるのだが──」

 

「……!!」

 

 両脇を屈強な男達に固められ、テゾーロを睨むジンベエ。

 しかしその去り際にテゾーロが口にした疑問は……ジンベエをして、虚を突かれたものだった。

 

「君は……“奴隷解放の神”というものを知っているか?

 

「……何じゃと?」

 

「…………いや、知らないのならいい。連れて行け」

 

「はっ!!」

 

 テゾーロの口にした質問に面食らったジンベエは思わず頭に疑問符を浮かべて怪訝な表情を浮かべてしまう。

 奴隷解放の神。連想するのは奴隷解放の英雄と呼ばれたフィッシャー・タイガーくらいだが、だとすればそんな質問をする意味はない。タイガーの事なら誰でも知っている。しかし“神”となると──。

 だがジンベエが何かを答える前に、ジンベエの表情から答えを察したテゾーロはすぐさま答えを諦めて部下にジンベエを連れて行くように命じる。

 ジンベエとは別の場所へ歩いていくテゾーロの背を見て、ジンベエは不可思議を思ったもののすぐに疑問を頭の片隅に追いやった。今考えるべきは──この状況から如何に脱するか。それのみである。

 

 

 

 

 

「おらァ!! 悲鳴を上げてみろ!!」

 

「……!!」

 

「ギャハハ!!」

 

「全然鳴かないわね、こいつ」

 

 グラン・テゾーロの最高級ホテルのスペシャルスウィートルームは現在百獣海賊団の幹部の宿泊場所として提供されていた。

 2年前以前までは各国の王族や裏社会の大物。はたまた天竜人などの一部にしか利用することが出来なかったその場所も、政府が倒れ、天竜人の殆どが死滅したことで今やそこを利用するのは裏社会の大物達が大部分を占めている。

 その中でも百獣海賊団はテゾーロが傘下に降っていることもあり、遠征の補給や休暇の際はよくこの場所を利用することが多かった。

 ゆえに慣れた様子で彼らはその部屋を用いる。最高級の赤い絨毯の上で1人の男に殴る蹴るなどの暴力を加えて楽しむのは百獣海賊団“飛び六胞”フーズ・フーとその部下である“CAT’S”だ。

 

「流石だな。あのササキとやり合っただけはある……だがいつまでその強がりが持つか……!! 見ものだな……!! “海賊狩りのゾロ”……!!」

 

「ハァ……ハァ……!!」

 

 そしてその彼らの遊び相手となっているのは“麦わらの一味”の戦闘員にして最悪の世代の1人──“海賊狩りのゾロ”。

 最高級ソファーの両脇に部下の女性を侍らせながら座るフーズ・フーが見下ろす先に、手錠や鎖で縛られた状態で彼はいた。

 ナミやウソップ達を逃がすためにローと共に残って戦ったゾロだが、多勢に無勢。カタクリやテゾーロに飛び六胞2人。その他大勢の海賊帝国の強者達が相手では捕らえられるしかなかった。

 だがその戦意は未だ死んでいない。今もフーズ・フーの部下からの暴力を受けながらもその目はフーズ・フーを睨んだままだ。生半可な海賊ではその迫力に気圧されるだろう。さすがにここまで名を挙げた海賊なだけはあると彼らはゾロを評価する。

 だがそれだけだ。フーズ・フーはそのゾロの態度を「強がり」だと評する。生意気で骨もあるが、それ止まり。世界最強の海賊団に敵う程ではない。

 

「まあもう少ししたらおれ達も一度離れるが……新鬼ヶ島に到着するまではまだ時間がある。ゆっくり遊ぼうぜ……? こっちもお前には聞きたいことがあるんだ……!!」

 

「……お前……そんなとこで何してんだ……?」

 

「……あ? 何を……?」

 

 フーズ・フーの声に応えるように声を出したゾロだが、その意味がフーズ・フーには良く分からない。どういう意味だと口にしようとするが──その前にゾロからその勘違いに対する訂正が入った。

 

「お前じゃねェよ……!! おい、聞こえてんだろ……()()()()……!!」

 

「……!!」

 

 ゾロの視線と声の行き先。それはフーズ・フーでもその部下でもない。

 彼らより少し離れた場所でバツが悪そうに佇む彼女の事だ。

 

「ああ、そういうことか……!! そういうことなら教えてやるよ──おい、こっちに来い」

 

「! は、はい……」

 

 ビクッと肩を跳ねさせてフーズ・フーの声に反応したその女性はゆっくりとフーズ・フーの側に寄り、ゾロにその姿をはっきりと映させる。先程も見た黒猫のコスプレ──いや、よく見ればその尻尾も耳も、マスクを外した今でさえしっかりと残っている。

 それが意味するところは、彼女もまた──()()()()()()()()()()()()

 

『百獣海賊団“ギフターズ真打ち”たしぎ (黒猫のSMILE(スマイル))』

 

「何かご用ですか……? フーズ・フー様……」

 

「決まってんだろ。ジョーカーの奴の調べによるとお前とこいつは知り合いだってのを思い出した。それもあの()()と一緒で、敵ながらちょっとした縁があったらしいな……!!」

 

「……!! それは……」

 

 フーズ・フーの呼びつけに従順に傅いてみせるそのギフターズの真打ちは──元海軍本部准尉であるたしぎ。

 かつてはその上役と共に麦わらの一味と“東の海(イーストブルー)”のローグタウンで出会い、アラバスタ王国で海軍と海賊という敵対関係でありながらも協力したこともある。

 そしてゾロとは……たしぎの夢の事や、たしぎ自身がゾロの亡き親友と瓜二つだったということもあって浅からぬ因縁のある関係だった。

 味方ではない敵同士ではあるが、憎むべき相手でもない。親友と瓜二つというのが僅かに鬱陶しいと思う程度の相手、それがゾロの認識だった。

 

「……お前……海兵やめたのか? あの煙野郎はどうした……?」

 

「……! す、スモーカーさん、は……」

 

 だが今はどういう訳か、海兵をやめて海賊に──それも百獣海賊団の一員となっている。

 世界政府が倒れ、海軍本部も滅んだことは知っている。2年前の戦争で海兵の殆どが死んだのだと。

 だが生き残った海軍本部の残党は新政府軍に合流したこともあり、おそらくたしぎもその上司である男もそちらにいるかもしれないと何とはなしに思っていた。戦った経験もある。戦争が酷いものだったとはいえ、簡単に死ぬような奴らじゃないと。

 だがそのゾロの認識は甘かったのだと思い知らされる。たしぎの震える声と、それに続くフーズ・フーのニヤついた声がそれを証明した。

 

「ああ。この女の上司だった“白猟のスモーカー”なら──おれが殺した

 

「……!!」

 

 フーズ・フーはあっさりとその事実を告げる。ゾロは険しい表情は崩さず僅かに眉間に皺を寄せた。

 たしぎはフーズ・フーのその言葉を聞いて口を噤んだまま青褪めている。見ればその握りしめた手は微かに震えていた。

 

「せっかくだ。お前の心を折るためにも教えてやる。おれ達に負けたこいつが……一体どういう目に遭ったのかをな……!!」

 

 その出来事がトラウマになっているのは明らかだったが、フーズ・フーは容赦をしない。たしぎの目の前でたしぎがどういう経緯でここに立っているのかをゾロに説明する。

 親切ではない。悪意の詰まったその説明を。

 

「頂上戦争でおれ達に負けながらも生き残り、捕虜となった海兵や政府の役人は全員──“奴隷”になることが決まってた……!!」

 

 頂上戦争で海賊同盟に負けた海軍本部に世界政府。

 彼らの殆どは海賊達に殺され、この世を去っていったが……だが中には生き残った者達も当然いる。

 生き残り、逃げた者達は革命軍と合流して新政府を作ったが……問題は生き残りながらも海賊同盟に捕まった者達だ。

 

「奴隷は幾らいても困らねェ……働かせるもよし。売るもよし。壊れて倒れるようならそのまま殺して処分だ。おれ達に負け……目の前で上司を殺されたこいつも、当然奴隷として売るつもりだった!! 見た目の良い女は高く売れるからなァ!!」

 

「っ……!!」

 

「…………」

 

 そうして捕まった者達の1人──たしぎもまた奴隷となった。

 戦争で懸命に戦ったが、海賊同盟には敵わなかった。目の前で恩師2人を殺され、失意に沈むたしぎは抗うことすら出来なかった。

 ──だがその絶望が彼女の運命をほんの少しだけ変えた。

 

「……だがこの女はよっぽど上司を殺されたことに絶望したのか……どうやったって笑わなくてな……!! 考えてた仕入れ先じゃ明るい方が人気でよ……!! これじゃ売りモンにならねェと、仕入れ先をもっと酷ェところに変えようとしていた矢先だ」

 

 以前までの奴隷の主な仕入れ先は天竜人だったが、その天竜人がいなくなった以上、需要は減ったかと思えば──そういうこともない。

 元々奴隷は様々なところで愛用されていた。シャボンディ諸島の住民だってその1つ。彼らは“人間屋”に通い、奴隷を平然と飼いならしていた。

 なんてことはない、天竜人がおらずとも人間は元々残酷な生き物だ。天竜人の横暴を間近で見ているシャボンティ諸島の住民ですら奴隷を使う。認めている。

 世界政府加盟国の王族、貴族、有力者は当然の事。有名な会社の役員から真っ当な職業である医者や教師といった者達でさえ。

 平和を約束され、暴力とは縁遠い場所にいる人々は容易に自分を騙すことが出来る。

 世界貴族である天竜人が、体制が認めているのだから奴隷は何も悪いことではない。

 奴隷になるくらい悪いことをしたのだろう。海賊や悪人ならば虐げられて当然だ。

 彼らの多くは“奴隷”を正義だと、仕方のないことだと思っている。彼らの犠牲で平和が保たれるならその犠牲は正しいものだと。

 あるいはそれが酷いことだと知っていながら“自分達は痛い思いをしていないのだから問題ない”と本気で考える者達もいる。

 前者の罪は欺瞞であり、後者の罪は傲慢。彼らは自分達の平和のために奴隷となった者達を犠牲として切り捨てた。

 ……だから彼らは“暴力”を知らない。

 自分達のやっていることは正義の行い。正当な事だと思っているからこそ、人の痛みに気づかない。あるいはそれを許容してしまう。力なき民衆を“悪”から守る正義の軍隊“海軍本部”ですらそれを許容している。

 

 ──だがそんな理由で“奴隷”が納得出来る筈がない。

 

 “奴隷”になった者達の多くは“何もしてない人達”で、あるいは“天竜人の目に止まった者達”だ。

 犠牲という言葉1つで地獄へ落とされた彼らの嘆きは人々に届かない。届く訳がない。善良な人々ですら「可哀想だ」と一言同情を添えるだけ。そんな思いは慰めにもならない。彼らの怒りも絶望は誰にも届かず、彼らだけで完結する──そんな“歪み”をずっと許容してきた。

 だから2年前……“彼ら”は初めて知った。

 

 ──本当の“暴力”の痛みを。

 

『頼む……!! 助けてくれェ~~~!!!』

 

『金なら……金なら払う……!! 幾らでも……!! だから奴隷だけは……!!』

 

『妻と娘だけは……!!』

 

『家族のところに帰して……!! お願いします……!! どうか……!!』

 

『は、働ぐ……!! はだらぐがら……!! だがら殺さないで……!!』

 

『もう゛……ゴロ゛ジテくれ゛……!!』

 

 世界政府が、秩序がなくなったことで始まった“暴力の世界”。

 それによって生まれた新たな犠牲者は今まで平和を謳歌してきた人々を地獄に叩き落とした。

 初めは捕らえられた海兵や政府の役人。次にその家族。そこにいた関係のない人々。世界政府加盟国の国民。王族、貴族、有力者。

 彼らは等しく“犠牲者”になった。

 その瞬間、彼らは今まで幸運にも避けることが出来ていた“暴力”の痛みと苦しみを知る。

 殴られたら痛い。蹴られたら痛い。斬られたら痛い。刺されたら痛い。燃やされたら熱い。食べられたら痛い。怖い。

 満足に食事を取れないことで飢えを知った。上等な衣服や靴を剥ぎ取られ、寒さや痒み痛みを知った。満足に睡眠を取ることが出来ない辛さを知った。

 一日中ずっと肉体を酷使する労働の苦しみを知った。女性の尊厳を破壊される苦しさを知った。

 家族や友人、大切な人が無情にも殺される悲しみ、絶望を知った。

 これから先死ぬまで続く暴力の恐怖を知り、縁遠いものではなくなった死の恐怖を知った。

 それは今まで平和の中で生きてきた人々には到底耐えられない劇薬だ。

 しかしそれを避けることは最早許されない。

 思い浮かぶ結果論。酷い後悔。こんなことならああすればよかった。こうすればよかった。もう後戻り出来ない仮定を叫び、過去の行いを謝罪し、自分はこんなことされる謂われはないと正当性を訴える。

 だがこの“暴力の世界”ではその全ての行いに意味がない。全てが間違っている。

 彼らの多くは真実に気づけない。この痛みを、苦しみを終わらせるにはどうすれば良かったのか。その答えを思いつかない。そんなただの言葉には何の意味もない。

 もっとも、気づくことが出来たところでどうにか出来るものではないが──その切っ掛けはもしかしたら作れたかもしれない。

 海賊帝国の貿易港。奴隷を閉じ込めておく監獄や強制労働施設は全て恐怖や嘆きが蔓延する地獄だ。

 

 そして──百獣海賊団の人身売買などのシノギの一部を担当しているフーズ・フーはそんな奴隷達の苦しむ姿を楽しみながらも、次のオークションに出品する者達をまとめて船に運び込もうとしていた。

 その中にはたしぎもいた。行き先は裏社会の有力者の1人で、酷い加虐趣味のある男。絶望し、痛みに喘ぐ奴隷もまた需要がある。ゆえにそんなところに送られようとしていた。

 

「そんな時にあの人が現れてよ……提案をしてきたんだ」

 

「あの人だと……?」

 

 そう、ゾロの疑問の言葉にフーズ・フーはかつてのあの時のように、罪人や奴隷達が跋扈する地獄に現れたあの人に提案されたのだと告げる。

 

『あれれ? もしかして……たしぎちゃんじゃない? その娘!!』

 

「──ぬえさんだ」

 

「!」

 

 その名を知らない者はもはや今の世界にはいない。

 百獣海賊団の副総督。大トリ。最強生物の兄妹分の最恐生物。世界一のアイドル。

 “妖獣のぬえ”はいともたやすく地獄行きの切符を切る。それをフーズ・フーは知っている。

 

『何で知ってるのかって? そりゃあぬえちゃんだからね!! 実はどこかで会ったことがあったりなかったり? まあそんなことはどうでもいいとして……捕まえてるなんて知らなかったよ!! 言ってくれたら私が引き取ったのになぁ~~』

 

 一方で何の気まぐれか……救いの手を差し伸べることがあるのも知っている。

 

『奴隷として出荷するつもりだったの? うわぁ可哀想~!! ドナドナされちゃうんだねたしぎちゃん!! よしよし、それなら私が救ってあげるよ!!』

 

 もっとも……それが本当に救いなのかどうかは知らないが。

 

『じゃんじゃじゃ~ん!! “SMILE(スマイル)”~~!! 笑わないならこれを食べればいいよ!! 多分、9割近い確率で笑えるようにはなるからさ!! ……でも当たりを引いたら~~……私達が戦闘奴隷として引き取ってあげる!! 普通の奴隷に比べたら労働条件はホワイトだよ!! 実力次第で真打ち待遇!! 昇給有り!! 退職不可!! クイーン製の爆発する首輪は付けて貰うから逃げたら死んじゃうよ!! 特別に可愛くて火薬量多めの首輪持ってこさせるから頑張ってね~~♪ ──ま、当たりを引いたらの話だけどね。もし外れを引いたら……』

 

「……!!」

 

 たしぎは思い出す。

 その時間近で見た少女の形をした最恐の獣の表情と言葉は、たしぎの脳裏に恐怖となってこびりついている。

 その可愛らしい顔とは裏腹に──

 

『──“恐怖”の極地を味わわせてあげるね』

 

 ──その瞳にある()()()は……この世の何よりも恐ろしかった。

 

 たしぎは震える手でぬえから“SMILE(スマイル)”を受け取り……そして賭けに勝った。

 そして同時にたしぎの胸に微かに残っていた“正義”の心も……粉々に砕け散った。

 逆らっても無駄だ。敵う訳がない。自分より遥かに強い上司ですら敵わない怪物達が跋扈する今の世で、逆らったところで後悔するだけだと。

 そうしてたしぎは“ギフターズ”となり、2年間……フーズ・フーの部下として従順に働き続けた。その顛末こそが“真打ち”となってこの場にいるたしぎなのだと。

 

「……!! 笑えるようになるだと……? ちょっと待て……なら“SMILE(スマイル)”ってのは……!!」

 

「ハハハ!! 何だ知らなかったのか!!? そうさ!! SMILE(スマイル)ってのはそういうことだ!!!」

 

 フーズ・フーは笑い、人造悪魔の実“SMILE(スマイル)”のネタバラシを行う。

 その果実を食べても能力を得られるのは精々10%か良くて20%程度。

 10人が果実を食したとして、能力を得られた1人か2人以外は副作用で怒りや悲しみなどの“笑い”以外の感情を失う──だから“SMILE(スマイル)”。

 不運な者達を嘲るように、シーザーやドフラミンゴ、カイドウやぬえといった者達はそう名付けたのだと。

 

「そう、その女は賭けに勝って能力を得た……!! よりによって上司を殺した仇のおれ達に近い能力をよ……!! だからこそおれの部下にしてやってんのさ!! 本当は既に能力が抜けきった外れSMILE(スマイル)を食べさせて“プレジャーズ”にしてやる案もあったがな!! かつていたオロチがワノ国の住民に使っていたような趣味の悪いやり方をよ……!!」

 

「……オロチ……?」

 

「ああ、知りてェか? だが残念ながらそいつのことは覚える必要もねェ。もう死んでる……他ならぬ()()()が殺したからな……!!」

 

「…………」

 

 オロチという名前が気になった──いや、どこかで聞き覚えがあったゾロだが、もう死んでると聞いて確かに聞く必要はないのかもしれないと再び押し黙る。錦えもんが口にしていたような気がしたが、気の所為だろうと。

 

「もう分かったか? 逆らい続けたところで地獄を見るだけだぜ? へへへ……鞍替えするんなら早くするんだな。幸いにお前ら“麦わら一味”にはそれを認められてんだからよ……!!」

 

「……ハッ、悪いが願い下げだ……!! 獣のコスプレは身内だけに留めておくんだな……!!」

 

「……!!」

 

 続くフーズ・フーの言葉。希望はないと分からせるようなそれに、ゾロは挑発じみた言葉を添えて拒否する。

 それを聞いていたたしぎが僅かに緊張し、息を呑んだが、フーズ・フーは僅かに鼻を鳴らすのみだ。そして笑みを消して部下に顎で命令する。

 

「おい」

 

「はっ!! ──おらよ!!」

 

「……!! ッ……!!」

 

「さすがに生意気だな……だがこっちとしてもその方が助かる……お前ら“麦わらの一味”には恨みがあるんだ……!!」

 

「!? 恨みだと……?」

 

 部下に腹を蹴られたゾロが続いて聞いたフーズ・フーの発言にゾロは耳を疑う。

 それは謂われのない言葉だ。何しろ目の前の男とはおそらくだが……自分達は面識も因縁もない筈だと。

 

「人違いじゃねェのか……? 生憎と、おれとお前らの間に因縁はねェよ……!! ()()、だがな……!!」

 

「そうでもねェさ!! お前は“麦わらの一味”なんだろ!!? おれはその名を聞くと辛い過去を思い出す……!!」

 

 だがフーズ・フーは勢いよくそれを否定した。ソファーから立ち上がり、ゾロの間近に迫り、その首を絞める。今までの雑魚ではないフーズ・フーの暴力にゾロも苦しそうに表情を歪めた。そのままの状態でフーズ・フーは話し出す。

 

「13年前……政府の船で護送中の“悪魔の実”が奪われた──そして2年前……“麦わらの一味”が頭角を現した時、おれは驚いた……あの時奪われた“ゴムゴムの実”を“麦わら”が口にしてたからだ!!!」

 

「!!?」

 

 そして告げられるフーズ・フーの言葉に、ゾロは驚く──“ゴムゴムの実”がこいつから奪った実? どういうことだと。

 

「……!! 護送中に奪われた……つまり、お前は元政府の……!!」

 

「そうさ……!! おれは元CP9……!! そのたった一件の失敗で投獄され、その身分を追われた男さ……!!!」

 

「……!!」

 

 今度は後ろで聞いていたたしぎも無言のままで驚く。初耳の情報だった。CP9と言えば存在しない筈の9番目の諜報機関であり、政府が抱える殺し屋集団の名だ。

 その出身であるというフーズ・フーが今は百獣海賊団に身を置き、政府とは袂を分かっているというのは闇が深い。フーズ・フーの言うようにその事件に何かがあるのかと勘ぐってしまう程に。

 

「お前らが戦ったあのロブ・ルッチと引けを取らねェ程有望だと言われたんだぜ……!! おれも……!! 今となっちゃあおれの方が上だがよ……!! さて、今度はこっちから質問だ……!!」

 

「っ……ハァ……ハァ……」

 

 質問をすると告げられ、手を離したフーズ・フーを息を整えながら見上げるゾロ。何を聞いてきたところで答える義理はないと思いながらもその質問を耳にする。

 

「──“太陽の神ニカ”!!! そのことについて何か知ってることを話せ!!!」

 

「ハァ……ハァ……何……?」

 

 ──だがその名称は正真正銘初めて聞くものだった。

 必然、ゾロもまた頭に疑問符を浮かべてしまうも、フーズ・フーはそれだけで納得はしない。

 

「太古の昔に奴隷達がいつか自分達を救ってくれると信じた伝説の戦士だそうだ!! おれが牢獄に捕まってた時に聞いた話だ!! おれは酷い罰を受けながらそれに祈れと笑われた!!!」

 

 激しく捲したてるように説明するフーズ・フーの熱量は冗談や何かを言っているようではない。よっぽど酷い体験だったのだろうということは分かる。

 だがそれ以上に駆り立てるものを感じた。まるでそれ以上に何かが原因で気になっていると言うように。

 しかしゾロは知らない。そんな神のことは。だから正直に答える気はなかったものの正直に答えるしかない。

 

「実在したのか妄想か……人を笑わせ苦悩から解放してくれる戦士!! 本当に知らねェのか!!?」

 

「生憎と知らねェな……!! 妄想話も大概にしろ……!! おれは神なんて信じてねェ……!!」

 

「なら何故おれにニカの話をした看守は政府に消された!!?」

 

「!!?」

 

 神など信じないし頼りにしたこともない。それは素直なゾロの信条であり本音だ。

 だがフーズ・フーのその話を聞くと、確かに何かキナ臭いものを感じてしまう。あまり興味はないものの、話をするだけで政府に消される程のものとなれば──それ相応の何かがあると考えるのは確かに自然な話だ。

 

「あの時……おれが脱獄を図り……ぬえさんやジョーカーの奴に助けて貰ってなけりゃおれもそうなってた!!」

 

 フーズ・フーの真に迫る言葉は再びゾロの尋問を激しくする。

 ゾロの腹を蹴り飛ばしながらもフーズ・フーは今でもその恐怖が脳裏に過ぎってしまうと思い出す。それ以上の恐怖に助け出されなければどうなってたかと──。

 

『やっほー。久し振りだね、フーズ・フー。まさか遠征任務から気づけばこんなところにいるなんて思わなかったよ。ドジって政府に捕まっちゃったって? いや~まさかフーくんが政府の諜報員だなんてね!! 知ってたけどさ!!』

 

 12年前──いや、そもそも始まりは24年前だ。

 大海賊時代が始まってすぐ、フーズ・フーは台頭し始めた百獣海賊団へのスパイとして海賊となり、彼らの配下になったのだと回想する。

 その活動は概ね問題なかった。怪しまれることはなかったし、約12年間、ゴムゴムの実の一件で投獄されるまでの間、百獣海賊団の情報を少しずつ政府へと流してきた。

 ──だがそれも今考えればただ踊らされていただけ。

 百獣海賊団の大看板“戦災のジョーカー”の正体がCP0のステューシーであり、彼女は百獣海賊団と政府の情報を互いに流す二重スパイであり、ずっと政府を騙し続けてきた。

 つまり最初から向こうには筒抜けであり、フーズ・フーの潜入もバレていた。

 だからこそ投獄された時もすぐに気づいたし、ステューシーの手引きやぬえの能力によって容易く牢獄まで忍び込めたのだろう。最初見た時は目と耳を疑った。百獣海賊団は裏切り者には容赦しない。さすがの自分も消されてしまうと怯えた。

 

 ──だがフーズ・フーは運命の悪戯に救われたのだ。

 

『まあここで殺すも連れ帰ってどうにかしちゃうのもいいんだけどその前に──さっき呟いてた“ニカ”って……何?』

 

 ぬえが“ニカ”の話に興味を持った。

 それはぬえが垂らした救いの糸であることは明白であり、フーズ・フーは必死に知っていること、聞いていることを話した。ニカの事も。ニカを話したことで消された看守の話も。

 そしてそれを興味深そうに聞いた後でぬえはにやけた笑みを浮かべた。

 

『へぇ~~? なにそれ聞いたことないな~~? ふむふむ、面白いねぇ。……ジョーカーは何か聞いたことある?』

 

『……ほんの触りくらいは。しかし知っているのは今聞いた情報と同じものね』

 

『え~!! そんな面白い話知ってたんならもっと早く言ってくれれば良かったのに~!! むぅ……“ジョイボーイ”の話はキングから聞いて知ってたけど……“太陽の神ニカ”か……ん~~~……つまりそういうことがありえたり……? メタ読みだけど……いや、でももしそうなら……でもやっぱ違うかも……──先生の事だし、こんな簡単に予想出来ることじゃなくて、もっと驚くような……でもやっぱり……

 

 そうしてフーズ・フーの話を呑み込んで首を捻り始めたぬえは時折、ジョーカーにもフーズ・フーにも分からない単語を完全には聞き取れない程度の声量でブツブツと呟き始め……そしてしばらくして、フーズ・フーの運命を決めた。

 

『う~~~ん!! 考えてもちょっとまだ分からないから後回し!! それより……こんな良い情報を教えてくれたフーくんにはお礼をしないとね!! 今ならこっちに寝返るだけで助けてあげるけど……どうする?』

 

『良いんですか?』

 

『よくよく考えたら裏切り者じゃなくて最初っから政府側だったんでしょ? だったら寝返ってくれるならギリギリセーフだよね!! それに……()()だってあるしさ!!』

 

『……フフ、それもそうね』

 

『でしょ? それじゃそういう訳で……どうする? こんなチャンスは1回しかあげないよ?』

 

『……!!』

 

 そうしてフーズ・フーはその日、正真正銘──百獣海賊団の一員となった。

 ぬえが何を考えているかは分からないが、ぬえはフーズ・フーにとって恩人でもありながら畏怖の対象だ。カイドウと同じくその強さを尊敬もしている。

 だから、その日から与えられたフーズ・フーの重要な仕事の1つに、ここで手を抜く訳にはいかない。

 

「知っていることがあるなら話せ!! お前らの仲間にはあのジンベエも入った筈だ!! 奴から何か聞いてねェか!!? 魚人の歴史は奴隷の歴史だろう!!」

 

「……!!」

 

 差別し、侮辱するような発言だって厭わない。そもそもフーズ・フーはその発言を差別だと思ってもいないが……仮に思っていたとしてもそのためなら躊躇いなく口にするだろう。

 不思議な事に“麦わらの一味”にはぬえが拘っているし、ぬえもまた“ニカ”の事を知りたがっている。

 ならばここで“麦わらの一味”の2番手とも言える男を苦しめるのは必要な事であり、躊躇う必要もないことだ。

 だが……そうして尋問が拷問に変わっていったとしても──その男は折れない。

 

「……!! 悪いが……生憎とおれは何も知らねェし……知ってても教える気はねェなァ……!!!」

 

「何だと……!?」

 

 ゾロが不敵な笑みを浮かべながら口にする。その発言にフーズ・フーは苛立った。部下にもっと激しく痛めつけるように指示する。

 

「死なねェ程度に痛めつけてやれ……!! ──おいたしぎ!! お前もやれ!!」

 

「っ……!! で、でも……!!」

 

 しかしフーズ・フーの命令にたしぎは躊躇う。先程の戦闘に続いてここでの拷問はゾロの身体と精神を酷く削っている。

 海賊で元々は敵だったとはいえ、こうも酷い様を見せられてはたしぎも思わず躊躇ってしまった。さすがに拷問の経験はない。今までは幸運にもそれを避けることが出来ていた。

 

「逆らう気か……? だったら……“奴隷”に戻ってみるか?」

 

「……!!」

 

 だが──その言葉1つでたしぎに逆らう術はなくなる。

 たしぎもまたその苦しみを知っている。捕まってすぐに何度か躾けられたのだ。

 そして恐怖も知っている。だからたしぎは……その手に力を入れて──。

 

「……!! (ごめん……なさい……)」

 

 ──ゾロの頭を渡された棍棒で殴りつけた。

 

「……!!」

 

 ゾロの頭から血が流れる。

 

「ハハハ!! いいぞ!! やれば出来るじゃねェか!!」

 

「……は、い……!!」

 

 歯を噛み締め、我慢する。

 本当はこんなことはやりたくない。でも怖くて逆らえない。逆らっても無駄だという思いが心を支配する。

 それに本当に痛くて辛いのは目の前のゾロだ。自分には罪悪感を抱いて苦しむことすら許されない。悪いことをしたなら恨まれなきゃならないのだ。だから少しでも同情を誘うようなことはしてはならない。

 だからたしぎは冷たくゾロを見下ろすように努めた。あくまでも昔と変わらない敵として。非情であるように。

 

「……弱く……なりやがって……!!」

 

「…………え……?」

 

 だが……ゾロは気を失うことも、たしぎに恨み節を口にすることもなかった。

 いや、その口ぶりはそれに近いが、その言葉に込められたのはそうではなく──「気に入らない」というもの。

 

「弱くなったって……私のどこが弱くなったって言うんですか!!!」

 

 思わず口をついて大声を出す。

 だって弱くなった筈はないのだ。2年前と比べて自分は格段に強くなった。

 剣術の腕も。身体能力も。六式だって覚えたし、覇気だって身につけた。認めたくはないが能力を得たことでも更に強くなった。

 今の自分の強さは百獣海賊団の真打ちとして認められるに足るものであり、2年前の上司すら超えたと思わせるもの。そんな自分が弱くなった筈がないとたしぎはゾロを睨みつける。

 そう……“強さ”だ。

 それはたしぎが何よりも求め、そして辿り着いた真理だ。

 

『負け犬は正義を語れねェ……!! ここはそういう海だぜ……!!』

 

『弱ェ奴は死に方すら選べねェ』

 

『自分の不幸を他人のせいにしてる暇があったら強くなることだね!! この世界では“弱者”は全てを奪われ──“強者”が全てを得るのよ!!!』

 

『うお~~~~ん!!! 痛ェだろう奴隷共……!!! でも仕方ねェんだ……ウウ……おれ達の目的と……てめェらが弱ェせいなんだからよォ……!!!』

 

 そう、たしぎは何度も何度も言われてきたのだ。

 かつて海兵であった時には砂漠の王国で“七武海”に。

 海賊の奴隷と成り下がり、無残にも戦い、負けた時には“飛び六胞”の1人に。

 そして“四皇”の兄妹分にも。

 ずっとずっとずっと。言われていたし、知っていた。

 だから強くなったのに。力を付けたのに。

 

「……悪党共から名刀を取り戻すと息巻いてた頃の方が……よっぽど見込みがありそうだったがな……!!!」

 

「……!!!」

 

 なのに……なんでそんなことを言うのか。

 認められない。認めたくない。今の自分が、昔より弱くなっただなんて。

 認めたくないのに。何故──。

 

「どうした? 殴らねェのか……?」

 

「……!!」

 

 何故……この手は動かないのか。

 否定の言葉が紡げない。認めたくないなら否定すればいいのに。力で以て分からせればいいだけなのに、と。

 たしぎは動けない。だからその状況で動くのは暴力を躊躇わない強者だ。

 

「ぎゃはは……生意気な野郎め。もっと痛めつけねェとな!!」

 

「……!!」

 

 そして……その無慈悲な暴力に対抗出来る者もまた、()()()()()()()

 

「ぎゃああ!!?」

 

「!? てめェ!!」

 

「こいつ……噛みやがった!!」

 

 フーズ・フーの部下の1人がゾロに暴力を加えようと近づいた──が、その腕にゾロが噛み付いたことで武器を落として悲鳴を上げてしまう。

 

「クソ……!! 痛ェ……!!」

 

「なんて野郎だ……!!」

 

「まだ動ける体力が残ってたの……!?」

 

 部下達がゾロを何とか引き剥がす。腕を噛まれた男は腕から血を流して痛みに喘ぎ、周囲はそのゾロのタフさに戦慄を覚える。

 そしてゾロはそんな彼らを見て不敵な笑みを再び浮かべた。

 

「へっ……お前らも獣なら知ってんだろ……!!」

 

 ゾロは言う。この程度の苦難。自分達にはなんてことのないものだと。

 

「この程度の鎖や手錠で……“猛獣”が大人しく出来ると思ってんのか……!!?

 

「……!! 成程……言うじゃねェか……!!」

 

 フーズ・フーが納得してみせるも、その笑みには忌々しさと嗜虐心が浮かんでいた。生意気な男だ、気に入らないという心と、それほど生意気な男の心をこれから折ることが出来るというその楽しみ。

 なんなら今からやってもいいとそう思い、フーズ・フーは部下にそれを命じようと思ったが──その時、懐の子電伝虫が鳴り響いた。

 

「……どうした?」

 

『フーズ・フー。そろそろ時間よ。一度集まって備えましょう』

 

「ブラックマリアか。チッ……もうそんな時間か」

 

『あら、もしかしてお楽しみ中だった?』

 

「ああ。だが一旦お預けだな。──こっちもすぐに合流する」

 

『ええ。それじゃまた後で』

 

 短い会話を行う。電伝虫の相手はフーズ・フーと同じ、この島にやって来ている“飛び六胞”ブラックマリア。

 どうやら次の作戦開始時刻が迫ってきていたらしい。思ったよりも遊びが長引いたな、とフーズ・フーは意識を切り替えて部屋の外へ身体を向ける。

 

「おい、集合だ。見張りを数人残して後はおれについて来い──おい、たしぎ。てめェもだ」

 

「! ……は、はい」

 

 フーズ・フーの指示に従って部下達が一斉に動き出す。まるで統率の取れた獣の群れのように。

 たしぎもまたフーズ・フーに名指しされて部屋を後にした。見張りに信用出来ない相手を置く必要はないと判断したのだろう。

 もっとも逃げられる筈もないと高を括ってはいるものの、念には念を入れて見張りからは外した。

 

「おい……遊びはもう終わりか?」

 

「! ああ……お前は後でじっくり時間をかけて遊んでやるよ」

 

 そしてゾロはフーズ・フー達が忙しなく動き出すのを見て挑発も兼ねた疑問を口にする。一体何をするつもりなのかと。

 答えてくれる期待はしていなかったが、フーズ・フーは意外にも答える。既に詰んでいる連中に話したところで何も出来やしないだろうと──

 

「新政府軍を潰した後でな……!!!」

 

「!!」

 

 

 

 

 

「ええ!!? 本当に新政府軍が攻めてくるの!!? それじゃあテゾーロが言っていた情報は……!!」

 

「そ。全部本当よ。まあさすがに本気でドフラミンゴを消すために動きはしないでしょうけど、彼がドフラミンゴを消したいと思ってるのは本当だし、新政府軍が攻めてくるから出来れば“麦わらの一味”を犠牲にしておきたかったってのが真実ね──あ、そっちのソース取って」

 

「はい。……って、それじゃこんなところで呑気に食事取ってる場合じゃないでしょうが!!! 何でこんなところに連れて来たのよ!!?

 

「だってお腹空いてたんだもん」

 

「呑気か!!」

 

 グラン・テゾーロの街中にあるステーキハウス“WILD COW”。

 そのボックス席で互いにラフな格好に着替え、ステーキを口に運ぶその2人はどちらも絶世の美女であり名の知れた“泥棒”だった。

 ナミとカリーナ。かつてライバルでもあり手を組むこともあった2人は場所を移して今回の海賊帝国の動きや作戦も含めた情報の共有を行っていた。

 ……だがその場所がステーキハウスであり、呑気に食事を摂りながらというものであったため、情報を共有したナミはカリーナにツッコミを入れるもカリーナは気にした様子もない。

 他に頼れる相手もいないため、一旦は手を組むことを了承したものの、この分だとダメかもしれないとナミは溜息をついた。話を聞いてダメそうだったらこのまま逃して貰おうとも。そのためにもせめて仲間の情報だけは聞き出そうとも。

 

「はぁ……それで? 要はその戦争の間に私達の仲間と金を盗み出そうってワケ?」

 

「そういうコト。戦争中はドレスローザにいるドンキホーテ・ファミリーもこの街のテゾーロとその配下も百獣海賊団もそっちにかかりっきりになるわ。私達が多少動いたところで構ってられないくらいにはね♡」

 

「……成程。それじゃ仲間の居場所や盗み出すお金の位置も全部もう突き止めてるんだ?」

 

「勿論!! グラン・テゾーロで捕まってるあなたの仲間“麦わらの一味”はそれぞれ別の場所に捕らえられてる」

 

 ナミの質問にカリーナは淀みなく答える。仲間の居場所というナミが保険も兼ねて先に教えて貰おうと思った情報も、カリーナは隠すことなくあっさりと教えてみせた。

 

「まず“海侠のジンベエ”はテゾーロの使う応接間」

 

 カリーナが懐から出した手書きの地図でジンベエのいる場所を指す。応接間はVIPエリアのテゾーロの自室近くにどうやらあるようだ。

 

「そして“悪魔の子”ニコ・ロビンは百獣海賊団“飛び六胞”ブラックマリアの部屋」

 

 また1つ、地図に書き加える。先程のジンベエの居場所も加えておいた。こちらもVIPエリアにあるらしい。

 

「そして“海賊狩りのゾロ”。彼も同じく百獣海賊団“飛び六胞”フーズ・フーの部屋にいるようね」

 

 ブラックマリアの部屋からほど近い場所にゾロ。これもナミは覚える。地図がなくてもいざとなれば助けにいけるように。

 

「そして最後に“麦わらのルフィ”と“ソウルキング”ブルックは──“黄金の牢獄”ね」

 

「──“黄金の牢獄”? 何よそれ。一体どこにあるの?」

 

 そして最後の2人がいる場所を──カリーナは指し示さない。

 どうやらホテルの中ではないようだ。ナミの質問に、カリーナは地図を出さずに答える。

 

「このグラン・テゾーロ地下に広がる空間よ。出口はなく、タナカさんのヌケヌケの実で落とされることでしか行けない秘密の……ま、実質処刑場みたいな場所ね」

 

「……!! そんなところに……ルフィとブルックが……どうにか行く方法はないの?」

 

「勿論、無くはないわ。でもそっちの方は一先ず後回しね。私達が行けなくもないけど……そっちは別の当てがあるから」

 

「? 何よ別の当てって。手を組んでるのってあたしだけじゃないの?」

 

「ウシシ、そこも今は秘密ってことで」

 

「…………」

 

 ナミはカリーナの話を聞いて思う──酷く、胡散臭いと。

 そもそもナミはカリーナとちょっとした因縁があるのだ。無論、真相は分かってはいるものの、カリーナが油断ならない奴だということはよく分かっている。

 おまけにここまで情報を伏せられると信じたくても怪しんでしまうものだ。とはいえ──

 

「……はぁ、わかったわ。それも後でいい」

 

「あれ? 聞かないの?」

 

「教えてくれなくても助けてはくれるんでしょ? 分け前は“仲間の命”。忘れてないわよ」

 

「……ウシシ、まあね。さすがに契約に反することはしないよ」

 

 だったらいいわ、とナミはその情報を今は聞かないことにする。出来れば聞いておきたいのは山々だが、聞いたところでナミ1人ではその“黄金の牢獄”からルフィ達を助け出すことは限りなく不可能に近いだろう。

 VIPルームにいる仲間もそう。当然見張りはいるだろうし、そもそもVIPルームに入るには敵の手がなければ不可能だ。

 どうしたってカリーナの協力はいる。だったらカリーナの事をある程度は信じて動くしかない。

 とはいえそれでも心配なことはある。それは──

 

「……それより今更なんだけど……こんな場所でこんな計画の話していいの? 誰かに聞かれてたら……」

 

「大丈夫よ。ちゃんと対策はしてるわ──私の能力でね♪

 

「!」

 

 こんな街中で計画の事を堂々を口にするという危険。

 ここまで来るのにナミの手錠を外して連れてきたのも怪しいが、それはまだ見られてもギリギリ誤魔化しが利く。テゾーロ配下の幹部達も出払い、カリーナが監視しているという名目が立つ現状なら見られても問題はないかもしれない。

 しかし裏切る計画を聞かれるのはさすがに問題だ。部下か、街の住民から告げ口でもされようなら計画は頓挫するだろう。

 その危険性を指摘したのだが、カリーナは問題ないと言う。能力という単語と、その発動の言葉を添えて。

 

「“()()()()()”」

 

「え……? 周りの音が急に聞こえなくなった……!!? 人の会話も、街の音も……!!」

 

 突然、ナミ達には周囲の全ての音が聞こえなくなる。

 聞こえるのは自分達の周り半径1メートル程度の声や物音だけ。それより外の音は全て無音状態。

 だが視界では確かに人々が動いたり、会話をしているのが見て取れる。

 こんな不可思議な事は通常はありえない。ありえるとすれば……それはこの海の秘宝とも呼ばれる“悪魔の実”の能力。

 

「カリーナ……!! あなた、能力者になったの!!?」

 

「ええ。世界政府が倒れてから海賊帝国の下にこれまで以上に悪魔の実が集まるようになったらしくてね。テゾーロの下にも幾つかそれが回ってきたの。それで幹部は好きな能力を得られることになって……正直、泳げなくなるのはリスクが高いとも思ってたんだけど、便利そうなのがあったから……結局食べちゃったわ♡」

 

「何の能力……?」

 

「──“ナギナギの実”の無音人間よ。こうして壁を張って周囲の音を聞こえなくしたり、逆に中の音を外に聞こえなくしたり出来るの。さっきまではそれで対策してたわ。ウシシ、泥棒にはうってつけの能力でしょ?」

 

 確かに……とカリーナの能力の効果を目の当たりにしてナミは得心する。音を完全に消すことが出来るというのは泥棒にとってかなりのアドバンテージだ。

 欲を言うならスケスケの実の透明人間の方がより使えるかもしれないが、場合によっては音の方が便利な場面も多大にあるだろう。これなら確かに泳げなくなるリスクを呑み込む価値はあるし、こういった秘密の会話も聞かれる心配は全くない。

 

「あっ……外の音が戻った」

 

「ウシシ、面白いでしょ? ま、これがあるから別に部屋で話しても良かったんだけど……さっきも言ったけどお腹空いてたしね!!」

 

「だったら先に言いなさいよ。聞かれたらマズいかもってちょっと声落としてたじゃない」

 

「ごめんごめん。まあでも……もしこの能力がなくても問題はなかったかもだけどね」

 

「? どうして?」

 

 カリーナの笑みを消しての言葉に、ナミは疑問を呈する。能力がなくても平気ということは、聞かれても問題ないか、そもそも聞かれる心配がないかのどちらかだ。

 まさかそんなことはないとは思えないが、どうやらカリーナは半ばそれを確信しているらしい。その理由を口にした。

 

「そもそもテゾーロからすれば……あなたを手錠で捕らえる必要も、こうやって街の中で泳がせてる分にはあんまり問題ないのよね」

 

「どういうこと?」

 

「見たでしょ? ゴルゴルの実の能力よ」

 

 カリーナは言う。あの能力こそがこの街の支配を絶対のモノにしている最大の理由なのだと。

 

「テゾーロは覚醒した能力者。一度触れた金なら自在に操れる。街中の至るところにある金も……私達の身体に付着する金粉なんかもね」

 

「……!! それって……テゾーロが言ってた……!!」

 

「そ。いつでも好きな時に固めることが出来る。黄金に強い衝撃が加われば、テゾーロにも察知されて即座に固めて動けなくなるわ。それで終了。この街にいるうちは、どうやったってテゾーロの支配からは逃れられない。鼠が数匹紛れ込んでいたとしても、テゾーロなら事が起きた後でも十分に対処出来るのよ」

 

 ナミはカリーナの言葉で驚き、そして思い出す。確かにこの街に入る際、大量の金粉が空を舞っていた。

 そしてその金粉はナミも含めた一味の身体に付着している。

 つまりその時点でテゾーロの“支配”は完了しているのだ。

 

「一応言っておくと、私達みたいな幹部も例外じゃないわ。テゾーロがその気なら、どう足掻いたって逃げられない。戦ってもこの街全ての黄金が武器のテゾーロに勝てる奴なんていないし、逆らうだけ無駄ってこと──ほら」

 

「!」

 

「おいこらガキ!! フザケんじゃねェぞ!! おれ達をテゾーロ様の部下と知ってんだろうなァ!? あァ!!?」

 

 軽く嘆息しながらカリーナが指差す先──ボックス席の外でグラン・テゾーロの従業員でありテゾーロの部下と思われる男達が、従業員の子供達に大人気なく凄んでいた。

 

「ごめんなさい……!! 悪気はなかったんです……!! 許してください……!!」

 

「あァ!!? 悪気はなかったで済まされるか!! この服、幾らしたと思ってんだ!! ステーキの汁で汚れちまったじゃねェか!! どうしてくれんだ!!?」

 

「すみません!! すみません!! 許して下さい!!」

 

「……!! おい、やめろよ!! 姉ちゃんは悪くねェ!! そっちが前も見ずにぶつかってきたんだろ!?」

 

「あァ!!? 何だとこのガキ!!」

 

「ダメ!! リッカ!!」

 

「お兄ちゃん……!!」

 

 どうやら店員の少女が彼らの服を汚してしまったことが発端らしい。その少女が必死に謝り、より小さい子達が少女を庇うもそれは火に油を注ぐだけの行為。激高した男が子供を──そのリッカと呼ばれた少年を──蹴ろうとして、妹と思われる子供が叫ぶ中……少年は少女によって庇われる。

 

「酷い……!!」

 

「ま、あれがこの街の日常ってところね。従業員の殆どはテゾーロに莫大な借金を抱えていて、奴隷同然の身で働かされている──あんな子供達でさえ、ね」

 

「! そういえば、あの子達、さっきホテルの前で花を売っていた……」

 

 ナミはその従業員の横暴っぷりと子供達を見て思い出す。その6人の子供達はロー達と共にホテルに入る際、その前で花売りをしていた子達だったと。

 1人は他の子達より少し年上の少女で、残る5人はもっと小さい10歳にも満たない子供達だった。そんな子達がどうしてあんな場所で花売りをしているのか気になってはいたが、ようやく得心がいく。つまり借金を払うために働かされているのだ。

 

「その借金でさえ、元はテゾーロに騙されて背負ったものよ。いわばこの街はテゾーロによって作られた……巨大な蟻地獄みたいなものね」

 

「申し訳ありません……!! 店長である私がお詫びします……!! だから子供達の事は……!!」

 

「ダメだなァ!! こいつはおれ達を苛立たせた!! こいつは“黄金の牢獄”行きだァ!!!」

 

「……!! そんな……!!」

 

 そしてそんな不幸の最中──いや、これから更なる不幸に叩き落されようとしている子供達。

 ガタイの良い店長が現れ、必死に土下座しているもののそれに取り合うこともない。男達はその少女を連れて行こうと腕を掴む。

 それがナミの限界だった。

 

「……カリーナ。さっきの能力ってこの店全体にも使える?」

 

「使えるけど……はぁ、それじゃ手短にね?」

 

「……わかってるわよ。──ねぇちょっとお兄さん?」

 

「あァ!? なんだって──ぎゃああああ~~~!!?

 

 子供が虐げられているのを見てナミは我慢出来るほど善良ではない。

 カリーナが店全体に防音壁を張った上でナミは男達をブチのめす。一瞬で黒焦げとなった男達を外に放り出し、ナミは子供達に駆け寄った。──カリーナは部下達が起きた時に騒がないように外のゴミ箱に縛り──ついでに身包みも剥いでいる。やっていることは人助けでもどちらも極悪人だった。

 

「大丈夫?」

 

「! はい……ありがとうございます……!!」

 

「て、テゾーロの配下を……!!」

 

「す、すげェ……!!」

 

「一体何をしたんだ……?」

 

 助けられた少女が頭を下げてお礼を言い、店長や他の子供達も驚きと共にナミを称賛し、感謝を述べる。

 気にしないでいいと語るナミは子供達に笑顔を向けた。こんな普通の子供達が奴隷のように働かされてるなんて許せない。ルフィ達を助けたら……出来れば子供達も助けてやりたいと思ってしまう。

 

「あの……お姉さん。その……」

 

「ん? なあに?」

 

 そんな事を考えるナミに、少女が何かを言おうとしていた。

 言い辛そうにしながらもじもじとする少女に、ナミは極めて優しくそれを促すとその甲斐あってか少女は口にした。

 

「実は……厚かましいお願いなんですけど、もう1人、助けてほしい子がいるんです……!!」

 

「……助けて欲しい子?」

 

「はい……その子は……あの、外から来たみたいで、さっきみたいな悪い大人の人に連れて行かれて……ホテルの前でちょっと話したんですけど、どうにかして逃げ出したいみたいで……あの子……とっても辛そうだった」

 

 悪い大人の人に連れて行かれた子供を助けてほしいという少女の願いを、ナミは真摯に受け止める。

 だがそれはあまりにも難しいことだった。ただでさえ、仲間を助けなきゃいけない窮地だ。そんな余裕はない。偶然助けられる範囲にいた子供達ならともかく、この状況でそんな頼みを聞いている余裕は今のナミにはない。

 だが──

 

「だからお願いお姉ちゃん……!! 助けてあげて……!!」

 

「……!!」

 

 だがそれでも。

 子供に泣いて助けてと頼み込まれたら……その頼みを、無下にして無視することは出来なかった。

 

「……ホテルに連れて行かれたのよね? どういう子? 名前は?」

 

 ナミは唇を一度噤んだ上で、笑顔を浮かべて頼みを受けることを決意する。

 分かっていても無視出来なかった。だからナミはその助けてほしいという子の特徴をその霞んだ髪色の少女から聞いた。

 

「格好は……ひらひらした服で7、8歳くらいの女の子。名前は──お玉ちゃんって言ってた

 

「……え……?」

 

 そしてその名は唐突に。

 聞き覚えのある名前を耳にしたナミは目を見開く。

 その“お玉”という名前は以前にローから聞いた──

 

『ああ。動物を操る能力者の仕業だ。確か子供で……名前は“お玉”だったか』

 

 ──チョッパーを操っている百獣海賊団の……能力者の名前だった。

 

 

 

 

 

 ──その場所に辿り着いたのは完全なる偶然だった。

 

「どうぞどうぞ!! 食べてくらさい!!」

 

「新鮮な闘魚のステーキれすよ!!」

 

 ──グラン・テゾーロから散り散りになって逃げ、兵隊に紛れて何とかドレスローザに辿り着いた。

 

「しかしまさかこんな時にノーランドの子孫がやって来るとは!!」

 

「まさに!! 運命としか思えん!!」

 

 ──だがドレスローザも敵のナワバリ。

 そんな中、安全な場所を探して隠れては逃げ、隠れては逃げを繰り返し……橋を渡ってようやく辿り着いた巨大なジャングルの島。

 

「今日は400年の時を超えてぼくらがドフラミンゴと戦うと決めた決戦の日!! その日に再び現れた伝説のヒーロー!!」

 

 そのジャングルに足を踏み入れ……そして彼らに捕らえられたのだ。

 本当に存在するとは。見上げる程の巨大な人間を見た時も驚いたが、手乗り出来る程のサイズしかない小さい人間を見た時も同じくらい驚いてしまった。

 

「ウソランド!! 食事を終えたら地底の道から花畑へ向かいましょう!!」

 

「決戦の地でドレスローザで我らリク王軍の隊長と仲間達が待っているれす!!」

 

 だが咄嗟に見えた銅像の名を言い当て、咄嗟に得意のウソでその場を切り抜け、歓待されたことは良かった。

 とんでもない強い英雄の子孫──かのモンブラン・ノーランドの子孫として戦いの先陣を切ることになったのも……まあ良いとしよう。

 どっちにしろ仲間を助けに向かわなくちゃならないし、そのために人手を借りられるなら願ったり叶ったりだ。ここなら敵に見つかる恐れもないし、彼らの作戦に乗って仲間を助け出そうと。

 そう思った“麦わらの一味”の狙撃手ウソップは、彼ら──グリーンビットに住む小人族にしてドレスローザの妖精伝説の正体でもあるトンタッタ族と共に、“工場”があるというドレスローザの地下へ向かおうとした。

 

 ──だが、ややこしくなったのはそこからだった。

 

「お久しぶり()()()()()()!! 我が故郷!!」

 

 トンタッタ族の住むグリーンビット地下のトンタッタ王国。

 そこを訪れるような人間はおらず、やって来るのは同じ味方のトンタッタ族だけ。

 そんな都に現れたのはトンタッタ族でありながらも──

 

「マズいれす!! ウソランド!!」

 

「隠れてください!!」

 

「何だ? 仲間がやってきたんじゃないのか?」

 

「違います!! 元々は仲間れしたけど……あいつらは百獣海賊団に入った悪者達れす!!」

 

「左様。あやつらはあの先頭に立つ大ウソつきのトンタッタ王国の元兵長と共に王国を抜けた海賊なのれす……!!」

 

 ──敵だった。

 

『百獣海賊団“真打ち”(元トンタ兵長 “自称”トンタッタ族一の悪)ダウト 懸賞金3億2700万ベリー』

 

「今日この私──ダウト様が帰ってきたのは沢山の用が()()()()()()!! 戦争への参加を要請する徴兵と、ある人間がここにいないか探しに()()()()()()()!!」

 

 トンタッタ兵長のレオとトンタッタ王国の国王であるトンタ長のガンチョが指し示す先──通常のトンタッタ族より少し大きい30センチ程の身長を持つ赤い着物と2本の鬼の角のようなものが帽子から突き出ているのが特徴的な少女がいた。

 ダウトと名乗ったそのトンタッタ族は背後に同じくトンタッタ族──しかし髑髏のマークを身体のどこかに掲げ、武器を持った少しだけ悪そうな見た目のトンタッタ族を連れていた。

 レオ達が言うように、そのトンタッタ族は悪であるのだろう。百獣海賊団の一員ということからもそれは分かる。ウソが下手そうなのはウソップからしてみればなんとも言えないものの、問題はそこではない。

 

「今日私達に逆らった麦わらの一味の1人がこのグリーンビットの方角に逃げたとの報告があったれす!! 手配書によれば……懸賞金3000万ベリー“狙撃の王様”そげキング!! 本名はウソップというらしいれす!! もし見つけたなら私に()()()()()()()()()()!!」

 

「……!! (やべ~~!!? もうバレてる~~!!?)」

 

 そう、ここに自分がいることが……十中八九バレていることだ。

 ウソップはその身を頼りない小さい建物の陰に何とか隠しながら焦る。どうするどうする? どうすればこの窮地を逃れられる? と、そう思い──

 

「なんだ、探してる大人間はウソップという人らしいれす」

 

「そんな人はここにはいないれすよ!!」

 

「ここにいるのはウソランドという大人間だけれすよ!!」

 

「ん? ウソ……ランド?」

 

(ってうおおお~~~い!!? そんなウソに騙されてバラすな──って騙したのおれだった!! マズい!! バレた!! 見つかっちまった!!)

 

 だが正直者のトンタッタ族達はあっさりとウソランドという人間がいることをダウト達に教えてしまう。ウソップのことをウソランドだと思っているからこその堂々とした態度ではあるが、仮にウソランドを探してると言われたとしてもウソをつけない彼らはウソップのことをバラしてしまったであろう。

 ならここに来た時点でもしかしたら詰んでいたのかもしれないとウソップは思う。焦りが限界に達し、建物の陰から陰へ移動しようとしたところで──ダウトと目があった。鉢合わせた。

 

「ん? お前がウソランドれすか!!? 怪しい奴れすね!!」

 

(もうダメだ終わった~~~~!!!)

 

 ウソップが絶望する。戦うか逃げるか。こんな場所では満足にそれも出来ない。

 そう思った直後──味方のトンタッタ族から声が上がった。

 

「怪しい奴ではないれす!! ウソランドはあのモンブラン・ノーランドの子孫れすよ!!」

 

「そうれす!! 幾ら国を出ていった者達とはいえその言葉は許せないれす!! 訂正するれす!!」

 

「えええ~~~!!? あの伝説の探検家にして稀代の大うそつきであるノーランドの子孫!!? さ──サイン下さい!!!!」

 

「(えええええ~~~~~!!? 許された!!?)」

 

 唐突な掌返し。ウソランドがノーランドの子孫だと聞いた瞬間、それを信じ込んだダウトとその部下達が一斉に色めきだつ。懐から小さいサイン色紙を取り出してきたダウトにウソップは全力で顔芸を披露した。

 

「さすがウソランドれす!! あのトンタッタ族一の悪と呼ばれたダウトにすら尊敬されるとは!!」

 

(い、いやいや待て待て!! 何だこの急展開!! そもそもこいつら大丈夫なのか!!?)

 

「あ、そうれした──ちょっと待つれす!! 今この国は大事な時でウソランドも忙しいのれす!! それに裏切り者が国に入ることも認められないれすよ!!」

 

(よしそうだ!! どうにかして追い返せ!!)

 

 ウソップは正気を取り戻したレオ達を応援する。今はまだ騙されていても、何かの拍子にバレる可能性もあるし、そもそもこのままここにいられたんじゃ作戦とやらも始められない。

 ゆえにダウト達はここでレオ達に追い返して貰おうと思った──が、予想外の事はまだ終わっていなかった。

 

「何を言ってるれすか!!? そっちこそウソランドを返すれす!! ウソランドは……そう!! 私達の仲間も同然れすよ!!!」

 

「ええ~~~~!!?」

 

「そうだったんれすか!!?」

 

「見損なったれす!! ウソランド!!」

 

「バカ!! 騙されるんじゃねェ!! ウソに決まってんだろ!!」

 

「あ、なんだウソか……」

 

「騙されるところだったれす!!」

 

「おれ達も騙されたれす!!」

 

「さすがはダウト様!! トンタッタ族一のうそつきれす!!」

 

 ダウトの仲間も同然という発言を信じようとしたトンタッタ族一同に、ウソに決まってるとそれを否定するウソップ。

 相手がダウトだということもあってか、どうやらウソップの言葉を信じてくれたようでその混乱は収まる──かと思いきや。

 

「今回ばかりはウソじゃないれすよ!! だって昔ぬえさんが言ってたれす!! ぬえさんはノーランドの子孫の友人だって!! つまりノーランドの子孫のウソランドは──()()()()()()()()()()()()()()!!!

 

「え──」

 

「は──」

 

「!!!?」

 

 トンタッタ族一同の顔が青褪め、ついでにウソランドの顔も意味不明過ぎて青褪めて白目を剥く。

 その場にいる誰もが息を呑んだ。そしてざわつき始める。確かに、20年以上前にぬえがこの国にやってきてトンタッタ族を引き抜いた時にそう言っていたことを憶えている者達がいる。

 それが意味するところは、それはトンタッタ族から見て真実だということで。

 

「だからウソランドは百獣海賊団にとって大切なお客様──いや、百獣海賊団も同然れす!! ウソランド!! 百獣海賊団に入るれす!!!」

 

「は!!?」

 

「ぬえさんもきっと友人が入ってきたなら喜ぶと思うれす!! そ、それに……私も嬉しいれす!!」

 

「!!?」

 

 衝撃、衝撃、衝撃と驚きの衝撃の連続にウソップは顔芸を継続させて対応した。

 そして思う──この状況……どうすればいい? と。

 驚愕と衝撃のグリーンビット。今回の一連の事件で最も低レベルかつ一方的な騙し合いがここに始まった。




ドフラミンゴ→ぬえの正体(?)を知っている(?)
ロー→ドフラミンゴの王宮で♡の席の縛りプレイ中。
テゾーロ→ジンベエを買い取りたい。理由は恩義。奴隷解放の神のことが気になってる。
ジンベエ→仁義は通す。
フーズ・フー→原作からの変更点は大海賊時代初期から百獣海賊団に潜入していたことと、ぬえとジョーカーによって助け出されたことです。海賊しつつたまに政府の任務こなしたり。
たしぎ→あんまり詳細に書くと酷すぎるんでボカして書きました。ちなみに原作より強いです。
ゾロ→メンタル安定しすぎてる実質副船長。ボロボロになってるけどこれくらいなら軽傷です(当社比)
カリーナ→色々知ってます。ナギナギの実の新しい能力者になりました。
ナミ→子供放ってはおけない病発動。子供達はモブみたいなもんなんで覚えなくていいです。
トンタッタ族→騙されやすさ世界一。
ダウト→嘘つきなのは事実ですが、騙されやすさは他のトンタッタ族とそんなに変わりません。
ウソランド→覇王色の覇気も持ってるし海王類を倒せるしぬえちゃんとも友達らしい。
ジョイボーイ→少女考察中。
ニカ→少女考察中。
今日のカイドウ→泣き上戸。
ぬえちゃん→今回も暗躍したり考察したりで可愛い。

今回はこんなところで。実は開戦まで入れようと思ったけどそうしたら更に倍くらいになっちゃいそうなので区切りました。
ジョイボーイやらニカは最近の考察界隈のトレンドですね。原作が待ち遠しい。2週間が遠い……ジョイボーイのことくらいなら来週で分かるかな……?
ぬえちゃんは作中にいて色んな話を聞いたり、調べて回れる分、現実で原作を追ってる我々よりも知識が深いです。なので作者ですら制御出来ないやつ。
次回はまた残りの一味やら百獣海賊団やらです。まだ全然陣営紹介出来てないんで次回も詰め込みます。そして開戦します。お楽しみに。

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