正体不明の妖怪(になった男)、情緒不安定な百獣の腹心になる   作:黒岩

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バッドビート

 ──新世界“ドレスローザ”。

 

 戦場を照らしていた日は落ち、戦場を照らすのはドレスローザの街の光とグラン・テゾーロの黄金の輝きと軍艦からの明かりに切り替わる。

 

「日が落ちたぞ!! 明かりを灯せェ!!」

 

「新政府軍の船を燃やして死んでいった奴らへの罪を償わせてやれ!!」

 

 しかし戦場には昼も夜もない。

 互いの生き残りを懸けた戦争において、気の緩みは致命的な隙となり得る。

 ゆえに新政府軍も海賊帝国も日が落ちたからと手を休めることはなかった。

 それどころか戦いはより苛烈に、凄惨なものへと移り変わろうとしている。

 未だ互いの軍にそれほど被害は出ていないが、その理由はやはり互いの“主力”が出てきていないからだろう。

 海賊帝国はドレスローザの民衆とおもちゃを矢面に立たせ、新政府軍はそれらを傷つけないように防御を主体に陸へ近づこうとする。

 彼らの背後には糸の壁。退路は“鳥カゴ”によって塞がれている。

 新政府軍はもうここで勝つしかない。最低でもドフラミンゴを倒さなければ、彼らは逃げることすら出来ないのだ。

 そして海賊帝国側も、目の前の敵を逃がす気はない。この島にいる“敵”は皆殺しにする覚悟を決めてきていた。

 

「──ファミリーに楯突く奴は誰だろうと許さねェ……!!」

 

「!!? あれは……!!」

 

 更にこの地は彼らにとって本拠地だ。それゆえに主導権は彼らにあった──ドレスローザを囲む石の要塞が、突如として形を変えたことをその場にいる誰もが確認する。その正体はドレスローザ国民にとって周知のものだ。

 

「ピーカ様だ!!」

 

「石の巨人!!? あまりにもでかすぎる~~~~!!」

 

「やっちまえ~~~!! ピーカ様~~~!!」

 

 ドンキホーテファミリーの最高幹部であるピーカ。そのイシイシの実で作り上げた石の巨人は巨人の比ではない、1つの山の様な大きさだ。

 振り上げた拳も1つの街に匹敵する巨大さ。その破壊規模だけは災害にも匹敵する拳は、新政府軍の艦隊を纏めて沈めようとしていた。

 

「何千人だろうがまとめて叩き潰してやる……!! 海の藻屑になれ……!! 新政府軍……!!!」

 

「うわァ~~!!」

 

「中将!! あれはどうすれば!!?」

 

 今この場ではピーカの甲高い面白声に反応してツッコミを入れる余裕は誰にもない。新政府軍の兵士達は自分達に降りかかろうとする巨大な石の塊に動揺していた。このままでは艦隊は全滅してしまう。

 だが、新政府軍もまた海賊帝国には引けを取らない。

 

「──何やら大変な気配がしやすね……」

 

「イッショウさん!! このままでは……」

 

「わかっていやす。あっしにお任せを……!!!」

 

 軍艦の1隻。その甲板から部下の声を受けて1人の男が刀を抜く。

 その刀を起点に狙いを定めるのは今まさに振り下ろされんとする巨大な石の拳だ。並の者にはどうにも出来ない。だが、

 

「“重力刀(ぐらびとう)”……“猛虎”!!!」

 

「!!? オオ、オ……!!」

 

「ぴ、ピーカ様ァ~~~!!?」

 

 ──その盲目の男は並の者ではない。

 

 ピーカの石の拳が容易く押し退けられたことに、ドレスローザ国民やファミリーの部下達は動揺する。

 

「クソ!! 撃て撃て!! ピーカ様を援護しろ!!」

 

「あ……ああ!! わかりました!!」

 

「手を休めるなお前ら!! おもちゃ共!! 負けたら皆殺しにされるぞ!! 国を守れ!!」

 

「そ、そうだ……怯んでる場合じゃねェ!! 国を守るためなんだ!!」

 

「新政府軍を押し返せ~~~!!!」

 

「うおおおおお!!!」

 

 だがそれでも戦意が挫けることはない。

 ドンキホーテファミリーが国民達を扇動するように声を荒げて指示を出す。戦いは素人である国民達は目の前で見るコロシアムの戦いとは違う、本物の戦争を前に怯んでいる者もいたが、国を守るという思いが彼らの身体を何とか衝き動かした。

 そんな彼らが矢面に立つため、新政府軍は二の足を踏んでいる。彼らは市民の味方であり、敵勢力とはいえ兵士ではない国民を討つ覚悟までは出来ていない。今は大砲の1つも撃てていない状況だ。

 

「!!!」

 

「うわァ!!?」

 

「撃ってきたぞ!!」

 

「でも大砲じゃねェ!! 何だこりゃ……毒!!?」

 

「っ……身体が……動かねェ……!!」

 

 ──だがそんな時、また1隻の軍艦から紫色の丸弾が要塞に向かって撃ち出される。

 それを浴びた国民達は、苦痛もなくその場で倒れ、全身が痺れて動けなくなってしまった──その有様を見て、ドレスローザ側の指揮官でもあるドフラミンゴは不敵に笑みを浮かべる。

 

「フッフッフッ……!! このまま上手くいきゃ良かったんだが、さすがにそう上手くはいかねェ……やはり向こうにも、怪物が何人かいるようだな……!!!」

 

 そう言ってドフラミンゴは要塞の頂上から新政府軍の艦隊を眺める。その艦隊の、毒を撃ち出してきた人物にドフラミンゴは心当たりがあった。ピーカの拳を止めた人物にも。

 彼らは新政府軍の最高戦力。代表のドラゴンや元帥のクザン、参謀のサボを除いた軍の頂点──3人の“大将”だ。

 

「ン~~~フフフ……まさかヴァナータと肩を並べて戦うことになるなんて……ホントこの世は何が起こるか分からなッシブル!!」

 

 新政府軍の支部長の1人であるその顔のデカいオカマ──カマバッカ王国女王であるエンポリオ・イワンコフが目を向ける先。そこにいたのは鬼のような見た目の大男。かつてインペルダウンに囚われていた囚人達を恐怖させた地獄の番人。

 

『新政府軍“大将”(元インペルダウン署長)マゼラン』

 

「フン……今のおれは“大将”だ。不本意ではあるが……政府の旗がお前達に移り変わった以上、お前達を捕まえる理由はない」

 

「ンフフ……味方なら頼もしいことこの上ないわね。とはいえ……ヴァナータやイッショウがいてもこの布陣を崩すことは並大抵じゃなッキャブル!! 早々に動く必要があるわ!!」

 

「市民を傷つけずに戦うには限界がある。崩すなら外よりも中からだが……」

 

「今はボンボーイや麦わらボーイ……他の協力者が何かを起こしてくれるのを待つしかないけど……こっちもそれほど待てはしないわ。ああ、もうじれッタギャブル!!」

 

「…………」

 

 そうして新政府軍の大将マゼランは、横で騒ぐイワンコフから視線を外し、正面のドレスローザとグラン・テゾーロへ向けた──かつて自分を出し抜いたオカマや……麦わらのルフィなら、あるいはこの鉄壁の布陣に、風穴を空けてくれるやもしれないと。

 

 

 

 

 

 ──グラン・テゾーロ地下“黄金の牢獄(ゴールドプリズン)”。

 

 辺り一面が黄金の空間で、ルフィ達はムサシの衝撃の言葉を耳にして驚き、一旦落ち着いて話をしていた。

 

「──エースの娘なのか。ってことはムサシ、エースと結婚してんのか?」

 

「いや結婚はしていない。まあその辺はエースと再会した後に追々だ」

 

「ふ~ん、そうなのか」

 

「ああ、エースはまだオワリの存在を知らないからな。とはいえ我とエースの娘なのは本当だ。ルフィもよろしく頼む」

 

「あい、よろしくお願いちましゅ」

 

「ああ、よろしくな!!」

 

 ルフィはムサシの話を聞いてぺこりと挨拶するムサシを受け入れる。

 結婚も子供を作るのもエースの自由でありエースとムサシの問題だし、既に友達であるムサシとエースが結婚するならめでたいこと。そして兄のエースと友人のムサシの子供ならルフィにとっても他人ではない。……まあ姪っ子だろうと赤の他人の子だろうとルフィの対応はそれほど変わりはなかっただろうが。

 

『ムサシとエースの娘 ポートガス・D・オワリ(2歳)』

 

「ルフィ……おじいちゃん?」

 

「おじいちゃんじゃねェよ!!」

 

「ルフィさん、もっともですが今の姿で言われても説得力が……」

 

「ははは!! どうだオワリは賢いだろう。まだ2歳なのに十分に言葉を解することが出来るんだ!! それに0歳の時に父の部下を投げ飛ばし、2歳で燕を捕まえる程に身軽で能力を使いこなし、猪を狩ることだって出来るんだ!!」

 

「へェ~~すげェんだな!!」

 

「2歳で!!? いやいやいや!! 凄いってレベルじゃないですよ!!?」

 

 自慢気なムサシの話にルフィはあっさりと流したがブルックは驚く。確かに顔立ちは幼いが、しっかりと自分の2本の足で立っているし、背丈は8歳程度……120センチ程度で普通の2歳よりかなり大きめだ。

 すぐ近くで話を聞いているもう1人の子供──モモの助よりも背丈があるといえばその大きさがよく分かる。

 

「……!! 2歳で……それほどの……!!」

 

 そして当のモモの助は、その話を聞いて同様に驚きながらも自分との差を感じてほんの僅かに劣等感を覚える。まだあの出来事から彼らにとってはほんの数ヶ月前の出来事。それなのにこんな2才児が目の前にいれば、自分は8歳なのに……と無力感を感じるのも無理はない。

 どうやったらそんなに強くなれるのかと聞いてみたい気持ちも浮かぶが──それよりも先に控えていたカン十郎が声を上げた。

 

「お下がり下さいモモの助様!!」

 

「……!! どうしたのだ、カン十郎……?」

 

 突然目の前に立ったカン十郎にモモの助が訝しむ。周りも何事かとカン十郎へ視線を向けると、直後にカン十郎はムサシに向かって言い放つ。

 

「ムサシと言う名は現在“ワノ国”を治める副将軍の名!! つまりはかのオロチの配下で御座いますモモの助様!!」

 

「……!! オロチの部下……!!」

 

「ん? どういうことだ?」

 

「ワノ国だと? 確かその国の名は……」

 

「…………」

 

 カン十郎の指摘にモモの助は表情を一変させる。ルフィ達はどういうことか分からない。キャベンディッシュなどが“ワノ国”という単語に思うところがあるのか、何かを言い淀んだ。

 そして名指しされたムサシは、しばらくの間、何かを思うように無言でカン十郎を見つめる。そして目を細めて眉間にシワを寄せながらも冷静に言葉を返した。

 

「…………確かにそうだが……その情報は古い。オロチの奴はもう亡くなっているぞ」

 

「!!? 何……!!?」

 

「え……!!?」

 

「オロチ? 誰だ?」

 

 その発言にモモの助は絶句する。カン十郎も驚いた表情を見せた。周囲が置いてけぼりになる中、ムサシは敵ではないことや今の状況について説明する──あえて“ワノ国”という国の名前を訂正はしなかった。

 

「……まあお前達光月の者が、カイドウの娘である我を信用出来ないのは分かる。だが我は今……海賊帝国を、百獣海賊団を倒すために行動している」

 

「!!」

 

「カイドウの……!!」

 

「え~~~~!!? お前、カイドウの娘だったのか~~~!!?」

 

「あれ? ルフィには言ってなかったか? ああ……そういえば初めて会った時はロロノア・ゾロの娘だと名乗ったか……まあそれは昔の話だ。忘れてくれ」

 

「何故そんなウソを……ちょっと意味が分からないんですが……」

 

「我は世の名のある剣士の娘を自称していたからな。まあ若気の至りというやつだ」

 

「ハァ……それで、ムサシさん。今は海賊帝国に……実の親を裏切るつもりだと?」

 

「ああ、そのつもりだ。そのためにここにやってきた」

 

 途中、モモの助やルフィがカイドウの娘というムサシのカミングアウトに驚いたりしたものの、ブルックが昔のムサシに呆れつつも話を戻して問いかけるとムサシは真剣な表情で頷いた。

 

「本当はもう少し準備を整えたかったが、もうそんな暇はない。今の世界はメチャクチャで、この時を逃せば新政府軍や協力者達が次々と海賊帝国によって潰され、決起しようにも出来なくなってしまう」

 

 ムサシは説明する。今この時に決起しなければならない理由を。

 

「現在、海賊帝国は大規模な軍事行動に出ている。新政府軍や他の勢力にとって、それは危機だが……同時に好機でもある。かの魚人島にパンクハザードが解放され、戦力が分散している今は海賊帝国の戦力を減らす絶好の好機だ。そのために我を含めた海賊帝国の反抗勢力は動いている」

 

 その好機が訪れたのはルフィ達のおかげでもあるとムサシは口にする。海賊帝国の要所であるそれらを解放出来たのは彼らの功績だ。

 

「もしかして……何か策があるのですか? ムサシさん」

 

「ああ。今、百獣海賊団の誰もが我がここにいることに気づいていない。()()を施してきたからな。鬼ヶ島にいる見張りも、情報を司るジョーカーも、父や母でさえ気づいてはいない筈だ」

 

 だからこの場に来ることが出来たのだとムサシは話す。そうやって行動を悟られないようにするのが第一段階だ。行動を読まれてしまえばどんな作戦も通用しない。そのためにとある協力者に頼んで偽装に協力してもらったのだ。

 

「他にも潜入している協力者はいる。海賊帝国の大部分が新政府軍に釘付けになっている今なら、内部からその牙城を切り崩すことが可能だ……!!」

 

「協力者?」

 

「ああ。ルフィ、お前の知っている者も中にはいる。彼らと共に協力し、まずはこのグラン・テゾーロとドレスローザの闇から住民を解放する」

 

「……!」

 

 グラン・テゾーロとドレスローザの闇。その台詞に反応したのは、遠巻きにそれを耳にしていた剣闘士の女やベラミーだった。

 剣闘士もベラミーもドレスローザとは無関係ではない。それだけに“闇”から解放すると言うムサシの発言は他の者達と同様気になってしまう。

 

「住民を解放……? 何があるんだ?」

 

「どちらも外部にはあまり知られてない話だがな。グラン・テゾーロの従業員の大半はテゾーロによって借金を負わされた債務者……つまり奴隷だ」

 

 ムサシは新世界においても流れることのないその情報を、2つの島の秘密を口にする。

 まずはグラン・テゾーロ。その島の住民の大半が、テゾーロによって騙され、借金を負わされ、働き続ける奴隷であることだ。

 世界一のエンターテイメントシティ。世界最大のカジノ船という欲望に釣られ、やって来た者達を罠に嵌める。そうしてこのグラン・テゾーロは奴隷と金を増やしていた。

 この街に入る際に舞う金粉が身体に付着している限り、この街でテゾーロに逆らうことは出来ない。覚醒した能力者であるテゾーロは、その自分の支配下にある金粉を操り、いつでも住民を固めることが出来るのだ。だからこそ誰も逆らえない。従業員の中には親を亡くした子供だっている。その親は、これ以上は金にならないと判断して殺されたか、この“黄金の牢獄”に落とされたかのどちらかだ。

 

「何だその話!! テゾーロってのは酷ェ奴だな!!」

 

「ああ……そしてドレスローザの方だが……そっちは我よりも、そちらの者達から聞いた方が良さそうだが……」

 

「え?」

 

「!」

 

「…………」

 

 と、ムサシは話の途中で視線をドレスローザ関係者である2人に目を向ける。剣闘士の女の方は水を向けられたことに驚き、ベラミーは無言だった。が、ややあってベラミーの方が口を開く。

 

「……おれは何も知らねェよ……おれは正式なファミリーの幹部じゃねェ……それに……!! 知ってたところでそんな裏切るようなマネ、出来る訳ねェ……!!」

 

「ベラミー……お前……」

 

「……いいのか? お前は既に売られた……見捨てられた身と見えるが」

 

「うるせェよ……!! いいからおれに構うな……!!」

 

 しかしベラミーは頭を抱えてその誘いを断る。ムサシの言葉は、言外にお前達もこちら側につかないか? という誘いでもある。

 既に捨てられたベラミーがそれに乗ることはそれほどおかしな話ではない──が、未だに仁義を通そうとする姿にルフィもムサシもそれ以上何も言えない。息を入れて、ムサシはもう1人に目を向けた。

 

「そうか……ならばそちらはどうだ? 女剣闘士……そちらは我らと目的が一致するように思えるが──()()()()

 

「……!! あなた……私のことを知っているの?」

 

 レベッカ──そう名前を口にすると女剣闘士は兜の中から視線を返して反応する。何故突然現れたこのムサシが自分のことを知っているのかと。

 その問いにムサシは曖昧に答えた。軽く笑みを浮かべた上で、

 

「ふっ……まあとある()()()()から聞いただけだ。それより、協力しないか? 今は戦力が少しでもほしい。協力してくれればドレスローザの悲劇を作り出した諸悪の根源……ドフラミンゴを討つチャンスも回ってこよう」

 

「…………」

 

 訳を知ったように話すムサシに、その女剣闘士の、レベッカの心が揺れる。

 彼女もまた、海賊帝国に──いや、ドフラミンゴによって人生を狂わされた1人だ。

 剣闘士になってコロシアムに出るようになったのもドフラミンゴのせい。こうして黄金の牢獄に送られたのも、ドフラミンゴに自分が負けて用済みだと売り渡されたからだ。

 ここにこうして落とされた時点で、もう希望はないと思った。生きている唯一の家族である“兵隊さん”を助けることも、もはや出来ないと。

 だがその希望が少しでもあるなら……その誘いに乗る価値はある。ゆえにレベッカは、兜を脱いでもう一度だけ立ち上がる。

 

『ドレスローザ剣闘士 レベッカ』

 

「……わかったわ。その誘いに……乗る。よろしくね。私はレベッカ。見ての通り剣闘士よ」

 

「ヨホホ!!? これはお美しい……♡ まさかこんなお美しい人が剣闘士とは!!」

 

「一緒に戦ってくれんのか!!」

 

「……剣闘士、か。まあ良かろう。それで、ドレスローザの闇の話だが──」

 

 桃色の髪色をした美少女が現れ、ブルックなどは分かりやすく見惚れる。ルフィも一緒に戦ってくれるということを素直に歓迎した。

 そしてムサシなどは、レベッカが剣闘士とだけ名乗ったことに僅かに思うところがあるようだったが……本人が隠したがっている素性を態々明らかにしなくてもいいかと話を進める。そうして説明したのは……ドレスローザの闇のことだ。

 その悲劇の数の中身も尋常ではないもの。ムサシはそれらを掻い摘んで、分かりやすくルフィ達に語っていく。

 10年前にこの国に起きたドフラミンゴによる乗っ取りの話。

 ドレスローザにいるおもちゃ達は皆ドフラミンゴの部下によって姿をおもちゃにされた元人間であり、記憶から忘れ去られていること等。

 

「……!! あの国にそんなことが……」

 

「何だと!!? 許せねェ!! ミンゴ~~!!」

 

「っ……!!」

 

 その話にはキャベンディッシュも衝撃を覚え、ルフィも怒りの声を上げる程。

 そしてレベッカは……過去を思い出し、唇を噛んで何かを堪える。

 愛と情熱とオモチャの国と謳われ、平和な国と知られたドレスローザにそんな過去や闇が隠れているとは誰も思わなかった。

 

「だがその悲劇の数がドフラミンゴ打倒の力になる。既に海賊帝国の勢力と新政府軍は激突しているが……戦況は海賊帝国有利な状態だ」

 

「成程……では、その2つの島の闇から住民を解放し、内側から攻める訳ですね!! しかしどうやって……」

 

「重要なのはどちらも悪魔の実の能力によって支配を成していることだ。だからこれからその能力を解除するために動く」

 

 ついて来てくれ、とムサシがブルックの質問に答えながら先んじて歩き始める。その背中にルフィ達やレベッカ、キャベンディッシュだけでなくカン十郎やモモの助達もついて行った。

 そうして辿り着いたのは、黄金の地面の中に唯一空いた巨大な大穴。

 

「何だこの穴!!?」

 

「もしかして……ここから出られるんですか!!?」

 

「危険は伴うがな。実力があるなら問題ない。この通気孔を通り、この空間の更に地下に潜り、ポンプを狙う」

 

「ポンプ?」

 

「海水を組み上げ、真水へと変換する濾過装置がある。そしてテゾーロの操る黄金は海水によってその支配から逃れる。故にそのポンプを操作し、グラン・テゾーロ中に海水をばら撒くことでテゾーロの支配は解けるのだ」

 

 大穴の縁に立ち、ムサシは簡潔に作戦を説明する。この黄金の牢獄から通気口を通り、進んだ先にそのポンプ室が存在するのだ。

 とはいえこの大穴の先はテゾーロの仕掛けた海楼石製のトラップや凶暴な生き物が放たれているため、並の者では突破することは不可能。囚人達にとっては救いにすらならない。

 だが自分達なら問題ないとムサシは断言する。

 

「そうか!! なら、ここからなら脱出出来てジョーカーやミンゴ、テゾーロをぶっ飛ばしに行けるんだな!!」

 

「その通りだ。そしてその頃には……状況も好転している筈。ルフィの仲間達や協力者達も、それぞれが共通の目的の為に動いている──海賊帝国の打倒のために!!

 

 ルフィの端的な言葉にムサシも力強く頷く。そして自分の見聞色でも感じることの難しい同志達の活躍を信じ──そして実際に彼らは動いていた。

 

 ──ドレスローザの地下では、ウソップと小人達がダウトを利用して幹部塔に忍び込み。

 

 ──ドレスローザ王宮近くではフランキーとおもちゃの兵隊、Mr.2ボン・クレーが王宮へ侵入を果たし。

 

 ──グラン・テゾーロのスイートエリアではナミとカリーナがとある部屋に繋がる階段を駆け。

 

 ──グラン・テゾーロのどこかを走るチョッパーや日和達……他にも同志の姿もある。

 

 中にはルフィ達の知る者も、知らない者達もいた。反対に、因縁がある者でさえも。

 だが目的だけは共通している。それは即ち、海賊帝国の打倒。

 無論、それだけで勝てる程海賊帝国は甘くはない。その戦力は強大。まだまだ勝機は薄く、何かの切っ掛けで容易く叩き潰される程の絶望的な差が横たわっている。

 だがそれでも勝利の可能性は見つけられるのだ。他ならぬ、海賊帝国の弱点によって。それをムサシは口にする。

 

「世界最強の戦力を誇る百獣海賊団……そして海賊帝国の唯一の弱点。それは──()()()()()()()()()

 

 そう、ムサシは知っている。今までに海賊帝国が行ってきた容赦ない暴力の数々を。

 それによって生み出してきたのは何も自分達の繁栄だけではない。その中には当然、弱者、敗者達の怒り、恨みも存在する。

 その大半は復讐の生まれる余地もなく磨り潰しているとはいえ、生き残った者達や、その悪評を聞いた者達からは復讐心や恐怖心が生まれる。

 最強の暴力。最強の恐怖。それらの脅威は人を諦めさせ、支配させることが出来る。逆らっても無駄だ、痛い思いをしたくないという者達が大勢いるだろう。

 だが同時に、圧倒的な脅威は“対抗”と“協力”を生む。

 2年前の頂上戦争で、相容れない筈の海賊と海兵……白ひげ海賊団と海軍本部が手を組んだように──最強の力はそれに対抗するための協力を促してしまうのだ。

 それすらも許さないようにあの頂上戦争で海賊帝国は全ての勢力を滅ぼそうとしたのだろうが、結果的にそれが半ば失敗に終わったことで対抗勢力は生き残ることになり、それから2年経った今なお海賊帝国は世界を手中に収めることが出来ずにいる。

 そして、だからこそ“麦わらの一味”もまた海賊帝国の要衝を突破し、解放することが出来たのだ。

 無論、だからといって並大抵では成し得ない偉業。だからこそ、ムサシは麦わらの一味の力を信じる。

 

「さあ、そろそろ行くぞ!! ルフィ!! 大丈夫か!!?」

 

「ああ!! ゲホッ、問題ねェ!!」

 

「ふっ……なら行くぞ!! 我らに協力する者!! ここから脱出したい者はついて来い!! ──オワリ!! 落ちてくる者を()()()助けてやれ!!」

 

「あい!!」

 

「……!!」

 

 ジョーカーの能力で老いたルフィが、ムサシや付いてきたオワリよりも僅かに早く大穴へと飛び込む。

 話を聞いていた者達──ブルックやレベッカもすぐに。僅かに遅れたキャベンディッシュが続いて。少しの間思案したカン十郎やモモの助がかなり遅れて穴へと飛び込んでくるのをムサシは見聞色で感じる。

 この場にムサシにとっても想定外の強者達がいたことは僥倖だった。

 これならば勝機はぐっと高まる。海賊帝国の打倒も不可能ではないかもしれない。

 

 ……だがムサシは知っている。

 

 今この場の優位は、本当に吹けば飛ぶようなか細いものであることを。

 そして、それでも今動かなければならなかったことを。動かなければ、勝機が完全になくなってしまいかねないことを。

 その理由をムサシは“新鬼ヶ島”で知ったのだ。()()()()()()が使用される日。その時が、そう遠くはないことを。

 ゆえにその時が来れば海賊帝国……いや、百獣海賊団は本当に──

 

 ──()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 ──グラン・テゾーロ“スイートエリア”。

 

 ただ1人のVIP客もおらず、閑散としただだっ広い廊下では世にも珍しい動物系幻獣種同士の戦いが繰り広げられていた。

 

「……!!」

 

「答えろデボン!! お前達は……いや、お前はどっちなんだよい!!? 何を企んでる!!」

 

「……ムルンフッフッフッ……!! さて、どうだろうねえ……!!」

 

 両者共にその能力は発揮されている。デボンは既に人獣型へと変身し、九本の尾を持った人型の狐の化け物といった面持ちでマルコに襲いかかる。

 反対にマルコは手足の一部や身体の一部を状況に応じて変化させる人獣型の使用を行っていた。

 動物系の変型は、その変型点を薬や他の何かで操作することが可能でマルコの変型のそれは薬を用いないもの、つまりは能力の研鑽で得たものである。

 自己の肉体を隅々まで操ることの出来る六式の達人、“生命帰還”で見られるような動物系の変型の変化は強者の証であり、世界でもその使い手はそれほど多くはない。

 ゆえに決まった形の人獣型を披露しないことはマルコがデボンに劣っている訳でも──ましてや手を抜いている訳ではない。その証拠にマルコはデボン以上に感情の籠もった攻撃を言葉と共に見舞う。

 

「はぐらかすな!! 答えるつもりがないってんなら……覚悟して貰うよい!!!

 

「!!」

 

 不死鳥となってデボンの攻撃を躱し、懐に潜り込んだマルコの足の鉤爪が組み合わさる。そこから放たれるのは不死鳥の炎とマルコの脚力を合わせた大技だ。

 

「“鳳凰印”!!!」

 

「うぐゥ!!?」

 

 内部にまで響く衝撃波──その攻撃が直撃し、人獣型のデボンの巨体が凄まじい勢いで背後へ吹き飛んでいき、スイートエリアの壁を粉砕した。その大ダメージを以ってマルコは警告する。

 

「ハァ……ハァ……さすが……白ひげの右腕とも呼ばれた“不死鳥”マルコ……!! 面倒な強さしてるわね……!! 心が折れちゃいそうだわ……!!」

 

「思ってもねェこと言うんじゃねェよい!! それで油断して隙を晒すほど甘くはねェ……!!」

 

「ムルンフッフッフッ……残念ね……!!」

 

 マルコの戦闘力は、白ひげが健在であった頃より衰えてはいない。引退しようものなら僅かに戦闘力が落ちることも考えられるが、今のマルコは未だ白ひげ海賊団の1番隊隊長に就いている。

 新たな若き船長を見守り、支えるという意志を持っている以上、マルコは誰かに託すようなこともしない。自分のやれることはどこまでもやるという覇気に満ちていた。

 

「さて……ここからどうするか……悩むところねェ……!! このまま戦い続けて、あなたの首を狙うか……それとも……!!」

 

「! やっぱ……この程度じゃ倒れねェか……!!」

 

 だが、デボンもまたこの海を生きる強者の1人。

 マルコの攻撃を直撃しダメージを負ったが、それでもダウンする程でもない。瓦礫の中から立ち上がり、未だ戦意の衰えていない視線と──身震いするような剣呑な殺気をマルコにぶつけ続けている。

 そしてマルコもまたそれに気づいていた。元より、デボンの悪名はこの新世界の海でも名高い。そのたちの悪い趣味のこともマルコは耳にしている。

 大監獄インペルダウンに捕まっていた大勢の囚人達の中で“史上最悪の女囚”とまで呼ばれた女は伊達ではない──“四皇”である“ビッグ・マム”や四皇に匹敵する怪物である“妖獣のぬえ”。元七武海“海賊女帝”ボア・ハンコックと並ぶ女海賊の猛者はマルコの首を舌なめずりしながら視姦していた。彼女の趣味は美女の首だが……マルコ程の猛者の首であれば戯れにコレクションに並べるのも悪くない。

 しかし戦って確実に勝てると思い上がっている訳ではない。ゆえにデボンは迷う。ここで少し無理をしてでもマルコという戦力を削ぎに行くか、それともまた別の働きをするか──どちらの方が“功”になるのかを。

 

「……ムルンフッフッフッ……」

 

「どうした? かかってこねェなら……こっちから行くよい!!」

 

「!」

 

 だがその優柔不断を待ってやるほどマルコは気が長くない。

 本来の目的を果たすためにも、デボン1人にかかりっきりになる訳にはいかないのだ。そのため、デボンの迷いを知らずとも自らデボンを討ち取ろうとやる気を見せる。

 そしてその動きを見たデボンも反応せざるを得ない。やはり戦うしかないか──と、そう思った時。

 

「──待て」

 

「!!?」

 

「……!」

 

 瓦礫の奥。そこからの声と伸びてきた腕がマルコの突撃を迎撃したことで、両者は互いに動きを止めた。

 どちらも視線をその新たな参戦者に向ける。そして気づいたのも同時。その有名な顔は、この海に生きる者であれば知らない筈がない。

 

「ムルンフッフッフッ……!! 誰かと思えば……」

 

「──“将星”カタクリ!! お前か……!!」

 

「──……久しぶりだな。“不死鳥のマルコ”……戦争以来か」

 

 そこにいたのは──“将星”……シャーロット・カタクリ。

 海賊帝国が一翼。“四皇”ビッグマム海賊団が誇る“スイート三将星”。その筆頭であるシャーロット家の最高傑作の顔と名を見てマルコとデボンも僅かに警戒した。

 前者は当然敵として。そして後者は……。

 

「マルコ。お前の参戦は予想していた。驚きはない……だが……カタリーナ・デボン。お前は違う。お前は何故ここにいる?」

 

「……!!」

 

 ──当然、兄妹の仇として。

 デボンは頂上戦争でカタクリの妹、ブリュレを攫った黒ひげの一味。それがほんの僅かな期間であったとしても……その当時、黒ひげに加担した事実はなくならない。

 それゆえにカタクリから向けられる敵意と殺気にデボンは注意した。弱者のように露骨にビビることはないとはいえ、マルコと対峙している今、後方のカタクリからも攻撃されるようなことがあってはさすがにどうしようもない。質問の答えは慎重にならざるを得ない。

 

「お前の身柄は百獣海賊団で預かられていた筈。脱走したのか? それとも──」

 

「ムルンフッフッフッ……さあ? アンタに答える必要があるかしら? 妹のことは気の毒だけどねェ。かといってここでその質問に答えたら……余計にアンタを怒らせることになりかねない。その回答では不満かしら?」

 

「…………」

 

 回答はデボンにしては気を使ったものだった。

 カタクリはそのデボンの言葉に無言になる。思考することに集中し、激情に駆られそうになる自らの身体を鋼の理性で抑えつけた。

 そしてマルコが意図せず見守る中、ややあってカタクリはその言葉の意味を推測すると……。

 

「……いいだろう」

 

「!?」

 

 それと同時に、マルコは身を動かした──カタクリの攻撃に反応して。

 カタクリの伸びたモチの拳とマルコの不死鳥の羽が激突する。共に覇気を纏った攻撃は相殺されるが、それ以上にマルコはその行動に驚き声を上げた。

 

「お前の命はもう少し預けておいてやる」

 

「ムルンフッフッフッ……!! 助かるわ」

 

「……!! どういうことだ!!? カタクリ!! デボンはお前達の仇じゃ……!!」

 

 そう、マルコはそこが解せない。

 カタクリにとって、ビッグマム海賊団にとってデボンというれっきとした黒ひげ海賊団の一員は許せる相手ではない筈。

 そういう意味ではマルコとカタクリは同じだ。大切な者を奪った相手として、敵とはいえ一時的に共闘すらありえた。

 それほどに黒ひげ海賊団は恨みを買っている。だというのに何故……とマルコは考え、

 

「……いや……()()()……!!」

 

 ──()()()()に行き着く。

 ありえないことではない。先程のデボンの言葉とカタクリの対応の違和感。そこに辻褄を合わせるなら……可能性は低いが、その可能性に思い当たるのは自然なことだった。

 そしてカタクリはそんな険しい表情を浮かべるマルコを見て息を吐く。

 

「……お前が何を考えているかは分からないが……この行動はおれにとっても不本意なものだが……これが()()()の策略である以上、おれは乗らざるを得ない」

 

 カタクリは僅かに嘆息してそれを思うと、ほんの少し苛ついた様子を見せ、しかし冷静に感情を鎮めてマルコへ向き直った。

 

「そして……マルコ。お前の方は見逃す訳にはいかない。あまり消耗したくはないが、その目的を知っているからな……!!」

 

「……!! ああ……やっぱりそれが──()()()()()()()()()

 

 カタクリの言葉。そしてカタクリがその左腕から出したその宝箱とその中身を見て……マルコは目を据わらせる。

 オヤジの形見。マルコがそう呼ぶに値する物。マルコ達がこの島にやってきた大きな理由の1つ。それこそが、カタクリの持つ──“悪魔の実”だ。

 

「そうだ。今は亡き“白ひげ”の能力が宿った──“グラグラの実”。これがお前達の目的だろう」

 

 断定した口調で告げる。そしてマルコもまた否定しなかった。

 かつて“世界最強の海賊”と呼ばれたマルコ達のオヤジ。“四皇”の1人であった“白ひげ”エドワード・ニューゲート。

 その強さの一端を担った悪魔の実、地震の力を操る“グラグラの実”は数ある悪魔の実の中でも最強の攻撃力、破壊力を秘めている。その気になれば、世界を滅ぼすことすら可能なその悪魔の実は巨大な爆弾にも等しいものだ。

 そしてマルコは思う。そのオヤジの形見とも言える悪魔の実の情報。それが裏の世界の情報網に僅かに流れたことを。

 食えばそれだけで人生が変わるその実を欲する者はごまんといる。ゆえにその情報を掴んだ者はこのグラン・テゾーロに集まってきた。その動きは自然なもの。

 だが今のこの島を取り巻く状況を思えば──罠にしか思えない。

 ……とはいえそのリスクを飲み込んでなお求めにいく価値がグラグラの実にはある。

 多くの者達にとっては、その力に価値を感じて。そしてマルコ達にとっては……父親の力を、他の誰かに渡したくないと、そう感じて。

 

「……ああ、おれ達の目的はそれだ──だからそれを渡して貰うよい、カタクリ。その力は他ならぬ……オヤジのものだ……!!!」

 

「……出来ない相談だな。おれにも目的がある。この実をお前に渡す訳にはいかない……!!!」

 

 そしてカタクリもまた、目的のためにその実を渡す訳にはいかない。

 両者の覇気が、敵意が激突する。カタクリは既に覇王色を発して威圧していた。マルコもまた、覇王色こそないが、それに負けない覇気を発して揺るがぬ意志を見せつけている。

 

「ムルンフッフッフッ!! ああ、おっかないねェ。私は巻き込まれたくないし、お暇させて貰うわ……!!」

 

 そしてデボンはその場を離れる。彼女もまた、彼らとは違う別の目的がある。そのためにこの場は一旦身を隠すことにした。彼女の目的を考えれば、あまり姿を晒すことも宜しくはないが、それ以上に──この戦いに巻き込まれたくない。

 

「……!!」

 

「……!!」

 

 カタクリが左手の宝箱を身体の中に隠し、反対の腕からその漆黒の槍──カタクリの得物である“土竜(モグラ)”を取り出すと、マルコもまた腕と足を不死鳥のそれに変えて同様に戦闘態勢を取る。

 “四皇”ビッグマム海賊団の将星の筆頭と、かつては長らく“四皇”として君臨した白ひげ海賊団の1番隊隊長。

 誰かがはっきり言葉にすることこそないものの、両者共に──四皇の2番手として語られる両海賊団の幹部筆頭。

 

「“白ひげ”の時代はもう終わった……!! お前もまた……ここで引導を渡してやる……!!!」

 

「オヤジの時代は終わっても……オヤジの“意志”はまだ終わってねェよい!!!」

 

 両者の意志が──覇気を纏った攻撃が激突する。

 負けることそれ即ち、自分達の船長に手を届かせ、配下の士気を低下させる。自らの敗北が海賊団の威信に傷をつけることになる彼らに──敗北は許されない。

 

 

 

 

 

 ──グラン・テゾーロで最も高いその場所は、とある“宝”を保管するための金庫が存在した。

 

「この先よ、ナミ……!!」

 

「これは……映像電伝虫……? でも全部止まってる……」

 

 ナミとカリーナ。2人はスイートエリアから先に侵入を果たし、螺旋階段を上がって遂にその先へ到達しようとしていた。

 今現在、そこにあった監視用電伝虫を含む各種トラップは無力化されている。その理由は分からないが、彼女達にとってその事実は好都合。

 カリーナのナギナギの実の能力で音もなく階段を駆け上がるナミ。彼女は先程助けて貰いながらも、すぐに一旦別れることになった2人を思う。

 

『仲間がこのスイートエリアに捕らえられてる?』

 

『ええ……だからまずは仲間を……』

 

 白ひげ海賊団──今はルフィの兄であるエースが船長を務める海賊団の仲間であるデュースとイスカ。

 2人はナミとカリーナに協力すると言ってくれたため、ナミも自分達の計画と目的を話した。仲間の解放と宝の奪取。そのことをデュースやイスカが聞くと、やや考えた上で口にした。

 

『だったら仲間の解放は私達に任せてくれ』

 

『ああ、そうだな。お前達は先に上へ向かってくれ』

 

『え? でも……』

 

『仲間は見張りの敵がいるだろう? このフロアにもまだデボンみたいな敵が隠れてる可能性がある。だからおれ達に任せろ。おれ達も、仲間を解放したら一緒に向かう』

 

『後から合流しよう』

 

『……! わかったわ!!』

 

 その2つの目的を出来る限り迅速に行うための役割分担。

 仲間の解放と宝の奪取。より戦力がいるのは仲間の解放の方だ。

 全員でまず仲間を助けに行くことも考えたが、そこはカリーナが「急がないと異変を感じたテゾーロが戻ってくるかもしれない」と役割分担を提示した。

 仲間の大体の居場所をカリーナから教えてもらったデュースとイスカはスイートエリアを探索し、ナミとカリーナは金庫があるという場所へ向かう。

 時折響く振動──外の砲撃のものなのか、それを感じながらも階段を登っていき……ナミとカリーナはその金庫へと辿り着く。

 

「この先が金庫……あれ?」

 

「? どうしたのカリーナ……え?」

 

 だがその金庫の前に辿り着いたところで2人共異変に気づく。

 誰もいない筈の鉄壁の金庫。その扉が──

 

「開いてる……」

 

「! もしかして……」

 

 ナミとカリーナは互いに顔を見合わせ、そして金庫の扉へと恐る恐ると近づいていく。

 ナギナギの実の能力で音は周囲に聞こえないと分かってはいても、慎重になってしまう。10メートル以上あるその金庫の扉。その中をこっそりと2人して覗き込む。

 そこで見たのは──

 

「!!? ()()……()……!!?」

 

「……!! あそこにいるのは……!!」

 

 扉の中の金庫。そこに見るのは、部屋の中に充満する紅霧。

 ナミは航海士としてその状況を即座に異常だと察する。こんな閉鎖的な空間で赤い霧が発生するなんて新世界の気候でも聞いたことがない。

 ゆえにそれが起こり得るとすれば、ナミの持つ“魔法の天候棒”のような特殊な物、技術か──悪魔の実の能力者の仕業だ。それをカリーナの指す先にいる者を見て更に察する。おそらく、この紅霧を発生させているのは、その女の能力だと。

 

「──フフフ……中々楽しめたわ」

 

「ハァ……ハァ……クソ……!!」

 

 徐々に薄まっていく紅霧の中。そのシルエットは怪物のものから女の姿を映し出す。

 そこで女は仮面を付けた男の首を掴んで微笑を浮かべていた。目元は見えない。しかしその口元と声色から楽しんでいることだけは伝わっていた。

 

「だけどCP0……世界最強の諜報員と呼ばれ、超人と名高いあなた達も──“災害”には敵わない

 

「マハ……ゲルニカ……!!」

 

 そしてその金庫の中。ドーム状の巨大な空間は、激しい戦闘の跡が残る戦場跡であった。壁の斬撃痕や欠けた床。赤い染み。そして何よりも……地面に倒れている2人の白いスーツの男達がそれを証明している。

 その2人に意識はない。唯一、彼ら2人の名前を呼ぶ男は意識こそ保っているものの、女に捕まっていてもはや抵抗は許されない。

 まさに死屍累々といった有様に、ナミは恐れる。そしてその女の台詞を聞いて嫌な想像をした。ひそひそと声を抑えて。

 

(CP0……? もしかしてそれって……!!)

 

(ナミ、知らないの? CP0は天竜人直属の世界政府の役人。CP9の上をいく最上級の機関よ……!!)

 

(!?)

 

 カリーナの応答でそこで初めてナミはCP0の存在を知る。

 かつて自分達麦わらの一味もCP9という政府の殺し屋集団と戦い、苦戦した。その脅威は知っている。ゆえにそれよりも上の存在と言われるとその恐ろしさがより理解出来た。

 だが問題はそこではない。問題は、何故彼らがここにいて、そしてやられているからだ。

 

(何でそのCP0がここに……? 世界政府はもう滅んだ筈……それに、あいつらは……!!)

 

(……!! あれは百獣海賊団の……確か、“大看板”……!! 残りの連中はその部下のメアリーズ……!!)

 

 今度もまたカリーナが知っていた。テゾーロの部下として、彼らの姿は見知っている。

 

「──ジョーカー様。そろそろ……」

 

「ルッチ……ええ、そうね。そろそろ──内部の裏切り者はあらかたあぶり出せた。次は掃除の時間。()()()()()()()()()()()を始末したら動き出さなくちゃね……♡」

 

(!!?)

 

(ジョーカーって、ローの言ってた大看板の1人!? ていうかもうバレてる~~~!!?)

 

 大看板“戦災のジョーカー”とその部下であるメアリーズの真打ち、ロブ・ルッチを含むCP9の3人や福ロクジュなどの忍者が突如口にした言葉に、カリーナとナミは身をビクッと揺らす。

 音は聞こえていない筈。それでもバレたのかと恐れ慄く中……ジョーカーは最後のCP0の男を投げ捨て、部下に拘束を任せるとその隠れている者達の名を呼び、その2人もまた観念してジョーカー達の前に姿を現した。

 

「ほら、出てきなさい。そっちが私に用があるんでしょ? ──トニートニー・チョッパーとジュエリー・ボニー♡」

 

「チッ……」

 

「バレてたのか……」

 

(え……!?)

 

 だがそれはナミ達のことではない。

 ジョーカー達の向ける物陰。部屋の隅の柱から姿を現したのは麦わらの一味の仲間である船医チョッパーと、協力関係を結ぶ“最悪の世代”の海賊ジュエリー・ボニーだった。

 その組み合わせはナミ達にとっても、ジョーカー達にとっても予想外の物だ。この場の全員の視線がその2人に集中する。

 

「察するに、ボニーの方はくまの事で……そっちは大切なご主人様でも探しに来たのかしら?」

 

「……!! ああ……!! ジョーカー……てめェの持つくまの制御権……あるいはその方法を教えて貰う……!!!」

 

「やっぱり……ご主人様はここにいるんだな……!! だったら会わせてくれ!! おれはご主人様の意思を確かめに来たんだ!!!」

 

 そしてその目的をジョーカーが言い当てると、2人はそれを認めるように大声で答えを口にした──そう、この2人は共通の目的から少し前に偶然出会い、利害の一致からこのホテルの金庫の部屋──即ちジョーカーとお玉がいるこの場所へ共に侵入を果たしたのだ。

 その裏付けはジョーカー達もまた取れている。船と残りの協力者及び麦わらの一味を確保しに行ったアプー達から、ボニーがそこにいなかったこととチョッパーが姿をくらましたことの報告は上がってきていた。

 ゆえにジョーカー達は焦らない。ドフラミンゴが鳥カゴを発動した時点でどこにいようがここから逃げることは不可能。捜索は新政府軍を滅ぼした後でじっくり行えばいいと思っていた。

 そんな時に目の前に現れた2人。予想外ではあっても不都合ではない、好都合だった。

 

「そう……あなた達の用件は理解したわ。ジュエリー・ボニー、あなたの願いを聞くことは出来ないわね。あのくまも今や私達百獣海賊団の戦力。立派な兵器の1つよ。そもそも返したところでバーソロミュー・くまという男はもう戻って来ないんだからあなたのやろうとしていることは無意味よ」

 

「……!!」

 

 ボニーはジョーカーのその煽るような言い分に憎々し気に歯噛みし、ジョーカーを睨む。

 とはいえ素直に返す筈がないことは分かっていた。だからこそ戦うつもりでこの場にやって来たのである。

 

「そしてトニートニー・チョッパー……あなたの用件は勿論、快く聞いてあげるわ。──福ロクジュ」

 

「はっ」

 

「えっ……!!?」

 

 ──だがその辛うじて合流したもう1人の戦力も、ジョーカーの持つ手札の前では容易に無力化されてしまう。

 

 ジョーカーが傍らに控えていた福ロクジュの名を呼ぶと、それだけで意を察して福ロクジュはジョーカーらの背後にあるその宝──“テゾーロマネー”の陰に移動し、そこから1人の子供を連れ出してくる。

 そしてその子供はチョッパーの知るご主人様に間違いなかった。

 

『百獣海賊団“真打ち”お玉』

 

「ちょ、チョパえもん……」

 

「!! ご主人様!!」

 

(……!! 聞いてはいたけど……本当にあんな子供が……!!?)

 

 チョッパーのことを自らが名付けたあだ名“チョパえもん”と呼ぶその少女こそ、百獣海賊団が飼っている凶暴な獣達を統率する能力者──お玉その人であり、ナミ達はその姿に驚く。子供とは聞いてはいた。だがその少女はナミが想像していたよりも更に幼く……そして普通の子供だった。

 ワノ国製と思われる着物や髪飾り……それも全てが造りの良い新品の高級品を身につけたその少女は、不安そうな表情でチョッパーを見ていた。まるでこの状況を恐れ、チョッパーを心配するかのように。

 そのような様子はナミの頭の中にあった百獣海賊団の幹部像にはない。子供と言えど、幹部という地位にいる子供であればもっと凶悪なものを想像していた。

 だがそうではないということにナミの心は揺れる。そして、その不安そうな様子を感じ取ったチョッパーも。

 

「ご主人様……!! ──おい!! お前達、ご主人様に何かしたんじゃないだろうな……!!?」

 

「フフ……別に何もしてないわよ。それよりも……ほらお玉ちゃん。あなたの口から彼の誤解を解いてくれる? 彼、私達があなたに意地悪してると思ってるみたいなの」

 

「っ……で、でも……」

 

 お玉の様子を見てジョーカー達に怒鳴ったチョッパーだが、ジョーカーはそれを聞いてもどこ吹く風、構わずお玉に誤解を解くように告げる。表面上は、子供に優しい大人のように。

 

「──()()? 何かしら?」

 

「……!!」

 

 ──だがその微笑と優しい言葉の裏に潜む圧を、お玉は確かに感じ取っていた。

 お玉はこの目の前のジョーカーという存在が、どれだけ恐ろしいか知っている。百獣海賊団にワノ国が支配され、お玉の能力がいつの間にか百獣海賊団にバレて、彼らの管理下として置かれてから彼らの恐ろしさは身にしみて分かっていた。

 先程、この部屋で行われていた戦闘も、お玉はこの大量のお金の陰で縮こまって震えていた。ジョーカーがどれだけ化け物で、慈悲も容赦もない怪物か知っている。

 だからお玉は幼いながらに分かっていた。頼みを断れば、自分以外の誰かが傷つけられるかもしれない。自分も危ないかもしれないと。

 

「な……何でもない……でやんす……」

 

「…………そう。それじゃ早く誤解を解いて、新しい頼みを伝えてあげて♡」

 

 ニコリと笑みを浮かべて告げたジョーカーのその表情に、お玉は恐怖する。

 頼みを断ると自分が危ない。だからそれ以外の選択肢はない筈だ。

 だがそれでもお玉が躊躇するのは、頼みを断らなければ──チョッパーが死ぬかもしれないから。

 今までもずっとそうだったから、分かる。お玉が“きび団子”を与えて友達になった動物達は、お玉の頼みで百獣海賊団の下僕となった後、様々な戦いに駆り出され、屍を晒したのだと。

 百獣海賊団がお玉を抱えるその理由は戦力の確保のため。凶暴な動物達を戦場に投入し、敵を殺すためだ。

 そのために直接的な戦闘力を持たないお玉を“真打ち”待遇で迎え入れている──いや、あるいはその待遇は普通の真打ちよりも豪華で、特別扱いをされていた。

 普段は新鬼ヶ島の城の一室で軟禁され、同じ真打ちや飛び六胞ですらお玉に命令することは許されず、勝手に連れ出したり会うことは許されない。外に連れ出す時は“大看板”が必ず帯同する決まりになっている。

 以前と比べて食うことに困ることはなくなり、ボロい着物を何とか修繕して着ることもない。欲しいものは大抵のものは買い与えられ、守られる日々。

 だがその代償にお玉は罪のない動物達を死地に追いやっている。

 そんなことをしている自分が怖くて何度も断ることを考えたが、それでも恐怖には勝てなかった。

 そして今回も、その恐怖に負けてチョッパーに命令を下す。

 初めて言葉を介すことの出来る友達を──。

 

「っ……!!」

 

 ──死地に送ろうと。

 

「ほら、何してるの? 向こうも戸惑って……──っ!!?」

 

「……え?」

 

「“天候の卵(ウェザーエッグ)”」

 

 だがその直後。ジョーカーの足元に小さい卵のようなものが転がって来る。

 それを見た瞬間にジョーカーは見聞色で気配を察知し、回避に動いた。これはただの卵じゃない──敵の攻撃だと。

 

「“雷光槍(サンダーランス)=テンポ”!!!」

 

「!!」

 

 卵から生まれた雷雲。下から生み出されたそれはナミの合図で雷が発生し、先程までジョーカーがいた場所を通過する。

 ナギナギの実によって音が相手に聞こえないため、その技の発生はギリギリまで隠された。ナミ達の居場所もすぐにバレはしない──が、ナミには関係なかった。既に“防音壁”の中から飛び出て、ボニーやチョッパー達に並び立ったナミには。

 

「!? お前……!!」

 

「ナミ!!? 何でここに……!!」

 

「何してるのナミ!!?」

 

「また見た顔じゃのう……」

 

「…………」

 

 その登場にボニーやチョッパー、飛び出していったことにカリーナもまた驚く。見覚えのある顔にカクやルッチもまた視線を向けた。

 そして驚いたのはジョーカーも同様だ。しかし、その登場はやはり好都合でしかない。笑みを浮かべてナミを見やる。

 

「……これはまた……驚いたわ。隠れていたのね。気づかなかった……そのまま隠れていれば良かったのに、これしきの不意打ちで私を倒せるとでも思ったのかしら?」

 

「……!! そんなことは、私もわかってる──」

 

 だとしたらあまりにも甘すぎる。それはナミ自身も2つの意味で分かっていた。

 今の攻撃でジョーカーを倒せるとまでは思ってもいないし、ここで出ていくことが正解ではないことは分かっている。

 だがそれでも、だ。ナミは自身の判断に後悔はない。

 

「子供が心で泣いて助けを求めてるってのに……黙ってなんていられない!!!」

 

「!」

 

 お玉が泣いて助けを求めていた。

 ナミにとってはそれだけで放ってはおけない。頭で分かってはいても、身体がどうしても言う事を聞かなかった。

 ナミにとって出てきた理由はそれが全てだ。

 

「……フフフ……!! そう……あなたにはこの子が泣いているように見えるのね」

 

「そうよ!! 分かったらその子を解放しなさい性悪女!!」

 

「……! ……フフ、さすがはあの麦わらの一味の航海士。良い度胸ね……だけど生憎とそれは出来ない相談よ」

 

 性悪女と言われ、一瞬ジョーカーが口元を笑みを消す。

 新たにナミという敵が現れたことでメアリーズもまた彼女達を捕らえようと視線を集中させた。特にロブ・ルッチが真っ先に動こうと前に出てきて、

 

「いいわ、ルッチ」

 

「!」

 

「せっかく売られた喧嘩を買わないのは無粋よ♡ それに、普段ならあなた達に任せるのが合理的だけど……こんなにも良い夜なのだし、少しは私も踊らないとね……!!!」

 

 そのルッチを止め、ジョーカーが前に出てくる。百獣海賊団の大看板。世界最強の海賊団の上澄み。本物の化け物の1人。

 

「“嵐脚”」

 

「……!! きゃっ!!?」

 

「っ……!!」

 

「危ねェ!!」

 

 ナミも見たことのある政府の人間の戦闘術“六式”。その1つの蹴り技を放たれ、ナミ達は揃ってその回避に専念する。

 並の六式使いのそれであれば、ナミやチョッパー、ボニーでも反撃は難しいことではない。

 だが相手がジョーカーのような怪物。体技のレベルも達人クラスともなれば──“六式”1つ取ってもその威力は桁違いだ。

 

「!!!」

 

「……!! 建物が……!!!」

 

 テゾーロマネーを保管する大金庫。

 ナミの背後にあるその堅牢な黄金の壁が断裂し、亀裂が出来ていることにナミ達は怖れる。

 

「……!! ジョーカー殿……あまり暴れられては建物が……」

 

「──分かってるわ。この程度の相手……本気を出すまでも……ましてや能力を使うまでもない」

 

「!!? え……きゃっ!!? (いつの間に背後に……!!?)」

 

「ナミ!!」

 

 そして福ロクジュが塔の様子を気にして口にした先──六式の“剃”を用いてジョーカーはナミの背後に音もなく移動を終えており、その首を手で掴む。捕まってしまったナミの心配をしたチョッパーが声を上げるも、それは少し遅かった。

 

「う……!!」

 

「呆気ないわね、子猫ちゃん♡ 海賊の先輩として教えてあげるわ……この海では、どんなに強い意志も優しさだって意味はない。戦いは平等……絶対的な力の前には全てすり潰されて消えるのみよ──おバカさん♡」

 

「……!!」

 

 ジョーカーがナミを空中へ放り投げ、そこへ狙いを定める。殺しはしない。殺すだけならそのまま首を締めるなり指銃を頭や心臓に打ち込むなりで終いだが、麦わらの一味は出来れば心を折って服従させる。

 そのためにジョーカーはナミを含むこの場の全員に力を見せつけつけながら痛めつけるつもりだった。力の差を思い知らせ、そして痛みで恐怖させる。そうして心を折り、自分達の新たな戦力にする。

 

「……!! (ダメ……避けることも防ぐことも出来ない……!!)」

 

「私達に逆らったこと……たっぷりと後悔させてあげる♡ ──精々良い声で鳴きなさい……!!!」

 

 ジョーカーの覇気を纏った長いしなやかな足がナミの身体を打ち付ける──その瞬間までもう間もない。

 ナミは数瞬後に自らを襲う痛みを覚悟して恐怖した──分かっていた。こうなることは。

 自分達は強敵に1人で勝てるほど強くはない。

 だというのに敵は強大で数も膨大だ。それらが列をなして次々を襲い来る。それらを独力で跳ね返す程の力がない。今のこの状況には絶望しかない。

 だが、だがそれでも。

 

「あ……」

 

「……!!」

 

 お玉の顔を見て、ナミは思う──後悔はない。

 自分の譲れない信念を曲げるくらいなら、死んだ方がマシだ。

 死ぬのは怖い。痛いのも嫌だ。今でも逃げられるなら逃げたいし、この後も情けない姿をいくつも見せるだろう。泣き言を沢山言うかもしれない。

 だがそれでも信念を曲げたり……諦めることだけは絶対しない。自分達の船長のように。

 ナミは思う──来るなら来い、と。きっと自分達の船長は今でも諦めずに戦ってる。他の仲間達だって。今にも階段を駆け上がってくる音が聞こえるようだ。そう、きっと……誰一人だってまだ諦めてはいない。

 それなのに自分だけが諦めていい訳がない。

 だからこの攻撃を食らっても諦めない。きっと死ぬほど痛いけど。肌に傷がつくかもしれないけど。最後には死ぬかもしれないけど。

 それでもどうせ死ぬなら、子供を1人救って……そしてこの女に少しでも傷を与えてから死んでやると意志を露わに歯を噛み締めた。そうして攻撃を耐える覚悟をようやく決めて、そして──

 

「──()()()()()()()()()?」

 

「──え……?」

 

 そこで、誰かの声が聞こえた。

 長い黒髪を靡かせた美しい女性。それが、ナミの視界に割って入って来ると。

 

「“芳香脚(パフューム・フェムル)”!!!」

 

「!!!」

 

「……!!?」

 

 ナミへの攻撃を代わりにその長い足で受け止めた。

 ジョーカーの覇気を纏った蹴りと乱入してきた謎の女の覇気を纏った蹴りが交差し、そして相殺される。

 そして互いに攻撃を受け止められると、僅かに距離を取って対峙する。そこでジョーカーはようやく理解した。自分の攻撃を止められる存在はそう多くはない。

 だが目の前に立つ相手なら、それは可能だと。そして不機嫌そうに目を細め、その名を呼ぶ。

 

「──……そう……あなたはここで裏切るのね……!! “海賊女帝”──ボア・ハンコック……!!!」

 

「──そういうことになるな。じゃがどうせお見通しだったのじゃろう? “戦災のジョーカー”……!!!」

 

 ──元“王下七武海”……“海賊女帝”ボア・ハンコック。

 

 世界一の美女とも名高い百獣海賊団傘下のその海賊は、ナミを守るようにして彼女の前に立ち、ジョーカー達と対峙する。

 

「これまた大物が……」

 

「うお~~!!? おい見ろルッチ、カク!! 生で見るとやっぱとんでもねェ美人だ!!」

 

「──馬鹿か。少し黙れ」

 

「あァ!!? 何を~~!!?」

 

 ルッチ達、元CP9の3人ですら驚き、身を固くする程の相手だ。ハンコックの強さは海賊帝国、百獣海賊団の者なら誰でも知っている。

 しかしジョーカーは動じることはない。厄介ではあるが、これもまた予想出来た動きの1つ。この島に現れることは少し予定と違っていたが、それでも概ね問題はない。気を引き締める必要はあっても、焦ることはなかった。

 

「……あなたともあろう海賊が、バカなことしたわね……確かにあなたはそれなりに面倒な相手であるけれど……ここで裏切ったところで希望なんてない。あなた1人でこの状況を逆転出来はしないわ……!!」

 

「──関係ない」

 

「え?」

 

 ジョーカーは冷静に状況と彼我の戦力を計算し、問題は何もない。バカなことをしたなと指摘する。

 だがそれに対して返ってきた言葉はジョーカーの計算の外にあるものだった。ハンコックは言う。真っ直ぐに、そんなものは全く関係ないのだと。

 

「“歓楽街の女王”とまで呼ばれておきながら何も分かっておらぬな……よいか!!! わらわには勝算など全く関係ない!! 愛しきあの方──ルフィの絶体絶命の危機とあればいつでもどこでもどんな相手でも馳せ参じる!! それがわらわの覚悟!! つまりは──“恋はいつでもハリケーン”!!! そういうことじゃ!!!」

 

「……!!」

 

(え、ええ~~~……!!?)

 

 その勢い。その迫力。その全てが真っ直ぐで、そして……恋愛脳。

 ハンコックの真正面からの発言にさすがのジョーカーも面食らい、ナミ達も心の中で驚愕して戸惑う。見覚えのあるアホっぽさ。そしてどこかで聞いた覚えのある格言に、ナミは少しだけ頭痛がした。本当に大丈夫なのかと。

 だがハンコックの方は自信を持っていた。自分の判断と愛しきルフィの強さに。

 

「ふっ……それにそなたらに敵対する者はわらわ達だけではない。いつまでも有利な状況にいると思うのは大間違いじゃ!!」

 

「……!! 戯れ言を……!! ──!」

 

 ハンコックの根拠のない自信を吐き捨てたジョーカーだが、その耳に突如として様々な情報が入って来る。

 

「!!!」

 

「!? 何……この音……!!」

 

「地面が揺れてるぞ!!」

 

 ジョーカーが情報を受け取った直後、地面が揺れ、ホテルの外から何かの音が鳴り響く。

 それはまるで、何かが流れるような、吹き出してくるような音だった。その振動にジョーカー達もナミ達も同様に何が起こったのかと確認に回る。

 そしてこの場で誰よりも早く何が起こったのかを理解したのは、メアリーズの真打ちやその統括のジョーカーだった。それを知った瞬間、彼女達の額に汗が流れる。

 

「……!! ジョーカー様!! これは……!!?」

 

「……やってくれたわね……!!!」

 

 メアリーズとジョーカーが驚きと怒りの声を口にした──その直後、事件は一斉に起こる。

 

「!!!」

 

「うおおお~~~!!? 何だこりゃあ!!?」

 

「雨……いや、空から洪水か!!?」

 

「水が吹き出してるぞ!!!」

 

 ──グラン・テゾーロ。

 

 全長10Kmにも及ぶ巨大な黄金船。その金粉が吹き上がる装置から──大量の海水が吹き上がり、グラン・テゾーロ全体に降り注ぐ。

 

「て、テゾーロ様!! これは……!!?」

 

「……!!? まさか……!!!」

 

 そしてそれはグラン・テゾーロの円周部で新政府軍の艦隊と対峙していたテゾーロ達も当然知ることになる。

 テゾーロの部下達が驚愕し狼狽える中、テゾーロはそれが海水であることに気づくと何が起こったのかを即座に悟った。それは即ち──

 

「誰かがポンプ室を……!! 私の黄金の支配を解除しようと……!!」

 

 ──海水を浴びることで能力の制御下から外れるゴルゴルの実の能力。

 グラン・テゾーロにいる全ての人間を支配していた無敵の能力が──何者かに解除されたのだと。

 

 ──そして同時に、ドレスローザでは。

 

「シュ……シュガ~~~~~~~~!!?」

 

 地下交易港。ドレスローザの、新世界の闇の流通拠点であるそこに、とある男の声が響く。

 その男の名はトレーボル。ドンキホーテ・ファミリーの最高幹部であり、特別な幹部であるシュガーを守る役割を担っていた男だ。

 今回の戦争においても、外部の侵入者が多数いるということで警戒し、シュガーの側についていたトレーボル。その警護は万全である筈だった。

 

「オモチャ達が~~~~!!!」

 

 だが、今彼の目の前には気絶したシュガーと、人間に戻っていくオモチャ達の姿がある。

 ホビホビの実の能力でオモチャにした人間達が人間に戻っていくこの状況が意味するのは……たった1つ。

 

『すまねェドフィ~~~~~~~~~!!!』

 

「!!? オイ何の冗談だ……!!!」

 

 ──そう、彼はシュガーの警護に失敗したのだ。

 

『10年かけて増やし続けたおれ達の下僕共が!! 人間に戻っていく~~~っ!!!』

 

『ホビホビの呪いが解けていく~~~~~~~~っ!!!』

 

 ドレスローザ各地でオモチャが人間に戻っていく。

 それは沿岸部も例外ではない。新政府軍を相手に戦わされていたオモチャ達もまた、人間に戻ることで周囲のドレスローザ国民達を動揺させる。

 それは海賊帝国側にとって、致命的な隙だった。

 

「! どうやら今が好機のようで……!! 一気に接近し、上陸しやす……!!!」

 

「大砲が止まったぞ!! 今だ!!!」

 

 戦況を膠着状態に留めていた要因、戦っていたドレスローザの国民達が動揺し、攻撃の手を緩めたタイミングで新政府軍が動き出す。

 イッショウの能力によって浮かされた軍艦が一気にドレスローザへと進み、そのままピーカの要塞を破壊して上陸を果たした。グラン・テゾーロ側もまた、海水の雨によって黄金の能力が打ち消されたことでパニック状態。新政府軍に対応出来る余裕はない。

 そしてそれらの逆転のための1手を作り出した者達の存在のことを、海賊帝国側もすぐ知ることになる。

 

「ウソランド~~!!! やったれすよ~~~!!!」

 

「……あどはおれ゛の仲間をたよれ゛……戦いは……ごれがらだ……」

 

「はい!!」

 

「こんな……まさか……まさか私を騙したのれすね!!! ウソランド~~~~~!!!」

 

 ドレスローザでは地下交易港でそのシュガー気絶という大役を担ったウソランドことウソップがトンタッタ族に讃えられ、騙されて作戦に利用されたダウトの怒りの声が鳴り響く。

 そしてグラン・テゾーロ。その海水の噴出から飛び出して来る何人かの人物。その中心にいたのは──

 

「ジョーカ~~~!!! ドフラミンゴ~~~!!! テゾーロ~~~!!! どこだ~~~~~~!!?」

 

「!!? ──ジョーカー様及び各地に連絡!!!」

 

 その姿を確認した、各地の状況を見聞きしたメアリーズがジョーカーやジャック、飛び六胞を含む百獣海賊団と、ドフラミンゴとテゾーロ、両勢力全てに報告を流す。

 

「この事態を引き起こしたのはモンキー・D・ルフィを含む“麦わらの一味”とその協力者達です!!!」

 

「新鬼ヶ島にいる筈のムサシお嬢様が麦わらのルフィと一緒に行動しているのを確認!!」

 

「ドレスローザ王宮にて“鉄人”フランキーがトラファルガー・ロー解放のためにドンキホーテ・ファミリー幹部と交戦中!!」

 

「新政府軍が上陸しました!!!」

 

「ドレスローザ住民がパニックを起こしています!! 戦線を維持出来ません!!」

 

「こちらグラン・テゾーロ!! 黄金の能力から解放された奴隷達が暴動を起こしています!!」

 

「ダウト様より報告!! 地下交易港にてシュガーを気絶させオモチャの呪いを解いたのは麦わらの一味“ゴッド”・ウソップとのこと!!!」

 

「ジョーカー様!! 至急指示を!!!」

 

「……!!」

 

 ──この事態を引き起こしたのは“黄金の牢獄”に閉じ込められていた筈の“麦わらのルフィ”とその一味、及び協力者達。

 各地からのメアリーズを介した報告。それらは全てジョーカーの耳に入り、事態を把握していく──が、その表情に今までのような余裕はない。

 出し抜かれたことに対する怒りと焦りが、ジョーカーやドフラミンゴ、テゾーロの表情には浮かんでいる。

 そして海水の放出に流れてグラン・テゾーロに降り立ったムサシ、そしてルフィが言う。

 

「さあ、これで舞台は整った……!! 行くぞルフィ……!!」

 

「ああ!! 反撃開始だ……!!!」

 

 ──ここからが本当の勝負の始まりだと。




大将イッショウ→重力強い。ドレスローザへ上陸。
大将マゼラン→インペルダウンは崩壊しましたが生きてたので新政府軍に合流して大将に。民間人には麻痺毒撃ってます。
モモの助→オロチ死亡をここで知る。
ベラミー→葛藤中。
レベッカ→ルフィ達に合流。事情は大体話しました。
ムサシ→ルフィ達に島の事情を話し、作戦を伝える。
デボン→マルコには勝てない。やることがあるので逃走。
マルコ→本作では引退してないのでバリバリやる気です。
カタクリ→目的はグラグラの実を利用した何か。
グラグラの実→世界を破壊出来る能力を秘めた悪魔の実。白ひげ海賊団や一部の人達はこれを狙いに島にやってきました。
CP0→全員やられました。死んでいるかどうかはまだ分かりません。
チョッパー&ボニー→ボニーは元からジョーカー狙いでグラン・テゾーロに。チョッパーは匂いを辿っていったところで合流。目的が一致するので2人してやってきました。長くなりすぎるのでその辺りの描写は割愛。
お玉→ジョーカーに連れられて来た。今なお葛藤中ですが逆らうだけの気力はまだない。
ナミ→子供傷つける奴絶対許さないウーマン。
カリーナ→ナギナギでまだ隠れてる。
ハンコック→恋はいつでもハリケーン。恋愛脳の人間の行動は読めない。
ジョーカー→CP0はメアリーズと自身で倒した。被害0ではないけど。夜は能力の影響でちょっぴり好戦的で血に飢えます。
グラン・テゾーロとドレスローザの解放劇→詳しくは劇場版及び原作を参照下さい。ここも原作とそんなに変わらないので割愛。ドレスローザでの相違点はダウトを利用してトレーボルをおびき出したりですが、概ね流れは変わらないです。
ウソップ→ウソランド改めゴッド・ウソップ爆誕。
ルフィ→老人ですがその割には元気。全員ぶっ飛ばす気でいます(さすがにそれは無理だけど)

今回はこんなところで。次回からは戦争&戦闘だらけ。登場人物多いのでハチャメチャです。これでほとんど隠れている奴らは出てきました。まだ出てないのは数人かな。そろそろそいつらも出てくるかもしれない。次回をお楽しみに。

感想、評価、良ければお待ちしております。

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